何が起きたのか、刃自身も理解が追いつかなかった。
思い出せるのはあの時────大魔王アルヴァーンが黒剣を振るった瞬間であった。剣が振り下ろされる瞬間に、生じる黒閃。地面やマグマを空間ごと切り裂いて迫る斬撃は数秒の余地もなく、ハジメ達を消し飛ばすはずであった。
それを、黒鉄刃が全力で阻止する。自らが通常時に出せる最大級の魔剣、フェンリルを両手で握って迎撃したのだ。迫りくる黒い斬撃にフェンリルで斬りかかった瞬間、世界を割る斬撃は大きく逸れた。
────しかし、あくまでも逸らせただけ。斬撃の前にいた刃はその速度も威力をも押し殺すことが出来ず、直撃は避けられなかった。
そして、黒い斬撃は世界を切り裂いた。その直線上にいた黒鉄刃を、両断して。回避も、防御も間に合わず、黒鉄刃の心臓ごと、何もかも切断した。
◇◆◇
「ジン!しっかりして!起きてよぉ!!」
悲鳴のような声で泣き叫ぶソーナ。血の海に沈み、痙攣する刃に寄り添い、ソーナは錯乱したように分断された半身をも抱き寄せようとする。そして彼女は視界に映った仲間の一人を呼んだ。
「ラナール!お願い!ジンを、ジンを助けて!!」
「わ、分かりました!何が何でも治して────ぁ」
ソーナに呼ばれ、慌てて駆け寄るラナール。しかし彼女は途端に、足を止めてしまった。完全に怯え切った様子で、狼狽してしまう。
「あらら、もう死にそうじゃないか。殺す気ではあるが、苦しめる気は俺には無いんでね」
「う、ぁ………」
「楽にして、あげようか?」
その背後に、一瞬にして大魔王が移動していた。死にかけの刃を見るアルヴァーンの瞳には慈悲が備わっていたが、それは最初のもののような好意とは違い、鋭い冷たさしかない。
瀕死の刃にトドメを刺そうと黒剣を構える大魔王の前に二人の影が飛び出す。
「主様に、触らせない………ッ!」
「ご主人様は殺させんぞッ!」
「ふぅん、大した忠義だ。そこまで彼が大事かな?良いだろう、まとめてあの世に送って────」
突如、雷鳴を届かせるような破裂音にアルヴァーンは指を振るう。それだけで撃ち出された弾丸は足元の地面に叩き落された。へぇ、と愉快そうに笑った大魔王はドンナーを構えるハジメを見た。
一斉に笑わず、激しい怒りと殺意に顔を歪めたハジメを。親友を殺されかけ、自分自身と目の前の敵への殺意を煮え滾らせる少年は、憤怒のままに告げた。
「────殺す」
「お前達に、殺せるのかな?この大魔王様を」
したり顔で笑う大魔王に、ハジメは何も言わなかった。返事として返したのはドンナーとシュラークによる弾幕の数々。一方的に撃ち続けられる弾丸の雨に、大魔王は片腕を軽く振るうだけだった。
数秒で数十発撃ち込まれた弾丸は、大魔王の手に収まっていた。パラパラと掌に転がる薬莢を握り潰し、灰へと霧散させる。しかし大魔王はハジメの手にするドンナーとシュラークに興味深そうに、笑っていた。
「へぇ、面白い武器だ。これを高速で飛ばして相手の肉体を抉る、か。だが悲しいな、格上には通じない」
「────これでもか?」
面白そうに目を向けた大魔王に、ハジメはシュラーゲンの狙撃を放つ。電撃のような爆音を鳴り響かせた対物ライフルから放たれた弾丸は、防ごうとした大魔王の腕ごとその頭を消し飛ばした。
倒した、のか?と撃ったハジメですら戸惑う。皆が絶句するような空気の中、頭を失った大魔王の身体は何故か倒れることなく立ち続け────それどころか、ゆっくりと首を動かした。
頭の抉れた断面から、黒く蠢く魔力が渦巻く。ただの魔力ではない、無数の目のようなものが覗く闇。見るだけで震え上がるような怨念と怨嗟の闇が、膨れ上がる。
それが首から先へと形を成していき、顎から頬へ、頬から鼻へ、鼻から目へ、目から髪へ。一瞬にして、欠落したはずの顔が再生する。微笑みを浮かべていた大魔王は首の骨を鳴らしながら、笑い続けていた。
「いやぁ、やっぱり頭を潰されると痛いねぇ。知ってる?一から再生しようと、痛いものは痛いんだぜ?」
消し飛ばされた腕も、同じように修復されていた。信じられないものを見るような目で、ハジメは悪態をついた。
「化け物かよ!テメェは!」
「くくく、化け物ね。正解、正解。確かに俺は化け物だ。魔の神アルヴヘイトを殺した大魔王。今の俺は、殺されてきた数百億の魔人族の魂を内包している。だからね、何をしても死なないんだよ。……………死ねない、と言うべきかな?」
含んだ笑いを浮かべる大魔王、気配を感知する事が出来ればきっとそれに気付けただろう。無尽蔵の魔力と、その中で渦巻く数百億の魔人族の恨みと怨嗟。それこそが、大魔王の不死にも等しい力でもあった。
「さて、殺すと言ったが………少々考え直した。まずはお前達を見定めてやろう」
そう言って大魔王はさっきまで手にしていた黒剣を消し去る。そして、黒一色の籠手と首から下を包むマントを翻し、堂々とした態度でハジメ達に手を差し伸べた。
「お前達全員を相手にするのだ………ふむ、そうだな。我が手足と魔力だけで、魔法と武器は使用しないと約束しよう」
「ッ!舐めやがって!」
「舐めてるのさ。それともお前達は俺を────大魔王を殺せるとでも?」
全く以て余裕な大魔王に、ハジメは苦々しさを隠せない。滑られている以上に、滑られていなければ勝ち目のない自分たちの力の差に。
言い返したくても、不用意な発言はできない。また地雷を踏んで怒りを買うようなことだけは避けなければならない。自分ならばともかく、少しでも相棒が巻き込まれることは。
まぁいい、と大魔王は笑う。両腕を広げながら、彼はその場にいる全員に向けて、告げた。
「さぁ、始めようじゃないか。加減はしてやるが、死なないように努力してくれよ?」
◇◆◇
「────ジンを、お願い。死なせないで」
そう言ったソーナが戦場へと戻る。静かに、それでいて強い意志で頷いたラナールは刃の治癒を始めていた。魔力を収束させ、温かい光で彼を包み込んでいく。
それでも、尚。
「どうして!?これじゃあダメなの!?」
分断された刃の身体は治ることなく、ラナールは絶望する。自分の腕では、彼を治せないのか。何とか高位の、自分が出来る回復魔法を使うが、それでも体を真っ二つにされた刃を治すことはできない。
そんな絶望が、ラナールの心をへし折る。
役に立てないことへの無力感が、自分を大切な仲間だと言った人が死にそうになる恐怖が、ラナールから平静を失わせていた。
刃は、辛うじて生きている。
彼の中の魔力が、神の力が肉体を再生させようとしているのだ。でも、それでも足りない。先程の斬撃により神の力は僅かしか発揮できておらず、呼吸をしようとする刃の瞳から光が消えていく。
「いやっ!刃さん!死んじゃ駄目です!貴方は、死んではいけないんです!」
「─────っ」
「貴方は、貴方は私に!私のことを認めてくれたのに!私を、必要だって言ってくれたのに!貴方の力になれないなんて!私、私は…………あ」
涙ぐみながら、必死に呼びかけるラナール。これからもよろしく頼むと、彼は言った。なのに、自分は何もできない。死にゆく彼を救えはしない。そんな絶望に泣き崩れていた彼女は────ある答えを知った。
治癒騎士として、古文書で調べた回復魔法の一つ。見つかった瞬間、団長に怒られると同時に「使ってはいけません」と嗜められた記憶が、蘇る。かつて神々の時代に、どんな死にかけの人間でも治せるという究極の回復魔法を、ラナールは知っていたのだ。
「────これが、星の導きなんですね。陛下、団長」
何の偶然か、それを知っていた自分が刃の仲間に選ばれたことを感謝した。王や団長にそのつもりがなかったのはよく分かっている。これは、ラナールの我儘であり、最後の意地である。この魔法はラナールにだって使える魔法である。これさえ使えば、彼は死ななくて済む。
──────そして、自分は彼と別れなければならない。迷う必要はなかった。彼は死んではならないという使命感以上の理由があるのだ。躊躇いも迷いもない、あるのは揺るぎのない覚悟であった。
「黒鉄刃様。短い間、お世話になりました。治癒騎士ラナール、最後の仕事をさせて頂きます」
「────」
「………こんな私を、信じてくれてありがとうございます。皆さんと旅をできて楽しかったです。貴方と出会えて、嬉しかったです」
杖を掲げ、ラナールは刃の側に寄り添う。血溜まりの中で倒れ伏す青年に礼を口にしたラナールは顔を上げ、真剣な表情で魔法を唱えた。
正真正銘、彼を救う回復魔法であり────自分の最期ともなる奇跡を。
◇◆◇
そして、戦いは始まった。
余裕そうに笑う大魔王相手に、先陣を切ったのはやはりハジメであった。浮遊させた三機のクロスビットを飛ばし、ドンナーの弾丸を撃ち出す。クロスビットから銃砲が撃ち出され、大魔王を狙い撃とうとするが────、
────弾丸の雨は、大魔王に届く前に障壁によって弾かれた。紫色の特殊なバリアのようなものがアルヴァーンを囲むように展開されていたのだ。そのバリアの中で、大魔王は愉快そうに口を開く。
「随分強力な一撃だが、当たらなければ意味がないな?」
「バリアだと!?っ!きたねぇぞ!さっき魔法は使わねぇと言ってなかったか!?」
「魔法じゃないさ。これは私の持つアーティファクトの効力でね。私の魔力を吸収して、バリアへと変換するのさ。まぁ、これくらいは破ってもらわないとね」
そう言いながら、大魔王はため息を吐く。さっきからバリアを破ろうと飛び交うクロスビットが面倒になったのだろう。指先の魔力を集中させた光線で、突撃しようとしたクロスビットの一機を撃墜する。
「さぁさぁどうした?こんなチンケな攻撃を繰り返しても俺は殺せんぞ?俺を殺すのではなかったのか?早くしないと退屈になって、全員殺してしまうかもしれんぞ!?」
そう言ってハジメの弾幕やユエの魔法を、ティオのブレスをも難なく防ぐバリアの中でせせら笑う大魔王。余裕そうな歩いていた彼の背後に、シノが飛び込む。抜き放った小刀で隙だらけなアルヴァーンの背筋を切り裂かんと突き立てる。、
しかし、刃は届かない。突如発生したバリアの壁に弾かれ、シノの小刀が根本から折れる。大魔王は唖然とするくノ一の少女に、ほくそ笑んだ。
「悪いが、俺のバリアは自動でね。それにしても、随分な殺気だ。今の一撃、俺にも見て取れたぞ────そんなに、あの少年の事が許せないか?」
「……………ッ」
「動揺、顕だな。そんな殺意では、この俺を殺せんぞ?」
そう言うや否や、大魔王は掌に魔力の球体を生成する。咄嗟に飛び退いたシノを逃さんと言わんばかりに、握り潰してから掌を向ける。すると無数に分裂したであろう魔力の粒子が雨のようにシノの真上から降り注ぐ。弾幕、というより弾丸の雨が文字通り落ちるかのような光景に────一人の亜人の少女が動いた。
「シノさん!!」
ハンマーを手にしながら、シアが駆け抜ける。身体強化による加速と共に走り出した彼女は、回避が叶わなかったシノを突き飛ばし、共に魔力の雨から逃げ切った。
「………っ、ごめん。シア」
「礼はいいです!それより、一刻も早く気配を消してください!集中的に狙われたら、またさっきみたいに回避できませんよ!」
「────何だ?今のは」
ふと、シアは全身が震え上がるような感覚に陥る。
見ると、大魔王の視線がシアへと向けられた。彼は不思議そうに、シアを見ながら顔を顰めている。さっきの数秒で、大魔王の気になる何かがあったらしい。
「俺の魔力を、回避した?あの一瞬で俺の魔力を見て回避したような動きじゃないか。あの全てを?………………ふむ、試してみるか」
掌に集めた魔力をそのままに固定し、移動した大魔王はマグマをすくい上げる。今にも熱で溶かしかねないマグマを魔力で覆ったアルヴァーンは、それを躊躇なくシアの真上へと解き放つ。
未来視を発揮したシアは、絶句する。数秒後の未来に広がっていたのは地獄絵図。自分が死ぬ未来を数百、数千も見せられた彼女はすぐに震える自身を叱咤し、動く。
────直後、爆裂した魔力の塊がマグマの雨を吹き散らす。触れるだけで火傷どころではない雨に、シアは未来視による回避を繰り返す。最後の一つを避け切ったその瞬間、シアの首を無造作に伸びた手が掴んだ。
「うっ!?な、何で………ッ!?」
「やはりな。お前、視ているな?恐らく数秒先の未来を見る力か。しかし、全部は視えないと見た。こうして最後の攻撃を避けた瞬間、未来視をしていなければ疎かになる」
敢えて一秒先を視ることで回避できる攻撃を繰り出すことで、シアの隙を突いたのだ。それでシアを捉えた大魔王は、抵抗する彼女の首を強く絞め上げる。
「っ!シアを離して!!」
「ふむ、いいぞ」
そのまま絞め落とそうとする大魔王からシアを助け出そうとするソーナ。手のひらに収束させた水の刃を放とうとした瞬間、大魔王は気軽な様子でシアを放り投げた。
え!?と動揺して魔法を止め、シアを抱き止めるソーナ。だがその直後、大魔王は指先に集中させた魔力をボール状にして飛ばし、二人を巻き込んで壁に叩きつける。
「きゃあああっ!?」
「そ、ソーナさん!ぐぅっ!?」
「おいおい、この程度か?まだ俺を殺すどころか、傷一つ付けられていないぞ?」
「────『雷龍』!」
「ほう、これだけの魔力。少しは骨のある奴がいるじゃないか……………ん?」
ユエが放つ雷轟の龍が、降り注ぐ。此方に噛み付かんとする雷龍は大魔王が掌から放つ魔力に食い破られ、消滅する。苦々しく顔を歪めるユエの姿を見た大魔王は怪訝そうに、すぐに目を見開いた。
「その姿、数百年前に滅びた吸血鬼、いや真祖か?意外だな、アンリエスタ以外に生き残りがいたとは」
「っ!その名前………やっぱり、あの子はそっちに」
「────あぁ、そういえば吸血鬼を滅ぼしたのはダンテだったな。アイツめ、手を抜くから……………まぁいい。アンリエスタが喜ぶ。どうだ?今ならそいつら全員の命を保証してやる、俺の元に来るのなら」
「………それは無理。私が一緒にいる相手は決まってる、それに」
チラリと、彼女が後ろを見る。ラナールの治癒の光を浴びている、真っ二つにされた青年の姿を尻目に、彼女の瞳に怒気が宿る。
「仲間を殺そうとした相手に、従うつもりはない」
「…………アンリエスタには悪いが、仕方ない。真祖がどこまで再生できるか、手首を切り落として連れて帰るのも一興かな」
拒絶を示したユエに、大魔王は肩を竦めながら人差し指を向ける。直後、指先に広がる巨大な魔力の塊。それによる強力なレーザー攻撃で薙ぎ払おうとしたその瞬間、
『────そうはさせぬよ』
「っ!?ほう!これは、これは!」
『好き勝手してくれたのう。もう、ご主人様も皆も傷付けさせぬぞッ!!』
背後に広がる巨影に感嘆した大魔王を、黒色の閃光が飲み込む。ブレスを放ったばかりの黒竜────竜化したティオは、決意に満ちた瞳で砂塵の向こうを睨んでいた。
(妾は一体、何を勘違いしていたのじゃ。ご主人様とてただの人、誰よりも不器用で誰よりも優しい、ただの人間だということを。何度も無理をしてここまで来たということを、皆から聞いておったのにのぅ)
大魔王相手に、刃が動いたことに気の緩みが出ていたのかもしれない。当初から掟のために、刃達の行く末を見届ける為に旅を共にしてきた。極力、人前で竜化をしないようにという掟も、忘れたことはなかった。
だからこそ、死にかけた刃の姿を見て自らの考えを後悔した。そして今も尚戦い続け、蹂躙される仲間たちの姿に、彼女は決意した。
(そんな当たり前な事も忘れてしまうとは…………いや、そこまで傾倒してたということかの。ご主人様、いや刃殿は、妾にとって大切な人なのかもしれぬ)
────たとえ掟を破ってでも、守らねばならない大切な仲間であると。竜人族の生き残りであると悟られてはならぬ竜化を、使う決意を深めた。
空間を支配するかのように飛び立つ黒竜の姿のティオの前で、砂煙が吹き荒れる。ティオのブレスが直撃しても尚、全くヒビの入っていないバリアに包まれた大魔王。ふと目を細めたアルヴァーンは、ティオの姿を見てから不意に思い出したように声を上げた。
「黒き竜化に、その瞳────ああ!そうか!お前、クレイドの血縁か!」
『っ!何!?今、何と言った!?』
「いやぁ、驚いた。妹がいるとは聞いていたが、まさか人間族に与するとはな。どうだ?兄の元に、俺の軍門に下る気はないか?」
それに対する答えは、再度放たれたブレスであった。しかし今度は受けるだけでは済まさず、掌に集めたボール状の魔力を撃ち、相殺する。続けざまに放たれる魔力の雨を避け切りながら、ティオはアルヴァーンの発言を否定する。
────自らの兄が大魔王の配下へ、人類殲滅の尖兵として大勢殺した魔王となったことを、否定するしかなかった。
『馬鹿な!兄様が、魔王クレイドじゃと!?そんなはずはない!兄様は心優しく、竜人族を導く長になる人なのじゃぞ!!』
「そうか?お前達竜人族は人間族に迫害されたはずだがな!あの男は俺の問いにイエスと答えたぞ!一族を滅ぼした人間を殺し尽くすなら喜んで、とな!!」
『っ!ふざけた嘘を!!』
明らかに動揺したティオは、黙らせようとして鉤爪を振るう。竜による剛腕は大魔王に直撃し、足元の地面を容赦なく砕く。だが、拳を振るった相手────大魔王アルヴァーンはヒビの割れたバリアの中で、ほくそ笑んでいた。
「良い力だ、我が防壁を砕きかねないとは………」
『これでも尚、割れんというのか!?』
「だが、悲しいなぁ!出力不足だなぁそちらも!!」
バリアを解いた瞬間、大魔王の右手から大出力の魔力の砲撃が放たれる。咄嗟にブレスで相殺しようとするティオだが、その威力を押し殺すことはできず、直撃した魔力によって吹き飛ばされた。
追撃に転じようとした大魔王を、背後から呼ぶ者がいた。
「此方だぁ!大魔王ぉ!!」
「────ほう?これはまた、珍妙な武器を」
六砲身のガトリング機銃、メツェライを構えるハジメにアルヴァーンは興味深そうに笑う。直後、爆音を響かせて無数の弾丸が炸裂した。ガガガガガガがガガガッッ!!!!!と、強烈な破壊音が響き渡る。しかし、やはり大魔王には届かない。
バリアを展開しながら不敵に笑う大魔王。ゆっくりと歩みを進める彼は少しずつハジメとの距離を縮めていく。圧倒的な殲滅力と破壊を誇るメツェライを以てしても大魔王のバリアを破れない事実に、悔しそうに歯噛みしたハジメはガトリング機銃を消し去ってから、一際大きな鉄の塊を取り出す。
「ほう?それはまさか、ラーヴァを殺した武器か?────面白い、来るといい」
「お望み通り、テメェの頭ごとブチ抜いてやる!!」
そう言ってパイルバンカーを構えて突貫するハジメを、大魔王は笑って見届けた。そして、炸裂。飛び上がったハジメがパイルバンカーの杭を、バリアへと叩きつけた。
直後、凄まじい衝撃波と火花が飛び散る。それほどまでの、圧倒的な防御力を誇る防壁を押し切ろうとする杭は、一向に進まない。ハジメが全力で押し込んでも、ピクリとも動かない。
「ほらほら、早くしないと。俺の気分も変わってしまうぞ?」
「な、め、る、なッ!!」
ガキン、と後ろの装置を押し上げ、パイルバンカーを打ち込む姿勢に入る。後ろの棒が押し込まれたその瞬間、鋭く親族の杭がバリアを砕かんと叩き込まれた。
直後、身体が軽くなる。バリアが消滅したと気付いたハジメは、破ることができたのではないかという希望を見出した。しかしすぐに、自分がどれだけ甘かったことを知らされた。
「────はい、残念」
そのままの速度で叩き込まれるはずだったパイルバンカーの杭が、大魔王の手によって止められる。速度と破壊力は変わらないはずの一撃は、彼の掌によって止められた。その手を撃ち抜くことはない、ただ大魔王の掌に傷を与えた程度であった。
唖然とするハジメは、いつの間にか地面に叩き伏せられる。いつの間にか拳を受けたのであろう。心臓や肺が止まりかけるほどの衝撃に、一瞬息が止まる。呼吸困難になりかけたハジメの前で、大魔王は彼の手にしたパイルバンカーを持ち上げて、面白そうに見つめていた。
「成程、複雑な構造だが、押し込むことで絶大な破壊力を瞬間的に起こす装備か。元の運用的に、採掘用かな?」
「ぐ、はッ………!」
「まさかこれで終わりかな?だとしたら、興醒めもいいところだ。もう殺しちゃうかもだけど、いいかな」
「────死ぬのは、テメェの方だ!!」
叫ぶハジメは大魔王の足元で、地面に触れる。即座に錬成を発動した彼は、大魔王の足元の地面を消し飛ばし、彼をマグマへと落とした。へぇ、と最後まで面白そうな様子でマグマへと落下する大魔王。
足元に出来たマグマの海を見渡したハジメは荒い呼吸を整えながら吐き捨てる。
「流石の大魔王と言えど、マグマに落ちて無事じゃねぇだろ…………ユエ、シア。皆の様子を────」
直後に、マグマの海から何かが飛び出す。その気配を感じ取ったハジメは、本当の意味で絶句する。いや、その場の全員が絶望していた。その視線の先────マグマに濡れたであろうバリアの中で、大魔王は冷たい眼差しを向けていた。
「もう一度聞くよ────これで終わりかな?」
「化け、物がッ」
「何も無さそうだね。じゃあもういいだろう────お前達の希望ごと、全てを呑み込もう」
両手を掲げる大魔王。その掌に収まっていた小さなビー玉サイズの魔力が、一気にボーリングサイズに、すぐに巨大な風船のように、太陽を思わせるかのような球体へと変貌する。
文字通り、この場の全てを呑み込む程の魔力を解き放つ気だ。武装を構えようとするハジメだが、大魔王に通じないという弱音が彼の抵抗を押し留めてしまう。それは、他の水も同じだったのだろう。
失意と落胆の眼差しで彼等を見下ろす大魔王。せめてもの慈悲と言わんばかりに全てを焼き払おうとした大魔王は、不意に手を止めた。そして、今まで以上に面白いものを見る目を向ける。
「ほう────また立つか、この大魔王の前に」
つい先程、自分が殺しかけたはずの青年の姿に。大魔王は魔力を消し去り、より一層笑みを深めるのだった。
◇◆◇
目覚めばかりで困惑していた刃、彼は自分が受けた傷を思い出して慌てて身体を見た。しかし、分断されたはずの身体はいつの間にか接合されていた。斬られた傷痕は大きく残っているが、大地の神の自然治癒により回復を行っていた。
「やった………何とか、間に合いました」
「ラナール!大丈夫か!?しっかりしろ!」
そんな傍らで、ラナールはよろけながら膝をつく。そんな彼女に駆け寄り、身を案じる刃であったが、ラナールは彼の疑問に答えることはなく、いつものような大人しい声で言った。
「魔力を使っただけで、眠いだけです………刃さんは、早く皆さんのもとへ。貴方の力が、きっと必要なはずです」
「分かった。少し休んでろ………行ってくる」
「────刃さん」
立ち上がった刃の服の裾を掴むラナール。不思議そうに振り向いた彼に、ラナールは精一杯いつも通りに振る舞う。自分の身に起きてることを、絶対に知らせないように。おっとりとした笑顔で、彼に告げた。
「また、後で………話したいことが、いっぱいありますから」
「ああ、分かってる。ちゃんと聞いてやるから………今は休め。ありがとう、ラナール」
そんなラナールの頭を撫でて、戦場へと向かう刃。彼の後ろ姿を見つめ、ラナールは穏やかに笑う。嬉しそうに、それでいてどこか悲しそうに。
「はい、少し…………休ませていただきます。どうか、お気をつけて」
それが永遠の別れになると気付きながら、ラナールは静かに目を伏せる。さようなら、と口にすることなく、彼女は深い深い眠りへとつくのだった。
◇◆◇
「刃!無事だったか!」
「ああ、すまねぇ皆。待たせちまった…………この借りは今、この場で返す」
そして、立ち上がった黒鉄刃を皆が案する。真っ二つにされたのに戦っていいのかという不安を受けながら、彼は気丈に振る舞っていた。
「まさか生きているとはな。俺の力を受けても尚、治癒してまで立ち上がるとは、恐れ入るよ」
「俺の仲間には、最高の治癒師がいるんでな。何度も世話になりっぱなしで申し訳ねぇ。仲間にも無理をさせたし、今度は俺の番だ」
「ふむ、悪いがどうすると言うのだ?お前はつい先程、俺に斬られて死に損なったじゃないか。俺の斬撃すらも防げぬ刃で、俺を殺せると?」
「普通の魔剣なら無理だ────『コイツ』なら、話は別だろ」
凄まじい力が巻き起こり、刃の腕を纏う剣が現れる。純黒曜の鎧と白い刃を纏う、神剣────『
その剣を目の当たりにした大魔王は目の色を変える。神の性質を有する正の力ならば、負の力である魔神を殺すこともできる。現に眷属は屠れたのだ。魔神も同じだという考えは、どうやら当たりであるらしい。
「神の力を纏う剣か。確かにそれならば、俺を殺し得る可能性はあるな。…………だが、たった一人でこの俺を殺せると思ったか?」
「たった一人?そう思ってんなら、テメェの目は節穴だ。俺が一人で何でも出来るとでも思ってんのかよ」
不敵に笑う刃の横に、ハジメ達が並ぶ。傷やダメージは多く、戦意を失いかけていたにも関わらず、彼等の目には一度途絶えたはずの戦意が再起していた。
腕と同化した神剣を振り翳し、黒鉄刃は宣言する。
「行くぜ、大魔王!テメェを倒すのは、俺じゃねぇ!俺と仲間が、俺達が相手だッ!!」
「…………俺と仲間が、か」
そんな彼等を、大魔王は懐かしそうに見つめる。
脳裏に映るのは、かつて苦楽を共にした仲間達────神から世界を解放しようと共に誓い、人間との融和の可能性を見せてくれた『解放者』達。大魔王となる前のアルヴァーンにとっての、妹や同族以外に出来た大切な仲間。
もしかして、と可能性を過ぎらせるアルヴァーン。しかし、それを『彼自身』が許さなかった。数千年もの多くの犠牲、絶望を体験し、人間自体を見限った大魔王は冷酷に告げる。
「ならば示してみせよ!貴様らの未来に価値があるか!この大魔王を殺して見せるが良い!!」
両手の掌に無数の魔力を生成し、解き放つ。弾幕というよりも爆撃に等しい魔力の数々。防ぐことしかできないハジメ達を他所に、刃は前進を選んだ。
「オオオオオオオオッ!!!」
「無謀────だが正解だな!」
片手に聖剣を握り、周囲に魔剣を浮遊させた刃が走りながら突き進む。無数の魔力を弾き切り落とし、撃墜しながら進む刃のソレは無謀と呼んで遜色ない。現に身体を撃ち抜く魔力を防ぎ切れず身体を抉られるが、即座に自動回復で修復させながら彼はただひたすらに前を見据えていた。
だが、大魔王の言う通りそれが最適だった。時限式の『
そして、あと一歩まで距離を詰める。あと少しで剣が届く、その瞬間、大魔王の手の中が光る。圧縮された魔力が破裂し、刃の全身を貫いた。
目も、頰も、手足も、胸も、腹も、至る所が消し飛ぶ。しかしすぐに再生させた刃は脳髄を支配する激痛を抑え込むような怒号と共に、片腕の神剣を振るった。
「ゔゔゔゔぅるあああアアアアアアアアアアッッ!!!!!」
「───────残念、でした♪」
しかし、笑みを深める大魔王には届かない。
彼を主軸に展開するバリアが、神剣すらも防ぎ切る。それでも尚力尽くで破ろうとする意志の強い刃に感心したのか呆れたのか、掌から放った魔力砲を直撃させ、空中へと吹き飛ばす。
吐血する刃に追撃を繰り出そうとする大魔王であったが、彼の腕を身体ごとワイヤーが締め上げる。
「捉えた………!」
「そのまま!捕まえててください!!」
特製の鋼糸による拘束を行ったシノに、残りのクロスビットからもワイヤーが射出され、大魔王の腕を封じる。そんな大魔王に攻撃を叩き込もうとするシアやソーナ、しかし大魔王は余裕を顕にするだけであった。
「どうした?手さえ使わなければ、俺に勝てると思ったんじゃないのか?」
ワイヤーに拘束されながらも、ソーナの水刃や水弾を容易く弾き、シアのハンマーをも蹴りで押し返す。途中、シノが放ったであろう短刀が届きそうになったが、やはりバリアによって防がれる。
流石に一方的に攻撃されることに飽きてきたのか、大魔王は一瞬でワイヤーを引きちぎる。しかしそれだけでは終わらず、逆に千切れた鋼糸を手繰り寄せ、糸を伸ばしていたシノを振り回して、シアやソーナを巻き込ませる。
「きゃああっ!?」
「………っ!?」
「シノさん!あの野郎、無茶苦茶ですぅ!!」
「無茶苦茶でなければ、神など殺せぬさ。お前達の相手にする敵は、そういうものだ────っと」
『ならば!多少の無茶苦茶を通さねばならぬ、な!!』
そう答えた大魔王の姿が消える。黒竜化したティオが、その顎で挟み込んで上空へと飛び上がっていく。そのまま岩壁に叩きつけようとするティオの目論見を見抜き、一切の躊躇いなく口内に目掛けて魔力砲を叩き込む。
『ぐ、オぉッ!?』
「現実的に、理解が足りないな。多少の無茶を通した程度では、この大魔王に殺すなど以ての外だぞ」
「お前の指度で、俺たちを語るなよ。大魔王」
「────『禍天』!」
対物ライフルやロケットランチャーの雨と、重力魔法の破壊の乱舞が大魔王に直撃する。それだけの威力の爆風に晒され、ティオやシア達の攻撃でヒビの生じていたバリアが、ようやく砕け散った。
「今だ!相棒ッ!」
「────任せろォッ!!!」
そして────切り札が、舞い降りる。
空中に打ち上げられていた青年は、ただ離脱していたわけではない。自らの持ちうる最大の魔力を蓄積させ、神剣の出力を最大級まで引き出していたのだ。
全身から魔力を放出して、加速する黒鉄刃。彼は片腕に同化した神剣を突き立てるように構え、飛翔する。バリアが砕けたばかりの大魔王は、両手を重ね収束させた魔力を極太のレーザーとして放ち、迎撃する。
放射される魔力を切り裂き、押し込まれる神剣。魔神を殺す力を有した剣を全身ごと加速させ、刃は叫ぶ。全身の力を出し尽くし、自らの刃を目の前の敵へと届かせんと。
そして────遂に届く。
大魔王の眼前へと、バリアを喪失して生身である大魔王の直前に。流石に顔から余裕を消した大魔王が魔力を放つよりも先に、全神経を集中させた刃の方が早く、より早く動く。
「────『ツインディヴァイング・ブレイク』ゥッッッ!!!!」
「が、あァ───────ッ!!?」
神の力と赤黒い魔力の帯びた閃光の奔流に、大魔王は両断される。頭から下まで切り裂かれた刃はその一帯に深い斬撃を刻み込み、マグマも火山内にも一刀を入れる。
戦いの始まる前に大魔王が放った斬撃を超えうる威力の一撃。それを直撃した大魔王は叫びのようなものをあげる間もなく、呑まれていった。
以上、大魔王の無双劇(前編)でした。素手と魔力だけでここまで大暴れしてる大魔王ですが、魔力の適性はそこまで高くないんですよね。なんなら妹の方が上なわけで。
大魔王アルヴァーン、もとい戦乱の魔神はトータス内でも最強クラスの現地人or魔神としても最上位の強さです。普通の魔神が数千万、数億ぐらいで顕現するのに対して大魔王は数百億ですしね。こんなのが殺意向けてる訳だからエヒトが引きこもって息を殺す気持ちは分からんでもない(自業自得だけど)
ラナールに関しては…………取り敢えずその、黙秘で。
次回もお楽しみにください!それでは!
…………次回へのヒント『(前編)』
清水の今後について
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生存その1(生き残るけど戦えない)
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生存その2(護衛組の一人として戦う)
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死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
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意識不明の重体として途中退場