ありふれた職業で世界最強 新生譚   作:虚無の魔術師

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双対の眷属(アンチノミー・フェイタルオーバー) リリーフ・ルーイン

────無数に存在する世界、その一つに二人の生命が生まれた。同じ時代、同じ国、同じ日に生まれた二人は相反する生き方を遂げていた。

 

片や、両親や人々に愛され、片や誰にも愛されることなく。その一人の少年は『英雄』と呼ばれ、多くの人間を救う存在へと。一人の少女は一個人の、一つの組織の駒として利用され続けてきた。

 

 

────ソレを観測したのは、少女の所属する組織であった。

 

 

『………漂流者?』

 

『あぁ、政府が保護した人間らしい。面白い話だが…………その人間は、別の世界の出身のようだ』

 

『別の、世界?』

 

 

政府が極秘に保護した民間人、それはこの世界の住人ではなかったらしい。困惑した『少女』にリーダーは無理もないと笑う。現に自身も信じていなかった────その民間人の生体データが世界中の何処にも無かったことなどが、明確な理由だった。

 

だが、その話を信じ始めた少女はふと疑問に思う。何故、漂流者は漂流してきたのか。この世界に来た理由は何なのか。そんな疑問に組織のリーダーは簡単に答えた、それが本題だったのかもしれない。

 

 

『彼等の世界は滅びた、いや滅ぼされたようだ』

 

『………滅ぼされた?』

 

『ああ、厄災と呼ばれる存在────魔神が他の世界を滅ぼしたというのさ。しかも漂流者の話によれば、他にも居たらしい。魔神に世界を滅ぼされ、逃げ延びた漂流者なる存在が』

 

『…………』

 

『素晴らしいとは思わないか?魔の神、魔神────世界を滅ぼす厄災に神の名を与えるとは。その御方こそ、我々を救われる存在であろう?』

 

 

────少女達の組織は、イカれたテロリストだった。居もしない存在も分からない神を理由に使い、大規模なテロを繰り返してきた。そんな彼等にとって、魔神の存在は非常に興味が惹かれたのだ。

 

遂に彼等は、魔神をこの世界に降臨させることを望んだ。その魔神が現れた条件は、漂流者から聞き出したらしい。大勢の生命が同時に死ぬ瞬間、魔神はその命が発する悲鳴────負の感情に導かれ、世界に降臨する、とのことだ。

 

組織の主要メンバー、自殺志願者たちの動きは早かった。その世界での平和記念の集会で集まった十万人を核兵器で焼き尽くすというのだ。漂流者の世界を滅ぼした魔神を呼び出す為に、彼等の世界を滅ぼした魔神の眷属である魔物の残骸を用意した上で。

 

 

『………神様、世界を滅ぼす神様────私達を救ってくれるのかな』

 

 

少女の人生はロクなものではなかった。

親に捨てられ、誰からも愛されることなく、道具として生き続けてきた彼女にとって『組織』への執着もない。あるのは、洗脳教育の内に刻み込まれた『破滅の果ての心中』、それへの興味。誰にも救われなかった自分を、殺してくれるのが神であるのならば悪くない。彼女にとっての救いは、破滅以外の何物でもなかった。

 

そうして、少女は組織の命に従い魔神降臨の為に動き続けた。幹部へと成り上がった彼女は多くの兵や武器を使い、暗躍を繰り返す。────運命の宿敵と対峙したのも、その戦いの最中であった。

 

 

『お前達は!何でこんなことを!』

 

『────邪魔をするな。偽善者』

 

 

槍使いの少年は、世間一般では『英雄』と呼ばれる一人であった。多くのテロを引き起こした少女、『自滅者』とは相反する存在。何度も前に立ち塞がる互いを退け合いながら────約束の時は来た。

 

平和記念の集会、その広場に核兵器を撃ち込む。順調に行えた作戦を叶えようとした少女の前に立ち塞がったのは、やはり『英雄』であった。後一歩、核兵器のスイッチを押そうとした彼女は少年の手に阻まれたのだ。

 

 

『何度も、何度も邪魔を………お前は!』

 

『それは此方の台詞だ!十万人を生贄にして、厄災を呼び寄せるなんて狂ってる!どうしてお前達は、そんなことしか出来ないんだ!!』

 

『分からない!お前なんかには何一つ分からないっ!!』

 

 

恵まれぬ者は、恵まれてきた者の想いなど理解できない。それは逆も然り。少年が純粋に少女をも救おうとしていることなど知らなければ、少女が何を以て魔人を降臨させようとしているかも少年は知らない。

 

 

『誰にも愛されなかった!誰にも必要とされなかった!私達は皆、ゴミのように使い捨てられた!それでも、神様は私達を救ってくれる!私達を滅ぼしてくれる!』

 

『お前は────ッ!?』

 

『今度こそ!救われるんだ!私達は!!』

 

 

そして少女の手により、十万人の命は奪われた。核の火が世界に刻まれたその瞬間、組織の望みは果たされた────魔神が、その世界を認識したのだ。

 

 

【────────ッッ!!!】

 

『な、なんだアレ………は!?』

 

『この声………アレが、魔神だというのか!?』

 

 

突如、空に刻まれた亀裂。ソレは次元の壁を破壊し、この世界に降誕した。双頭の巨大な怪物、ソレは無数の怪物の大群を率いて、その世界への侵略を開始した。 

 

世界の、人類の抵抗など無意味であった。彼等の持つ全ての兵器は魔神には通じず、彼等の配下────『アンチノミー』が世界中を呑み込んでいく。生命の消えゆく景色の中で、二人の少年少女は魔神と対峙した。

 

 

『────やぁ、始めまして。人類』

 

『────そして、お別れだ。人類』

 

 

二人の前に現れたのは、双子のような少年少女であった。黒と白、赤と青、銀と金、二つの相反する色が特徴的な双子。彼等は互いの手を握りながら、子供のように無邪気な笑みを浮かべていた。

 

 

『こんな、子供が……魔神?世界を滅ぼした、厄災だというのか?』

 

『神様………神様!私達を、滅ぼして下さい!』

 

 

狼狽する『英雄』を尻目に、少女は双子に懇願した。あらゆる出来事への無気力など欠片もなく、少女はただ必死に頭を下げる。目の前の神へ、厄災に対し我を忘れるように求めた。

 

 

『誰も優しくなかった!誰も愛してくれなかった!でも、破滅だけは皆等しく迎えてくれる!破滅だけでも受け入れてくる!だから私は、貴方に会いたかった!貴方に滅ぼされたかった!』

 

『………お前』

 

『────いいよ、君の願い。ボク達が叶えよう』

 

 

少女は破滅による死を、消滅を望んだ。苦しみしかない世界からの逃避を、あらゆる痛みからの解放を。心の底から、願っていたはずだ。

 

────魔神はその願いを聞き入れた。彼女が無意識に感じていた救いを、意味を理解せずに受け取ったのだ。

 

 

『私達が────君を救おう』

 

『…………え?』

 

 

双子が手を翳した途端、巨大な異形がその場に佇んでいた。ソレは双子の前に双頭の頭部の内一つを近付けると、開いた口の中から無数の手を伸ばす。その手は少女の全身を掴み、引きずり込もうとする。ソレが破滅ではないと本能で気付いた少女は必死に嫌がる。こんなものは望んでないと言わんばかりに、絶望に折れた少女は悲鳴を響かせた。

 

 

『い、いや────』

 

『■■ッ!!』

 

『たすけ────』

 

 

敵であった、殺し合っていた相手に救いを求めた少女────破滅を望んだ『自滅者』は巨大な顎に喰らい潰された。敵対していたはずなのに、救いたかったはずの少女を殺された『英雄』は槍を手にして、立ち上がる。

 

 

『お前等、は』

 

『ああ………君も』

 

『いい、欲しいね』

 

『お前等はァ────!!』

 

 

立ち向かった『英雄』も、呆気なく散った。

反抗する敵もいなくなった世界を、魔神は容赦なく貪り、滅ぼしていった。何回、何十回目になる────世界の崩壊が訪れたのだ。

 

 

『────破滅を救いとして願い、崩壊の力に目覚めた自滅者』

 

『────救済を果たそうとして敗れ、無念の内に滅びた英雄』

 

『君達の魂は頑丈で、強固だ。ただ使い潰すには惜しい』

 

『その相反する精神、二律背反たる願い、アンチノミー・フェイタルオーバーに相応しい』

 

『『────リリーフ・ルーイン(救済と破滅)、それが君達の新しい存在証明となる』』

 

 

 

────痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 

────止めろ、止めろ!もう、殺すな!その人達は、何もしてないんだぞ!

 

────暗い怖い暗い怖い暗い怖い暗い怖い暗い怖い暗い怖い暗い怖い暗い怖い暗い怖い暗い怖い暗暗暗暗暗暗怖い怖い怖い怖い助けて助けて助けて助けて助けて

 

────やめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!お願いだ、もう止めてくれ!!

 

 

二人の少年少女の魂は、魔神の眷属として再利用された。強固な精神を持っていた二人の魂を練り混ぜたような魔物は、世界を滅ぼす過程で利用され続けた。少女と少年の魂は見たくもない景色、理不尽に殺される生命の悲鳴を永久に見せられ続けた。

 

 

────助けて助けて助けて助け………あ、かちゃん?

 

────やめろ、それだけは………それだけは!やめて、ください……っ!

 

────嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌ッ!もう許して!何も欲しくない!もう誰も傷つけないから!

 

 

他の人間よりも強固な精神出会った二人は、多くの悲劇を体感させられた。老若男女を殺す異形の肉体を止められず、彼等の悲鳴や断末魔を無理矢理ねじ込まれた。二人の意識はもう限界であった、だからこそ二人の魂は同時に折れた。

 

 

────赤子を生きたまま喰らう、自分達の成れ果てを見せられたことで、摩耗していった少年少女の自我は壊れたのだ。彼等はただ願うことしか出来ない、ソレ以外の感情はもう消え去っている。

 

────救済や破滅などではない、己の死を。自分達を殺してくれる相手が現れることを、祈り続けていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「ぎ、があああああアア────ッ!!?」

 

 

肉を抉り、皮膚を突き破る感覚が脳髄に炸裂していく。腹を撃ち抜かれた経験は一度あるが、今回のはその時の比ではない。激痛、それを通り越した痛みの奔流が意識を大きく揺らす。アンチノミー・フェイタルオーバーからの攻撃、内側から生成した槍に腹を抉られた刃が大きく仰け反り────全ての歯を噛み締め、痛みを堪え抜く。

 

 

「────があああああああッッ!!!」

 

 

無数の魔剣を生成し、一斉に叩き込む。雨のように降り注ぐ魔剣が炸裂する瞬間、内包した魔力が一気に活性化して爆裂していく。肉薄してくる『リリーフ・ルーイン』が弾幕に曝さらされている間、刃はその場から飛び退いて膝をついた。

 

 

「腹、腹………どいつも、コイツも、人の身体に穴あげけやがってぇ………ッ!俺を障子かなんかと思ってんのか………!?」

 

 

歯が砕きかねないほどの力を込めていた刃は震えた声でそう吐き捨てる。腹に貫通したままの槍を引き抜こうと握った指に力を込めたが、直感的に抜いてはならないと察せられた。

 

 

(抜けば失血するな………だが、このまま放置してもジリ貧。何よりクソ痛ェ…………ってなると)

 

「────相手は魔神の眷属、出し惜しみは不要だな」

 

 

何とか立ち上がった刃は不敵に笑った。

目の前に浮かぶ『リリーフ・ルーイン』はその意味が理解できないのだろう。やってやるよ、という覚悟を奮い立たせる男の意地というものを。

 

 

「見せてやるよ!神様から継承した、力ってやつを!!」

 

 

そう言い切った刃は、槍を強く握り締め────勢いよく引き抜いた。

 

「────────ッッ!!?!!?」

 

 

悲鳴を噛み殺した刃の口から、言葉にならない音が漏れる。体内に深々と貫通した、厳密には内側から生じた槍を引き抜くのは今までにない激痛だった。舌を噛み切ってでも意識を保とうとしたが、必要なかったらしい。

 

荒い呼吸を整えた刃は、腹に空いた穴を見る。血が噴き出し始める大きな傷口を何とかしなければならない。そう理解した彼は自身の肉体に適応した一つの力を行使した。

 

 

────右手を傷口に押し当て、刃は掌に力を集中させる。胸元に刻まれた青い刻印が輝きを増し、腕から掌へと伝っていった神の力が右手に大きな紋様を形成し、その力を行使した。すると勢いよく溢れ出そうとしていた血が急に凝固したかと思えば、傷口を塞ぐ赤い結晶と化したのだ。

 

これこそが、刃が継承した水神の力の一端────触れたものの状態を変化させる力。液体を固体に、固体を気体に、気体を液体に。氷にも空気にもなりうる水の特性を模倣した水の神だからこそ可能な権能の一つ、それが刃の扱える能力の一つである。

 

傷口から漏れ出す血液を凝固させ、露出した部分だけを固体化させた。その内部に流れる血は他の血液に流れているため、応急処置としては充分だろう。そこまで精密な操作ができたのは、神の力だからこそかもしれない。

 

 

「────待たせたな、化け物。いや、どっかの誰かの成れの果て」

 

 

此方を睥睨していた魔神の眷属に刃はそう返す。相手が元人間であることもあって、無下には出来ないが容赦をするつもりはない。腹をぶち抜かれたのもあるが、神との対面を邪魔されたのだ。たとえ殺してでも先に進まなければならない。

 

 

「俺の作る魔剣はテメェには通じねぇ。テメェの崩壊相手にはな」

 

『────』

 

「だからこそ、俺の作り出せる魔剣の中でも最強の────神の力を行使した、俺の新たな剣を披露してやる」

 

 

そう宣言した刃は、自身の右手の甲に神々しい力の紋様を刻み込む。肉体に継承された神の力を収束させ、その上に更に剣帝の天職、魔剣の基となる魔力を集めていく。

 

 

(ただの魔剣じゃねぇ。何もかもをぶった斬る究極の、神の剣だ!ソレを俺の右腕に造り出す!イメージしろ!誰にも負けねぇ、俺だけの剣を!!)

 

 

猛り狂う神の力を、魔力が覆っていく。右腕に掛かる負荷は甚大ではない。何故ならかつて全身に展開しただけで肉体を破壊しかけた神の力を右腕に収束させているのだ。それほど膨大な力を、魔力でコーティングしていくのは至難の業。だが、不可能ではない。

 

周囲の空気をかき乱すほどのエネルギーが、一気に吹き荒れる。衝撃波の中心にいた刃は深呼吸と共に、右腕をゆっくりと持ち上げた。そして、告げる。神の力を主軸とした、刃の新たなる力の名を。

 

 

「────『神魔装剣(デウス・グラディウス)』」

 

 

漆黒の装甲を纏う右腕の先に伸びる大剣。純黒の金属の装甲に覆われ、内側に神々しい光のエネルギーを内包したその剣は二メートルに匹敵する両刃剣であった。刃が試行錯誤した神の力を活かす魔剣、それこそがこの武具なのだ。

 

 

「これでも、神の力を使いこなせねぇんだよな………それに時限式でな。最低でも三分、五分が限界でな。ソレ以上は続けられたことがねぇ。だが」

 

 

不完全であることを吐露する刃。軽く笑った彼の姿に魔神の眷属は警戒を緩めなかった。右腕と同化した剣から漏れ出す神の力、それは間違いなく脅威である。そう判断した『リリーフ・ルーイン』が手を翳した瞬間、刃の姿が消えた。

 

 

「────テメェ相手なら、三分で充分だ」

 

 

────黒鉄刃が、音速で飛来したことに魔神の眷属は遅れて気付くことになる。認識した『リリーフ・ルーイン』が掌を向け、生じさせた槍を一斉に差し向ける。しかし、無数に迫る槍の掃射は、刃の姿を捉えられない。

 

そして、懐までの接近を許してしまう。腕を振るおうとした『リリーフ・ルーイン』に、刃は右腕の大剣を振りかざす。防ぐのが不可能と判断した個体が発動したのは、崩壊。付近にある物質を崩壊させるその力で大剣を消滅させようとしたが────黒剣刃は衰えることなく、『リリーフ・ルーイン』の腕を斬り落とした。

 

 

『────ッ』

 

「ハッ!テメェの力ァ、神の力までは壊せねぇだろ!当たり前だ!魔力だって崩壊させらんねぇんだ!魔力と同じ力の奔流、それも格上の神の力に通じるはずもねぇ!!だからこそ、テメェを殺せる!!」

 

 

右腕の大剣を向ける刃。直後両刃の刀身が左右に割れる、ハサミのように開かれた刃の隙間から膨大なエネルギーが、神の力由来の魔力砲が火を吹いた。

 

ジィィィイイイインッ!!!、と空気を焼き尽くすほどの赤黒い魔力。刃の持つ魔力を神の力で倍増させた、超高火力の魔力砲。上空にだからこそ向けられる魔力は、『リリーフ・ルーイン』の下半身を消し飛ばした。

 

 

『────────ッッ!!!』

 

「ッ!相変わらずウルセェんだよ!!そんな声で────」

 

 

不協和音、二つの声が入り混じった忌まわしい声を刃は切って捨てる。だが、その顔には敵意なんてない。ただ悲しそうに、彼は吐き捨てるしかなかった。

 

 

「────死にたがってんじゃねぇッ!!」

 

 

割れた刀身を元に戻し、大剣を振りかざす。剣の刃に神の力を秘めながら、刃は目の前の魔神の眷属を見据えた。再生しようとする魔物は反撃しようという様子であったが、ふと動きが止まったのを感じる。それが、『彼等』の必死の抵抗であることを察した刃はどうしようもないことに顔を歪め────魔力を解放する。

 

そして、神の光を纏った剣が『リリーフ・ルーイン』のコアを斬り捨てた。その身体ごと、真っ二つに。直後、魔神の眷属の持つ魔力が刃の至近距離で爆裂した。

 

 

 

「…………クソッ、あんな派手に破裂するもんかよ」

 

 

上空で魔力の爆風に晒された刃は地面に叩きつけられた上で、悪態を吐いた。神の力の影響もあって軽傷だが、あんなのマトモに食らえば相打ちになっていただろう。ふざけやがって、と悪態を漏らした刃は、目に前に転がる割れたコアを見た。

 

 

『────』

 

「これが、人間なのかよ………ここまで、するのかよッ」

 

 

二つの声が重なったような、苦悶に満ちた音。刃はあの時接触して分かった、そのコアに人間の魂が混ざっていることを。彼等は自分自身を制御できず、したくもない事を無理矢理見せられてきたことを。

 

────そんな地獄を、彼等は数十年、数百年も体験してきた。壊れて歪んで、狂ってしまうのも当然だ。死にたがるのも、無理はない。救えることなら救いたかった、だがそれが不可能であることも刃は理解していた。

 

 

「………何百年も、ずっと辛かったろ。こんな風に、生かされ続けて」

 

 

二つの魂は既に摩耗しきっている。魂だけを取り出しても、彼らを元に戻すことは神秘の技術の話になる。何より、ここまで朽ち果てた彼等の心や精神までは戻らない。肉体は戻ったとしても、彼等は再度死を望むだろう。それほどまでの、苦しみと絶望を味合わされ続けたのだ、永劫の時を。

 

 

「────ごめん、俺にはお前等を助けられない。望み通り、殺すことしか出来ない」

 

『────』

 

「だから、せめて願わせてくれ………今度生まれ変わった時は、幸せにいられるように。お前等の幸せを掴めるような、未来を」

 

 

沈黙するコアに、刃は頭を下げた。彼が手にしたのは、魔剣。確実に二つの魂を葬り去れるだろう、消滅の魔剣。そのコアに完全にトドメを刺すことで、彼等は解放されるはずだ。しかし、殺すということに違いはない。決して目を逸らさぬように、刃は魔剣を振り上げた。

 

────その瞬間、コアが声を発した。今まで聞いてきた耳障りな悲鳴のような不協和音ではない。二人の男女の穏やかな、悲しみに満ちた一言が。

 

 

『ごめ、んね………』

 

「────」

 

 

その時、刃は魔剣を振り下ろしていた。今度こそ、コアを完全に破壊し、消滅させる。そのコアに取り込まれていた魂も消滅していく。地面に振り下ろした魔剣を見下ろした刃は、俯いたまま呟く。

 

 

「………なんで、あやまるんだよ」

 

 

震える腕を抑え込みながら、彼は呟きを漏らすしかなかった。殺したことへの後悔はない。そうすることが正しいと、心の底から信じていた。ただ、

 

 

「お前らのほうが、苦しかったのに………何でっ」

 

 

最期に向けられた言葉が、自分に向けられるものではなかったはずだ。そう思う刃はグシャグシャになった顔を歪ませていた。彼等の絶望と悲劇を、僅かにでも知ってしまったからこそ、ただ心から悲しむしかないのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

「────そうだ、大神に……会うんだ」

 

 

魔剣を捨て、刃はふと神樹の方へと向かう。この場に来たのは、アストラトスへの対面、神との契約を果たす為でもある。契約による力の継承、それによって魔王を止めなければならない。

 

そうして踏み込んだ瞬間、喉の奥から何かが込み上げる。突然の事に驚いた刃は反応するより前に、口から吐き出した。

 

 

「ごッ、ぶぅ…………ッ」

 

 

手で抑え込むが、塊の混じった血が止め処なく溢れる。吐血を察した刃は、その場に膝をつく。神の力を使えはするが、やはり負荷が尋常ではない。無理に使いすぎたことで、反動により傷付いた肉体が更に内側から破壊されたのだろう。

 

 

(クソッ!こんな時に………急がなきゃなんねぇんだ!動けよ!動けッ────!?)

 

「肩を、お貸しします………!ジン様!」

 

「…………すま、んっ」

 

『無理に話すべきではない。神との対話がまだ残っている』

 

 

動けずにいた刃に寄り添い、何とか支えたアルテナ。刃の頭に移動して不思議な鱗粉を解き放つハーヴィスト。その鱗粉は回復の効果でもあるのか、マトモに動かなかったはずの手足が何とか動かせるようになってきた。

 

 

「………二人とも、ありがとう」

 

「ジン様………あまり無理をなさらないで下さい。少しお休みになられても」

 

「戦争中で、言ってられないだろ…………どうすれば、アストラトスにっ、会える?」

 

『────神樹に触れるといい。神の意志はまだある。剣帝である君を、神は迎え入れるだろう』

 

 

巨大な神樹の前まで近付いたアルテナはハーヴィストの指示を受け、神樹に背中を預けるように刃を地面に下ろす。触れてすぐにはアストラトスと対峙することにはならないのだろう。だが瞼を閉ざせば、神との接触が可能であるとハーヴィストは語った。

 

すぐに目を閉ざそうとした刃に、大神の分け身の精霊は軽く付け足す。

 

 

『────クロガネ・ジン』

 

「………………なんだ?」

 

『神との対面は意識体で行われる。どうせなら、身体を休ませてから触れるといい。その後すぐに、動くのんだろう?』

 

「…………身体は、任せた」

 

『当然。私達の国を守ってくれる英雄の頼みだ、任せて欲しい』

 

 

そうして、目を閉ざした刃の意識はすぐに暗闇に引きずり込まれた。

 

 

 

◇◆◇

 

刃の意識が辿り着いたのは、穏やかな森の一帯。鳥や動物の鳴き声が消えてくる穏やかなその場所に、一つの影があった。

 

 

「アンタが、アストラトス………様か?」

 

「────如何にも。待ち兼ねたぞ、今代の契約者。救世主なる者よ」

 

 

両目を閉ざした、半裸の男神。薄い金色の長髪を束ね、質素な服装を着こなしたその男性は木々の中で静かに瞑想をしていた。刃の存在に気付いても尚、神 アストラトスは目を開かずに淡々と口を開く。

 

 

「………契約だのなんだの、俺は知らん。アンタに会いに来たのは、力が欲しいだけだ」

 

「────良いだろう。我が力、受け継ぐといい」

 

「身勝手なのは分かってる。だが────は?」

 

 

淡々と、平然と言い切った神を前に、刃は戸惑った。身勝手な言い分であることは確かだ。神々の契約とやらを考えていない発言だったにも関わらず、アッサリと受け入れたアストラトスに刃は疑問を問いかけるしかなかった。

 

 

「いや、アンタ………それでいいのかよ?」

 

「元より、君に力を明け渡すのは契約故に。それに、君が力を求める理由は把握している。我が子が認識した、その時に」

 

「…………ありがとう、ございます。これで俺も、魔王と戦える」

 

「感謝は、我の方だ。君は、私の子供達を、亜人族を救わんとしているのだ。既に肉体は朽ち、見守ることしか出来ぬ我には、そなたへの感謝しかない」

 

 

寡黙な男神アストラトスはそう言って、刃に軽く頭を下げた。神相手に申し訳ないという気持ちで遠慮していた刃だったが、すぐにそれを受け取った男神は己の背後を指差す。

 

 

「その先に、進むがいい。異世界の人の子、契約者よ。そなたが目覚めたその時、我が力の残滓はそなたのものになるであろう。その力を以て、そなたの望む未来を掴めんことを」

 

「……………」

 

「一つ、助言を────迷うな、そなたの歩みは正しいものである。因果とは、必ず返ってくる。そなたの苦難、そなたの苦悩は、必ず報われるであろう」

 

 

再び深く頭を下げた刃はアストラトスに言われるがまま先に進んでいく。光に満ちた空間の先を歩み出す彼の意識は、その光に覆われて切り替わった。

 

 

◇◆◇

 

 

「────やはり、優しい人の子だ。そなたらが信じたのもよくわかる」

 

 

男神は穏やかに、それでいて悲しそうに呟く。神の目の前に二つの光があった。小さく輝くソレは、刃よりも前にアストラトスの元に現れたものであった。

 

彼等と対峙した大神は、彼等の言葉を聞いた。本来は消えゆくはずの光が、微かに願った想いを。大神は受け入れたのだ。盲目の神は両手で光を優しく撫で、己の力を僅かに与えた。

 

 

「────我が力なら、多少は永らえられるだろう」

 

『────』

 

「行くといい。そなたらの後悔せぬよう、己の為すべきことを果たすがいい」

 

 

淡い光は頷いたように、何処かへ消えていく。光りに包まれていった刃の後を追うように向かっていく閃光。男神は何も言わず、ただその場に居座る。自身の愛する民や国が救われるであろうことを確信し、瞑想に浸るのであった。

 




魔神の眷属を倒し、神との邂逅を遂げた刃。次回は順調すぎるほどに神の力を引き継げた刃と魔王フリューゲルとの戦いに入ります。

わずかに分け与えられただけでも、神の力は人間の身には余るもの。今の刃はそれを行使するだけで肉体を破壊しかけるほどの反動を負いますが、今回他の神の力を引き継いだことで多少は緩和されるでしょう。


次回もよろしくお願いします!それでは!

清水の今後について

  • 生存その1(生き残るけど戦えない)
  • 生存その2(護衛組の一人として戦う)
  • 死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
  • 意識不明の重体として途中退場
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