意識を失ったX-193はアストレアに保護されていた。手厚くに迎え入られた後、待っていたのは複数人の男女であった。自分達を神と名乗った彼等に最初は戸惑ったX-193だが、詳しい説明を受けることになる。
曰く、この世界────アステロイド021は神々と人間が共存している世界らしい。神々と高度に発展した技術の根付く世界、外敵とも呼べる魔神に対抗するための世界、それこそがアステロイド021であった。
「君が話に聞いていた、タリオン29の来訪者か。聞きたいことがあった、少し前に観測していたタリオン29の感知ができなくなった。何か知らないか?」
「………滅びました。仲間達が、魔神ごと消滅させました」
「滅びた?タリオン29までもか?」
「魔神の脅威は未だ突きぬか。他世界に積極的に関与し、魔神について共有するべきではないか?」
「いや、それは難しい。下手に情報を伝えると、魔神の顕現が起きる可能性が高くなる。現に過去、そういう世界があったではないか」
「────皆、話し合うのは後にして。彼の気持ちを考えてあげて」
不安そうに話し合う神々を宥めたのは、アストレアであった。厳格ながらも穏やかに語り掛ける彼女の言葉に他の神々も反発する様子は見せずに、素直に従った。それたまけでも、彼女が他の神々に負けぬ存在であることを証明していた。
「ねぇ、貴方。これからどうするか、行く当ては無いでしょう?」
「………ええ、はい」
「だったら、私と一緒に来てくれない?一人は寂しいと思うの、だから────」
「…………自分で、良ければ」
女神アストレアの誘いに、何の躊躇もなかった。かつて前から、人間に仕えて生きてきたのだ。従う相手が女神に変わっただけだ、何の意味もない、何も変わらない。
そう信じたX-193は、アストレアの元で過ごす事になる。それが自分にとって大きな転機になることは、想像にもしなかった。
◇◆◇
アステロイド021での生活は、忘れられないほど大切なものだった。少なくとも、何も無かった人形だった自分がようやく人になれた、多くの経験があったのだ。
「X-193って、ソレは貴方の名前じゃないでしょう?そんな風に人を呼ぶことなんて、私達はしないわ」
「しかし、オレにそれ以外の名前は………」
「じゃあこうしましょう!『イクス』、それが貴方の新しい名前よ。この世界ではもう一つの意味があるの!『勇者』って、貴方に相応しいと思わない?」
まず最初に、X-193が与えられたのは名前であった。ナンバーズとして区分するための番号を、アストレアは好まなかったらしい。そうした意味の込められた名前を、X-193は受け取った。悪い気はしない、それどころか少し嬉しかったりもした。
それからだ。アストレアの元で過ごしていったX-193、改めイクスは妙に居心地の良い日々を過ごしていた。それは長らく抱いていた空虚さを、過去の悲劇の数々による摩耗を忘れさせるほどの。
「ねぇ、イクス」
「はい!アストレア様!何か御用でしょうか!?」
「特に用はないわ…………ただ、今の貴方は見違える程に変わったなぁ、って思ったの」
「………?そうでしょうか?」
キョトン、と不思議そうに首を傾げているイクス。ある程度順応したことで、彼も人なりに笑えるようになった。アストレアの穏やかさに影響されたとも見えるが、これが本来の────戦いとは無縁であったイクスなのかもしれない。
「用はないけど、聞きたいことがあったの。いいかしら?」
「?何でしょう?」
「貴方、ここに来てから半年も経ったでしょ?だから、貴方に使徒になって欲しいの」
「オレが、使徒に………?」
この世界の神には、使徒と呼ばれる存在がつくことになる。その神に属する直属の側近とも呼べるソレは、ある意味で神に等しい扱いになるということでもある。使徒になれる者は数少ない、それこそ滅多なことが無ければ。
アストレアはこの世界にいる神々の中で、使徒を持たない女神であった。イクスも何故か不思議であったが、彼女の意を汲んで話題に出すことはなかった。だからこそ、まさか自分を使徒にしたいと言われるとは思わなかった。
「オレで、よろしいのですか?アストレア様…………オレは、その…………貴女の傍に立てるような者では…………」
「貴方だからこそ、使徒にしたいの。ナンバーズだから、X-193だからなんて関係ない、私が大好きなイクスに、使徒になって欲しいの────駄目かしら?」
「────貴女が望むのならば、喜んで」
当然、迷いや困惑はあったが、敬愛するアストレアの頼みを断る理由はなかった。何より、彼女は自分に生きる理由を与えれてくれた。アストレアの為に生きるのならば、躊躇いなんてものはない。
座席に腰掛けたアストレアの前に膝を付いたイクスに、彼女は手を差し出す。その柔らかな手を両手で支え、イクスは自身の額を重ねた。
────そして、イクスはアストレアの使徒として名を馳せることになった。アステロイド021を誇る最強の使徒、慈愛の女神に仕える魔神殺しの
◇◆◇
「────今日のアストレア様は、神会か。帰ってくるまで、花畑の様子を見ておかねば」
それから半年、アステロイド021に来てからもう一年が経過した。今はいないアストレアの日課である辺境の花畑の水やりを行なっていたイクスは、順調に事を進めていた。
そうして、次の花畑に向かおうとした所で────倒れ伏している人影を見つけた。
「っ!?そこの人!大丈夫か!?」
「ぅ、うぅ……………わ、わたしは………」
地面に仰向けに転がっていたのは、白衣を着込んだ男だった。その見た目は科学者と言うにはラフであり、白衣の下は普段着のような服装に身を包んでいた。何よりその顔立ちは黒髪にオレンジ色の目をしており、イクスの記憶通りであれば極東由来の顔立ちに似通っていた。
「まさか、漂流者か?」
思わず、そう呟くイクス。
『漂流者』、それは他の世界から流れ着いた人間を指す呼称である。魔神による世界の脅威により、滅びた世界から逃れた者は次元を彷徨い、全く違う別世界へと移動していることがある。そんな人間のことを、『漂流者』と呼んで保護しているのだ。
「すまない、助かった………」
「礼は不要だ。所で、貴方は何者だ?保護するにも、名前を知りたい」
「ああ………私は確か────『南雲』」
イクスが手を渡した水を飲んだ男はそう名乗ったかと思えば、すぐに苦しそうに頭を抱えていた。大丈夫かと背中を擦ったイクスは、彼がうわ言ように何かを呟いているのを聞いた。
「いや、違う…………記憶が、混濁している…………私の、私の名前は────『ファウスト』だ」
「…………『ファウスト』?」
「君の世界の、トップと話したい。もしかしたら、この世界の危機に繋がるかもしれない」
先程までの狼狽具合を見せず、淡々と答える彼の姿に思わず気負されるイクス。思えば、この時から感じていたのだ。どことなく、言葉にしようもない妙な違和感を。
無論、当時のイクスはそれに気付くことはなく、地面に座っていたファウストを起き上がらせた。その男が、どんな脅威となるか、まだ知る由もない。
◇◆◇
「────神々よ、私の話を聞いていただきたい」
アストレアの使徒 イクスに保護された『漂流者』 ファウストの語った内容は神々やイクスにとっても、信じられない話ばかりであった。
ファウストの居た世界は、魔神によって滅ぼされたらしい。それだけならば神々も警戒して対処を考えて終わりだった。だが、ファウストの語った内容は、それだけで済むものではなかった。
「複数の魔神が、手を組んでいるだと!?」
「ええ、はい。当初、元の世界に居た私達はそう結論付けました。全く別の特性を有した魔物の大群が徒党を組んでおり、私達の世界は為す術もなく滅ぼされました。
私を逃がしてくれた教授の最後の言葉を、聞きました。あの方は確かに、『三体の魔神』と呼んでいました。これが、証拠のデータです」
驚く神々に、ファウストがもたらしたデータは彼等の研鑽の果てに見つけ出したデータの数々である。その情報に提示されていたのは、まるで連携するように他の世界を滅ぼしていく三体の魔神。カテゴライズされたソレは、『魂魄』、『呪詛』、『深淵』と認定され、アステロイド021最大の脅威として厳重な警戒態勢を敷かれることになった。
「────やあ、誰かと思えば君か。イクス君」
「君と付けなくていい、オレはただお前と話をしに来ただけだ」
「お硬いねぇ、君。あの女神様と相手してる時は全然違うじゃないか」
「なっ!?」
顔を真っ赤にするイクスに、ファウストは気付いてない感じ? と愉快そうに笑っていた。そんなファウストの態度に乗せられてはいけないと頭を振ったイクスは、本題である疑問を問いかけた。
「お前は、何故魔神について詳しいんだ」
「…………私は元の世界で、そういう専門の学者だと言ってなかったかね?」
「いや、お前は他の奴等とは違う。自らの意思で、魔神について調べ尽くしているようにしか見えない。現に、お前のもたらした情報はアステロイド021内でも未知のものだった」
ただ事務的に調べているようでは、あれだけの知識は身に着けられないはずだ。胸の奥に感じる違和感から、イクスはファウストを警戒していた。それ故に保護されているファウストを殺さなければならない可能性すら頭に浮かべている。それがたとえ、アストレアの迷惑になろうとも。
「答えろ、お前は何のために魔神について調べていた」
「────死んでいった者達の為と言ったら、満足かね?」
淡々と、笑いながら告げたファウストの言葉にイクスが銃を握る手が震えた。懐に手を伸ばしたファウストを牽制しようとしたイクスだったが、彼が取り出したのは小さな古い写真であった。
ファウストと思われる男性が胸に小さな赤子を抱き抱えている姿が。
「私には、娘がいてね。『エリ』という、妻に似た可愛い娘さ。この子を産んだ直後に妻が亡くなったから、私が独り身で育てていたんだ────大変だったけど、可愛かったなぁ」
「…………どうなったんだ?」
「死んだよ、殺された────生贄、という奴さ」
それ以上、ファウストは語ろうとしなかった。聞かれたくないというよりも話したくないという意思を強く感じる。それだけ悲惨な別れだったのだろうと理解したイクスはその話題への追求を控えた。
「それから、何やかんやあって私達は魔神なる存在を確認した。最初、ソレを調べていたのは義務感だった。娘を亡くした喪失感を、仕事で誤魔化していたんだろうね。そんな最中、魔神の眷属に研究所が襲撃されてね────彼等は皆、私に逃げろと言ったんだ」
「……………ッ」
「皆、私を逃がす為に死んだ。死にたくないと言いながら、扉の前に立ち塞がった警備員も、銃を持ったことのない研究仲間が怯えながら私を逃がす為に死んだ────魔神について誰よりも調べていた私の方が生き残るべきだと、そう言ってね」
明るく話そうとするファウストに、イクスは言葉が出なかった。同じだ、かつての自分と同じであったのだ。ある犠牲に打ちひしがれていた時、故郷の崩壊と仲間の死。そして、自分が生かされたという事実。自分だけが生き残ったことへの虚無感、それすらも誤魔化そうと、自分が生き残った理由を探す為に、ファウストは魔神について調べていたのだ。
その事を知ってようやく、イクスは銃からを手放した。
「…………すまなかった、ファウスト」
「気にしないでくれ、疑われても無理はない。私自身、周りと違う異常者である自覚はある」
「だが、それだけの意志と覚悟を持ったお前を疑ったのは他ならぬオレの不得だ。お前も、オレと同じように失っていたのに」
「なら、私と友になってくれないか?イクス」
突然の問いかけに、イクスは困惑した。自分を疑い、警戒し、殺そうとまで考えていた相手を、友に選ぶのか。そう戸惑うイクスに、ファウストは奇策に声を掛けた。
「この世界に来て一人は寂しいものでね、君のような有力な友がいるのは居心地も多少良くなる。………悪くないだろう?」
「ファウスト…………オレは────いや、ありがとう。こんなオレで構わなければ、お前を友と呼んでもいいのだろうか」
「構わないさ。君が良ければ、ね」
互いに伸ばした手を握ろうとした、その瞬間。
────強烈な震動が、世界を襲う。
思わず横転したファウストの手首を掴み、支えたイクス。膝を付いてバランスを整えた彼はすぐに耳に備えた通信機を起動し、通信に繋がった軍隊と連絡する。
「っ!?何が起きた!?」
『イクス様!大変です!魔神の眷属と思われる魔獣の大群が各区画に出現!そして、次元領域に高エネルギーの遷移力場が顕現!三体の魔神です!!』
「何だと!?いや、次元防壁はとうした!破られたというのか!?」
『次元防壁は作動してます!現に三体の魔神は侵入できていません!何らかの方法で、眷属を忍び込ませたものと────それと、報告すべきことがもう一つ!』
このアステロイド021は超高度の技術で保たれている世界である。その一つが、次元防壁。世界自体を覆うように展開されたそのバリアは世界を破壊する規模の攻撃にも耐えうる強靭な結界であり、それを破壊することは不可能とされている。
そのバリアを管理するのは、この世界の主軸となる防衛システムである。中央塔に配備されたそのシステムはこの世界に配置された防衛システムを制御しており、全自動で稼働し続けている。
次に報告されたことは、その防衛システムに関する内容であった。
『世界防衛システムの一部がエラーを起こし、避難誘導が出来ていません!今、他の神々や住人の避難が出来ず、別世界への脱出も不可能な状況です!』
「な!?そんなことが────オレも行く!何とか、持ち堪えてくれ!」
咄嗟に飛び出そうとしたイクスであったが、事態が呑み込めないファウストが彼に食い下がった。
「イクス!防衛システムがどうしたんだい!?」
「一部システムが不調を起こした!本来ゲートが作動して、別世界へ脱出する手筈だが、それが出来ていない!」
「っ!不味いじゃないか!それじゃあ奴等に追い詰められて殺されるぞ!」
「分かっている!だが、防衛システムは今まで故障したことの無い完璧なシステムだ。それの修復など、短時間では………」
緊急時の避難や脱出は、防衛システムの管轄内であり、全自動で行われるはずだ。そのシステムの一部が不備を起こしているとなると、避難した人々が閉じ込められている状況になる。そんな中、防戦になれば最終的に全滅という結果しか思いつかない。
イクスもシステムの場所は知っているが、彼には専門外だ。一部の神ならば対処できるだろうが、こんな状況下ですぐに迎える者はいないはずだ。現に、報告では既に何柱の神が死亡しているとも言うのだ。
どうするべきか必死に悩むイクスに、ふとファウストが切り出した。
「私に、任せてくれないか?」
「ファウスト!?────何を!」
「私も元の世界で科学者もとい、研究者をしていた!機械のメンテナンスに関しての腕は自負している!そのシステムを修復しなければ、脱出は不可能だろう!?」
「そ、そうだ…………だが、しかし…………」
躊躇を顕にするイクス。それには明確な理由があった。
防衛システムはこの世界の最重要機密、神々やその使徒以外居場所を知る者はいない。もし漏らした場合、厳罰を受けることになる程の極秘なのだ。
直せる可能性があるとはいえ、別世界の人間であるファウストを連れて行くわけにはいかない。それ故に躊躇うイクスに、ファウストは真剣な様子で食い下がった。
「何を迷う!ここは君の故郷なんじゃないのか!?ここにいる人達は、君の大切な人々じゃないのか!?彼等を見殺しにするのか!?このまま黙って、全員死ぬことを選ぶのか!?死ぬのは君だけじゃない、大勢の人や!君の女神様だって、死ぬことになるんだぞ!?」
「────アストレア、様」
脳裏に過るこの世界の人々と、敬愛するアストレアの姿。
皆が死ぬのは、嫌だった。何も守れず、失うだけで終わるのは嫌だ。たとえ厳罰を負って、使徒でなくなったとしても、大切な人達を失ってしまうのだけは、絶対に耐えられなかった。
「案内する────だから、頼む」
「イクス………!」
「ここは、オレのもう一つの故郷なんだ。もう二度と失いたくない。彼等を、アストレア様を、アステロイド021を救ってくれ!お願いだ………!!」
「安心してくれ、友よ。私はその為にここにいる」
泣きながらそう頼み込むイクスに、ファウストは嬉しそうに笑った。その笑みが一瞬、悪意に満ちたものであったことに涙で視界が揺れたイクスには気付く余地もなかった。
◇◆◇
「これが防衛システムか。成程、膨大なシステムだが、解析の必要はないな」
中央塔に案内され、防衛システムの制御室へ案内されたファウストは早速端末の操作を始めた。彼は何の迷いも見せず、制御盤を叩いて、システムの制御をしていく。唖然とするイクスの前で、ファウストは防衛システムのエラーを解除し、完全にシステムを掌握した。
「よし、システムは完全に掌握した。これで避難も脱出も出来る」
「良かった………!これで、皆救われるんだな………!ありがとう、ファウスト!お前が居なければ、皆は────」
「感謝は不要さ、友よ────これからだからね」
タン、とファウストが軽く制御盤を叩いた瞬間、展開された大型モニターが赤く点滅した。鳴り響く警報に、………は?と呆然とするイクス。それもそのはず、モニターに映された文字は、信じられない言葉を浮かび上がらせていた。
「…………『次元防壁、解除』────何をした!?ファウスト!!」
「何って、実験さ────私が魔神になる為のね」
掌をひらひらと払うファウスト。彼は近くのスツールに腰掛け、クルクルと回転させながら軽い様子で語りだした。
「いやぁ、こうするのも大変だったんだよ?私の取り込んだ魔神の因子を手当たり次第ばら撒いて、それで地道に眷属を生成して暴れさせる…………そのお陰で、今の私は人間単位で弱くなってね。ま、前々から人間だったけど、もうそろそろ人間は辞めるとするよ」
「な、何を………言って」
「三体の魔神を誘き寄せて、弱った三体を取り込むつもりだったけど、この世界の防壁が邪魔でね。力を大幅に失った状態で迷い込んで正解正解、君に出会えたお陰でこうして防壁を解除して、魔神を誘き寄せられたからね」
イクスには、未だ理解できなかった。
彼のことを、ファウストを信頼していたのもある。だからこそ、まるで最初から防壁を解除するのが目的だったと言わんばかりの態度に、イクスは訳も分からないと言わんばかりに叫んだ。
「何を、言っているんだ!?お前が、こんなことをしたのか!?あの魔神は、お前が操っているのか!?いや、何の為にそんなことを!?」
「────まだ分からないのかい?まぁ、それも無理はないか。では、順を追って説明しよう。
解一、まず私がこの事態を引き起こしたことに関してはイエス。次に解二に関してはノー、私はまだ人間だし、人間が魔神を操れるわけないだろう?解三に関しては…………少し説明が長くなるな」
黒髪を軽く払い、足を組むファウスト。まるで説明をする人間の態度には見えないが、彼はイクスのいる方を見向きすることもなく、平然と語る。
「かつて、君は私に問うたね?何の為に、魔神について調べているのかと。アレの本当の答えを教えようか」
「本当の、答え?」
「私は、娘を生き返らせたかったんだ」
ポツリと零したファウストの目は、どす黒い闇に染まっていた。憎悪とも悪意とも、負の感情の満ちた眼差しを何処かへと向けながら、陰鬱とした様子で彼は話を続ける。
「私の娘、エリはねぇ。神様の生贄にされて殺されたんだ。辺境の村の、宗教団体に拐われてね。生きたまま心臓を取り出され、私が見つけた時には亡骸も見つからなかった」
「…………」
「あの時ほど、絶望したことはなかった。私は無我夢中で求めたよ、娘を生き返らせる方法を。でも、何も見つからなかった。私を天才として持て囃した奴等が、私をイカれた狂人と呼んで追放した後も、私は探し続け──────そして、『魔神』を知った!!」
両手を広げ、堂々と叫ぶファウストの姿は狂気的だった。暗い虚無に満ちていたはずの瞳は魅入られたようにランランと輝いている。両眼に宿る光は、少なくとも正気によるものではなかった。
「一個体として完成された究極な存在!何より惹かれたのは、魔神には生命を左右することも出来る力を秘めていることさ!!だから私は考えた!娘を生き返らせるには、魔神の力以外他ないと!だから私は、魔神に成りたいのさ!!」
狂気的なまでの渇望。世界そのものを歪める力で娘の生き返りを望む、そんなファウストの姿があまりにも道化に見えた。まるでそれしかないと信じ切った、何者かもに唆されたような様子はあまりにも虚しくも、愚かしいものだった。
「こうして、ここまで漕ぎ着けるのは大変だった!魔神を制御することは出来ないが、上手く誘導することは出来たからね。タオ08で力を蓄えさせた『増殖』とタリオン29で瀕死になった『結合』、あの魔神達の力を手に入れたお陰で魔神の力を奪いやすくなった!いやはや、君には感謝しかないよ!」
「───────は?」
脳裏に過ったのは、二つのことだった。
かつてタオ08で戦った『増殖の魔神』、まるで知能を持ったような動きを取った存在のこと。そして、イクスの故郷を壊滅させた『結合の魔神』、まるで此方の動きを知るように全てを取り込んだことへの懐疑。
何より、そのことを懐かしそうに語るファウスト。誘導することが出来るという事実から、点と点が線で繋がるような感覚が全身を襲った。
「まさか、あれも全部?魔神が、世界を滅ぼしたのも、カティやイプシロン達が死んだのも…………」
「最初はね、私も魔神を観察しているだけだったんだ。君が魔神を殺してくれるまではね。お陰でこれだけの力を手に入れられたんだ。そしてこの世界を贄とすることで、私は魔神として新生する」
イクスに振り向き、彼は笑い掛ける。その笑みは露悪に満ちており、心の底から嘲るようにイクスへと語り掛けた。
「ありがとう、X-193もといイクス。君が魔神を殺してくれて、私を信じてくれて────、
君達の犠牲は、私が有効活用することを約束しよう」
「あ、ああ────あああああああああッッ!!!!!!」
信じていた全てが崩れ去る。
同情し、信頼し、心の底から友達になれると思っていた相手からの裏切りに、イクスは頭を掻きむしって発狂した。目の前にいるのは友ではなく、自分から全てを奪った悪魔なのだと。理解したイクスは叫びながら、瞬時にリボルバーを構える。
そして、撃ち出された弾丸が空を駆け抜ける。迫る弾丸は一切動かぬファウストの脳天を撃ち抜く────ことはなく、真上のモニターへと逸れる。
外したのではない、伸びた触手が弾丸を逸らしたのだ。そして一瞬にして伸びた触手はそのままイクスの胸を深く貫いていた。
「が、は────ッ」
「さようなら、我が友よ…………私を信じてくれた、君の事は嫌いではなかったよ」
破壊した壁から、イクスを放り投げるファウスト。彼に何処か思うところがある視線を向けていたファウストは気を変えるように、世界を見る。三体の魔神が君臨し、滅び行くであろう一つの世界の終焉を。
◇◆◇
「ぅ…………あ…………っ」
数十メートルの高さから落下したイクスは、血溜まりの中で転がっていた。五体満足であるのは、人体強化されたナンバーズだからだろう。しかし、それでも時間の問題には変わりない。
心臓代わりのエーテル炉心を抉られた。最早、イクスも後少しの命であった。血に塗れた彼は手を伸ばし、地面を強く掻きむしる。
「ファウスト………っ」
燃え盛る、世界。
街が、破壊されていく。多くの悲鳴が、命の途絶える気配が連鎖する。破滅の意思が、魔神が全てを呑み込んでいく。当然、イクスは何も出来ない。死に体の彼には、何も出来ない。
「ファウスト!ファウスト!ファウストぉ!!」
怒りを忘れぬように、イクスは叫び続けた。指の皮膚が、肉が裂けても、爪が剥がれても。喉から吐き出された血の塊が転がっても、彼はその瞳に怒りと殺意とそれ以上の後悔を秘め、叫び続ける。
しかし、それもすぐに落ち着く。力が抜けたイクスはヒュウヒュウ、と掠れた空気しか漏れ出なかった。そのまま意識が落ち行くと錯覚した中、彼の前に誰かが立った。
「────イクス」
「あす、とれあ………さま」
「待ってて、今治療するわ。何があったのか後で聞くから、ジッとしてて「………もう、いいです」…………どうして?」
降り立つ、慈愛の女神。治癒の力を発動させようとした彼女に、イクスは拒絶を示す。困惑ではない疑問に、イクスはポツリと零し始める。
「全部、ファウストの企みだった………オレは気付けなかった。アイツに利用されて、この世界を────全部、オレのせいなんです」
「…………」
「オレの、オレのせいで…………何が、幸せだ。こんな事なら、死ねばよかったんだ…………あの時に、死んでおけば…………存在しなければ、よかったんだ」
信じた相手の裏切り、自分自身のせいで世界が滅びる事実に、彼の心は折れていた。自分の存在に迷っていた青年は、自分自身の存在すらも否定する。自分が死んでいれば、生まれてこなければ良かったと。
絶望した自らの使徒を────アストレアは優しく抱き締めた。
「────違うわ、イクス」
「………あすとれあ、さま」
「貴方は間違ってる。生きていちゃいけない命なんて、存在してはいけない命なんてないわ。貴方が生きてきたのは、それを望んだ人がいたからよ。人は、命は────幸せになる為に生きるの」
慈愛に満ちたその言葉と共に、アストレアはイクスの胸元に手を添える。集まる力が、イクスの全身へと流れていく。いつの間にか抉られた胸の傷が完全に治っていた。理解できない様子のイクスに、アストレアは穏やかに微笑みかけた。
「私の命を、半分あげます」
「…………ぁ」
「貴方は生きて。生きて、もっと幸せになって。どんなに辛いことがあっても、忘れないで。貴方の幸せを願う人が、女神がいるってことを」
両頬に手を添え、彼女はそう諭すように言う。それは、慈愛の女神としての使命としてではない。アストレアという、一つの存在の身勝手な我儘であった。彼女はイクスを地面にゆっくりと下ろし、静かに撫でた。
「私は、行ってくるわ」
「…………」
「心配しないで、必ず戻ってくるから………大好きよ、イクス。私の、たった一人の家族」
そんな女神の前に、複数の影が降り立つ。三つの巨影、三体の魔神。同士討ちを始めようとする厄災に、アストレアは神力は放ちながら歩いていく。
「………いや、だ……」
そんな彼女の背中に、イクスは手を伸ばす。戻るつもりのない女神の姿を目に捉えたまま、朦朧とした意識の中で彼は呼び掛け続けた。
「────いか、ないで」
────目覚めた時、すべてが終わっていた。覚醒した彼が見たのは、あらゆる生命が消え去ったもう一つの故郷であった。
◇◆◇
「────誰か!誰かいないのかぁ!!」
瓦礫の中をかき分け、残骸の山を、必死に駆け上がってイクスは叫び続ける。胸の傷は塞がっており、完治した様子だが、そんなのどうでもよかった。
「誰でも良い!生きている者は返事をしてくれ!喋れないなら、音でいい!!誰か!誰かぁ!!」
シェルターの中を抉じ開けても、生存者はいなかった。皆、等しく殺されている。脱出用のゲートを掻きむしる跡を見て、吐くほどに泣き叫んだ。手当たり次第に探し回ったが、生き残った者はいなかった。
「アストレア様………誰か────いないのか」
広間を捜し回っていたイクスは、ふと物音を聞いた。思わず銃を構えようとして振り向いたイクスだったが、それは待ち望んでいた相手だった。
「っ!?アストレア様!良かった!貴女が無事で………オレは、オレは───────」
「────何で生きてる?」
アストレアからの疑問に、イクスは呼吸が止まりかけた。最愛の女神からの言葉に心が折れかけたというのもあるが、明確には少し違う。アストレア本人であるはずのその声は、本人のものとは何か違っていた。
「胸の炉心を撃ち抜いたはずなんだが…………ああ、成程。女神め、事前に力を半分に切り分けていたか。髪の色が銀髪になってたのもそういうことか。この際と思ったが、既に肉体に適応してるな、奪うのは無理か。残念残念」
「お前…………ファウスト、なのか?」
「おっ、姿が変わっても私を覚えてくれたか。友よ」
銀髪の女神は、ニタリと醜悪な笑みを浮かべていた。その顔は、その笑みは、あの時ファウストが浮かべたものとほぼ同じだった。あんな悪意に満ちた嘲りの色を、忘れるはずがない。
怒りのままに腰のホルスターからリボルバーを引き抜く。身構えたイクスは、銃口を向けたまま怒鳴った。
「下衆が!アストレア様の姿を真似するなど!恥を知れ!」
「ふ、はははは!真似、か!君にはこの姿が偽物に見えるのかね!?他ならぬ君自身が感じてるだろう!この肉体は、この神力は紛うことなく本物であると!!」
たしかに、そうであった。
イクスがアストレア本人だと認識したのは、彼女から感じる神力を覚えていたからだ。だからこそ、困惑する。目の前の女神はアストレア本人ではなく、ファウストである。
ならば何故、自分は最愛の女神と誤認したのか。
「いやぁ君の女神様って強いねぇ。魔神たちの力も大幅に削がれてしまったよ。折角手に入れようした魔神たちも大きく弱ってしまってね────お返しに、弱った女神様を殺して、身体を頂戴したよ」
「…………な、なら、その身体は」
「君の大好きな女神様本人さ!最も、その死体を即座に乗っ取ったんで、正確には死体ではないがね。魔神としての器には相応しくないが、完成された器を手に入れるための
そう言いながら、弄ぶように身体を見せつけるファウスト。脳がはちきれそうな程の怒りに焼かれたイクスはすぐに力の抜けた腕を意識させ、リボルバーの銃口をファウストへと向ける。女神の体を持ったファウストは、挑発するように語り掛けた。
「撃てるのかい?君に、最愛の────敬愛する女神様を」
「…………ッ!!」
「覚悟はできる、と言いたげだ………ならば仕方ない────『私を、撃つのですか?イクス』」
「ッ………ぅ、ぁ…………」
嘲るような態度から一転、悪辣さが鳴りを潜めたように慎ましく穏やかに笑うアストレアの姿がそこにあった。あの時のアストレア本人であることに疑いようはない。思わず揺れる銃口を必死に固定しようとする。本人ではないと分かっていても、同一の神力と見違えるはずのない笑顔に、イクスの心は再度打ち砕かれた。
「あ、アストレア………様…………ッ」
「ハッハッハッ!!やはり、君には無理だろう!お人好しで、甘っちょろいんだからね!私を、女神様を殺せるはずもない!」
「クソ………!返せ!アストレア様の身体を、返せッ!!」
「そんな震えた涙声に、誰が応じるかね?私はやることが沢山あるんだ────じゃあね」
女神はくるりと、身を捻ってヴェールの中へと溶け込んでいく。イクスが必死に伸ばした手は空を切り、彼はたった一人滅びた世界に取り残される。
「あああああああああああああああああああああッッ!!!!!!!」
何も出来ず、イクスは頭を地面に叩きつけながら叫び続けた。何もかも、今度こそ全てを失った使徒の咆哮が世界に木霊する。その叫びに応えるものは、何もなかった。
戦友、仲間、故郷、第二の故郷、平和、友情、何よりも大切な女神、全てを奪われた使徒のお話。彼が魔神殺しの滅却者として生まれた日の話。
あまりにもファウストが悪辣過ぎる。自分が同情し信じた相手が自分から何もかも奪った相手と知った時の絶望は、半端なかったと思う。
何より今のイクスはアストレアからの願いこと呪いを背負っており、死にたくても死ねない。まぁ女神の身体を取り返してファウストを殺すまで死ぬ訳にはいかないんですけども。
因みにファウストが娘を失ったのはホント。娘を生き返らせようと必死だったのもホント。その際、『声』のコンタクトを受けたことで精神的に狂ってしまったのも事実。まぁ、だからってやっていいことと悪いことがあるんだけども。
清水の今後について
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生存その1(生き残るけど戦えない)
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生存その2(護衛組の一人として戦う)
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死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
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意識不明の重体として途中退場