再会、そして別れ
見渡す限り青が広がる海原。
そこに浮かぶ特殊な形状をした大型の潜水艇の上で、ハジメは自らの義手の調子を確かめていた。
「………ある程度、調整は済んだな」
「ハジメ、具合はどう?」
「俺は大丈夫だ。ユエの方こそどうだ?魔力を使い尽くしちまっただろ?」
「ん、平気。皆から血を貰えたから」
────時は遡ること数日前。
エンデルヴァルカンやリヒトの邂逅を終えた一同は、解放者の住処である四方体の中に取り残されていた。外はマグマであり脱出は不可能という状況。そんな最中、思い付いたと言わんばかりにハジメが不敵に笑いながら提案した。
『────マグマの中を、泳いでいくか』
これには全員が正気を疑った、親友であるはずの刃ですら。無論ハジメの言い方に語弊があっただけだ。マグマで呑まれることを想定していたハジメが潜水艇を事前に用意しており、近くに配置していたのだ。
後『聖絶』を展開して全員でマグマの海を渡り、潜水艇に乗り込んだ。しかし大魔王が魔力を込めたマグマは活発的になっていたらしく、凄まじい勢いに巻き込まれ、火山から海へと放逐された。
後もやはり大変だった。大型の魔物に襲われ、何とかユエや刃が攻撃を繰り出して追い払い続けていた。その際、魔力の足りなくなったユエが全員から血を貰い続けていたが。これが一人だったらと、貧血になってた未来を予想して青褪めるシアもいたが、まあそこは御愛嬌である。
ソーナやシノ、シアがワイワイとしながら潜水艇の近くで魚を獲って食事を用意している光景を尻目に、ユエが何処か心配そうな目でもう一人を見ていた。
「…………それよりも」
「ああ、分かってる」
「────」
目を見合わせる二人が見たのは、何処か落ち着かない様子である刃であった。平常に努めようとしているのは分かるが、その顔には不安や焦り、恐怖が滲み出ている。それを押し殺そうと必死で何かを考えようと、遠くを睨んでいる彼の姿は、正直見ていられなかった。
「相棒、ちょっと────」
「────ハジメさん!何か近付いてきます!」
慌てて潜水艇に上がってきたシア達がそう言った直後、海から複数の影が飛び出してきた。潜水艇の上に着地した人影は手にした槍を構え、ハジメ達を囲んでいる。その姿を改めて見たハジメは、目の色を変えた。
「………海人族か」
「お前達は何者だ!何故ここにいる!この乗り物は何だ!」
エメラルドグリーンの髪にヒレのような耳をした一堂に、不味いな、とハジメは困った表情を浮かべる。彼等は海人族で間違いないだろう。ミュウのこともある以上、トラブルは避けたいが、今の彼等は妙に殺気立っている。
下手に動いただけで、襲いかかりかねない勢いだった。
「あ、あの!落ち着いてください!私達は────」
「黙れ!兎人族如きが!」
ミュウのこともあるので話し合いに持ち込もうとしたシアに、血気盛んな海人族の男が三叉の槍を突き出す。シアなら直撃することはないが、避けた際に傷付くかもしれないと思ったハジメは威圧で黙らせるか、と考えた────それよりも早く、彼が動いた。
シアに振るわれた三叉の槍を、刃は手で受け止める。無論、矛先を手で止めきれるはずもなく、槍は掌を貫通して深く突き刺さった。
止められたことに、或いは自傷のような行為に愕然とした海人族の男。彼が反応するよりも先に、刃は片腕を伸ばし、男の首を掴み、持ち上げる。ゆっくりと上げられた顔には、殺意しか無かった。
「────仲間に、何してんだ。魚ども」
「き、貴様ぁ!よく────」
「動くな、全員殺すぞ」
仲間の一人が襲われた事実に、動こうとする海人族達が止まる。彼等の周囲に無数の剣が浮遊していたからだ。それも、全身の至る所に剣先を構える形で。
「亜人族ってのはアレか?自分より下と判断した種族は徹底的に見下して反論すら許さねぇのか?────ホントにムカつく話だな、おい」
「貴様────ッ」
「俺はな、気が立ってんだよ。自分自身にムカついて仕方がねぇんだ。そんな時に、テメェらは相棒の話を聞かずに、挙げ句に仲間を下に見て襲おうとしやがった────殺されても仕方ねぇよな?ええ?」
流石に不味いな、とハジメも冷や汗を滲ませた。今の刃は本当に気が立っているのだ。少なくとも、躊躇なく殺しかねない程に。少し前の自分もこれほどまでに苛烈だったのかと思いながらハジメが声をかけようとした瞬間、一人の男が頭を下げる。
「────すまない!俺達も非礼を詫びる!だからこそ、剣を下げてはくれないか!」
「レプカ!何を勝手なことを!」
「隊長!状況をよく理解してください!相手も殺気立っています!まずは話し合いをしなければ、今この場にいる全員が殺されます!そんな馬鹿なこと、フリント様の教えにはないでしょう!?」
「っ!だ、だが、しかし…………!」
海人族の男と隊長格らしき男が口論をしていたが、彼の言葉の一つ、誰かの名前を聞いてからすぐ大人しくなった。押し黙った隊長格は皆に目配せをしてから、男と同じく頭を下げて謝罪を口にした。
「すまない。改めて、非礼を謝罪する。だからどうか、剣を下げて仲間を解放して欲しい。お願いだ」
「……………」
「相棒、その辺にしてやれ。流石にやり過ぎだと思うぞ」
「────次やろうとしたら、殺すからな」
ハジメも助け舟を出したことで、黙って睨んでいた刃は無造作に吐き捨て、潜水艇の中へと戻っていく。若い男達が殺気を向けていたが、それ以上の殺意で返されたことで萎縮して黙らされていた。
やれやれ、とハジメは肩を竦めながらも隊長達と話し合う。
「まず言うが、先に手を出してきたのはアンタ達だ。仲間を傷付けようとした訳だから、謝罪はしないぞ」
「無論、それは弁えている。………此方としても聞きたい。君達はどうしてこの海域に?あと、この船は一体………」
「まぁ………一から説明するから待ってくれるか?」
そして、ハジメはここに来たのは偶然であり、火山の噴火に巻き込まれたこと、本来はアンカジ公国の仲間と再会してからエリセンに向かうつもりだったことを、ある程度纏めて話した。
「成る程、大変だったんだな…………ではエリセンに来るつもりだったとは、何か理由でも?」
「ああ、エリセンの近くにある迷宮を攻略しようと思っててな。それと少し前に海人族の子を保護したんだ。その子の親がエリセンにいるってことで、連れて来るつもりだったんだが………」
「海人族の、子?────まさか、その子はミュウという子か!?」
「ああ、そうだが…………やっぱり知ってたか」
「そうか!ではあの子は無事なのか!?」
「無事だ。俺の仲間が付いてるからな、頼りになるボーディガードだ」
それを聞いて、敵意を剥き出しにしていた海人族達が動揺を露わにした。しかしすぐにミュウの無事を隊長と共に喜んでいた。改めてハジメへと向き直った隊長は深く、土下座の勢いで頭を下げた。
「────感謝してもしきれない!まさか彼女を保護してくれていたとは!レミアさんにお伝えすることが増えた!」
「アンタ達があそこまで殺気立ってたのは、あの子のことか」
「ああ、少し前に彼女が攫われたこともあって人間を敵視してしまっていてね…………レミアさんが怪我したこともあるが、それ以上にフリント様に顔向けが出来ないと思っていたが…………」
「…………フリント?」
さっきから聞いていた名前に、改めてハジメは食いついた。一体どういう人物なのか、聞こうとしたその瞬間だった。
「────────パパーっ!!」
直後、真上からの声にハジメを含めた全員が反応する。見ると、空高くから飛び降りてくる海人族の少女、ミュウの姿があった。何故彼女がここに、そもそも空から落ちてきているのかという疑問は、次の声によって解決した。
「────ティオ・クラルス!早く向かえ!」
「うおおおーーっ!勝手に飛び降りおって!なんとお転婆なのじゃ!」
「ティオ急いで!」
「………その必要性は無さそうですね」
慌てて突っ込んでくる黒い竜、ティオの上でイクスと香織が焦りを見せて急かしていた。しかしその上に乗っていた一人、ノインはハジメ達の姿を視認して、静かに答える。
流石のハジメも黙っては居られず、凄まじい勢いで飛び上がって彼女を抱き止める。当の少女は自分が危ないことをした自覚もなく、ハジメと再会できたことを喜んでいた。
「パパっ!」
今度こそ一息ついたハジメは空中でミュウを抱き締めたまま降りていく。その最中、こめかみを抑えたイクスから『説教だな』と聞こえたこともあり、ミュウを叱るのはお預けかと肩を竦めた。
◇◆◇
潜水艇に降りた瞬間、躊躇なく降り立ったイクスはミュウを叱りつけた。烈火の如くではなく、冷静かつ淡々とした説教は流石にミュウにも応えたらしい。嗚咽を漏らしながら、謝っていた。
「ひぐっ、ぐす………ごめんなさい」
「もう二度と、あんな危険なことはしないと言えるか?」
「うん、しゅる」
「そうか────なら俺から言う事は以上だ。パパに謝ってから、ちゃんと甘えるように」
「うん!パパぁー!」
「パ、パ? え?、どういう?」
ハジメに抱き着くミュウの呼び方に、男達は改めて混乱した様子だった。当のハジメはどう説明しようかと思っていた所で、香織に後ろから抱きつかれた。
「ハジメくん、よかったよぉ〜、ぐすっ」
「心配掛けて悪かった。この通りピンピンしてるよ。だから、泣くなよ…………香織に泣かれるのは…………色々困る」
「うっ、ひっぐ、じゃ、じゃあ、もう少しこのまま………」
「何だこの騒ぎ────イクス!?香織!?ミュウもって、うおっ!?」
「信じておったよ?信じておったが…………やはり、こうして再会すると…………しばし、時間をおくれ、ご主人様よ」
「ティオ…………すまねぇ、迷惑を掛けた」
迷宮で何が起こってるか分からず、ティオだけ帰ってきた時の不安が漏れ出したのであろう嗚咽を漏らす香織に、ハジメは本当に申し訳なさそうに頭を撫でていた。
潜水艇の中に戻っていた刃が外の状況に気付いて乗り出した瞬間、ティオに抱き締められた。胸の谷間に顔を押し込まれて抵抗しかけた刃は、心から安堵していたティオの様子を察して、頭を下げていた。
そんな再会をした全員を見ていたイクスは、ため息をつきながらハジメに語りかける。
「────感動的だな。邪魔するのは悪いか?」
「イクスか。香織やミュウをありがとう…………ってことは、アンカジ公国のことは終わったのか?」
「まぁな、端的に話すが構わないか?」
それから、イクスは自分達の事情を話した。
迷宮で大魔王との戦いを感知したイクスは魔弾の攻撃を放ったが一撃目は阻止され、二撃目を放とうとした所で────『王域』のナムシュカに襲われた。
当のナムシュカは大魔王が戦いを止めたその瞬間に、忽然と姿を消した。イクス達も追うつもりはなかったが、少ししてから竜化したティオが戻ってきたのだ。
彼女の持っていた静因石を頼りに、アンカジ公国を蝕んでいた『魔瘴核』は完治したことで、ハジメ達を探しに公国を発ったらしい。火山から流れ着いたハジメ達を探し出したのはイクスの能力で、感知したかららしい。
ふと、刃は香織がいたことを思い出し、血相を変えて彼女に呼びかけた。
「────香織!頼む!ラナールを、助けてくれ!」
「え!?どうしたの!?ラナールさんに何かあったの!?」
「分からねぇ!だけど、ずっと前から寝たきりなんだ!うんともすんとも言わなくて、お前しかいねぇんだ!頼む!」
それが刃の不調、気が立っていた理由でもあった。
迷宮の一件から目覚めることのないラナール、流石の刃も不安に思っていたが、自分の力では力不足と感じていたこともあり、香織なら治せると信じていたのだ。
香織も治療の意思を見せたことで潜水艇の中からラナールを連れ出す刃。優しく抱き上げた彼女を寝かせると、香織は静かに手を添えて────顔を強張らせた。
「────嘘」
「香織、どうした?ラナールに何が起きてるのか、分かったのか!?」
「刃くん、落ち着いて聞いてくれる………?」
震えた声で言う香織に、刃は訳が分からないと言わんばかりに困惑した。彼女は、ラナールは寝てるだけのはずだ。そうに決まっている、そう信じていた刃に────香織は真実を明かした。
「ラナールさん────死んでるの」
「………………………………え?」
「今視てみて分かったけど、普通の死じゃない。これは『命転牲』────ヒナ団長が言ってた、王国で禁止されてた魔法の一つなの」
ポツポツと、香織が語り始めた。
ハイリヒ王国ではエリュシオンや王刃によって禁止された魔法が存在する。その一つとして数えられる『命転牲』は、特にヒナ団長が強く禁止と明言していた魔法であった。
『────「命転牲」は自らの命を生命エネルギーへと変換し、相手を治療する魔法です。死に瀕した者、治癒魔法でも治せない傷すらも治し、死すら覆すことが出来ます。その代償として、使った者は死ぬことになります』
────大魔王の魔力、戦乱の魔神の力により蝕まれた刃を救うことが出来たのは、それこそラナールが自らの命を使って治療したからであった。香織はラナールの死因が、それによる衰弱であることを明かすことしかできなかった。
「そ、そんな────なら!神の力なら!ラナールを治せるはずだ!大神の力なら、ラナールだって回復することが────!」
「刃くん────亡くなった人を、生き返らせることは出来ないの。それは、世界の理だって。私も、陛下や団長から教わったから分かるよ」
「ぇ、ぁ…………だ、だって、俺…………後で、話したいことがあるって、言われたのに…………聞いてやるって、言ったんだぞ…………?」
呆然と呟いた刃が、崩れ落ちる。
可能性に期待したはずの言葉を、香織の強い言葉で否定されたことで、動揺しながら言葉を詰まらせてしまっていた。ラナールの死を知って反応を示したのは、彼だけではなかった。
「ラナール………私達とは違う場所で、頑張ったんだね」
「…………ラナールさん」
「………………クソッ!」
大魔王との戦いの最中、彼女も自分の命を賭けてまで戦っていたと確信したユエが悲しそうに呟き、シアも長い付き合いであった治癒師の死を心から悲しんでいた。
そんな死を噛み締める余裕もなく、ハジメは行き場の無い怒りを拳に乗せて潜水艦を殴った。────彼女や敵にではない、戦いの一因となった自分自身に、だ。
「…………ラナールも、主様の為に」
「私達がもっと強ければ、こんな事には────!」
「それは驕り、と言うのは野暮じゃな。妾も同じ気持ちじゃからの」
当時から、刃と旅を共にしていたシノは静かに、寂しそうにラナールの手を握る。涙を堪えようと必死なソーナの肩を叩き、ティオは悲しげな表情を浮かべていた。
「………ラナールお姉ちゃん、どうしたの?ずっと寝てて、起きないの?」
「…………彼女は己の意思を貫き通しました。それは、皆にとって辛いものになりますが」
「───」
何が起こっているのか分からずとも心配そうなミュウに対し、ノインが優しく抱き留めながら淡々と告げる。傍らに立っていたイクスは静かに十字を切った。
そんな中、ラナールの前で膝を付いていた刃が顔を引き攣らせる。何故彼女が命を捧げたのか、考えた途端に、答えが出た。出てしまったのだ。
「……………………おれの、せい?」
自分が死にかけたから、それを治そうとしてラナールは自らの命を捧げた。その事実をようやく理解した刃は、弱々しく声を震わせていた。遂に感情が爆発しそうになったその瞬間────イクスの放った蹴りが、刃の意識を刈り取った。
「────」
「イクスさん!?何を────!」
「……………あのままでは、自責の念で自傷していただろう。奴は精神的に不安定だからな。潜水艇の中で寝かしておけ」
限界になりかけた刃の調子を理解していたからこそ、イクスはいち早くその意識を落として無力化させたのだろう。ティオやシノが気を失った刃を潜水艇の中へ運んできた所、ハジメがイクスを呼ぶ。
親友へしたことへの怒りかと思ったが、ハジメは妙に大人しく、それだころか謝罪すらしてきた。
「悪かったな、損な役回りさせて」
「生憎、損な役回りが得意でな…………それにしても、『アレ』も難儀なものだな。あそこまで脆弱とは」
「随分な言い方だな…………だが、一人にしていいのか?一人の方が危うくないか?」
「ああいう時は、一人で考えさせたほうがいい。自分のせいで大切な人を死なせたと思った時は、特に一人であるべきだ。その方が、ある程度呑み込みやすい」
言い方は悪いが、彼が言っているのは刃の精神性の話だろう。彼は基本的に自分を顧みず自己犠牲を果たす性格であるが、それ故か周りに対しては過剰なまでに敏感になっている。それこそ、仲間の死を己の責任として追い詰めるほどに。
怪訝そうなイクスであったが、ハジメ達には心当たりがあった。
「…………アレが理由かもな」
「何か心当たりでも?」
「詳しいことは分からないが、大魔王との戦いでちょっとな…………」
ハジメは大魔王との戦いで、精神操作系の魔法を受けた刃の錯乱ようを話してみた。親友の事情だから誤魔化そうとは思ったが、流石に何度もああいうのを見ては黙っていられない。
話を聞いたイクスは不愉快そうに顔を顰めながら、ポツポツと語り出した。
「……………成程な。奴の異常なまでの自己犠牲と無謀さに納得がいた。────そういう風に教えられたんだろうな」
「そういう風に、教えられた?」
「誰かの役に立て、立てないなら死ね、とでも子供の頃から言われ続けたんだろう。奴自身、無意識だろうな。それくらい深い所に刷り込まれ、教えられてきた訳か」
刃は、父さんと呼んでいた。
そもそも刃は孤児であり、親がいるという話も聞いたことはなかった。彼なりの幻か、それか父親に棄てられたのか。実の親から見捨てられたショックが、彼の精神に強い自己犠牲と自信を軽視する思考を刻み込んだのだろう。
少なくとも、そのことに推測を立てた二人の感想は一つ。
「────結論、刃の親はクソ野郎ってことか」
「右に同じく。どんな面の皮をしているのか、見せて欲しいくらいだ」
◇◆◇
数時間後、潜水艇の個室の中で刃は目を覚ました。
自分が何故寝ていたのか思い出そうとした彼は────仲間の死を、思い出した。
「────ゥ、ぉ…………ェっ」
込み上げる吐き気に、個室の中に用意されていた洗面台へと身を乗り出し、胃の中のものを吐き出した。既に中身はなくても、胃液だけとなっても、口から吐き出し続ける。
水を流して、洗面台に水を溜める。溜めた水の中に顔を突っ込み、自身の顔を洗い流す。冷たい水に濡れた中、刃は顔を上げることもせず、水面を見下ろしながら吐き捨てた。
「何が…………剣帝だ。何が、強くなっただ────守れてねぇじゃねぇか」
いつもそうだ。
自分ばかり強くなっただけで、守りたいと誓ったものだけは守れない。自分の無力のせいで、また誰かが傷付き、死んでいった。自分が強くなりたかったのは────目の前で泣き、理不尽に奪われる幸せを守る為だったのに。
────この世界に来れたことを、刃は心では嬉しく思っていた。孤児院の子供達を置いてきたことへの不安はあったが、ここでならば自分の力も役に立つと思っていた。
自分なんかを大切に思ってくれる人達にも出会えた。自分が傷付くだけで、死ぬ気で戦えば誰かを守るなら痛くも痒くもなかった。全部呑み込めば、自分が我慢していけば、皆を守れると、理不尽から守り切れると思い上がっていた。
────その、自分が守りたかったはずの一人が死んでしまった事実が、刃の心をへし折っていた。彼女の死因が、自分のせいであることが。彼にとっての生きる理由を、存在否定ともなった言葉を思い出してしまった。
────頼むから死んでくれるか? お前のようなものが生きてることが、私にとっても世界にとっても不幸だ
「────
光の消えた目で、刃が自然と零す。手には黒い魔剣を生成した彼は無造作にソレを握り直し、剣先を喉元に向ける。希望を全て失った暗闇のような色の瞳のまま、彼は呟いた。
「俺なんかが、誰かの役に立てるなんて思い上がりだったんだ」
────深く、無造作に押し込もうとしたはずの、魔剣がその場で止まる。刃は何故喉が貫かれないのか困惑してから────気付いた。自分の片手が、剣を強く握って受け止めていることに。
「────な」
思わず、握っていた剣を手放す。何故、自分は剣を止めていたのか。あのまま、自死しようとしていたはずなのに。混乱して訳が分からなかった刃は、少しだけ冷静になれた。
(そうだ────俺が死んだら、エリュシオン陛下達の願いが、剣帝の使命が果たされなくなる)
だから、自死を止めたのか。無意識に、そんな使命感が自殺を留めたのか、と刃は無理に自分を納得させた。そうに決まっている。それ以外にあるはずもないと納得させた刃は、水面に浮かぶ自身の顔を見つめる。
(使命は、果たす。俺が使命を果たせば、この世界は救われる。あの人達の望みは叶う。それが果たされた時、全ての魔神を滅ぼしてから──────)
「────死んでやるよ」
自分自身に言い聞かせるように、刃は決意を改めた。だからこそ、今死ぬわけにはいかない。自分のエゴで死ぬわけにはいかない。やるならばせめて、世界を救ってからだ。誰もが平和に笑えるようになったその時────自分が死ぬのは、それからでいい。
「────ジンお兄ちゃん?」
「………ミュウ?」
思わず見ると、扉を開けた幼い少女の姿があった。驚きながら、刃はふと傷付いた片手を隠した。自分のしていたことがバレるという後ろめたさよりも、子供にそういうものを見せてはならないという意識故にだった。
とてとてと歩いてくるミュウに気付かれないように傷口を再生で治しながら刃はミュウに優しく語りかける。
「どうした?こんな所にわざわざ一人で」
「ジンお兄ちゃんが心配だったの。一人で背負い込み過ぎてるって、パパやイクスお兄ちゃんも言ってたから」
「…………そうだな。ミュウにも皆にも、迷惑かけてばかりで嫌になる」
一人にしてくれているのは、気を遣ってくれているからだろう。毎度迷惑ばかりかけて、自分が情けなく感じる。こうして自分が嫌いになるのも何時だって変わらない。
「ラナールの事も、だ。俺自身が、弱い自分が嫌で仕方ない」
「…………お兄ちゃん」
「アイツは、優しくて強い奴だった。誰かを治すことに全力を掛けて、いつも無茶ばかりする俺を叱り飛ばしてくれた。ホントに、良いやつだ。俺なんかの為に死ななくて良かったくらいの」
「…………」
────すると突然、ミュウが刃の服の裾を掴んだ。何事かと思った刃が顔を上げると頬を膨らませたミュウが、彼を急かす。
「ジンお兄ちゃん!こっち来るの!」
「な、なんだよいきなり…………分かったって、引っ張らなくてもいけるから」
ミュウに急かされて潜水艇を歩いていた刃は、ある一室に入った瞬間に足を止めた。無機質かつ簡素な部屋の中で、ラナールがベッドに寝かされていた。その姿を見た瞬間、刃は思わず顔を逸らす。見れない、見たくないという恐怖が渦巻く中、ミュウが刃に語り掛ける。
「ジンお兄ちゃん、ラナールお姉ちゃんを見るの」
「……………見れない。俺には、見る資格なんて…………」
「見てあげるの!逃げちゃだめなの!」
懸命に食い下がるミュウの言葉を受け、刃は辛うじてゆっくりとラナールを見た。そして、固まる。唖然と、言葉を失う彼にミュウが寄り添いながら話し掛けた。
「お姉ちゃん、笑ってるの」
「……………なん、で」
「多分、嬉しいの。ジンお兄ちゃんを助けられたことが、嬉しかったはずなの。ミュウだって、パパやジンお兄ちゃんの力になれたら、嬉しいの」
思わず、ラナールの遺体に手を伸ばす。震えた指先が触れた瞬間、一つの意思が、記憶が、全身を伝わっていく。
『黒鉄刃様。短い間、お世話になりました。治癒騎士ラナール、最後の仕事をさせて頂きます』
命を捧げ、刃を救ったラナールの最期の想い。
自分への恨みや周りに対する絶望などはなく、純粋な感謝に満ちた言葉と共に、心の底から嬉しそうに彼女は笑っていた。
『………こんな私を、信じてくれてありがとうございます。皆さんと旅をできて楽しかったです。貴方と出会えて、嬉しかったです』
「────ラナールっ」
崩れ落ちた刃は、泣きながら噛み締めるしかなかった。彼女がどんな思いで命を捧げたのか、まるで分かっていなかった。無神経かつ自分勝手な自分が、本当に情けなかった。感情を吐き出すように啜り泣く刃の隣にミュウが寄り添い、彼が泣き止むまで側にいてくれた。
◇◆◇
「…………ごめんな、ミュウ。情けないとこ、また見せた」
「ううん!全然なの!お兄ちゃんがいつもみたいに戻って、ミュウが一番嬉しいの!」
「────やっぱりお前は良い子だな。俺には勿体ないくらいだ」
「ミュウも同じくらい!パパと同じくらい、お兄ちゃんが大好きなの!だから気にしなくていいの!」
ありがとうな、と刃は穏やかに笑ってミュウの頭を優しく撫でる。いつもよりも嬉しそうに微笑むミュウと共に歩いていくと、一際広い操縦席へと戻ってこれた。
刃が現れたことに驚く一同。心配そうな皆を他所に、イクスとハジメがいつもと変わらぬ様子で語りかける。
「刃…………もう平気なのか?」
「ああ、すまねぇ。皆────俺なりに、気持ちは纏めた」
「ならいい。言っておくが、無理はするなよ」
「分かってる────ありがとな、皆」
そう言ってから、ハジメはため息を吐いて操縦を続ける。いつものようにぶっきらぼうに見えるが、心の底から安堵しているのが見てとれた。ソーナやシノ、ティオが心配そうな様子で駆け寄ってくる中、刃は彼女達と向き合って話し合うのだった。
刃の基礎メンタルが自罰的かつ自分を価値のないものと見てる自己犠牲型ですので、仲間一人が死んだら滅茶苦茶落ち込むし、自責します。イクスが他の皆を止めたのは、刃が簡単には立ち直れないタイプと見たからこそ。まあ、その分純粋なミュウの言葉もあって立ち直ることが出来ましたけど。
これじゃあミュウがヒロインと呼ばれても可笑しくないのでは?(錯乱)まあミュウの方は刃に好意抱いてるので、ルートはあるっちゃある。(ハジメには父性を、刃にはガチの好意を)
ソーナ「ミュウちゃんすらも攻略対象、ってコト!!!?(新たなライバルの存在に戦慄する王女様)」
刃「違ェよ!!!!!!!(今世紀最大の迫真の叫び)」
ミュウ「違くないの!!!!!!!!(純粋さ故の否定)」
清水の今後について
-
生存その1(生き残るけど戦えない)
-
生存その2(護衛組の一人として戦う)
-
死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
-
意識不明の重体として途中退場