ありふれた職業で世界最強 新生譚   作:虚無の魔術師

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解放の後継者

「やった、のか…………?」

 

 

マグマに覆われた空間の中で汗をかきながらそう呟くハジメ。だが、その汗は暑さによるものではなく今まで戦っていた相手への畏怖からか。煙が巻き起こる爆心地から離れた刃が地面に着地すると同時に、『神魔装剣(デウス・グラディウス)』を解除した瞬間、刃は膝をついた。

 

 

「────が、はッ」

 

「ジン!大丈夫なの!?」

 

「平気だ…………だが、力も魔力も使いすぎた…………全ツッパだしな」

 

「お前なぁ………少しは後先を考えろよ」

 

「ハッ、後先考えて勝てるような相手か?」

 

「ま、それもそうだな」

 

 

ハジメが手渡した『神水』を含み、失った力と魔力を回復する刃。不敵に笑い合う二人の空気もあって、ユエやソーナ達も気を緩ませて語り合う。

 

 

「はぁー、疲れた!ジンが真っ二つにされた時は、ホントにビックリしたんだからね!」

 

「…………まぁ、納得。ハジメが同じことになってたら、多分動けなかったと思う」

 

「私も怖かったですぅ!未来視で隙を狙ってたのに、数秒先の未来で此方を見てるんですよ!?」

 

「……………暗殺術が通じなかった、不覚。主様のお役に立てず、面目ない」

 

 

泣き腫らしていたことも忘れて、天真爛漫に頬を膨らませるソーナに静かに同調するユエ。あまりにも無法に等しい暴れっぷりをした大魔王への戦慄と無力感に打ちひしがれるシアとシノ。そんな賑やかになってきた空気に呆れたハジメを尻目に、刃は一言も発さずに黙って黄昏ているティオの姿に気付き、声を掛ける。

 

 

「ティオ、どうし────何かあったのか」

 

「……………何も言ってないのに、よく分かるのう」

 

「大切な仲間だ。ちゃんと見てりゃよく分かる…………で?何があったんだ。話してみろよ」

 

「うむ、実は────」

 

その瞬間、いやその直後だった。

 

 

 

────ゾワッ、と全身が震え上がる程の重圧が全身に伝わる。誰もが言葉を発することも息をすることすら忘れて、身体を硬直させていた。喉が干上がり、パクパクと口を開閉させていた刃は、爆心地を見て────絶句した。

 

 

「嘘、だろ」

 

「ああ────いたい、いたいいたいいたい」

 

 

ズルリ、と爆心地の中で黒いものが蠢いていた。

ソレは形を保てない影のような、黒い闇である。無造作に、無数の意志が錯綜するように揺れ動く。徐々に形を成していく闇の中で、ソレが狂気に満ちた目を見開いた。うわ言のように呟きながらソレは────立ち上がった。

 

 

「悲鳴が、きこえる………叫びが、響く………命が、奪われ………死んでいく…………屍の山が、皆の死、が────ああ、頭が痛くて、死にそうだ。死ねないのに、なぁ?」

 

「ッざけんなよ…………俺の出せる、全力だぞッ!!」

 

「ああ、ああ────安心してくれ。確かに効いてるよ。久々に痛くて、死にそうだった。ここまでダメージを負わされたのは、アルヴや前魔王以来だ」

 

 

顔を抉られた部分から黒い闇を噴き出しながら、口元を歪めて笑う大魔王に刃は叫ぶことしかできなかった。顔の半分を失った大魔王、その欠落部分から無数の黒い闇が、複眼が覗く。

 

 

「だが、残念だったな────出力(パワー)不足だ。ああ、別にお前達の地力が弱いとかそういう話じゃない。二柱だけではこの程度。あと一、二柱もいれば、この大魔王を殺せたかもしれんぞ?」

 

 

力が、そもそも魔神を殺す為の神の力が足りなかった。水神と大神の二柱の力を全力で解き放ったとしても、大魔王を殺すには至れなかった。悔しそうに歯噛みする刃だが、大魔王はその無力を嘲笑うのではなく、むしろ彼等の健闘を称えた。

 

 

「よくぞ見せてくれた。この大魔王に手傷を負わせたこと、誇っていい。その褒美として────まずは全員、治しておくとしよう」

 

 

そう言って大魔王が指を鳴らしたかと思えば、一瞬で終わった。何が起きたのか分からないと困惑していた刃であったが、変化は周りに起きていた。ユエやソーナ、ティオは失ったはずの魔力が回復しており、何人かはダメージがなくなったように完治しているのだ。

 

────神水により改めて回復していた刃は、その異変を理解できずにいたが、すぐに大魔王が何かの魔法を使ったのだろうと察した。

 

 

「さて、第二ラウンドといこうか。今回も殺しはしないさ。最も、この程度で死ぬようであれば致し方ないがな」

 

「………今度は魔法でも使うってのかよ?」

 

「ふふ、安心しろ。使うのは魔法だけだ。あの剣ではまた殺しかないのでな」

 

「まさか────神代魔法か?」

 

 

遊び感覚である大魔王への苛立ちを隠せない刃へ平然としながらも答えるアルヴァーン。そんな彼の言葉に怪訝そうにしていたハジメが、そう零した。

 

瞬間、全員に緊張が走る。特にそれが顕著なのは、神代魔法を取得しているハジメ達一行である。神代魔法のどれもが普通の魔法を超える程の強力な力である為、それを保持していることへの焦りがあった。

 

 

「へぇ?まさか、知ってるのかい?」

 

「アンタが解放者の一人ってことは、ある奴から聞いてるんでな。取得してるのは、魔物を作る類の、強化系の魔法だろ。それでオルクス大迷宮の魔人将を強化したんなら、納得だ」

 

「……………」

 

当の大魔王はその事を否定せず、面白そうに聞き返した。だが、ハジメの冷静な考察を耳にした途端、呆気にとられたように押し黙った。しかし次の瞬間、大魔王は腹を抱えながら大笑いした。

 

 

「フ、ハハハハハハハハハッ!!!そうか!そういうことか!まさかこの俺が持つ神代魔法が、たった一つだとでも!そう思っていたのか!?」

 

 

何が可笑しいのか、と言わんとした言葉を呑み込むハジメ。高笑いを続けていた大魔王がピタリと笑いを止め、感情を消して真顔になる。そして、淡々と一言、告げる。

 

 

「七つ」

 

「…………は?」

 

「七つ、俺は全ての神代魔法を手に入れ、概念魔法を発現させている。迷宮を攻略したわけではない。俺はかつての解放者、七人の仲間から神代魔法を受け継いでいたのさ。万が一、迷宮が失われた時、人々に与える為に、な」

 

 

つまり、大魔王は『神殺し』に成っているということを意味している。いや、彼自身は成れていないのか。何らかの条件による影響か分からないが、少なくとも分かるのは大魔王は迷宮を攻略することも、必要性もないのだ。

 

ガチャン、と大魔王の纏っていたマントと鎧が音を立てて地面に落ちる。直後に消え去った鎧やマントに見向きもせず、大魔王が手首を回す。威厳ある鎧を全て外し去ったその姿は、あまりにも異様なものであった。

 

その直後自らの腕に黒い魔力を纏い、硬質化させて籠手のように纏う大魔王。だがそれ以上に、異変は胴体にあった。厳重なまでに鎖で縛り上げられた身体。防御という概念には見えないソレは、むしろ何かを封印しているようにしか見えなかった。

 

 

「さぁ、準備はできた────第二ラウンドだ」

 

 

両手を広げて笑う大魔王、それよりも早く動いたのはハジメと刃の二人であった。それぞれ二人が動いたのは、大魔王に戦況を乱させないため。彼が動いただけで、攻撃を仕掛けただけで戦況が大きくひっくり返されかねない。それ故に、下手な攻撃をされる前に猛攻を叩き込むことを選んだ。

 

そんな二人を前にしても、大魔王は動じない。冷静に、自らの魔力を練り上げ────いや、魔力の回路を切り替えた。

 

 

「『魔力切替(オーバーシフト)』────重力魔法(ミレディ)

 

「っ!?ミレディだと!?」

 

 

見知った名を口にした瞬間、ハジメの隻眼────魔力の宿った義眼が変化を感知する。視線の先に立つ大魔王の肉体に刻まれた魔力の流れが、変化したのだ。全ての電気回路を書き換え、別のシステムに変化させるように。

 

そんな大魔王の変化、そして既知の名に警戒したハジメは足を止めた。しかし親友の刃は歩みを止めることなく、大魔王へと特攻する。両手で握った魔剣を振り下ろそうとしたその瞬間、

 

 

 

「領域指定・引星転界」

 

 

魔剣が大魔王の顔に届きかけた途端、刃の身体が空に浮かび上がる。彼だけではない。その場にいた全員が地面から足が離れると同時に、()()()()()()

 

 

「な────ッ!くそ!皆ぁ!」

 

(これは、浮遊!?違う!浮いてるんじゃない!落ちてるのか!!)

 

 

恐らくハジメ達、厳密にはユエが使う重力魔法のソレだと予想した刃。天井の岩に叩きつけられないように何とかしようとするが、ハジメやシアも、部分竜化により飛行しようとするティオすらも強力な重力に引き寄せられた直後、全員が叩きつけられた。

 

 

────結晶で構成された、巨大な床へと。

 

 

「ぐッ………こ、これは……」

 

「────ようこそ、新たなステージへ。ここならば、存分に戦えよう」

 

「………全員を重力で────っ!ラナール!」

 

「安心しなよ。非戦闘員、戦えない人間を戦場に連れ出す気はない。そんな外法を、取る意味はない」

 

 

天井付近に展開された巨大な結晶の床に着地した一同は、逆向きの世界の中で困惑する。同じく逆さ向きで浮遊する大魔王の言葉と周りの状況に、刃は気を失っていたラナールが巻き込まれた可能性に焦る。だが、大魔王の言葉通り、離れた場所で眠っているラナールには変化はない。

 

大魔王の発動した重力は一部の空間と、指定した人間に作用しているかのようだった。刃たちと同じように逆向きに浮かぶ大魔王は、再び魔力を切り替える。

 

 

「さて、攻撃の手法を変えてやろう。『魔力切替(オーバーシフト)』────生成魔法(オスカー)

 

 

指を鳴らすと、生成した黒い魔力が空気中に収束していく。黒紫の結晶が形を固めていくと、ソレは巨大な掌を形成した。一つだけではなく、二つも。空中に生成された黒い二つの手を操りながら大魔王は生成した玉座に腰掛けて、笑う。

 

 

「さぁ、是非とも楽しんでくれ。俺はゆっくりと眺めておこう」

 

「っ!来るぞ!気を付けろ!」

 

 

直後、凄まじい速度で加速する二つの掌。こういう時でもなければ、ハジメと刃の2人は『マスターとクレイジーじゃねーか!?』と叫んでいたことだろう。(もしくはデスタ◯ーアとか)しかし今の二人にはそんなにふざけてはしゃぐ余裕もない。

 

 

大魔王の操る右手と左手は、凄まじい攻撃を繰り出す。右手は無数の魔法を絶え間なく連射と同時攻撃を繰り返し、左手は凄まじい速度による物理的突進と鋭い指を振るう一撃は結晶を切り裂く程の斬撃となって、弾幕を巻き起こす。

 

 

「この硬さ、アザンチウム以上かよ!?」

 

「それくらいの硬さもなきゃ、神は殺せないからね。嫌なら言ってくれよ。望むなら加減してあげようか?」

 

「────上から目線で、物言ってんじゃねぇよ!!」

 

 

ほくそ笑んで居座る大魔王に、ハジメはシュラーゲンの狙撃を放つ。数少ない速度と破壊力で大魔王の頭蓋とバリアを破ったその一射であれば、大魔王に有効打であると判断したのだろう。

 

しかし大魔王は玉座に腰掛けたまま動かない。電磁加速により撃ち出された弾丸を前に、指を振るうだけだった。

 

 

「『魔力切替(オーバーシフト)』────空間魔法(ナイズ)

 

 

直後、信じられないことが起きる。

目の前の空間が、大きく歪んだのだ。直線上に撃たれたはずのシュラーゲンの一射はまるで捻れるように大きく逸れて、大魔王の横を飛んで行った。その光景に、ハジメは困惑を顕にする。

 

 

「空間が、歪んだ!?クソ!何だ、今のは!?アレも神代魔法か!」

 

「ヒントその一、この火山の迷宮の神代魔法さ。最も、君達には必要ないものだろうがね?」

 

 

そう言ってアルヴァーンが指を鳴らす。彼が放つ魔法が、ハジメや刃達に襲いかかる────そう思っていた直後だった。

 

 

 

────漆黒の弾丸が、空から降り注ぐ。火口から此方を狙ったであろう。殺意を帯びた魔力の弾丸は自我を持ったように大魔王へと殺到する。

 

しかし、全ての弾丸を大魔王は防ぎ切る。指を鳴らした途端、周囲の空間に穴が空いたのだ。そうして、弾丸の雨嵐を開けた亜空間の中に閉じ込め、掻い潜った。しかし、完全に防ぎ切れた訳ではないらしく、頬を抉った弾丸────再生を、その存在を許さぬ魔弾に、大魔王は笑みを深めた。

 

 

「これは、ソロモンの言ってた『魔神殺し(イレイサー)』か」

 

 

◇◆◇

 

 

数分前、アンカジ公国の医療施設の一室で壁に寄りかかっていたイクスは目を開く。静かに、無音で立ち上がった彼は有無を言わさぬ気配で外へと飛び出す。周囲の人や物に危害を加えぬ、風のように速く。

 

深く、鋭く研ぎ澄まされた意識は────殺すべき敵の気配を感知していた。足元の地面に触れ、魔力を感知しようとするイクスに、一休みしていた香織が声をかけようとしたその瞬間、

 

 

「あの、イクスさん?一体、何が────」

 

「────これは、戦乱の魔神か」

 

「え、戦乱の魔神って、確か………」

 

 

イクスが苦々しそうに、吐き捨てた。その言葉に香織は困惑を隠せなかった。戦乱の魔神、ソレはこのトータスを滅ぼそうとする厄災の一つであり、魔神連合の一角として人類殲滅を掲げる大魔王のもう一つの呼び名である。

 

 

「今、南雲ハジメと黒鉄刃達と戦っているのが分かった。この気配は、殺し損ねたということか。恐らく、このままだと嬲られるな」

 

「────そんなっ」

 

「手は打つ。魔神を放逐することは、オレの意思が許さん」

 

 

そう言って、リボルバーを取り出すイクス。フェイタルオーバー、魔神殺しの魔弾を装填した銃を天高く構え、撃ち出す。天上に伸びた弾丸を注視し、混乱するアンカジ公国の民を無視したイクスは、呪文を唱える。

 

すると、弾丸は自我を持ったように複数に分裂して、グリューエン大火山の方へと向かっていく。それから数十秒、数分が経過しても沈黙するイクスに、回復したアンカジ公国領主ランズィ達が声をかけようとした瞬間、彼は伏せていた目を見開き、苛立たしそうに歪めた。

 

 

「────外した、いや効かないか。奴め、どれだけの質量と力を内包している?」

 

 

消滅の魔弾の魔力を受けたにも関わらず、消滅が追いつかないほどの自己再生。改めて、イクスは戦乱の魔神の脅威性を認知し直した。感知しただけでも分かるが、アレは厄介だ。世界を何度も滅ぼしてきたであろうダブリスと同じくらいの力を内包している。それも、この世界で産まれたばかりの────羽化を拒む卵なのも恐ろしい。

 

 

(この世界の神、エヒトと言ったか。アレとアレに殉じた人間が、あの魔神を生み出したのだろう。救いようのない連中だ)

 

イクスはその本質と、その魔神の産まれた理由の大半を知っていた。だからこそ、かつて存在を謳歌していた神とその信者たちを心の底から侮蔑し、軽蔑する。アレは、お前達の傲慢と驕り、罪が形を成したものなのだと。

 

だが、居ない者に文句は言っていられない。この世界の神を粛清するのは確定として、まずは魔神を排除しなければならない。世界を滅ぼす厄災、破滅の意思を、放逐はできない。そう決断してリボルバーを再装填したイクスが構えた、その瞬間。

 

 

「────ならぬ。異界より、到来せし、女神の使徒よ」

 

────香織とイクスの間に、一人の男が立っていた。いつの間に、どころではない。一秒前には、その影も形もなかったはずだ。にも関わらず、顔に布を被った男は祈るかのように構えた手を、静かに下げる。

 

次の瞬間、イクスの腕が飛ぶ。肩から切断された腕が地面に落ちるよりも早く、イクスがサブマシンガンを引き抜いて叩き込む。しかし男は祈りの所作をするだけで、イクスを遠くへと弾き飛ばした。

 

 

「イクスさ────ッ!?」

 

「止めよ、同じく異界より招かれし、人の子よ。我の役目、大魔王の様の邪魔を、阻止する、のみ。攻撃の意思あらば、汝であろうと、無事では済まぬ」

 

「貴方は、一体………」

 

「ナムシュカ、『救世奉天』のナムシュカ。今は大魔王様の、理想に殉ずる、老骨、なりて」

 

「………ナムシュカ、それって確か────」

 

 

香織は王国の書物で見たことがあった。かつて魔人族の歴史に存在する四人の魔王。大魔王が現れるより前に魔人族の神アルヴの使徒として従属し、後に大魔王と共に神に反逆した前魔王。

 

『氷帝ツヴィンク』、『古王ドォルグダイン』、『導師アーカーシア』、そして最後に────『憎者ナムシュカ』。四魔王の中でも最も苛烈で、最も人類に危害を加えた魔王。

 

しかし、目の前の男からはそんなおぞましい気配は感じない。それどころか男から感じられるのは虚無感と諦観、だろうか。それでも香織は警戒を緩めることなく、男と睨み合う。

 

それからすぐに、戻ってきたであろうイクスが距離を取りながら銃を構えた。

 

 

「────何のつもりだ、貴様」

 

「大魔王様から、手を出すな、と申し付けられて、おる。この場で、静観されよ。人の子、たちよ」

 

睨み合うイクスであったが、致し方ないと言わんばかりに銃を下げる。ハジメと刃が危ないということで今すぐにでも飛び出したかった香織だが、アンカジ公国の人々の治療をしなければならない以上、離れることはできない。

 

ただ悔しそうに、彼女は歯噛みすることしかできない。ただ遠くで起きてる戦いを見届ける以外にないのだと、香織は祈る以外なかった。

 

 

◇◆◇

 

「イレイサーか。まあいい、あちらには手を打っている」

 

 

大魔王が目を、意識を逸らしているその間、刃とハジメは目配せをした。このままでは大魔王に勝って抜け出すこともできない。そうしたら、今もアンカジ公国で苦しんでいる人々は『魔瘴核』で死んでしまうことだろう。

 

二人の決断は、揺るぎないものであった。

 

 

「ティオ、お前は脱出しろ。時間と隙は俺達が作る」

 

「なっ!?ご主人様よ、妾に見捨てろというのか!?妾は、妾だけはご主人様の側にいる資格がないと────」

 

「違ぇよ。お前は良い女だ、俺にはもったいねぇくらいだ。だが、今はそういう話じゃねぇ。香織やアンカジ公国の皆に静因石を届ける必要がある。けど、今の俺達じゃあ奴を突破して公国に戻れるのは、お前しかいねぇ────情けねぇが、お願いだ」

 

 

憤るように掴み掛かったティオに、刃は心の底から申し訳なさそうに呟く。大魔王を突破して公国に戻るのは理論上、不可能だ。せめて一人でも逃がしておく必要はある。それが可能なのは、竜化できるティオだけだ。

 

 

『────任せよ!!』

 

「ティオ!悪いが、香織やミュウに後で会おうって伝えといてくれ!」

 

「イクス達にも、だ!ここは任せとけ!必ず生き残る!」

 

『ふふ、委細承知!』

 

 

静因石を受け取り、竜化したティオが空へと飛び上がる。ハジメと刃の言葉を聞き入れた彼女は空高く、重力の網を潜り抜けて、火口の出口へと飛翔していく。

 

 

「────逃がさんよ」

 

 

玉座で膝をついた大魔王が一言。次の瞬間、彼の全身から黒紫色の魔力が噴き出した。一気に放たれた魔力は直線上の弾丸となって、上空へと飛び上がったティオを掃射した。魔力の砲撃の雨を受けながら、ティオは不敵に笑う。

 

 

(ふん、この程度の痛み!ご主人様の一撃に比べれば────)

 

『やっぱり痛いのじゃぁッ!!?こなくそぉおおおおおッ!!!!!』

 

全身を、鱗を砕くほどの魔力の雨を受け、流石に悲鳴を上げて突撃するティオ。この世界では扉を開いていない彼女には、過剰すぎる痛みであろう。しかし主の言葉を信じ、涙を堪えてティオ・クラルスは火口の出口へと向かう。

 

────その出口を、黒い塊が封じた。巨大な重力弾の塊が。

 

 

「言ったろう?逃がさんよ、と────『極滅・大絶禍』」

 

 

擬似的なブラックホールを内包する球体がティオを押し潰さんと迫る。邪魔をするなと言わんばかりにハジメはドンナーとシュラークの二丁連撃を叩き込む。だが、大魔王は左手を振り翳し、弾丸を全て空気中に静止させた。

 

しかし、当のハジメがニヤリと笑ったことに気付く。そこで大魔王はもう一人の青年が近くにいないことを確認した。居場所は探ろうとせずとも、予想が付く。

 

 

「────おおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

重力を付与されたであろう魔剣フェンリルを両手で握り、空を蹴る刃。今にも叩きつけられる重力球をこじ開けようとしたティオが驚く中、その横を通り抜け────重力を纏う斬撃を、振り下ろす。

 

 

「剣技!『破砕重帝斬』ッ!!」

 

 

ヴォォンッ!!!、という重音を響かせる一撃は重力球を真っ二つに斬り裂いた。その行動に、大魔王すらも驚きに目を見開く。アレを破壊するのか、と感心したアルヴァーンを他所に、ティオは唖然として硬直していた。そんな彼女の横を落ちながら、刃は叫ぶ。

 

 

「行けェ!!ティオぉ!!!」

 

『────愛してるのじゃあ!!ご主人様ぁ!!』

 

「………………逃げられたか」

 

 

追撃を叩き込もうとしたアルヴァーンは、既に火山から抜け出したティオの姿に目を細める。興味を失ったように意識を反らした大魔王は、不敵に笑うハジメが挑発を吐き捨てた。

 

 

「追わなくてもいいのか?大魔王が獲物を逃がしたなんて、笑いものだぞ?」

 

「竜人族を逃がしたところで、お前達が逃げ切れるはずあるまい?それとも挑発すれば、この大魔王が正気を失うとでも?だが、その挑発に敢えて乗ろう────『魂魄魔法』」

 

 

張り付けたような笑みを浮かべたまま、大魔王が自らの魔力を切り替えて再び神代魔法を展開する。しかし今度は何らかの事象を操るのではなく、鏡を組み込んだアーティファクトを取り出した。

 

 

「お前達の実力は目に見えて分かった。だが、その心は強靭

かな?──────『心傷覚光』」

 

「っ!皆さん!避けて!!」

 

 

高く翳したアーティファクトから、光が周囲へと広がる。少し先の未来を見たであろうシアの怯えた姿に、全員が距離を取る。だが、完全に回避が成功したのはソーナやシノ、シアの三人。刃とユエはその光を直視してしまい、ハジメは辛うじてだが────その光を目で見てしまった。

 

 

「がッ、あああああアアアアアッ!!!??!」

 

 

────次の瞬間、ハジメの思考を記憶が覆い尽くした。かつて奈落で味わった地獄を。腕を千切られ、魔物に殺されかけた時の記憶が、あの時体感した恐怖が、腕を失った激痛が、一気に頭に流れ込んでくる。

 

耐えられない、耐えきれない、悶え苦しむハジメに白い光が寄り添った。それが仲間の一人である聖霊であることに気付いたハジメは、いつの間にか無数の情報から解放されていた。

 

 

【────キュー!キュー!】

 

「ぐ、グア、ん……?…………い、今のは…………奈落での────っ!?ユエ!刃!?」

 

「ぐ………ぅぅ、私は大丈夫…………でも、ジンは」

 

 

「─────ぁ、───ぁ」

 

 

ユエが心配そうに見つめた先で、刃が蹲っていた。頭を抱え、苦しそうに呻く彼の様子は尋常ではない。慌てた様子でハジメは駆け寄り、肩に手をかける。

 

 

「大丈夫か、相棒。よく分からんが、幻覚だろ。」

 

「────」

 

────何故お前はそんな目をするのか、不愉快だ

 

 

ヒュッ、と彼の喉から息が漏れた。

途端、ハジメの手を振り払う刃。その顔を見たハジメは、呼吸が止まった。振り向いた彼の表情は、恐怖に歪んで怯えていた。震える瞳で誰かを見ながら、彼は頭を抱えた。泣きじゃくった、子供のように。

 

 

「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!許して!今度こそ役に立ちますから!言う通りに、出来るようになりますから!何でもしますから!」

 

「あ、あいぼ………刃」

 

「だから、捨てないで!捨てないでください!俺は、俺は、役に立つから…………誰かの為に、死ねるから、死んでみせるから……………すてないでっ、おとうさん」

 

 

頭を抱えて、必死に何かに縋ろうとする刃の様子はあまりにも幼く、痛々しいものであった。その様子に思っていた以上に動揺していたハジメ。行き場のない感情が渦巻く中、刃のこれほどの取り乱しように、大魔王の魔法が何か分かった。

 

────対象のトラウマを、深掘りさせる魔法だ。それもただ想起させるのではない、まるで体感してるかのように直接感じさせる、魂に踏み込んだ技。だからこそ、ハジメはあの時の痛みは恐怖に襲われ、正気を保てなかった。刃もここまで錯乱したのは、トラウマのあった幼少期に引っ張られたからであろう。

 

 

「シア、よく分かったな。助かった」

 

「は、はい…………私も、危なかったですから」

 

「…………未来で、見たのか?」

 

「はい────姉様の事で」

 

────姉様!いや、お姉様ぁ!!

 

 

未来視でシアは、錯乱して泣き叫ぶ自分の姿を視た。何を見たのか、彼女はそれだけで理解した。かつて、今でも大切に思っている家族、メアが目の前で死にかけていたのだろう。ただただ何かを塞ごうと必死な自分の姿に、姉の最期を見せつけられるかもしれない恐怖にシアは怯えていたのだ。

 

そして、シノやソーナが心配そうに寄り添っていた刃も、震えながら立ち上がる。どうやら自力で意識を覚ましたのだろう。涙で汚れた顔を拭いながら、彼は弱々しく零す。

 

 

「…………悪ィ、情けねぇ面見せた」

 

「………無理ねぇよ。悪いのは、あのクソ野郎だ」

 

 

ギロリ、とハジメは大魔王を睨みつける。恐怖や恐れはない、それ以上の怒りと殺意が、ハジメの思考を鋭く、冷徹に落ち着かせていた。

 

 

「随分と胸糞悪いことしてくれたな、大魔王」

 

「非礼は詫びよう。だが、所詮は人間だな────その程度では、俺どころか神を殺せはしない。この迷宮から、神代魔法を得る資格はない」

 

「資格?お前にそれを決められる謂れはねぇ。そういう上から目線で物言われるのは、気に入らないんでな」

 

「────俺もだ。そこに関しては、まぁ同感だな」

 

 

神に反逆を誓った解放者の一人であり、魔人族の神を殺したアルヴァーンは静かに納得していた。しかしその瞳から感情を消し去り、冷徹に吐き捨てる。

 

 

「だからこそ、お前には神代魔法を渡さない。彼等の遺した魔法は、後の世のために使われる為に、解放の意志を果たす為に遺されたものだ。お前のような解放の意志をゴミとしか思わぬ人間風情が手にしていいものではない」

 

「…………確かに、俺には分からねぇものだよ」

 

 

現に、それを無下にしたのは自分自身の意思だ。

それのせいで親友は殺されかけた。地雷を踏んだ自分が悪いとは思っていたが、だからといってはいそうですかと頷く道理はない。

 

 

「だが、アイツは俺のやり方を肯定したぜ」

 

「……………アイツ?」

 

「『君は君の思った通りに生きればいい』、いずれ神とも戦うってな。お前の言ってた、ミレディ・ライセンがそう言ったんだよ」

 

 

「────何を、知った気で

 

 

信じられないほど低い、怒りに満ちた声が空気を支配する。

憤怒というよりも、憎悪と狂気に等しい感情が渦巻いているのだろう。全身の姿が歪んでいくように見えるのは錯覚だろうか。背後に浮かぶ影がより大きくなり────複眼を有した巨影が、妖しく蠢いていた。

 

今度こそ本気で何かしようとしているであろう大魔王に、身構える一同。顔に浮かぶ影が揺らぎ、形が崩れそうになったその瞬間、

 

 

 

「────いえ、陛下。残念ながら、お時間です」

 

 

バサッ、と翼のはためく音と共に、声が響き渡る。上空に現れた白竜とそれに乗る魔人族の男、大魔王の右腕────フリード・バグアー。彼の一声と同時に世界を呑み込もうとした重圧感が、消え去った。




『魔力切替』

大魔王の持つ奥義の一つ。神代魔法を使えるように魔力の流れを作り替え、神代魔法に特化させる。この際、大魔王は神代魔法をそれぞれの名前ではなく、使い手の名前を詠唱する。


大魔王にとっての地雷は魔人族のこと以上に、解放者と妹の案件です。それに口出しされたら冗談抜きで何をするか分からない。多分天之川あたりは解放者あたりのこと知ったら地雷踏み抜いて確殺されかねない(冷や汗)

さて、次回もお楽しみにお願いします!それでは!

清水の今後について

  • 生存その1(生き残るけど戦えない)
  • 生存その2(護衛組の一人として戦う)
  • 死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
  • 意識不明の重体として途中退場
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