ありふれた職業で世界最強 新生譚   作:虚無の魔術師

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英雄の死・自由の対立

『魔物の大群────数は』

 

『数万規模が…………此方に向かってきている。数的にも、逃げようがない』

 

 

海人族の男達と話していたフリントは、事態が不味いことだけは分かっていた。エリセンの町に近づく魔物の軍勢、およそ数万。並大抵の人数では防衛しきれない数である。すぐに防衛の構えに出る大人達は、共に対策を講じようとしていた。

 

 

『王国は、ハイリヒ王国に助命を求めるのはどうだ?あそこは俺達と交流も多い。きっと援助してくれるはずだ』

 

『────それは無理だ』

 

『どうしてです!フリント様!数万の魔物なんて我々だけでは対処しきれない!王国に助けを求める以外にありません!』

 

『よせ、フリント様の言う通りだ。ハイリヒ王国に援軍は頼めない』

 

唯一、関係性のある親国へ援助を頼もうという意見もあったが、フリントを含めた一部の大人はそれが不可能であることに気付いていた。それは、少し前に届いた報せが関係している。

 

 

『つい先日だ。魔人族が人間族に宣戦布告してから数日、昨日戦争が始まった』

 

『な!?その話、本当ですか!?』

 

『ああ、連絡が来てからすぐに魔物の大群が確認された。人間族は、酷い状況らしい。既に連合となった国の半数が壊滅させられたと聞く』

 

ハイリヒ王国も同じ状況であるらしい。前線は壊滅しかけ、王国自体も崩壊の危機にあると言う。外に助けを求めるのは無理であり、彼等は他にどうするか必死に議論していた。

 

────ただ一人、この場の全員が生き残れる可能性に賭けたフリントを除いて。

 

 

『全員、避難準備をしろ』

 

『ふ、フリント様!?突然何を………』

 

『────僕が引き受ける』

 

 

その後すぐ、エリセンの町にいる海人族全ての避難が行われた。船による海上への退避。海の上であれば、魔物は追ってこれない。万が一追われたとしても、海人族であれば海の上を逃げることは容易い。ここから一番近い────スティシアへ行けば、戦争への参加をできなかったあの国ならば、保護はしてくれるはずだ。

 

しかし、全員が納得したわけではなかった。反発も多かったが、特に反対したのはフリントを慕う若者達であった。

 

 

『無茶です!フリント様!あれだけの魔物を相手に一人でなんて!』

 

『全員を生きて帰す為だ。安心しろ、多対一は得意だ。僕は簡単にやられるような真似はしない』

 

『なら!私も!自分達ならば、フリント様のお力になれます!なってみせますので、どうか!』

 

『レプカ────お前達も、よく聞け』

 

 

必死に着いていこうとするレプカ達を宥め、フリントは全員を見る。不安そうな顔をする若者達に穏やかに笑いかけたフリントは、彼等へ言葉を投げ掛ける。

 

 

『僕はお前たちに戦うなと言ってる訳じゃない。万が一、僕が撮り逃した魔物がいた時、僕がいない時に皆を守れるのはお前達だ。僕の代わりに、皆を守ってくれ』

 

『フリント、様』

 

『心配するな。必ず帰る────全員、また鍛えてやるから待っていろよ』

 

彼等の頭をポンポンと撫でたフリントは、目の前に立つ女性に気付いた。臨月が近いお腹を抱え、他の女性に寄り添われたレミアの心配そうな瞳に、フリントは静かに目を伏せる。

 

 

『…………あなた』

 

『すまないレミア。僕は行くよ、君を、ミュウを守る為に戦ってくる』

 

『分かってるわ。あなたがそうすることは、私もよく知ってるもの』

 

 

気丈に振る舞うレミアは不安でいっぱいだろう。子供が生まれる直前なのだ。夫であるフリントに傍にいて欲しいという気持ちがないわけではない。それでも彼女は、彼が自分を含めた皆を守る為に戦うことを分かっていた。

 

分かっているからこそ、送り出すことを選んだ。必ず生きて帰ってくると信じて。そんなレミアの不安を拭うように、フリントは胸元のネックレスを外し、レミアの胸に掛けた。

 

 

『…………これは?』

 

『お守りだ。何かあった時、僕が君を探せるように。………無事で帰って来た時に返すために、持っていてくれ』

 

『お願い、フリント。必ず帰ってきて────この子の為にも』

 

『約束だ。僕は必ず、帰ってくる』

 

 

穏やかに微笑み、フリントはレミアを互いに抱き合った。そして、フリントは優しくレミアのお腹を、その中に眠る子を撫でる。交わした約束を胸に秘め町の外へと向かったフリントを余所に、レミア達は避難を始め、海上へと向かうのだった。

 

そして、フリントは立つ。

目の前に群がる魔物の大群へ。此方を襲おうとする異形の軍勢を恐れることなく、槍を手で回したフリントは短く告げた。

 

 

『────ここから先には、通さない』

 

 

◇◆◇

 

 

そして、数分後。一連の記憶を通して見ていたハジメ達は絶句していた。襲いかかる数万の魔物の大群。フリントはソレを相手に後れを取ることなく────全滅させたのだ。

 

 

『────はぁッ、はぁッ』

 

 

荒い呼吸と共に息を整える、血塗れのフリント。その血は自分のものではなく殺した魔物の返り血であった。魔物の腹に突き立て槍を掴み、フリントは全身を揺らしていた。

 

そこで回想を見ていたハジメ達は、ある疑問に気付く。

 

 

「フリントは、数万の魔物を殺し切ったのか?それが真実だとしたら────」

 

「…………フリントさんは一体、何に殺されたの?」

 

 

数万の魔物を殺し疲弊しているが、五体満足であるフリント。そんな彼がレミア達の元に帰る前に死ぬなんて、普通ではない。それこそ魔神に襲われたなんて話でもなければ有り得ないくらいだ────そんな風に、冗談を考えていたハジメであったが。

 

 

──────瞬間、ハジメ達は感じた。肌を伝い、全身に行き渡る悍ましい力の脈動を。

 

「っ!?このオーラ────いや、ヤバすぎだろっ」

 

「うッ………!?」

 

「ッ、この感覚………まさか!?」

 

全身を貫くような感覚にレオンハルトは苦笑いしながら、震えを隠しきれない。そのオーラを直接受けた香織は顔を青くして、身を震わせる。喉の奥から吐きそうになるのを抑え込む彼女に寄り添いながらも、ハジメは恐れを隠しきれなかった。

 

だが、誰よりも先に気付いていた。

この場にいる三人の中で唯一、ハジメはソレの力の正体に気付いていた。無機質で、禍々しい悪意と狂気を。

 

 

フリントもソレを感じ取ったのか────思わず、その場を飛び退いていた。警戒して腰を低くして槍を構える彼の目の前に、ソレは現れた。

 

 

『────やあ、こんにちは。お兄さん』

 

『────やあ、始めまして。お兄さん』

 

『………………子供?』

 

 

フリントが戸惑ったのも無理はない、目の前に現れたのは幼さの残った少年少女であった。見た感じ、十数歳くらいの男女。黒と赤い髪に金色の瞳の少女と白と青の髪に銀色の瞳をした少年。相反するような特徴を持つはずの二人は、何故か血を分けた双子のように見えてならない。

 

それ以上に────全身を突き刺すような、禍々しい重圧感。明らかに異常な空間にも関わらず、五感の全ては目の前の存在を無害と認識している。唯一、第六感だけが、戦いによって研ぎ澄まされた本能が警鐘を鳴らしていた。

 

逃げろ、もしくは戦え。さもなくば殺されると、鍛え抜かれたフリントの無意識が、そう囁いていた。

 

 

『流石は英雄。三万キッチリのアンチノミーを無傷で掃討するなんて』

 

『その上でまだ戦う余力を残してる。………人間はいいね、こうして逸材に出会うことができる』

 

『────ッ!!』

 

 

その話を聞いたフリントの思考は一瞬にして先鋭化される。目の前の少年少女が誰であり、何であるのかは関係ない。彼等には悪意があった。たとえ武器を持っていない子供であろうと一切の躊躇なく、フリントは槍を振り抜き────双子の頭を切り飛ばした。

 

(手応えは、あった────いや、迷うな。アレは敵だ。敵でなければ、あんなオーラを出せるはずがない)

 

 

迅雷の如く、迷いのない一撃であった。

槍で放ったソレは空間を両断するほどの熱量を伴う斬撃であった。槍を振るったフリントは己の迷いを振り切る。たとえ無抵抗の子供といえど、相手は普通ではない。

 

 

『────私達の姿に怯むことなく、一瞬で殺しかかるとは』

 

『やはり逸材。侮れないね』

 

『な────ッ!?馬鹿な!?』

 

 

だが、振り向いたフリントの前に二人の少年少女は立っていた。傷一つない状態で笑う二人の姿に、フリントは自身が確実に命を絶ったはずであるのに、混乱する。

 

手にした槍に、血はない。だが、手応えはあった。自身の振るった槍が、二人を殺した感覚は、五感は間違いではない。だからこそ、思考のちぐはぐを感じてならない。

 

 

『お前達が────あの魔物達の主か』

 

『私達は、「ダブリス」。世界を喰らう者、数多の悲しみを根絶させる者、来たるべき滅びの使者にして救うモノ』

 

『私達は、「矛盾」。破滅と救済、憤怒と慈愛、絶望と希望、相反する二つの意志に囚われた、概念の傀儡。双対の方程式』

 

『『私達こそ、このトータスを滅ぼす厄災にして、救済するモノ』』

 

 

笑う二人の影が、異形を象る。

その悍ましき重圧感と狂気に満ちた言葉からフリントは確信した。目の前の存在は、同じであると。自分達の世界を滅ぼしたあの厄災と、同じ存在であると。

 

思考の片隅に恐怖が過ぎる。自分一人で、勝てるはずがない。相手はあの世界を滅ぼす化け物と同格、下手したらそれ以上の存在だ。戦って勝つことを考えるのではなく、どうすれば生き残れるかを考えるべき。

 

そう思っていたフリントは────自分の背後、エリセンの町から避難する海人族達の存在を思い出した。そして、大切な家族であるレミアとお腹の子供の存在も。

 

 

『────戦意が研ぎ澄まされた。いいね』

 

『やはり海人族を狙って正解だった。お陰で君を見つけ出すことができた』

 

『『では────救済を始めよう』』

 

 

そう告げる双子、ダブリスが手を振るうと周囲の物質が分解されていく。分解されたその粒子はダブリスの魔力を帯びたことで、アンチノミーへと変貌する。生成した自らの端末を率いたダブリスは、フリントへ微笑みかけた。

 

 

『さぁ、私達に見せて?君が英雄たる力の所以を』

 

『でないと────君の家族も接収しちゃうよ?』

 

『────殺すッ』

 

 

無邪気に満ちた悪意を向けられたこと以上に、家族に危害を加えることを口にしたダブリスへ、フリントの殺意が限界を超える。恐怖を振り切り、全身に先鋭化させた殺意を乗せたフリントが音速の勢い槍の刺突を放った。

 

 

 

────殺して、殺して、殺し回った。無限に生成されるダブリスの端末を、アンチノミーを殺していくフリント。何百体も、何千体も葬った。確実に殺せている────はずなのに。

 

 

『何故だ!?何故、殺せないッ!』

 

 

荒い呼吸の中、フリントは必死に戦い続けていた。アンチノミーの大群を潜り抜け、優先的にダブリスを狙う。その槍で叩き潰し、抉り抜き、斬り刻み────肉片すら残さずに消し飛ばす。

 

それでも、双子の少年少女は殺せていなかった。いや、殺しても尚、二人は実在し続けている。殺された現実を、塗り替えているかのように。

 

 

『無駄だよ、私達の力は■■■■■■■■■■■■■』

 

『■■■■■■限り、君が私達を殺しても意味がない。何度でも、何度だって■■■■■が出来る』

 

「っ?なんだ、いきなりノイズが………」

 

 

記憶を見ていたハジメ達は、当然ダブリスの言葉が理解できなくなった。言葉自体が歪んだような、ノイズに上書きされていたのだ。聞き取ろうにも、その部分だけは不思議と読み解くことができなかった。

 

 

『ならば!これは────ッ!!』

 

 

飛び上がったフリントは、その場で槍を深く構える。地面を踏み抜いた彼の腕が全身の力を込め、槍から凄まじい熱量の魔力が噴き出されていく。ダブリスは、その光景に目を細めた。

 

 

『君の切り札か。いいね、マトモに喰らえば私達すら無傷では済まない。何より、今この場では最適だ』

 

『だからこそ────ソレは止めさせてもらうよ』

 

 

直後、上空から質素な槍が降り注ぐ。亜音速で飛来したソレは槍を構えたフリントの腕を────肩から抉り抜いた。

 

 

『────ッ!?』

 

 

即座に槍を握り直し、腕をダブリスのほうへと弾き飛ばすフリント。ダブリスは回避もせず、その腕を粉微塵に消し飛ばす。何とか距離を離したフリントは出血する片腕を押さえながら、真上を見た。

 

 

『もう、一体ッ!?』

 

『アンチノミー・フェイタルオーバー。私達の眷属』

 

『気に入ってもらえたかな?じゃあ、もういいよね?』

 

 

二人が腕を振るうと同時に、背後の空間が割れる。その隙間から覗くは、絶対的な質量の存在感。目の前のソレが何であるのか気付いたフリントの前で、空間の割れ目から巨大な刃が迫る。

 

フリントはそれを飛び退いて、回避する。そのまま空間の割れ目に向けて槍を構え、撃ち出そうとしたその瞬間────

 

 

『『■■■■■■・■■■■』』

 

『────あ、がッ』

 

 

刃が、フリントの身体を切り裂いた。バックリと肉体が割れ、血が噴き出す。フリントの思考は一気に錯乱した。当てられた事実に、理解が追いつかない。今の攻撃は避けた、避けきれたはずだ。

 

そして混乱により思考が、攻撃により肉体が停止したフリント。数秒の間に発生した隙は、あまりにも致命的だった。

 

 

『『さようなら、英雄』』

 

 

直後、無数の槍が────フリントの全身を貫いた。手足も、胴体も、顔すらも。回避不能、防御不可能の一撃に、フリントは全身から血を噴き出して地に落ちた。

 

その場に、崩れ落ちるフリント。全身の至る所を槍で刺し貫かれた彼は身動きも出来ず、息も途絶えかけていた。

 

 

『────ぅ、ぁ────』

 

『まだ生きてるとは、存外にしぶといね』

 

『じゃあ死ぬ前に、君の魂を貰うよ。これから、神代魔法を手に入れる為に必要だからね』

 

 

感嘆と無関心の感情を抱いた双子が手を伸ばす。瞳から光の消えかけた、その瞬間。彼の脳裏には、ある言葉が想起されていた。別れ際に、家族と交わした────約束が。

 

 

────お願い、フリント。必ず帰ってきて────この子の為にも

 

『死、ね───な………い』

 

『ん?』

 

 

その瞬間、動けないはずのフリントは本能で動いていた。槍で固定された肉体を無理矢理動かし、伸ばした手が少年の首を掴み、そのまま引き千切る。疑問の声を漏らした少年を捩じ切ったフリントはそのまま片目に突き刺さった槍を引き抜き、もう一人の少女の頭へ突き立てた。

 

 

『あれ?』

 

 

双子は唖然としたように、不思議そうな声を漏らして絶命した。フリントは、槍に貫かれた全身で動き、地面に落ちていた自身の武器である使い慣れた槍を握り直す。その瞳に正気はなく、それでも尚、強い意志を秘めている。

 

 

『まさか、まだ動けるなんてね』

 

『君を動かしてるのは、英雄としての意地かな?それとも、純粋な家族への愛かな?』

 

『僕、は────死ね、ない………死にたく、ない…………っ』

 

 

血溜まりの中、フリントは血の滝を吐き出してよろけながら立ち続けていた。フリントを突き動かすのは、家族の元へ帰るという覚悟そのもの。尋常ではないほどの生命力の正体は、なんてことのない────彼がこの世界で得た、家族への愛であった。

 

 

『こんな、所で………死んで、たまる……か────僕は、家族が…………レミアと、ミュウ………あの子が、二人が────待って、るんだ』

 

『────へぇ、いいね』

 

『ますます欲しくなった。君は』

 

『『────君の願い、ダブリスが叶えよう』

 

 

しかし、ダブリスはそれを無情に、無慈悲に摘み取った。振るわれた魔神の一撃に、フリントは反抗する力もなくマトモに直撃する。

 

ドパンッ!と、切断された胴体が宙を舞う。そのまま地面に叩きつけられたフリントは途絶えていく意識の中で、愛する二人の家族を思い浮かべていた。

 

 

────ごめん、レミア。帰るって、約束したのに。君をまた、泣かせてしまう。

 

────ミュウ、僕達の愛する娘。

 

『────ご、め──ん…………』

 

 

そして、英雄フリントは死んだ。

世界を滅ぼす魔神と出会い、戦った彼はその強さに蹂躙され、理不尽なままに絶命したのだった。

 

────しかし、それでは終わらなかった。彼にとっての地獄は、これからが始まりであった。

 

 

 

──────場所を移動して、■■領域。ダブリス固有の次元領域であり、ダブリスがアンチノミーを保管、生成するために工場として運用している滅びた世界。

 

そこで、新たな眷属────新たなるアンチノミー・フェイタルオーバーが誕生しようとしていた。ダブリスが手に入れた、ある英雄の亡骸を使って。

 

 

『────下半身は不要。独自の可動ユニットを連結せよ』

 

群れるアンチノミーが、吊り上げられた遺体を改造していた。それを指示するは、ダブリスの支柱にある統括機構。プログラム化された魔物の大群は金属のパーツを組み上げ、跳躍や移動に長けた下半身ユニットを生成し、ソレを遺骸へと取り付けた。

 

 

『破損した左手は、アームズユニットへと換装。強度は重厚型と同等、出力は最大。右腕はそのままでよし』

 

片腕を失った遺骸の胴体に、一際大きな機械の腕が取り付けられる。肩に繋げる部位から伸びたケーブルが遺骸の中へと深く組み込まれたその瞬間、腕は勝手に動き出す。ギチギチと不気味に動いた指はすぐに元通りに、本来の腕のように軽やか動きを見せていた。

 

 

『内臓は全て摘出。改造後、暗黒物質エンジンを固定、接続』

 

切り開かれた彼の胴体から全てが引き抜かれた後、そこには無数のケーブルと一つのコアを思わせる球体が埋め込まれた。妖しく蠢くその球体が音を立てて稼働しており、エネルギーを生成し続けている。

 

 

光輪(ハイロゥ)により、制御プログラム稼働。頭部表面に制御用フェイスプレートを装着せよ』

 

そして、頭の上に光の輪を刻まれた亡骸。その顔に、生気を失った冷たい顔の上に金属の仮面が取り付けられる。顔面を覆い隠すように展開されたソレは不気味な光を発すると共に、遺骸が音を立てて震え始めた。

 

 

────そして完成したのは、最悪の兵器だった。

手足を奪い、炉心を埋め込み、遺体を核とした最低最悪の冒涜。高潔な英雄の力を悉く利用する為に、効率的にダブリスが求めた尖兵。

 

 

『人の英雄、「閃槍」のフリントは死んだ』

 

『君は、私達の新たなる眷属。名を、レーヴェルノートだ』

 

『ァ、あ────違ウ、違う、違ウウウウウウウ』

 

 

アンチノミーを引き剥がし、拘束を解かれた亡骸────フリントだったモノ、レーヴェルノートは槍を手にしてその場を暴れ回った。主であるはずのダブリスたる双子にすら矛を向けるのは、尋常ではない彼の執念か。

 

 

『やはり簡単には支配できないか。それでこそ、私達の望んだ英雄』

 

『ならば趣向を変えよう────私達の役に立て、レーヴェルノート。そうすれば、君は家族の元に帰れるよ。約束を、果たせるよ?』

 

『────約、束──────か、ゾく』

 

『そうだ。私達の目的を果たし、役に立ってくれ。そうすれば、君は家族にまた会える。約束を守る為に、頑張ってね』

 

『みュ、う…………レみあ、約束────待ってテ、クれ────帰る、帰ルルルルルルルル』

 

 

光輪が蠢き、レーヴェルノートの思考を制御する。言葉巧みに告げられた内容に、レーヴェルノートは無意識に思考を歪められる。それしか、考えられない。レーヴェルノートにとって、英雄の残骸にとって、残る感情はそれが必然なのだから。

 

家族への想いを利用する、それこそがダブリスの考えた発想。フリントの死に際の思いを、叶えるために彼を生きたまま殺し────その命を自分の思うように作り変えた姿こそが、メルジーネ海底遺跡を襲う眷属の正体であった。

 

 

その事実を知った三人の顔は優れない。特に香織は、酷く落ち込んでいた。

 

「うっ」

 

「香織」

 

「………どうして?どうしてあんな簡単に、人の思いを踏み躙れるの…………?」

 

 

吐き気を堪えるように口元を抑えた香織に、ハジメが寄り添う。彼女の口から漏れた言葉は、フリントの最期への悲しみと彼への凄惨な行為をしたダブリスへの疑問であった。

 

彼等は終始笑っていた。フリントを追い詰め、瀕死に追いやった時も、彼を改造し自身の眷属へと作り替えた時も。慈愛も慈悲も本物であったが、ダブリスのソレは人間のものとはかけ離れた────超越者のものであった。

 

 

「まさかとは思ってたが、あの化け物の正体がミュウの父親だとはな…………」

 

「その割には落ち着いてるじゃねーの、ハジメ」

 

「正体に関してはな。その経緯を知って尚更気分が悪い」

 

 

その悪辣さ、超越者故の価値観の変質にハジメは不快感を露わにしていた。ミュウにもだが、レミアにも話せない酷な事実だ。煮え滾るような怒りを秘めていたハジメは冷静に、片目を細める。

 

 

「だが、気懸かりがある」

 

「気懸かり?」

 

「奴等、神代魔法を手に入れると言った。五年前から奴等はこのメルジーネ海底遺跡の神代魔法を狙っていた。なら何故ソレを今まで放置していた?わざわざ今になって動いた理由は何だ?」

 

『────簡単だよ、君達を待っていたのさ』

 

 

その瞬間、三人は呼吸が止まったかのように停止した。有り得ないはずの声が、有り得ないはずのことをした。これは、過去の記憶であるはずだ。自分達は、英雄の死の果ての記憶を見ていたはずだ。なのに、何故過去の記憶でその声は返事をしたのか。

 

────何故、双子の魔神が、此方を見て微笑んでいるのか。

 

 

『七大迷宮、特にメルジーネ海底遺跡は巧妙に隠されててね。旧き神秘の力による隠匿は、流石に私達の力でも突破できなかった』

 

『でも、君達が現れてくれた。お陰で迷宮は姿を現し、「原初の海」の加護は消えた。その合間を狙った訳さ』

 

「嘘…………これって、過去の記憶のはずだよね………?」

 

『安心して、私達は未来を見てはいない。時を刻む位相に干渉してるだけ』

 

『だから触れることも近付くことも出来ない。私達は遠い先の行動を推測、観測しているだけ』

 

 

戸惑う香織の声に、ダブリスは答えるように口を開いた。端から見れば、独り言にしか見えない。なんせ彼等が声をかけているのは、この記憶を見ているであろうと推測したハジメ達にである。

 

 

『やあ、お兄さん達。挨拶はしたから、不要だよね』

 

『やあ、お姉さん達。挨拶が必要なら、何時でも言ってね』

 

 

クルリと振り向いた双子は、ハジメ達を見据えるように笑った。当然ながら、ハジメ達は声も出ない。出せるはずがない。全てが規格外過ぎる。

 

そんなハジメ達の、言葉も出ない様子を察知、観測したのであろうダブリスは不敵に笑い、話を続けた。

 

 

『疑問の一つに答えてあげる────私達の目的は、再生魔法。時に干渉する神代の力』

 

『禁忌の魔法、あらゆる魔法のアーキタイプ。時空を支配する魔法から派生された力。それこそが、輪廻の魔神への対抗手段の一つ』

 

「………輪廻の魔神だと?」

 

 

ハジメはその言葉に顔をしかめる。明らかに知らない名前だ。魔神は今いるだけでも四体だけのはず。『戦乱』、『双対』、『混沌』、『破滅』のみであり、『輪廻』という名は聞いたこともない。

 

 

『輪廻の魔神は、私達の敵。魔神であり魔神ではないモノ。全てを破滅させるという「意志」から離反した、時の王。本来存在しないはずの、五柱目の魔神』

 

『彼の狙いは不明、理解できず。されどその目的は明白、私達全ての魔神を絶滅させ、トータスを手に入れることが目的。ソレは自らの意思によって、私達全てを滅ぼそうとしている』

 

『────私達はそれを認められない、世界は全て滅びるべき。人は皆等しく、絶滅の果てに終わりを迎えるべき』

 

『────私達はそれを許容はしない、世界は全て救われるべき。遍く命は悉く、浄化の果ての終わりを迎えるべき』

 

双子は笑みを消して、淡々と告げる。それこそが正しいことであると疑わぬ様子で。少年と少女は同じように首を回しながら、互いの手を握る。片手を向けながら、ダブリスはハジメ達へと宣告する。

 

 

『私達の勝利の為、この世界を含めた全ての世界の救済の為、ダブリスは動かない』

 

『────時が来たら、ダブリスはこの世界を救済する(滅ぼす)。それまでの間、私達以外に殺されないでね?』

 

 

視界が、世界がブラックアウトした。

明転した景色は先程とは違う、神秘的な神殿の通路に立っていた。ダブリスはあの記憶に強制的に介入し、ハジメ達に干渉しようとしていたらしい。

 

 

「先を進むぞ────奴等より先に、神代魔法を手に入れる」

 

一息ついたハジメの一言に、香織とレオンハルトは静かに同調するのだった。

 

 

◇◆◇

 

「ようやく、ゴール目前か」

 

足を止めたハジメの前に広がるのは、行き止まりの通路の先にある魔方陣。直感からして迷宮の最深部に通じるところだというのは分かっていた。

 

 

「案外拍子抜けだな。他の迷宮に比べると簡単な気もするが」

 

「あのね………ハジメくん。十分大変な場所だったよ。海底遺跡だって潜水艦無しで行くのが普通だし」

 

「よりによって、魔神の襲撃もあった訳だ。迷宮自体が機能してないのも無理はないだろ」

 

 

ハジメ達の準備が整い過ぎたのと、緊急のトラブルの影響で迷宮の攻略が短縮されたのだろう。そんなものか、とハジメは納得しておく。

 

 

「よし、じゃあ後は魔法を手に入れるだけだろ?さっさと手に入れて、仲間と合流しようじゃねーか」

 

「そうだな………その前に、やることをやっておくか」

 

「やること?」

 

 

怪訝そうなレオンハルトに────ハジメはドンナーを突き付けた。その行為に、レオンハルトは不敵な笑みを深めながら余裕の姿勢を崩さない。

 

 

「ハジメくん!?何してるの!?」

 

「おいおいおい、いきなり何の真似だ?まさか神代魔法を独占したいってことか?」

 

「────惚けるなよ。お前の目的は、神代魔法だけじゃないだろ」

 

その一言に、空気が張り詰めた。

険しい眼差しを向けるハジメに、レオンハルトはへぇとほくそ笑む。その彼の眼はハジメの疑いを見抜いていたが、それでも態度を崩すことはなかった。

 

 

「お前、神代魔法の事、迷宮の事、誰から聞いた」

 

「…………解放者、それしかないだろ?」

 

「なら、その解放者の名前を言ってみろ。何処の迷宮の、誰だ?」

 

「………………」

 

「当ててやろうか。お前にその事を教えたのは────大魔王だろ?」

 

「一応聞くけど、その根拠は?」

 

「お前は一つも神代魔法を手に入れていない。なのに、神代魔法の事だけは、ここに再生魔法があることを知っていた。だとしたら迷宮を攻略せず、開放者と会ったことになる。俺の知る奴では、大魔王一人しかいないんでな」

 

「────まぁ、俺様には過ぎた腹芸だな」

 

 

両手を上げたレオンハルトは降参と言ったように振り向く。しかし彼は取り繕うこともなく、自らの目的を堂々と明かした。

 

 

「ああ、俺様は大魔王からの命令────頼みでこの迷宮を攻略しに来た。その目的は、神代魔法を確保することじゃない」

 

「そうか、お前の目的は…………」

 

「メルジーネ海底遺跡を破壊すること。もう二度と攻略されることも、神代魔法を手に入れられないようにするために。もう分かるだろ?俺様は、大魔王側の協力者さ」

 

「………どうして?大魔王は、人類の敵でしょ?レオンくん達も同じ人間なのに、どうして大魔王の味方になるの!?」

 

「香織、世の中はそう単純じゃねーのさ」

 

 

気を許したこともあり、香織の動揺は大きかった。彼女からすれば大魔王はハジメたちを襲い、刃を殺しかけた悪い敵であった。彼の目的が、無関係な人間すべてを滅ぼすことも知っていたからこそ、そんな彼に手を貸すレオンハルトに疑問をぶつける。

 

しかしレオンハルトは肩を竦め、香織に諭すように言った。

 

 

「俺様たちは、逸れもの。普通に生きることも許されず、人間の世界から爪弾きにされた異端者、それが俺様達レユニオンだ」

 

「……………」

 

「そんな俺様たちを、大魔王は救ってくれてな。ヴェルヌーイ達に飯を食わせて寝床を与えてくれたんだ。そのお礼くらいしないと、いけないだろう?最も、奴等の言う人類虐殺の手伝いは御免だがな」

 

「どうしても、俺の邪魔をするってわけか」

 

「悪いな。俺様は義理や恩に厚い男だ。俺様の仲間を救ってくれた大魔王へ、借りを返さねばならん」

 

 

そう言って、レオンハルトは両手を見せる。左手の掌には黒い太陽の刻印が、右手の掌には白い月の刻印が刻まれている。彼の持つ力の源。アンチノミーを一撃で葬る能力に警戒しながらもハジメはドンナーをゆっくりと下ろし、呟いた。

 

 

「お前は、殺したくない」

 

「へぇ、意外。てっきり脳天に鉛玉撃って黙らせてくるかと────」

 

「だからちょっと黙って落ちてろ」

 

「────おもッ!?」

 

呆気に取られた次の瞬間、レオンハルトの足元が崩れる。足元に発動させた錬成で、落とし穴を生成したのだ。反応しきれず落下したレオンハルトを見届けることもせず、穴を塞いだハジメは一息ついた。

 

 

「これで少しはやり過ごせるだろ」

 

「…………ハジメくん」

 

「んだよ。殺さずに済むならそれでいいじゃねぇか。行くぞ香織。レオンハルトの奴が出てこないとも限ら────」

 

 

策を講じたハジメにジト目を向ける香織。居心地悪そうに言いながらも実際に戦いたくもなかったハジメは香織と共に急いで魔法陣へと向かう。

 

────だが、直後。魔法陣の前の壁や床に白い月の刻印が浮かぶ。咄嗟に足を止めた二人の前で、通路が一気に生成された壁によって塞がれる。いつの間に、と驚いていたハジメの背後で塞がれた床が吹き飛び、いつもの声がしてきた。

 

 

「こんな罠で俺様を無力化できると思ってんなら────舐めてくれてるじゃねーか」

 

「チッ、まだ邪魔するかよ」

 

「当たり前だ。大魔王からはな、お前に迷宮を攻略させるなって言われてんだよ。俺様を無視して先に進ませるわけ、ねーだろーがっ!!」

 

 

颯爽と姿を現すと同時に、両手を地面に叩きつけるレオンハルト。すると一際大きな黒い太陽の刻印が浮かび、足元の床が一気に消滅した。

 

 

「ッ!ハジメくん!」

 

「気を付けろ!香織!」

 

「────フハハハハハハハハッッ!!!」

 

 

崩落する瓦礫を回避しながら落下していくハジメと香織。そんな二人の視線の先、大きく開けた空間の中でレオンハルトは高らかと笑った。

 

 

「南雲ハジメ!白崎香織!迷宮を作り変えた!逃げるも能わず!迷宮を攻略し、神代魔法を得たくば俺様を打倒する以外にないぞ!?」

 

 

マントをたなびかせ、レオンハルトは仰々しく両手を振るう。今地面に着地するであろう二人の姿から目を離すことなく、彼は自らの両手を向け、宣告する。

 

 

 

「光あれ!輝きあれ!俺様こそ、自由の継承者!偉大なる父!慈愛深き我が母!レイベルト・サザンクロスと、谷口鐘が息子!レオンハルト・谷口・サザンクロス!己が自由と意志の強さを、この俺様に、大魔王に、魔神に────世界に示すが良い!!」




レーヴェルノートの正体については、まあ皆さんお分かりだったと思います。正解はダブリスに殺され、その死体を再利用されてるでした!うーん!クソ!!!!


改めて、レオンハルトの能力は『黒い太陽と白い月(ブレイクダウン・クリエメイト)』。左手の刻印、黒い太陽の刻印は破壊を引き起こし、左手の刻印、白い月の刻印は周囲の物質を作り替え別物へ生成する能力。オーバーホールとか言ってはいけない()

レオンハルトが迷宮を攻略しに来たのは、まあ大魔王が理由です。本編でも言ってた通り人間側(教会)に追われたレオンハルト達レユニオンを保護したこともあり、その恩を返すために大魔王の頼みを聞いたのです。

ハジメとしても割と気を許せる相手でもあるので、殺し合いは本気で避けてました。まあレオンハルトも大魔王の頼みゆえに本気でやらざるを得ないので。

裏設定ですが、レオンハルトの両親を殺したのは教会です。まだ5歳の頃のレオンハルトの前で殺されたことで、自分自身の能力を暴走させてその場にいた教会の人間を全員殺してます。その際、彼等を全員破壊して鉱石に作り変えるということもありました。


次回もよろしくお願いします!それでは!

清水の今後について

  • 生存その1(生き残るけど戦えない)
  • 生存その2(護衛組の一人として戦う)
  • 死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
  • 意識不明の重体として途中退場
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