ありふれた職業で世界最強 新生譚   作:虚無の魔術師

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ある■■の過去

彼の故郷に、平和はなかった。

硝煙と、血の匂いが舞う世界────そこが、フリントの生まれた場所であり、彼の生きる世界であった。

 

 

『フリント、今日は何人殺した?』

 

『────数えられないほど』

 

『そうか。まあ、あの暴れっぷりから見ても、敵を気にする余裕はないか』

 

 

フリントは、その戦場を生き抜く兵士の一人であった。例外があるとすれば、彼が槍一本で戦場を無双する戦士であることだろうか。敵国の兵士を薙ぎ払い、時には戦車すらも落とし、前線を抉じ開けるフリントの戦いは、まさしく鬼神のそれである。

 

彼等のいる世界では、戦争ばかり起きていた。隣国同士の大戦。時には兵器による大量殺戮を行うまで狂気に陥った人々の殺し合いには、ある理由があった。

 

 

『知ってるか?戦争が起きた理由』

 

『興味がない。そんなことを考えて戦う暇などない』

 

『────この世界とは違う別世界の奴が言ったらしいぜ。この世界が終わるってさ。お偉方が話してたよ、その別世界の奴等が迎え入れられる人間は数千人だけだって』

 

『………その数千人の中に入るための殺し合い、か。随分と終わってるな、この世界は』

 

 

共にいた仲間は、皆死に絶えた。

ある者は流れ弾で頭を吹き飛ばされ、ある者は子供を助けようとして自爆に巻き込まれ、ある者は集団でリンチにされて殺された。地獄のようなこの世界に、フリントは絶望していた。

 

それでも諦めずに生き続けてきたのは、一つの夢があったからだ。

 

 

『フリント、お前は何か欲しいのとかないのか?いっつもボーっとしてるけど』

 

『────海が、見たい』

 

『海?確かに、見たことないな。俺達の国は内陸だしな』

 

『本で見たことがある。海は蒼くて、綺麗らしい。僕はそんな海の近くで、静かに暮らしてみたい』

 

『ははっ、成程大層な夢だ────叶うといいな』

 

 

────その夢が叶う前に、世界は滅びた。この世界の住人が恐れていた、滅びの厄災が現れたのだ。フリントは戦った。戦友と共に、破滅の厄災────後に魔神と呼ばれる脅威と。だが、彼が死ぬより前に大勢の人が死に、世界は滅ぼされた。

 

そして、フリントは────流れ着いた。自分達の干渉した世界とは、全く別の世界へ。

 

 

『…………あの、貴方。大丈夫?』

 

 

浜辺に流れ着いて気を失っていたフリントに声を掛けたのは、見たこともないくらい綺麗な女性だった。同じくらいの年代の、透き通るような温厚さを秘めた彼女は、フリントの記憶にはない見たこともない種族であり、目覚めたばかりの彼を戸惑わせるには充分だった。

 

その種族、海人族に保護されたフリントは、快く迎え入れられた。フリント自身も拍子抜けな程に。事情を詳しく話した所、故郷を失ったことに同情的な者達が多かった。何より、フリントの事情に察しが付いた者もいた。

 

 

『漂流者?』

 

『うむ、前に聞いたことがある。トータスには稀に、別世界から人間が迷い込むこともあると。神に導かれてきた者もいれば────住む場所を失った末に流れ着いた者もいると』

 

老人からの話を聞き、フリントは自らの世界の破滅を悟った。共に戦場を駆け抜けた戦友も、死んだのだろう。行き場のない感情の欠落を秘め、フリントは海人族の用心棒となる道を選んだ。

 

それくらいしか、生きる理由はなかった。せめて自分の力を使えるのであれば、本望であると。彼自身もそれを疑わなかった。

 

 

『…………フリントさん。もう夜よ?寝れないの?』

 

『用心棒は、寝るわけにはいかない』

 

『それは、あくまで必要な時でいいでしょ?ずっと守って欲しいなんて、お父様達と言ってないのよ。フリントさんも、普通に暮らしていいんだから』

 

『…………すまない、普通の暮らしとは何だ?』

 

 

フリントは、怪訝そうに呟いた。

その問い掛けに、心配そうに声をかけてきた海人族の少女は息を詰まらせたようだった。そんな彼女に、フリントは申し訳無さそうに話し出す。

 

 

『生まれてこの方、戦いしか経験したことがない。僕が生まれたのも、僕が生きてきてのも、ずっと戦場だ』

 

『そんなことって………』

 

『だから、君の言う事には答えられない。僕自身、自分がどうすれば普通に暮らせるのか、まだ分かっていないんだ』

 

『────なら、私が教えます』

 

 

少女の顔は、決意と覚悟に満ちていた。愕然とするフリントの手を握り、少女は優しくも強い意志の籠もった言葉で、フリントに呼びかけた。

 

 

『貴方が普通に暮らせるように、色んなことを教えていきます!だから、これ以上戦いなんかに身を置かないで!』

 

 

それから、フリントは少女────レミアに多くのことを教えてもらえた。普通の生活と言うもののを全てを、四苦八苦していたフリントに、レミアは懇切丁寧に付き合ってくれた。そんなフリントに最初は嫉妬や敵意も向けられていたが、直にその光景は容易く受け入れられた。

 

戦争で発揮されることのなかった、フリントの優しさに触れたことも多かったのだろう。戦いとは無縁の場であれば、彼は温厚で大人しい少年なのだ。

 

レミアの言う通り、戦わずに生きれるのも悪くはない、そう思ったフリントだったが────それが、甘い幻想だったとすぐに気付かされた。

 

 

『────愚かなる海人族よ!偉大なるエヒト様の威光は、君達の存在を赦すこともない!創世神として唯一神たるエヒト様の名の下に、お前達に裁きを下そう!』

 

 

突如現れた司教がそう言い放ったと同時に、騎士達は海人族達を襲い始めた。突然の暴挙にフリントは避難を優先させながら、逃げるように促した────レミアが子供を庇って斬られそうになる直前に。

 

 

『────っ』

 

思考が白熱する。フリントはその場にあった棒をへし折り、尖った棒をそのまま騎士へと投擲した。驚いて顔を向けた騎士の顔に、棒が突き刺さり、貫通する。顔面を撃ち抜かれ、倒れ伏す騎士の手から剣を奪い取ったフリントは、制止するレミアを無視して、走り出した。

 

斬って、斬って、斬り裂いた。何人の騎士を、その場で斬り殺していった。状況に気付いた司教が声を荒らげた直後には、その司教の後ろに回ったフリントが喉を掴み、硬直する顔に剣を近付けた。

 

 

『し、司教様!』

 

『────動くな。一人でも動けば、こいつの身体を斬り刻んでいく』

 

『ならば!此方も人質を────』

 

『────動くな、と言ったはずだ』

 

 

近くにいる海人族達を人質に取ろうとした騎士達に、フリントは冷徹に吐き捨てた。その瞬間、フリントの剣は何事か喚いていた司教の片目に突き刺さる。

 

 

『ぎ、あああああッ!!?』

 

『司教様!おのれ貴様!司教様に………ッ!?』

 

『次は片目、あとは顔のパーツも一つずつ、望むなら手足も斬り落とす。お前等のリーダーが傷付くのは、お前等のせいでもあることを自覚しろ』

 

 

殺気立った騎士達を足を止めさせるには、十分すぎる殺気が放たれていた。血走っていたはずの彼らの目には恐怖が浮かび、明らかに気圧されていた。

 

 

『き、貴様ッ!わ、私を誰だと思っている!?私は、この一帯を任されているガムサル司教だぞ!?私にこんなことして、エヒト様が黙っているはずが────』

 

『────なら、今すぐ神に命乞いしてみろ。僕がお前を斬り刻む間に、神がお前を救うのであればな』

 

『わ、分かった!手は退く!お前達に危害は加えない!約束しよう!だから頼む!この場は、見逃してくれ!』

 

『────次は、ない』

 

 

そう言い、逃げ去る司教たちをフリントは見過ごした。殺した方が良かった、と心の中の自分が囁いている。フリント自身も、その方が良かったと思っていた。しかし自分を止める声を、確かに聞いたのだ。

 

振り向いたフリントは、見た。自分を見て覚えた様子を見せるレミアの姿を。返り血を纏い、淡々と人を殺せるフリントの姿に、恐怖しているように見えたのだろう。

 

 

それから、フリントはいつものようにレミアと過ごすことはなくなった。彼女自身も、自分に会いに来なくなっていたのもあり、フリントは一人で過ごすようになった。大半の海人族は、彼を恐れはしなかった。それどころか若い者たちはフリントの強さに惹かれ、鍛えるように頼み込む者もいたくらいだ。

 

そんな最中、一人寂しく過ごしていたフリントを海人族の大人達が呼び止めた。

 

 

『艦隊が、近付いている?』

 

『ああ、つい先ほど漁をしていた者達が見つけた。彼等の報告だと、あと数時間で此方に着くらしい。戦艦は、教会のものだ』

 

『…………次はないと言ったはずだがな』

 

 

その教会の侵攻を、フリントは司教による報復であることを見抜いていた。恐らくただ避難するだけでは済まない、あの司教の気が晴れるまで繰り返されるであろう侵攻はフリントを殺すだけではなく、海人族にも及ぶことだろう。

 

 

『僕が行こう────無論、一人でいい』

 

『一人で相手をする気か!?無謀だ!死に行くようなものだぞ!?』

 

『構わない、一人で戦うのは得意だ。相手を壊滅させるのも』

 

 

常にそうやって戦い続けてきた。

そう言ってフリントは海人族達の静止を振り切り、共に戦場を駆け抜けた相棒である槍を手にする。心配そうに、それでいて言葉に迷うレミアの横を過ぎ去り────フリントは海の向こうを睨む。

 

『僕の故郷を狙うモノよ────閃明たる槍を、見るがいい』

 

 

 

────およそ十五隻の大艦隊。数千の騎士や兵士を乗せたその艦隊は、司教の命令通りにエリセンに住む海人族を殺戮する為に集められたものであった。イシュタル教皇に頼み込む、用意した渾身の戦力。

 

これであれば勝てると信じ切っていたガムサル司教は────目の前の景色に愕然としていた。

 

 

『な、なんだ………何が起こっている………っ!?』

 

 

彼の眼前で、荒れ狂う海原に水柱が立った。打ち上げられたのは無数の破片と真っ二つに打ち砕かれた戦艦の残骸である。水中から凄まじい勢いで打ち飛ばされた戦艦は、まるで砲撃にあったかのような破壊を受けていた。

 

 

『し、司教様!襲撃です!敵はただ一人!あの槍使いです!』

 

『そんな────馬鹿なことがあるか!?戦艦十五隻だぞ!この大艦隊を相手に一人で!戦艦を破壊できるほどの力が、あるはずがない!!』

 

────フリントは海を泳ぎながら、戦艦に向かって槍を投擲していく。水中から放たれた槍の亜音速のままに、全てを貫通する。海に投げ出される騎士や兵士たちを無視して、フリントは戦艦の一隻に身を乗り上げた。

 

 

『来たぞ!あの男はエヒト様に歯向かう異端者である!奴を殺し、エヒト様に信仰を────』

 

 

フリントは、鬼神の如く戦場を蹂躙した。

二メートルの丈を有する槍を片手で回しながら、フリントはその場にいる全員を斬り裂き、貫き、抉り飛ばす。一切止まる様子はなく、邪魔する者を薙ぎ払い、戦艦が沈没するまでの破壊を引き起こしていく。

 

 

『おのれ!神敵が!』

 

魔法を使い出して迎撃する神殿騎士達であったが、フリントはその魔法すらも槍撃によって撃墜し、そのまま騎士達を引き裂く。沈みゆく戦艦の上でフリントは、戦意喪失した兵士達に告げた。

 

 

『降りろ────巻き込まれたくなければ』

 

 

凄まじい殺気に当てられ、全員が戦艦から飛び降りた。そうしてフリントは視線の先に並ぶ戦艦数隻を睨む。此方に魔法を撃ってくるのを無視して、フリントは深呼吸と共に槍を構えた。

 

魔力が歪むほどの、エネルギーを溜め込むフリント。片手に構えた槍に全身の力の全てを込め、彼は目を見開く。直線上の戦艦に狙いを定めたフリントは、溜め込んだ力を解き放った。

 

 

────瞬間、轟音が空気を焼き尽くす。

爆裂するように撃ち出された槍は、直撃したであろう戦艦を消し飛ばした。粉微塵に、破片も残らぬ勢いである。直撃を避けられた戦艦もその衝撃に良くて横転、悪ければ被害を受けて撃沈している。

 

こうして、大艦隊を占めた十四隻は無力化された。唖然とする司教達の前に、フリントは静かに降り立つ。

 

 

『僕は、忠告したはずだ。次はないと────その事を覚悟の上、と見ていいよな』

 

『ま、待て!貴様!こんなこと、赦されると思っているのか!?────そ、そうだ!私が何とか便宜を図ろう!貴様や海人族が生きられるように取り繕えるぞ!?』

 

『それは、お前である必要はない』

 

 

忠告を無視して攻めてきたガムサルを生かす理由はない。その場で斬り伏せんと槍を振るおうとした彼に前に、一人の青年が立った。

 

 

『────お待ちを、槍使い殿』

 

『…………お前は?』

 

『リヴェルト・エストワールと申します。司教見習いであり、本日は槍使い殿に正式に謝罪をしに参りました』

 

 

神父服を着込んだ、物腰柔らかい相手であった。ガムサルのような傲慢な差別心も感じられない。しかし、彼の行動は司教にとっても予想外だったらしく、彼は喚き散らしていた。

 

 

『待て!リヴェルト!貴様何を勝手な!』

 

『────“黙りなさい”』

 

『ッ!────!?』

 

『多大な無礼を詫びさせて頂きたい。この者の処罰は私が務めます。貴方様も、どうか矛を収めては頂けませんか』

 

『……………』

 

たった一言で、喋れなくなった司教を一瞥してからリヴェルトと呼ばれた神父の青年は、フリントへと頭を下げる。青年の行為を見たフリントは大人しく引き下がった。

 

────許すつもりはない。彼なりのケジメを、見届けるためである。

 

 

『司教様、貴方はこれからどうするべきか。お話させていただきましょう』

 

『き、貴様………ッ、私にこんなことをして、ただで済むと』

 

『────“ガムサル司教は、イシュタル教皇から預かった艦隊を私用で壊滅させ、自責の念を抱く。海人族と彼を認め、停戦を結ぶ約書にサインした上で、償いの為に自刃する”』

 

『り、リヴェルトぉ!!貴様ぁああッ!!?』

 

 

目の前に差し出された紙にサインをしながら、司教は真っ赤な顔で殺気を飛ばす。しかし当のリヴェルトに掴みかかることはせず、腰から抜いた短刀を首に押し当て、そのまま深く突き立てた。

 

すぐに体が自由を取り戻したのか、慌てて引き抜こうとして崩れ落ちる司教。血溜まりの中で周囲に助けを乞うが、リヴェルトと共に立つ神父やシスター、神殿騎士にそんな気はなかった。

 

フリントは司教の死を見届けてから、最後の一隻を見逃して帰って行った。海面を跳び渡り、エリセンに戻ったフリントを、海人族達は待っていた。その前には、レミアがいた。

 

 

『かつて君は、戦いに身を置かなくていいと言ってくれたな。約束を破ってすまなかった』

 

『……………』

 

『だが、また同じ事があれば、僕は槍を取るだろう。僕は平和は好きだが、君達やこのエリセンの方が好きだ。君達を守る為なら僕は何度でも戦うし、何人でも殺そう────君が望むならば、嫌ってくれて構わない』

 

 

そう言い残し、去ろうとしたフリントにレミアは正面から飛び込んだ。顔を見せようとせず、静かに抱き着く彼女はポロポロと零した。

 

 

『嫌いになんか、ならない』

 

『レミア』

 

『だったらせめて、一緒にいて。貴方が笑えるように、幸せで居られるように手伝うから…………お願い、フリントさん』

 

『すまない…………ありがとう』

 

 

それから、時間は経過して────数年後。

 

 

『あら、あなた。まだ悩んでるの?』

 

『………レミアか。まぁ、少しね』

 

 

ある程度大人びたフリントは、レミアと共に家で過ごしている日々を送っていた。二人きりで過ごしてきた生活は悪いものではなく、フリントにとっても幸せと呼べるものであった。

 

しかし何時しか、その生活はフリントとレミアだけのものではなくなろうとしていた。

 

 

『あんまり不安そうな顔を見せないであげて。もうすぐ私達の大切な娘が生まれるからね』

 

『それは…………そう、だな。でも、どんな名前を付けてあげようかと思うと────そうだ』

 

 

椅子に座っているレミア。彼女は膨らんだお腹を優しく擦っており、そこにはもう一人の命が生まれようとしているのは明白だった。一緒に過ごして、結婚してから数年が経ってから、二人の間に子供が出来たのは海人族達にとっても喜ばしいことで、それはそれは大騒ぎであった。

 

そんな騒ぎは置いておいて、フリントは子供の名前を考えようと険しい顔をしていた。しかし思い出に浸っていた彼はあることを思い出し、ポツリと呟いた。

 

 

『────“ミュウ”』

 

『ミュウ?………あら、この子も気に入ってるみたいね。どういう意味なの?』

 

『かつての僕の故郷で、大いなる海を示す言葉だ。大昔に海に現れた生命の根源、世界を渡る水生の始祖。人々を天災から救った旧き神とされる存在だ。僕も、それが理由で海に憧れたから、良い名前だと思うけど………どうかな?』

 

『あら、私もこの子もいいと思ってるわ。可愛らしくて、素敵でしょうしね』

 

『僕達の娘、やはり君に似て綺麗だろうな』

 

『うふふ、どうかしら?貴方に似て優しい子かもしれないわよ?』

 

『優しいなら君にも似てるさ…………何時産まれるか、楽しみだね』

 

 

レミアと穏やかに語らい合いながら、お腹の子供の誕生を待ち望むフリント。今の彼は、かつての自分が望み求めていた幸せに満ち溢れていた。

 

 

────そして、ハジメ達はそんな記憶を見ながら各々の声を漏らしていた。

 

 

「これが、ミュウちゃんのお父さんの…………」

 

「え?スルーしてたけど、あの人普通に化け物じゃねぇーの?何、戦艦を槍一本でぶち抜くか、イカれてんの?」

 

「いや、まあ………俺も同じ考えだな」

 

 

感動するような声を漏らした香織の横で、レオンハルトとハジメはフリントの偉業に戦慄を隠せなかった。『海槍乱撃』という海人族の戦術の基盤ともなり、フリントを英雄たらしめる伝説の偉業。流石に誇張もあるだろと思っていたが、まさか真実とは思うまい。

 

 

「だが、何故今になってこの記憶を見せる?」

 

「?それってどういう…………」

 

「迷宮がこの記憶を見せることに、何か理由があるって?」

 

「ああ、これがこの迷宮のコンセプトに乗っ取った試練なのか、或いは俺達に見せる必要があるものなのか。わざわざこういうのを見せるってことは、関係あるってことだ。ミュウの父親と、今の状況がな」

 

 

ハジメの疑いは、すぐに顕著になった。

自分達に問題はないが、変化が起きたのは記憶の方である。家族の時間を過ごしていたフリント達の下に、慌てて海人族の男が駆け込んでくる。血相を変えた男は、二人に呼びかけた。

 

 

『フリント様!レミア様!魔物の軍勢が、この町に!』

 

 

その言葉と共に、フリントの顔が冷酷に染まる。運命が、ある悲劇の真相が────近付いていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「迷宮も少し入り組んできたな………そろそろ休むか」

 

 

襲い来るアンチノミーを退けて先に進む刃達一行とヴェルヌーイにコガラシ。今は互いに協力するしかないと歩みを進めていた彼等は、一息ついて休憩に付くことにした。

 

 

「ハジメ達は、まあ何とかやれてるだろうな。俺達も合流できるといいが」

 

「それは無理だ。さっきから歩き回っていたが、誰とも会わない。そもそもこの迷宮の広さは相当、不用意に歩き回っては合流も難しい」

 

 

僅かに期待していた刃だが、ヴェルヌーイは淡々とそう言い切った。彼等自身も何とか歩き回っていたが、逸れた仲間は見つけられなかったらしい。

 

 

「…………どっちみち、攻略を目指す以外ない。ハジメなら無事だから────香織はともかく」

 

「ユエ」

 

 

平然と言ってのけるユエに、刃が一言。さっきまで力を抜いていた彼は真剣な眼差しでユエを見つめながら、告げた。嫌味などはない、不敵な笑みと共に。

 

 

「お前が思ってるより、アイツは強ぇよ。いがみ合うのはいいが、バカにしてんなら今の内だぜ」

 

「………刃がそこまで言うなら、期待してあげる」

 

 

恐らく、香織の劣等感に気付いていたからこそ、彼女が足を引っ張り、逃げ帰ると思っているのだろう。元よりユエから見ればそう思われてしまうのは無理はない。

 

だが、刃は友人として、白崎香織がそんなヤワな女ではないと理解していた。機会があれば、あの劣等感も乗り越えられると。

 

唯一ハジメが最も信頼する相手である刃の言葉に、ユエは評価を改めた。二人にここまで言わせるのだから、情けない真似は許さないと思っているのだろう。

 

 

「ねぇ、主様」

 

「ん?どうした、シノ────」

 

「────主様は、家族と何かあったの?」

 

 

一休みして気を抜いていた刃が、動揺のあまり口に含もうとした水筒を落とした。軽く咳き込んだ刃が息を整えると、不思議そうにシノは刃を凝視していた。

 

 

「っ、いや………それは…………」

 

「主様は、ずっと自分が傷付いても平気そうにしてる。私達も不安だったけど、あの時────錯乱した主様を見た時から、気になってた。もし良ければ、教えて欲しい」

 

「……………」

 

「同感。話してみればいい」

 

「あ、あの!嫌なら嫌でいいと思いますよ!シノさんもユエさんも話したくないなら分かってくれると思いますから!」

 

 

ユエやシアからの援護射撃もあり、刃はため息を吐いた。元より前々から自分の悪癖が足を引っ張る面も多かった。その原因ともなる過去を共有しないのは、仲間に対する非礼にもなると考えたのだろう。

 

 

「いや、皆に心配ばっかかけて仕方ねぇな────言っとくが、面白い話でもねぇし、気ぃ悪くするだけだぞ?」

 

 

肩から力を抜いた刃は、改めてそう注意した。少なくとも、皆の気分を損なうような話であると。少なくとも、ユエやシア、シノは平気であるらしい。話を聞く態勢に入ったコガラシを余所に「勝手にしろ」と言ったヴェルヌーイはうさ耳を立てて聞く姿勢である。

 

仕方ない、と刃は重い口を開いた。

 

 

「俺の親父は────白銀財閥の人間だ」

 

「白銀財閥?」

 

「日本、俺達のいた世界でその名を知らないものはいない、大企業グループの創設者の家系。まあ、この世界なりに言うなら王族というより、ギルドの本部長や教会の教皇とかと同じくらい、偉い奴等の事だな」

 

 

白銀財閥。

刃たちが転移する前の地球でその名を知らぬ者はいないとされた大企業グループである。数百、数千にも及ぶ企業を統括するその財閥は日本の政界にも関与しており、正しく裏の支配者と呼んでいいくらいだった。

 

 

「ってことは、刃さんはそんな偉い人達の生まれなんですかぁ!?す、すご…………いひゃっ!?な、何するんですかユエさぁん!」

 

「シア、静かに…………刃が一族として受け入れられてるなら、白銀を名乗ってる。そうじゃない理由が、確執がある…………違う?」

 

「確執なんてもんじゃねぇ。白銀は、もう俺と縁を切ってる。俺が死のうが関係ねぇ。むしろあの人は、それを喜ぶかもな」

 

 

淡々と、何処か悲しそうに呟いた刃の一言に、全員が目を詰まらせた。関係が悪いのは予想できたが、死を喜ばれるとはどういう意味か。その答えに直接的には触れず、刃は自らの父親を明かした。

 

 

「白銀剣嶄、それが現財閥を纏め上げた社長であり、俺の父親だった男だ。病弱だった母さんが俺を産んで死んだ後に引き取った……………少なくとも、あの人は良い父親では無かったな」

 

「何が、あったの?」

 

「あの人は、俺を後継者とする為に用意したと言った。間接的に母を死なせた俺が気に入らなかったのか、そもそも実子としてみていなかったのか分からないが、あの人はいつも俺を冷たくあしらっていた」

 

 

生まれたばかりの、まだ赤ん坊だった刃は母親はおろか父親すら見たことはなかった。いつも他人の大人に世話されて、ようやく立って歩けるように、ある程度思考ができるようになった頃に父親である剣嶄と対面した。

 

自らを父親と名乗る男に、まだ幼かった刃は懐いた。母のお腹にいた時の記憶があったのか、本能からだろうか。彼に手を引かれて着いていった刃は────地獄を知ることになった。

 

 

「ガキの頃はずっと、あの人に怯えてたな。まあ、殴られたり蹴られたり、叩かれたりするのはまだ良かった。痛みで声を上げただけで腹を蹴られたりもしたから、我慢した方が楽だった。あの時の俺が我慢していられたのは、少なくとも親子であることは変わらないと思ってたからだ」

 

 

それは、教育という名の虐待であった。

まだ5歳にも満たない刃に教え込まれたのは、財閥を纏める烈腕。その基礎すらまだおぼつかない刃に、父親は徹底的な罰を与えた。ムチで叩かれたことも、革靴で蹴られたことも、何度あったことか。

 

腹を蹴られ、胃の中身を吐いたこともあった。「貴重なカーペットを汚した」として罰を与えられた際に、窓一つもない暗い個室に閉じ込められた時が、一番怖かった。泣き叫んで抵抗したが、抵抗した際にはもっと長く閉じ込められたこともあり、次第に抵抗することなく兎に角受け身でいるしかなかった。

 

それでも、刃は耐えていた。

まだ子供で、頼れるもののいない彼は父親が自分を愛してる可能性に縋っていた。それ以外になかった。それ以上、縋れるものはなかったのだ。

 

 

「結局、俺が何も見えてなかった。親父が俺を拾ったのは、実の子だからであり、それ以外になかった。それ以外は心底どうでもよかったと、後で知らされた」

 

『────お前にもう用はない』

 

 

それから数年後、初めて刃は外へと連れ出された。一言も発することなく、寡黙に徹する父親を見上げていた刃は、車から降りた父親にそう言われた。そこは、人気の少ない孤児院であった。

 

父はまだ幼かった自分を降ろし、封筒を渡した。

これをあの孤児院の神父に渡せ、と。戸惑う刃は必死に父に問うた。そんな刃をゴミを見るような目で払い除けた父は、冷淡に吐き捨てる。

 

 

『勘違いするな。お前を子として愛していたとでも?お前の役割は、本命の代わりとなる予備にすぎん。それが必要なくなった以上、お前にもう価値はない』

 

「どうして、そんな。いきなり捨てようとするなんて────」

 

「あの人には、もう一人の息子がいた。俺とは違う、正式な一族から生まれた子が。その子は病気で死にかけている状況だったらしい。あの人はその子が万が一死んだ時の、後継者の代わりとして俺を拾っていた」

 

「じゃあ、その子の病気が治ったから」

 

「────スペアであった俺を、後継者として育てる必要はなくなった。だからあの人は、俺を棄てたのさ」

 

 

要は、刃は単なる財閥の後継者の代わりに過ぎなかったのだ。その事実に一早く気付いた刃は、まだ幼かった少年は必死に許しを請うた。

 

捨てないで、捨てないでと、子供ながら泣き叫んで必死に縋り付いた。父に蹴られながらも、それ以外にする方法は知らなかった。親子の縁というものに縋ってきた刃には、それしかない。

 

そんな刃を冷たく見下ろした剣嶄は、一言呟いた。

 

 

『黒鉄刃、これからは名乗れ』

 

『………え』

 

『お前のような出来損ないに、白銀の名を名乗れるだけでも我が恥なのだ。もし名乗ろうものなら殺すしかないが、黒鉄という名で────白にもなれぬ欠落の名を語り続けるのであれば、お前を殺す理由もない』

 

『お前は私の汚点だ。冷酷にもなれず、あの女と同じ────それ以上に甘く、愚かな息子よ。出来ることなら消し去ってしまいたいが、万が一のこともある』

 

 

優しく、それでいて冷酷に諭す父の言葉は、まだ幼かった刃の心を壊すには充分であった。膝をついて、彼は泣いた。自分が父に愛されていないどころか、死ぬことを望まれていた事実に、深く、深く絶望した。

 

『もし、父を想うなら、その優しさを他者に向けよ』

 

去り際に、剣嶄は泣きじゃくる刃へと告げた。壊れた彼の心の真相、無意識に刻まれたトラウマともなる、ある呪いを。

 

『そしていつか、誰かの為に死んでくれ────』

 

「────それが、黒鉄刃の生まれた日の話だ」

 

 

ポツリポツリ、と刃は悲壮感漂う空気の中でそう零した。悲しい過去、という話ではない。あまりにも悲惨で、残酷過ぎる。それはその場の全員の表情が、それを示していた。

 

 

「そんな………そんなことって」

 

「…………随分と、傲慢な男よな。その父親は。子の命すら自分の所有物と思いてか」

 

「全くだ。そんなクソ野郎が生きてるなんて、世も末だ」

 

 

シアは号泣する事も出来ず、ただ悲しそうに口元を押さえていた。目を細めたコガラシの苦悶の一声に、ヴェルヌーイは不愉快そうに刃の父親へ侮蔑を向けた。

 

平然そうに、その場の空気を変えようとしていた刃を見ながら、ユエは一つの確信を得ていた。

 

 

(刃は好きで自分を軽んじてるんじゃない。省みることが出来ない……………そうならないように、教え込まれてきたから)

 

 

刃の異常なまでの自己犠牲は、それが理由なのだろう。

 

実の父親から徹底的に存在を否定され、切り捨てられた時の心身に遺された絶望。その際に刻み込まれた言葉が、無意識に刃の思考を強制していたのだ。彼が自身に頓着しない程躊躇いがなく、自傷や死を恐れないのも、そういうマインドコントロールの結果なのだ。

 

 

(そうまでして、刃の事が憎かった………どちらにしても、人の考えじゃない。戦争もなくなったハジメ達の世界でも、そんな人でなしがいるなんて)

 

 

恐らく、言葉では無理であることもユエは察していた。刃を変えるのは、彼自身でなければならない。単なる言葉や諭すのだけでは、彼に刻まれた無意識下の呪いは覆せない。

 

改めて、そんな呪いを植え付けた男への嫌悪を露わにするユエ。ハジメが知れば怒り狂うことだろう、と納得しながら、彼女は刃を見据えていた。

 

 

「……………主様」

 

「?何だよ」

 

「私達は、主様を捨てないから………ずっと一緒にいるから、安心してね」

 

「…………おう」

 

 

優しく抱き締めるシノに、刃は短く頷くしかなかった。相変わらず涙脆いシアがズビズビと鼻を鳴らし、コガラシが「青春じゃのう」と言っていた────最中。

 

 

「────ッ!」

 

「何か、来る!?」

 

 

残骸の裏に隠れていた刃達は、すぐに周囲の殺気に身構える。しかしソレは此方を襲う気配がない。咄嗟に残骸の裏から覗き込んだシノは、周囲の光景に目を見開く。

 

 

「なに、これ?」

 

 

周囲に転がるのは、全て残骸。アンチノミーの亡骸が、その場に無数に転がっていた。一方的に屠られたであろうソレは消滅していくことから見て、敵はすぐ近くにいるのだろう。

 

そうしていた瞬間、シアが悲鳴を上げた。

 

 

「シノさん!逃げてッ!」

 

「………ッ!?」

 

「て、てテテテテテテテテテテテ、テテテテテテテテテテテ、敵襲ウウウウウウウッ!!」

 

 

真上から、襲い掛かるはレーヴェルノート。欠けた光輪を頭に浮かべる人型は、理解不能な言語を伴って残骸から頭を覗かせていたシノへと槍を振るう。

 

そんな槍撃を、身体強化したシアがシノに抱き着いて回避させた。レーヴェルノートは初撃が回避されたことに反応を見せず、そのまま全身をひねり、回転しながらシアとシノを斬り裂かんとした。

 

 

「────二人に!何しやがるッ!」

 

魔剣フェンリルを手にした刃が、レーヴェルノートの槍を受け止める。しかし受け止められたのも一瞬。凄まじいパワーで圧倒してくるレーヴェルノートに押し負けるが、すぐに投擲した魔剣を叩きつけて吹き飛ばす。

 

 

「刃、無事?」

 

「………腕がまだ痺れる。なんてパワーしてやがるあの野郎」

 

「ふむ、よもやアレがこの場を作ったということか」

 

「同じ魔神の手下かと思ったら同士討ちか。あの怪物、正気かよ」

 

「…………場合によっては空間魔法も使えるけど、逃げ切れると思う?」

 

「……………いいや」

 

「────ぎ、ギギギ」

 

 

突如停止したレーヴェルノート、その視線は刃の胸元に釘付けであった。そこにあるのはネックレス、エリセンで別れる際にミュウがくれたお守り。ハジメ達に帰ってきて欲しいという祈りを込めたものだったが、ソレを認識した瞬間レーヴェルノートの様子が変質した。

 

 

「み、ミュウ、レミあ────帰ル、二人が、待ってル」

 

「っ!?なんでミュウちゃんとレミアさんの事を………!」

 

「気を付けろ!来るぞ!」

 

「こ、殺ス殺ス殺す殺ス殺す殺ス殺ス殺ス────コロススススススス」

 

グキン、と首を捻ったレーヴェルノートが狂乱したように此方へと疾走する。刃達は身構え、いまにもおそいかかる今にも襲いかかるレーヴェルノートを迎え撃つように────飛び掛かった。




今回、フリントと刃の過去を同時公開でした。

フリントの過去はともかく、刃の過去はまあ………短い分酷い話ではありますので。

刃の父親、剣嶄はキャラ的にもエンデヴァーやヴィンスモーク・ジャッジ、アル・ダ・フラガの悪いとこだけを詰め込んだような人ですね。

刃が自己犠牲を強いるようになったのも、全てこの親父のせい。せめて誰かの為に死んでくれって言ったのは、刃が人助けして死んだ時に自分の名声を上げるために利用するため。うーん、クソ親父。

因みに刃の名前の由来も、白銀財閥と大きく関係してます。白銀財閥の人間、剣嶄といい正家の人間は剣の名前が含まれてます。それを踏まえて刃の名前の意味を深掘りしていくと、


白銀=金属の銀、綺麗な銀色、銀のように光り輝く白色。

黒鉄=くすんだ鉄、錆びた鉄の色、銀ではない鉄。(要約・高貴な白銀とは違う、忌み嫌う血統)

刃=剣ですらない刃物。(要約、お前みたいな出来損ないが剣なわけないだろ、刃で十分)


く、クソ親父………(ドン引き)


因みに後継者に選んだ実子からも嫌われて、今は家出されて普通の高校生として生きてます。まあ、実子からしても自分が苦しんでる時に予備として子供を育てて、必要なくなったら捨てるような奴やし、嫌われるよね。


次回も盛り上がっていきますのでよろしくお願いします!それでは!

清水の今後について

  • 生存その1(生き残るけど戦えない)
  • 生存その2(護衛組の一人として戦う)
  • 死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
  • 意識不明の重体として途中退場
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