ありふれた職業で世界最強 新生譚   作:虚無の魔術師

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迷宮攻略にてエリセン編は終わり…………はいっ!そんな訳ありませんねぇ!!

むしろここからが本番!これからが重要な話になってきますので、ご期待くださいませ!それでは!


祈りと願い

ある世界で、誰かが祈った。

 

────誰か、助けて。

 

 

理不尽、絶望の中で、数多の声が響き渡る。無数に生じる声は、小さく確かに響きながらも、すぐに虚空に消えていく。だが、彼等の残した声────祈りだけは蓄積されていく。

 

 

数多の悲劇を、彼等は救おうとした。

世界を旅した二人は、きっと救えると信じていた。だが、そんな彼等の掌から多くの命が、祈りが取り零された。救世を信じ、世界を歩み続けた二人は────いつしか一つになった。

 

 

────救われぬ者に救いを。滅びる事でしか救えない生命ならば、私達が救おう。

 

────私達は滅ぼす者、私達は救う者。数多の世界を殲滅し、数多の悲劇から全てを救おう。

 

 

彼等はやがて、蓄積された祈りを自らから切り分けた。そして保管した。いずれ、己の捨てた感情、願いを以て新たな眷属を産み出さん為に。

 

 

◇◆◇

 

 

レオンハルトを撃破して、魔法陣を通過したハジメと香織。『星極光』を直撃したレオンハルトの安否を気にしていた香織だったが、敵対していたこともありハジメは気にする必要はないと呼び止めた。

 

隻眼で探知してみたが、死んではいないらしい。だが当分は動けないと見るべきか。そう結論付けたハジメは魔法陣を出た瞬間、周囲の空気が様変わりしたのを感じ取る。

 

 

「ようやっと最深部か。…………なんつーか、他の迷宮よりも大変だったな」

 

「う、うん、そうだよね…………迷宮の試練というよりも、外的要因の方が大きいけど」

 

 

海底遺跡の試練としては本領を確かめられなかったのは、襲撃を仕掛けたアンチノミーのせいであろう。今に思えばアンチノミーの大群やレオンハルトの戦いの方が充分試練と呼べる難易度ではあったと思う。

 

もしそれがなければ、ハジメも海底遺跡の難易度に拍子抜けしていたかもしれない。それほどの、修羅場でもあった。

 

香織とそう話していた所、近くの魔法陣が光り輝く。光が消え去った直後に姿を見せたのは、離れ離れになっていた仲間達の姿であった。

 

 

「刃に、ユエにシア、シノも無事………とは言えねぇな」

 

「へっ、相棒か。そっちこそ、久々に疲れてるみてぇじゃねぇか」

 

 

いくらか負傷が目立つ親友の姿に、ハジメは目を細めて呟く。大半の怪我や負傷はある程度自己再生出来ているが、深い傷や致命傷レベルの怪我はまだ完治していない。簡素な治療を終えたであろう刃はシノに肩を担がれて、その場に腰を下ろした。

 

 

「ティオやソーナはいないのか?」

 

「俺達は会ってねぇ。その様子だとお前等のとこにも合流してねえみてぇだが、アイツらなら無事だろ。………奴等もまだ来てねぇか」

 

「奴等?」

 

「少し前まで、一緒に戦ってた二人がいたんだよ。戦いが終わった途端、姿が見えなくなって…………何処行ったんだか」

 

 

ヴェルヌーイとコガラシが消えた事に、肩を竦める刃。もう少し話を聞ける余裕があれば良かったが、ハジメは特に詮索することもなくチラリとユエや香織の方を見た。

 

ユエは今回の迷宮攻略で香織が折れるのではないかと思っていたが、やはり杞憂だったらしい。不満そうであったが、刃の信頼も頷けると答える彼女に全員の視線が向く。「ンだよ」とぶっきらぼうに呟く刃の姿に、全員が顔を綻ばせて笑みを零した。

 

前向きになれた香織と話し合い、正式にライバルと認め合うユエ。どうやらユエも多少なりとも認める所があったらしく、彼女にしては珍らしい様子であった。

 

良い感じの二人にハジメはどう返せばいいか言葉に詰まり、沈黙に徹する。隣でニヤニヤと面白そうな目を向ける親友の脇腹を小突いて悶えさせたハジメは、話が終わったのを確認してから本来の目的を切り出した。

 

 

奥に配置された魔法陣、恐らく神代魔法を会得する為のそちらに近付くとその魔法陣の中から人影が形成される。祭壇のような装置に腰掛けた海人族の女性の姿に、その場の全員が反応を示した。

 

 

「ミュウちゃんと同じ髪色と耳ですね」

 

「ああ………どうやら解放者の一人は、海人族と関係のある人物だったようだな」

 

「似しては、ミュウやレミアさんに似てるな…………まさか、あの二人って解放者の末裔じゃあ」

 

『────私はメイル・メルジーネ。冒険者達よ、よくぞここまでたどり着きました』

 

 

この海底遺跡、メイル・メルジーネが静かに口を開く。迷宮の攻略の経験が少ない刃は改めて解放者の一人を知り、感心したように目を細め、話に耳を傾ける。

 

 

『もし、この迷宮に何か異常が起こっているとしたら、それは迷宮を破壊してまで私達の遺した力を求めようとするものがいることになります。それはきっと、かつて私達が垣間見た、この世界に眠る悪しき力と同じものでしょう』

 

「…………この世界に眠る、悪しき力」

 

『どうか、彼等に縋らないで。掴み取る為に足掻いて。己の意思で決めて、己の意思で前に進んで。神が魅せる甘い答えに、破滅の使徒が示す絶望に惑わされないで。自由な意志の下にこそ、幸福はある────貴方達に、幸福の雨が降り注ぐことを祈ってます』

 

 

その瞬間だった。

不意に天井が、割れた。凄まじい亀裂と共に砕けた天井の瓦礫が一斉に崩落する。タイミングを狙ったような破壊にハジメ達が身構えた直後、崩落と共に姿を現す者がいた。

 

 

「────言っただろぉが!ハジメェ!!」

 

「っ!レオンハルト!?まだ動けたのか!?」

 

「俺様を止めたければ殺してみろと!そうでもなければ止まらんと言ったはずだがなぁ!!」

 

 

降り注ぐ岩石と共に着地したレオンハルトは、地面を弾くように飛び出していく。突然の乱入に混乱したハジメはより一層思考が掻き乱される。何故、まだ動けるのか、あの一撃を受けて瀕死であったはず────そこでハジメは、レオンハルトの能力を思い出す。

 

 

(自分自身を分解して、再構築したか!狙いは俺達────じゃないッ!!)

 

「止まれ!レオンハルトぉ!!」

 

「────止まるかよォ!!」

 

 

自分達を飛び越え祭壇へと向かうレオンハルト。ハンマーを構えるシアを制止し、ハジメはその背中にドンナーを構えて叫ぶ。応酬として帰ってきた返事に歯軋りを零したハジメは引き金を引き、銃弾を背中に叩き込もうとした。

 

迅速に、仕留められた。

はずだったが、僅かな躊躇いがほんの数秒、ハジメに引き金を引かせることを躊躇った。かつて迷宮に落ちて奈落で捨て去ったはずの情に、意識が奪われる。そして、迷いを捨て去り、腕を振り上げるレオンハルトを撃ち抜かんと覚悟を決めた時には、遅かった。

 

 

「ハジメ!!」

 

「っ!」

 

「不意打ち気味であるが、悪く思うなよ?」

 

「勘違いはするな。元より俺達は、此方側だ」

 

 

左右から迫る斬撃を、刃が構えたフェンリルが防ぎ切る。死角からハジメを狙ったのは、姿を消していたはずのコガラシとヴェルヌーイ。彼等はレオンハルトを守るように、ハジメ達に向き直る。そして、数秒の猶予を与えてしまったことで、レオンハルトは祭壇に触れた。

 

 

「決闘の勝利はお前のものだ、ハジメ────だが、今回は俺様の勝ちだ」

 

 

直後、祭壇を中心とした黒い太陽の刻印が床に刻まれる。それとほぼ同時に、迷宮全体が大きく揺れ出す。普通の地震とは違うそれは次第に大きくなっていき、迷宮自体に何かが起きていることは明白だった。

 

 

「ッ!何をした!?」

 

「俺様の目的を忘れたかよ、ハジメ。俺様の目的は最初っから迷宮の破壊────お前等に神代魔法を渡させないことだぜ」

 

 

ゆっくりと立ち上がったレオンハルトに、ヴェルヌーイとコガラシが寄り添う。警戒を顕にするように獲物を構える二人の存在もあり、ハジメ達も安易に攻められない。

 

 

「俺様の能力、覚えてるよな?二つの力を秘める刻印で能力を発動する────この刻印はその場に刻み込むことで、遠隔でも発動できる。俺様はお前等が来るより前に、迷宮全体に刻印を刻んでおいたんだぜ?」

 

「………成程な。つまり今のが、全ての刻印を連鎖起動させる最後の爆弾ってわけか」

 

「そゆこと。いくら頑丈な大迷宮であろうとも、内側から同時に破壊を受ければ、あとは水圧で迷宮は跡形もない海の藻屑になるってわけだ。どうすりゃいいか、分かるな?」

 

 

 

「相棒!どうする!?」

 

「────脱出だ!ユエ!」

 

「やってみる!刃!」

 

「任せろ────!」

 

 

両腕を交差させ、魔力を高めるユエ。そんな傍らに立った刃は自分達を取り囲むように無数の魔剣を形成すると同時に突き立てた。自分たちを囲むソレは結界のように魔法の範囲を維持する。

 

それによって本来は時間の掛かる詠唱が短縮される。魔剣を主軸として範囲を守ったその魔法を、ユエは唱える。

 

 

「────『界穿』!!」

 

 

空間に穴が生じる。二つの地点に穴を開ける、ワープ。この世界でも咲夜を含めた数人しか使うことの許されない転移の一つ。それがハジメ達全員を呑み込み、その場から消えた。

 

 

「っ!逃げたか」

 

「追う必要はない。俺様達の使命を果たした」

 

 

崩落する迷宮の中で、レオンハルトはそう呟いて祭壇の残骸を手ですくった。瓦礫の中にあるソレを拾い上げたレオンハルトは何処かを見上げ、達観したように告げた。

 

 

「これで約束は果たしたぞ、大魔王」

 

 

◇◆◇

 

 

「よし!迷宮からは脱出できたな!」

 

「でもハジメさん!ここ空の上ですぉ!?」

 

「俺の魔剣で全員止められるか────っ!皆、大丈夫だ!近くに固まれ!」

 

 

『界穿』によって転移をした瞬間、迷宮から出れたことに喜んだのも束の間、海を通り越して圧倒的な高所から落ちることになった一同。即座に全員を飛翔剣で受け止めようとした刃はすぐさまそれに気付き、呼びかけと同時に全員を手繰り寄せた。

 

次の瞬間、黒い塊が彼等全員を拐っていく。空を突き抜ける巨影は一際大きく、刃達がよく知る仲間であった。

 

 

「ティオか!」

 

『ソーナの手当てをしてから迷宮が崩壊を始めたのを見てまさかとは思っていたが、当に脱出していたとは。例の空間魔法の話を聞いてなければ間に合わなかったかもしれんのぅ』

 

背中に乗ったハジメ達は突如現れた竜化したティオに安堵を零す。刃はティオの背中に乗りながら彼女に礼を言ってると、頭の上からヒョコリとソーナが姿を見せたのを見る。そして彼女の姿を一目見た刃は、顔色を変えた。

 

 

「ソーナ!?その傷っ!」

 

「あ、この傷?あはは!勝ち切ろうかと思ったけど、相手が強くて無茶しちゃった!」

 

「お前なぁ…………ま、俺が言う資格もねぇか」

 

 

全身の至る所に包帯を巻き、片腕に重傷を負ったソーナに肩を竦めた刃は自分に言えることはないかと自嘲した。しかしいつもと変わりのない少女に、彼は安心したように笑った。

 

 

「兎に角、無事で良かった」

 

「────じゃあ、撫でて。こんだけ頑張ったんだから、目一杯撫でるのを所望するわ!」

 

「食い気味かよ。わあった、撫でてやるから…………ってシノ?」

 

 

自信満々とそのようなことを要求するソーナに呆れながらも実行する刃。軽く撫でていると、不意に服の後ろが引っ張られていくのを感じ振り向く。するとくノ一の少女、シノが不服そうに頬を膨らませて呟く。

 

 

「ソーナだけずるい………私も頑張った」

 

「お前もかよ、分かったから引っ張るなって………」

 

『ご、ご主人様………実を言うと妾も死ぬほど頑張ったのじゃ。頭を撫でてもらうのも良いが、どうせなら傷の手当てもお願いしたいのじゃが…………』

 

「その状態でか??」

 

 

くねくねと身体をくねらせるティオ(竜化してます)に刃は困惑気味にそう零した。苦笑いしていたハジメは次は自分であると即座に悟り、少女達の目が此方に向く前に話を逸らそうと懐に手を入れる。さっきから、上空に転移してから振動し続ける物体、それはハジメが前に作っていた無線機であった。

 

 

「もしもし、俺だが────」

 

『────ハジメか。ようやく出たな、今どこにいる?』

 

「ついさっき、迷宮から出たばかりだ。神代魔法は取り損ねたけどな」

 

『成程。道理で無線が繋がらないわけだ、早速だがお前達に向かって欲しい場所がある』

 

 

無線に出たのはイクスであった。しかし通信の先の彼の声は普通ではなく、何処か張り詰めたような苛立ちと怒気を秘めながら、銃撃を繰り出す音が響く。何か戦闘をしているのか顔を顰めたハジメを余所に、イクスは淡々と捲し立てる。

 

 

『ここから数百キロ先の海上へ向かえ、アンチノミーの大群が在中しているだろうから気を付けて行け』

 

「おい待て。いきなり何だ。此方はついさっき迷宮を攻略してきたばかりだぞ。要件は端的に言え」

 

『…………良いだろう。端的に説明する』

 

 

一瞬、言葉を濁そうとしたイクスだったが、意を決したように唾を飲み込む。次に語られたのは無線を聞いたハジメ、それ以外の全員にも無視できない話であった。

 

 

『ミュウが攫われた』

 

「…………は?」

 

『此方のミスだ。連中、ダブリスの目的は最初からミュウだった。奴の手先がミュウを攫い、先程指定したポイントへ向かっている。至急阻止しろ』

 

 

◇◆◇

 

 

数十分前、エリセンの町にて。

避難所に集められていた住人達は息を殺して、守る為に戦うイクス達や自警団のことを案じていた。そんな傍ら、不意に一人の少女が立ち上がる。

 

 

「────」

 

 

キョロキョロと少女は辺りを見渡す。端から見れば、少女の様子は異常でしかなかった。顔を動かすことなく、少女の瞳だけが不気味に動いている。不安に苛まれる住人達はソレに気付くことはない。

 

────ただ一人、ジッと此方を見る少女 ミュウの目と、少女の目が合った。片目で彼女を見た少女はグリンと首を回し、無機質な声で呟く。

 

 

「みつ、けた」

 

 

その瞬間、少女の身体が弾けた。

パァン!と少女の後ろ姿が膨れ上がる。背中から這い出るように現れたソレは周囲にいた住人、声を掛けようとした兵士の一人を音も無く斬り刻んだ。

 

 

「きゃ、きゃあああッ!!」

 

「こ、子供じゃない!それどころか、海人族、人間ですらないぞ!こいつ、魔物だ!」

 

「ま、まま、魔物?い、なッ、否ッ、この身は────ギアリキッド。ダブリスの眷属、新たなる調律者の欠片の一つ、なりて」

 

 

少女の姿を崩し、中から這い出た黒い影のような存在。流体状のアンチノミー、『ギアリキッド』は爛々と光る二つの瞳を輝かせ、口を開く。

 

 

「え、英雄、ノ、む、娘────此方に、渡セ。それ以外、今ハ、見逃す…………よ、予定」

 

「まさか!狙いは、この子!?」

 

「っ!おい化け物!レミアちゃんやミュウちゃんに指一本触れてみろ!」

 

「馬鹿野郎!指一本も触れさせるな!俺達が二人を守るんだ!」

 

「じゃ、じゃ、ジ、邪っ魔」

 

 

ミュウが目的だと悟り、抱き締めて守ろうとするレミアの前に数人の男たちと住人達が前に出る。武器を構えて身構える男達の怒声にも退かず、ギアリキッドは瞳を細めた。

 

 

「全ッ員、こ、殺して────回収、す、スっる」

 

 

ゾワッ、と足元に黒い触手が殺到する。影のよう見える液体状の刃は地面を這うように、ミュウとレミアを守る全員を鏖殺せんと牙を剥こうとした────その瞬間。

 

 

「『氷華』!」

 

「オラァ!!」

 

 

割り込んできた二つの影が、殺到する黒き刃を一掃した。褐色の青年が放つ氷の魔法が黒刃を凍てつかせ、屈強な体格を顕にした亜人族の青年が、影自体を踏み潰し、切り裂く。

 

 

「まさか檻から出れたかと思えば、こんな事態になっているとは………」

 

「俺達を檻に閉じ込めた奴等は気に入らねぇが!ガキや女子供を殺そうとする奴は!もっと気に入らねぇ!!」

 

 

シーフとバザック、少し前まで海人族にあらぬ疑いをかけられて閉じ込められていた二人は、彼等を守るようにギアリキッドの前に立ち塞がった。彼等がそうする理由は唯一つ────かつて自分達を救ってくれたリーダーならば、見捨てたりはしないという一つの確信からであった。

 

 

(この男達、手強い────統括機構からの情報を会得。レユニオンのメンバー、シーフとバザックと照合。教会からの追っ手を多数撃破した実力者、突破は不可能ではないが、容易ではない)

 

 

ギアリキッドの思考通り、二人の実力は厄介以外なかった。周囲一帯から攻撃しようにも亜人族故に身体能力を強化したバザックに一掃され、完全には届かない。一歩下がったシーフが後少しで届くであろう刃を迎撃し、連携を整えている。

 

このまま時間を掛けて屠ることも不可能ではない。しかしその瞬間、ギアリキッドに直接『統括機構』からの司令が下された。

 

 

(────了解。先の戦術を変更、最優先を目標の回収に優先。戦術を実行する)

 

 

その瞬間、ギアリキッドは敢えて攻めるのを止めた。突然攻撃を引いたことに驚きながらも迎撃に転じるバザック、彼の後ろで困惑しながらもギアリキッドの様子を確かめるシーフ。二人の意識が此方に向いてるのを確信しながら、ギアリキッドは触手を地面の中へと伸ばし────背後にいる住人達へと襲い掛かった。

 

 

「きゃあああっ!?」

 

「っ!テメェ!ガキや女を!!」

 

「止せ!バザック!攻撃するな!」

 

「そ、ソう、だ。動っ、くな…………」

 

 

絡まった触手は地面を突き破り、複数人の女性と子どもを捉えていた。触手に掴まれるように捕縛された全員は苦しそうな声を上げながらも拘束から抜け出せずにいた。

 

全員を見渡した上でギアリキッドが、ギョロリと目玉を浮かばせる。その瞳でミュウを捉えながら、開いた口で告げた。

 

 

「え、英雄の娘、ミュウを、わ、渡せ………サモないト、全員、殺ス」

 

「っ!そんな………!」

 

「ダメ!レミアちゃん!ミュウちゃんを渡さないで!」

 

「その子を守れなかったら、私達本当にあの人に顔向けできない!今すぐにでも逃げ────ああッ!?」

 

「早ク、わ、渡セ…………一人ず、っつ、殺せバ、いイのか?」

 

 

統括機構から渡された情報からギアリキッドはこうすれば、人間はマトモに動けないことを分かっていた。何故そうなるのかは理解できないが、ダブリスは『心を持つ生物だからこそ』と言っていたのを思い出す。未だにそれを理解できず、淡々と与えられた情報に基づいた言葉を告げる。

 

それでもレミア達に逃げるように告げる人質を傷付け、ギアリキッドがそう脅すとレミアは涙を堪えた様子でミュウを抱き締めて唇を噛み締める。最愛の娘を敵に渡すなんてことは絶対に有り得ない、だからと言って同郷の皆を見捨てることもできるはずがない。

 

そんな最中、迷うことしかできないレミアに声を掛けたのは、胸に抱かれた少女だった。

 

 

「ママ、ごめんなさいなの」

 

「ミュウ………?」

 

 

ミュウはレミアの目を見て、そう謝る。何を謝るのかとレミアが呆然としたその時、腕から力が抜けた瞬間を狙い、ミュウはレミアの腕から抜け出した。

 

 

「もう!皆を傷付けないで欲しいの!ミュウが必要なら、付いて行くから!」

 

「ミュウ!ダメよ!」

 

「な、ナラ、歩いて………来い。近くまで来たら、人質ハ、解放すル」

 

 

必死に助けに向かおうとするレミアを他の大人達が止める。そして万が一の妨害を阻止するように、黒い触手が彼らとミュウを断絶する。バザックとシーフも静観することしか出来ず、ミュウがギアリキッドの元へと歩み寄るのを見守るしかなかった。

 

 

「人質ヲ、解放する前に────分かるナ?」

 

「うん。その前に話したいの────ママ」

 

 

黒い影が異様に膨れ上がる。バリバリと裂けたソレは口を大きく開くようにしてミュウの前へと近付く。目の前に迫る影に恐れることなく振り向いたミュウは皆に止められるレミアへと笑いかけた。

 

 

「心配いらないの!ミュウは一人でも何とか頑張るから!それに、危なくなったらパパや刃お兄ちゃんがいるの!だから────全然怖くないの」

 

 

その瞬間、バグンッ!と黒い影がミュウを勢いよく呑み込む。響き渡る悲鳴の中、ギアリキッドはギョロギョロと瞳を動かしながら顔を上げた。人質を解放したソレは背を向けて、行動を始める。

 

 

「目標を、回収した。これより、予定地点へ移動、開始スる」

 

「そうはさせない!」

 

「ガキを捉えて逃げ腰か!この腰抜けが!!」

 

「じゃ────邪魔ッ」

 

 

地面を伝う水のように逃げるギアリキッドへ追撃に出るシーフとバザック。その二人の迎撃を鬱陶しく吐き捨てたギアリキッドは全身を膨らませると同時に複数の塊を射出した。

 

その塊から生成されるは、アンチノミー。ソレは地面に降り立ち数十体に分裂する。適当に蹴散らして逃げるギアリキッドを追おうとしたバザックだったが、シーフに止められた。

 

 

「バザック!追ってはダメです!コイツら、民間人を狙っている!まずは始末しないと!」

 

「クソ!足止めのつもりか!胸糞悪い奴等だなァオイ!!」

 

 

そして、ソレに気付いたのは前線を一人で張っていたイクスだった。彼は町の様子が可笑しいことに気付き意識を向けると、そこには水面を駆け抜ける流体状の黒────ギアリキッドの姿があった。思わず銃口を向けたイクスであったが、内側から感じる反応に手を止めてしまった。

 

 

「────ミュウか!?」

 

「ギギギッ、同志が目的を果たしたか。ならば、ここに用はない…………ギギギッ」

 

「っ!今更逃げる気か!」

 

「逃げる?ギギッ、否、それは否だ!魔神殺し!ダブリスの恐れる魔弾よ!これは再誕の時である!ダブリスの求めた時の、新たなる滅皇の!」

 

「っ!『滅皇』だと!?まさかそれが、ダブリスの手先だと────クソ!」

 

 

興奮するように身を震わせたギアソリッドはギアリキッドの流体を掴み、その場から姿を消す。追撃を叩き込もうとするイクスに襲い掛かるはアンチノミーの軍勢。恐れることなく迫る軍勢はギアリキッドやギアソリッドを守るような壁となって立ち塞がっていく。

 

アンチノミーの掃討を終えたイクスは、すぐに目的地へと向かう。エリセンの町で防衛しているノインにその場を任せ、彼はハジメ達へと連絡を取りながら、後を追うことを優先した。

 

 

◇◆◇

 

イクスから事情、ミュウが攫われた話を聞いた直後、ハジメは苛立ち以上の殺意を滲ませていた。娘同様に可愛がっていたどころか、本人も娘として扱ってるレベルだ。そんな少女を狙おうものなど、許せるはずがない。

 

 

「クズどもが…………!お望み通り全員ブチ殺してやるよ………!」

 

「落ち着け、相棒…………って、無理もねぇか」

 

 

飛翔するティオの背中で怒りを剥き出しにするハジメを宥めようとした刃だが、一先ず抑えた。何も自分達も怒ってない訳ではない。ミュウを狙う為に、ダブリスの眷属が民間人を人質に取ったことも聞いた以上、その怒りは消えない。

 

だが刃には、ある懸念があった。

 

 

「何でアイツら、ミュウを狙いやがったんだ?」

 

「?どういうこと?」

 

「アイツら、迷宮の攻略を企んでやがったんだろ?その狙いが神代魔法ってハジメ達は聞いてみてぇだが、じゃあミュウを狙う理由はなんなんだよ。魔神が、あの子に目を向ける理由ってのは?」

 

 

疑問、それは小さなものであるが確かな謎であった。

ダブリスがあのエリセンを襲ったのもハジメ達が襲撃されるタイミングを見計らってのこと。それはつまり、ミュウを狙う為だけにタイミングを合わせたことを意味する。

 

そうまでして、ミュウを狙う必要性があるのか。そんな疑問の中で冷静になって考えていたハジメが、ふと顔を上げた。

 

 

「────まさか、そういうことか?」

 

「ハジメくん?」

 

「ついさっき、解放者を見たはずだ。メイル・メルジーネって奴」

 

「ああ、そういやあの人ミュウに似てた気が────いや、マジでか?」

 

 

脳裏に過ぎるのは、迷宮の最深部で姿を見せた解放者メイル・メルジーネの姿。その姿は確かにミュウやレミアと似ているように見えたのは、気の所為ではなかった。その可能性が、ある結論を脳裏に提示させた。

 

 

「ミュウが、解放者の子孫だからってことか?」

 

『──────大まかに、合っているね』

 

『──────大体、それで違いないね』

 

 

その瞬間、彼等の耳に響き渡る声。ソレはその場にいないにも関わらず、全員に聞こえていた。初めて聞く者はその悍ましさとは裏腹な無邪気な声に全身を強張らせる。だが、その声を知る者────一度声を聞いたハジメや香織、ある眷属の過去で聞いたことのある刃は、ソレが何であるかにすぐ気付いた。

 

 

「────ダブリスッ!」

 

『やあ、久しぶりだね。南雲ハジメ、白崎香織。レーヴェルノートの時以来、いや初めましてかな?』

 

『そして、君の事も覚えているよ。黒鉄刃────リリーフ・ルーインを打ち倒した特異点。彼等の記憶の中では、どうも』

 

 

ここではない異界で、ダブリスはハジメ達に軽く挨拶をした。双子の少年と少女は互いに笑い合いながら、自らの答え、ミュウを狙った理由を語る。

 

 

『確かに、私達が彼女を求めたのは、解放者の血統というのもある。でもね、それだけが理由じゃないんだ』

 

『解放者、メイル・メルジーネの力は海人族の血に流れる因子として世に広がり、数多に存在している。それだけならば、彼女ではなくても、母の方でも良かった』

 

「なら、尚更────何故ミュウを狙った!?」

 

『────純粋無垢、だから』

 

 

その淡々とした、まるで本を読んでいるかのような平然とした答えに、言いようのない恐怖が全身を走った。純粋なまでの嫌悪感、理解できないものに対する恐怖が。

 

 

『幼く無垢な少女は、その胸に祈りと願いを秘めている。母を害され、攫われた際に彼女は多くの悲しみと別れを経験した。丁度、君達が出逢う前の事だ』

 

『だから、私達は彼女を器に選んだ。純粋なる魂、無垢なる精神がもたらす祈りであれば、より強く、より素晴らしい力となる。私達の望む滅皇に相応しい』

 

「ギギギッ────時は、満ちたっ!!」

 

 

そして、海上を飛翔するティオの背で、ハジメ達はソレを見た。海の上に立つダブリスの眷属、ギアソリッドと損傷した躯体でここまで来たAbyss01────そして、ミュウを取り込んでいるギアリキッド。三体の眷属が、荒れ狂う海に集まっていた。

 

 

「祈りを!数多の祈りを!我等は今、双神に捧げん!祈りに満ちた無数の魂、その魂を導く純粋なる器を!」

 

『────肯定。それこそが、我等の求めた願い。数多の犠牲、数多の悲劇の中で求められた祈りこそが、彼女を祈者として確立させる』

 

「なッ、なればこそ!器を滅皇に!我等の欠片を用い、無垢なる魂で、祈り手をォ、降臨させん!」

 

 

その瞬間、ミュウを取り込んだギアリキッドが動いた。黒い触手を伸ばし、ギアソリッドとAbyss01に襲い掛かったのだ。その二体は抵抗する様子も見せず、黒い触手に絡まれながら完全に呑み込まれていった。

 

そして、ギアリキッドの身体も崩れていく。黒い泥のように崩れたソレは一塊の球体となり、静かに胎動しながら空へと伸びる。その瞬間、不味いと察したハジメと刃が動く。

 

 

「ミュウ────!」

 

「っ!させる────」

 

『『ダメだよ』』

 

 

二つの声が響くと同時に、ドンナーを構えるハジメとフェンリルを抜き放つ刃の前に無機質な剣と腕が伸びる。ソレはハジメの放った弾丸を防ぎ、刃が放つ斬撃を弾き飛ばした。

 

亜空間から伸びる二本の腕は軽く指を振った。その行為を、邪魔することを止めるように。

 

 

『折角の誕生なんだ。邪魔はしないで、黙って見ようよ』

 

『ようやく、新たなる滅皇の、私達の使徒が目覚める。妨害は、駄目だよ』

 

 

渦巻く球体。胎動する黒い塊が空に浮かぶと同時に、世界が音を立てて割れた。空間自体が引き裂け、その亀裂の中から二本の腕が伸びる。白と黒、赤と青、金と銀、二色ずつ相反する色を備えたその両腕は、あまりにも異様な存在感と不気味なまでの魔力を秘めていた。

 

全員が、察した。この腕こそが────ダブリスという魔神によるものだということに。

 

 

────そして、二本の腕が黒い塊を掌で握る。蓋をするように、揺り籠となるように。左右の掌に収まった黒い塊はダブリスの両腕が動いた時には、虹彩の結晶体へと様変わりしていた。

 

静かに浮遊する虹彩の結晶体、しかしソレは内側から胎動する何かにヒビを入れられ、遂に砕かれた。

 

 

 

【La──────♪】

 

 

そこから姿を現したのは、明らかに人ですらナニカ。三対の腕を有する、人魚姫。機械的なフォルムとは裏腹に何処か神聖さと、それ以上の気味の悪さを秘めた異形。

 

その人魚姫には顔がなく、あるのは複眼とも呼べる複数の瞳。その中心に浮かぶ鏡のような結晶体。六本の腕は其々一対ずつ別々の動きをしており、一対は胸元を抑え込むように添えられ、もう一対は祈るように手を重ね、もう一対は全てを包み込むように広げられている。

 

結晶体から這い出た人魚姫は数十、数百メートルにも匹敵する下半身────機械の蛇のように長い躯体を振るい、空に啼いた。

 

 

【Lala、LAa────】

 

 

『静海の奏者、葬礼の祈り手、私達の求める、六柱目の新たなる滅皇────名を、セイレーン・アニマ!』

 

『全てを救う為に、祈りを叶える為に、この地表の、世界の全てを呑み込むが良い!!恐れる者、怯える者を、抗う者全てを、悉く救済する(滅ぼす)がいい!』

 

『『救世せよ、私達の滅皇!救い難い愚かな生命を、救い切れぬ国を、救われることのないこの世界を!その歌と祈りを以て!!』』

 

 

「────そんなこと!させる訳ねぇだろッ!!」

 

「御託は良い!ミュウを、俺の娘を返せ!!」

 

 

ダブリスの手により産まれた眷属(フェイタルオーバー)、その中でも最も強力な存在『滅皇』の名を冠するモノ、セイレーン・アニマは歌う。ソレは世界に産まれ落ちた者の誕生を祝う声であり、全てを呪い滅ぼすことを祝福と信じる狂気である。

 

世界の破滅を望まぬ刃と、器にされた少女を救わんとするハジメの怒号が世界に響き渡る。ティオの背から飛び降りた二人が其々武器を構えて迫る中、セイレーン・アニマはグリンと首だけを向け────祈った。

 

 

【────La────♪】

 




レオンハルトによる迷宮の破壊の直後、ミュウを攫ったダブリスの眷属とダブリスの手により、産み出された眷属『滅皇』セイレーン・アニマ。

滅皇自体はダブリスの眷属、フェイタルオーバーの中でも最上位に位置する存在である為、実質ダブリスの尖兵の中の尖兵。直轄の軍団長、将軍みたいなものになります。まあ、次回にどういう存在か解説させていきますので。

それでは、お気に入りや感想、評価などよろしくお願いします!

清水の今後について

  • 生存その1(生き残るけど戦えない)
  • 生存その2(護衛組の一人として戦う)
  • 死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
  • 意識不明の重体として途中退場
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