「────それでは、定例会議を始める」
ハイリヒ王国王城、玉座の間。
そこに踏み込めるものは、基本的には国王であるエリュシオン・S・B・ハイリヒと、彼に仕える王剣の面子、そして彼等から許しを受けた者のみである。
そして、玉座の間では王の剣のメンバー六人と、エリュシオンが集まっていた。玉座に座るエリュシオンは肘掛けに腕を立てながら、その場にいる全員に語りかけていた。
「本日はただの報告会ではない。この場を用意したのは他ならぬオレの望みだ。それを理解した上で、この時間を受け入れてもらいたい」
そして、エリュシオンが王剣六人を見た後に、ある人物を見下ろす。その者は本来、普通であれば立ち入ることすら許されない玉座の間に招かれた者。異様な空気に怯え震えながら椅子に座らされた人物に、エリュシオンは威厳ある声で諭した。
「────檜山大介、緊張しなくても構わん。オレがこの場に呼んだのは、聞かねばならんことがいくつかあるからだ。力を抜いて、リラックスして話を聞いて貰おう」
「………………ッ、は、はい………陛下。お望みのことは、いくらでも………」
真っ青な顔のまま、檜山大介はその場に座ることしかできない。多分、玉座の間に案内された時は、呼吸すら忘れていた。凄まじいストレスと恐怖、何故自分がこんな目に遭っているのかという不満から、今すぐにでもこの場から逃げ出したかった。
最もそんなことをすれば自分がどうなるかは目に見えて分かっている。無力化されるだけならまだ優しいだろう。問答無用で殺されても可笑しくはない。そう思わせる空気が、エリュシオンの懐刀である六人から発されていた。
「賢明だ。では、話は始めよう────まずは、ある事故の話からだ」
そう言って、エリュシオンは書類を手にした。少し前の事件を事細かに記録された紙を手に、エリュシオンはその内容を語る。
「数ヶ月前、魔人族の卑劣な罠により迷宮に派遣した勇者率いる一団は魔王ガイアドゥームと接敵。激戦を経た結果、魔王が奈落に落ちたこともあり撤退は容易に叶った。しかし、その際一名────南雲ハジメが魔王と共に奈落に落ちた。ここまではあっているな?」
「ああ、その通りだ」
「本来、これは事故として処理される予定だった。しかし、一部の匿名からの報告とある可能性の話が出た。事故ではなく事件、陰謀の類であると」
冷静に語ったエリュシオンの言葉に、檜山は肩を震わせた。既に子鹿のように身を震わせるしかない檜山にエリュシオンは冷酷に、追い詰めるように告げる。
「しかも、この件に関与しているのは────檜山大介、お前であると言う。その事について、お前の弁明を聞きたい。言葉を選んだ上で、答えよ」
「お、ち…………王様、誤解です。俺が、南雲を殺そうとしたなんて。誤解も誤解ですよ………」
必死に自分自身を落ち着かせながら、言い訳を捲し立てる。少しでも冷静に、取り乱すわけにはいかない。もしそんな隙を見せれば確実に疑いを強めるだけだと確信しているからこその対応だった。
そんな檜山の言い分に、エリュシオンは興味深そうに声を漏らした。分かってくれたのか、と嬉しそうに顔を上げた檜山は、
「ほう?お前が犯人と呼ばれてる証拠があると言ってもか?」
「は、はぇ………っ?」
直後に告げられた言葉に、胃の中がひっくり返りそうになる。上擦った声が思わず漏れてしまう中、エリュシオンが杖兼槍で床を鳴らす。そして、並んでいた王剣のうちの一人、『執行官』スピリアスが姿勢を正しながら、淡々と口を開いた。
「匿名の報告により、判明している事実が一つ。南雲ハジメを直接的に落としたのは魔物であると明言されている。だが他に、南雲ハジメを狙った魔法があった。火属性の魔法だ」
「ち、違う!それは俺じゃない!!」
「無論、それだけでは断言できない………だが、此方が把握する事実として他にある。檜山大介、迷宮攻略の前日、我々に拘留されたことは覚えているだろう。お前が南雲ハジメへの暴行を働いたあの日、火属性の魔法を試し撃ちに使っていたことも記憶している。────動機も疑いもあるということだ」
「証言は数名。しかもお前は南雲ハジメの生存に否定的だったと聞く。…………落ちただけにも関わらず死んだと疑わなかったのは、死んでほしかったからか?そう言えば、だ。魔王ガイアドゥームの領域に送られた罠を踏んだのはお前だったそうだが、何の偶然だろうな?」
否定しようにも、言い訳のしようがない。
泣いて許しを乞うべきか、それとも必死に否定を繰り返すべきか檜山には分からなかった。ただ彼にとって大事なのは、我が身である。殺されたくない、死にたくない、何でこんな事に、という恐怖と不安、絶望が渦巻きながら立ち尽くしかない檜山に、一縷の希望が降ってきた。
「だが、いやだからこそ我々には疑問がある」
「……………へ?」
「今回の件、お前の単身の犯行とは思っていない。第一、お前がこれだけの暗殺未遂を実行できるような胆力、悪性があるとは思っていない。よくてお前は小悪人ぐらいが関の山────そこで我々は考えた。この事件に、黒幕もとい真犯人がいるのではないかとな」
お前如きにこんな大事は起こせない、と言われた檜山であるが、自分が助かりそうな可能性に夢中で気付いていない。空気が好転したのではないという事実を更に錯覚させるような言葉を、檜山は聞くことになった。
「少し前に、咲夜からの手紙が来た。内容は報告と警告であった。少しの前に畑山愛子の護衛として姿を消した清水が戻ってきたと。彼は何者か────ファウストと名乗る男に操られていたという」
「ふぁ、ファウスト?」
「その男は王国内にいたと聞く。…………檜山大介、お前は自分を唆した者について知っているか?もし黒幕のことが分かれば、お前の減刑も考えよう」
「げ……減刑………ッ」
それでも裁かれることには変わりないのだが、許される可能性があれば縋る他ないだろう。にも関わらず、未だ躊躇いを見せるのは彼なりの怯えが原因であった。協力者と呼んでいたあの道化師を裏切っては自分が切り捨てられるのではないのかと。
躊躇を見せる檜山に、エリュシオンは短く嘆息する。ならばと付け足した内容は、檜山を完全に屈服させるものであった。
「だがもし、黒幕のことを黙秘するのであれば、流石にお前を庇えん。仲間の殺害未遂、計画的な犯罪ということも含めれば、本来は極刑だな。最悪、打ち首もしなくてはならない」
「ッ!?わ、分かりました!話します!俺の知ってることを全部話します!だから、だから殺さないでッ!!」
処刑しなきゃならない、という事実をちらつかされて檜山は遂に折れた。泣き叫んで地を這い、許しと救いを乞う檜山の姿を一瞥したエリュシオンは、「それは良かった」と安心したように答える。
そして、話すように促したエリュシオン達の前で、檜山は全てを明らかにした。自分があの道化師、ジョーカー・ブラックに声をかけられた時から、彼の暗躍の全てを。
「────つまり、だ。あの道化師は、お前に南雲ハジメの排除を持ち掛けた、と。南雲ハジメを落とした魔物は、奴から渡されたものである、と」
「お、俺だって知らなかったんです!あの道化師は、奈落に落とすだけで殺しはしないって!言ってたから!」
「分かっている────それと、奴は何が目的か、話していなかったか?」
そこだけは分からない。
ジョーカー・ブラック、恐らくファウストは南雲ハジメを奈落に落とすのが目的だった。だからこそ、ハジメを疎ましく思っていた檜山にその方法をさせたのだろう。問題は、何故ヤツがそうしたのか。
ヤツにとって、ハジメを奈落に落とすことへのメリットがない。それが何に繋がるのか、それを知らなければならないとエリュシオンを思っていた。
「ぜ、全然………聞こうと思ったこともあったけど、知る必要もないって答えてくれなくて…………俺も殺されるかもって思っていたから、聞かないほうがいいかもって……………」
「そうか、最後に一つ────お前以外にも、ジョーカー・ブラックは誰かに接触していたか?」
「え?…………清水だけじゃないんですか?」
「…………ならいい。辛いだろうが、よく話してくれたな」
静かに、エリュシオンは頷いた。
分かってはいたが、そう簡単に情報は得られないものだ。咲夜からの手紙で、彼は知っていた。もう一人、ファウストと結託している者が、檜山以外にいると。
当の檜山がそれを知らないとなると、ファウストは徹底的に情報統制していたらしい。それ以上詰めるのは無意味か、と悟ったエリュシオンは檜山の沙汰を決めることにした。
「檜山大介。お前の処遇を決める────一ヶ月、謹慎をしてもらう。少なくとも話してくれたのだ、処刑するつもりはない。断言しよう」
檜山は、自らへの罰に安堵する様子を見せた。処刑されるかもしれないという恐れからすれば、一ヶ月の謹慎で済むのであれば楽な話はない。しかし、無論そう簡単に許されるはずもない。
エリュシオンは気の抜けた檜山に、厳格かつ冷徹に告げた。
「ただまぁ、謹慎後には真実を仲間に伝えてもらう。お前自身の口でな」
「っ!?そ、それは………!」
「異論は認めん。それがお前への最大の罰だ。仲間からは誹りを受けるだろうが────あの勇者がいるのだ。誠心誠意謝罪する姿勢を見せれば、仲間達もお前を許すだろう」
処刑か自白か、二つの中でどれだが最良であるか理解させられた檜山は項垂れるように肩を落とした。エリュシオンが槍杖で床を揺らすと、メイドと召使の数人に案内されて部屋から退出していく。これから謹慎されるであろう檜山が黙って退出したその直後、背後から声が響いた。
「お兄様、今の沙汰は本気ですか?」
「リリアーナ、お前の意見はどうだ?お前から見て、檜山大介は更生できるように見えるか?」
「…………わかりません。ただ、彼は自分の行動を悔いてるようで、悔いてません。彼が後悔しているのは自分の身を危なくしたことであり、南雲ハジメさんを殺そうとしたことには…………」
「────ああ、逃げているな。だからこそ、此方で縛る以外他ない。下手に好きにさせれば暴走しかねん。アレは基本的に小者だが、ブレーキを壊されればたちまち狂気に染まるだろう」
それ故の、今回の対応であった。
エリュシオンは檜山を罰する目的ではあるが、彼が真に反省していないことは見抜いていた。彼を案じて厳重な謹慎措置を取らせるようにと話したが、実際には檜山を隔離して危険因子を抑え込む手腕である。
処刑の話自体、実を言うと迷っている。仲間殺し未遂と敵方に内通していたのは極めて厳罪。処断するのも当然の話であるが、エリュシオンが踏み切れないのにも、理由があった。
「だが、アレを殺すのは得策ではない………スピリアス」
「ハッ、本日王国内の犯罪は五件、どれも軽微の犯罪。しかし、差別的な発言を繰り返す者を数名拘留しました。その者の素性は、教会由来の人間です」
「………では、檜山大介を殺さずに拘留するのは、教会に付け込まれる隙を見せない為ですか」
「ああ、奴等はエヒトが召喚した勇者達を特別視している。もしその一員がこれほどの悪事を起こしたとすれば、奴等は黙っていないだろう」
教会からすれば、檜山が何をしたのかはどうでもいい。それを口実にハイリヒ王国を糾弾し、上手く力関係を保ちたいのだろう。彼等の、教皇イシュタルの魂胆は見え透いている。彼等の狙いは神敵であるエリュシオンを屈服させ、ハイリヒ王国という戦力を
手に入れることにある。
だからこそ、檜山を勾留する以外に手段はない。下手に処刑すれば、それこそ奴等に大義名分を与えてしまう。近い内に教会でも『反エヒト勢力』がクーデターを起こす用意をしている。ここで不用意な混乱を生み出したくはない。
「────シュトライゼ。例の兵器群は完成したか?」
「ああ、『魔導駆動式機甲戦車』は既に量産体制に入っている。他にも用意していた『固定式魔導砲台』は王都の全域に展開できるように用意は済ませている。数ヶ月以内には、要塞化はおろか軍備は整うだろう」
「良かろう────お前達、ここからが正念場だ。気を抜くなよ」
来たるべき戦争に備え、エリュシオン達は動き続ける。しかし、それと同時に、悪意も同じように蠢いていた。
◇◆◇
それから数日後。
檜山大介は一部屋の中で緊張した様子を隠しきれずにいた。これから一ヶ月もこの中で過ごすことには、まだ耐えられる。彼にとって恐ろしいのは、自分の所業がバレることであった。
「俺は悪くない俺は悪くない俺悪くない俺は悪くない」
布団の中で蹲って、そう現実逃避を繰り返す。そうやって時間を過ごすのが今では大半になっていた。定期的に運ばれてくる食事すらも、半分しか口にできない。それほどまでのストレスと他責の中にあった檜山だったが、転機は一瞬にして現れた。
ガチャ、と扉が開けられた。いつもの給仕、食事の時間と思っていたが、様子が違った。メイドは食事を机に置いてそのまま退出することなく、檜山を見る。じろりと此方を一瞥したメイドに檜山がなんだよと言おうとしたその時、彼女が口を開いた。
「────やあ、私が居ない間。大変な目に遭ってたみたいじゃないか?檜山君」
「お前、ジョーカー・ブラックなのか…………?」
「もうその名前は必要ない。今はファウストで構わないよ、この身体はついさっき適当に回収したものだし」
メイドの姿でそう笑ったファウストの姿は、あの道化師のものと瓜二つに見えた。檜山は自分の協力者であることにホッとしたのも一瞬、すぐに唸るように歯を噛み締め、詰め寄った。
「どういう、ことだよ」
「?何かね?」
「とぼけんな!南雲のことだ!アイツを落とせば、香織を俺のものに出来るって言っただろ!?どうして南雲が生きてるんだ!?白崎………香織が南雲と一緒に、俺がこんな目に遭ってるんだよ!?」
「そんなこと、私に言われてもねぇ」
檜山からの弾劾を受けても尚、メイドは平然と肩を竦める。現にファウストの言う通りは正しく、ファウストはただ唆しただけであり、行動を選んだのは檜山である。にも関わらず己ではなく、他者を責める姿勢を取り続ける檜山には反省の余地はない。
少し前の、ファウストに絡まれる前の彼であれば改めることはできたかもしれない。しかし、心の弱みを的確に突かれ、悪くないと諭された檜山はもう己を責めることすら頭にない。
完全に、ファウストに思考を誘導されていることに気付かず、檜山は項垂れた。既に自分の願いは叶わなくなった。それ故の無気力感が、全身を支配していた。
「もう、従う理由はねぇぞ。香織は、もう………」
「おやおや?今更こんな所で一抜け、なんて都合のいい話があるとでも?そもそも、既に君には選択肢なんて、あってないようなものだけど?」
そんな粘りのある悪意に満ちた声が、檜山の耳に入り込んでくる。弱気かつ自棄になっている檜山をうまいこと唆すことは、ファウストにとって難しい言葉ではない。
「あの王、エリュシオンが君を助けるとでも?慈悲を受けるのが当たり前と、本気で思っていたのかい?あの王はね、君が更生しないと見限っているよ。処刑しないとはいったけど、あの様子だとやるだろうね」
「そ、そんな………!?王様は処刑しないって………!じゃ、じゃあどうすれば!?────ファウスト!俺にチャンスをくれ!俺に言葉を乗り越えて、香織を手に入れるチャンスを!」
「────いいよ、その言葉。待っていた」
ニヤリ、とファウストが醜悪な笑みを浮かべた。その禍々しさすら感じる笑顔に気圧された檜山は、怯えながらも退くことはしない。救いを、可能性を求めた檜山に、ファウストは再び希望を提示した。
「でも、君にも多少の無理はしてもらう。無論、痛くて苦しい思いはするだろう。だが、全てを手に入れる為には安いものだろう?」
「う……っ!そ、それは………けど………」
「時間が無いんだけどね。まぁいいよ、処刑されるまでこの中でジッと待つのも、君の自由だ。私は君の選択を尊重する────さぁ、どうする?」
ファウストにとって、人間には多くの分類があると仮定している。その中で彼が最も御しやすいと思っているのは、弱みのある人間と、自分を持たない人間である。
檜山大介は、その二つに………主に後者に類似する人間だった。光に群がる虫のように、釣るされた餌に飛びつく魚のように、檜山は可能性のある未来に縋るしかなかった。
「ああ、分かった。やるよ。お前の望む通りに…………だが、約束は叶えてもらうぞ」
「無論。君に白崎香織を手に入れる機会を与えよう。ではまず、私の頼みを聞いてくれるかな?」
「な、なんだよ。早くここから出ないといけないんじゃないのか………?」
怯えながらも悪魔の誘いに手を取った檜山は、すぐにその場から離れようと提案する。しかし、ファウストは「いやぁ簡単なことさ」と満面の笑みを浮かべて振り向き際に、問いかけた。
「────死んでくれないかな?檜山君」
へ?と、理解できずに立ち尽くす檜山。彼が理解するよりも早く、スパァンッ!!という風を切る音が響き、粘つくような液体が飛び散り、斬り抉られた左腕が檜山の悲鳴と共に転がった。
◇◆◇
それから数時間後の早朝。
城内の南側、隔離塔一帯が喧騒に包まれていた。既にこの塔内にはメイド達はおらず、いるのは特務警備隊を務める重装の兵士、全身を特殊な金属で覆った鎧に身を纏う兵士達はツカツカと廊下を歩く自らの上司の道を開けた。
「それで、結界は?」
「以前異常は確認されません………隊長、此方です」
「ご苦労────状況を」
「ハッ、ヒナ団長が調査をされております。隊長をお呼びで」
「分かった。班を複数に分け、結界内外の調査を任せる。異常を確認した場合、即座に私を呼ぶように」
「了解です、隊長」
執行官スピリアス。
ハイリヒ王国の法の番人にしてエリュシオンに最も忠実な王剣の一人である。執行官の名を賜った彼女には、単独での裁きを下す権利が与えられている。彼女が動く時、罪人は抵抗すらも許されない。
そんな彼女が一人の部下を連れて、隔離塔の一室に入る。目的の部屋の扉を開けて立ち入った瞬間、彼女の後ろにいた兵士が「うッ」と苦しそうな声を漏らした。
────広がる景色は、血の海である。壁や天井に返り血が飛び散ったその景色は凄惨以外の何物ではなく、一方的な殺しが行われたことも理解できる。何より、異様なのは目の前に転がる肉塊。原形もなく破壊し尽くされた肉塊は、当然生きていない。飛び散った血に肉片がこびりついてることに気付いた兵士が、慌てて外へ飛び出した。
この光景に吐いた兵士を、スピリアスは責めない。事件や事故に対応する特務警備隊であるが、ここまで残虐な光景は滅多にない。青い顔で鉄板のような兜を被って戻ってきた兵士を尻目に、スピリアスは先客────肉塊の前に膝を付いていた温厚そうな女性へ声をかけた。
「ヒナ、どうだ?」
「…………確認しました。檜山大介本人と類似しました」
「そうか」
医療騎士団団長、ヒナの裁定は間違いなかった。医療技術に関して彼女の右に出るものはいない。それこそ、検死に至っても彼女の得意分野の一つでもある。そんなヒナの決定を、スピリアスはおろか彼女の部下すら疑うことはなかった。
「檜山大介………ファウスト、でしたか?奴に切り捨てられたのでしょうか。それにしても、こんな殺され方は………」
「────いや、そうではないだろう」
「………どういうことですか?」
半ば同情的であった部下の考えを、スピリアスは否定する。一時期協力していたファウストによる証拠隠滅で殺されたと見るのが普通だろうが、そうではないという確信がスピリアスにはあった。
「檜山大介は、殺されていない可能性が高い」
「え、え………?で、ですが、ヒナ団長は確かに檜山大介本人と…………」
「確かに、血液や魔力の残滓からして本人のものだろう。ならば何故、こうも殺す?殺し方は他にあったはずだ。相手の陣地でわざわざ時間のかかるような、死体の確認ができなくなるような殺し方をするか?」
「それに、懸念は他にある。そうですね?スピア」
親しげな名で呼ぶヒナに、スピリアスは困った顔を顕にした。しかしすぐに部下がいることを思い出した彼女はコホンと咳き込んでから、真剣な話を続けた。
「ああ、王都内に展開した『星空結界』に侵入者の反応は無かった」
「そ、そんな………!星空結界は登録のない魔力や生命反応を検知するエリュシオン陛下の大魔法!それで捉えられない相手など、いるわけが…………」
「確かに同感だ。だが現に反応はなく、奴に破られた。方法は、至極単純だ」
星空結界。
エリュシオンが自動で発動している、王国を覆う結界。合計三枚ある外部からの攻撃を防ぐ特殊障壁と、内部にある敵性反応を感知する結界の役割を担う、星王の領域。
外部からの未知の魔力があれば、結界がその反応を認識した瞬間、エリュシオンを含めた王剣に知らされるようになっている。それが、今回はなかった。その理由は、スピリアスには明白であった。
「セナからの報告で。一般のメイドが一人行方不明になった。丁度数時間前、檜山大介の部屋に食事を届けに行った者だ」
「まさか彼女に?ですが、ただの偽装では……………いや、まさか!?」
「そのまさかだ。奴はメイドを殺し、その死体に乗り移ったのだろう。既に星空結界に登録されたメイドの肉体ならば、結界には感知されない」
「だ、だとしたら奴は一体何時から………成り代わったのですか!?下手したら、まだ潜んでいる可能性も!」
「それはない。奴が檜山を殺さずに回収したとすれば、わざわざここに隠れる理由はない。目的は何かは知らんが、ロクなことには変わりないだろう」
咲夜から送られた手紙で、ファウストは肉体を乗っ取ることができることは分かっている。そして、死んだ肉体でも生きているような効果を発揮することを。
窓の外を見据えたスピリアスは腰からレイピアを引き抜く。今回ばかりは此方側にできることはない。悔しさではなく、決意を秘めたスピリアスは剣先を空に向け、淡々と告げる。
「王国に牙を剥いた反逆者よ。何を企もうが、ここは王国。我が王の膝元でこのスピリアスの裁定からは逃さんぞ」
ピリッ、と周囲の空間が火花を散らす。小さなプラズマを放つスピリアスは魔力を霧散させてから、その場を立ち去る。慌てて後を追いかけた兵士────彼女が見ていた先の山の上で、ファウストは一言零した。
「いやあ、ホントに化け物ばかりだねぇ。エリュシオンの飼い犬」
────空から降り注いだ雷を防いだファウストは怖い怖いと肩をすくめ、完全に消え去るのだった。
◇◆◇
「緊張し過ぎです。肩の力を抜いて、脱力してください」
遠藤浩介は、何故自分がここにいるのかと何度目かの自問自答をしていた。緊張のあまり全身を強張らせる遠藤に、後ろにいるセノが手取り足取りで教える。身体を密着させてくる彼女に遠藤は気が気でない中、少し前のことを思い出していた。
『おい、セノ。コイツを任せていいか?』
『ちょっ!?団長!?』
『…………いきなり何事ですか、ハヤテ団長』
王都に戻った後、会議を終えたハヤテは待機させていた遠藤を片手で担いで、セノに投げ飛ばした。地面に落ちるはずだった遠藤はセノに優しく抱きとめられ、男ながらときめきそうになる。すぐに我に返った遠藤は、セノの追求に応じたハヤテの話を聞くことになる。
『そのガキ、思ったよりも良い隠密をできるやつでな。このオレでも何度か見失いかけたくらいだ。鍛えれば使い物になるだろうそれに────お前も欲しかったろ。後継者』
『………そうですね。確かに、凄まじい気配の失い方です。これを常時発動してるとなると、固有の性質レベルのモノですね』
『ああ、石ころみたいなヤツだ。お前そんなんでよく生きてこれたな』
『な、泣いていいスか………?』
影が薄いことを言われてると察した遠藤も泣きそうになってしまう。当のハヤテは「褒めてんだ、もっと喜べよ」と遠藤の頭を軽く叩いていた。それからハヤテは遠藤を見て、一言。
『そういうわけだ。これから数ヶ月、セノにしごいて貰え。ソイツ、割と厳しいから気を付けろよ』
『そういうわけって!?っていうか、大丈夫すか!?俺!?』
『気にすんな、オレは気にしない。それじゃ、健闘を祈る』
それから遠藤は、セノの元で修行をすることになった。修行自体には遠藤も肯定的であった。魔人族相手にも勝てずに逃げることしかできなかった遠藤はもっと強くなって皆とともに戦えるように強くなろうと、セノの修行を受けることにした。
(待っててくれ!重吾!)
修行の内容は、苦難の数々であった。時にはセノから投げ飛ばされたり、気を失ったりすることが多く、強くなってる自信がなかった。だが、それくらいならまだ耐えられた────ただ一つ、遠藤にとっての一番の苦難があった。
「…………大丈夫ですか?元気なら返事を」
「え、あ…………ひゃ、ひゃい………」
「そうですか。元気そうで何より、少し休んでからまた訓練を再開しましょう」
遠藤はこうやって付きっきりの訓練を続けた結果、セノという女性の人なりを知った。無表情かつ凄腕のメイド長として振る舞う一方、暗殺の一族の長である彼女は、男性との付き合いが得意ではないらしい。
それ故に、遠藤との付きっきりの訓練を始めてから、ずっと距離感が近い。次期後継者として気に入っているのだろうか。時には数センチまで顔を近づけたり、胸が当たったりするほどに接触したり、気を失ったときには膝枕をしていることもある。
(助けて二人とも!俺、俺!────この人好きになっちゃうッ!!!)
エリュシオン曰く、気を許した相手にはマイペースというセノの特徴を理解した遠藤は、今も尚戦い続ける。気を許したあまりに無防備を晒す美女の存在は、思春期真っ只中の遠藤には厳しいものである。
既に惚れている遠藤は、それでも負けじと訓練を続ける。雑念を振り払おうと必死な遠藤は、再びセノからの暗刃を受け気を失う。気絶した遠藤は、またいつものように膝枕の上で覚醒するのだった。
◇◆◇
炎が、燃え上がる。
無数の死体が積み上げられた山の前で、蠢く影があった。ズルズル、と全身が膨れ上がり、一瞬で収まっていく。禍々しい紋様とともに元の姿に戻った────魔王クレイドは、槍を手にする。
「戻ったか、カトレア、ヴェリオーン、ルドガー」
そうして、クレイドは燃え盛る街を冷たく見下ろした。そこにあるのは、全て死体。クレイドが襲い、殺した者たちの屍がそこにあった。踏み潰され、握り潰され、食い千切られた死体を、クレイドは引き摺って一箇所に集めていた。
数百人、数千人は殺した。老若男女はおろか、年寄りや赤子すら。しかし、何の罪悪感も湧かない。それどころか、胸の内を焼き尽くす憤怒と憎悪の炎は、いまだ衰えることはなかった。
そうして死体の山の前で腰掛けていたクレイドであったが、不意に空から影が降り立つ。鳥の魔物から飛び降りた男は、クレイドの部下であった。
「クレイド様!」
「………ミハイルか」
魔人将の一人ミハイルは、腰掛けるクレイドの前に跪く。周りの死体を見た彼の目には、憐れみなんてものはない。自業自得と言わんばかりに見下していたミハイルは、すぐに悲壮感に満ちた様子で、口を開いた。
「同志から………話は聞きました」
「…………」
「う、嘘ですよね?カトレアは、ヴェリオーンやルドガーと一緒だと。カトレアが死んだということは、あの二人が倒れたということに…………」
「────無念だ」
必死に、伝えられた事実────恋人の死が間違いである可能性を問うミハイルに、クレイドはそう断言した。彼が断言したことに、ミハイルは全てを悟ったのだろう。悔しそうに拳を握りしめ、彼は呟く。
「それほどまでに勇者は………っ!」
「いや、別の脅威だ。…………王域の二人が、討たれた」
「なっ!?大魔王様直属のお二方が!?一体誰に…………まさかハイリヒ王国の王剣ですか!?それとも、教会で発足された枢機卿率いる聖連隊────」
「そうではない。大魔王が懸念していたイレギュラー、奴等が動いたのだ。現に、ラーヴァとオーゼンハイトの二人を葬り、奴等はウルの町からホルアドへと向かった。そこで、大迷宮へと向かったのだろう」
ミハイルの懸念とは異なり、実際に動いたのは大魔王が警戒していた存在であると。クレイドもその可能性を疑ってはいなかった。カトレアやヴェリオーン、ルドガーの三人は純粋な実力であれば勇者を超えていた。その三人がやられたとなれば、勇者以外の戦力があってこそである。
その事実に悔しさを強めたミハイルは、クレイドへと進言した。
「クレイド様!どうか私に、追撃の許可を!カトレアや同志の仇を、私に討たせてください」
「ならん」
「っ!何故です!?」
「大魔王から一言あった────此方に任せよ、と」
その言葉を聞いたミハイルは思わず顔を上げる。「だ、大魔王様が!?」と動じた彼は、すぐに理解を示したように引き下がった。かつて大魔王により恋人と共に救われた経緯を持つミハイルだからこそ、大魔王自身が動くことに納得して受け入れたのだろう。
「カトレア達が討ち損なった勇者はまだ生きてる。それに、近い内に戦争が再開する。我等も大きく働くことになる。その戦いで同志たちの恨みを晴らし、人間を殺し尽くすのだ」
「…………ハッ。了解しました、次の戦いではカトレアの弔いの為に、必ず!」
そう言って、ミハイルは鳥の魔物になって飛び去っていく。彼の後を見た後に、クレイドは自身の身体をなぞる。脈打つ心臓、複数の魔力が混ざり合った禁術の力を見下ろしながら、彼は告げる。
「同志たちよ、オレは死なん。この身とこの魂を燃やし尽くし、神の心臓を引き抜き、全ての人間を地上から絶滅させる、その時まで」
死体の山に、クレイドは火を点ける。燃え盛る死体の山から目を離し、クレイドは鎧を身に纏う。怒りに歪んだ形相の龍の鎧の奥底で、憤怒の魔王は宣言した。
「噛み締めよ、人間ども。神に縋り、我が一族を族滅させたお前達に、生きる未来は────存在しない」
檜山が死んだ!この人でなし!…………まぁ死んではないんですけど、流石に五体満足ではないっすね。あの肉塊の正体はファウストが切り落とした檜山の腕で作った死体の偽装です。檜山の腕を使ったのでちゃんと本物扱いされてます。
何の因果かハジメと同じく左腕を斬り落とされたっていう。彼の報いはまだ序の口っていうか、これからが地獄なんですけどね。悪魔の手を取ったからしゃーなし。
そして、遠藤に関してはセノの所で修行になりました。隠密スキル(影の薄さ)に感心したハヤテが押し付けた(言い得て妙)感じです。多分原作とは違うスキルツリーで強くなります。そして距離感が近すぎるセノに二重の意味で苦しめられながら頑張るのであった。
正直光輝たちの修行編も書こうかなって思ったけど、短いしこれ以上は長くなるので簡潔にします。大体基礎の修行です。ハヤテ主導で数十キロの岩を背負って山の上り下りをさせるというもの。
因みに光輝や一部の男子には特別ルールとして「私語を使ったら頂上から突き落として一からやり直し」というハードなものを適用してます。「は?」と戸惑った光輝は問答無用で蹴り落とされました。因みに光輝を心配した龍太郎も名前を呼んだので同じく。
ハヤテ「強くなりたいなら死ぬ気でやれ。というか死ぬ気じゃないな、死ぬ覚悟でやれ」とのこと。ある意味ハジメの教育方針とは似てるようで違う。特に書こうとした下りでは、
ハヤテ「お前みたいな軟弱なガキに文句を言う権利があるか?気に入られなければ強くなってから物を言え」
光輝「分かりました!やりますよ!貴方より強くなってから言わせてもらいます!!」
ハヤテ「誰が返事をしろと言った」ゲシッ(頂上から蹴り落とす)
みたいなこともあったくらい。
さて、次回からハジメと刃達のお話に戻ります!それでは!
清水の今後について
-
生存その1(生き残るけど戦えない)
-
生存その2(護衛組の一人として戦う)
-
死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
-
意識不明の重体として途中退場