ありふれた職業で世界最強 新生譚   作:虚無の魔術師

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賢者の苦悩

あまりにも手際の良い咲夜の対応もあり、人目につきにくいVIP席に腰掛けたハジメ達一同。ある程度落ち着いた所で、ハジメと刃に怒涛の質問が投げ掛けられた。異世界版カレーのニルシッシルを口に含みながら、ユエやシア達と楽しそうに振る舞うハジメは適当に返す。

 

当然、その事に真面目に答えなさいと愛子が憤慨することになったが、当のハジメは何処吹く風である。親友である刃や多少信用に値する咲夜に説得され、ようやく素直になったハジメに咲夜が問い掛ける。

 

 

「まずは一つ、橋から落ちた後………何があった?」

 

「…………話せば長くなるが、構わないか?」

 

「勿論、皆その為にここにいる」

 

 

咲夜や皆の真剣な視線を受け、流石のハジメも誤魔化すつもりはなかった。軽く頭を掻いたハジメは、自分の経験したことを語ったのだ。

 

 

「奈落に落とされた後………まぁ、地獄だったな」

 

「地獄、とは」

 

「二十階層の奴等よりも強い魔物が右往左往しててな。この腕も、その時に魔物に食われた。あの時ほど、死を覚悟したことはなかった」

 

 

義手を見せながら淡々と語る内容に、メンバーの大半は顔を青くする。その光景を想像してしまい吐き気がこみ上げる者も居たくらいだ。ただ一人、咲夜だけは平静を保っている…………ように、誰もが見えた。

 

 

「……………俺の、せいで」ボソッ

 

「?どうした?」

 

「いや、何も…………その、なんだ。良く生き延びれたな」

 

「まぁな。グアン(コイツ)がいなきゃどうなっていたことか」

 

【────♪】

 

 

空中を泳ぐように浮遊する聖霊 グアンを撫でながら、ハジメはそう告げる。不思議な見た目ながらも愛らしいと思う女子たちを他所に、咲夜は得心したと言わんばかりに頷いた。

 

 

「『守護聖霊』か。成程、強い子が味方にいたようだな」

 

「やっぱり、アンタのお陰か………グアンは返した方がいいか?」

 

「構わない、元よりお前の魔力から生まれた聖霊さ。────それに、懐いているものを引き離すのは良い行いと言えないからな」

 

「………まあ、そりゃ同感だな」

 

 

そう言って微笑む咲夜に、刃も同調する。委員長という立場もあり、厳格に徹している咲夜だが、常に話が通じないわけではない。それどころか相手の意見を無闇に否定せず、寛容なところも多く目立つ。委員長という立場がなければ、もっと気を緩めて行けたことだろう。

 

 

「そう言えば、個人的に聞きたいことはあった────魔王はどうした?共に奈落に落ちたんだろう?」

 

「見逃された。次会った時は…………まぁ、殺し合うだろうな」

 

「お前………魔王とライバル関係だなんて主人公みてぇだな」

 

「人の事言えたことか?」

 

 

魔王フリューゲルとの決闘の末、再戦を約束した刃にそう返すハジメだった。話題が逸れかけたのですぐに戻したハジメが語ったのは、オルクス大迷宮の地下にあった────正真正銘のオルクス大迷宮を踏破したことであった。

 

そこで彼はユエと出会い、迷宮の最後の強敵との死闘を経て、片目を失ったこと────正体不明の男 リヒトから神代魔法の一つ『生成魔法』を継承して語り終えた。

 

 

「なら、どうして戻ってこなかったんですか?せめて無事を伝えるくらいしてくれても………」

 

「そこまでする理由はねぇよ。自分の為に時間を使った方がよっぽど有意義だしな」

 

「そ、それはそうかもしれませんけど………」

 

「────本当に、それだけか?」

 

 

理解はできても納得はしきれないと言わんばかりに食い下がろうとする愛子を片手で制した咲夜が、ハジメの隻眼を見た上で問い掛ける。どういう意味かと困惑する園部達の視線を受けた咲夜は彼女達を一瞥し、すぐに頭を振った。

 

 

「………いや、何でもない。少々過敏になっていた」

 

「もー!委員長ったらー!」

 

「俺達がいるんだし、そう気にしなくても良いんだぜ?」

 

「……………」

 

 

クラスメイト達から軽い調子で話しかけられる咲夜の様子を、ハジメは怪訝そうに見つめていた。何かを感じたようではあったが、直接口に出すことはなかった。

 

 

「まぁ、なんやかんやあってもう一つの大迷宮を攻略して────受けたばっかの依頼を刃達と一緒にやろうと思ったわけだ」

 

「依頼?」

 

「人探しでな。行方不明になった貴族の坊っちゃんを探すことになってる」

 

 

ハジメが受けた依頼、ソレは単純な人探し………とはいかなかった。冒険者を連れた伯爵家の三男、ウィル・クデタが姿を消したのは北の山脈地帯。強力な魔物が跋扈するその場所から帰ってこないとなると、余程の事があったと思うのも無理はない。

 

それ故に、実力的にも他より圧倒的なハジメに依頼が回されたのだ。………最もその背景には、彼が起こしてしまったトラブルの不始末という点もあるが。

 

 

「人探し?意外だな、俺達も同じなんだよ」

 

「…………そうなのか?」

 

「お前のように依頼という訳ではないが………話は少し長くなる」

 

 

目頭を揉んだ咲夜は愛子に目線を配る。話していいか、という二人の無言のやり取りの後に、咲夜から話がされることとなった。

 

 

「まず、俺達がここにいる理由に関してだが………先生の護衛という形でもある。『作農師』という天職はこの世界の人々にとっての貴重な資源、食料の提供を安定化させられる────つまり、先生は人類にとって大きな力となっている」

 

「だから、こんな街にも来てる訳か」

 

「エリュシオン王はそれに対して極力反対を示していた。理由に関しても把握している。『作農師』である先生は、一度教会に命を狙われている。また出歩くようであれば暗殺の可能性もありえなくない──────それを踏まえて、俺達八人が護衛として名乗り出た訳だ」

 

「ん?八人?」

 

 

納得したハジメを他所に、咲夜の説明を受けた刃がふと違和感に気付いた。この場にいるのは畑山先生を含めて八人。護衛対象である先生を除けば、推定七人になる。咲夜の発言が正しければ、もう一人いるはずだ。

 

そう気になった刃は、素直に咲夜達に問い掛けた。

 

 

「一人足りねぇけど………便所か?」

 

「残念だが、俺達が探しているのがその一人だ。清水幸利だ、覚えているか?」

 

「ああ、いたな。そんな奴」

 

「清水………アイツが?」

 

 

大して興味のない相手だったこともあり淡白なハジメとは対象的に、記憶していた刃は驚きを隠せない様子だった。そんな二人の反応を尻目に、咲夜は冷静に語っていく。

 

 

「二週間前に、姿を消しったきりだ。………正直に言うと、前々から様子が可笑しかった」

 

「様子が………?具体的には、どんな?」

 

「当初は護衛にも快く参加してくれたが、王都に居る間は怯えていてな。何があったのかを聞いても答えてはくれなかったが、失踪する直前には明らかに変だった」

 

「怯えてた?王都だろ、何に怯えてんだ?」

 

「俺も気になっていた………浩介に頼んで監視してもらったが、何も掴めなかった。清水の天職は『闇術師』、俺に負けない才能のあるあいつが何者かに脅されていたとは思えない」

 

 

賑やかに世間話をし合うハジメ達一同に、咲夜は不満を覚えることなく話を続ける。最初は適当に耳に入れていたハジメでもあったが、徐々に真剣に聞き入り始めた。

 

 

「…………」

 

「………なぁ、ハジメ。もしかして」

 

「ああ、イクスの奴。タイミングが良いじゃねぇか」

 

 

互いに見合った刃とハジメが、そう結論を付ける。勿論、愛子や咲夜達は誰の事を言っているかも分からず首を傾げた。そんな彼等の様子に軽く頭を掻いたどう説明するべきか悩みながらも答えた。

 

 

「ついさっき、イクスって野郎────刃や先生を殺しかけたって奴と会ってな。ソイツの言ってたことに関係してるかもしれねぇぜ」

 

「っ!………詳しく頼む」

 

 

二人を殺しかけた、という言葉に騒ぎ出す優花達を宥めながらも、顔を険しくした咲夜が詳しく聞こうとする。先程、出会ったイクスとの会話、その内容を聞き終えた咲夜は苦々しい様子を隠せなかった。

 

 

「『ファウスト』………奴が、清水を脅していると?」

 

「狡猾で悪辣って言ってたしな、有り得なくはねぇ。話が本当なら、世界一つを滅ぼしてるってことだろうし」

 

 

しかし、ソレだけでは信用に値しない。

そんな風に口を閉ざす咲夜はハジメ達を疑っている訳では無い、イクスの方を警戒してのことだろう。

 

話が膠着しかけたその時、ふと愛子が思い出したと言わんばかりに声を上げた。

 

 

「待って下さい。『ファウスト』って、聞いたことあります………確かあの時、イクスさんが聞いてきたんです。その名前を知っているかって」

 

「信憑性が増したな。だが、もしそうだとしてもわざわざ清水を利用する理由は何だ?魔神なら、他にやりようはあるだろ」

 

「しないのか、出来ないのか。或いはそもそも本当に清水を利用する気なのか。まだ確証が掴めないな」

 

 

明確な証拠がない以上、意味はないと判断した咲夜が話題を変えた。冷静沈着かつまとめ役である彼なりの判断に、間違いと思う者は誰もいなかった。

 

 

「ハジメ。お前たちは依頼を行うつもりなのだろう?良ければ、同行していいか?」

 

「あ?何言ってんだ?お前達に付き合う理由はねぇよ」

 

「理由はないな。だが、同じ人探しだ。人員は多いほうがいい。お前も依頼が本来の旅の目的ではないんだろう?ならば、早く終わらせるには数がいてもいい。………違うか?」

 

「……………へぇ。相変わらず、達者だな。委員長」

 

「伊達に、委員長を任されていないのでな」

 

 

ぶっきらぼうに拒否しようとしたハジメだが、咲夜の口車に強かに笑う。元から咲夜は理性的で冷静沈着、誰よりも真面目な性格が目立つ人物である。だがそれ以上に、人間関係に於いても秀でていた。

 

他人を叱る際も責めるだけではなく、論理的に否定し切らない。ご都合主義が強い光輝ですら咲夜と仲が悪くならなかったのも、咲夜のそういう一面があってのことだ。

 

ハジメとしても、クラスメイト達ヘの興味は薄い。だが、個人的に言えば愛子先生や咲夜に対しては敬意もあれば恩義もある。二人の頼みならば聞き入れるのも吝かではないが、素直に応えられないのにも理由はあった。

 

 

「刃はどうする?俺はお前の考えなら文句はねぇが────」

 

「────断る理由もねぇだろ。俺は賛成だ」

 

「………ま、そう言うだろうな。お前は」

 

 

一切の躊躇なく断言した刃に、ハジメは苦笑いするしかなかった。表面的に見れば、不良っぽく不器用そうに見える刃だが、彼の本質は昔のハジメ以上の善性を持ち合わせている。不良として振る舞っていた頃だって、相手に理由がなければ手を出したことはないような男なのだ。

 

何ならクラスメイトに頼まれたことに文句の一つも言わないくらい、信頼や優しさが滲み出していたこともある。元々暴君として恐れられていた不良なのに、クラスに受け入られていたのもそれが理由だ。その事に不満を持っていたのは、彼を恐れていた檜山達や個人的に反発することが多い光輝くらいなのだから。

 

 

「決まりだな。明日の朝、ここを出る予定だからそれまでには準備しとけよ。寝坊した奴は置いておくから、そのつもりでな」

 

「安心しろ、寝坊させるような真似はさせないな。………皆聞いたな?今日はちゃんと早めに寝るように頼むぞ、護衛が置き去りにされては笑い者になるからな」

 

 

咲夜の言い分に優花達は笑いながら、食事を取っていく。相変わらずだな、と笑うハジメと刃を尻目に────ユエだけは、ジッと咲夜を見つめていた。誰にも気付かれぬように、誰も気付かない何かに勘付いたように。

 

 

◇◆◇

 

 

────皆が寝静まった深夜。

物音しない宿屋から、ある一人が姿を消した。誰にも悟られないように気配を殺して宿の外へと出たその人物は水辺の前で、一息ついた。

 

 

「────夜風は、涼しいな」

 

 

湖畔の前で、岸上咲夜は柵に寄り掛かりながらそう呟く。冷たい風を肌で感じ、彼はただ静かにウルの街の名所────ウルディア湖を、ぼうっと見つめていた。

 

眠気は無い。いつからか、彼はまともに眠れる日が少なくなっていた。この世界に招かれてから、ずっと気が気でなかった。異世界でやっていけるか、という不安。これからどうしていくべきかということを考え、場合によってはクラスメイト達の不安やストレスを溜めすぎないように、気を配ることも怠らず。

 

────ずっと、行き場のないストレスが彼に積み重なっていた。クラスメイト達を死なせない、元の世界に帰る、先生にも無理をさせない。生真面目かつ委員長というある意味でリーダー的立場を背負うことになった咲夜は誰にもこの重荷を任せることなく、自分一人で押し殺してきた。

 

時には過剰なストレスのあまり、吐くことすらあった。無論、クラスメイト達へ不安を見せないように、常に誤魔化してきた。知っているのは、自分の様子に勘付いた雫や雨音に広大だけだ。それでも、まだやっていける余裕はあった。

 

 

────奈落に落ちたハジメを助けられなかったあの日からだ、まともに眠れくなったのは。

 

 

(俺のせいだ。俺のせいだ、俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだッ)

 

 

ベッドに入って寝ようにも、あの時の光景が頭に過る。奈落に落ちていくハジメに伸ばした手が届かなかったのも。我を失って泣き叫ぶ香織の姿も────全てが終わった後の自分の顔も、忘れたことがない。

 

エリュシオン王からハジメが生き残る未来を教えられて安堵したが、全く気が晴れなかった。それどころかは不安は消えることなく、胸の中に渦巻いていた。

 

 

(ハジメは、今奈落で何をしている?魔物に襲われて逃げているのか?どこかで隠れているのか?俺はどうしたらいい?何が、何を間違えたんだ?あの時魔法を撃っていなければ助けに行けた────いや、あの時撃たなければハジメは喉を食い破られて────だが、出来たはずだ。同時に動くことが、俺には出来たはずだ。出来なかったというのは、言い訳に過ぎないッ)

 

 

それからだ。彼はいつしか、寝ることは止めていた。

寝たくても、寝れなかった。仲間一人も守り切れなかった己への自己嫌悪、常に自分を責め続けたことで精神的に疲弊していたのだ。今日までやってこれたのも寝ようとして寝れた訳でもなく、ほぼ気絶のように気を失っていたことで寝れたのが理由だ。

 

まともに寝れない自分の様子で皆を不安しないように、魔法で誤魔化すことも今では平常になった。常に嘘をついて誤魔化す自身への忌避はあったが、仲間達を不安に陥らせるよりはマシだとずっと言い聞かせてきた。

 

 

今日、ハジメが生きて迷宮を脱出したことを知った時は心の底から安心した────変わり果てた彼の姿を見るまでは。

 

左腕と右目を失い、かつての黒髪から色が抜け落ちた白髪。かつてのような穏やかさが鳴りを潜めるほどの、冷酷さ。それでも前々での優しさを失ってないことを知れて良かったが、迷宮での彼の経験を教えられてから、自分の考えがどれだけ甘いか思い知らされた。

 

────左腕を喰われ、死に体で逃げ延びたハジメの境遇が脳裏に過った瞬間、こみ上げる吐き気に胃液すらもぶち撒けそうになった。それでも水を飲んで、食事を押し込んで必死に誤魔化した。その時自分は何をしていのか、と思えば思うほど後悔が増していく。

 

 

だからこそ、常々抱いていた感情が根強く渦巻いていく。あの日から、自分自身の奥底で聞こえてきた言葉。たった一つ、ある真理が────、

 

 

「俺にもっと、力があれば────」

 

 

ハジメを助け出せるほどの力があれば、ハジメは苦しまずに済んだ。そうすれば、香織は悲しまずに済んだ。刃があんなにショックを受けず、幼馴染であった光輝と完全な別離をせずに済んだのかもしれない。

 

何もかも、自分が無力だったせいだと思わずにいられない。傲慢だ、と思うかもしれない。だが、咲夜にはそう思う理由があった。何故なら彼は、力を手に入れられる方法があったのだから。

 

 

「………禁忌の書」

 

 

かつて、二つの魔法────光属性の魔法の極致たる『天聖術式』と、その対比となる闇魔術の『真闇魔術(アカシックレコード)』を記した禁忌の魔導書。咲夜はそれを処分せず────ずっと持ち歩いていた。

 

何故なら彼はこの魔導書を全部読んではいない。彼が読んだのはあくまで序章だけであり、その先の内容に手を付けていない────付けられなかった、というのが正しい。

 

 

『──────ッッ!!!???』

 

2つの魔法を記すページは読めたが、その先を読もうとした咲夜を激しい苦痛が襲った。本の奥から感じる、禍々しく渦巻くドス黒い魔力。あまりの狂気に、咲夜は魔導書から手を離し、すぐに処分しようとした。

 

────だが、肝心な所で思い留まった。この魔導書を解析できれば、きっと力になるはずだと。今はできなくてもいつかは、と思い続けて手元に置いてきた。あの時、もっと早くに解析していれば、と思うことになったが。

 

 

そして今に至るまで、咲夜はこれを解析しようとして何度も失敗してきた。どうしても、あの禍々しい魔力に呑まれそうになる。何度やっても、この魔導書を解析することが出来ない。

 

だが、ようやく覚悟が出来た。何が何でも、この魔導書の先にある力を解析してみせると。そう決意した咲夜は手にした魔導書に触れる。たとえ、あの魔力と狂気に呑まれてでも自分は力を手に入らなければならない。

 

 

────今度こそ、皆を守れる自分になる為に。

そうして咲夜は魔導書を開く。そのページの先にある禁忌の力を手にしようと、禍々しい魔力をその身に浴びようとして────

 

 

 

 

 

 

「────ダメ」

 

 

突如、魔導書を開こうとした手を掴まれた。息が止まりかけた咲夜は、思わずその手を振り払おうとして相手を見た瞬間、言葉を失う。その少女の事を、咲夜はよく覚えていた。

 

 

「き、君は………ハジメの」

 

「今の貴方じゃ、無理。その本の狂気に、呑まれるだけ」

 

 

思わず手から魔導書を落とす咲夜に、その少女────ユエは興味を示さない。足元に落ちたその本を軽く蹴り、距離を置いた所で掌を向ける。魔法を発動しようとしている彼女が何をするのか察した咲夜は、慌てたように叫んだ。

 

 

「待ってくれ!俺には、その本の力が必要なんだ!俺にはもっと、力が…………」

 

「────この本の事はよく知ってる。皆可笑しくなった、この本の力を手に入れようとして」

 

 

ユエが語ったのは、それだけであった。

しかし咲夜を黙らせるには十分過ぎた。吸血鬼として太古の時代を歩んできた彼女は封印された期間が長くても、それでも過去のことはよく覚えている。

 

彼の手にしている魔導書は、ユエの良く知るソレと同じだ。それを読んだ者は、皆おかしくなかった。魔導書が放つ魔力と狂気に耐えきれず、誰もその力を手にすることなく死んでいった。

 

だが、それでも咲夜は引き下がらない。

 

 

「俺は、俺は後悔したくないんだ!もう二度と、仲間が傷付く姿を見たくない!力が、もっと早く俺が力を手にしていれば!ハジメはっ!」

 

「────それ以上言ったら、貴方を許さない」

 

 

いつものような冷静さを失い叫ぶ咲夜の言葉に、ユエは絶対零度の殺意を向けた。思わず喉が干上がる感覚を覚えた咲夜は、自分の発言の意味を理解する。

 

ソレは、奈落の底で必死に生き延びたハジメの覚悟を否定するものである。ただ一人孤独の戦いを受け入れたハジメを支えることを誓ったユエからすれば、その言葉自体がハジメへの侮辱になるだろう。

 

今のハジメを否定するような発言を自覚した咲夜の自己嫌悪が更に深まる。その結果、彼は湧き上がる感情を制御しきれず、爆発した。

 

 

「だったら、どうしろって言うんだよっ!?」

 

 

張り裂けんばかりの悲鳴を吐き出し、咲夜は頭を掻きむしって蹲った。完全に追い詰められた人間の、限界を表す姿だった。常に自分の無力感を責め続け、抗おうとしてきた咲夜が繕い続けた仮面が音を立てて砕ける。

 

今この場にいるのは、完璧主義で皆を導く理想的なリーダーではない。その仮面を被り続け、自分を押し殺し続けた岸上咲夜という少年の姿だった。

 

 

「分かっているさ!それが、傲慢で身勝手であることは!ハジメは、ハジメなりに頑張ってきたんだ!そんなアイツの努力を、侮辱することだってことくらい!でも、出来ないんだ!アイツの受けた苦しみを、仕方なかったって割り切れないんだよ!!」

 

「…………」

 

「俺は、『賢者』だ!皆を救う為に、皆を守るために!元の世界に、全員を無事に返すのが、俺のすべきことなんだ!君が何と言おうと、俺には力が必要なんだよ!今度こそ、後悔しないよう────」

 

「貴方、自身は?」

 

「…………何?」

 

 

その指摘に、自暴自棄になっていた咲夜は思わず見返す。先程までの殺意を霧散させたユエは、どこか優しい眼差しを向けていた。

 

 

「自分自身を大切に出来ないなら、意味がない。誰かを守りたいならまず、自分を認めて大事にしないと」

 

「自分を、認める?大事に、する?………俺のことはどうだっていい。俺よりも、皆の方が────」

 

「貴方は似てる。昔の私に」

 

 

今度こそ、咲夜は言葉を詰まらせた。そう言ったユエは過去を思い出すように呟いていたのだ。ポツポツと語り出す彼女は、己の生い立ちを語っていく。

 

 

「私も、皆を守ろうと必死だった。誰にも頼らず、誰にも弱音を明かさずに一人で頑張ればいいと思ってた。だから、一人になった。皆が裏切っただけじゃない、誰かにでも相談していれば変わったはず」

 

「…………それはっ、だが」

 

「ハジメから聞いてる。奈落で死ななかったのは、貴方のお陰だって。貴方がグアンを喚び出したネックレスが無かったら、死んでたって。貴方は頑張ってる、ハジメが奈落に落ちたのは、貴方のせいじゃない」

 

 

咲夜の持つ天聖術式、その究極の一つ。ネックレスの持ち主の魔力を用いて相性の良い聖霊を喚び出す魔法。それが無ければ、ハジメは魔物によって殺されていただろう。そんなユエの好意的な意見を受けても、咲夜の顔は優れなかった。そのことを理解してか、ユエはある提案をする。

 

 

「でも、貴方はきっとそれじゃ納得しない────だから、しゃがんで」

 

「?何を………?いや、分かった」

 

 

怪訝そうに膝をついた咲夜を待っていたのは、頭を撫でる優しい手だった。穏やかに微笑んだユエの顔を見返した咲夜は、訳も分からず戸惑うしかなかった。

 

 

「よく頑張りました、偉い偉い」

 

「…………こ、これは?」

 

「私とよく似てる。周りにも無理させないように誤魔化してるなら、代わりに褒めてあげないと」

 

「────ああ、成程」

 

 

どうしてか、胸がすぅと軽くなったことに咲夜は納得いった。いつからだろう。誰かの為に頑張ろうと、真面目に生きようと思ったのは。いつも優しく穏やかな両親に褒められた幼い頃から、皆を導くリーダーとして頑張りたいと思ってここまでやってきたのだ。

 

褒められたいという思いがあった訳ではない。だが、そんな子供の頃からの純粋な喜びが、自分自身を縛る枷となっていたのだ。

 

だからこそだろう。

ここまで頑張ってやってきた自分が、誰かに褒められたことが嬉しくて仕方なかった。それこそ、無意識に泣いてしまうほどに。

 

 

「でも、これからは一人で背負うべきじゃない。皆にも頼るべき。何なら利用してもいい」

 

「そ、それはいいのか?皆に無理をさせるのは………」

 

「自分が無理してたら意味がない。心配しなくても、貴方の仲間────仮にもハジメの同期。そんなヤワじゃない………多分」

 

「多分って…………断言して欲しいな」

 

 

涙を拭い、咲夜はそう問い掛ける。出会いはしているが、名乗りの方は聞けていなかったのでどう呼ぶべきかに困る。当のユエはふふんと自信満々に微笑み、自ら名乗った。

 

 

「私はユエ。貴方達よりも先輩で、一途だけど優しさのある女」

 

「…………参ったな。惚れてしまいそうなくらい、良い女性だ」

 

「残念だけど、その気持ちは応えられない。私の一番は、ハジメ以外いないから」

 

「分かっているさ。だからこそ、これは俺の最初で最後の失恋さ。それでいい、俺は君に────大切なものを貰えたから」

 

 

先程までの激情が綺麗になくなったように咲夜は不敵に笑う。初めてであるはずの恋が叶わないことを悟ったにしては、憑き物が落ちたように穏やかであった。

 

そんな咲夜の姿に「追いかけて良かった」とユエは微笑みを深める。彼女はふと足元に転がった魔導書を手にすると、咲夜に差し向けた。

 

 

「ん、これ」

 

「………いいのか?処分するんじゃ無かったのか?」

 

「さっきまでの貴方なら、無理だと言った。もしかしたら、使いこなせるかもしれない………期待してる」

 

「────その期待、応えられるように励むさ」

 

 

立ち去るユエに、咲夜はそう返した。魔導書をしまい、夜風を浴びる咲夜は体を震わせる。「………少し、寒いな」と呟いて歩みを早めた彼の後ろ姿は、軽快なものに見えた。

 

 

◇◆◇

 

そして、翌日。

 

 

「早くしてよ委員長ー!もうすぐ南雲くん達も起きるよー!」

 

「…………まだ、眠い」

 

 

勢いよく腕を引っ張る宮崎奈々に、目を擦る咲夜は弱々しく呟く。真夜中に飛び出していたことと今までまともに寝れていなかった反動が響いたのだろう。宿屋の一室に集まった面々、愛子を除く護衛組の面々は意外そうであった。

 

 

「なんか、意外………委員長が眠そうって」

 

「まぁ、最近ずっと頑張ってたしな。仕方ないってもんだろうぜ」

 

「無理すんなよー、委員長。何かできることあったら、俺達なんて好きにこき使っても良いんだぞー。ま、酷使は止めてくれよな!」

 

「全く…………委員長。私も同じ気持ち、少しは頼ってよね」

 

 

軽く笑いながら心配を顕にする一同に、咲夜は何とか誤魔化そうと言葉を選ぶ。そんな時、脳裏に過ったのは真夜中でのユエの言葉であった。

 

 

『でも、これからは一人で背負うべきじゃない。皆にも頼るべき』

 

(自分だけで、背負うべきではないか………)

 

「────皆、話がある」

 

 

彼女の言うように、皆と向き合うべきだ。

そう理解した咲夜は誤魔化すことなく、彼等と面と向かい腹を割って話すことを選んだ。




メインキャラの一人、岸上咲夜の掘り下げでした。委員長という立場で愛子先生同様に皆を導く立場だったので、その重責に苦しんでいました。

まぁ、右も左も分からない異世界で戦争に参加しなきゃいけないってこともあって、不安になる皆を支えようとして本人がストレスを溜め込んでたという。大人達に相談することもできたけど、迷惑をかけられないという理由で必死に隠していた模様。

同じように吸血鬼の王として頑張らされたユエだからこそ共感して、褒めてあげた訳です。

咲夜は優しいので口には出さなかったですが、ストレスの何割かは光輝や檜山も入ってます。(空気を読めない発言や身勝手な妄想を繰り返す光輝やハジメを敵視する檜山など)

清水の今後について

  • 生存その1(生き残るけど戦えない)
  • 生存その2(護衛組の一人として戦う)
  • 死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
  • 意識不明の重体として途中退場
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