ありふれた職業で世界最強 新生譚   作:虚無の魔術師

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灼熱の神・動き出す闇達

「────フリード。合図があるまで待機していろ、と言ったはずだが?」

 

 

冷徹な、ハジメ達に向けていた鋭さよりも冷たい覇気が、フリードへと向けられる。直接向けられたものではないのに、悪寒が消えない。蛇に、竜に睨まれた蛙かのような恐怖が、身体の芯へと伝わっていく。

 

しかし、フリードはやはり臆することはない。それどころか跪きながら、忠言を続けた。

 

 

「大魔王様────時間切れです。それ以上は、肉体が持ちません」

 

「………………ああ、そうか」

 

 

その言葉を受けた大魔王は、落ち着いた声で呟く。足元の影、そして崩れかけた輪郭がゾワゾワと蠢いている。まるで内側から這い出ようと、何かが湧き上がっていこうとしていた。その瞬間足元から伸びた鎖が全身を縛り上げ、その上から大魔王の装飾を伴う外套が纏われた。

 

 

「思ったよりも、早いな。いつもならもう少し時間があったと思うんだが………」

 

「恐らく、一度肉体を破壊されるほどのダメージを負ったからかと。それにより魔神の力が増長しているのかもしれません」

 

「────封印を、強めねばならんか。全く厄介なものだ、魔神というものは」

 

まるで魔神そのものを忌み嫌うような言い分の二人。大魔王自身もその中で蠢く影を警戒しながらも、すぐに冷徹な眼差しでフリードに語りかけた。

 

 

「それで、要石は?」

 

「全て破壊しました。後は一押しで、全て呑み込むことでしょう」

 

「ご苦労────さて、待たせたな」

 

 

張り付いた笑みを浮かべ、此方を睥睨する大魔王。両手を重ねたかと思えばパチパチと拍手を鳴らし、彼等への敬意と感嘆を口にした。

 

 

「ここまでよく足掻いてみせた。この大魔王を前に、ここまで生き延びたのはお前達くらいだろう」

 

「ハッ、よく言うぜ。舐めプしたの間違いだろ?」

 

「…………貴様」

 

「ああ、その通りだ。俺はお前達を甘く見ていた。それ故の慢心、それ故の驕りであると改めて認めよう。────故に、業腹ではあるが、お前達は殺しておこう。手段は問わず、な」

 

 

挑発を緩めないハジメへの怒りを顕にするフリードを片手で制したアルヴァーン。未だ微笑みを貼り付けたままの大魔王は、直後指先に魔力を込める。

 

そして、一閃。ビームと呼ぶべき魔力がハジメ達を────彼等の足元に突き刺さった。地面を貫通した魔力はより深くにまで伝わり、世界を────静止していた空間を、大きく揺れ動かした。

 

 

「ひぇぇぇぇっ!?マグマが昇ってきますぅ!?」

 

「す、水位が、上がってる!?」

 

「ッ!テメェ!何しやがった!?」

 

「グリューエン大火山、見ても分かる通り活火山だ。しかしグリューエン大火山は数千年の間、一度も噴火したことがない。可笑しいとは思わないかい?」

 

「────要石か!」

 

 

地震などの現象を抑える為に、起点となる部分に配置されるもののを事を言う。しかしこの世界では恐らく魔力を込められた擬似的な封印みたいなものであったのだろう。数千年もこれほど活性化したマグマが噴き出したこともないのは、それが理由のはずだ。

 

だが今、要石は砕かれ────大魔王の魔力を注ぎ込まれたマグマは一気に臨界点を越えて、爆発寸前である。そんなマグマを見下ろした大魔王は、静かに白竜の背に立つ。そして彼等を見下ろしながら、無機質な眼差しを向けた。

 

 

「さらばだ、人間ども。彼等が遺した迷宮と共に、マグマの底に沈むがいい」

 

 

そう言って、白竜と臣下と共に大魔王は大火山から脱出した。攻撃をする気にもなれなかった。下手に手出しをして、気が変わってしまうのはもう御免だと、皆が察していたからだ。

 

 

「アイツら、律儀に出口も塞ぎやがったみてぇだ………どうする?相棒」

 

「ついさっきから、真ん中の島のドームが消えてる。あそこに何かあるかもしれないな。急ごう」

 

「────悪い!先行っててくれ!」

 

 

火口の出入り口に蓋をされた、恐らく魔力の攻撃で埋め立てたのだろう。既に脱出方法を失った以上、この迷宮の奥にあるものを探すしかない。そう言って中央の島へ向かおうとする一同を他所に、刃は慌てて背を向けた。

 

一気に吹き出すマグマの奔流を掻い潜りながら、刃は少し離れた地面の方に着地する。そこで静かに寝ていたラナールを呼びかけた。しかし返事はない。それだけ眠りが深いのだろう、と察した刃は彼女に一言謝罪してから背負うことにした。

 

 

「相棒、ラナールは………無事か?」

 

「ああ、多分力を使い過ぎて寝てるだけだろ。心配しなくても、多少寝かしときゃ目が覚めるさ」

 

「そうか………じゃあ、入るぞ」

 

 

ハジメ達が島の中心にあった四方体の中に入るのと、噴き出したマグマの波が中央の島をも呑み込もうと流れ込んできたのは同時だった。静かに開いた扉が全員が入ったのを感知して閉ざされて、流れ込んできたマグマを間一髪でせき止める。

 

 

中に入ると、そこには何一つない簡素な空間────ではなかった。中心に用意されていたのは、巨大な火のついた聖火台である。刃達が歩みを進め、近付いた途端に────凄まじい炎が吹き荒れるような感覚と共に、意識が呑まれた。

 

 

◇◆◇

 

「っ!?ここは?」

 

「いつもの空間だな………ん?相棒達が来るのは初めてか」

 

 

意識が覚醒したハジメたちは、自分達があの四方体の部屋ではないことに気付いて混乱していたが、刃は妙に落ち着ききっていた。雰囲気は違うが、この静けさと神聖さを感じる領域は、旧神の眠る場所なのだろう、と。

 

そんな彼の予想通り────突如、荘厳な声が響き渡った。

 

 

「────おぉ、懐かしい。人の子が現れるとは、何百年、何千年か」

 

 

少し離れた巨大な炎が揺らぐ神殿の前で、一人の男が降りてきた。燃えるような赤く輝く髪を払い、軽い布を纏ったような服装をしている優美な男性。しかしその手に一際大きな酒樽を手にしながら、その男性は嬉しそうに笑いながら刃達に呼びかけた。

 

 

「アンタ、まさか炎神か………?」

 

「んん。ああ、そうさな────如何にも。我こそは、炎神 エンデルヴァルカン。灼熱と祝福の神。解放者が一人ナイズ・グリューエン・カリエンテとの盟約を受け、人々を見守る旧き神の一柱である────ヒック」

 

 

威厳ある態度も一瞬、酔いを隠しきれない炎神 エンデルヴァルカン。神ということで身構えていたハジメだったが、そんな人間的な姿に呆れが顕になる。そして、隣にいた親友に、疑問をぶつけた。

 

 

「………アレ、本当に神なのか?他の神もあんな感じか?」

 

「いや、俺の会ってきた神は威厳あったから………あの人、いや神か、あの神様がおかしいだけだと思うが」

 

「んー、手厳しいねぇ〜」

 

 

そう言いながら酒樽に頭を突っ込んで酒を浴びるように呑むエンデルヴァルカン。本気で神か?とでも言いたげなハジメ達一同。酒樽を持ち上げるように口に入れた神は、恍惚とした様子で酔いしれていた。

 

 

「あ゛〜、相変わらずアンカジの酒は旨ァい。これ呑むだけでもう数十年は生きてられる。血と肉が、魂が潤うなァ〜」

 

「あの………炎神、様。俺達がここに来たのは…………」

 

「────継承だろう?わかっているさ、ヒック」

 

 

頬を赤くしながら、掌に小さな炎を生み出す炎神。小さくも煌々と燃え続ける火種はエンデルヴァルカンの手から刃の元へと離れ、彼の胸の中へと消えていった。

 

 

「継承は完了した。我が神の力は燃え尽きることなく火を滾らせる、不燃の意志────『熔炉躍動』。魔力の効率を極限まで最適化し、魔力の消耗を大いに減らす。剣帝君、君ならば当分魔力切れになることは無いだろう」

 

「魔力効率を上げる、か………具体的にどのくらいなんだ?」

 

「君達の戦いで見た感じだと、剣帝君のアレ、あったろ?『神魔装剣』だっけ?恐らく五分か十分で魔力切れになるだろうけど、今なら三十分くらいは使えるようになると思うなぁ」

 

「そ、そんなに上がるのか!?」

 

 

唖然とする刃の反応も無理はない。

兵器の動力で例えるのであれば、バッテリー駆動から核動力レベルのエネルギー効率の変化である。魔力効率の発展という話ではない、下手すれば何世代レベルの技術的進歩物だ。

 

無論、そんな効果のある力にハジメは片方しかない目を光らせた。

 

 

「おい、神様。その力、俺達には使えるのか?」

 

「まぁ使えなくもないけど………継承者でもないのに、力を欲しがるとは、君思ったよりも面の皮厚いね」

 

 

今更、と面の皮の厚さを知って鼻で笑うハジメ。貰えるものは貰うし、利用するものは利用するタイプのハジメとしては食いつかない理由はない。

 

当のエンデルヴァルカンは嫌そうな様子は見せなかったが、ハジメ達を見渡して、困ったように呟いた。

 

 

「んー、出来るとしたら剣帝君と君だけになる。他の子達は当然無理だけど…………眼帯君は、やっぱり無理そうだね」

 

「………一応聞くが、何でだ?」

 

「魔物とか食って、取り込んだろう?それが理由さ。君の中にある魔物の血肉は、神の力を拒絶する。君の取り込んだ魔物がそうだからじゃない。魔物自体、魔物に流れる『彼女』の怨嗟が、あらゆるものを拒絶するのさ」

 

(…………『彼女』?)

 

 

ハジメの体質的に、魔物を喰らいその力を取り込んだことが、神の力を得られない理由の一つであると語るエンデルヴァルカン。そんなものか、と納得したハジメを尻目に刃は途中に聞こえた単語に顔を顰めた。

 

それが誰を示しているのか聞こうとしたその時、エンデルヴァルカンが目を細めた。外での出来事を感知したのか、或いは何かの干渉を受けたのか、困ったように笑う。

 

 

「さて、悪いが時間のようだ。アイツ………リヒトって名乗ってるんだったか。アイツが君達を待っている。この迷宮を攻略した褒美の神代魔法を与えて、長話をするためにね」

 

「攻略か。ガーディアンを倒せていないが、それでいいのか?」

 

「事情が変わった。かつての解放者の一人である大魔王が迷宮を破壊した以上、我々に猶予は遺されていない。剣帝の使命を果たすためには、神代魔法の力は必要不可欠になるだろう。四の五の言ってる暇は無いと見るべきだろう」

 

 

恐らく、今回の一件で不動を貫いていた大魔王も動くことだろう。あの時の話が本気であれば、ハジメ達の邪魔や妨害、今回のように自分自身で阻止しに来るかもしれない。

 

これ以上待ちに徹している余裕はないと神々も理解したのだろう。この空間から離れた後に待っているリヒトから魔法を受け取って、次の迷宮に向かへと伝える。

 

 

「別れる前に、人の子達よ。この世に残され、忘れられた旧き神の一柱として、汝達に神託を贈ろう」

 

 

そこで、エンデルヴァルカンが酒樽を一呑みしながら、真剣な顔で告げた。酒を飲んだ所で台無しな気分でもあるが、神はそんな事を気にせずに淡々と口にした。

 

 

「これから、汝達は多くの困難と苦難が待ち受けることであろう。その先にあるのは絶望が、悲劇かもしれぬ。抗い難き現実が、あるのやもしれぬ」

 

「…………」

 

「だが、我等は信じている。汝達人間が掴み取る未来が光と希望に満ちたものであると、我等は信じている。それ故に、我等は彼女との契約を結んだ────汝達の歩み、果てなき困難の先────祝福あれ!」

 

 

高らかと告げる炎神の声と共に、世界が光に包まれる。そんなハジメ達の意識が消える直前に、目の前に浮かんでいたのは見覚えの結晶。それが発した光に呑まれ、いつもの見覚えのある空間────ではなく、全く知らない世界へと放り出された。

 

 

◇◆◇

 

 

「────やれやれ、まさか砂漠に行く前に寄り道をすることになるなんてね」

 

「まぁまぁ、困った人達がいたら放っておけないのはオーくんも同じでしょ?」

 

 

とある森の中、ある程度整備された道の上で二人の男女がそう語らっていた。黒い正装を着こなした眼鏡の青年と、白が強調されたドレスを身に纏う華奢な少女。彼等は足元で全滅した教会の兵士達に見向きもせず、近くで倒れた人々の遺体に黙祷を捧げた。

 

────当初旅を続けていた彼等は、教会に襲撃された人々を見つけたのだ。助けようとしたのも束の間、逆に人質に取られて振りに回ったかと思えば、彼等は全員舌を噛み切ったのだ。その動揺の隙をついて何とか全滅させたが、助けられなかった事実に二人は悔しそうにしていた。

 

「………この人達、魔人族じゃないか。こんな土地に来るなんて、一体何があって…………そもそも、どうして自害なんかしたんだ?」

 

「────誰かを守る為、とか?」

 

 

少女の一言に、青年の表情が強張った。彼等から感じた覚悟はそれくらいの強さはあった。自分達は死んでも必ず誰かだけは守ってみせるという強い意志が。

 

その後、青年は付近に生存者がいないかアーティファクトを使って探った。万が一に掛けてのことだったが、反応があった。ここから少し離れたその場所に、二人の生体反応があったのだ。

 

急いでその現場に向かい、辿り着いた二人は────絶句した。その場には、死体しかなかった。無数の死体、教会の騎士であろう亡骸が何十も転がっていた。その死体の山の上に、誰かが立っていた。

 

 

「────ッ!新手か!」

 

「っ!待ってくれ!僕達は君に危害を加える気はない!何があったか、教えてくれないか?」

 

「人間に!話すことはない!」

 

 

全身を覆い隠すようなローブに身を包んだ何者かは血に塗れた大剣を構える。思わず二人は抵抗の意思は無いことを示す。その何者かが、子供であることに気付いたからだ。しかし相手は興奮しているのか青年の言葉に聞く耳を持たなかった。

 

 

「お、お兄様………待って」

 

「っ!?アクシア!出てくるな!隠れてるんだ!」

 

「で、でもその人達、悪い人達じゃないよ…………教会の人じゃないと思うの」

 

 

ヨタヨタと、近くの木陰から少女が姿を現した。弱々しい声を発した少女に大剣を握る子供が叫ぶが、少女は怯えながらも自分の意見を通そうとする。驚いていた青年は同じようにローブを羽織った少女の顔から血が流れていることに気付き、慌てて駆け寄る。

 

 

「君!怪我してるのか!早く手当てしないと────!」

 

「────妹に近付くな!!」

 

 

近付こうとした青年に、一瞬で斬りかかろうとする少年。恐ろしいのはその素早さ。目にも止まらぬ速度で迫る少年の振るう大剣を青年は傘のアーティファクトで受け止める。その瞬間、ローブが取れて少年の素顔が顕になった。

 

光に照らされて輝く銀髪、黒曜石のような瞳。普通の人間とは思えない特徴的なその姿に、青年が思わず呟いていた。

 

 

「まさか────君は、魔族なのか?」

 

「────ッ!?」

 

 

一瞬動揺した魔族の少年が、強い殺意を持って青年に斬りかかろうとする。それを金髪の少女が止める前に、ローブの少女が前に出て、叫んだ。

 

 

「止めて!お兄様!この人達は、悪い人じゃない!」

 

「っ!そこをどけ!アクシア!」

 

「どかない!アル兄様こそ、話を聞いて!悪くない人を襲っちゃ駄目って皆から教わってたでしょ!?」

 

「────人間は!悪い奴らだ!皆を殺して、お前を傷つけた!お前の目を、潰したんだぞ!!」

 

 

そう怒りのままに怒鳴る少年の前に立つ少女の顔には、深い切り傷が付けられていた。恐らく教会の騎士に襲われた際につけられたのだろう。未だに傷口から血が止まらない状態でも、彼女は痛みを堪えて食いしばっている。

 

それが少年にとって、強い怒りと憎悪の根源なのだろう。血走った目で正気を失った彼は、全ての魔力を噴き出した。

 

 

「皆嫌いだ!生まれてきたからずっと俺達を殺そうとして!人間も魔人族も!皆敵だ!俺の家族に、妹を傷つける奴等皆────死んでしまえばいい!!」

 

「っ!暴走してるのか!?不味い!────■■■■!」

 

「はーい!愛しのオーくんの頼みもあるからね!本気出しちゃうよー!」

 

 

青年の叫びと共に、勢いよく周囲に撒き散らされる魔力の嵐。直後、■■■■と呼ばれた少女は指を鳴らし、その魔力の嵐を押し潰した。たったそれだけでドス黒く歪んだ魔力を霧散させる。

 

 

「っ!?僕の魔力が!」

 

「もう止めよ?妹ちゃんも泣いてるからさ………家族を泣かせるのは、お兄ちゃんとしてダメでしょ?」

 

「う、うるさい!人間の言葉なんか!誰が聞くか!僕達を傷付けて、騙すような人間の言葉なんか────!」

 

 

優しく諭すように呼びかける■■■■に、少年は話を聞きたくないと言わんばかりに大剣を振るう。その刃が彼女の首に触れる直前で、停止した。

 

少年は困惑する。魔力を押し潰した力は発動されてない。何なら自分が無意識に刃を直前で止めたのに抵抗の素振りも見せない彼女に、少年は動揺していたのだ。

 

「な、なんで、僕は………あの攻撃を、しないんだ………?」

 

「────私達は、君達を傷つけないよ。ただ助けたい、それだけなんだ」

 

「い、いやだ………助けなんかいらない………近付かないで、来ないで!」

 

 

力を使わずに歩み寄る少女に怯えた、というよりも首に食い込んだ刃から血が垂れることに、傷付けることに恐れた少年が大剣を捨てて、拒絶しようと必死だった。

 

だが、少女は────少年を優しく抱きしめる。

 

 

「もう、怖がらなくていいよ。君達がよければ、私達が守るから」

 

「ぅ、ううう…………」

 

 

少女の抱擁により、溜め込んでいた思いが限界になったのだろう。少年はポロポロと涙を流して、泣き叫んだ。少女は、彼が泣き止むまで抱き締めていた。

 

 

────それから、少年が泣き止んだ後、事情を聴くことができた。彼等が何故ここにいたのか、彼等が何者であるかも全て。

 

 

「………成程、君達は魔人族からも教会からも追われていたのか」

 

「う、うん。私達、魔族の中でも王族の血統だって…………お爺ちゃんが言ってて。人間族の神様や魔人族の神様からも疎まれてるみたいで………」

 

「────僕達を守ってくれた人達も殺された。その後、アクシアが傷付けられて、カッとなって全員…………これから僕達、どうすればいいか」

 

魔人族からも人間族からも追われる存在。二人は互いに目を合わせることになった。魔族とは、魔人族となる前に存在していた神代の種族。神からも忌避される一族ということは、エヒトにとっても危険な存在なのかもしれない。

 

そんな考えが無かったわけではない。しかし少女はそんな打算とは無縁の意図で、とある提案を切り出した。

 

 

「それなら!私達と一緒に来るのはどう?人間族の神(エヒト)のクソ野郎をぶちのめして世界を変えれば、君達も狙われる理由はないからね!」

 

「…………いいのかい?仮にも子供だろう?彼等を巻き込んで、何かあったら…………」

 

「いいのいいの!この子達を他の所に預けるよりも、私達と居たほうが安全だし!────何より、思ったよりも私達に懐いちゃったし。離れる方が嫌だと思うけどなぁ」

 

 

そう言って少女と青年は互いの側にすり寄った双子の魔族を見る。彼等の懐きようから見ても、簡単に離れることはないはずだ。致し方ない、と青年の方も諦めたようであった。

 

 

「僕、アルヴァーン。こっちが妹のアクシア…………お姉ちゃんとお兄さんは?」

 

 

「────僕はオスカー、オスカー・オルクス。そして彼女が────」

 

「はーい!皆のミレディ・ライセンちゃんでぇす!これから長い付き合いになるかもしれないけど、よろしくね!アルくん!アクシアちゃん!」

 

◇◆◇

 

 

「────今のは」

 

「………人類の殲滅を決意した大魔王、彼が解放者となった日の記憶だよ」

 

 

ふと視界が切り替わって、困惑するハジメ達。あの光景が何だったのかという疑問の答えは、即座に届いた。白い空間の中で、寝転がる金髪の男性 リヒトを見たハジメは露骨に顔をしかめる。

 

 

「お前かよ」

 

「相変わらず辛辣だね。もっと威厳ある登場した方が私への敬意も沸いて出てくるかい?」

 

「元からねぇものが出ると思うか?」

 

「うーん、淡白。しかしこれを自業自得と呼ぶべきなのかな。ある程度勉強してみたんだが」

 

相変わらずウザったい態度が目立つリヒト。やれやれ、と何処か偉そうな態度に苛つく感情を覚えながらも、ハジメは怪訝そうに問い掛けた。

 

 

「それよりも、だ。今のは何だよ」

 

「何、とは?」

 

「あの光景だ。アレを、大魔王が解放者の一員になった記憶を見せたのはどういうつもりだ?」

 

「────君は、彼と対峙してどう思った?」

 

 

唐突なリヒトの問いに、ハジメは今度こそ眉をひそめた。ハジメが大魔王に感じたのは、妙な大人しさと反立した無慈悲さ、それ以上に絶望的なまでの力の差であった。

 

今まで対峙した相手以上の化け物であった、と内心恐怖を押し殺すのが精一杯だった。だが、それ以外に何があるのかと思案していたその時、ユエがポツリと溢した。

 

 

「魔神にしては、理性的過ぎた」

 

「…………フッ、真祖の姫君には分かったようだね」

 

「貴方やイクスから聞いた魔神は、世界を滅ぼすことしか頭にない怪物って言ってた。思考することや自我があってもその殆どが滅ぼすことや殺すことしか無いって────でも、大魔王は違った。大魔王は人類を滅ぼすのも、魔人族の為と言っていた」

 

「その通り。では何故、大魔王が魔神と呼ばれているか。彼が何故意思を持っていられるのか、分かるかい?」

 

そんなリヒトの言う謎に答えられる者はいない。それを知ってから知らずか、面白そうに口元を緩めた彼は自らの両手を絡め合わせ、握り締めながら告げた。

 

 

「────封じているからさ。魔神としての己を」

 

「封じて、いる?」

 

「そう、自らの肉体を封印の器として、魔神の覚醒を遅らせている。大魔王自身、魔神として覚醒すれば全てを、魔人族すらも滅ぼすことを理解しているからだろう。………だが、戦乱の魔神も強大だ。その力は自身を封じる大魔王の意識をも蝕み、今の彼を歪めている」

 

 

正気ではあるが正気ではない、とリヒトは言う。

話が通じるようで通じないのも、精神汚染を受けていた証明でもあるのだろう。今の大魔王は内から這い出ようとする魔神を世界から隔絶しようとする蛹でもある────その魔神に意識を蝕まれて、戦争を行おうとしているのは狂気故か、肉親を失い、再び人間に裏切られた絶望故か。

 

 

「恐らく、今回の件で大魔王は人間側を確実に滅ぼすつもりだ。大火山の迷宮を破壊した以上、他の迷宮も破壊する可能性が高い。君達に魔法を与えないように、ね」

 

「…………悪かった。今回ばかりは、俺のせいだ」

 

「まぁ、無理もないさ。私も驚いた。あの彼が、あそこまで怒り狂うなんてね────よっぽど精神的に弱ってきているらしい。昔の彼なら怒りはすれど、あんな事をするとは思わなかった」

 

 

大魔王を怒らせた要因に心当たりしかないハジメが悔いる中、リヒト自身も大魔王の変貌に驚きを隠せなかった。冷静に怒るかもしれないとは思っていたが、まさか仲間の一人を殺そうとしてそれを笑うまでに歪んでしまったとは、思いたくもなかった。

 

 

「さて、君達に次に与える魔法は空間魔法だ。適性があるのは…………フム、そこのくノ一のお嬢さんや王女様含めた全員使えるね。全員、使えるようにするかい?」

 

「ホント!?空間の神代魔法なんて面白いものね!」

 

「…………主様の力になれるなら、喜んで」

 

 

了解した、とはしゃぐソーナや静かに頷くシノの言葉に応じたリヒトは指を鳴らす。その瞬間、全員に空間魔法が与えられた。初めて神代魔法を与えられるソーナやシノは突然の事に動揺していたが、ハジメ達は慣れていたので気にしていなかった。

 

 

「そろそろお別れか。次は……………近い所はメルジーネ海底遺跡か。少々、厄介なのが集まっているようだ。出来る限り早く向かうといい」

 

「それよりも、気になってたんだが」

 

「ん?何だね?」

 

「─────どうして相棒だけ、ここにいない?」

 

「………………?」

 

 

ずっと感じていた疑問、ソーナやシノも呼ばれているこの空間に、何故かいない親友の姿にハジメは謎に思っていた。しかし当のリヒトも困惑したように首を傾ける。何を言っているのか、分からないと言わんばかりの様子で。

 

 

◇◆◇

 

 

「こ、ここは…………?」

 

 

目覚めた先に広がるのは、白黒の世界。辺り一帯が白と黒でしか表現されず、生き物の気配はおろかは、世界そのものが死んでいるのかと錯覚させるような景色。

 

そして、自分の立つ場所────何処かの聖域、いや神殿を思わせるような厳か領域。刃は何故ここにいるのか、まだ分かってすらいない。困惑して周りを見渡していた刃の視線は、ある一点に釘付けになった。

 

 

────巨大な棺。無数の鎖で縛り上げられたソレは、身動ぎもすることなく停止していた。しかし色を失っても尚、その内から感じるものは消えておらず、刃に思わず身構えさせるほどのオーラが放たれていた。

 

そして────その足元に、一人の少女がいた。黒と白が特徴的な布で全身を覆い隠す彼女の姿は神秘的でありながら、死を感じさせるような姿である。顔を布切れで隠しながら、少女が振り向いた。

 

 

「────■■■■」

 

「お前が、俺を呼んだのか?」

 

「■■■■、■■■■、■■■、■■■■」

 

 

思わず、問い掛ける刃。しかし少女の声は響かない、理解できない雑音となる少女の声は繰り返され、少女はゆっくりと刃へと触れようとする。

 

刃自身も、それに何故か抗えなかった。少女に何を感じたのか、自分自身でも言語化できなかった。手を差し伸ばそうとして、指先に触れようとしたその瞬間、ある声が脳裏に響いた。

 

 

────刃さん、ダメです────

 

「……………ラナール?」

 

 

思わず手を止める。直後、バチン!と少女の手が弾かれた。何事かと困惑する刃の前に、二つの光が浮かんでいた。ソレはまるで刃を守るように、目の前の少女を拒絶するように光は輝きを増していた。

 

光に遮られた少女は、静かに停止する。ユラユラと揺れる布の下から聞こえる言葉が、色を持った。

 

「────■魔■す■■」

 

「ッ」

 

「■■■、■■■■、■■■■────愛■■る」

 

意識が途切れるその瞬間、白黒の少女は刃を据え、静かにそう唱えた。その言葉の全ては分からなかったが、意味だけは理解できた気がする────自分に対する、異常なまでの愛情に感じたのは、気の所為だろうか。

 

 

◇◆◇

 

 

轟音が、世界を揺らす。

数千年の間、噴火することもなく続いていたグリューエン大火山が今凄まじい勢いで灰煙を撒き散らす。大気を震わせるほどの大噴火を起こした大火山を、大魔王アルヴァーンは静かに見下ろしていた。

 

 

「……………」

 

「陛下、心中お察し致します」

 

「何がだ?」

 

 

沈黙して火口を眺める大魔王に、静かに頭を下げるフリード。彼が解放者の一人であることを既知している彼からすれば、アルヴァーンにとって迷宮を破壊することがどれだけ辛いことか理解できることだった。

 

しかし、当の大魔王は冷徹に答える。フリードに見向きもせず、彼は冷たい眼差しで大火山を、地上を見下ろしていた。

 

 

「────人間の希望を潰したことに、俺が何を感じると言うのだ」

 

「………………失礼しました」

 

 

情を感じさせぬ虚無の声に、フリードは深く頭を下げた。それ以上大魔王も何かを言うつもりは無いらしく、火山の中に感じる魔力を感じ取って、嘆息した。

 

 

「この程度ではやはり死なんか。恐らくそうだと思ってはいたが、中々しぶとい奴等だな。ここから近いのは………メルジーネ海底遺跡か」

 

「つまり奴等も、そちらへ向かうと?」

 

「再生魔法がなければ大樹の迷宮も攻略はできん。破壊しようにも俺は当分動けんな。しょうがない、『奴等』を使うか」

 

そこまで話していた所で、大魔王はふと胸元から何かを取り出す。服の下に隠れていたペンダント、解放者の証であるソレを、大魔王は火口へと落とした。

 

 

「────ごめん、皆」

 

 

それは、決別の証であった。

解放者の皆と誓った人間との融和を諦め、人間の殲滅を決意した大魔王の意思表明。いつまで解放者の一人である訳にはいかない、数千年の間ずっと手放すことのなかった仲間の証を捨て去り、アルヴァーンは悲しそうに零すのだった。

 

 

「俺はもう、人間を信じられなくなってしまった」

 

 

燃え尽きる解放者の証に見向きもせず、アルヴァーンは『解放者』としての己を殺し────『大魔王』として、その場を発つ。人類を滅ぼす大魔王の覚悟が、改めて確定した瞬間であった。

 

 

◇◆◇

 

 

────ある近海で、魔神の軍勢が確認された。

最初に接触したのは、教会が動かしていた神殿騎士達の先遣部隊。海の奥底にある迷宮の調査を任されたその一団は、突如接触した魔神が生み出した魔物の大群に接敵し、殲滅された。

 

 

『────』

 

『────』

 

 

理解不能な言語を響かせながら、荒波うねる海に渡る複数の船に乗り込もうとする魔物、『アンチノミー』。狂乱する司教や神殿騎士達が何とかしようと武器を振るい、アンチノミーの侵入を防ぐ。侵入を許した結果、前の船が血祭りになったのを見たからこその行動であった。

 

 

「クソ!クソ!クソ!何故こんな事に!」

 

「司教様!撤退を!この数では船を沈められます!」

 

「出来るか!そんなことを!これを逃せばイシュタル様から裁きを下される!神代魔法を手に入れなければ、我々は────」

 

 

錯乱して頭を掻きむしっていた司教は、一瞬にして肉片へと様変わりした。上空から飛来した音速の槍に、消し飛ばされたのだ。の槍を手にしたモノは、静かに────人間とは思えぬ動きで起き上がる。

 

 

「────撤退、行動────メーデー、メーデー………助け、助け、けけけけけけけけけ」

 

「こ、この!化け物がぁ!!」

 

 

魔法を唱えた騎士達の攻撃は、人型から伸びた背骨のような鋭い尻尾に切り裂かれた。ソレは鋭い勢いで生き残った騎士達を船ごと斬り刻みながら、生命を根絶させていく。

 

 

「て、撤退だ!急げ!早く逃げ────」

 

 

そうして戦場から離れようとした一隻の船は、海の藻屑となった。水中から現れた巨大なサメのような金属体が、船を真上へと打ち上げたのだ。そして、盛大に開いた顎で噛み砕く。

 

こうして、僅か数分で教会の先遣部隊は全滅を迎えることになった。生き残りを手当たり次第掃討したアンチノミーは巨大なサメを思わせる金属体の中へと戻っていき、槍を手にした人型も金属体へと乗り込む。

 

 

『────侵攻せよ、侵攻せよ。メルジーネ海底遺跡を、攻略せよ。神代魔法を、再生魔法を手に入れよ。ダブリスの為に、ダブリスの命をもって』

 

「────命令、遂行…………約束、果たす」

 

 

ピクリと、人型が反応した。

白髪が目立つ男性だろうか。全身の至る所に機械的な装甲を纏い、顔をフルフェイスの装甲で覆ったソレは機械的に言葉を紡ぐだけだった。

 

────機械とは違う、強い感情の籠もった言葉を。

 

 

「必ず、帰る。約束、ややややや、くそ────レミあ、ミゅウ。必ず、生き残って、帰ルルルるるるるるる」

 




この話で今回の章は終わりとなります。次回からはメルジーネ海底遺跡編、もとい『喪失編』です。ラナールのことは忘れてないので、ご安心を。

今回の話では多くの謎を残す形になりました。刃だけが出会った謎の空間、棺、少女。そして、新たに動き出したダブリスの配下。覚えのある名前を口にするダブリスの尖兵。

原作では語られなかった要素を使わせていただきましたので、次回もお楽しみに。それでは!

清水の今後について

  • 生存その1(生き残るけど戦えない)
  • 生存その2(護衛組の一人として戦う)
  • 死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
  • 意識不明の重体として途中退場
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