「さて、と。急いできた甲斐があったな、間に合った」
「………間に合ってねぇだろ、これは」
パイルバンカーで迷宮の床をぶち抜いてここまで来たハジメが一息ついた所で、刃が苦言を呈するように吐き捨てる。血の匂いが凄まじい、見渡した限り殺された者はいないが、殆どが殺されそうになっているのは確かだ。
当のハジメも周りを見たことでようやく認識したらしい。「そうみたいだな」と呟く彼は後ろを振り向く。変わらずに向けようとした冷たい目は、香織の隣に転がる二人を映した途端見開かれた。
「………ハジメ、さん?でも、その姿は………」
「確かに、似てるとこはあるな…………はは、滅茶苦茶格好良くなってんじゃーねかよ」
「…………佐竹、菊菜」
瀕死と言っても過言ではない広大と雨音の姿に、ハジメは無意識に動揺していた。香織や刃、咲夜と同じくらい付き合いのあった彼らは友人と呼べる相手だった。だから、死んでいなければそれでいいか、と思っていたが、こうも死にかけの姿を見ると込み上げるものがある。それは、隣にいる刃も同じだったらしい。
「………………やえ、雫」
「………刃、貴方なの?こんな時に、貴方に会えるなんて…………良い、タイミングね………」
「………少し休め。仇は俺が討つ」
苗字で呼ぼうとしながらも、名前で呼んでいた刃。いつぶりだろうか、彼女の名を口にしたのは。ずっと意図的に避けていたはずだ、あの時から…………光輝と雫の元から離れることを選んだ、あの時からだ。
怪我が酷いらしく、意識が朦朧とした彼女にそう語りかけ、刃はその場に生成した剣を突き立てた。『大神アストラトス』による自然治癒の力を展開する領域を発生させる魔剣だ。この中に入れば、少なくとも四人の傷も自然に治っていくだろう。
続けて、ユエにシア、グアン────シノにソーナ、ラナールが降りてくる。後は迷宮に空いた穴に唖然としながら降りる銀ランクの冒険者 アルマに続いて、遠藤も降りてきた。
「あー、あー、あー、派手にやったねぇ…………ボク知らなーい」
「刃!南雲ぉ!先に行き過ぎだって────うわっ。あの二人、キレてるのか?まぁ俺も同じだけど、あんな殺気受けると怒る気力湧かないなぁ」
「浩介!」
「重吾!健太郎!助けを呼んできたぞ!」
助けを呼んできた、その言葉に今度こそ事態を理解する一同。しかしそれは光輝たちだけではなく、相手側もそうであった。カトレアとルドガーに至っては臨戦態勢を整え、蹴り飛ばされたであろうヴェリオーンが起き上がってきた。
「ギャーッギャッギャッギャッ!今のはだいぶ効いたなァ!お前等、おかわりかぁ!?嬉しいねェ!楽しみたいほォーだいだぜェ!!」
「ユエにグアンは、あそこで固まってる奴等を頼む。シアは………ラナールの治療を守ってやれ」
「ソーナ、シノ、ユエ達と一緒に頼む。ラナール、お前はあそこで倒れてるメルド副団長の治療を…………任せた」
興奮状態のヴェリオーンを尻目に、仲間達に指示を飛ばす二人。彼女達は特に反発する様子もなく、即座に動き始めた。話し合いは終わりか、と迫ろうとしたヴェリオーンに、ハジメ以上に雰囲気の異様な刃が静かに問い掛ける。
「一つ聞く────アレをやったのは、テメェか?」
彼が指を指すのは、香織たちの方。厳密には香織の膝下で寝かされた雫のことを指しているのだ。ヴェリオーンはソレに気付くことは無かったが、ある程度察したように剣士である雫のことだと理解した。
「ああ!あの剣士の女か!そうだぜ、オレがやったよ」
「…………そうか」
「あの女は強かったからな、全身の骨を砕いて喰ってやろうかと思ってよ。そういやそうだった。今からでも遅くねーし、喰ってもいいよなァ?」
直後、ヴェリオーンは再度蹴り飛ばされた。
鋭い蹴りがヴェリオーンの肉体に突き刺さり、遠くの壁に叩きつけられる。両手に白黒の魔剣を生成した刃は、尋常ではない怒気を放ちながら、一言。
「────殺す」
「………相棒のヤツ、ガチギレしてるな」
共闘でもしようかと思っていたが、先行した刃に獲物を持っていかれたハジメ。別に不満に思うことはない、悪いのは相棒ではなく、地雷原でタップダンスをした魔人族の方である。
嘆息したハジメはドンナーを構え、香織たちの方へ弾丸を撃ち出す。突然此方を狙った一撃に理解が追いつかなかった香織達であったが、銃弾は真上を通過し、背後で何かを弾き返した。
それは、鎌を握っていたルドガーであった。恐らく、背後から香織達を殺そうと鎌を振るったのだろう。それに気付き、阻止したハジメは冷めた隻眼でルドガーを睨んだ。
「俺の動揺を誘うつもりか?動けない奴等から狙うなんて、魔人族ってのは卑怯な手段が好きなのか?」
「まぁね、オレは拘りがないタイプなのさ。卑怯だろうが何だろうが、戦いにはそんなものはない。弱い奴が、殺された奴が罪なのさ」
「………その考えに関しては、同感だな。一応確認だが、あの二人組を傷付けたのはあのデカブツか?」
最初はヴェリオーンに傷付けられたものと思っていたが、傷の具合から見ても違うことはすぐに分かった。あのデカブツが与えたものにしては、傷が小さい。殺意の込められたものではなく、出来る限り長く苦しませるという悪意の籠もった傷の下手人をハジメは問うた。
一瞬固まったルドガーは途端に吹き出して、大笑いを始めた。腹を抱えて大声で笑うルドガーにハジメは不愉快そうに顔を歪めていたが、笑いを辞めたルドガーの一言を聞いて、スッと目を細めた。
「ああ、オレだけど?」
「…………そうか」
「反応薄いなぁ、心配するなんて余程大切な相手かと思ったけど…………生きてるから、反応薄い感じかな?ああ、残念だ────二人とも殺しておけば、君は泣いてくれたかな?怒ってくれたかな?」
そう言って二人に鎌を向けようとしたルドガーは咄嗟に、鎌で防ぐ。ほぼ躊躇いもなく、銃弾がルドガーへ撃ち込まれたのだ。ドンナーを向けたハジメはその瞳に敵意を滲ませながら、殺意を纏う笑みを浮かべる。
「要するに、だ。お前は敵ってことだろ?その方が分かりやすい」
「…………あんまり殺意を向けないでほしいな────殺したくなるじゃないか」
ルドガーは引き裂けた笑みを浮かべながら、鎌を振るいハジメへと斬り掛かっていく。ヴェリオーンと戦う刃と共に、戦場は苛烈さを増していくのだった。
◇◆◇
「アレは…………刃、なのか?」
何とか起き上がるまでに回復できた光輝は、目の前での激戦に息を詰まらせる。その光景は目で追えるが、実際に割り込むことのできない乱戦だった。
六本の腕を振り回し、破壊の限りを尽くして暴れ回るヴェリオーン。そんなヴェリオーンに肉薄するのは、二本の魔剣を手にする刃。剛腕が叩きつけられる瞬間にはその腕を斬り刻んでおり、一種の武器に等しい蹴りがヴェリオーンを地面に叩きつける。
唯一理解できるのは、刃がヴェリオーンを圧倒しているという事実。あれだけの力を、あれだけの強さをどうやって手に入れられたのか。
「………だが、彼は………何者なんだ?」
白髪眼帯の少年。銃を武器として、ルドガーに善戦する彼の存在に光輝はやはり混乱した。刃と同行しているのは分かっているが、あの刃が他人と組むなんて普通では有り得ない。それに、光輝には見覚えがあった。あの刃が、親しく語り合えるなんて一人しかいない────有り得ない、と否定する自分がいる中、論争する己の心を止めきれずにいた光輝に、龍太郎に肩を貸していた遠藤が声をかけた。
────それこそ、聞いた全員が言葉を失うようなことを。
「ははは、信じられないだろうけど…………あいつは南雲だよ」
「「「「「は?」」」」」
「…………そうか、生きていたんだな」
唖然とする一同とは尻目に、光輝は妙に納得していた。刃があんな風に隣に立つのを許すのは、彼が認めた親友以外に有り得ない。姿は変わっているが、香織が嬉れしそうに泣いていたのを見た時に確信した────その光景を見た途端、言葉が出なくなったのを光輝は自覚していない。自らの中に、行き場のない感情があったことも。
「う、ウソだ!南雲が生きてる訳ねぇ!皆だって、あの時見ただろ!?南雲は魔王と奈落に落ちたんだ!生きてるはずねぇ!」
「な、何言ってんだよ。ステータスプレート見たし、本人で間違いないだろ」
「それは…………!そ、そうだ!偽装してんだ!誰かは分からないが、なりすましてるんだ!あの無能が、あの高さから生きてるはずねぇ!アイツも────」
錯乱したように遠藤に噛み付く檜山の後ろ姿を、二つの視線が睨んでいた。刃の置いた治癒の剣の効果で何とか治った広大と雨音だ。二人の猜疑、それ以上の敵意の視線に気付かずに罵倒を吐き捨てようとした檜山は、頭から冷水を被ることになった。
「大人しくしてて、鬱陶しい」
「まあまあ、ユエ。言い方が厳しいわ。そこの貴方も!何を言ってるかは分からないけど、大人しくしてることを推奨するわ!巻き込まない保証はないことだし、ね!」
冷水を掛けられて戸惑う檜山に、極寒の如く眼差しを向けるユエ。そんな彼女を宥めながらも、ソーナは堂々と立ち尽くすのであった。
金髪ロングの美少女と青髪ツインテールの美少女。あまりにも並外れた美貌の二人に、その場にいる全員が見惚れていた。男だけではなく、女子ですら。
そんな光輝達に、複数の魔物が突貫してくる。恐らく人質にすることでハジメや刃を無力化しようと考えたのだろう。何とか身構える光輝達を制止して、ユエとソーナが前に立つ。
「『蒼龍』」
「スイミー────『
ユエの掌から、最上級炎魔法が放たれる。竜の形を模した炎が吹き荒れ、魔物の数体を焼き尽くすどころか灰に変えて消し飛ばす。そんな傍らでソーナは自身の胸元から取り出した青い結晶を飛ばし、水で出来たスライムを生成する。
人差し指を突きつけ、命令を告げたソーナに応じたスライムが一瞬にして動く。水で構成された体の一部を伸ばし、射出された鋭い刃は簡単には倒せなかったカトレアの魔物達を斬り刻んでいく。
そんなソーナの背後が揺らぐ。空間に溶け込んで擬態した魔物が背後から襲い掛かろうとした瞬間、真下から水の刃で串刺しにされる。
「姿を隠すなんて、まるでシノみたいな事も出来るのね!」
「…………でも、気配が丸見え。シノ程じゃない」
「同感!」
容易く魔物を全滅させていく二人の少女に、今度こそ絶句する光輝達。二人が最上級魔法を詠唱無しで発動したことも、水を自動で操る姿は、異常に他ならない。
そんな光景にカトレアは歯噛みした。魔物では役に立たない。ならば、自分に出せる切り札を使うしかない。
「────地の底に眠りし金眼のトカゲ、大地が生みし────……………ッ!?」
詠唱しようとした彼女は、途端に声が出なくなったことに戸惑う。それどころか、全身が動かない。何が起こったのか分からずに地面に倒れ込んだカトレアは背後に立つ少女に気付けなかった。
「ん、主様達の邪魔、させない………」
淡々と、麻痺毒を仕込んだ短刀を仕舞うシノ。暗殺者としての職分を利用し、魔人将一人を無力化した彼女は司令塔が動けなくなったことで乱れた魔物達への追撃に躍り出る。意識外から迫る暗刃に、魔物達に抵抗することはできなかった。
◇◆◇
「ギャギャギャッ………!テメェ、ホントに強ぇなァ………」
「そういうテメェはウゼェな。また再生しやがって、何本腕を斬ったと思ってやがる」
『スコル』と『ハティ』を両手に握る刃は、目の前の敵を見据え、不機嫌そうに鼻を鳴らす。何度、何十回腕を斬ったか分からない。それでも尚再生を繰り返してきたヴェリオーンに鬱陶しく思ったが、それが無限ではないことにも気付いていた。
「ウザってぇが、テメェはもう再生できないだろ。これで終いだ、とっととブッ殺してやる」
「ギャッギャッギャッ、まさかもう勝った気でいるのかァ?オレにはまだ、奥の手があるってのに────よォオオオッ!!!」
途端、ヴェリオーンの全身が異様に膨れ上がった。全身の筋肉が膨張し数メートルだった巨体が巨大な風船のように肥大化していく。尋常ではない魔力の放出と共に圧縮された肉体は更に引き締まり、凶暴性を増した姿へとなっていた。
────全身に異様な数の逆巻くトゲを有したヴェリオーン。その見た目と魔力から、今までとは段違いな強さに光輝達は改めて絶句する。
「そんな………今では、本気じゃなかったのか…………!?」
「本気ィだったぜ。本気でぇ遊んでたのさァ………コイツを使うのはよ、マジで死ぬかもしれねェ相手に取っておいてたのさ。テメェみたいな奴を、殺すときの────最ッ高の殺し合いの為になァッ!!」
そう言ってヴェリオーンは地面に突き立てた四本の大剣を握り、もう一度立ち上がる。歯をきしらせて、舌舐めずりをしながら、異形が楽しそうに嗤う。そんな怪物の様子を冷めた目で見ていた刃は、ふと口を開く。
「殺し合いが、そんなに楽しいか?」
「あァ?」
「相手の命を奪うことの、何がそんなに面白いんだ?」
刃の詰問に、ヴェリオーンは………はァ?と肩透かしを食らったように無い首を傾げるような姿勢を見せる。しかしすぐにギザギザとした歯を見せた口を引き裂くように笑い、答えた。
「楽しいね───弱い奴をなぶるのは何時だって飽きねぇ!何年も戦いに費やしてきた奴を踏み潰すのは良い気分だ!家族がいるっていう奴の首を捻り切るのは面白い気分だ!自分なら勝てると思ってる野郎を生きたまま喰った時なんて、興奮しかねェ!生命を喰らい、命を弄ぶ!相手の積み上げてきたものを、何もかもブチ壊す!!これ以上楽しめるもんなんて他にねーよォなァ!!?」
「…………そうかよ」
「安心しろ!テメェも殺して、楽しむさ!!後ろにいる奴等も、一匹残らずな!!」
叫ぶと同時に剣を振り上げるヴェリオーン。斬撃なんてものではなく、破壊を巻き起こす衝撃波の発生に身構えた光輝たちだったが、それが起こることはなかった。
────刃が振るった魔剣が、ヴェリオーンの剣を腕ごと消し飛ばしたのだ。衝撃によって引き千切れた腕が、後方へと跳ぶ。当のヴェリオーンは唖然と、千切れた腕を見ていた。
「……………ァ?」
「殺すのがそんなに楽しいなら、お望み通りやってやるよ」
刃の右手に収まっていたのは、灰色の大剣。数多の武器、魔剣や聖剣を使い続けてきた刃が神の力に頼らないように確立させた、己の愛用すべき剣。その銘は────、
「────『フェンリル』」
神殺しの獣の名を冠する魔剣。灰色の刀身を有する両刃剣は、凄まじい魔力を秘め、重圧感を醸し出していた。それこそ狼が眼前の獲物に向ける殺意のように、鋭く鋭利なオーラにヴェリオーンは一瞬気圧された。
「────面白ェエエエエエエエッ!!!来いやァァァァァアアアアアアアッ!!!!」
しかし、逆に吼え返して突撃するヴェリオーン。己が狩られる獲物ではないという否定か、少しでも恐怖を感じたことへの逃避か。
巨大に身を任せ突貫するヴェリオーンに、刃は静かに魔剣フェンリルを構えた。垂直に構えた剣に手を添え、一呼吸を置く。数刻の時を以て、地面を蹴った刃は手にしたフェンリルから噴き出す赤黒い魔力を放射しながら、ヴェリオーンへ肉薄する。
────そして、一秒にも満たない速度で、斬撃が炸裂した。縦に裂ける刃が迷宮の床と壁、天井を切り裂いていた。赤熱化するほどの熱量を秘め、唸り声のような音を響かせるフェンリルを下ろした刃は、理解できぬものを見るように、吐き捨てた。
「殺し合いが、楽しいものかよ」
────視線の先、立ち尽くすヴェリオーンは真っ二つに両断されていた。フェンリルの刃に防御することも回避することもできず、剣を握ったまま倒れたヴェリオーンは己が殺されたことにも気付いていないだろう。ズルリ、と崩れ落ちる二つに別れた巨体を見下ろし、刃はフェンリルを背中に収めるのだった。
◇◆◇
そして、一方。
「何故、惑わされない!?」
ハジメと戦っていたルドガーは息切れと共にそう叫んでいた。何度も幻覚を掛けた、必中しても可笑しくないはずだった。自分の幻覚は無敵、無敗であると信じていたルドガーの確信を、ハジメは意図も容易く覆していた。
「オレの幻術を、何度も受けてるはずだ!避けてると言っても、これだけやって当たらないはずがない!!」
「俺が知るか。お前の幻覚とやらが半端だからだろ」
「────は」
笑っていたルドガーの顔が、引き攣る。冷めた目で、鬱陶しそうなハジメの顔を見て、ルドガーの中の殺意が鋭敏化されたのだ。怒り狂ったルドガーは心の奥底では冷静に、ハジメの隙を突くことを決めた。
「殺すッ!!!!」
投擲されるは大鎌。無数に分裂して殺到する鎌に、ハジメは芸のないと言わんばかりにドンナーで撃ち落とした。所詮は幻影で数を増やしただけ、本物の一発を撃てばいい。空中で弾かれた鎌は天井に突き刺さるが、ルドガーはその僅かな隙を待ち望んでいた。
「隙ありだ!『夢幻眼光』!」
至近距離まで肉薄したルドガーが、ハジメの顔に手を押し当てる。掌に埋め込まれた瞳を直視したハジメはドンナーを向けようとして、動けなくなる。
ルドガーの『夢幻の眼』は眼光を見た相手を夢に落とす力。その効果は瞳の距離が強いほど増していき、肉薄するほどの距離で発動すれば回避や無効化は不可能。相手は深い眠りの幻に呑まれてしまうことになるのだ。
「そんなっ!ハジメくん!」
「叫んだって無駄!オレの瞳を肉眼で直視した以上、コイツは深い夢に落ちてる!簡単に起きることは、なぁい!………さぁて、どうやって殺してやろうか────夢の中で永久に殺し続けてやるか、手足をもいでやるか」
必死に呼びかける香織を嘲笑うルドガー。良い気味だと言わんばかりに顔を歪めたルドガーは動けなくなったハジメをどうするか、愉快そうに吟味する。自身の勝ちを確信した彼は気付くことはなかった。
「────なら、俺はその腕を貰おうか」
「………………は?」
目の前に立ち、意識を失っているはずのハジメは淡々と口を開いたことに。愕然としたルドガーにハジメは躊躇いもなくドンナーを向け、引き金を引く。発砲された弾丸がルドガーの腕を、瞳の備わった片腕を抉った。
「ぐっ、あああああッ!!?」
「これで、お得意の幻覚は使えないな」
「っ!何故、だ。何故だ何故だ何故だ何故だ!?オレの幻覚を、夢幻の眼を直視した!何故効かない!?オレの力が、通じないなど!?貴様、本当に人間か!?」
「どうだろうな。実は自分でも疑わしいんだ」
錯乱して怒鳴るルドガーに、比較的に落ち着いて答えるハジメ。実を言うと、トリック自体はちゃんとあった。魔力放射である。既にルドガーとの戦いで、相手の能力が幻覚を見せるものであることは自覚していた。だからこそ、避けられない時には魔力放射で幻覚自体を押し返していたのだ。
「さて、これでトドメだな」
「っ!ま、待って!オレは、ただ仇を討ちたかっただけなんだ!仲間を、家族を殺した人間への!彼等に手を出したのは、悪かったと思う!だから、待ってくれよ!!」
「見苦しい。とっとと死ね」
(ああ、そうさ────すぐに殺してやる)
ドンナーを構えて歩み寄るハジメに、唯一幻覚を扱える片腕をもがれたルドガーは顔を青ざめて、必死に命乞いを始める。一度敵対し、散々弱者を殺してきたのに諦めが悪いと見下すハジメを、ルドガーは内心で侮っていた。
彼は最初から、命乞いが効くとは思っていない。注意を外せればいいのだ。ハジメの意識を、天井に突き刺さった鎌から。ルドガーが触れなくても遠隔操作することができる、あの大鎌から。
(油断大敵!偉そうに慢心しきったその面を、後ろから真っ二つにしてやる!!)
無音の鎌が、回転する。勢いよく射出されたソレはハジメの背中を狙い、旋回していく。ルドガーが仕留めた、と笑みを浮かべた────その瞬間。
「っ!うあっ!?」
雨音が、その合間に飛び込む。両手の扇子で受け止めた雨音は、鎌の勢いを押し殺せずに弾き返される。しかし、鎌の軌道は逸らすには充分であった。無理に体を動かした雨音は地面に倒れ込み、その場に転がる。
「あああああッ!!ナニ邪魔してんだ雑魚がァああああッ!!」
不意打ちを邪魔されたルドガーは怒りを顕にして叫ぶ。ギャリギャリ、と回転させた大鎌を加速させていく。その狙いは倒れ込んだ雨音、抵抗虚しく動けずにいた彼女を切り裂かんと鎌が迫る。
────その鎌を、ハジメは踏み砕く。一瞬で移動した彼は雨音の前に立ち、迫ってきた鎌を粉々に砕き割った。そして、唖然とするルドガーにドンナーの銃口を向ける。
「────あ、まっ、待って───」
慌てたというよりも、怯えた様子で震えたルドガーの声は届かない。ドパンッ! と、乾いた破裂音がルドガーの顔を撃ち抜いた。ゴトンと転がるルドガーは顔半分を抉られた様子で絶命していた。
その場の全員、香織や雨音も言葉を失って見届けるしかなかった。躊躇なく、クラスメイトの二人が、相手を殺したのだ。それが自分達を殺しかけ、多くの騎士を殺したものであっても、簡単に受け入れられるはずもない。
「………終わったか?」
「ああ」
沈痛そうな面持ちで死体を見る刃とは対照的に、ハジメは冷淡とした様子で応じる。ふと、遠くを見ると瀕死であったメルドをラナールが治療し終えたらしい。ラナールを守り、魔物を叩き潰していたシアが笑顔で手を振るのを見ていると、スッとシノが現れた。
彼女の手には、動けなくなった魔人族カトレアがいた。彼女の全身から痺れが解け始めた時には、既に詰みの状況であった。
◇◆◇
「………ヴェリオーン、ルドガー」
既に殺された二人の魔人族を見て、目を細めるカトレア。俯いた彼女にハジメは仲間の死に思うところがあるのか、と思った。しかし刃だけは別のものを感じてならなかった。
────仲間の死を喜んでいる、もしくは安堵しているかのように見えて仕方がなかった。それが不思議で、不可解でおかしかった。
「殺す前に聞きたいことがある。何が目的でここにいる?」
「見れば分かるだろ?勇者一味を殺そうとしてたんだよ。最初は勧誘しようと思ったけどね」
「………本当にそれだけか?」
「どういう意味だい?」
「それならこんな迷宮の奥深くでやる必要はない。三人組で迷宮に潜ってたのもおかしな話だ。本当の目的を話してもらおうか」
「人間族の有利になることを話すと思うのかい?あたしは大魔王様を裏切るつもりはないよ」
直後、二つの銃弾がカトレアの脚を潰した。悲鳴を上げて苦しむ彼女の様子にクラスメイト達が息を呑む。刃も険しい顔をしているが、止める様子はなかった。
「人間族や大魔王なんて知ったことか。俺が知りたいから聞いてるんだ」
「この程度で、あたしが………話すとでも?」
「そうか。なら俺の予想を言おう」
呼吸を整えながら余裕を崩さないカトレアに、ハジメは核心を突く事実を指摘した。
「お前の魔獣に、あの魔人族達────アレも神代魔法で強化したんだろ?」
「…………!」
「図星だな。お前等の目的は他の神代魔法を手に入れること………丁度勇者たちを見つけたから駒にするために勧誘したってことか。この迷宮の更に奥にある、オスカー・オルクスの隠れ家を見つけること、違うか?」
「そこまで知ってるってことは、アンタが『あの方』の言っていた攻略者か………!」
キッと睨みつけるカトレアの言葉に、ハジメは眉を顰める。あの方、とカトレアが言い、迷宮に関することを知る者は一人しかいない。かつて解放者の一人であり、今人類を滅ぼそうとするハジメにとっての敵の一人。
「あの方、大魔王か。お前に魔物を与えて、神代魔法の入手を命じたのも、そいつってことか?」
「………はっ、入手か。そういうやアンタらは知らないんだったね」
「何の話だ?」
「もういいだろ、殺りなよ。こんな所で死ぬのは悔しいが、時は満ちた。あたしが失敗しても、あの方が動くことには変わりない」
それに、とカトレアはしたり顔で笑う。道半ばで死ぬことは悔しいし、約束を果たせないことへの後悔はある。それでも自分の死は無駄ではないと確信しながら、カトレアは吐き捨てた。
「あたしの敵は恋人が、あたし達の
「その恋人も魔王も、あの世で仲良く再会させてやるよ」
互いに話すことはない、と無言の理解があった。ドンナーの銃口を向け、トドメを刺そうとするハジメ。引き金を引こうとしたその瞬間、真後ろから声が響いた。
「待ってくれ!南雲!!彼女はもう戦えない、殺す必要はないだろ!」
「…………」
「捕虜に、そうだ!捕虜にすればいい、殺すのは駄目だ………生かしておけば、情報を引き出せるかもしれない。南雲は、俺達の仲間だろ!ここは俺に免じて、頼むよ!」
必死にそう呼びかける光輝に、ハジメは半ば呆れたように片目を細めていた。そんな光輝の言い分にカトレアは怒りだの憎悪だの侮蔑だの、負の感情を吐き出そうとしていたが………諦めたように、何処か悲しそうに笑った。
「…………人間族にも面白いやつはいるんだね。ああ言うやつがもっと早くいれば、アクシア様は…………さぁ、やりなよ」
「人間族は興味ない。さっさと終わらせるか」
そう言って、光輝の声を無視してトドメを刺そうとしたハジメを、刃が止めた。ドンナーに手を置いた彼は、ゆっくりと銃口を下げさせる。そのことに光輝は安堵して、「黒鉄、分かってくれたのか!」と嬉しそうな声を弾ませる。
何のつもりだ、と怪訝そうに苛立ちを顕にしたハジメは、親友の目を見てすぐに引き下がった。当のカトレアは訳も分からないと言わんばかりに、刃へ悪態を吐いた。
「………何のつもりだい?まさかアンタも、あの勇者みたいに殺しはよくないとでも?とんだお人好しがいたもんだね」
「……………」
カトレアの侮蔑を無視して、刃は手にしていたフェンリルの刃を彼女の喉に向けた。突然の事に光輝が慌てて叫ぶが、彼は応じない。へぇ、と笑ったカトレアは身動きすることなく、喉に向けられた刃を見守っていた。
皮膚を切り裂き血が垂れ、肉に触れる。このまま首を切られることを確信したカトレアの感情の機微を、刃は見逃さなかった。
「テメェ、今安心したな」
「ッ、!?」
「ヴェリオーンとルドガーだっけか?あの二人を見て安心したのは、死んだのを確信したからか?やっぱりテメェら、死ぬことで何かあるモノを隠してんだろ?」
そう指摘された彼女は、改めて動揺を見せる。何故分かったのか、と言わんばかりに瞠目するカトレアに、刃は魔剣を振るう。その剣は的確にカトレアの手足の健を切り裂き、殺さないように無力化させていた。
「勘違いすんな、テメェを殺さねぇのはあの勇者様とは違ェ。テメェがなにするか分からねぇ以上、殺さねェ方がいいってだけだの話だ」
「…………成程ね。訂正するよ、アンタの方がよっぽど聡明で勇者らしいよ。
でもね、残念だ。あたしの方が上手だったのさ」
ガリッ、とカトレアは奥歯を噛んだ。
その瞬間、変化に勘付いた二人が後ろに飛び退く。直後、カトレアの首が勢いよく破裂した。喉元に何らかの自決用のアーティファクトを埋め込んでいたのだろう。倒れ伏す彼女に、刃は舌打ちを吐いた。
「クソ!自決が目的か!」
「っ、か、香織!あの人を、な、治してくれ!早く、治癒を…………」
「────うご、くな」
動揺しながら香織に治療を求める光輝だったが、それを見抜いたカトレアは死にかけながらも腕を伸ばし、魔力を向けていた。香織を近づけさせないようにする彼女の意思は、自らの死を望んでいるものだった。
「うごいた、ら、あの女を………ころす…………大人しく、みておく、ことだね…………」
「ど、どうして………」
「あたしは、死なない………あたし達の、命は、魔王様の………クレイド様の、力になる…………あの人は、そうやって………仲間の命を、力にして…………人類を、滅ぼすのさ」
その場にいる全員を睨みながら、カトレアは憎悪のままに告げる。自分ではなくとも、代わりとなる魔王が人類を滅ぼし尽くすと。いい気味だと、愉快そうに笑ったカトレアは何処かを見上げ、ポツポツとつぶやきはじめた。
「悔いがあるとしたら………あの方を、正気に戻せなかった、ことかね……………人間は、憎いけど………あの方にまで、狂って欲しくは、なかった…………アクシア様は、悲しむかね………」
「…………」
「アクシア、様…………お約束、果たせず…………あたし、達は………人間を、許せなかっ────」
手を伸ばしたカトレアの目から光が消え、完全に絶命する。息絶えた彼女の元に近付いた刃はその目を閉ざし、静かに祈ることしかできなかった。
戦いは終わり、全員が生き残った。それでも素直に喜べないのは、彼等が初めて命の奪い合いを実感したからに他ならなかった。
何故カトレアが仲間の死に安心して、自分自身も死のうとしたのかは魔王クレイドの持つ能力に関わってます。捨て身の復讐者軍団だからこそ、絶大な力を発揮する能力。それが何なのかは後ほどに。
さて、次回からアレだな………色んな意味で書くの大変やな(遠い目)
清水の今後について
-
生存その1(生き残るけど戦えない)
-
生存その2(護衛組の一人として戦う)
-
死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
-
意識不明の重体として途中退場