「ハジメ、無事で良かった………って、悪ぃ。そんな姿になるまで大変だったろうに、無神経だった」
「…………いつもなら咎めてる所ですが、今は無必要ですね。…………私も、同じことを言わせてください。ハジメさん、無事で良かったです」
「佐竹、菊菜。お前等の方こそ、無事で良かった」
ウオーッ!と男泣きしそうな広大が抱き締めそうになるのを制しながら、顔を赤らめている雨音に怪訝そうなハジメ。昔からも刃以外に関係のあった二人が死なずに済んだことに、ハジメとしても感謝しかない。
そうして軽く世間話をしている所で、ハジメは香織と再会を叶えた。広大と雨音の二人が空気を読み離れている間に、涙を流した香織がハジメの無事を喜び、抱き着いていた。
その光景に、感動したように見守る刃や広大に雨音。因みに複雑そうな顔をしているシアを尻目に、ユエの方は悶々としているようであった。こういう時に反応しそうだから意外にしている他の女性陣。
そんな最中、穏やかな空気に水を刺すような一声が入った。
「────香織、そのくらいにしておくんだ」
そう言ってきたのは、天之河光輝。警戒心と敵意を滲ませた視線でハジメを睨む彼の姿にクラスメイトが困惑した。当のハジメが鬱陶しそうに、香織が戸惑ったような顔をする中、彼は言葉は続ける。
「南雲は無抵抗の相手を痛めつけた、拷問なんて卑劣なことをして、みすみす死なせた────話し合う必要がある。ひとまず、南雲から離れるんだ」
「光輝、何を言ってるの?南雲君は私達を助けてくれたのよ?」
「雫さんの言う通りです。あのままでは、私達は殺されていた。それを助けてくれた彼に、あんまりな態度です」
「助けられたことへの感謝はある………だが、彼女に戦う意思はなかった。さっきの魔人族だって、戦意喪失してた。殺す必要まではなかった……………南雲のしたことは許されることではない」
困惑するクラスメイトが大半であるにも関わらず、光輝はそう言い切っていた。その瞬間、ただ一人の怒りが沸点を超えようとしているのに、誰も気付かない。
「天之河の言う通りだと、俺も思う」
「檜山………!」
「あの魔人族の女、捕虜にして情報を引き出すことだって出来たはずだろ。惜しいことをしてくれたぜ」
「アンタ達……!いい加減に…………!」
身勝手なことばかり言う光輝や檜山を咎める雫。黙って聞いていた広大に雨音も雫と共に二人を叱ろうとする中、困惑して動けずにいるクラスメイト一同。
────その瞬間、凄まじい轟音が鳴り響いた。
「────いい加減にしろよ、テメェ等」
手にしていた魔剣『フェンリル』を地面に突き立て、刃は憤怒の形相で睨む。大きく入った地面の亀裂は数メートルにまで及んでおり、離れているはずの光輝の足元にまで及んでいた。思わず腰を抜かして萎縮する檜山達数人を見ることなく、刃は苛立たしそうに頭を掻きむしった。
「テメェはいつもいつも、人のやることなすことに文句つけなきゃ気が済まねぇのか? あ゛あ゛ッ!?」
「黒鉄…………そういう問題じゃない。俺は正しいことを言っているつもりだ、南雲のしたことは許されないと言っている。仲間として、当然のことだろう」
「仲間?仲間だぁ?テメェが言うのか、それを────奈落に落ちたハジメを死んだって決めつけた!テメェがそれを言うのか!?厚顔無恥もいい加減にしろよ善人気取りがッ!!」
険しい顔で言い返す光輝は自身の正しさを疑ってない様子だ。そんな幼馴染の姿に、刃は更に苛立ちを募らせていた。今までとは違う、凄まじい勢いで怒りを撒き散らす刃。その勢いに圧倒された光輝だが、刃の言葉は止まらない。
「ハジメが言うから来てみれば、あのザマは何だ?テメェは勇者だろうが!皆を守るって言っておいて、あんな情けない姿晒してやがったのかよ!?」
「っ!それは、魔人族が汚い手を………!」
「殺し殺される戦いに何言ってんだテメェは!そんな生半可な覚悟で殺されそうになったクセに、助けに来たハジメを責める恥知らずが!テメェに文句を謂われる筋合いなんざ、欠片もねぇんだよ!都合いいの時だけ仲間ヅラするんじゃねぇ!!」
胸倉を掴み、そのまま突き飛ばす刃。
彼がそこまで言うのは自分が嫌いであるからではなく、親友であり助けに来たハジメに対する理不尽への怒りからだ。もしくは、決別しながらも心の奥底で期待していた幼馴染の対応への失意と嫌悪からだろう。
しかし光輝は怒りを顕にして反論してくる。感情的になった彼は気付かない、刃の発言に反論の余地がないあまり、自分が無意識に論点を変えていることを。
「何でお前は、いつもそうなんだ!?そうやって暴力で黙らせようとして!俺はお前のそういうやり方は間違ってると言ってるんだ!」
「テメェが思うならそうだろうさ。ならどうする?黙らせるか?テメェみたいな腑抜けに、俺を黙らせられるかよ!負け犬は負け犬らしく、大人しくしてろってんだ」
「っ!もう我慢できない!俺が相手だ!お前の横暴は、俺が止める!」
「………上等だ!二度と相棒に舐めた真似を出来よう!叩き潰して────」
「────ダメ、刃。頭を冷やして」
聖剣を構える光輝に、刃が苛立ち混じりにフェンリルを手伸ばしたその瞬間、彼の前にユエが飛び込む。即座にデコピンで制止した彼女に、刃はうぐっ!?と呻く。目の前に立つユエに気付いた刃は苦々しく顔を歪めながら、不満を顕にしていた。
「っ!ユエ!だがなぁ!」
「気持ちは分かる。刃は優しいから、ハジメのことに怒ってくれてるのは、よく分かる。けど、ハジメは気にしてないから。抑えてあげて…………こんなくだらない奴等相手してやる必要はない」
「…………ユエに感謝すんだな、クソ勇者」
冷静に、それでいて光輝達への侮蔑と嫌悪を顕にしながら諭すユエに、刃は大人しく引き下がる。親友を謂れもない理由で責められたことへの怒りは強いが、ハジメが喜ぶことではないことは分かっている。ハジメの元へ寄り添い、「もう行こ」と急かすユエ。と言ってもな、と言いながら面倒だから離れようとしたハジメを、また光輝が呼び止めた。
「待ってくれ、こっちの話はまだ終わっていない。南雲の本音を聞かないと、刃にも態度を直してもらわないと仲間として認められない。それに………君は誰なんだ?助けてくれた事には感謝するが、初対面の相手にくだらないなんて失礼じゃないか?一体、何がくだらないって言うんだ?」
「…………」
「テメェとは口も効きたくねぇってさ。良かったな、嫌われて」
いつものように女子と話すような態度に、ユエは一言も発することはない。面倒そうに眉を顰めるユエを見てから、不愉快そうに鼻で笑う刃。今すぐにでも喧嘩になりかねない空気の二人を見かね、ハジメは深い溜め息と共に口を開いた。
「天之河、お前に絡まれるのはまだいいが、相棒やユエに迷惑をかけられるのは鬱陶しいからな。本来はこうして話す義理もねぇが、一つだけ指摘させてもらう」
「俺が間違っているって言うのか?人として当たり前のことを言っているだけ────」
「────誤魔化すな。お前は俺があの魔人族を殺し、あの女を殺そうとしたから怒ってるんじゃない。人の死を見たくなかっただけだ。だが、相手は騎士団の連中を殺して、お前等自身を殺しかけた相手。いくらなんでも殺した事自体を責めるわけにはいかない────だから、論点をずらした。相手が命乞いをしている、戦意が無かったってな。自分にできなかったことを、見たくもなかったことを見せられたから、その八つ当たりをしてるだけだ」
俺と相棒に向かって、正しい風を装ってな、と吐き捨てるハジメ。同じく不機嫌そうに、それでいて図星を突かれたように反論を繰り返す光輝に、ハジメは呆れを隠さなかった。
「ち、違う!勝手なことを!」
「タチが悪いのは、自覚のないこと。息をするように都合のいい解釈をする。鬱陶しいことこの上ない、ある意味災害みたいなもんだよお前は」
「でも!お前が無抵抗の人を殺し、拷問したことに変わりはないだろ!」
「抵抗してようがしまいが、奴等は敵だ────敵は殺す、それの何が悪い」
「────人殺し、だぞ。悪いに、決まってるだろ………?」
「…………これ以上お前に話が通じるとは思ってねぇよ。委員長をしても直らねぇわけだからな。お前の価値観に関して直せとは言わねぇし、俺の価値観に従えとは言わない。だが、それが気に食わないからって俺の邪魔をする────もしくは相棒や仲間にまで押し付けるなら、
────たとえ元クラスメイトでも、躊躇なく殺す」
一瞬で距離を詰めたハジメが銃口を光輝の額へと向ける。至近距離に突き付けられたドンナーの銃口に、見切れなかったという事実に光輝は息を呑む。躊躇いもなく、迷いも見せないハジメの威に気圧された一同を尻目に、ハジメは告げる。
「勘違いするなよ、俺も刃も、お前等の仲間じゃない。俺はただ白崎や佐竹、菊菜への義理を果たしに…………相棒はお前等を見捨てたくなかっただけだ。思い上がるのも大概にしろよ」
それでも尚、言い募ろうとした光輝であったが、意外な人物が彼を止めた。
「よせ、光輝」
「っ!メルドさん!」
「話は彼女達から聞いた…………南雲ハジメ、黒鉄刃、すまなかった。今回の事態の責任は私にある、どうか矛を収めてはくれないだろうか」
瀕死の重体からラナールの治療、事前に受け取っていた神水による治癒によりある程度治ったメルドであった。シアに肩に借りていた彼は彼女に礼を言い、すぐにハジメと刃に頭を下げた。
「…………メルドさんに感謝しとけよ」
「行くぞ、シア。刃もだ。やることはやり切った」
「────感謝する」
銃を降ろしたハジメに付いていくシア、刃とラナール。自分の頼みに聞き入れた彼等への感謝を口にしてから、メルドは光輝たちへ向き直る。
無事でよかった、と光輝が声をかけようとした直後、メルドはさっきと同じように深く頭を下げた。当然、困惑する一同。混乱した様子で光輝は問い掛ける以外なかった。
「め、メルドさん………どうしてメルドさんが謝るんだ?」
「当然だ。俺はお前達の教育係を任されていた。にも関わらず、大切なことを教えられていなかった、人を殺す覚悟を…………団長からも、常々言われていたことだった」
『…………メルド。奴等に情をかけ過ぎだ、まだ殺しも経験させていないだろう。教育はお前に任せているが、甘やかすのも大概にしておけ』
『すまない、団長………貴方の言う通りだ。しかし、今だけは待っていただけないだろうか』
『────今は待つ、だが覚悟を決めろよ。戦うことを選んだ時点で、奴等にも背負わせるべきものだ。いざという時に、殺す覚悟もできん奴は…………敗北を招くぞ』
メルドはかつて、この迷宮攻略の直前に言われていたことを思い出す。戦友であり、自分よりもはるかに強い王国騎士団長からの指摘。それに自覚が出来ていても踏み込めなかったのは、彼等を巻き込むたくない、人殺しをさせることへの恐れがあったのだ。
「俺は、半端者、教育者失格だ。エリュシオン陛下に、団長からの期待を無下にして、お前達を死なせかけてしまった。俺の甘さの、半端さのせいだ…………すまない」
教育係として日頃から触れ合ってきたことで、彼等への情が生まれたのも事実である。騎士団長 ハヤテはそれを咎めても、否定まではしなかった。この事態を招いたのは自分自身の不手際だと頭を下げるメルドに、光輝は何も言えずに押し黙ることしかできなかった。
そんな事態を黙って見つめていた一人は、香織。姿も変わったハジメを見る目は不安があった。彼女が何を思っているかは定かではないが、揺れているのは確かだろう。その心中を察したであろうユエが、一言。
「その程度の想いなら、忘れたほうがいい」
「っ………!」
「────おーい、君達。もうお話は終わったかな?」
「アルマ、魔人族の死体、何か分かったか?」
そう言って唐突に現れたアルマは血に濡れていた。無論、殆どが返り血である。サンプルということで殺された魔物の解剖をしていた彼は、もう一つの仕事────亡くなった魔人族の解剖を提案し、実行したのだ。
「…………んー、まあ何かあるのは確かだね」
「何かあるねって、他に分からねぇのか?」
「仕方ないでしょ?僕だって魔人族の遺体を見るのは初めてなんだ。それで全部が全部分かるワケ無いって」
三人並べられた魔人族の遺体を調べていたアルマが血に濡れた手袋でヒラヒラと振るう。魔人族を解剖すると言い出したアルマに光輝は死体を弄ぶのか、と反発していたが、理路整然に反論されて黙り込むしかなかった。
刃が気付いた、カトレア達の真意。死ぬことを選ぶほどの何かが彼女たちにあったのは明白だ。それを知れるならと、許可したハジメ。刃も不承不承であったが、キチンと弔うことを条件に容認した。
「彼等、心臓と血液の大半が失われてるんだよね」
「心臓と血液が?」
「君達が損壊したわけじゃないよ。そこだけが綺麗に無くなってたのさ…………多分、彼等が死のうとしてたのは、死ぬことで自身の魔力と生命を何処かに集めてたんじゃない?」
「集めるって、そんなことができるのか?」
「前に文献で読んだことがある。かつて大昔、死んだ人間の命を取り込む魔法があったってね。戦争の最中、怪物が現れて混乱した結果、何処かに失われたって話だけど………ま、噂でしかないし、確信がないからねぇ」
手袋を脱ぎ捨てるアルマの言葉に、全員が顔をしかめた。人の命を取り込む魔法、悪趣味この上ない。文字通り命を冒涜した話に、忌々しいと刃も嫌悪感を剥き出しであった。
「おっ、そうだ。何なら君が聞いてみたら、あの竜人族のお嬢さんに」
「………ティオのことか?なんであいつが関わってくる?」
「竜人族は太古の禁術の封印に携わってたって聞くからね。もしかしたら彼女も、その魔法に心当たりあるかもよ?」
アルマからの話に、刃も心に留めておく。ティオに聞けばわかるかもしれないならば、聞いておいたほうがいいことには変わりない。そう思っていた刃や皆を尻目に、アルマは笑顔ながらに続けた。
「いやー、君達には感謝しかないね────お陰で、サンプルも十分だ」
「………?なんか言ったか?」
「お礼を言っただけさ。気にしないでくれ────それと、迎えが来ているみたいだけど」
「────おー、ホントに全滅してるなー。俺達急いで来たのにもう終わってるなんて、驚いたぞー」
たん、と現れたのは一人の少年だった。バンダナを頭に巻いたアホ毛が目立つ剣士の少年。呑気というよりもマイペースに反応する彼に姿に、メルドよりも先に刃が反応した。
かつて同じ団長の下で修行した騎士の一人を、忘れてはいない。
「アンタ…………エッジクロウか?」
「お?………おー、誰かと思えばジンなんだなー。懐かしーなー、久しぶりだなー、元気そうで先輩うれしーぞー。団長が外で待ってるから、早く戻るぞー」
マイペースな調子で、エッジクロウはそう言う。彼を主導に、一同は迷宮から脱出することを優先し、遂に外へと戻ってきた。
◇◆◇
「パパー!お兄ちゃん!おかえりなのー!」
オルクス大迷宮の入り口前の広場で元気そうにミュウがハジメと刃の二人を出迎える。微笑ましそうに見守る周囲に、ハジメと刃はミュウを迎え入れた。パパ!?と絶句する一同、香織と雨音に至ってヒビが入ったような音が聞こえた。
その近くにはティオとノイン、イクスの姿が見える。イクスの方は少し返り血に塗れてるのを見て、二人は顔を引き攣らせた。嫌な予感しかしない。
「なんかあったのか?」
「ミュウやティオにちょっかいをかける連中がいてな………心配しなくても、更生したろう。な?」
と、イクスが遠くに向かって呼びかける数人の男達が愛想よく笑うが、イクスにボコられたのは明白である。殺されずに済んだのは良かったが、よほど叩き飲められたのだろう。半ば同情気味のハジメと刃であったが、イクスが思い出したと言わんばかりに声を上げる。
「そういえば、だ。お前達に用がある相手がいるそうだ。早く相手してくれ…………殺気を向けられて困る」
「用がある相手?誰が待ってる?」
「────このオレだ」
居心地悪そうなイクスに聞き返したハジメだったが、返答は別の方から返ってきた。鋭い声が響いた方を見ると、何十も整列した騎士団を引き連れた一人の男が歩いてきていた。
刺々しい茶髪が目立つ、鋭さが特徴的な男。騎士の正装を着崩した上に軽装の鎧を着込み、背中には七本の剣を装備している。ハイリヒ王国国王エリュシオン直属の精鋭の一人であり、王国騎士団を統括する王国最強の騎士────イガル・ハヤテその人であった。
歩くだけで、空気が揺れ動く錯覚が見える。ズシン、ズシン、地震のように鳴り響くような重圧感を纏う男、イガル・ハヤテが立ち尽くす一団の中にいる既知である刃の姿に、いち早く気付き声をかける。
「刃か。成程、エリュシオンの望み通り、力を継いだようだな。この俺に届き得るまでになっているとは………」
「………まだまださ。アンタにゃ敵わねェよ」
「皆まで言うな。当然の事実だ、そこのいる奴にも礼を言いたいが、その前に此方で済ませておくことがある」
区切ってから振り向いたハヤテが向かったのは、他の騎士に肩を担がれた副団長メルドである。彼の胸元の砕けたアーティファクトを見るや否や、ハヤテは呆れとも嘲笑ともとれない表情を浮かべていた。
「メルド、死に損なったか」
「………団長、全ての責任は」
「当然だ、お前の監督不行届は事実。だが、責があるとすれば俺も同じだ。あまり思い詰めるなよ」
よく休め、とメルドを連れ行かせるハヤテ。彼が次に見たのは、光輝の方であった。「団長、俺は………」と言おうとした光輝を、ハヤテは一切の躊躇なく殴り飛ばした。
「うぐ………っ!?」
「話は聞いた。なんてザマだ、貴様は?」
頬を打ち抜かれ、後ろに倒れ込む光輝。慌てて駆け寄ろうとする龍太郎達を一瞥で押し留まらせ、ハヤテは鋭い眼差しで見下ろした。
何をするんですか、と言い返そうとした光輝を黙らせるほどの眼光を向ける騎士団長は一切の揺らぎを見せず、重圧感を放ったまま光輝へと詰め寄った。
「俺やエリュシオンがお前達の出撃に許可を出したのは、覚悟が出来ているという意思を信じたからだ。戦いとはどういうものか、敵と戦うということが何を意味するか理解していると────その結果がこれか?」
「ち、違う。俺はただ、………」
「誰が言い訳を云えと言った。貴様は自分が背負った立場を理解しているのか」
「っ!それは理解して────」
「していないから言っている。貴様の躊躇のせいで、この場にいる全員が死にかけた。奴等が貴様達に情けをかけようとしなかったのに、貴様が情を見せた結果────全員が、死ぬところだった」
反論しようと必死である光輝に、容赦のない指摘が飛んでいく。それでも聞こうとしないわけではなく、光輝は悔しそうに黙り込むしかなかった。それが正論であると、実際にそうであることは、他ならぬ自分が理解していた。理解させられていた。
「今回死んだ騎士たちも、皆覚悟はしていた。奴等は全員、お前達を守る為に死んだ……………その覚悟と決意、使命を果たすという意志が、今のお前にはあるか?」
「そ、それは………で、ですけど………」
「情を抱くなとは言わん。ならばせめて、分相応に動け。身の丈にあった戦い方を、生き方をしろ。今の貴様では、勇者としての責務は果たせん。己が理想に、仲間を巻き込むだけだ」
かつて言われたその事実が、現実になりそうだったことに打ちひしがれる光輝。最初はただの妄言だと思っていたが、今この場では否定する余地もない的確な言葉だった。
項垂れる光輝を険しい目で見ていたハヤテは一団を見回して、一言。
「今後、実戦は禁ずる。俺が許可を出すまで、お前達の特訓は俺が受け持つ。異論は認めん」
「っ!ハヤテ団長!」
「異論は許さん、とそう言った。文句があるなら、オレに挑むか?」
有無を言わさぬ気迫と自信に、噛み付こうとした光輝ですら従うしかなかった。さて、と光輝に背を向けたハヤテはハジメの方を見る。僅かに距離を詰めた彼は、深く一礼を、頭を下げたのだ。
「南雲ハジメ、オレの受け持つ者が不義を働いた。此度の件への感謝と共に、謝罪しよう」
「………そうだな、少なくとも手綱だけは握っといて欲しいもんだ」
「……………随分な口を利くようになったな、貴様も」
見るも見違えた少年の変わりように感心したハヤテ。当初はただの錬成師、同胞のシュトライゼが気に入っていた一人として見ていた。だが、今の彼はその性質を大きく変質させている。自らの中にある信念というものが全く別物に変わったのだろう、
────それ故に、内側の不安定に勘付いたハヤテは口に出すことなく、淡々と話を続ける。
「早速だが、南雲ハジメ!エリュシオンからお前の呼び出しを受けている。奴からお前に伝えたいことがある。この際だ、同行しろ」
「────断る。俺にも俺の旅がある」
「…………小僧。エリュシオンの、王の命を拒否するか?」
「アンタ達のことは関係ない。俺には俺の都合がある、アンタ達に付き合ってやるつもりはない」
ハヤテの言葉を拒否した瞬間、空気が軋んだ。
ギロリ、と動いた鋭い眼光に気圧される一同。意外だったのは、そういうのに慣れているはずのユエやティオですら、怯んだ様子を見せたことだ。ハジメ自身、震えを感じて仕方ない。
だが、弱みを見せるわけには行かない。淡々と、冷徹に、興味を見せないような態度を取って背を向けるハジメ。王には多少の恩義はあるが、今は神代魔法の入手が先決であり、道草を食う暇はない。だからこそ、切って捨てたのも間違いではないと思っていた。
────その背後から、殺気が膨れ上がった直後までは。
「────ガキが、調子に乗るのも大概にしておけよ」
振り向いたハジメがドンナーを向ける。即座に突きつけた銃口は、ハヤテの顔を捉えていた。そして同じように、ハヤテの手にする剣もハジメの喉へピタリと添えられている。
その行動に、周辺がざわめいた。光輝達は突然の事に動けずに、騎士団が殺気立った様子で武器を構えている。身構えるユエやシアが飛び出すのを、他ならぬ刃が制した。
何のつもりか、と問おうとした二人は、冷や汗を滲ませて焦る刃の姿に呆気に取られる。彼の目は、恐怖していた。焦っていた、戦いが起こらないよう、祈る目をしていた。
「やるか?悪いが副団長とは違って、アンタは撃てるぞ?」
「…………オレが斬るよりも早く、撃つと?その覚悟が、貴様にあるか?」
「……………」
「────」
互いに得物を向け合う二人。睨み合いが長い間続いたかと思えば、ハヤテがふぅと溜め息を漏らす。静かに剣を引いたハヤテは、ハジメがドンナーを下ろしたのを見てから肩を竦めた。
「…………大した小僧だ。一切揺らぎもしないとは、鷹の卵から龍が産まれるとはこのことか」
「それで?アンタの判定は?」
「合格だ。これならば、魔王相手にもそこそこやれるだろうな。エリュシオンにはオレから言っておいてやる。お前の旅とやらを続けるがいい────望むまでな」
そう言って嘆息したハヤテに香織が詰め寄る。ハジメに剣を向けた彼の行いに納得がいってないのだろう。不服そうに見据える彼女の眼差しに、ハヤテは面白そうに笑みを含んだ。
「ハヤテ団長、今のは………!」
「あの小僧を試しただけだ。しかし、意外だ。アレがあそこまで変化したのは、奈落の苦難によるものか、或いはそう仕向けたものがいたかは分からんがな」
「────南雲君は変わっていません」
真剣に答えた香織にハヤテはほう?と愉快そうに笑う。彼自身も香織の言い分に関しては否定する気はないらしい。手にした剣を背中の鞘に戻す直前に、ハヤテが「小僧、忠告だ」と呼び掛けた。怪訝そうなハジメに背を向けながら、ハヤテが告げる。
「相手を選べ、小僧。いかに相手が強くても、殺す気でやらんヤツもいることを」
は?と理解できずにいるハジメの前で、ハヤテはチャキン!と鞘に剣を仕舞った。その瞬間、彼が手にしていたドンナーが六つの鉄片に分解される。綺麗な断面は斬られたことを意味しており、地面に落ちたドンナーの残骸に、その場の全員が絶句する。
当のハヤテは退屈そうに欠伸をしながら、背中の剣を触っていた。自身が斬った破片を尻目に、不服そうに。
「貴様に見切れぬように斬るのは、六回が限界か。奈落で相当鍛えられたようだが、まだまだだな?」
「は…………?いつの間に?」
「貴様には見切れん合間にだ。その数だけ、貴様を殺せることを自覚して────励むといい」
改めて、ハジメは息が止まるほどに硬直した。
自分の喉に当てられていたはずの刃は、一瞬でドンナーだけを切断していたのだ。それも六回。一切目を逸らしていないはずのハジメの意識を掻い潜って。
王国最強とは聞いていたが、どれだけの化け物なんだと理解させられる。下手したら、刃と連携しても勝てるような相手ではない。恐らく、彼が動けば魔王とも渡り合うことは疎か、殺すことも可能であろう。
未だ警戒を解けずにいるハジメの隣に駆け寄った刃は、親友に本心からの忠告を送った。
「ガチで気を付けろよ相棒。あの人、アレで片手だったぞ。両手だったら多分数十回は斬り刻んでたかもしれねぇ」
「正確には46回だ、貴様も腕を上げたが………オレには至らんな。刃」
「………ば、化け物」
「俺もそう思う」
軽い調子で言うハヤテに、二人はドン引きした様子で呟いた。彼等は後に知ることになる。迷宮の救援に騎士団が遅れた理由が、数千体の魔獣の襲撃を受けたことを、その大群の七割をハヤテが単身で一掃したことを。戦いではなく、蹂躙とも呼ぶべき無双をした騎士団団長の恐ろしさに、誰もが震え上がるのだった。
「…………ハヤテ団長」
「オレに聞く必要はない。行け」
ソワソワとした香織の心意を察してか、さっさと行けと乱暴に背中を押すハヤテ。彼の後押しを受けた香織は、賑わう一団へと歩み寄っていく。
「────ハジメくん」
白崎香織は、改めてハジメと向かい合った。
空気を読んだ刃がソーナ達と共に、ユエやシアを引っ張っていき、二人っきりにしておく。
そして、白崎香織は一世一代の────ずっと秘めていた想いを告げるのだった。
刃「俺のことは正論だし事実だけど、ハジメを責めたりや他の奴等にちょっかいかけるのは許せねぇ」
ハジメ「自分のこと棚に上げるな。そこは怒れよ」
刃が基本的に光輝に噛み付くのは、ほぼハジメや皆に関することで自分のこと悪く言われても気にしないんですよね。何なら悪く言われるのは当然って受け入れてる面がある。厳密には、自分の評価を下に見てるというか…………
光輝が団長、ハヤテにあまり強気に出ない理由はハヤテの理論が「文句があるなら強くなれ」ってタイプだから。基本的に修行や特訓でボコボコにされてるので、言いたいことは言うけど鼻で笑われる。
ハヤテが殴って叱ったのも、自分やエリュシオンの信用を損なったことよりも、殺す覚悟ができなくて仲間を死なせかけたことですので。
さて、次回から香織がチーム入りするので………いざこざがありますよねぇ。まぁ殴って黙らせられるストッパーである団長がいる分、ある程度落ち着くかもしれませんが(勇者が止まるかは定かではない)
清水の今後について
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生存その1(生き残るけど戦えない)
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生存その2(護衛組の一人として戦う)
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死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
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意識不明の重体として途中退場