ありふれた職業で世界最強 新生譚   作:虚無の魔術師

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北の山脈地帯

「おう、お前等全員起きてたか?」

 

「………ああ、一人たりとも寝不足はない」

 

「そんなこと言って〜、委員長が一番遅かったじゃん。起きるの〜」

 

 

街の外へと出たハジメと刃達は、既に待機していた愛子先生や咲夜達護衛組の面々と会話する。奈々の言葉にハジメはそれはそれは面白そうに咲夜を見ていた。

 

 

「へぇ………あの委員長がねぇ」

 

「…………俺とて人間だ。そういうこともある」

 

「常に真面目なアンタが、そういうこと言うの自体珍しいんだけどな」

 

 

返す言葉もなく、目を逸らすのが特にそれらしい。今までよりも気軽になったように思える咲夜の変化を、皆が良く思っていた。

 

 

「それより、これからどうするんだ?北の山脈地帯って言っても、歩きじゃ一日以上掛かるぞ」

 

「………ハジメ」

 

「分かってる。こういう時こそ、コイツの出番だ」

 

 

《宝物庫》の力を発動したハジメが引き出したソレが、地に降り立つ。ハジメが独自に開発した大型装甲車、魔力駆動四輪である。生成の力と多くの素材などを試行錯誤して造り出したそれを前に、愛子含む護衛組が言葉を失っていた。

 

 

「相変わらず、良いデザインだな。親友」

 

「よせよ、照れるじゃねぇか────どうした?乗らねぇなら、置いてくぞ」

 

 

そう言って急かすハジメに、慌てて乗り込む一同。全員が乗ったのを確認した後に、魔力駆動四輪が走り出していった。

 

────そんな車が走り去る光景を、人気の少ない街中で何かが覗いていた。人の形のような黒い影が妖しく蠢き、足元の影に溶け込んでいく。その影は建物の影へと移ろいでいき、車の後を追いかけていた。

 

 

◇◆◇

 

 

ハマーにも似た、四輪駆動車が山道を踏破していく。車特有の早さでグングンと進んでいく車内では、世間話のようなものが交わされていた。

 

 

「すげーな、南雲!これ、お前一人で作ったのか?」

 

「まぁな。錬成っていうより、大迷宮での鉱物とかを利用したもんだが………」

 

「さっすが、シュトライゼさんのお弟子さん!あの人みたいにカッコいい兵器とか造れるのか!?」

 

「…………あの人、元気か?」

 

 

興奮を隠せない玉井や相川を軽く流していたハジメであったが、自分の師匠とも呼べる男性の事を思い出し、ふと聞き返す。変な人であったが、知識や技術力の貪欲さはハジメも正直に見習っていた。何ならドンナーなどを創り出せたのも、シュトライゼの訓練の賜物なのだから。純粋に、尊敬すらしている。

 

 

「ああ………南雲が奈落に落ちたって聞いてから、凄い落ち込んでたみたいだけど…………すぐに元気になったらしくてな。今、王国ですげー兵器を作ってたんだぜ!」

 

「すげー兵器?」

 

「俺見たんだよ!四足歩行の戦車みたいなヤツとか、前見た時は駆動鎧みたいなのもあったぜ!」

 

「…………(何それ見てみてぇ)」

 

 

無表情ながらも、ハジメはウズウズとすることになった。シュトライゼの計画していた『機甲兵計画』は魔神連合との戦争への対策として多くの兵器を作り出す為のものだ。当初は砲台などに留まっていたソレは、ハジメがもたらした知識のお陰で大きく発展することになった。

 

そんなシュトライゼ達の造る兵器がどうなるのか、興味がないわけではない。むしろ興味あり過ぎて今すぐにでも王都に戻ろうかと思ってしまうくらいである。

 

 

「それより、南雲君。どうしても戻る気はないんですか?白崎さんも心配してますよ」

 

「…………白崎は、無事か?」

 

「ああ、お前が奈落に落ちた後は食事も喉に通さないぐらい落ち込んでいた。今はオルクス迷宮でお前を探そうと実戦訓練に出ている。………安心してくれ、広大や雨音が付いてる」

 

「そうか。ならいい」

 

「あの………南雲君?私としては、白崎さんに直接会って欲しいという思いもあるんですけど」

 

「先生や白崎には悪いが、俺にも事情がある。わざわざ戻ってまで、時間を無駄にしたくはない」

 

「────それだけか?」

 

 

ぶっきらぼう似言い切るハジメに、咲夜が問い掛ける。彼のその言葉に、車内の空気が冷え始めた。何を言っているのか、と怪訝そうな刃や愛子を他所に、咲夜は核心を突く言葉を口にした。

 

 

「背中を狙った敵がクラスメイトの中にいるから、帰って来れなかったんじゃないのか?」

 

「………!?どういうことですか!?岸上君!」

 

「ハジメが奈落に落ちた事故、アレが人為的なものだと俺は考えてます。……………ハジメ自身も、勘付いているようです」

 

 

淡々と語った咲夜の内容に、愛子が絶句してしまっている。護衛組の面々はどこか沈痛な顔持ちでハジメを気にかけており、当のハジメはへぇ、とどこか感心したように口笛を吹いていたが────近くにいた親友の様子に、冷や汗を滲ませた。

 

 

「…………………あ゛?」

 

 

ビキッ、と血管が浮かび上がるほどの怒気を顕にした刃。話を黙って聞いていた青年から異常なまでの魔力が噴き出す。この場にいる誰もが、刃の激昂の理由を悟っていた。

 

黒鉄刃にとって、南雲ハジメは唯一無二の親友である。不良やチンピラを叩きのめして、常に孤立していた彼が自分から積極的に心を許すことの出来た相棒。そんな大切な親友が理不尽に傷付けられることがあれば、刃は我を忘れるほどに激昂する。

 

それは、かつて訓練でハジメがリンチにされた時も同じだった。ましてや、今回は奈落に落とした────明確な殺意があったということに違いはない。

 

 

「ジン」

 

「………主様」

 

 

だが、今だけは違った。隣に寄り添う少女達が、臆することなく刃の手に触れる。下手すれば握り潰しかねないほどに力が込められた拳が、緩んでいく。

 

未だ抑え切れない怒りを噛み砕いた刃が、咲夜を見返す。

 

 

「………そう考えた理由を、聞かせろ」

 

「理由は三つ。一つ、とある魔法がハジメに狙いを定めて撃たれたこと。…………これは俺が未然に防いだから、問題はなかった。問題は、その先。

 

 

二つ目、迷宮の魔物ではない未知の魔物がハジメを襲った。タイミング的にも、魔王側の手のものでもなかった。アレは、誰かが意図的に操作したものとしか考えられない」

 

 

魔力の痕跡や反応的にも間違いない、と魔力や魔法に知見のある咲夜がそう語った。実証や論理を重ねたソレは、彼自身信じたくないと思って、クラスメイトの無罪を証明するために徹底的に調べたのだろう。その結果、答えがクロに近しいことで疑うしかなくなったのだが。

 

 

「三つ目、これはクラスメイト本人ではないが────奈落に落ちそうになったハジメを魔王が助けようとしたのを、妨害した者があの現場にいた。恐らくは、共犯者………あの魔物を操った主と見るべきか」

 

「………誰だ?誰がハジメを奈落に落とした」

 

「────檜山大介」

 

 

その名を告げたのは、ハジメと咲夜の二人であった。確信したような物言いに絶句する刃に、咲夜は険しくした表情のまま告げる。

 

 

「追及はできなかったが、俺はそう確信している。動機の方も、有り得なくない」

 

「…………ああ、そうかよ。クソッ」

 

 

檜山大介が、異常なまでにハジメを敵視していた理由を思い出す。話によれば、彼は香織に惚れていたらしい。そんな香織からの好意を独り占めにしているハジメの姿は、本人の意志関係なく不愉快に見られたことだろう。

 

刃の事を恐れていたにも関わらず、ハジメを執拗にイジメ続けていたのも納得だ。正直、それだけで刃の怒りは全く収まることはないが。

 

 

「…………」

 

動揺する愛子先生を見守る優花達、彼女達の顔にも翳りが射していた。それもそのはず、彼女達はとっても重い話だろう。自分達の中に、クラスメイトを殺そうとしたものがいることは。

 

それがたとえ、事前に伝えられていたとしても。

 

 

◇◆◇

 

 

「────檜山が、南雲を奈落に落とした張本人ッ!?」

 

「少なくとも、オレはそう疑っている。いや、確信した上で警戒している」

 

 

密室に防音処理を魔法で施した室内の中で、咲夜は護衛組の皆にそう告げた。内密、極秘と銘打った形で。ハジメ達と合流する前に咲夜に切り出されたその話は、彼等にとって容易に飲み込める話ではなかった。

 

 

「………委員長は、どうしてそう思うワケ?」

 

「檜山の様子を見ても、そう思うしかない。理由ならば沢山ある」

 

 

後に車内で語る要因を口にした咲夜に、誰もが反論することも出来ない。だが、素直に受け止めることも出来ずにいた。無理もない。自分達のクラスメイトに、そんな奴が────仲間を殺そうとして、平然としているやつがいていいはずがない、と思うのが普通だろう。

 

 

「遠藤に見てもらったが………当初の檜山は非常に怯えていた。あの怯えようは異常だ、まるで衝動的にやったようにしか思えない」

 

「…………?待てよ、委員長。さっき、檜山のやり方は用意周到だって……………」

 

「そこだ。オレの予想として、檜山は利用されていただけなのかもしれない。或いは、唆されていたか。少なくとも、第三者がいるのは確かだ────オレはそれを、ハジメ達の言っていた『ファウスト』だと思っている」

 

 

悪辣で狡猾、そして自分達を利用しようとする存在。それで言えば、檜山に手を貸した────可能性の話だが、唆した張本人に該当しなくもない。だからこそ、咲夜ですら後手に回る始末だった。

 

 

「もし本当に、奴が関係しているとしたら、オレ達には魔神と戦う覚悟が必要だ。これ以上に、奴等の好きにさせない為にも」

 

そういった咲夜は皆の顔を一瞥した。不安や心配の表情を滲ませる仲間達の姿に咲夜は、深く頭を下げた。

 

 

「皆にこの話をしたのは、力を貸して欲しいからだ」

 

「力を………私達の?」

 

「オレ一人では、何も出来ない。現にあの時、一人で足掻いた結果ハジメを奈落に落とす羽目になった。もう二度と、オレの仲間を犠牲にはさせない…………させたくない。今じゃなくていいから、頼む」

 

 

真剣に、そう言う委員長の姿に誰もが言葉を詰まらせた。しかし答えはすぐに出なかった。そのことを、咲夜は仕方ないと分かりきっていた。

 

自分の言わんとすることは、彼等に無茶を通させようとしているに過ぎない。そんなの、簡単に頷けるはずもない。自分としても、委員長として失格の発現であると自覚してる。

 

────だが、自分一人では意味がない。無力感による不安が、未だ咲夜の脳裏にはあるのだ。それは、そう簡単に拭えるものではない。外の景色を尻目に、咲夜は弱気になっている自分を自覚して、言葉を詰まらせるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

北の山脈地帯。

標高千メートルから連なる多くの山が広がる一帯。環境の変化が激しいこのエリアは危険な魔物も多く、人間族は到底近付かない場所であった。何なら、魔人族の領域とすらされている。

 

四輪駆動車から降りたハジメは周りを見渡し、刃に目を交わした。

 

 

「空からは俺がやる。周辺は任せたぞ、相棒」

 

「応ッ、任せとけ。相棒」

 

 

二人が動いたのも、一瞬だった。鳥を模倣した機械のようなもの、もといドローンを4機空に飛ばすハジメ。そんな彼に続いて、刃は背中から十本の剣を生成した。統率の取れた動きで構えられたその剣が勢いよく射出されていき、凄まじい勢いで辺りの木々を突き抜けていく。

 

空高くを飛翔する鳥のドローンと、山の地表スレスレを飛び回っていく剣。そんな光景に言葉を失う一同を代表し、愛子が疑問を投げ掛けた。

 

 

「い、今のは………?」

 

「重力制御式無人偵察機【オルニス】、これで空から痕跡を探す。オルニスで見つからない場所は────」

 

「俺のソードビットがしらみ潰す。幸い、ソードビットと俺の五感は共有できる。気配探知だって使えば、何とか見つけられるだろ」

 

 

ライセン大迷宮から得た『感応石』と重力魔法を組み合わせた飛翔体ドローンと、『剣帝』の天職を使いこなした刃による擬似的なビット方式。その二つを組み合わせた捜索であれば、たとえ広大な山脈であろうとも時間は然程掛からないだろう。

 

感嘆に暮れる男子二人や護衛組を他所に、反応があったのは刃だった。彼は表情を露骨に歪ませたかと思えば、苦々しく舌打ちを吐き捨てる。

 

 

「見つけたぞ、ハジメ」

 

「ウィル………じゃなさそうだな」

 

「────死体だ、それも二つ」

 

 

◇◆◇

 

ソードビットが発見した場所に向かったハジメと刃達。ようやくその場所に着いた彼等は、改めて現状を確認する。

 

 

「………随分な光景だ」

 

 

辺り一帯が、焼き払われたように焦げている。恐ろしいのは、その火力。木々が焦げているだけならまだしも、炭化したであろう痕跡が所々に残っている。挙げ句に、周辺には未だ焔がユラユラと燃え上がっていた。即座にユエやソーナが消火するが、低級の魔法では消えなかったことから見ても、強力な炎であることは確かだ。

 

 

「上級の魔法でやっとか。ただの炎じゃねぇな、これは」

 

「ああ、この惨状を見れば、ヤベェ相手だってのはよく分かるぜ」

 

「────すまない、遅くなった」

 

 

周りを観察していたハジメ達に、そう咲夜が声を掛けた。やっと着いてきたようだが、彼の様子に息切れは一つもない。その気であれば刃達に追いつくことも簡単であったが、そうしなかったのは仲間達のペースに合わせていたからだろう。

 

 

「南雲………黒鉄………っ、お前等………速すぎだって………」

 

「当たり前だ。鍛え方が違う」

 

「委員長も………何で平気そうなの………?魔法職でしょ……っ」

 

「まぁ………オレもよく扱かれたからな」

 

 

魔法を使うということもあり、咲夜が師事していたのは魔法剣士でもある王国最強の一人、スピリアスである。軍人気質である彼女の教えとして基礎中の基礎、スタミナや体力を付けることを重視されていた。

 

そのこともあり、『賢者』という天職の割には体力も十分にあった。

 

 

「それで見つかったのって────っ!?」

 

「────見るな」

 

 

駆け寄ってきた一同に咲夜はそう制した。しかし、半ば手遅れであった。彼女達は、見てしまった。地面に転がる焼死体を。短い悲鳴を上げる女子や吐き気のあまり蹲る男子を庇い、咲夜自身も口元を手で覆う。肉の焼ける匂いが、嫌でも届いてくるからだ。

 

 

「………即死。いや、原型があるだけマシ」

 

「こっちは、酷い………もうほぼ炭になってる」

 

「内側から焼かれてる────これじゃあ、判別も出来ません」

 

 

淡々と調べるユエに、ソーナとラナールは顔を青くしてもう一つの死体を目の当たりにしていた。焼け焦げた死体とは違って、完全に炭化しており、生きていた痕跡すら見られない亡骸に全員が息を呑む。死体の判別も出来ない事実にハジメは舌打ちを零したが、ふと近くを探る親友に気付く。

 

 

「おい、何してんだ?」

 

「剣の刀身がある、恐らくコイツが使ってたんだろ。その記憶を読み取る」

 

「………出来んのか?」

 

「無理なら言い出さねぇさ────ちょっと待ってろ」

 

 

炎に焼かれたであろう折れた剣を手にし、瞑想のように意識を切り替える刃。刀身に触れていた手が微かに揺れ、残された記憶を読み取った刃は吐き捨てるしかなかった。

 

 

「コイツらを殺したのは、魔人族だ」

 

「………ウィルも、殺されたか?」

 

「いや、見えたのは二人の死だ。ウィルと思う奴は、先に逃がされていたが………コイツらが即死だったのもあって、何も分かんねぇ」

 

 

冒険者一行を容易く葬るほどの実力の魔人族。炎の残痕からしても、近くにいた可能性は否めない。すぐさま周りを警戒する一同だが、刃が「心配すんな」と語る。

 

 

「魔人族の姿は何処にも見えねぇ。コイツら焼き払って帰ったのか────いや、待て。生存者がいるみてぇだ」

 

「っ、マジか?」

 

「ああ、此方だ」

 

 

そう言った刃が足を止めたのは、大規模な破壊の痕跡が目立つ一帯だった。あの魔人族とも違う、別の何かが暴れたような痕跡に全員が息を詰まらせる。

 

 

「この滝壺の奥にいる。ソーナ、頼めるか?」

 

「任せて!こういう時こそ、私の力を見せる時なんだから!」

 

 

崖から降り注ぐ滝の前まで歩くソーナ。水上を滑るように歩いた彼女が手を翳すと、滝自体が音を立てて二つに割れる。彼女の有する、王家の魔力。水を操れるその力がモーゼの伝説のように道を切り開く。

 

絶句する一同、純粋に感心する咲夜を他所に、ハジメが先行していく。慌てて後を追いかける愛子達に、刃も続いた。少し歩いた先で、地面に倒れ込む人影に気付いた。

 

倒れ込む青年の顔は、青くなっていた。数日間ここに居たのであろう、食料も残り僅かとなっており、気を失って倒れているのだと誰もが察した。暖を取らねば、と動く咲夜達だったが、

 

 

「ぐわっ!?」

 

「ちょっ!?相棒!?」

 

 

待つのも億劫、といった感じでハジメがデコピンを浴びせた。あまりの痛みに悶える少年に、刃は親友の行為に困惑を顕にするしかなかった。えぇ、とドン引きする一同を尻目に、ハジメは淡々と追及する。

 

 

「き、君達は……」

 

「お前がウィル・クデタだな?」

 

「あぁ、僕がそうだけど………」

 

 

ウィル・クデタ本人であることに、ハジメは何とか安心したようだった。折角の依頼の都合上、救助するべき相手が死んでいては困るなんてものではない。未だ痛みに呻く少年に、咲夜が何があったのか問い掛ける。彼が語ったのは、気を失う前に体験した話であった。

 

五日前、北の山脈まで登ってきたウィル達は何か妙なものを見つけた。巨大な無機物の塊のようなものを操作する老人と、その隣に立つ虚ろな顔をした女性。そして、片隅でキョロキョロと怯えた素振りを見せる黒衣の男。あまりにも奇妙な光景に距離を取ろうとしたウィル達であったが、手遅れだった。

 

 

『ひ、人がいるぞぉっ!?』

 

 

上擦った声で叫ばれたことで気付かれたウィル達は、慌ててその場から逃げ出した。しかし既に手遅れだった。突如魔人族の男が、彼等を強襲したのだ。

 

一方的な、虐殺であった。必死に囮を努め、ウィルを逃がそうとする冒険者達を、魔人族の男は何の躊躇もなく殺して回った。そして、一人逃がされたウィルも追い詰められ、炎で焼かれそうになった所で────気を失った。

 

冒険者達が自分の為に殺され、たった一人生き延びたことを語り終えたウィルはボロボロと泣き出し、震えていた。それほどまでの体験だったのだろう。刃も目を伏せるほど、皆言葉が出ない────中、ハジメや咲夜だけが怪訝そうな顔を隠せなかった。

 

 

「ちょっと待ってくれ。なら君は何故ここに?」

 

「──────あっ」

 

 

咲夜の疑問に、皆がその違和感に気付いた。

ウィルの話が真実なら、彼が滝壺の奥に隠れるように気を失っていたのは可笑しい。気を失った瞬間、ウィルは魔人族に襲われていたのだから。

 

当のウィルも呆然として、思い返す。次の瞬間、何かを思い出したのか、顔色を更に真っ青に変えた彼が勢いよく咲夜に掴みかかる。

 

 

「早く逃げて下さい!これは罠です!!」

 

「罠?どういうことだ」

 

「アイツが、僕を助けたのは………貴方達を誘い出す為なんです!早く逃げないと────『影』がっ!!」

 

 

直後、刃が思わず洞窟の向こうに反応する。まるでその言葉に呼応するかのように、闇の奥で何かが蠢いたように見えたのだ。その予感は、強ち間違いではないことをすぐに悟ることになる。

 

 

────影が、全てを飲み込んだ。

 

◇◆◇

 

 

地面や、壁や、天井を『ソレ』が伝う。

真っ黒な影、純粋な虚無が全てを飲み込まんと殺到した。その影を目の当たりにした刃ただ一人は、無意識に飛び退いていた。本人の思考よりも先に、本能が警鐘を鳴らしていたのだ。

 

────これは、『魔神』と同じものだ、と。

 

 

ほぼ全員が、手遅れだった。

愛子先生や園部達は『影』に反応することも出来ず、そのまま呑み込まれた。遅れて反応することが出来た咲夜だが、彼は愛子や園部達を助けようと手を伸ばしたことで、同じく呑まれた。

 

 

「────ハ」

 

 

親友の方へ動いた刃は、即座に間に合わないことを理解させられる。ハジメは既に影に呑まれかけたシアやユエの元へ向かい、ほぼ同時に取り込まれた。ほぼ一瞬にして、抵抗も許されなかった様子だ。動揺しかけた思考の中で、刃は意識するよりも先に動く。

 

ラナールは、園部達と同じく既に呑まれている。一番離れた場所にいたソーナやシノも、あと少しで影に呑まれる所だった。

 

 

「オオオオオオッッ!!!!」

 

 

あらゆる力を用いて、刃は全速力で地面を蹴り、飛んだ。そして、今にも影に呑まれかねなかったシノやソーナを掴み、洞窟から脱出しようとする。

 

『影』は、まるで生きているかのように刃達を追いかけていく。二人を連れてそのまま抜け出そうとした刃は、ふと握っていた手の感触が消えたことに気付く。

 

 

「っ!?ソーナ!!」

 

 

『影』に呑まれたことを理解した瞬間、困惑が彼を襲う。影に追い付かれた訳ではない、地面を伝う影がソーナの足元の影に触れた瞬間に、取り込まれたのだ。足元の影から、本人に接触したのだろう。

 

動揺した刃を、無数の影が襲う。そのまま呑み込まんと迫る影に剣を構えようとした刃は、唐突に突き飛ばされた。

 

 

「シノッ!!?」

 

 

自分を洞窟の外へと突き飛ばした忍少女に、思わず叫ぶ刃。彼の安否を前に喜んだ少女は、背後の影に呑み込まれた。そして黒い影が洞窟を塞ぐように連なる。壁のように展開された影を殴り、刃は苛立ち混じりに怒鳴る。

 

 

「────クソッ!俺だけかよ!」

 

(掴んでいたのに、連れて行かれた!触れたものを取り込むのか、あの影は!皆は………無事か!あの影に呑まれただけで、殺されてねぇなら話は早い!)

 

 

影を破壊しようと魔剣を生成する刃。しかし彼の掌に剣が形が為そうとした直後────影が、生じた。さっきのような、禍々しいものとは違う。純粋な、大きな存在の影が。

 

 

「黒い、竜だと!?」

 

漆黒の鱗を全身に纏い、翼をはためかせる巨体の竜。金色の目で刃を睥睨したその竜は、咆哮を響かせると共に収束した魔力を巨大な息吹として解き放った。

 

 

◇◆◇

 

 

「ッ!全員、無事か!?」

 

 

影に呑まれたハジメ達は、洞窟よりも広い空間に居た。移動させられた訳ではなく、転移にも思えない。舌打ちをして周りを見渡すハジメは、自分達が何処にいるのかを理解した。

 

────これは、『影』の中だと。自分達は、突如襲ってきた影の中に呑み込まれたのだと。

 

 

「ハジメ!刃がいない!」

 

「アイツは逃げれたか………クソ、どういうつもりだ?」

 

 

親友だけが助かったことに安堵しながらも、ドンナーを構えて辺りを警戒するハジメ。何が自分達を襲ったのかは分からない、何が狙いかも。少なくとも、明確な意思があってこの影に呑み込ませたのは確かだ。

 

そして辺りを見渡したハジメが、不意に振り向く。そこは、あまりにも不気味な空間であった。影の残骸が連なる山の上に、玉座が立っている。その玉座に、誰かが座っていたのだ。

 

 

「…………アイツ、いつの間に」

 

「っ、アイツだ!アイツが、私を────!」

 

 

────黒衣の男。無貌ともなるその虚無には、何らかの感情が渦巻いていた。その男は怯えを見せるウィルに興味を見せることなく、ハジメ達を静かに一瞥していた。その視線を鬱陶しく感じたのか、ハジメはドンナーをその男へと向けた。

 

 

「お前は何者だ?何が目的だ」

 

「────名は、ない。そんなものは、当の昔に棄てた。だが、記号はある」

 

男が手を振るうと、足元の玉座と連なる残骸の山が影の中へと落ちていく。そして、男の姿も少し変化した。ボロ布のような黒衣が、装束のように変化する。魔術師のように尊大な黒衣を纏った男は冷徹に、淡々と語っていく。

 

 

「『天秤を担う者』、『禁忌の聖典の王』、『■■と■■を司る■■』────『救世主』、『ソロモン』。それこそが、我が名。俺を示す冠位だ」

 

「ソロモン………確か、昔の王様だったな」

 

「ああ、魔術王とも呼ばれていた…………俺もよく知っているが、奴が何故その名を名乗る?」

 

 

身構えるハジメと咲夜は、ソロモンと名乗った男から目を離さない。いや、離す事が出来ない。二人が構えていることで、その場の全員が戦闘態勢に入る。それを視認したソロモンが腕を振った瞬間、足元の影が蠢いた。

 

 

 

「そして、俺の目的は唯一つ────世界の救済だ」

 

「っ!気を付けろ!この影は………!」

 

「俺の救う世界の為、礎となるがいい」

 

 

影から生まれた魔物を従え、ソロモンは冷たく宣告した。

清水の今後について

  • 生存その1(生き残るけど戦えない)
  • 生存その2(護衛組の一人として戦う)
  • 死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
  • 意識不明の重体として途中退場
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