ありふれた職業で世界最強 新生譚   作:虚無の魔術師

59 / 84
迷宮の奥で待つモノ

────数千年も前、ある一人の青年がいた。

名を、テトル。紛うことなき魔人族である彼は、何人もの孤児とともに小さな小屋で過ごしていた。その理由は故郷での動乱が理由である。

 

魔人族の神、アルヴによる徹底的な支配。魔族の血を絶やさねばならないというアルヴの弾圧により、多くの魔族が失われ、殆どが魔人族として名乗るようになった。今でもその差別は続いている。

 

 

テトルは純粋な魔人族である。だが、彼が保護した魔人族の子供たちは違った。彼等はまだ幼いながら魔族の血を継いでると疑われ、大人達に殺されそうになっていた。

 

 

『やめろ!この子達は子供だぞ!?』

 

『偉大なるアルヴ様の啓示だ!神に歯向かった種族の血統は、何としても根絶やしにせねばならん!』

 

『ッ!だから赤子すら殺すのか!生まれたばかりの子供に怯えるなんて、何が神だ!お前達も、あの神同様腰抜けだ!』

 

 

そんな現場に怒りを覚えたテトルは大人達を罵倒しながら、子供達を連れて逃げ出した。途中追っ手を差し向けられたこともあったが何とか生き延びて、こうして魔人族のいる土地とは無縁の地に隠れ住むことにしたのだ。

 

 

『兄ちゃんー、お腹空いたー』

 

『そうだな。干し肉があったから、食っていいよ。俺はちょっと狩りに出てくる』

 

『テト兄、気を付けてね』

 

 

七人もいる子供たちを養うのは流石に苦労がいる話だった。彼等もある程度自立できるようになったが、それでも下の子はまだ幼い子ばかりである。そんな子達を食べさせてやるためにも、テトルは少し離れた山に行って動物を狩っていた。

 

苦労の多い生活だが、後悔したことはない。彼にとってあの子たちは大切な家族にも等しい。だからこそ見捨てるなんて考えはないし、手を取り合って生きていると心から信じていた。

 

────そう、あの時までは。

 

 

『き、君は………』

 

『っ!人間族!?不味い!』

 

『やっぱりそうだ!君はあの時の!───ま、待ってくれ!』

 

 

いつものように小動物を狩ろうと山の木々をかき分けていたテトルは真後ろからの声に驚く。その声の主が人間族の男であると気付いたテトルは、慌ててその場を離れようとする。人間族が魔人族をよく思っておらず、エヒト神の教えの元に弾圧を繰り返しているのを旧知の事実だ。

 

しかしテトルに見覚えがあったであろう男が、すぐにテトルを呼び止めた。警戒しながら弓矢を構えていたテトルは矢を下げ、男へと歩み寄る。

 

 

『安心してくれ!誰にも言う気はない!むしろ私は、君にお礼をしたいんだ!』

 

『?お礼?貴方は一体………』

 

『ほ、ほら!先日、獣に襲われそうな所を助けてもらった!その………えっと、ひどいことを言ってしまったことを、謝りたかった』

 

 

そう言われて、テトルは男のことを思い出した。数週間も前、山で遭難して獣に襲われて逃げていた男を、救ったのだ。その際駆け寄ったテトルだったが、当の男はテトルを見るや否や「近付くな化け物!」と叫び、怯えた様子で逃げていった。

 

あの時のことは悲しかったが、人間族が魔人族を敵視している状況もあり仕方ないと理解していた。当の男がその非礼を詫びたいと言ったことに、テトルは首を横に振った。

 

 

『気にしていないさ。………それより、もしかして俺を探していたのか?』

 

『あ、ああ!そうだ!君にお礼として、これを渡したかった!』

 

男は思い出したと言わんばかりに持っていたバスケットをテトルに手渡した。中身を改めると、そこには果物やパンなどバスケット一杯の食べ物が詰め込まれていた。

 

 

『こ、これは?』

 

『私の実家で用意できたものだ…………是非これを、礼として戴いてくれないか?』

 

『………ありがとう!これだけあれば、皆にもお腹いっぱい食べさせてあげれる!』

 

『────な、仲間がいたのか!それならいい!是非皆に分けてあげてくれ!きっと喜んでくれるはずだ!う、うん!間違いない!』

 

 

そのお礼に感謝してもしきれないと頭を下げるテトルに、男は早く戻って皆と一緒にどうぞ、と捲し立てる。そんな妙な勢いにテトルは疑問持つことなく、喜び勇み足で小屋の方へと戻っていった。

 

家に着いたときには、子供達は誰もが喜んでバスケット一杯の食べ物に手を付けていた。久々に美味しい美味しいと元気盛りな彼等の姿に、テトルは満足そうに笑った。いつも以上の幸せを感じながら彼は果物の一つを手にとって、狩りの続きに出た。

 

 

『────うん、これだけ狩ればあの人も喜んでくれるかな』

 

────人間族の人全員が、魔人族を嫌ってるわけじゃないって、知れて良かった。

 

 

小動物を何匹か狩って、テトルは果物を齧りながら森を抜けていく。彼の行く先は、あの食べ物をくれた相手。お礼を言いたいのと、出来ることならこの動物をお礼として返すつもりだったのだ。

 

流石に森の中を歩いても見つからないので、少し無茶をすることにした。森の外の村の付近にまで来て、様子を確かめる。男の姿はすぐに見つからなかったが、村の外れの方で何人かとつるんでいるのを見つけた。

 

驚かさないようにお礼を言おうと、ゆっくりと草木に隠れて近付く。ある程度近付いた瞬間、男が他の奴等となにか話しているのが聞こえた。

 

 

『────で?例のやつ、どうだった?』

 

『ああ、マジで受け取ったよ。馬鹿だよな、あの魔人族のヤツ。毒を入れた食べ物を何にも疑うことなく持ってきやがったぜ』

 

 

………………え?、と。

テトルは絶句して、耳を疑った。今、あの人なんて言ったのか。理解ができなかった。そんなテトルの耳に、男達の話し声が響く。

 

『でもさ、毒なんて入れたら気付かれるんじゃねぇか。一人が先に食って倒れたりしたら恨まれかれねぇだろ?』

 

『安心しろ、ちゃんと遅効性の毒を仕込んだよ。多分毒が効くのは今頃じゃねぇか?他の仲間にも分けるって言ってたから、全員殺せたかもな』

 

『けどよぉ、流石にひでー話だぜ。助けたお礼代わりに殺すなんて、罰当たりもいいところじゃねーか?』

 

『何言ってんだ、相手は魔人族だぜ?魔人族を殺すことは罪じゃねえって、エヒト様の教えだろ?責められる謂れはねぇし、むしろ褒美をもらってもいいくらいだろーよ!』

 

 

怒りのあまり、弓矢を構えかけたテトルはすぐに踏み止まった。殺すことはない、と躊躇ったのではない。自分達が死ぬのを愉快そうに笑う男達の言葉に、彼はようやく理解が追いついてきたのだ。

 

『み、みんな────みんな!』

 

 

急いで戻った時には、全てが手遅れだった。

小屋の中は静かで、子供達は亡くなっていた。多くの食べ物に手を付けていたことから毒の影響は免れなかったのであろう。全身から血を流し、苦しそうな表情で息絶えていた子供達の姿に、テトルは叫ぶことしかできなかった。

 

 

『ど、どうして?俺は、俺達は!何も悪いことしてないの、に────ぅっ!?オ゛オ゛ッ!?』

 

 

泣き叫び子供達の遺体を抱き締めていたテトルは、突如苦しみ出す。彼も、その食べ物を、毒を含まされていたのだ。目と鼻、口、あらゆるところから血が噴き出す。地獄のような苦しみの中で、テトルは流れ出る血を浴びながら────不意に、思い出した。

 

────何言ってんだ、相手は魔人族だぜ?魔人族を殺すことは罪じゃねえって、エヒト様の教えだろ?責められる謂れはねぇし、むしろ褒美をもらってもいいくらいだろーよ!────

 

『………よ、く、も』

 

自分達を殺そうとしたにも関わらず、嘲り笑うような男達の、人間のやり方にテトルは沸々とした怒りを湧き上がらせる。何故、自分が────あの子達が、あんな風に苦しまなければならないのか。

 

生まれ故に殺されそうになり、今まで満足することなく必死に生きてきたあの子達が。死んで当然だと言わんばかりに、笑われなければならないのか。

 

 

『こ、ろして────やる………ッ』

 

 

ガリガリ、と床を引き裂き、歯を軋ませる。血走った目でテトルは怒りと憎しみのままに立ち上がる。よろけながらも彼は、ずっと怨嗟の声を口にするのを辞めなかった。

 

────テトルは死ぬまでの間、人間を恨み、憎悪し続けていた。生半可な毒で数時間苦しみながらも、その恨みは途絶えることはなかった。憤怒の形相のままに果てた魔人族の青年の魂は、消えるのことのない怨霊として世界を彷徨うことになった。

 

 

そんな魂は、後に大魔王の元へ────羽化した戦乱の魔神の元で、魔物へと変貌する。人間を蝕み、苦しませる罪業の魔物────戦乱の魔神の眷属として。

 

 

◇◆◇

 

 

「それが────テメェの理由か」

 

タンッ、と水面に立った刃が静かに呟く。その場の全員が、その記憶に共鳴したのだ。テトルと呼ばれた青年、そして今ネプルパンテという魔物に成り代わった者の、悲劇の記憶を。

 

ハジメ達も、顔を歪めるほどの悲劇。ある程度経験のあるハジメですらも哀れみを含んだ様子であった。誰もが、その殺意に理解ができてしまう。

 

一番共感したのは、他ならぬ刃であった。

 

 

「お前が憎んだのは、あの子達の幸せを奪われたからだろ」

 

 

孤児院にて育ち、同じ子供たちを大切に思っていた刃。不良として他人を傷つける道を選んだ一つとして、子供たちを守るためであった。だからこそ、テトルという青年が受けた理不尽、それに対する怒りと恨みには、理解はできる。

 

だが、だからこそ────刃はソレを、正しいと言う気は無かった。

 

 

「今のソレは、テメェの心からの思いなのかよ────その殺意は、あの子達を想う怒りからか?」

 

【殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す】

 

 

返答代わりの殺意に、刃は目を伏せるしかなかった。

彼は同じだ。かつて対峙したレヴィのように────狂気に呑まれている。テトルと呼ばれた青年の魂は『大多数の殺意』によって大いに変質していた。

 

たとえ彼の恨みが正しかったとしても、今のネプルパンテのやり方は間違っている。本来無関係な人間達に毒を撒いて苦しめて殺すのも────自分達と同じ殺し方を繰り返すのも。

 

 

「俺が、終わらせてやる」

 

 

神の力を纏う刃を振るう、黒鉄刃。彼を前にネプルパンテは猛攻を繰り返した。殺意に満ちた声を響かせ、水面を跳ねながら、黒い魔力に汚染された水を撃ち出していく。どれだけ言葉を掛けても、ネプルパンテが正気に戻ることは、狂気から解き放たれるには一つしかない。

 

 

「テメェの恨みも憎しみも俺が潰す────好きに恨め」

 

 

それ故に、刃は躊躇なく最大限の魔力を解き放つ。神剣と呼ぶべき神の力を纏う巨刃を勢いよく振り払う。空間を揺らし、オアシス自体を震わせるほどの一撃は、ネプルパンテを両断した。

 

鮮やかに蠢く瞳が膨れ上がり、全身を結晶化させて地面に落ちる。カラン、と砕け散った結晶の破片が霧散していく中、『神魔装剣』を解除した刃は生成した魔剣を、その場に突き立てる。

 

 

「────どうか、安らかに」

 

 

まるで墓標のように突き立てた剣に祈りを捧げ、刃はその場から背を向ける。此方を待っていた仲間達のもとに戻った刃は、ユエの一言を聞いた。

 

 

「これで、終わり?」

 

「ああ────今ので仕留めた。確実に、やった」

 

「オアシス自体は、まだ汚染されておるの。恐らくじゃが、あの魔力は魔物が生み出したものではないのじゃろう」

 

「でもこの調子だと、汚染された水を排出すれば何とかなるかも。このオアシスの水は、地下から湧き出てるみたいだし」

 

 

ティオやソーナの推察通り、オアシス自体が元に戻るのは時間の問題だった。後は近くに残っている魔戦騎を葬ってから、グリューエン大火山へと向かうことにした。その道中、シアが疑問を吐露する。

 

 

「それにしても、どうしてアンカジ公国であんな事をしたのでしょう?」

 

「戦争の為、食糧問題を困難化させるためだろ」

 

 

ハイリヒ王国や帝国、魔人族も侵攻に手を焼く国家は未だ存在している。人類側が一致団結した場合、流石の大魔王の軍勢も無傷では突破できまい。だからこそ、彼等は食糧面の方から攻めることにしたのだ。

 

アンカジ公国は食糧が豊富な国であり、少し前に襲撃されたウルの町には作農師の畑山愛子先生がいた。魔人族がこうも戦力を投入したのは、来る戦争への準備段階というべきか。

 

 

「何を企んでるかは知らねぇが、邪魔する奴はぶっ潰せばいい」

 

「そこに関しては、同感だな。俺達は、やるべきことをするだけだ」

 

 

そうして、彼等は再び歩みを進める。目指すは迷宮と静因石のあるグリューエン大火山。その苦難に満ちた先で待ち受けるものに、彼らは知る由もなかった。

 

 

◇◆◇

 

アンカジ公国を北に進んだその先に、グリューエン大火山はあった。山というには緩やかな部分も多く、丘という言い方が一致しやすい大火山は、ある意味では難所とされる迷宮の一つである。その理由は、環境を利用したことに大きく関わる。

 

 

「………相棒」

 

「ああ、見て分かるぜ」

 

「「ラピュ◯だ、これ」」

 

 

かの伝説的な作品の代名詞とされる巨大な空中城を覆うような積乱雲のように、火山全体を巨大な砂嵐が包みこんでいた。本来であれば魔法のバリアを展開しながら進むことを想定したものであろうが、此方に魔力駆動四輪(ブリーゼ)があるので問題はない。

 

流石のティオも遠慮するほどに吹き荒れる強烈な砂嵐。窓ガラスを激しく叩く衝撃の中、ハジメ以外の全員が砂嵐の中を注視する。いつ魔物が襲ってくるとも限らないので当然のことだった。

 

しかし、彼らを待っていたのは魔物ではなかった。

 

 

「っ!皆さん!見てください、アレ!」

 

 

────砂嵐の先、眼前に巨大な影が見える。咄嗟に速度を上げようとしたハジメは、それがサンドワームの遺骸であるに気付く。ソレは何かと戦おうとして一方的に屠られたのだろう。頭と呼べる部分を吹き飛ばされたソレは、確実に絶命していた。

 

彼等はすぐに、何者かがこの付近の魔物を殲滅したことを理解する。その場から少し進んだ後に、それを理解させる光景が広がっていた。

 

 

何十体もの、サンドワームの死体。全身の至る所を抉られた絶命した魔物の亡骸が、辺り一帯に転がっていた。その様子に唖然とする一同とともに、何かに気付いた刃が困惑した様子で呟く。

 

 

「コイツら………何から逃げてたんだ?」

 

 

サンドワームの死体の大半が、後ろから攻撃されたかのように倒れていた。その様子から、刃たちを含めた全員が考える。サンドワームは、恐怖から逃げたのだ。自らを殺す相手から逃げようと背を向けて、そのまま一方的に殺され尽くした。

 

何から逃げていたのか、そんな疑問を口にしそうになる面々の中で、ハジメがポツリと呟いた。

 

 

「────まさか、魔王が来てるのかもな」

 

 

彼としては、なんてことのない冗談だったのだろう。少しだけ落ち着いた面々が和むのが実感できる。そうして四輪を進めていると、砂嵐を突破して大火山が姿を現した。

 

火山の表面を進みながら、一同は静因石を探す。暑さにバテて疲弊したソーナに氷属性の剣を与え、少しでも涼しくさせる。そうしながら表面の岩肌を捜索していた一同だが、目当ての鉱石は見つからなかった。

 

 

「表層部では見つからない、か」

 

「やっぱり迷宮の中にしかねぇか。面倒だが、攻略と一緒に探すしかねぇみてえだ」

 

それから、大火山内の迷宮の攻略が始まった。

 

空中にマグマが浮かんだりするその領域はあまりにも熱さが尋常ではなく、ソーナはいち早くダウンするレベルだった。致し方ないとハジメが作成したアーティファクト、耐熱付与のネックレスにより元気に戻ったソーナ。嬉しそうにはしゃいでいた彼女は落ちてきたマグマの水滴に悲鳴を上げていた。

 

壁からマグマが噴き出したり、炎や熱関連の魔物が大量にいる中、数人以上のパーティーということもあり難なく迷宮の攻略を進められていた。暑さにバテそうになりながら、時には一休みしながら攻略を進めていく。

 

 

「…………すまん、俺のミスだ」

 

「仕方ねぇよ。多分アレはそういう罠だ」

 

何とか静因石を見つけて回収したハジメだが、その瞬間マグマが噴き出して慌てて退避に成功する。しかし突如流れができたマグマにより地面ごと流され、複数の魔物に襲われながら川流れことマグマ流れにより妙なエリアに行き着いた。

 

 

地獄の釜のような、マグマに浸された一帯。その中心の島には、マグマのドームのようなものが形成されている。恐らくそこが解放者の根城であると、ハジメ達は勘付く。とういうことは、最後にはガーディアンがいるのではないかと警戒していたハジメは、全く気配がしないことに困惑した。

 

それと同時に、嫌な予感が脳裏に過ぎる。

 

 

(この感覚────ライセン大迷宮の時と)

 

「────ようやく来たか。待ち侘びていたぞ」

 

 

真上からの声に、全員が身構える。空中には普通ではない大きさの白竜と、その上にいる赤髪褐色の魔人族の男がいたのだ。黄金色の瞳を細めながら、男はハジメと刃を見据えていた。

 

 

「公国の時から観測していたが、魔戦騎はともかく、ネプルパンテするも撃破するとは。やはりお前達は脅威だ。我が主への脅威ともなりかねん」

 

「誰だテメェは」

 

「フリード・バグアー。魔人族全軍総司令将軍であり、大魔王様直属の右腕でもある」

 

短く告げたフリードに、全員が身構える。魔人族総司令とは、四大魔王よりも格上に位置する。実力であれば魔王の方が上であるだろうが、その立ち居的にも大魔王の腹心と呼んで過言のない立場であり、目の前の男がどれだけの存在かを理解させる。

 

 

「大魔王様直属、ね。そんな奴がわざわざこの場に何のようだ?まさか俺達を殺す為にこんな場所で待ってたのか?」

 

「…………正解でもあり、不正解でもある。確かにお前たちを待っていた。しかし、お前達の行く末を決めるのは私ではない」

 

 

そう言うと、フリードは突如懐から何かのアーティファクトを取り出す。ラクリマのような結晶体を握り締めたフリードはそれに力を込めると、天高くへと放り投げた。

 

 

「拝謁せよ、人間ども────我が主、大魔王様の御前である!!」

 

「っ!?」

 

「大魔王、だと!?」

 

 

驚愕したのも束の間。空中に飛ばされたラクリマがピタリと静止する。上下に開いた結晶体、その隙間が開いたかと思えばその部分に瞳が開く。空間に空いた目がギョロギョロ蠢いたかと思えば、黒く染まった瞳孔を開き────黒い球体となって迫り上がる。

 

直後、その魔力が漏れ出す。

 

 

────ドス黒く渦巻く、禍々しい魔力。その魔力の濃さに世界自体が軋んでいるのか、音を響かせている。ただの音ではなく、恨みや怨念に近しい声のようなものを。その場にいる誰もが、恐怖を隠せなかった。

 

 

「………っ!」

 

「い、いや………!なにこれ!?」

 

「なんて、おぞましい魔力………悲鳴に、怨嗟が、聞こえる………!」

 

「これだけの魔力を、生きてる者が発しておるというのか………!?」

 

「────ハジ、メ」

 

「こ、怖いです………こんな、魔力………」

 

【────!────!!】

 

「なんだよ、これ………震えが、止まらねェ…………ッ!」

 

「───これが、俺達の敵だってのか?」

 

 

全員が、戦意喪失しかける程の威圧感。漏れ出す魔力だけで誰もが圧倒されていた。そんな魔力が一気に収束していき、黒い球体が形を変えていく。バシュン、と黒いオーラが消えたかと思えば、その空間に一人の男がいた。

 

────透き通るように輝かしい銀髪に、光の欠けた黒い瞳。そして、人間族と見違えるような魔人族とは思えない肌。禍々しく狂気に満ちた魔力を発してるとは思えない、威厳と穏やかさに満ちたその男は、無音で地面に降り立った。

 

そして、一言も発せないハジメや刃達を見据えると、穏やかに笑いながら胸に手を置いた。

 

 

「改めて、自己紹介を────俺は大魔王、大魔王アルヴァーン・ライングレイド。魔人族を束ねる、唯一無二の王である」

 

 

誰も、一言も発することができなかった。

それほどまでの重圧が、この空間を支配していた。一声でも発してしまえば、それだけで死ぬのではないのか。そんな恐怖が、彼等の無意識下にあった。

 

それを理解してか知らずか、大魔王はフムと顎を擦る。そして、一瞥もせずに自らの臣下を呼んだ。

 

 

「フリード」

 

「ハッ、大魔王様」

 

「待機していろ。合図は此方で出す」

 

「ですが、大魔王様。それは………………」

 

「────二言が、必要か?」

 

 

見もせずに、一言。

苦言を呈そうとしたフリードは一瞥もしない大魔王の言葉に、両目を伏せる。「出来すぎた真似を、失礼しました」と詫びてから白竜と共にその場を離れる。

 

今度こそ、静寂が辺り一帯を包み込んだ。唾を飲み込む音だけが、マグマの煮え滾る領域を支配していた。、熱いはずなのに、全身から冷や汗が止まらない。

 

 

「さて、と────我が同胞が、世話になったな?」

 

「…………ッ!!?」

 

「そう身構えなくてもいい。最も戦いたいのならば相手してやるが、今のお前達には戦意がないらしい」

 

 

身震いする刃達が感じる恐怖に気付いたのか、大魔王アルヴァーンは薄ら笑いを浮かべていた。余裕綽々であるその男の笑顔に、舐められているとハジメと刃は感じる。しかし、余裕であることを咎められない。圧倒的な力量の差が、大魔王との間にはあったのだ。

 

 

「本来であれば、君達を殺そうと考えていた。ラーヴァにオーゼンハイト………そして、カトレア達が世話になったのでな。我が同胞を殺した君達に死を以て償ってもらおうと考えていたが………………今は違う」

 

「他に、俺達に用があるってのか?」

 

「単刀直入に言おう────南雲ハジメ、黒鉄刃。我が軍門に、下る気は無いか?」

 

 

大魔王アルヴァーンは、そう切り出してきた。掌を差し出すように向ける大魔王の要求に、ハジメはどこか怪訝そうな様子を見せた。

 

 

「意外だな、大魔王様。アンタは人間を滅ぼそうとしてんだろ?人間である俺達を、配下に加える気か?」

 

「この世界の人間族は、な。だが君達は別の世界の人間であり、俺達が滅ぼそうとする種族ではない。無論、それは君達二人だけではない。同じ世界の者達も、望むならば関係のある者も生かしてやろう。どうだ?悪い話ではないと思うが」

 

普通に考えれば、悪くないだろう。

相手は大魔王、無闇に取引を拒否するよりは有効な選択肢である。だが、二人の答えは決まり切っていた。

 

 

「断る。悪いが、俺は誰の下に付く気もないんでな」

 

「同感だ。テメェの命可愛さで世界売るようなクソに、誰がなるか」

 

「そうか?だが、俺とお前達の目的は同じはず────あの神、エヒトを殺すのがお前達の目的でもあるのだろう。特に、お前はそうであるはずだ。南雲ハジメ」

 

 

拒絶を示したハジメと刃の二人に対しても、大魔王は食い下がる。愉快そうに笑みを含みながら、ハジメへの誘いを続けた。

 

 

「人を虐げ、我等魔人族を踏み躙り、解放者を討ち滅ぼした愚かな神を殺し、世界を解放する。君も、解放者の使命を継いだのだろう?ならばこそ、この俺と共に神殺しを為すべきだ」

 

「解放者の使命?そんなものに興味はない」

 

 

ピタッ、と大魔王が硬直した。

その瞬間、空気自体の温度が一層冷え切ったように感じる。目の光を消し去った瞳を細め、大魔王アルヴァーンは作ったような笑みを浮かべながら、聞き返す。

 

 

「………………今のは、聞き間違いか?そんなもの、だって?」

 

「死んだ奴等の理想とやらを俺に押し付けるな。俺はただ、俺の敵を殺していくだけだ」

 

「つまり、だ。君は解放者の意思をそんなものと軽んじたどころか、彼等の遺志を継ぐ気すらない、と」

 

「何度も言ってるはずだ。知ったことか、と。俺の目的は元の世界に帰るために神代魔法を集めてるだけで、解放者の使命とやらを継ぐつもりはない。神が邪魔するなら殺しはするがな」

 

 

最後まで聞き終えた大魔王は、一切笑っていなかった。

ハジメがそう言い切った理由は、嘘偽りのない理由である。彼からすれば解放者の使命なんてものに興味もなければ、手伝う理由もない。あくまでも、南雲ハジメの目的は元の世界に帰ることであり、それを阻む者に容赦をしないだけだ。

 

しかしそれは────大魔王にとっての大きな地雷を踏んだと言っても、過言ではなかった。

 

 

「────やはり、人間に期待するのは無駄だったか」

 

『私達はここまで。だけど、必ず私達の意思を継いでくれる人達が現れる。その人が来たら導いてあげてね?アルくん』

 

「ミレディ姉さん。貴女の言う人は、何千年待っても来なかった────人間は、貴女たちの信じる価値のない存在だった」

 

 

悲しそうに、虚しそうに、大魔王は呟く。

過去に受けた約束を思い出しながらも大魔王は失意の言葉を吐き捨てる、その瞳が大きく揺れ動く。まるで考えそのものが塗り替えられたように、大魔王は笑顔を浮かべながら顔を上げた。

 

その顔に、さっきまでの友好的なものは無くなっていた。

 

 

「決定だ。君達────お前達に、神代魔法は渡さない」

 

「何だと?」

 

「数千年、待ち続けてきた。お前達人間の中で、神を打ち倒す意思を持つ者を。解放者の意思を継ぐ者を────だが、お前は解放者の意思を継ぐ者ではない。そんな者に、彼らの遺した力は渡さない。彼等の願いを叶えない人間族に、生きる価値なし」

 

 

その目に、先ほどまでの慈悲深さは消えていた。

向けるのは哀れみと失意、それ以上の敵意をもって大魔王はふと自身の左目に手を伸ばした。

 

 

「だがもし、それでも尚抗うというのであれば────この大魔王が、見定めてやろう。最も、お前達に抗う意志が、解放者の意志を継ぐという心変わりがあるのであれば、な」

 

 

グジュリ、と目の中に指が、手が、腕が、突っ込まれていく。それでも尚、血が出ない。深くまで突っ込まれた腕は肘の部分で止まったかと思えば、何かを掴んだらしくそのまま引き出そうとしていた。

 

ブチブチ、と眼窩から何かを引き抜こうとする大魔王。血が飛び散る中、大魔王は笑みを崩さずに肉体を破壊しながら何かを勢いよく引き抜いた。ソレを認識した刃は、今度こそ呼吸が停止しかける。

 

 

(────なんだ、アレは)

 

 

────それは、黒い刀身をした禍々しい剣であった。しかし、剣であるにも関わらず、普通ではないことしか分からない。剣帝という天職であり、あらゆる剣の生成も可能である刃だからこそ、分かる。

 

アレはヤバいということだけが。黒鉄刃のあらゆる経験を上回る恐怖によって示された。アレが振るわれたら防ぎようはない。アレを受けたら殺されるということが、本能で理解できた。

 

大魔王はその剣を片手で握り、ゆっくりと上げる。ブゥン、と音を響かせるような黒剣を振るい、真上へと身構えていた。その狙いが、刃にだけは気付くことが出来た。彼だけが、早く動くことが出来た。

 

 

「に、逃げろ!ハジメぇ────ッ!!」

 

「まずは初撃だ。この程度で死んでくれるなよ?」

 

 

刃が全速力で走り出す中、大魔王は笑みと共に黒剣を振るった。ゆっくりと、まるで棒切れでも振るうかのような緩慢な動きとは思えぬ速度で、刃が振り下ろされる。

 

 

直後────空間が割れた。

世界を割るほどの、斬撃が生じたのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

「な、何が起きた…………?」

 

 

突然の衝撃に呆気に取られていたハジメはようやく、目の前の光景に絶句する。足元の地面が、マグマごと断絶されていた。先程の斬撃は、ハジメ達の立っていた地面どころかマグマすらも消し飛ばしていた。

 

火山の壁には傷がないところか、斬撃はそこで焼失したのだろう。絶句していたハジメはすぐに大魔王へドンナーを向ける。

 

しかし、大魔王はハジメに見向きすらしない。それどころか心底驚いた様子で、感嘆したように口を開いた。

 

 

「おやおや、まさか剣帝の方が死にかけるとは。剣帝は殺すつもりではなかったんだが…………まあ、死んでも構わないか。どうせ人間は滅ぼすのだから」

 

何を言っているんだ、と困惑するハジメ。

どういう意味だと問い詰めようとしたが、そこで彼は隣に立つユエやシアが何も言わないことに気付いた。二人の顔を見ようとした時、地面に着いた何かが見えた。

 

 

「……………血?」

 

赤く飛び散った血に、ハジメの心が乱れる。

冷静になろうと顔を上げたハジメの視界に、絶句しているユエとシアの姿が映った。そんな二人の顔に更に息が荒くなり、思わず視線の先を見ようとする。

 

視線を移して────言葉を失った。

 

 

 

「────ぅ、ぁ───ッ」

 

「ウソ!いや!ジン!いやぁっ!!」

 

 

地面に転がった────肩から腰まで分断された、相棒の姿。大魔王からの斬撃を逸らそうとして、直撃を避けられなかった刃は血の海で瀕死に陥っていた。そんな彼の元に、ソーナが泣き叫んで駆け寄る。

 

 

絶望が、目の前にあった。




刃、瀕死の模様。
いつもの自己犠牲というより、相手があまりにも圧倒的過ぎた故の悲劇。正直、刃の判断に関しては大正解であり、彼が逸らしていなければハジメどころかシアもユエも巻き込まれてました。うーん、化け物。


けっこう駆け足だけど、まさかの大魔王登場、そして主人公の一人である刃を殺し掛けた次第。因みにアルヴァーンがキレたのは、ハジメが解放者の意思を継ぐ者じゃないと知ったから。アルヴァーン自身も正気じゃないから、冗談抜きで地雷踏んだのが悪い方向で作用した。


大魔王「素晴らしい提案をしよう。お前達も俺の部下にならないか?」

ハジメ&刃「ならない」

大魔王「えー?いい条件で雇うよ?なんならお仲間や好きな奴等は見逃してあげるしさー。ハジメくんもさ、解放者の意志を継ぐなら、俺と手を組むべきじゃない?」

ハジメ「そんなもん知らん」(ぶっきらぼう)

大魔王「は?(ガチギレ)じゃあ殺すしかないなぁ」

黒鉄/刃「え?」


みたいな展開。次回、大魔王大暴れの回その1。多分、一人は…………死ぬかも(ボソッ)

清水の今後について

  • 生存その1(生き残るけど戦えない)
  • 生存その2(護衛組の一人として戦う)
  • 死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
  • 意識不明の重体として途中退場
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。