「よぉ、まだ生きてるか?」
「…………トドメを刺しに来たか」
まぁそんな感じだ、とハジメは一息つく。ユエやシア、グアンと合流したハジメがラーヴァの生死を確認しに来たが、結果は目に見えて明らかであった。
胴体に風穴を開けられて、地面に転がるラーヴァ。既にその目には生気がなく、トドメを刺さなくても死ぬのは理解できた。だが、直接トドメを刺さなけらばならない。それが自身の信念でもあり、敵であるラーヴァへの敬意でもある。
「俺は直に死ぬ────そして俺の死を、大魔王は感じるだろう」
ポツリ、とラーヴァは呟く。その言葉を、ハジメは静かに聞いていた。
「王域、その半数が墜ちた今、大魔王は黙っていない。他の王域や魔王がお前を殺しに行くことだろう。或いは、それ以上の絶望がお前達を襲う」
「何が来ようが、俺の邪魔をする奴は殺す。それだけだ」
「殺す、か………無理だな、お前では大魔王には勝てんよ」
微かに笑うラーヴァのソレは、嘲笑ではなかった。かつて自分が感じた恐怖を、自嘲するソレであった。
「あの御方にあるのは、数億、数十億もの怒りと怨嗟。魔人族と魔族の連なる怨恨だ。同胞達の怒りと恨みが、あの御方を動かしている」
「…………」
「あの御方と戦うことは、世界と戦うことと同意義だ。対面すれば理解するだろう。アレは人が、立ち向かえるものではないと。立ち向かっていいものではない、とな」
かつて対峙し、野心を打ち砕かれたラーヴァは自嘲気味に吐き捨てた。成り上がろうと思っていても、大魔王相手に挑む気力は無かった。それほどまでに、彼は恐れてしまっていたのだ。
ポツポツと語っていたラーヴァ似トドメを刺そうとしたハジメの隣に、ウィルが立つ。何か言いたげな青年の肩を押したハジメは、ラーヴァの元へと行くように差し向ける。
「…………俺を殺しに来たか?人間」
「貴方は、人間が嫌いですか……?」
「嫌いだな。俺は全ての人間が嫌いだ」
地面に転がったラーヴァの目の光が、輝きを漏らす。ギラギラと光る敵意と憎悪の瞳は、ウィルではない誰かを見ていた。
「弱いクセに、俺達からあの人を奪った。誰よりも優しくて、誰よりも強くて、誰よりも好きだったあの人を、あんな風にした人間どもを俺は許さない。永劫に、人間を嫌い続ける。死しても尚、永劫にだ」
口々に語る言葉には、強い熱が込められていた。感情的な、恨みや憎悪に近しい言葉に、ウィルは思わず気圧される。だが、それでも逃げることなく、ラーヴァを強く睨み返した。
「………私は、貴方を許さない。けど、魔人族が憎いわけじゃありません」
「…………」
「私は、僕は………貴方のようにはなりません。怒りと憎しみで、種族全てを呪うような……………貴方のような、弱い人には」
「弱い、か…………そうかもな。俺には、それ以外何も無かったからな。きっと俺は、弱いままだったんだろう」
静かに笑うラーヴァは満足そうに、何処か悲しそうであった。そして、すぐに全員がその変化を理解する。
「話し過ぎて………仇を、取り損ねたな。小僧」
全身から煙が立ち始めるラーヴァ。熱気と共に燃え上がる身体に、咄嗟にウィルを掴んで下げるハジメ。炎に包まれたラーヴァはその身体を崩しながら、何処か遠くを見ていた。
「結局、俺は貴方のようになれなかった…………俺は、貴方達のように強く…………アクシア様…………『剣士様』────」
呟いたラーヴァの肉体が、完全に炭となってその場に崩れ去る。ボロボロとなって地面に落ちた黒い炭の塊が霧散し、空へと溶け込んでいく。そんなラーヴァの最期を、ウィルだけではなく、シアも思うところがあるように見守っていた。
「あの人は…………憧れた人のようになりたかったんでしょうか」
「…………その結果が、人類全てを殺すなんてイカれてるにも程がある。いや、戦争の狂気って奴か」
大魔王は『戦乱の魔神』なるものであることは、ハジメもよく知っている。それがもたらす戦争の狂気、憎悪や復讐心を引き出す魔神の特性により、魔人族の大半が怨恨に飲まれている。正しく、狂気に魅入られた者たちの一人がラーヴァだったのだろう。
「………刃や咲夜と合流するぞ」
そう切り出すハジメに、全員が静かに応える。
憎しみと報復の連鎖を、止める方法はないのか。そう思うシアの疑問に答えられるものはいない。簡単に止められるものなら、苦労はしないのだから。
◇◆◇
「咲夜────敵の魔物は粗方潰したぞ」
「助かった。司令塔の二人が倒れたからこそ、操られてた魔物ぐらいしかいなかったろう」
ラーヴァやオーゼンハイトが潰えた今、率いていた魔物の大群は一斉に山岳地帯へと逃げ出していった。それでも残った魔物はラーヴァやオーゼンハイト、もしくは別の誰かに操られていたようで、残ったのは刃やティオ、別行動していたソーナやシノが掃討した。
「おう、刃、咲夜。こっちは終わったぞ」
「ハジメか、ちょうど良かった。怪我はねぇか?」
「ねぇから安心しろよ。それより、気になることがあるんだが…………そこの大きいのは敵じゃないのか?」
合流したハジメが開口一番切り出したのは視線の先にある、巨大な兵器エンキの姿である。エンキはその巨体とは裏腹に、地面にしゃがみ込んで愛子に顔を擦り寄せていた。
『────♪』
「く、くすぐったいですよ………!というか、ひんやりしてるというか…………」
「…………大型犬か何かか?」
「奇遇だな、相棒。俺も同じように見えてた」
物凄く懐いている様子に困惑するハジメに、露骨に納得する刃。その二人の会話を聞いて苦笑いしていた優花やソーナ達であったが、ふと作業をしていた咲夜がボソリと呟きながら割って入る。
「………大型犬の方が、まだ可愛いな」
「咲夜、終わったのか?何が分かった?」
「全て。この兵器、エンキについて解析してみて分かった────その上で言っておく。今から言う話は、ショックの強い話だ。それでも聞くか?」
「………お前が言うってことは、余程か?」
静かに発言した咲夜に、一気に気を引き締めたハジメが問い掛ける。無言ながら咲夜は頷き、その場の空気に緊張感が漂う。ふと隣に立つ刃を見たハジメはどうするか、と問い掛ける。
「俺も知りてぇ、コイツは先生を守った。ここまて先生に懐く理由も、分かるかもしれねぇ」
「愛子先生はどうします?正直に言えば、この内容は人によっては精神的に来ると思いますが」
「…………教えてください、岸上くん」
全員からの視線を受けた咲夜が深呼吸をする。背を向けた彼は『エンキ』に触れながら、ポツポツと語り始めた。
「まずエンキだが、兵器という呼び方は少し正しくない」
「────まさか、元人間か?」
「…………ああ、正解だ。厳密には、十歳にも満たない子供だが」
その事実に、ハジメやユエが顔を歪める。実際に戦った刃は薄々感じていた予想があったことへの舌打ちと行き場のない感情に苛立っていた。そして、そんな事実を打ち付けられた愛子や優花達は絶句するしかなかった。
「こ、子供………?これが?」
「ちょっと!玉井!」
「いや、仕方ないだろうな。これが人間で、況してや子供とは到底思えない。それが普通であり、一般的だ。そもそも、異常なのはこの現実だ。この兵器に、子供の魂が刻まれていること自体が異常なんだ」
「………何があったの?」
解析により、エンキの全てを知ってしまった咲夜にユエが問い掛ける。背を向けた彼が語り出したのは、エンキが生まれる要因、その製作過程とも呼べる胸糞悪い内容だった。
「神エヒトは、神々を殺す為の兵器を作ろうとした。まずはその肉体を創り出した。神話の時代の最高峰の金属、あらゆる魔力と術式を組み込んだ神の自動人形。ソレを動かすモノとして、奴は子供の魂を選び、抜き取った」
「解放者と同じ技術…………いや、だがこれは違う。ミレディには自我があった」
「恐らく、解放者の技術を知らぬ神が無理矢理固着させ、適合させたのだろう。本来人の魂を提出し、他人の身体に入れるなんて絶対に不可能だ。血にも肉にも魂にも、皆等しく相性がある。この兵器は、そんな魂の拒絶反応を無視して魂を詰め込んだんだ」
解放者のような魔法ではなく、神の力で強引に魂を引き剥がし、この機体に固着させた。無論、そんな横暴で魂が無事で済むはずがない。絶大な痛み、幻肢痛が魂を襲うのだろう。しかし最悪なことに、製作者たちはソレすらも利用することを選んだ。
「まだ幼く、進化しきってない魂を、躯体に馴染ませるように長年そうさせた。きっとこの中にいる『彼』も拒絶反応に苦しんでたはずだ。そうやって奴等は、『エンキ』を造ったんだ。何人も、何十人もの子供を使い捨てて。幼い子供達の魂に、絶望と苦痛を与え続けた────そうして無理矢理植え付けた神々への恨みを、『神殺し』の概念を与えた」
蠱毒のように、神殺しの概念を発現する兵器を作るまで何人もの子供を犠牲にしてきた。それでも、エンキが愛子を助けたのは本人の意識が残っていたからだ。『神殺し』を備えても尚、これだけの地獄を味合わされたにも関わらず、『エンキ』は世界を憎むことなく、純粋無垢のままで在り続けているのだ。
「っ!委員長!どうにか出来ないの!?こんなの、酷すぎるよ!この子の魂だけでも抜いてあげるとかさ!」
「無理だ、既にこの身体に馴染んでしまっている。そもそも魂が無事に貼り付けられたのは、一回目であったからだ。今度引き剥がそうとすれば、それこそショックで死んでしまうだろう」
「で、でもさ!」
「数千年、この子はそんな長い時代を過ごし続けてきた。それでも尚、魂が無事で済んでいるのはこの身体だからだ。今の俺達には、『彼』を救う手段はない」
それは、賢者である咲夜だからこそ深く実感せざるを得なかった。彼の事を良く理解しているクラスメイト達は咲夜自身の悔しさを理解し、項垂れるしかなかった。
だが、そんな中────気丈に振る舞っていた愛子が、覚悟の籠もった声で聞き返す。
「今は、ですよね?岸上くん」
「愛ちゃん先生………?」
「はい、先生。あくまでも、現時点はです。俺達には彼を救う手段はない。だがこれから、旅を続けていくことで助けられる方法が見つかるかもしれない。その可能性自体、無くはないことです。
ですので、オレからの提案です。彼を先生の眷属にするという形はどうでしょう?」
そう切り出した咲夜に覚悟を秘めていた愛子は「はいそうです!」と頷いていたが、すぐに言葉を理解して「………え?」と固まった。しかしここは咲夜、再起動して捲し立てるであろう愛子を急速に説得しにかかった。
「先生、あくまでも建前です。彼をこのままにすれば、きっと教会が回収しに来るでしょう。しかし、豊穣の女神である先生の旗下にあるということにすれば、教会も迂闊に手出しはできなくなります」
「それは分かります!け、けど、どうして彼を眷属という扱いに?」
「『エンキ』は先生に懐いています。これは恐らく、子供として先生に惹かれる何かがあったのかもしれません。命令に従う可能性のあり懐いているエンキを先生の眷属とするのは、なんらおかしいことではありません」
その方が何かと都合が良い、と愛子を利用する気満々の咲夜。エンキを助けたいという善意もあるし、先生をサポートする信頼もあるが、その為にも先生にも頑張ってもらおうと思ってもいた。そんな咲夜の真意に気付いたクラスメイト達が後押ししたことで、愛子は困り果てながらもエンキを保護することを選んだ。
話題の渦中にあるエンキは訳が分からない様子だったが、気にも止めずに愛子に絡んでいた。幼子なりに愛情に飢えてるのかもしれない。
「俺達が口出しする必要無かったな」
「まぁ、先生と咲夜がいればそうだろ…………けど、皆忘れてるよな?」
「ん?何が?」
「清水のこと」
「……………あ、そうだった」
そういえば、そうである。
魔人族と手を組んでいたと思われる黒ローブの男、恐らく清水だと断定されている。今回の戦いで可能であれば彼を捕まえることを目的としていたが、ラーヴァやオーゼンハイトが手強すぎてそのことを忘れていた。刃が純粋に苦戦していたのもあって頭から抜けていたのに対し、ハジメの方は心底興味なさそうであるが。
「その心配の必要はない、既に策は講じてある」
「おっ、流石はさくえもん」
「僕さくえもんです…………で、満足か?つい先程、逃げたと思われる清水に俺の召喚した聖霊を向かわせた。少し前に捕縛した連絡を受けたから、もうすぐ来ると思うが………」
彼なりのモノマネをしたあとに、咲夜はそう呟いてから周りを見る。すると、彼の付近に複数の白い煙を纏う騎士が佇む。霊魂の騎士と呼ばれる聖霊の傍らには俵のように担がれた清水が気を失っていた。
◇◆◇
清水幸利にとって、異世界は夢であり憧れでもあった。俗に言う隠れオタクの部類に入る清水は、誰とも交流を持たなかった。家族からも疎ましく思われ、友達と呼べるものはない。
────だが、そんな清水にとって。
特別と呼べる関係性の相手は、一人だけいた。少なくとも本人とってはどうだか分からないが、清水にとっては友達と呼べる相手が。
『なぁ、清水。どうして学校に来ないんだ?』
『…………』
『分かっている。お前がイジメを受けていたことは自覚しているつもりだ。だが、既にお前をイジめていたクラスメイトは転校している。お前がこれ以上学校に来ない理由は無いだろう』
中学時代からの付き合いであった、岸上咲夜。性格的に大人しかった清水がイジメにあって引き籠もった数カ月後、咲夜は毎週清水を訪ねては声をかけ続けていた。
後に、清水をいじめていたクラスメイトを咲夜が証拠を突き出し、転校させたことも逸話になっている。それ故に学校では清い人間として扱われると同時に畏怖を買うようになった咲夜だが、彼は周りを気にすることはなかった。
しかし、イジメや家族から冷たい目を受け、世の中への不条理を恨むように歪んでいった清水は、そんな咲夜をも足蹴にし、時には罵倒した。お前もアイツらと同じように、俺を見下しているんだろ、と。何もかも思い通りならない現実への憎悪と八つ当たりを、咲夜へと向けた。
『────言いたいことはそれだけか?』
そんな清水の恨み言に、咲夜は半ば呆れたように溜め息を吐いた。何を、と息巻く清水を無視して部屋に立ち入った咲夜は、清水の目を見つめた。
『お前がどう思っているか、オレはよく知っている。知っていて、ここにいるつもりだ』
『お前がいじめられたことも、お前が引きこもっていることも、自分以外に恨みを吐くことを、責めるつもりはない。だが、それを理由に前を見ようとしないのはお前の責任だ』
『どれだけ他人に嫉妬しようと、どれだけ自分の立ち位置が不満であろうと、お前は一人の人間だ。社会の一員となれば否が応でもお前は特別ではなくなる。だが、同時に誰かにとっての特別にはなれる』
時には全ての元凶扱いした清水に対し、咲夜は嫌な顔をすることはなかった。彼は清水に嫌な顔を一度向けることはなく、真剣に向き合ってきた。そんな咲夜の気迫に、遂に清水の心も揺らぎかけていく。
『夢を見てもいいが現実から逃げるな、清水幸利。お前は自分が思うよりも特別だ。今のお前を特別ではなくしているのは、他ならぬお前自身だ』
『な、なんだよ………どうして俺を、そんなに助けようとするんだよ…………』
『苦しんでいる人間に、手を差し伸べるのに理由がいるか?いいか、何かもを恨んで部屋に閉じ籠もるな、苦しいのなら助けを求めろ。いくらでも応える────そして今度は教室で、お前の好きなものを共有しろ。オレは、こういうのも好きだからな』
清水の趣味に嫌な顔をしたかつてのクラスメイトや兄弟とは違って、咲夜は清水の部屋を興味深そうに見渡しながら告げた。その時からだ。強い劣等感によって歪んでいた清水は、岸上咲夜という憧れによって変わることを選んだ。
不登校気味であった学校も、少しずつだが通えるようになっていた。結局、クラスには打ち解けずにいた。オタクであることで一部からイジメを受けるハジメの姿に、半ば消極的になってオタクであることを隠さざるを得なかった。
それでも、咲夜は周りと清水本人に気を遣ってくれた。いじめられながらも親友やクラスにも打ち解けていたハジメへの密かな憧れを抱き、いつしか自分も彼のように居場所を持てるようになりたいと、清水は思い始めていた。
────そんな最中、彼は異世界に転移した。
非日常に放り込まれた不安や恐怖、ようやく打ち解け始めた家族との別離に怯えもあったが、それ以上に異世界という今まで夢見てきたものへの好奇心や興味が凄まじかった。
気を抜くな、と浮ついていた清水に咲夜はそう忠言した。最初は信頼する咲夜の言葉もあり、呑み込んでいたが自分に普通とは違う才能があると実感したことで、その忠言も頭から抜け落ちるほどの未来の可能性に期待していた。
夢見た創作のように、自分もヒーローの一人になれるかもしれない。そんな彼の期待は、奈落での激戦によって打ち砕かれた。
────魔王ガイアドゥームと、その配下による奇襲。その狙いが自分達の拉致であると知った時、清水はがむしゃらに戦った。時にはクラスメイトを助け、助けられながら生き延びようと必死だった。
そして────魔王と共に奈落に落とされたハジメの姿に、清水の心は折れかけた。錬成師でありながら魔王に立ち向かい、そして密かな憧れでもあった彼の行方不明は、清水を含めた数人の心を折るには十分だった。
それでも、咲夜は前に言った通り清水を見放すことなく、何度も気を遣ってくれた。清水自身、咲夜が精神的に負担を被っていることを知っていた。だから、今度こそ彼の手助けをしたいと彼が率いる護衛組に加わった。
自分も変わらなくてはならない。そう思い、前を見据えた清水は
────聞いてしまった。
『────これは仕方なかった、彼は死ぬべきだった!だからこそ、君は何も思う必要はなぁい。だって、君は彼を落としただけ。南雲ハジメという無能を殺したのは、迷宮にいる魔物たちであって、君はただ突き落としただけ!』
クラスメイトを唆す怪しげな道化師との会話を。ハジメを殺したという明確な殺意の事実を。渦巻く悪意に触れてしまったことが、清水の悲劇の始まりだった。
慌てて木々を走り抜けた清水は、助けを求めた。誰でも良かった、王国の人なら、クラスメイトなら。それでも、一番最初に助けを呼んだのは、咲夜の名であった。
逃げ切った、そう思い安堵した清水の前に────一人の女性が立っていた。穏やかに微笑むその顔に、清水は見覚えがあった。
『やぁ、少年────私の話を聞いてくれるかな?』
まるであの時振り向いた道化師のようだ、と感じた清水の意識は闇に呑まれる。深く、より深く。
◇◆◇
【君は選ばれた人間だ。その才能を認めない者たちを、見返すべきだ】
────見返す………俺が、選ばれた人間………
【まずは、魔人族と手を組みなさい。そして今から、私の前にあの龍を操りなさい。私が動きを止め、君が操る。簡単なことだ、君は悪くない】
────手を、組む…………操る…………
【そして、ウルの町に魔物をけしかけなさい。………安心して。町は避難して、人は誰一人として居ない。いたとしたら、それは人間ではない。だから、君は何も悪くない】
────わ、悪くない………俺は、悪くない………!
【そして、一つ────私のことは喋らないように。私は心優しいんだ、君を死なせたくはない。分かるね?】
「────清水!幸利っ!」
「────清水くん!目を覚ましてください!」
やがて清水は寄り添った咲夜と愛子の呼び掛けによって目覚めた。二人を見た瞬間、思わず怯えた素振りを見せる。それでも尚、愛子は目覚めた清水に安堵していた。
「良かった………どこか怪我や、不調はないですか?」
「────あ、アイツは!?アイツはいないのか!?」
「アイツとは、誰のことですか?」
「………い、いや、居ないなら良かった…………」
周りを見渡し、顔を確認する清水。その怯えようは異常であり、彼がどれだけの恐怖を感じていたかが実感できる。やはり何者のかに唆されていたのかもしれない、そう思ったハジメ達を尻目に、愛子が諭すように優しく語り掛ける。
「清水くん、私達は君を傷付けるつもりはありません。だから教えてくれませんか?どうして……どうして、こんなことを?」
「?……こんなこと?」
愛子の疑問に、清水は訳も分からずに戸惑った様子を見せていた。しかし周りの状況、戦闘の痕跡が残った光景を見たことで清水は震えながら吐露する。
「こ、これを…………俺が?」
「………そうだ。だが、気になることがある。お前は誰かに脅されて、こんなことをしたのか?お前が魔人族と組むとは思えない。誰かに利用されているんじゃないか?」
「────ッ、言わない」
青褪めながら、清水はそう言い切った。
黙秘を貫こうとする清水に、話を聞いていた優花や淳史が我慢できないと言わんばかりに声を荒らげる。
「お前!自分が何をしたのか分かってんのかよ!?」
「愛ちゃん先生や委員長がどれだけ心配したと思ってんの!?町も滅茶苦茶にされるし!愛ちゃん先生や委員長だって殺されかけたんだよ!?」
「ッ!?…………言わないっ!」
それでも尚、清水は口を閉ざしていた。頑なになっている清水に怒りを隠しきれない優花達であったが、愛子や咲夜が彼等を制する。二人は一切責めることなく、清水に優しく語りかけていた。
「ごめんなさい…………何か大事になっているのに、君の危険を気付いてあげれなくて。言えない理由があるなら、教えていただけませんか?私達は、君が好きでこんなことをする人じゃないと信じていますから」
「っ!あ、あんたは分からないんだ!あれが、あいつがどんなに恐ろしいか!い、言ったら………!どうなるか!」
「────言えないのは、俺達が危険かもしれないからか?」
目を見据え、咲夜がそう問い掛ける。言われた瞬間、清水は絶句して言葉を失う。そんな彼の姿に、咲夜は苦笑いを浮かべていた。
「誰かを心配してる時、お前はいつも頑なになる。………俺が気付かないとでも思ったのか?」
「う、違………俺は、ただ自分が………」
「幸利。もういいんだ、俺達に頼ってくれ。約束したろ、互いに困ったら助け合おうと」
軽蔑することなく、歩み寄る咲夜と愛子に清水は完全に折れたと言わんばかりに破顔させる。ボロボロと涙を零し始めた清水は、不意に語りだした。
「お、俺………聞いたんだ」
「聞いた?」
「道化師の男が、南雲を殺したって。アイツが、奈落に落としたって言ってたんだ。魔物を操って、そうしたって」
「…………なんだと?」
ハジメが、その言葉に思わず反応する。自分を奈落に落とそうとしたのは、檜山だと思っていた。まさかその檜山すら唆されていたのか?という疑問が過ると、ハジメは自分を襲った魔物を思い出す。
アレすらも、明確に仕組まれていたことなのか。そう思うと、清水を唆した相手の意図が分からない。何故自分を狙ったのかも。
「ハジメを奈落に落としたと、そうしたと奴は言っていたのか」
「そ、それで委員長や皆に伝えようとしたら、変な女と出会って…………それから、記憶が……………あっ」
冷静に聞く咲夜の疑問に答えようとした清水は、何かを思い出し慌てて咲夜と愛子に掴みかかった。
「そうだ!先生!咲夜!大変だ!」
「っ、何か思い出したのか!」
「俺はあの時見たんだ!他に、アイツと手を組んでる奴等が────っ、…………え?」
その瞬間、清水の口から大量の血が溢れ出す。直後、喉から吐血を繰り返す清水。突然の事に戸惑う一同。咲夜や愛子以外の皆が駆け寄ろうとする中、声だけが響き渡った。
【────あーあ、だから言ったんだぜ?】
複数のノイズが入り混じった声。まるで空間全体にスピーカーのように反響するその声は、本能的に清水を唆した張本人であると確信させた。
【私との約束を守るなんて、悪い子だ。保険を仕込んでおいてよかった】
「保険だと………!?清水に、幸利に何をした!?」
【見れば分かるよ…………さて、
感情的に叫ぶ咲夜の声を軽く流し、その声は冷たく無慈悲に清水へと語り掛ける。未だ、大量の血を吐き続ける青年へ、冷酷な事実が告げられた。
【もしもの為に、君の肉体には魔神の力を刻ませてもらった。今や君は、擬似的な魔神の眷属としての力を得るようになる。素質を持たない者は大抵肉塊になるだろうが、素質のある君なら私の眷属として生まれ変わってくれるだろう】
「い、いやだ………」
血を吐きながら、清水が異様な程に震える。ソレが何を意味するか、内側に胎動する力によって理解したのだろう。吐血しながら清水は、咲夜や愛子を押しのけ、走り出した。
「いやだ、いやだ!!あんな、あんな化け物に………な、なりたくない!!」
「清水くん!」
「幸利!」
「せんせ、さく……や、たすけ────で、ででででででででででででッ?」
手を伸ばした清水の頭が、ノイズに呑まれる。
赤黒いノイズが清水の全身を包み込み、その大きさを増していく。駆け寄ろうとしていた咲夜と愛子を回収した刃とハジメは、先程の声が言っていた言葉に意識を向ける。
「眷属、だと?」
【ほう?そう言えば君達はダブリスのと対面していたか。ならば理解できるだろう?これは私の、『混沌の魔神』の眷属さ。最も、眷属というより実験体だがね】
ノイズによって構成された身体は、生物的な甲殻を有した蟲のようなソレであった。しかしその全容は明らかに奇怪であり、全体的な甲殻類のような造形ながら、複数の虫を合わせたような歪な姿をしている。
それだけではなく、胴体には大型の炉心のようなものが無理矢理埋め込まれており、全身の至る所には無数のケーブルや部品が取り付けられているのは数多の改造を受けたように見て取れる。
そして、一番目立つ頭部は────虫のではなく、箱テレビのようなモニターが取り付けられていた。左右に並べられた六つのライトはまるで目のように、不気味に煌めいていた。
【『増殖』と『結合』、かつて数多の世界を滅ぼした魔神の残骸。私が保持するサンプルを混ぜ、再現した実験体。名を何とするか………………『カオスアバター・652』で構わないか】
ブゥン、と巨大な異形の頭部のモニターが明転した。画面に照らし出されたのは、652の数字。地面に崩れ落ちたソレは這いずりながらも立ち上がり、ハジメ達を見た。
【さて、実験開始だ。是非とも暴れ、目の前の者を殺し給え、652。私はメモを取ろう────紅茶を片手に、ね】
「────来るぞ」
「ッ!やるぞハジメ!コイツは普通じゃねぇ!」
立ち塞がったハジメと刃が其々の武器を構える。身構えた二人を認識した『652』が怯える素振りを見せながら、すぐに振り切るように虫のような金切り声、いやノイズの入り混じった機械音を響かせながら襲い掛かった。
咲夜と出会っていたことで浄化されていた清水。割と良識寄りで原作よりも善人になったけど、その結果『ファウスト』に目をつけられ、彼に利用されてしまいました。
因みに何の因果か、ファウストが清水に目を付けたのは彼に才能があったからです。魔神の因子への適合率が非常に高く、それ故に魔神の眷属への依代として実験の為に使われました。
今回の敵となるファウストの眷属、カオスアバター・652とファウストに解説をします。
カオスアバター・652
ファウストが内包する『混沌界域』内にて創り出した魔神の眷属、もとい実験体。ファウストの保持する魔神の残骸、『増殖』と『結合』の力を組み合わせた怪物。
実体化させると基本的に二つの力の暴走により自壊する失敗作でしたが、清水の持つ適性によりその二つの力を完全に制御することが出来ると確認。
ファウスト
混沌の魔神。
トータスに降臨した魔神の一人であり、魔神連合の一角。霧のように姿を消す魔神であり、トータスの戦争に参加した記録はない。滅却者イクスの怨敵であり、彼に強い恨みを抱かせている。
道化師の男、ジョーカー・ブラックや謎の女との関係性は不明。しかし仲間や一味である可能性は少なくない。
清水の今後について
-
生存その1(生き残るけど戦えない)
-
生存その2(護衛組の一人として戦う)
-
死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
-
意識不明の重体として途中退場