「黒鉄!お前、こんな所にいたのか!?旅に出たって聞いてたから、ここで会えるなんて────!」
「まぁな。俺はただ、ハジメに付き添ってここに来た訳でな。俺も、お前がここにいるとは思わなかったぜ」
「ハジメ………?まさか、南雲のことか!?南雲は奈落に………いやでも、委員長は生きてるって言ってたな…………」
「騒がしいな。一体何だって……………お前、遠藤か?」
驚きながらも再会を喜ぶ遠藤に、刃も同じく頷く。会話の際に聞こえたハジメの名前を聞いた遠藤は困惑していたが、
扉の前の騒ぎに出てきたハジメも、遠藤の存在に気付く。そこで遂にハジメがこの場にいることに気付いた遠藤は立ち上がり周りを見渡す。目の前に立つハジメに気付かない様子で。
「南雲!おい、南雲!クソ!声は聞こえるのに!姿が見えねぇ!生きてんなら出てきやがれ!」
「目の前にいるだろうが、ドアホ」
「うわっ!?……………は?お前が、南雲なのか!?」
「影の薄さ生涯世界第一位のお前が気付かねぇなんて、笑えねぇな」
「誰が自動ドアすら反応してくれない影が薄いどころか存在自体が薄くて何時か消えそうな男だ!自動ドアくらい三回に一回はちゃんと開くわ!それにクラスの大半から気付かれなくても、委員長や畑山先生が気付いてくれるだけ十分だわ!」
「……………お前悲しくなんないのか?」
このように、遠藤浩介は絶望的に影が薄い。影が薄くて存在を忘れられるなんて既に数えられる回数ではなく、無機物ですら認識してくれないレベルだ。修学旅行でもその場にいるのにいない扱いされた(悪意なし)では本気で泣きかけた経緯を持つ。
そんな彼でも、生徒想いの愛子やクラスの中心人物である咲夜には問題なく認識されている。一応や雫や光輝、クラスの中心人物達にも辛うじては認識されているので、問題ないとのことである。
特に咲夜のことは修学旅行の際にも気に掛けてくれたこともあり、場合によっては護衛組に行くか迷った程、信頼している。だが暗殺者という天職と影の薄さを利用し、光輝達パーティーの斥候として役に立つことを選び、今もその一員として陰ながら努力しているのだ。
「にしても、お前変わりすぎだろ。見違えるどころか、見た目も口調なんて、もう別人だぞ」
「そりゃ変わるだろ。奈落の底から這い上がってきたんだぞ」
「…………そうだよな。魔王と戦って生き延びた訳だしな」
オルクス大迷宮にて勢い付いていた一同を打ち砕いた魔王ガイアドゥーム。恐らく本気ですら無かった魔王に勇者である光輝でも太刀打ちは出来ず、唯一対抗できたのはハジメだけだった。
そんなハジメも、ガイアドゥームと共に奈落に落とされた。あの時を見ていた遠藤は心が折れかけた。魔王に挑むことが出来たハジメの死を、クラスメイトの死は簡単に立ち直れるようなものではなかった。
だからこそ、今ハジメが生きている事実に改めて深い安堵が漏れ出す。嘘偽り無く自分の心配をしてくれていることを知ったハジメは思わず拍子抜けな様子を見せる。クラスメイト達に特に思うことは無かった自分だが、周りはこうも自分のことを気にかけてくれていたのか、と。
「………それより、何でここに来たんだ?他の奴等は?」
「さっき、金ランクって言ってたな。一番強い冒険者のランクだよな?確かハジメもそうだったけど…………何かあんのか?」
気になって聞いてみると、遠藤は刃の発言に食い付いた。ハジメが金ランクだと知り、驚く様子を見せているが、疑う素振りはない。そもそも刃がウソを言うようなヤツではないと知っているから、或いはそんな事気にしていられないほど焦っているのか、遠藤は思わずハジメに懇願する。
「頼む!一緒にオルクス大迷宮に潜ってくれ!一人でも戦力が必要なんだ!このままじゃ健太郎も重吾も死んじまう!彼奴等に殺される!!」
「落ち着けよ。天之河がいれば大抵の魔物なんて何とかなるだろ?それにメルド副団長かハヤテ団長が付いてんだろ?あの二人がいれば、魔王さえ来なきゃ大丈夫だろ。俺がわざわざ行く必要もないはずだ」
魔王が来てないと仮定してるのは、遠藤がここにいるのが理由だ。仮に逃げ切れたとしたら、魔王相手から逃げるなんて不可能に等しい。過去に対峙したガイアドゥームですら的確に逃げ道を封じたくらいだ。他の魔王も相手を逃がすような間抜けはいないだろう。
困惑気味にそう言ったハジメに対し、興奮していた遠藤はふと口を閉ざす。両手を震わせていた彼は頭を抱え、呟いた。
「………んだ」
「何?」
「死んだんだよ!皆、アランさんも!他の騎士たちも俺達を守るために殺されたんだ!!俺を逃がす為に、助けを呼べって、後ろで殺されてたんだ!!皆、皆が………!」
「ッ!何だと!?」
「…………そうか」
泣き叫び崩れ落ちた遠藤の言葉に、刃は愕然とした様子で絶句し、ハジメは自分でも信じられないくらい冷静に呟いていた。無論、何も感じてないわけではない。仮にもこの異世界で最初に世話になった人々だ、彼等の死に思うところがないわけではない。
「まずは一から説明しろ。話はそれからだ」
「そ、それは…………」
「えーっと、話は一先ず奥で構わないかな?」
「アルマの言う通りだ。その話、俺にも預からせてもらおうか」
言葉に詰まった遠藤とハジメ達の間に割って入ったのは、困った様子を見せていたアルマ。彼の後ろを歩いてきたのは右目に傷跡を残した歴戦の空気を漂わせるこのギルドの支部長 ロア・バワビス。銀ランクのアルマと合わせた支部主軸の二人を合わせて、迷宮の中で何が起きたのかの話し合いが始まった。
◇◆◇
「魔人族だと?オルクス大迷宮89階層に?」
「はい、相手は3人組でした。一人は鎧を着込んだ六本腕のヤツでもう一人は沢山の強い魔物を連れた女の魔人族…………最後の一人は鎌を持った魔人族でした。手も足も出ずに、一方的に圧倒されました」
「三人組の魔人族…………いや、もしかして」
「その三人にやられたってか………三人とはいえ、光輝達を圧倒するなんてただもんじゃねぇな」
何か心当たりがありそうなアルマを他所に、刃がそう感想を吐露する。しかし遠藤は震えながら、それを否定した。
「…………違うんだ」
「?何が違うんだよ」
「俺たちがやられたのは、鎧のやつ一人なんだ。アイツはたった一人で光輝を返り討ちにして、騎士達を殺して回ってた………アレは、化け物だ」
遠藤が語ったのは、戦いの始まりだった。
突然現れた鎧の魔人族は即座にその場にいた騎士二人を殺した。一人は二本の剣で斬り捨て、もう一人は頭を潰して全身を引きちぎって。咄嗟に突撃した光輝が全力の一撃を放つが、ソレは歯牙にもかけずに光輝を吹き飛ばし、一方的に一同をを追い詰めていった。
魔法も武器も通じない。狂戦士のように暴れ回る怪物に、善意が喪失するのも当然だった。
「撤退しようとしたら、女の魔人族が魔物を率いて待ち伏せしてて…………メルド副団長が殿を任されて、全員は逃げ切れないから、俺に逃げて外にいる緊急用の騎士へ連絡して、ハヤテ団長達の応援を呼んで欲しいって言われて………」
「それで一人で、ここまで来たのか。だが、どうやって単身で戻ってこれたんだ?」
「俺の天職は暗殺者だから、スキルを駆使すれば単身なら魔物に気付かれずに逃げ切れました…………けど、奴にだけは気付かれてました」
女の魔人族に退路を塞がれ、逃げ隠れるしかない光輝達を救うために地上へ戻ることにした遠藤。転移陣の前に辿り着いた彼は騎士達に保護される直前、魔人族の追撃に気付いた。
鎌を手にした魔人族。ソレは騎士達を数えながら、気配を消してるはずの遠藤の存在を認知し、排除しようとしていた。
『ひい、ふう、みい…………可笑しいな。気配と数が足りない。何処かに感じるんだよな、コソコソと息を殺して逃げようとしている姑息な呼吸が』
「鎌を持った魔人族、奴は俺の事を殺しに来たらしいです。転移陣に待機していた騎士達が命懸けで時間を稼いで、脱出は出来ました。その後外で待っていた騎士の人が応援を呼びに行ったけど、後から会った変な奴が………………」
背後で殺されていく騎士たちの事を思い出し、頭を抱えて震えていた遠藤の視界に、ソレが映る。話を聞いてるはずの遠藤の前でハジメの前に座りながら、お菓子を頬張るミュウ。そんなミュウを可愛がるハジメとユエの様子から、話を聞いてるようには見えない。
隣に座っていた刃ですらドン引きしながら「なぁ………今はちょっと」と、穏便に話を聞かせようとする。仲間達の身が危ないと言った上での様子に、遠藤は我慢しきれずに声を荒らげた。
「この状況理解してんのかよ!?緊急なんだって!!」
「ひぅ!パパぁ!」
「てめぇ…………何俺の子に八つ当たりしてんだ殺すぞ!? ぐばッ!?」
「────殴ると言ったはずだ」
過保護のあまり怒り狂いそうなハジメをサブマシンガンで殴って黙らせたイクスは泣きそうなミュウをノインに預けた。一緒にお菓子を食べてなさい、と離れた机の元へと案内する。二人がお菓子を食んでる間にイクスは親バカで話を拗らせそうになったハジメを鋭く睨みながら、話の続きを促した。
「その三人、心当たりがあります。『魔獣使い』に『狩兵長』、『凶戦士』です」
「っ!ソイツらって、確か『覇竜軍』の────!」
『覇竜軍』、その言葉に空気が一瞬で引き締まる。
魔王クレイドが率いる強靭な魔人族の軍団。その恐ろしさは他とは一線を画しており、侵攻による被害はどの魔王をも超えている。
人間を滅ぼすことに最も積極的な魔王。彼等が通る先では人間の生存者は一人もいない。女子供すらも、徹底的に、残虐に殺し尽くす彼等は憎しみの尖兵と呼ばれ、エリュシオン達にも脅威と認定されていた。
「『魔獣使い』カトレア、『狩兵長』ルドガー、『凶戦士』ヴェリオーン…………厄介だな。『城塞落とし』とはな」
「『城塞落とし』?なんだそりゃ」
「教会が前線を築くために用意した鉄壁の城塞、アルガナ要塞を落とした三人さ。数万の魔物の大群を退けた教会随一の砦を、奴等は一夜で落とした。無論、一人も生存者はいなかった………必死に逃げ延びた一人以外はな」
中でも、その三人組は有名な方であった。無敵とされた城塞を一夜に攻め落とした彼等の実力は凄まじいなんてものではない。唯一逃げ切れた衛兵は錯乱したように語った。
一人は矢も剣も通じぬ肉体で暴れ回り、人間を物のように叩き潰し、一人は何らかの術で兵士達を錯乱させ、一人は強力な魔物を率いて、混乱した砦を内側から攻め、一方的に滅ぼしたのだと。
「だが、外には緊急用の兵士がいたんだろ。ならすぐにでもハヤテ団長達が駆けつけるはずだ。それこそ俺が出る必要なんてないさ」
「………俺もそう思ってたさ。そしたら突然黒いローブの男が現れて、『応援を呼んだ兵士は始末された。助けは来ない』って言って来たんだよ。敵だと思ってたが、そいつは協力したいらしくて、ギルドに来ている金ランクに助けを求めろって言って…………消えたんだ」
黒ローブの男。
そう聞いたハジメと刃は思わず顔を見合わせた。刃は聞いた限りでしかないが、ハジメはその内容を聞いただけで確信した。遠藤の前に現れたのは、ソロモンであると。
「何故俺達がここにいると………もしかして罠じゃないのか?」
「罠じゃなかったとしたら?アイツは前に清水を庇った時もあった。もしかして、俺達に何か目的があるから死なせないようにしてるんじゃねぇか?」
警戒を顕にしていたハジメだが、刃の考察を否定はしなかった。彼自身、そう思っている節もある。元々ソロモンと対峙してから、奴の様子に可笑しい点が多々あるのは記憶していた。此方を殺すのではなく、何らかの意図があるのは既に明白だ。
「南雲!早く行こう!お前がそんなに強いならきっと奴らにも勝てる!皆を助けられる!」
「…………」
「な、何迷ってんだよ!仲間だろ!?」
「勝手に仲間にするな。お前等はただの同郷の人間、同じクラスであって赤の他人だ。わざわざ手間を掛けるような関係でもない」
「う、それは………」
淡白に切り捨てるハジメに、遠藤は言葉を詰まらせていた。檜山達に虐められていた時もマトモに止められなかったから恨んでいるのか、と彼は思ったのだろう。正直に言えばハジメはそんなことを気にしてない。ただシンプルに光輝達を助けに行くほどの理由がないだけだ。
(────だが、刃は行くだろうな)
黙って聞いてる刃を見て、ハジメは確信する。刃は光輝と喧嘩別れしてきたらしい、今でも気に入らないと宣言していたことをよく覚えている。だがそれでも嫌いだから見殺しにするような奴ではないことは、ハジメ自身がよく知っている。
そして何よりキッパリと断りを入れたハジメが迷うのにも、明確な理由があった。
「白崎…………佐竹に菊菜、アイツらはまだ無事か?」
クラスで最も関係のあった三人の安否を、ハジメは問う。奈落に落ちる前から刃や咲夜以外に自分と仲良くしてくれた相手でもあり、ハジメとしての個人的な思いを持つ面々である。
「あ、ああ!あの三人なら無事だ。凄い強くて、滅茶苦茶やる気で頑張ってんだ!た、確か……………奈落に落ちたお前を、助けに行くって…………」
「……………そう、か」
自分が思っているよりも、恵まれていたらしい。奈落に落ちた自分を助けようと必死で努力して迷宮に潜っていたであろう三人を思い出し、ハジメはふと周りに目を向けた。
当然、彼の近くにいたユエやシア、グアンはハジメに任せる意志を示した。彼に思考を委ねるのではなく、信じて付いていくというのだ。
「俺は行く…………相棒は、聞くまでもねぇか」
「当たり前だ。黙って見捨てるなんて、クソみたいな真似できるか」
「しょうがないわね!ジンのやりたいことなら、手伝ってあげるわ!」
「…………主様が行くなら、何処までも」
「だ、だとしたら治癒騎士の私が行かなきゃ駄目ですよね!?皆怪我してると思いますし!」
「妾もじゃ。ご主人様だけを行かせる恥知らずではないのでの」
「────悪いが、クラルス。お前は残れ」
決意表明をした一同に対し、唐突に口を開いたイクスがティオを呼ぶ。出鼻を挫かれたティオが「何故!?」と聞き返すと、彼は言わなきゃ分からないのか?と言わんばかりの顔をしながら、説明を始めた。
「オレとノインは待機する。この子を迷宮に連れて行く訳にはいかないしな…………それに、だ。クラルス、お前の竜化は迷宮内では捕まえまい。だとしたら、外でミュウを守るのを手伝え」
「…………まぁ、あんな場所に連れていけないしな」
「みてェだ。ティオ、ミュウは任せたぜ」
イクスの判断に反論する余地もないハジメは頭を掻き、刃はティオに声を掛ける。落ち込んでいた反面すぐに立ち直ってやる気になったティオ。ノインと一緒にお菓子を食んでるミュウはその空気に気づくことはなく、不思議そうに首を傾げている。
「大方決まったみたいだな………念の為だ。俺んとこからアルマを連れて行かせたい。うちの最高戦力だ、足を引っ張らないだろ」
「そういうことで…………まあ仕事はちゃんと果たしますんで。よろしくね?」
「決まりだな────おい遠藤、さっさと案内しろ。急ぎだろ」
そう言って、緊急の勇者パーティー救出チームが結成される。迷宮の中へと向かうその光景を────何処からか、ファウストが見ていた。彼の足元には応援を呼びに行ったはずの騎士が、息絶えて転がっている。
「………流石エリュシオンの懐刀。もう動き出したか」
応援を呼ばれる前に潰したはずだが、既にハイリヒ王国から多数の騎馬隊が出てきている。その先陣を切るのは、王国最強の騎士にて騎士団団長 イガル・ハヤテである。恐らくこのままだとすぐにでも迷宮に辿り着くだろう。
「それは困る、困るんだよ」
ズルリ、とファウストの身体が音を立てて割れる。裂けた肉の隙間から無数の魔獣が覗き込んでいた。ファウストの有する『混沌』の力から生み出した、強力な魔獣達。それを内に溜め込んだファウストは騎馬隊の前へと歩いていく。
「私の計画、私の実験の邪魔はさせないよ?」
そして────体内から解き放たれた数十、数百の魔獣が騎馬隊に襲いかかる。即座に剣を抜いて迎撃態勢を取ったのは、彼等がいかに鍛えられているかの証明だろう。すくにでも質量で押し潰そうとしたファウストは、それを見た。
無音による、抜剣。背中に備えていた二本の刀剣を抜き放った騎士団団長の姿が魔獣の影に消える。ソレから一瞬、一秒にも満たない一時の合間に────閃く。
直線上にいた魔獣が、既に絶命する。一刀、もしくは二刀によって斬り伏せられた魔獣が倒れるよりも早く、神速の如く迫った王国最強の剣はファウストが反応するよりも早く、首を切り飛ばした。その首を冷たく見下ろしたハヤテは、一言。
「────邪魔をするな、道化」
「化ッけ物だなァ!!君達も!!」
首だけで笑ったファウストは手加減できる相手ではないと悟り、数百体の魔獣を差し向けた。当のハヤテは地面を軽く蹴り、首を鳴らす。次の瞬間、肉片となった魔獣が空を舞った。
◇◆◇
オルクス迷宮深層。
岩壁に開けた空間に隠れた勇者パーティーは、困窮とした状態に陥っていた。救援を呼びに行った遠藤だけが頼りであり、今外に出ようものなら魔人族に見つかり、戦いは避けられない。
一人なら勝てる可能性自体はある。だが相手は三人組だ。たった一人が相手だとしても他の二人が集まってくる以上、無理矢理の突破も叶わない。だからこそ、こうして息を殺す以外はない。
「佐竹君。傷を治すから、座って」
「香織か。俺はまだいい、他の奴等の方を頼む」
「もう皆治したから………それに、今一番傷がひどいのは佐竹君でしょ?だから、早く」
「…………すまねぇ」
ガシャン、と大盾を落として佐竹広大が地面に座り込む。ここに隠れた時点での皆の怪我は酷かったが、彼はそれ以上だった。常に盾で皆を守り続け、あの『凶戦士』の猛攻に耐えた盾を構えた腕は完全に砕けかけていた。
それでも、彼は前線に立って皆が逃げる機会を作り続けた。時には吹き飛ばされた光輝や皆を庇い続けた彼の全身の骨は、幾つか砕けている。その凄惨さに、光輝は歯噛みするしかなかった。
「すまない、佐竹…………俺を庇って」
「勘違いすんな。お前がいなきゃ皆が死ぬ、それはよく分かってるつもりだ。この場で一番強いのは、他でもねぇお前だ。光輝」
気に入られねぇがな、と素直ではない様子で応える佐竹。前々からハジメへの当たりが強く、彼の死を受け入れたような彼の事は刃と同じく嫌いではあった。だが嫌いだからと言って助けない道理はないし、勇者が居なければ全滅することは確かだ。それを見誤るほど、佐竹広大はバカではない。
そして、気を失っていた鈴が起きたことで一堂に再び安堵が募る。ムードメーカーである彼女が周りを元気づけようと振る舞う様に、佐竹も自然と笑みを綻ばせていた。
だが、その事に苛立ちを覚える者もいるのは事実だった。
「………なにヘラヘラ笑ってんの?俺等死にかけたんだぜ?しかも、状況はなんも変わってない!ふざけてる暇があったら、どうしたらいいか考えろよ!」
そう怒鳴ったのは、近藤礼一である。八つ当たり気味の対応に怯えた鈴を庇い、窘めようとする光輝。しかし近藤の八つ当たりは光輝へと向けられた。一方的に罵声を浴びせる近藤に龍太郎が反発しようとするが、怒り狂った近藤を止めたのは意外な人物だった。
「止せよ、礼一」
「っ!大介!なんで止めんだよ!?そもそもこうなったのも全部、天之河が………!」
「相手は三人、それも魔人族の精鋭だ。奴等相手に簡単に勝てるわけねぇ。一人なら倒せるが、奴等それを理解してずっとチームで動いてやがる。…………上手なんだよ、正面から勝つなんて無理に決まってる」
蹲った檜山が、諦めたようにそう零した。
彼にしては観察眼がありすぎることに困惑した近藤だったが、そんな檜山を気に掛け、覚悟を示して決意を口にする光輝だったが、それが近藤や斎藤の怒りを再発させるには十分だった。
口論になる一同を尻目に、檜山はもう止める気力すら無いのか、勝手にしろと言わんばかりに蹲る。周りを止めようと立ち上がった雫だが、ふと檜山が何か呟いてるのが聞こえる。
「…………どういうことだよ、これもアンタの筋書きか?話が違ぇだろ。クソ、クソ、何でこんな…………」
「……………?」
喧騒によって遮られた為、なんて言ってるのかは分からない。だがこの状況から弱音を吐いてるのだろうと察した。無理もない、弱音を吐きたいのは誰だってそうである。何なら、雫の方も弱音を漏らしたいくらいだった。
「皆落ち着きなさい!何を言ったところで生き残るには光輝に賭けるしかないのよ!光輝の『限界突破』の制限時間内に何としてでも魔人将を一人でも倒す。彼女達に私達を見逃すつもりがないなら、それしかない。分かっているでしょ!?」
ヒートアップした一同を止めようと叫んだ雫だが、生憎両者の耳に響いてる様子はなかった。その事実に改めて悔しそうに、雫はある弱音を吐露した。
(こんな時、委員長だったら…………皆を落ち着かせるのも簡単だったはずなのに)
クラス委員長として認められた岸上咲夜なら、こんな喧嘩も簡単に止めることが出来ただろう。人を導く才能のある彼がいれば、という思いがあって仕方ない。もしくは『彼』がここにいれば、そもそも敗戦にしてはいなかったのではないか、とすら思ってしまう。
流石に黙ってはいられない、と佐竹が盾を構え、香織が拘束魔法を唱えようとした瞬間、
「────騒ぎたいなら、外で好きに騒いでくれません?」
タン、と言い争いから喧嘩に発展しそうな彼等の間に入ったのは雨音だった。彼女は氷のように冷たい眼差しで、殴り合いにまでなりそうだった龍太郎と近藤を睨んでいた。
「菊菜!邪魔すんな!コイツら許さね────」
「黙りなさい。皆に迷惑を掛けてまですることですか、それは。ここに留まっているのは少しでも回復して次の機会に備える為。それが分からない馬鹿だと、貴方は仰るつもりで?」
「う、それは………そうだけどよ」
淡々と鋭い言葉に、龍太郎は反論することなく項垂れる。感情的なものではなく、あくまでも合理性と容赦のない発言な数々。自覚的な者からすれば耳が痛い話だろう。
龍太郎を落ち着かせた雨音は振り向き、今度は近藤へと言葉をかける。
「貴方もです、近藤さん。短絡的にも程がありますよ。迷宮に潜った時点でこうなる可能性は考慮しておくべきことです。こんなはずじゃなかった、お前のせいだと言うのは、貴方の想像力不足です」
「っ!う、うるせぇ!じゃあお前にどうにか出来んのかよ!?踊ることしか出来ねぇくせにほざくんじゃねぇよ!!」
「…………」
「あ゛あ゛!?テメェ調子に乗んなよッ!!」
怒りのあまり雨音を罵倒する近藤の言葉に、二人がキレた。拘束魔法を中断した香織が攻撃魔法の詠唱を始める様子に、女子勢はおろか遠目に見ていた檜山が怯える。佐竹が大盾を構えて詰め寄ろうとする中、二人を制した雨音は淡々と、皆を落ち着かせる言葉を語りかけた。
「……………先程、檜山さんが貴方を止めた理由、分かってないみたいですね。ここが何処か、もうお忘れですか?」
「………………あ?」
「迷宮の中、その壁の中に隠れているんです。今、外には誰が居ます?外にいる者達は何を、誰を探しています?」
その問いは、興奮状態にあった近藤達を一気に落ち着かせた。それどころか今の騒ぎで気付かれていないかと狼狽える。ふと、外の様子を伺おうと近藤たちが壁に耳を当てている最中、雫は雨音に声を掛けた。
「菊菜さん、ありがとう。助かったわ」
「………雨音で構いません。私も、貴女の気持ちは分かります。ですので、あまり思い詰めないよう」
ありがとう、と雫が礼を言おうとした次の瞬間、壁から思わず飛び退く近藤達。その様子に何事かと振り向いた一同は、慌てて離れた彼等の叫びを耳にする。
「く、来るぞぉ────!!」
その直後、隠し部屋を塞いでいた岩の壁が破壊される。飛び散る瓦礫の破片から皆を庇ったのは、迅速に盾役としての使命を果たした広大であった。鋭い切り込みを入れられた岩石の壁、その隙間から覗き込んだのは────最悪な相手だった。
「───────ギャーーハッハッハッハァッ!!見つけたぜェ!人間どもォ!!」
「で、出た!アイツだ!あの化け物だぁ!!」
『凶戦士』ヴェリオーン。
一番最初に現れた魔人将であり、光輝を含めた騎士達を一方的に蹂躙した正真正銘の怪物。全身に鎧を纏った六本腕の異形は醜悪な笑い声を響かせながら岩の壁を引き裂き、中へ突入しようとする。
それを許さないと言わんばかりに、雨音と広大の二人が動いた。
「『斬舞────花吹雪』!」
「『シールドクラッシュ』ッ!!」
「ギャギャギャッ!痛ぇ!痛ぇ!!だが効かねェ!!」
両手に握った扇子を振り、舞う雨音は周囲に生成させた花の刃を操り、一気に放射する。花の刃が迫る中、いち早く飛び込んだ広大が大盾による突進でヴェリオーンを怯ませ、無抵抗の全身を続けて飛来した花の刃で切り刻む。
一瞬怯んだヴェリオーンだったが、全く通じてないと言わんばかりに嘲笑う。すぐさま壁を破壊しようとしたヴェリオーンだったが、目の前に光を見た。
「二人とも、ありがとう!────『神威』!!」
放たれた光の斬撃が、直撃したヴェリーオンを吹き飛ばす。今の内に開け放たれた岩壁から抜け出す一同。既に破られた以上、ここに居座るわけにはいかない。早く移動しなければならないのは、明白だった。
「ここは俺が!皆は早く別の場所へ避難を!」
「っ!お前を置いていけるわけねぇだろ!皆で戦った方が────」
「────それもいいぜ。その方が長く楽しめるしなァ!」
ギャギャギャ、と笑いながらヴェリオーンが再起する。光輝が放った神威が直撃したにも関わらず、その鎧に傷が入っただけで本人にダメージが入った様子はない。
「これでも、無傷なんて………!」
「逃げるのよ!光輝!あんな奴マトモに相手したら他の二人が集まってくるわ!今の内に距離を離さないと!」
「雫!でも…………!」
「逃げてもいいぜ────これ見ても逃げれるならな」
そう言ったヴェリオーンが持ち上げたものに、全員の目が止まる。あ、という怯え混じりの声に反応した光輝たちが見たのは、ヴェリオーンが摘み上げた騎士であった。彼の事は覚えている。撤退する際に殿を受け持った騎士の一人だ、手足を折られたのかプランと垂れた騎士は血を吐くような勢いで、叫ぶ。
「に、逃げろ………!君達は、逃げるんだ………!早く、遠くへ…………!」
「っ!やめろ!その人を離せ!」
「ああ、分かった────離してやるよォ」
「逃げ、逃げ────生き────」
ペキッ、とヴェリオーンは指で騎士の頭を握り潰した。ブチッと首が千切れた騎士の身体が地面に落ち、女子の悲鳴が響き渡る。唖然とした様子で言葉を失っていた光輝は、思わずと言った様子で問い掛ける。
「なん、で………?」
「何でって、見て分かるだろ?離してやったぜ?」
「…………っ」
「弱いってのは罪だよなぁ。こうして無残に殺されるのも、弱ェ奴が悪ぃんだからさ。ま、愉しいから良いけどさ。お前等弱っちい人間を殺して回るのはなァ!」
────明らかな挑発、光輝を小馬鹿にしてヴェリオーンは嘲笑う。雫や香織が止めるよりも早く、天之河光輝は激昂した。『限界突破』による強化のまま、彼は突撃していく。
「お前は──────ッ!!!」
「ギャギャギャッ!!良いぜ!殺ろうや勇者ァ!!」
四本の腕に握った剣を振るい、ヴェリオーンが勢いよく襲いかかる。数メートルの差もある巨体から繰り出される四方からの斬撃を掻い潜りながら斬りかかる光輝。
善戦してるように見えるが、不利には変わりない。あくまでも『限界突破』に頼った戦法であるため、時間切れになったら最後だ。
「動ける人は、光輝を援護をして!急いであの魔人将を突破しないと!」
「分かって────八重樫!魔獣だ!」
そう指示して怪我の酷い者から避難させ、戦える者を集めて行こうとした瞬間、パーティーの一人が叫ぶ。背後、退路と呼べる道を複数の魔物が塞いでいた。全ての通路を塞ぐように立つその魔獣は並大抵の魔物よりも遥かに強い個体であり、ある魔人族の支配下にあった。
「やっとこさ姿を見せたね。悪いけど、もう二度と逃がすつもりはないよ」
「魔人将………っ!」
「カトレア、って名乗ったはずだけどね。それとも魔人族の名前は口にしたくもないって?」
いやだね、と肩を竦ませるは『魔獣使い』 カトレア。露出度の高い服装と魔人族特有の尖った耳────赤髪に、花のようなアクセサリーを付けた彼女は皮肉るように笑う。そうしながらも一切の油断をせずに、魔獣による質量で彼等を追い詰めていく。
「皆!?待っててくれ!今助けに────」
「余所見すんなよ勇者ァ!!もっと、もっと!殺り合おうぜぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「っ!邪魔をするな!『天翔閃』!」
「効くかぁ!そんなヤワな刃なんざァ!!」
慌てて救援に向かおうとする光輝を、ヴェリオーンが阻止する。苛立ちを顕にした光輝が放った光の斬撃をヴェリオーンは片腕で弾き飛ばす。『限界突破』による強化であっても、ヴェリオーンを圧倒し切ることは出来ずにいた。
そんな戦いの様子を見ていたカトレアが、ふと声を上げる。
「ヴェリオーン!もうそろそろ良いだろう?さっさと終わらせるよ!」
「カトレア?………あーあ、もう少しで盛り上がってきたってのによぉ」
「っ!逃すか!」
不服そうにため息を吐いた巨漢が、一気にカトレアの元へと跳んでいく。連携でもするのかと警戒した光輝がそのまま二人の元へと突撃する。ヴェリオーンを倒せなくても女の魔人族さえ無力化すれば、あの魔獣をどうにか出来ると思ったのだろう。
だが、そんな光輝の考えを消し去るようなものをヴェリオーンは見せた。近くの魔獣が背に乗せていたものを摘み上げ、敢えて見せ付けるように嘲笑う。
「じゃーん、コレなぁーんだと思う?」
「ぅ…………ぅっ」
「……………メルド、さん?」
光輝が見たのは、四肢を砕かれた恩師の姿。自分達を何度も導いてくれて、魔人族から逃がす殿を受け持ってくれた人だ。死んではない、辛うじて息はある。その事実が、光輝の思考から理性を消し去った。
「おま、お前ッ!メルドさんを離せぇッ!!」
「………
敢えて、遠回しにヴェリオーンはそう言った。
意味を理解した光輝は悟るしかなかった。あの時、騎士を見せつけるように殺したのは、嫌がらせや挑発だけではない。全てはこの時の、完全な脅しとして使う為だ。指に力を入れようとするヴェリオーンに、光輝は動きを止めるしか出来なかった。
「動くなよ、少しでも反撃しようとしたら…………お前等の大事なコイツはグチャグチャの肉片になるんだぜェ」
「………………ッ」
「こうすれば動かないなんて、人間ってのはチョロいぜ────ああ、そうそう。このやり方、最初にやってきたのは
そう言って、ヴェリオーンはメルドを見せつけながら、立ち尽くす光輝を蹴り飛ばした。抵抗できないようにメルドを使い、光輝の限界突破が切れるまで踏みつけ、蹴り飛ばし、地面に叩きつけた。
そうして、限界突破の切れて完全に反撃の手を失った光輝を首を掴み、ヴェリオーンはカトレアの元へ戻る。「終わったぜ」と答える同胞にカトレアは満足そうに笑いながら、魔獣達を率いて先へ進む。
────壁を背に追い詰められた一同が、力なく捕らえられた光輝を見て絶望したのを確認して、カトレアはほくそ笑む。これで話し合いは簡単に済むかな、と彼女ながら思うのだった。
『覇竜軍』
人間絶対滅ぼすという憎しみと殺意を秘め、人類絶滅を掲げる魔王クレイドの元に集った軍団。この組織の構成員は人間を恨んでいる魔人族や、殺しを楽しむ者などが多く、その被害は大規模で、人一人生かすことはない過激な連中。
因みに基本的に憎しみで動いている連中なんで、他の魔神と手を組むことなんて絶対にない。なのでこの状況に置かれているファウストの協力者達、檜山は凄い焦ってるし何とか生き残ろうと必死。
『凶戦士』ヴェリオーン。
話し合いが通じない奴その1。
殺しが大好きで、その為に『覇竜軍』に入った異形タイプの魔人族。戦いも好きだけど、中でも弱いものをなぶり殺すのが一番好き。最初の戦いでも生きたまま騎士を八つ裂きにして殺すなど、相手の戦意を折る戦い方が目立つ。無論、仲間の頼みでもなければ相手を生かす気は毛頭ない。
『魔獣使い』カトレア
唯一話が通じるタイプ。
殺し合いは好きじゃないけど、人間は嫌いだし憎いので『覇竜軍』に入った女の人。他の奴等とは違った経緯を持つ為、半ば温厚(尚、恨みや憎悪は相当)
元々は大魔王に拾われたことで恋人と共に魔人将として取り立てられたこともあり、大魔王への恩義もある。光輝達を殺さずに生かして捕らえようとするのも、大魔王の為。
かつて恋人と共に魔人族の巫女アクシアに仕えており、彼女の優しさに惚れ込んでいる。花のアクセサリーも彼女から渡されたプレゼントであり、ネックレスと共に肌身離さず持ち続けている。
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清水の今後について
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生存その1(生き残るけど戦えない)
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生存その2(護衛組の一人として戦う)
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死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
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意識不明の重体として途中退場