「うそ……だろ?光輝が……負けた?」
「そ、そんな……」
「や、やだ……な、なんで………」
「張り合いねーな。もっとこう、仇討ちだ!って勢いでこねーのか?」
「それだけ勇者が頼りだったのさ。こうして一人やられるだけで戦意喪失くらいだしね………ま、私としてはそっちの方が都合が良い」
掴まれた光輝を見て戦意を失った一同に不満そうなヴェリオーンであったが、冷静に事情を察したカトレアが結論を告げる。「それでも、やる気のある奴は何人かいるみたいだけど」と、彼女は数人を見る。
その一人、雫は光輝がやられた理由を思案する。いくら限界突破が切れたとはいえ、こうも簡単に痛めつけられるとは思えない。そう思った彼女の視界に、ヴェリオーンが掴んでいたもう一人の存在が映る。
「メルド、さん…………」
「ああ、コレか。カトレアの奴が持っとけって言ってたのよ。コイツを見せつければ勇者は動けなくなるって。いやあ、正解正解。やっぱお前は頭いいな、カトレア」
「まぁね…………さて、アンタは話が通じそうだね。早速だけど、アンタ達がその気なら此方側に引き入れようと思うんだ」
それは、勧誘であった。
恐らくカトレアは最初からそのつもりだったのだろう。邪魔なメルド達を撃破し、勇者である光輝を無力化したのも力の差を見せつけて、否が応でも従わせる為。
掴んでいるのも面倒になったのか、ヴェリオーンは「もう要らねぇな」とメルドを壁に放り捨てる。何人かが怒りを顕にしそうになるを制しながら、雫は聞き返した。
「私達に、大魔王に付けと?」
「大魔王様は人間を滅ぼすべきって考えてるけど、アンタ達はこの世界の人間じゃないって言うしね。あの御方もただ人間を滅ぼすだけじゃいけないのさ。これから先、他の魔神とも戦争しなきゃいけないんだ。魔神を殺せる戦力は確保したいって言う、あの方の余裕と懐の広さが理由なのさ。感謝することだね」
その後、気さくながらも淡々と話していくカトレア。少なくとも反抗は出来ないようにはするが、それ以外は自由にするし、何なら王国と同じくらい丁重に扱うと。その話に何人かのクラスメイトも揺れ動きかけるが、雨音の一言を聞いてすぐに我に返った。
「貴女の魔王は、認めるのですか?」
「…………へぇ?アンタも話が通じそうだ」
「貴女達の魔王は、人類を憎む魔王と聞いています。人間である私達が生きることを許さず、領内で殺すという可能性は?」
「確かに、アタシのとこの魔王様は苛烈で人間を憎んでる。アンタ達を殺すことにも躊躇はしないだろうけど…………そこは説き伏せるさ。クレイド様は復讐鬼だが、話を聞かない相手じゃない。アンタ達という戦力を引き入れる話さえあれば、きっと認めるだろうね」
悪い話じゃないだろう? と語りかけるカトレアに、雫と雨音は舌打ちを隠せない。明らかに此方を引き込むつもりしかない。現にメリットしかない話に仲間達も何人か揺れ動きかけている。その結果、すぐに現れた。
「わ、私、あの人達の誘いに、乗るべきだと思う!」
「恵理、てめぇ!王様や団長達を裏切るってのか!?」
「ひっ」
「坂上さんは黙ってください。中村さんはそういうつもりではないと思います」
「雨音の言う通りよ。………恵理、どうしてそう思うの?」
そう提案した内気な少女 中村恵理に、一同は呆気にとられる。すぐに怒りを爆発させように噛み付く龍太郎を制し、雨音と雫は恵理に問い掛ける。あまり意見を出さないほど臆病で大人しい少女はポロポロと泣き出しながら、語る。
「だ、だって、このまま断ったら、私達だけじゃなくて………光輝君も、皆も殺されちゃうから………皆に、死んで欲しくなくて…………うぅっ」
「………俺も、中村に賛成だ。奴等の話に乗る以外ねぇよ」
「檜山!てめぇ、俺達を受け入れてくれた王様達を裏切って、敵対しろってのか!?」
「じゃあどうすんだ?他に何か策は?全員無事でこの場を切り抜けることが、お前に出来んのかよ。王様達を裏切るくらいなら、全員道連れってか?生き残る方法も考えられねぇなら黙ってろよ」
嗚咽混じりの恵理の訴えに同意を示したのは、他ならぬ檜山であった。反発する龍太郎に強く言い返した檜山の発言に、ついにパーティー一同がカトレア達の提案に乗る空気へと動く。だが、その直後だった。
「────あれ、もう終わり?つまんないな、もっと張り合ってくれる方が楽しいのに」
軽い調子の声が、周囲の空気を震わせる。
そんな声と共に現れたのは、上裸の魔人族の青年だった。右手に大鎌を背負い、左手の掌に眼球を埋め込んだ明らかに異様な姿の男。
『狩兵長』ルドガー。
救援に向かった遠藤を追って騎士達を葬り去った彼の異質さは、まだ得体が知れない。三人組が揃ったことに、雫たち一同から微かな希望が消えた。既に自分達が追い立てられた得物であることを、完全に自覚させられた。
「ルドガー、そっちの方は?」
「一人逃しちゃったみたい。変な奴でね、気配がなくて呼吸があるやつでさ。凄い隠密が出来る奴を取り逃しちゃってさ、援軍が来るかもね」
「ふぅーん、じゃあさっさと答えてもらおうか」
「────その前にさ、一ついい?」
返り血に塗れた全身と鎌を向け、ルドガーが雫たちを見据える。既に何人かがカトレアの誘いを受け入れようとしているのをつまらなく思っていた彼は、ある不安要素を口にした。
「君達さ、カトレアの提案を聞く前に。面白い話があるんだけど、聞いてく?」
「面白い話?」
「可笑しいと思わない?こんな風に話の通じる奴が、人間をぶっ殺すっていう方針の『覇竜軍』にいるなんてさ。何か理由があると、思わない?」
話が通じること自体が可笑しいことに、何人かが気付いた。ヴェリオーンのような狂人がいるようなグループに好き好んで所属するのは、何かの理由があるのは当然だ。ルドガーの意図を知る由もないにも関わらず気に入っていたのは、彼が相手を唆すのが得意からだろうか。
彼は、カトレアがそもそも雫達を引き入れるとは思えない理由を、彼女がこの組織にいる理由について明かした。
「それもそのはず、カトレアは望んで『覇竜軍』を選んだのさ。より多くの人間をぶっ殺す為に────復讐の為にね」
「復讐………?」
「彼女は、あのアクシア様の配下だからね。丁度大魔王様のとこから転属するその日に敬愛する巫女様を殺されたんだ。復讐するのも無理はないよね、カトレア?」
軽い調子で聞き返すルドガーに、カトレアは深いため息を漏らす。余計な事を喋りやがってと言わんばかりの様子で、彼女はルドガーに詰め寄った。
「何のつもりさ?ルドガー。あたしの邪魔はしないって前から言ってたろ?」
「邪魔はしないさ、お前の願いは汲んだつもりさ、カトレア。けど、俺の願いを汲んでくれても構わないだろ?」
「………貴方の願い、って?」
カトレアからの詰問を軽く流すルドガーに、香織が自然と問い掛けていた。振り向いたルドガーはんんー、と首を傾げてからほくそ笑む。ガリ、と自身の顔を搔きながら、彼は笑った口から零した。
「オレの望むものは────人間どもの絶望する顔さ」
「……………ッ」
「ただ絶望されるんじゃつまらない!希望に縋った瞬間に、深い絶望に叩き落される表情が見たいのさ!窒息しそうになって水面から這い出ようとした所を、無理矢理水底に引き摺り込まれるような!深く、より深い絶望が!……………だから君達には、迷って欲しいのさ。そして希望から一転、絶望して欲しい!」
恍惚としたように告げるルドガーに、一同の全身が凍り付くような感覚に陥った。ルドガーの発言により誘いに乗るべきか迷う様子が漂う中、意識を失っていた光輝が息絶え絶えに口を開いた。
「皆………逃げろ」
「っ!光輝!」
「コイツらを、信用しちゃ駄目だ………アランさん達を、殺したんだぞ…………その内、人間と殺し合わせる、奴隷として…………使われる、だけだ────ガハッ」
「余計な事、言ってんじゃーぜ。勇者さんよ」
そんな光輝を地面に叩きつけるヴェリオーン。殺すなよ、とカトレアから苦言を呈されたことで肩を竦めた巨漢は再度光輝を持ち上げる。完全に萎縮しきった彼らを見たルドガーはクスリと笑いながら、さっきまでの狂気が嘘のように穏やかに語った。
「まあ、その誘いが嘘とは言わないよ。これはオレの趣味みたいなものだからね。オレがこう言い出したのは、君達が疑心暗鬼になって墓穴を掘ってくれたらいいなぁって思っただけで、大人しく従うならそれでいいのさ」
「オイオイオイッ!それじゃあ殺し合えねェじゃねーか!おい、テメェら!少しは疑えよ!信用せずに戦えよ!オレァ弱い奴をなぶり殺すの大好きだからさぁ!!」
興奮したように戦いを望むヴェリオーンに、再度空気が張り詰める。圧倒される一同の様子を確かめながら、檜山が叫ぶ。
「逃げるって言って、どうすんだよ!?あの三人が俺達を逃がしてくれるように見えるか!?俺達は負けたんだ!騎士達のことは、殺し合いなんだ!仕方ないだろ!生き残るには、従うしかないんだよ!」
そんな檜山の怒号に、全員の考えが傾きかける。彼等の様子に満足そうに笑うカトレア、つまらなさそうなルドガー、再度煽ろうと口を開きかけたヴェリオーンが何かに気付いたように顔を向けた。石ころが転がったような微かな音であったが、全員の視線が集中するのもすぐのことだった。
「お前達は…………生き残る事だけを、考えろ」
「メルドさん!」
「何だよ、まだ動けんのか?しぶといな────今度はお前が、遊んでくれるのかァ?」
「今更、こんなことを言っても遅いが…………ずっと後悔していた。巻き込んで、すまなかった。戦いとは無縁であるお前達を、この世界の戦いに巻き込んでしまったのは、私達のせいだ……………故郷に、元の世界に帰るために、生き残るんだ。最初からこれは────私達の戦争だったのだ!!」
ハイリヒ王国騎士団副団長であるメルドの魂からの言葉と共に、彼の肉体が光を発した。凄まじい魔力を溜め込みながら輝きを増すメルドは重症であるにも関わらず、勢いよくカトレア達の方へと走り出した。
「魔人族!覇竜軍よ!共に逝って貰うぞ!」
「自爆用のアーティファクトか。この魔力量、流石に危ういね」
「ギャハハハッ!!いいぜ、来なよ、来いよ!お前の自爆でオレ達を殺せるか!楽しみってもんだ!!」
「潔いね、嫌いじゃないよ────悪いけど、付き合う気はないさ。アブソド、喰らい尽くせ」
余裕を見せて感心するルドガーにむしろやってみろと囃し立てるヴェリオーンを制して前に出たカトレアが手を伸ばす。すると、彼女の後ろに立つ魔物の一体が口を開き、一気に吸い込む。
その瞬間、メルドの全身から光が消える。アーティファクトによる自爆の魔力を、魔物に吸い尽くされたのだ。突然の事実に愕然とするメルド、しかしそれは致命的すぎる瞬間であった。
「っ!?魔力が────」
「良い顔だ────もっと、歪めろ。絶望しろ」
突如眼前まで迫ったルドガーが消える。
勢いよく振るわれた大鎌の刃は血に染まっており、背後に立っていたメルドは胴体を切り裂かれて、大量の血を吹き出して倒れ込んだ。
「────メルドさぁんッ!!」
「………すまない」
「あ?なんだ、まだ生きてんのかよ────しょうがねーな、ルドガー。オレが代わりにトドメを刺してやろーか」
「仕留め損なったんじゃなくて、あえて生かしたんだけどね…………あー、はいはい。分かった、分かった。好きにしなよ」
肩を竦めたルドガーからの承認を受けたヴェリオーンは不気味に笑いながらメルドの元へと近付く。辛うじて、息はある。ルドガーとしてはせめて苦しんで死なせるという意図によるものだったなのだろうが、まだ殺し足りないヴェリオーンに譲ってやることにしたのだ。
「…………るな」
「あ?なんか言ったか?まぁいいぜ、テメェもそこの奴等も、目ェかっぽじってよぉーく見とけ!お前等の大事な奴が、グチャグチャに踏み潰されて、土のお仲間になる光景って奴をよォ──────!」
小さく呟いた光輝の声に反応するも、嘲り笑いながら足を持ち上げるヴェリオーン。倒れ伏したメルドを跡形もない肉片に踏み潰そうという魂胆に、何人かが悲鳴を上げたその瞬間────カトレアが声を荒らげた。
「ヴェリオーン!ソイツを殺しな!!」
直後、ヴェリオーンの腕が勢いよく弾かれる。光輝が無理矢理力で押し退けたのだ。5本の指はその力によって有り得ない方向に曲がっていたが、ヴェリオーンはメルドを踏みつけるを止めて好戦的に叫んだ。
「よォーやく、やる気になったかァ!さぁ、もう一度殺し合おうぜェェェエエエエエエエエエエッ!!!」
四本の剣を振るいながら叫ぶヴェリオーン。光輝は本来対応し切れなかった攻撃を前に、遠くへと手を伸ばす。すると離れた場所に落下していた聖剣が彼の手に収まる。光の刃を纏った聖剣を手にした光輝は、白銀色に輝く瞳で力強く目の前を敵を見据えた。
────そして、一瞬の居合。
四方からの凄まじい斬撃を掻い潜った光輝は、そのままヴェリオーンに一刀を浴びせていた。胴体に深い斬撃を。そしてトドメと言わんばかりに頭部を兜ごと切り飛ばす。
殺し合いを楽しみにしていたヴェリオーンは、一言も発することなくその場に崩れ落ちる。
「は………?ヴェリオーンを、一瞬で?」
「…………ったく、随分とふざけた勇者だね」
「よくも………!よくも、メルドさんを────ッ!!」
怒号を響かせながら、聖剣を片手に突撃する光輝。厄介そうに魔物をけしかけようとしたカトレアを制し、ルドガーが前に飛び出す。鎌を手にした彼は此方に向かってくる光輝を見下ろし、淡々と語る。
「ヴェリオーンを倒すとは、やるじゃないか。でもさ、それでオレ達を殺せると思わないことだね────『夢幻の眼』」
「ッ!?」
ルドガーはそう言って目の前に斬り掛かってきた光輝の顔に向け、自身の掌────そこに覗く眼を向けた。妖しく光った瞳を受けた光輝はそれ以上聖剣を振るうことが出来ず、その場に膝を付いて動けなくなる。
「オレの幻覚はどうだ?まるで夢のようだろう?」
「────」
「まぁ、今のお前には聞こえないか。さて、この鎌が見えるかい?首を刈り取るか、心臓を抉り取るか、好きな殺し方を選んでくれたまえ…………おっと失礼。聞こえても、返事できなかった────ね」
ルドガーは自身の能力、幻覚によって意識を失った光輝を冷たく見下ろして嘲笑う。必死に光輝に呼びかける彼等への嫌がらせのように大袈裟に振るった鎌で彼を仕留めようとした────その瞬間。
突如目をカッと見開いた光輝が、聖剣を振るう。ルドガーの腕と胴体を切り飛ばしながら、光輝は深く息を整える。空中に飛んだルドガーが絶句し、戸惑いの声を漏らすと同時に絶命した。
「な、何故────」
「…………団長に、感謝しないとな」
『いいか、勇者。お前の戦い方を直せとは言わんが、搦手の対策だけは覚えておけ。毒や麻痺ならば体勢をつければ、幻覚などは厳しい。幻覚を受けた場合は即座に意識を切り替えろ』
『意識の切り替えって、そんなのどうすればいいんですか?』
『慣れだ。異論は許さん、何が何でもやれ。もし幻覚を突破できなければ、俺がお前の頭をかち割る』
光輝はかつて団長から受けた修行の数々、その内の一つ幻覚や幻影などの精神的な能力の破り方を思い出していた。基本的に催眠系の能力は相手の意識を制御する為、無意識にでも意識を切り替えるという、精神的な回避技があるというのだ。
無論、それを体得するまで地獄だった。敢えて幻覚に陥って時間までに意識を切り替えられないと、ハヤトが躊躇なく木刀で殴ってくるのだ。一体何度気を失ってきたか、数えられない。
────ルドガーを倒した光輝は休むことなく、そのままカトレアへと斬り込む。光輝は自身のこの力を、ハヤトから聞いている。限界突破の先を行く、強力な力───『覇潰』。通常よりも更に身体能力を特化させる事が出来るが、その反動は凄まじくマトモに戦闘は出来なくなると言う。
ハヤトの見立てからして時間はおよそ一分以上。そうなる前に決着を付けると決断した光輝は魔物の群れを斬り結び、遂にカトレアに一太刀を浴びせるに至った。
「………まいったね。あの状態から、逆転なんて…………三文芝居でも、見てる気分だよ…………」
そう言って、カトレアは諦めたように笑う。目の前に立つ光輝は、彼女の手が地面に伸びていることに気付いた。身体を切ったことで斬られたネックレスを手にした彼女に、光輝は顔を強張らせる。
メルドと同じように自爆する気かと思い聖剣を振り上げた光輝は、見てしまった。
────開かれたロケットの中に映る、カトレアと男性、その間にいる一人の女性。自分以外の二人を愛おしそうに見た後に、諦めたような穏やかに浮かべたカトレアの笑みを。
「ごめん、ミハイル………先に逝くよ。今度こそ………アクシア様の所へ────」
その瞬間、ピタリと聖剣が停止した。あと少しの距離で停止した刃に驚いたのは、カトレアの方でもあった。困惑しながら顔を上げた彼女は、全身から冷や汗を滲ませ顔を強張らせる光輝を目にする。何時までもトドメを刺されないことに、ある可能性を過ぎらせる。
「どうした?殺しなよ、あたしは覚悟くらいできてるよ。あんた達人間に殺された私達の主、アクシア様の仇を討つためにここにいるんだ」
「……………ッ」
「あんた達人間を信じて、一緒に生きていけるって信じていた誰よりも優しくて、誰よりも好きだったあの人を殺したのに。あたしは殺せないのかい?さぁ、やりなよ────やれよ!!あの人の首を、大魔王様の元にやったように!!!」
感情的に叫ぶカトレアに、光輝は思わず退いていた。詰め寄るカトレアの首に聖剣の刃が食い込み、血が出るのを見て手を引いてしまう。青褪めて手首の震えを抑え込もうと必死な様子の光輝に、カトレアは合点がいったかのように目を細め、その瞳に侮蔑を込める。
「………なるほどね、まさか今になって『人』を相手にしてることを自覚したのかい?王様達から教わらなかったか?魔人族との戦争だって」
「…………ッ」
「呆れたね。まさか私達を人としてすら見てなかったなんてね、ヴェリオーンやルドガーを殺せたのも、魔物だったからかい?彼奴等だって魔人族、人だってのにさ」
「ち、違…………俺は、知らなくて…………」
「知ろうとしなかったの間違いだろ?そもそも戦争が始まったのが誰のせいか。聞いてたと思うんだけどね、アクシア様の事すら人の言葉を話す魔物とでも考えていたのかい?勇者ってのも見下げたもんだね」
「う、あ…………そ、そんなつもりじゃ…………は、話し合おう…………魔神を倒して、世界を救えれば、きっと…………」
「────それをあたしの前で言うのかい」
冷静じゃなく取り乱した光輝の言葉に、カトレアはスッと目を鋭くさせた。人殺しをしてしまった、しかけた事実に動揺した光輝は、ミスを犯していた。彼が戦う理由は、世界を破滅に導く魔神を倒すことにある。それが正義だと信じ切っていた彼には、頭にも浮かばなかった。
────魔神を倒すということは、彼女にとっても恩義のある大魔王にすら牙を剥くということだ。それが何を意味するのか理解する前に、カトレアが動いた。
「ヴェリオーン!ルドガー!何時まで見てるんだい!さっさとやるよ!」
「────いいのか?カトレア、大魔王様の手駒にするんだろ?」
「そんなのもう止めだ。コイツらは殺す────全員ね」
「────ギャハハハハッ!!やったぜェ!!全員なぶり殺しだぜェエエエエエッ!!!」
呼び掛けたカトレアに反応したのは、ルドガーとヴェリオーンの二人だった。先程光輝にやられたはずの二人は、平然と起き上がっていた。その様子に、光輝の方は動揺を顕にして唖然とする。
「な、なんで………さっきオレが」
「殺したって?同じ人を?勇者ってもっと優しい人だと思ったのに、あんなバッサリいくなんて酷いね。それにオレ達を人間扱いしてなかったなんて………………クソムカつくね」
「────ぁ」
「ああ、生きてる理由はね、幻だよ。君に斬られたフリをして、死んだふりをしてたって訳。不意を突こうとしてたら、まさかとんでもない話が聞けるとはね」
やはり、幻覚。
本人に作用させるものではなく、自分自身を偽る幻影だったのだろう。だが、と光輝は戸惑う。ならば何故、ヴェリオーンは生きているのか。鎧に切り傷を与えられ、首を失ったはずの異形は、首が入っているであろう兜を持ち上げながら、無造作に笑う。
「ギャギャギャギャッ!!何を呆けてやがる!不思議か!?頭を失って生きてる奴はいねぇーってか!?そうだろうよ!その通りだぜ!!だってよォ、
オレの頭は、ここなのさァ!!」
カランと鳴る中身のない兜を放り捨てたヴェリオーンは鎧を脱ぎ捨てた。鎧の胴体部のプレートを外した途端、胴体には鋭い歯が並ぶ口があったのだ。目はなく、恐らく別の感覚器官で反応して動いているのだろう。
「さァて、何人か殺してやろーかな。楽しくてウズウズするぜェ!」
「もっと楽しめるなんてね、感謝して殺さなきゃ………あ、勘違いしないでね。感謝するのは、カトレアにだぜ?」
「っ!させる────ッ!?」
二人の魔人将を止めようと走り出した光輝は膝から力が抜けて倒れ込む。限界突破、『覇潰』のタイムリミットだ。動けなくなった光輝はそこでようやく、ハヤテから受けた忠告────限界突破による代償を思い出し、悔しそうに噛み締める。
「クソ!こんな時に………!」
「ギャギャギャッ!今度こそよォーく見とけ!勇者さんよ!大切なお仲間が、一人ずつブチ殺されていく光景って奴をよォ!!」
「────させない!」
剣を振るい、衝撃波を飛ばそうとするヴェリオーンに雫が斬り込む。身軽さを利用した一斬りは、ヴェリオーンの手首に切り傷を与える。へぇ、と軽く笑うヴェリオーンに、向き合った雫は後ろに向かって叫ぶ。
「香織!光輝を────雨音!広大!もう一人の相手を!」
「う、うん!分かった!」
「任せてください………!」
「オウッ!コイツは俺達が止める!」
光輝を連れて後ろに退避する香織と同時に、後方から狙おうとしたルドガーに雨音と広大が立ち塞がる。扇子を振るい、大盾を構える二人を前にルドガーは舌舐めずりをするほどの余裕を見せていた。無論、それはヴェリオーンもである。
「良いね!剣でオレに傷を付ける女なんて久し振りだァ!手足をへし折ってから、喰ってやるぜェ!!」
「御託はいい!光輝とメルドさんの礼は、ここで返させてもらう!」
深く息を整え、ヴェリオーンへと向き合う雫。一呼吸を置いて、一瞬で跳ぶ。信じられない跳躍によって背後に回った雫は恐らく頭部と心臓があるであろう胴体を一突きすることを選んだ。ただの斬撃では皮膚を裂く程度しか出来ないからである。
数秒、間違いなく相手の意識外を突いたはずであった。だからこそ、貫こうとした雫は驚く。ヴェリオーンの腕、剣を持たない腕の一本が、雫の剣を刀身ごと握っていたのを。
「小手先と剣技は良いが────悲しいなァ!力不足だぜッ!!」
「あぐぅッ!?」
振り抜いた裏拳が、雫の横っ腹を打ち抜いた。圧倒的な巨体による質量が衝突したことで、全身の骨が軋む。今まで受けたことのないダメージに叫んだ雫は、そのまま何度もバウンドして壁に叩きつけられた。地面に転がる彼女に、香織が思わず声を上げる。
「雫ちゃん!」
「───っ!?雫さん!?」
「雫!?マズ────雨音ぇ!逃げろ!」
「────余所見とは、舐められたものだね」
香織に叫びにつられた二人が雫に意識を向けた瞬間、ルドガーが眼前へと迫る。無防備になった雨音の前に躍り出た広大が盾を構えるが、それでも遅い。
二人が構えているのは、虚像。その背後に立ったルドガーは鎌を振るい、残像による虚影と共に斬り掛かる。
「『ナイト・メアス』」
「ぐああああああッ!!?」
「うあッ…………広大、さん!?………しっかりしてくださいっ!」
「チッ、盾使いが庇ったか。まぁいい、トドメは後で刺してあげる…………後は生き残りを適当に狩っていくか」
大鎌による無数の斬撃に晒された二人が吹き飛ばされる。雨音もその斬撃を受けて大ダメージを負っていたが、広大に庇われたことで何とか動くことはできる。扇子を放り捨てて広大を引き摺る彼女を嘲りながら、ルドガーは標的を生き残った他の面子に定めた。
トドメは残しておく、という本人の悪辣さ故だろう。その様子を笑っていたヴェリオーンがゆっくりと雫に近付く。動けずに呻き声を漏らす雫を、ヴェリオーンはしゃがみ込んで見下ろした。
「痛ぇか?痛ぇよな?その調子だと全身の骨でも折れたか?…………何か言えよ、寂しくなるだろーが」
「ぅ………ああああッ!」
「ギャギャギャッ!痛ぇか!そうだよなぁ!辛ぇよなぁ?苦しいよなぁ!?────安心しろよ、今楽にしてやるから」
指で雫の身体を押し、骨の折れた箇所を刺激するヴェリオーン。苦痛に悶える雫を嘲笑いながら、ヴェリオーンはそんな彼女の足を掴んで持ち上げた。そして、鋭い歯を剥き出しにして嗤う。
「噛みやすく骨を砕いてやったんだ────安心しろ。美味しく平らげてやる」
「……………う、ぁ」
「ギャギャギャッ、良いぜ。その顔………そんじゃ、イタダキマァ──────」
そう言って雫を口に放り込もうとしたヴェリオーンは、目の前で手首を切り落とされた。雫を掴んでいた腕を斬り落としたのは、二つの光の刃である。神聖による光とは違う、穏やかな光を宿す双剣はヒュンヒュンと回転しながら、ある少女の元へ戻った。
────地面に落ちるはずであった雫を受け止め、地面に下ろした白崎香織に。
「雫ちゃんに、何をしてるの!!」
「ッ!治癒師が攻撃かよ!いいねぇ!そういうのも悪くねェ!!良いぜ!もっとやれやァ!!」
「────『
両手の指を、突貫するヴェリオーンへと向ける。指先に収束した魔力が光の弾丸を生成し、撃ち出していく。ソレは生半可な威力ではないらしく命中したヴェリオーンが微かによろける様子を見せた。しかし、それも一瞬。すぐにヴェリオーンは歯を剥き出しにして大声で嗤う。
「ギャーッギャギャッ!!この程度じゃあオレは倒れねーぞォ!?さぁ、どうする!?このままオレに殺されるか!?逆転してみせるかァ!!?」
「…………それなら」
そう言うと、香織は深く深呼吸してから両手を重ねる。両手に刻まれた刻印が魔力を発し、光を増していく。肉体を焼くほどの魔力、それを出来る限り抑えながら、彼女は唱える。
「大いなる
「これは…………星体魔法?まさかあの娘、エリュシオン王の魔法を使えるのかい!?」
「我、無限の星海に閃光を刻まん!────『
重ねられた香織の両手から、練り上げられた凄まじい光が放射される。その熱量は、空を焼き尽くす星の光そのものである。突き進む閃光にヴェリオーンは回避を選ばず、その身で受けることを選んだ。それが悪手であることは、すぐに分かる。
「ギャギャギャ──────ッ!!!??」
凄まじい熱量の光に焼かれ、その身を呑まれていく異形。直後に発生した大爆発から見ても、魔人将の無事は有り得ない。それどころか誰もが勝利したと思える威力だった。現に香織や、カトレアにルドガーすらそう思いかけたくらいだ。
「ギャ、ギャギャギャッ………!いいねェ…………マジで死ぬかと思ったぜェェ…………ッ!」
絶句した香織達の前に、ヴェリオーンが現れる。全身の皮膚は焼き尽くされ、肉も焦がされているだけではなく、肉体の至る所の骨が剥き出しになっている。そんな重傷にも関わらず未だ興奮したように嗤う異形に、香織は言葉を失うしかなかった。
「………嘘、今のが全力だったのに………」
「いやァ、全力かァ。道理で死にそうな訳だァ………今のは最高に効いた。そこの勇者よりも、死ぬかと思ったぜ────おい、カトレア」
「…………まぁ、何体か動けなくなった奴もいるしね。いいよ、喰って」
そう言ったカトレアが他の魔物を動かし、死にかけの魔物を転がす。龍太郎達が必死に撃退した魔物だ、それを掴んだヴェリオーンは一気に貪り始めた。
生きたまま、魔物の肉を噛み千切り、咀嚼する。食事というよりも、命を啜るような行為を経てヴェリオーンの肉体は即座に再生していく。
「ゲェーブッ…………ったくよぉ、魔物の肉は身体に効くが、美味くはねぇんだよなァ。やっぱ生きた人間が格別なんだが」
「っ!化け物、め………!」
「ヘッ、動けねー勇者は好きに言ってろ。大事なお仲間をブッ殺してから、丁寧になぶってやるからさァ」
悪態を吐く光輝を嘲笑いながら、ヴェリオーンは向き直る。魔力を消耗して反撃することもできない香織を、未だ戦意衰えずに見据える彼女の姿に、ヴェリオーンは感心していた。
「こんな女が、オレを殺しかけたのか…………なんか、スゲーな。スゲー奴だから、ちゃんと殺さなきゃなァ」
「香織………逃げて…………このままじゃ、殺されるわ」
「逃げても変わらないよ────それなら、雫ちゃんのそばがいい」
全身が痛む中、何とか立ち上がって香織を逃がそうとした雫。だが、決して離れるつもりはないというように寄り添う香織の覚悟を理解し、彼女は「そっか」と諦めたように笑った。
ここまで頑張ってきたが、やはりこれまでだ。そう確信した二人は隣にまで来た存在に気付き、顔を上げる。その二人は、必死に香織と雫の前に立とうとする。
「二人だけ、置いていくかよ………」
「死ぬなら………私達も……………ごめんなさい、貴女を守るって、約束したのに…………」
「佐竹くん、雨音ちゃん………うん、いいよ。二人も一緒なら、寂しくないや」
「…………委員長に、謝らないといけないわね」
ズタボロになって瀕死である広大と、ここまで広大を引き摺ってきた雨音を、香織は抱き寄せた。無力感と絶望から悔しそうに嗚咽を堪える雨音に、広大は唇から血が流れる程に噛み締めていた。
「もういいか────じゃあ、今度こそ死ねよ」
気軽な態度で、ヴェリオーンが剣を振り上げる。一撃でミンチにされるであろう剣を見上げた香織と雫の脳裏に、走馬灯のように記憶が過っていた。
(約束したのに、また破っちゃうなぁ)
(────今度こそ、ちゃんと話し合いたかった)
月下の茶会、好きだった人の姿を思い出し、涙を零す香織。そんな彼女の膝元で、雫も自然に思い出していた。いつからか、距離を取ることになったもう一人の幼馴染の事を。後悔による涙を零した彼女は目を伏せた。
────直後、轟音が響き渡る。
何が起きたか、気付ける者は殆どいない。ヴェリオーンが、吹き飛んだのだ。圧倒的な何かに吹き飛ばされた巨体に、今度こそ全員が硬直する。
無理もない。なんせヴェリオーンが吹き飛ばされたのは他でもない────突然現れた二人に蹴り飛ばされたのだから。
その二人の姿を見て、困惑する香織と雫。姿が変わっていても、間違えるはずもない。朧気になった意識の中でぼやける姿に戸惑った雫が呟いたのは、香織と同じタイミングだった。
「…………ハジメくん!」
「……………刃?」
原作よりも光輝は強くなってます。それこそ魔人将三人を連戦で撃破できるくらいには。まぁ、魔神が世界を滅ぼす厄災みたいなものって説明を聞いてたせいで原作と同じくらい戦争の自覚が無かったわけですが。
だからこそ、今作ではカトレアの地雷を二回も踏みました。一つは魔人族との戦いを殺し合いだと理解してなかった、一つは彼女にとって恩義のある大魔王を倒すと言ったこと(厳密には魔神を倒すと言っただけだが)
そして、原作通りの合流となります。
ついでに魔人将紹介。
ルドガー
覇竜軍の魔人将であり、幻覚使い。掌に埋め込んだ瞳から相手に幻覚を見せたり、自分自身を幻覚で隠すなどの奇策を得意とする。
性格は残虐かつ悪辣、卑怯や卑劣は上等、人間を絶望に堕として苦しませることに悦楽を感じる狂人。相手を絶望させるためには手段も問わず、死んだフリなども徹底する。
鎌といい、幻覚といい、モチーフは某ヘルシングの某中尉です。まぁ彼女との明確な違いは、猫被ってるとこですかね。
次回もよろしくお願いします。それでは!
清水の今後について
-
生存その1(生き残るけど戦えない)
-
生存その2(護衛組の一人として戦う)
-
死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
-
意識不明の重体として途中退場