「ッ!全員、大丈夫か!?」
光が消えた直後、視界が安定してきた。しかし未だ周囲は薄暗く、周りがよく見えない。混乱して騒ぎ出すクラスメイトを落ち着かせるために、咲夜が大声で全員に告げる。
「今から全員の確認をする!返事が出来る者は名前を呼ばれた時に返事を!誰かいなかった場合、急いで俺に伝えてくれ!」
すぐさま行動に出た咲夜の指示に、皆が落ち着きながら従う。クラス委員長である彼が迅速に行動した結果だろう。刃やハジメ、香織も名前が呼ばれ、三人で落ち着いていた。
「なぁ、ハジメ。これって────」
「うん、多分。異世界転移かも」
「異世界、転移?」
その言葉に香織は気になった様子である。どう意味か問う視線に、刃は困ったように肩を竦める。
「あー、俺も詳しい訳じゃねぇんだ。ハジメのラノベ見てたから、既視感あっただけだし」
「………僕も、上手く説明できるか分からないけど」
ハジメが話したのは、とあるライトノベルの話である。学校でクラスの全員が一斉に異世界へと移動する───要約するに異世界転移についての話を。
そう思った理由として、あの魔法陣が有力であった。強い確証はないが、そうかもしれないという話だ。
しかし、
「…………成る程な、一理ある」
「わっ!?委員長!?」
「静かに。今、皆が落ち着いたばかりだ。………それと、その可能性については俺も賛成だ」
真後ろに立っていた委員長がそう断言する。驚いたのは、異世界転移の可能性を口にしたハジメや刃の方であった。
「意外だぜ、堅物の委員長様が異世界転移っつーファンタジーを信じんのか?」
「───一クラスの生徒達を、一瞬で別の場所に移動させる方法が、物理的に存在するのなら俺も否定的な意見だった」
「………」
「しかし、俺達の意識は途絶えていなかった。それなのに、どうやって全員を別の場所に連れ出す?そんな事が科学的に可能か?いや、不可能だ。なら、ファンタジーも選択肢に入れる他ない」
制服を綺麗に整えながら、咲夜は周りを見渡す。他の不安そうな生徒に直接落ち着かせようとしている光輝や同じようにしている生徒達、全員を確認してから刃に小声で呟いた。
「…………気付いたか?刃」
「あ?」
「空気が異様だ。俺達の知るものは違う。だからこそ、お前の意見を聞きたい」
生徒達の中で───不良相手とはいえ、一番戦ってきた刃は周りに目線を配る。当然、薄暗い一帯に何か見えない。しかし、空気が重苦しいのは事実だ。
目視では駄目か、と今度は嗅覚で確認してみる。何か匂うかと近くの空気を吸ってみた。当初は怪訝な顔をしていた刃だが、実感するように険しい顔に染まる。
「ハジメ、香織、委員長………俺から離れるなよ」
「刃くん?どうしたの?」
「────血の臭いだ」
その事を聞いた三人が一気に硬直する。一番早く動いた咲夜が腰に差し込んでいた小型ライトで周りを照らす。周りの全員が気付かないように、足元だけ照らした咲夜は────それの存在に気付いた。
「────これは、血だ」
床に広がる真っ赤な池。華のように咲き誇る鮮やかな赤に、ハジメと刃は咄嗟に香織に見せないようにした。おびただしい量の血に、四人全員が凍りつく。
ライトを持った咲夜が前に出る。あの血について調べようとしているのだろう。必死に、青くなりかけた顔で一歩踏み込もうとする。それを、前に出た刃が制する。彼の先を進み、刃はその血に触れた。
指先で押し当てると、生暖かい液体が指に付着する。感触を指で確かめていた刃はある事実を理解し、動きを止めた。
「…………どうした?何か分かったか?」
「──────直後だ」
「………何だ?」
「これは、新鮮な血だ。この量は異常すぎる。確実に、誰かが殺されている」
咲夜が驚いた次の瞬間、真っ暗な世界が明点した。唐突なことに、全員の視界に明るい光が入り込む。眼が慣れてきた、その時だった。
「────きゃああああああああああっ!!?」
生徒の一人が、悲鳴をあげる。
悲鳴のした少女の方ではなく、周囲を見た全員が戦慄する。
大理石で出来た神殿、その中でも最も黄金が使われた神聖な広間。しかしその神々しさを打ち消すように、辺りは真っ赤な血で塗り尽くされていた。
それ以上に異様なのが、大量の血が流れているはずなのに、死体が存在しないこと。何故か綺麗に、死体だけが取り除かれている。その現状に、確かな不気味さだけがあった。
混乱に包まれた生徒達を、畑山先生や咲夜、光輝が落ち着かせようとする。だが次の瞬間。
─────トッ、と。
黒い影が、彼等の目の前に降り立った。
実際は、黒に包まれた衣を纏う白い長髪の男性であった。穏やかな風貌した男性は彼等の前に立ち、ゆっくりと歩み寄る。
ザッ! と、体格の良い男子や刃が前に出る。何時でも戦えるように身構えた彼等であったが、男性は静かに身体を折り曲げる。
胸に手を添え、跪いたその男性は大人しそうな顔のまま告げた。
「私の名はフィスカ。まずは謝罪を、このような光景をお見せしたことに、深く謝罪いたします。勇者御一行の皆様」
そう名乗った男性────フィスカに、全員が気を許しかける。怪しくはあるが、それでも丁寧な謝罪をしてきた相手が、敵とは思えなかったのだ。
しかし、畑山先生や咲夜だけは違った。一ミリも警戒心を解くことはなく、畑山先生が生徒達の前に出て口を開いた。
「あの………気になることが多いのですが、まずここは何処でしょうか」
「ここは聖教教会の一つ────いえ、失礼。皆様の事情ですと、それでは適切ではありませんでした」
遠回しな言い方に愛子先生が不思議そうな顔をする。フィスカはその疑問に応えるために、話を続けた。
「ここは、トータス。皆様がいた世界とは、全く別の世界であります」
「トータス?異世界?一体どういうことですか?」
「御気持ちはお察しいたします。しかし私としてもこれくらいの情報しか知り得ません」
「…………なら、一つ。聞いても良いでしょうか」
スッと、咲夜が手を挙げる。事情を読み込めずにいる愛子の隣に立ち、周りを見渡した後に聞いた。
「この惨状は、貴方が行ったものですか?」
「ええ、その通りです。ここにいた教会の人間達を、全て殺したのは私です」
アッサリと、フィスカは肯定した。青ざめていくクラスメイト達の前で、咲夜は唾を飲み込む。気を引き締める咲夜だが、突如険しい顔をした光輝が割って入ってきた。
「────何で、殺したんですか?」
「皆様の身の安全を守るため、と。私にはそれしか言えません」
「だからって、殺す必要はないでしょう!?こんな、こんな酷いことをしなくても────」
「光輝!」
激しく憤る光輝を、咲夜が強い声で止めた。遮られたことに不満そうに見る光輝をそれ以上に鋭い目つきで睨む咲夜は、彼を下がらせた。
フィスカに向き直った咲夜は深く、頭を下げる。
「………俺のクラスメイトが、過ぎたことを言いました。助けていただいたことが事実なら、感謝をさせて欲しい」
「事実です。私の行ったことは許されざる行いであり、非難されて当然ですから。しかし、私は皆様を助けられたことを後悔しておりませんので、慰めは不要です」
「…………可能なら教えていただきたい。どうして彼等を殺したのですか?」
「簡単な話です。彼等────教会は、皆様を都合の良い駒として戦争に利用するつもりだったのです」
その言葉に、多くの生徒達が震える。戦争という単語に良からぬものを感じたのだろう。今にも泣きそうな者もいるが、実際にそうしなかったのは、今自分達がそうならなかった事に安堵しているからだろう。
「私は王から、皆様を連れてくるようにと言われております。御安心を、皆様に危害を加えるつもりはありません。ここにいては、教会がまた皆様を捕らえに来るやもしれません。…………ですから、どうかご同行を」
「…………愛子先生」
「………この人の話が本当なら、私達がここにいるとは得策ではないですよね。けれど…………」
やはり、まだ不安があった。
本当に、フィスカと名乗る男を信用していいのか。実はこの男が自分達を戦争の駒として利用する気ではないか、と上の立場にある二人は強い責任感故に警戒心が強い。
だからこそ、簡単に信じるべきだと思えなかった。
「岸上、先生。俺は………この人に着いて行くべきだと思います」
「………光輝?」
「俺は、この人を信じていいか分からなかった。人を殺したって事も許せない。けど、敵なら俺達にこんなことする必要ないんじゃないか?この人のことを、俺は信じようと思う」
「……………分かった。お前の話に従おう。どのみち、今はそうするしか無いからな」
「天之川君………岸上君……」
真剣なようすで話す光輝に、諦めたらしく咲夜が溜め息を漏らす。同じ意見となった二人に戸惑っていた愛子先生であったが、少し考えた後に────フィスカへと向き直った。
「フィスカさん。今は貴方を信じます。私達を、同行させてください」
「感謝します。御安心を、このフィスカ。皆様を必ずや王の元へお連れいたします」
そうして、フィスカに連れられ、クラス一同は動くことになった。
◇◆◇
一時間。
教会らしき建物の裏口から抜けたクラス一同はフィスカの案内のもと、南の方角にある森を突き進んでいた。幸い、森と言っても人が歩くための道は舗装されている。
一時間も歩き続けたことで、何人か疲弊の色が見えていた。主に女子やあまり運動に慣れていない男子も含まれていた。彼等が疲れていることに気付いた咲夜の進言により、フィスカは近くにあった大きな広間で一休みすることにした。
「────周囲に獣除けの結界を張りました。これで、襲われることは無いでしょう」
そう言ったフィスカが、一段落ついて休んでいる生徒達に語る。安心しきった彼等は世間話をしたりしているが、やはり不安な空気は拭えずにいた。
「あの、フィスカさん」
「………君は、あの時の」
「天之川光輝です。あの時は失礼しました。助けて貰った側なのに………でも、人殺しはよくないと思いまして」
「────いえ、大丈夫です。あまり気になさらないでください」
軽く笑うフィスカに、光輝はそれでも複雑そうだった。助けてくれた相手ではあるが、人殺しという罪を犯したことも事実。感謝はするべきではあるが、思うところはあるという感じではあった。
「………その、気になっていたんですけど」
「どうしました?」
「戦争、って言いましたよね?一体、この世界では何が起こっているんですか?」
光輝の質問に、フィスカは少し考えていた。だが、何かを思い付いたのか立ち上がる。
「────皆様、休息の最中ですが失礼します。皆様もこの世界にいる以上、この世界、トータスについて詳しく話す必要があると思います。どうか、皆様には聞いていただきと思いますが…………どうでしょうか?」
そう全員に聞いたフィスカに、不満を口にする者はいなかった。皆、この世界について少しは知りたいと思っていたのか。全員がフィスカの元へと集まる。フィスカは「ありがとうございます」と会釈し、近くの棒で地面に何かの形を描く。
大きな大陸のようなそれを区切りながら、説明していく。
「この世界は、人間族、魔人族、そして亜人族。この三種族が存在しております。北側の大地を人間族、南の大地を魔人族が。そして亜人族は大森林に住んでおります」
「亜人族?」
「獣の耳と尻尾を有した種族です。もう一つの呼び名もありますが、基本的には亜人族という呼び方が一般です」
「獣の耳、尻尾────もしかして、獣人?」
ふと、ハジメが思い出すように呟く。それを聞いた光輝が少し不快そうな顔をして口を開こうとするが、
「おや、詳しいですね。そうです、彼等のもう一つの呼び名は獣人です。……………しかし意外です。この名を知る者が別世界の人にもいらっしゃるとは」
感心したように頷くフィスカに遮られる。そのままハジメを睨むような眼で見ていた光輝だが、その後刃が苛立たしそうにメンチを切ってきたことで自然に目線を反らす。不愉快そうに舌打ちをかます刃だが、すぐに話に耳を傾けた。
「人間族に関しては説明はいりませんね。皆様と同じ、人間です。対して魔人族は、人間よりも強靭な種族です。この二つの種族は、数百年前から戦争を続けており、バランスが整った数年前までは休戦しておりました。
しかし、数年前。教会───聖教教会がある日魔人族の領土に進軍し、その付近にあった魔人族の街を焼き払いました」
「あの、聖教教会ってのは………」
「エヒト神を唯一神として崇める人間族の宗教であり、その組織です。人間至上主義を一番としており、彼等にとって人間以外の存在である魔人族は滅ぼすべき敵なのです」
忌み嫌うように吐き捨てたフィスカは、そのまま語る。
「彼等は不浄なる魔人族を滅せよというエヒト神の神託を受け、その街を焼き払いました。問題は、その街に魔人族にとって重要な者がいたのです」
「………」
「アクシア・ライングレイド。多くの魔人族を統べる四人の魔王、それらを従える大魔王の妹であった彼女は魔人族の救世主であり、慈悲深き巫女として多くの魔人族から慕われていました。
教会は、彼女を惨殺しました。その街にいた魔人族ごと」
その言葉に香織などの女子達やハジメは悲痛そうな顔をし、刃は不愉快そうな顔をするしかなかった。フィスカはそのまま、語る口を止めない。
「その事を知った大魔王を含む魔人族は怒り狂いました。そして、彼等は過去の因縁を含め────人類の殲滅を掲げ、その足掛かりとして聖教教会に宣戦布告をしたのです」
「それって、悪いのは聖教教会じゃあ………」
「その通りです。ですが、彼等はそれを認めなかった。それどころか大魔王率いる軍勢を人類の敵として、数多くの国を味方につけ連合となり、人類の為の戦い───聖戦を始めたのです」
「それで、教会は勝ったんですか?」
不安そうな光輝の疑問に、フィスカは首を振った。縦にではなく、横へと。
「いえ、聖教教会を含む連合は敗北しました。エヒト神を滅ぼすという意思で集まった、魔神連合によって」
「魔人連合?」
「魔人族の方ではありません。魔の神、神であり神ならざる者ということです。彼等のトップは複数人の魔神です」
淡々と語るフィスカだが、全員の様子が変なことに気付く。フィスカが平然と語る『魔神』という単語が分からずにいると気付き、「失礼しました」と頭を下げる。
そして、フィスカは地面に四体の影を描きながら、説明を続けた。
「まず、魔神とは魔人族の神ということではありません。本来のように、器や魂共に神へと昇華したのではなく、多くの魂と魔力を吸い上げ、限界までに器を底上げした存在が魔神です。神に匹敵する力を持ちながら、エヒト神に並ぶような聖なるものではない。だからこそ、聖教教会は魔神と恐れていました。
それがまさか同じ時代に四つも生まれた。教会も、エヒト神すら予想外だったでしょう」
フィスカが描いたのは、四つの異形であった。
一つ目は人の姿をしている者。一番人間に近い姿をしているが、額にもう一つの眼を有したそれは武神のように猛々しくも見える。
二つ目は本当の化け物であった。二人の男女らしき人間の後ろに浮かぶ巨大な異形。二つの頭を有した竜とも怪物とも呼べぬ存在。
三つ目は、悪魔らしき姿である。縦に伸びた単眼を胸に刻むモノ。竜のような尻尾を持つそれは、不気味な雰囲気が感じ取れる。
最後が、最もおぞましかった。立ち尽くす棺桶らしき形。そこから伸びる細く太い手と、覗き込む複数の眼光を有した一つの眼。丁寧に描かれたそれに、全員が原始的な恐怖を覚える。
フィスカは恐怖すら知らぬのか、平然としている。
「四人の魔王を束ねる大魔王と呼ばれる魔神、魔力生命体を従える魔神、正体不明と目される魔神。そして、それら三体の魔神を束ねる最強の魔神、彼等が従える魔人族の精鋭────魔人将達によって、聖教教会は多くの臣下と戦士を失い、各国は瞬く間に滅ぼされていきました」
地面に手を当て、今まで描いていた魔神の姿をかき消したフィスカは棒を綺麗に二つにへし折り、後ろへと投げ捨てた。
「これにより、聖教教会の立場が揺らぎました。神エヒトを信仰し、崇める彼等は人類のトップというべき存在でしたが、多くの国が聖教教会に反抗を示し、離反する国が後を絶たなかった」
「ッ!どうしてです!?魔神連合って脅威がある以上、人類が共闘しなきゃいけない状況なのに……!」
「聖教教会が、前から好き勝手にやっていたからです」
ぶっきらぼうに、フィスカは言い切った。
「彼等が求めるのは自分達の正義。人間以外の全ては敵なのです、魔人族も亜人族も」
「………?」
「────何故、亜人族が森に隠れ住んでいるのか。それは聖教教会が徹底的に迫害したからです」
その言葉に、全員何を思ったか。聖教教会の存在を悪く思ったのが多くだろう。実際刃も、クソだなと吐き捨てた。
「亜人族は人間ではないから死刑。魔人族を助けたから死刑。命令に背いたから死刑。かつての聖教教会のやり方に誰も口出しできなかった。エヒト神に背く反逆者として、消し去られた者が何人もいたから」
「…………」
「結局、今の状況は自業自得です。聖教教会は未だ強い権威がありますが、昔のような横暴は許されない。出来るとしたら、前国王と繋がりが強かったハイリヒ王国くらいでしょうね。────いっそのこと、教皇もろとも魔人族になぶり殺しにされれば良かった」
「ッ!フィスカさん!」
あまりの言い草に、光輝は怒りを見せた。フィスカが教会を侮蔑していることは理解しているが、ここまで激しい嫌悪を覚えている理由は分からない。
光輝としては、見過ごせないことだったのだろう。
「それは言い過ぎです!聖教教会が好き勝手にしていたからって、殺されて当然なんて言う話はないでしょう!彼等の中にも、良い人がいるはずです!彼等も死んで当然って言うんですか!?」
「────なら!私の妹を見殺しにした奴等の中に!良い人がいるとでも!?」
突如、フィスカが丁寧な態度をかなぐり捨てて、怒りのままに叫んだ。その言葉に、全員が気を引き締める中、光輝はフィスカの言葉に疑問を抱いた。
強く拳を握り締めたフィスカは俯いたまま、語り始めた。
「私の妹は…………魔人族の子供を助けました」
後悔するような、絶望するような声音であった。
「まだ幼かった赤ん坊を死にかけの魔人族の夫婦から託された妹は、その子を匿いました。私は止めておくんだと言いましたが、妹は聞きませんでした。結果、妹はその罪で聖教教会に捕らえられ、拷問されて処刑されました。当然、その赤ん坊も妹と一緒に焼かれました。生きたまま」
「────そんな」
「何で、妹が殺されたのか。私には理解できなかった。妹が助けたのは子供だ。魔人族なんか関係ない。子供を助けただけで、焼き殺されなければならないのか。死ぬ直前まで石を投げられ、死ねと言われるような事なのか、と」
拳を握り締めたフィスカは、口すら噛み締める。血が出る程の力でも、フィスカの顔から怒りは途絶えない。それほどまでの怒りの炎を、彼は宿していた。
「私は聖教教会を、神を許さない」
「あの子を、優しかったあの子の思いすら踏みにじった全てを許さない。あの時、妹に石を投げた奴等も、死ねと叫んだ奴等も、燃えていく妹を見ていた奴等も─────絶対に」
語り終えたフィスカは、ふと正気に戻る。お通夜みたいな空気と何も言えずにいる一同にフィスカは自分のしたことに気付き、心底悔いていた。
「…………申し訳ありません。嫌な話をしましたね」
「……………フィスカさん。俺は────」
直後、ガサッと物音がする。振り返ると、近くの木々の隙間から二人が出てきていた。
「あー?何だー、何だー。こんな大人数でこの森に入るとは、命知らずな奴等だなー」
一人はアホ毛の目立つ青年であった。額に長いバンダナを巻き付け、腰に大きな二つの刃を備えている。
もう一人は、物静かな男性である。全身を布で包んだその人物は、眼鏡を指で押し上げていた。
突然現れた二人に全員が警戒する中、フィスカは優しく微笑み、二人に話し掛けた。
「これはこれは、お二人とも。こんな森の中でどちらへ?」
「ある用事でなー。とあるもんを探してるんだー、デイラグナ王国跡地にあるだけどさー………」
「ああ、それはあちらですね。我々とは進む道が別なのは残念ですが、気を付けてください」
「あーす、ありがとさーん」
変な掛け声と共に青年は背を向けて立ち去ろうとする。フィスカも肩を落とし、ハジメ達の元へと歩いていくが、
「………あー、少し聞きたいことがあるんだけどさー」
「?まだあるんですか?何かあれば────」
「─────なぁんで、嘘をついたんだー?」
ピクッ、とフィスカの表情が消える。能面のようになったフィスカの目がギョロリと動き、後ろにいる青年を見ようとしている。
青年は軽い調子で、ヘラヘラとしたノリを崩さずに続ける。
「しかも詳しいねー、この森。つい最近魔人族の領土になったから人が入っちゃ行けないって言われてるのにさー。ここの地形知ってる人間なんて普通いないよー。普通の人間は、ねー」
「────」
「子供達を騙しちゃダメだよー────裏切り者のフィスカ・グラッセ」
瞬間、フィスカが動いた。ハジメ達でも捉えられない、異様な速度で。
布に隠れた腕を勢いよく振り払い、地面を何度も蹴りながら青年に飛びかかる。黒い手袋を着込む腕は振り払われた直後に鋭利な刃へと変化する。
片腕を刃へと変化させたフィスカは青年の首を刈り取る鎌のように振りかざす。光る刃は青年の首元に届こうとしていた。
が、フィスカよりも早い速度で青年が動く。腰にあった刃を引き抜き、フィスカの腕を切り捨てる。そして、斬られたことに気付かないフィスカの懐へと踏み込み、
もう片方の刃を一閃し、フィスカの首を斬った。凄まじい速度で斬られたことで、フィスカの頭部は弾けるように飛んで、遠くに転がった。
「─────ひっ」
「静かに」
凄惨な光景を目にした女子の一人が悲鳴を上げようとした瞬間、眼鏡の男性がそれを制止する。突如現れた男性に、青ざめた光輝が震えた声で聞いた。
「どうして………フィスカさんを」
「フィスカ・グラッセ。彼は妹を処刑された後、教会の信者を何人か殺しました」
淡々と眼鏡の男性は言う。そこでハジメは気付いた。首を斬られたフィスカだが、血が出ていない。それどころか、首を失った身体が異様な動きをしていることに。
「それにより教会はフィスカ・グラッセを捕らえ、妹と同じく火刑に処しました────三十年前の話です」
「………え?三十年前?じゃ、じゃあ、フィスカさんは───」
「処刑されたその時、奴は怪物へと成り下がった」
そう言った時、フィスカの身体が動いた。無事な方の腕が鞭のように伸び、腕を斬った青年に襲いかかる。青年はそれを簡単に避けていき、逆に斬りつけた。
その腕はニュルニュルとうねり、近くに転がっていたフィスカの首を掴み、戻っていく。
「────奴に形はない。奴に顔はない。奴に魂はない。それら全ては、命を操る魔王に売り渡した。そして奴は、あらゆる光を受けず、不死身の亡霊となった───人類の裏切り者にして、人も神すらも憎む者」
戻ってきた腕が、首を切断面に押し当てる。生物のように首がブクブクと蠢く。そうしていると首は完全に繋がっており、フィスカは静かに両目を開く。
その眼は───、眼光を含めて真っ黒に染まっていた。
「『
「…………全く、痛いですね。首を斬られると普通に痛いんですよね」
繋がった首を、再生した腕で撫でる。張り付いたような笑顔で語るフィスカ────ファルディウスに、不気味なものが滲んでいた。
「へー、意外。痛覚が残ってるんだ。そういうの消してると思ってたなー」
「そんなことしたら、殺す時の感覚が消えるじゃないですか。奴等、教会のクズどもは一人残らず私がぶち殺してやるって決めてるんですから…………殺す時の感触くらい、覚えたいでしょう?」
「いやー、俺はそういうの興味ないなー」
「そうですか─────なら死んでください」
直後、ファルディウスの顔が消える。真っ黒なものに包まれ、顔のパーツが全て内側に沈んでいく。ファルディウスの肉体が一気に膨張し、風船のように膨らんでいく。
膨らんだ部位から、触手のような腕が伸びる。それが八本、複数の間接を有した腕を蠢かせながら、無貌のファルディウスが立ち上がる。
ふと、顔の一部───本来ならば、目がある部分に大きな口が生えた。実際に、そこから出てきたのだ。剥き出しの歯を見せつけた口は、不気味な笑みを浮かべながら口を開いた。
「────殺すのは、二人だけ」
ねっとりとした声には、ねばりついた殺意となっていた。
「他は、必要。魔王様、いえ大魔王様が求めた───勇者か、誰でもいい。そいつら全員、生きて連れて行く」
「…………残念ながら、それは無理なんだなー」
青年は軽く笑う。直後、ハジメ達の足元に異様な紋様が光を発する。先程見た魔法陣に似ているが、少し違うそれは眼鏡の男性によって刻まれていた。
「召喚された勇者達を保護しろ、と王様からの命令だからなー。悪いなー」
そう言う青年に、眼鏡の男性が淡々と告げる。
「門を繋げました。今から王国に送還します」
「さんきゅー、ユキナガさん。んじゃ、足止めしときますかー」
─────逃 が す か ! !
無数の腕が、ハジメ達の方に殺到する。人間的な腕はハジメ達を捕まえようと掌を大きく広げ、伸びていく。しかしそれらは全て、軽く飛んだ青年によって切断される。数秒だった。斬った時の動きすら、見えない程に。
両手の刃で無数の腕を切り払った青年はバイバイと腕を振りながら、光の魔方陣の中へと飛んだ。
瞬間─────彼等の姿がその場から消えた。姿形もなくなったことにファルディウスは切られた腕を再生させ、顔に残った口を使って溜め息を吐く。
それが引き金だった。
────あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ ッ ! ! ! !
顔のない怪物が、森の中で無数の腕を振り回して暴れ続ける。木々を薙ぎ倒し、地面を抉るが、気にしてすらいない。顔の浮かべた口を最大限に広げ、喉が裂ける程の咆哮を、ファルディウスは憎悪のままに放ち続けた。
魔神連合
エヒト殺すぞ、という気合いの元に集まった魔神(超越者)達による連合軍。過剰戦力過ぎるため、エヒトが何とかしたい為にハジメ達を呼ぶことになったので、ある意味転移の元凶。
大魔王
魔神連合を結成した魔神の一人である存在。統魔王国シュヴェルゼーレの王であり、各国を統べる魔王の頂点に立っている。
配下である魔王は四人。
多くの魔人族の精鋭が集まる『龍域 ガルゼラ』を統治する覇竜軍の将軍、魔王クレイド。
冷気に包まれた雪国『強国 バーゼル』の氷帝、魔王フリューゲル。
巨大な山に包まれた地下世界『ドルフ・ゴルン』を統べる鉱物の巨王、魔王ガイアドゥーム。
魔人族すら立ち入らぬ、生者を拒む死者の国『亡国 ヘルヘイム』を死の王、魔王ダンテ。
尚、これは連合の戦力の一つである。つまりこれで四分の一ということ。
清水の今後について
-
生存その1(生き残るけど戦えない)
-
生存その2(護衛組の一人として戦う)
-
死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
-
意識不明の重体として途中退場