ありふれた職業で世界最強 新生譚   作:虚無の魔術師

75 / 84
今回にてこの章は終わりとなります。次からは新章となりますので、お楽しみくださいませ。


闇夜蠢く前夜

「────あれ、君達。今回は遅かったね?何かあった?」

 

「いや、まぁ色々とな………」

 

「もしかしなくても、迷宮を破壊された挙句に魔神の陰謀に巻き込まれた感じ?」

 

「ああ、そうだな…………って、全然分かってるじゃねぇか!お前!」

 

 

いつものような白い世界で、ハジメ達を出迎えたリヒトは軽薄かつ呑気にハジメをからかっていた。黒い布に身を包み、顔を見せずともその気軽さと底の見えなさはやはり健在である。

 

初対面である香織は誰だか分からずに戸惑っていたが、刃を含めた既知であるハジメ達はまさか今になって彼に会えるとは思っていなかった。

 

それもこれも、少し前の出来事が理由であった。フリントを解釈して、エリセンの町の復興を手伝っていたところで、突如レオンハルトが姿を現したのだ。

 

 

『おう、そういや忘れるとこだった。………おーい、ハジメ』

 

『なんだ、馴れ馴れしい…………って、これは』

 

 

レオンハルトが投げ渡してきたのは、他ならぬ迷宮で見つけてきた神秘的な光を放つ半透明な欠片であった。それを手にしたハジメは尚困惑してレオンハルトを見返す。彼は肩を竦めて、平然と答えた。

 

 

『生憎、俺様には必要ないものだからな。持っていても意味はないし、やるよ』

 

『お前………いいのか?これを手に入れたら、お前の目的は────』

 

『俺様が大魔王から言われたのは、迷宮を破壊して神代魔法を手に入れさせるな、って話だ。そんな石ころ渡した所で神代魔法が会得できようが、俺様の知る話ではないな。

 

 

────これは礼だ。俺様の仲間(ヴェルヌーイとオプスロン)を助けてくれて、感謝する』

 

そう言って、レオンハルト達はエリセンの町を発った。迷宮で争った時は色々と思うところはあったが、やはり気の良いやつに変わりはないとハジメも思い直すのであった。

 

 

「────そういう事で、だ。とっとと神代魔法を渡せ」

 

「生意気だねぇ。まぁ仕方ない、与えるから皆一塊に集まってくれ」

 

 

話を終え、問答無用で神代魔法を渡すように促すハジメにリヒトは平然と笑いながらも答えた。全員がリヒトの前にいるのを確認してから彼はハジメ達の足元に魔法陣を展開し、指を鳴らした。

 

それだけで全員に一つの神代魔法が与えられる。

 

 

「メルジーネ遺跡の魔法、再生魔法だ。ダブリスもそれを狙って来て大変だったろう」

 

「樹海の迷宮に攻略に必要な再生魔法がここかよ。ホント悪趣味だな、解放者は」

 

「おいおい、先人を悪く言うもんじゃないよ。……………ま、そもそんな仕様にしようと提案したのは、他ならぬ私なんだがね」

 

「「「「「お前かよッ!!!」」」」」

 

 

樹海から最も遠い位置にあるメルジーネ海底遺跡に再生魔法があることに嫌らしさを感じていたハジメだったが、リヒトの暴露によって真の元凶を見つけて叫んだ。欠伸をするように告げたリヒトは悪びれもせずに「そも、再生魔法だけ見つけても意味ないよ」と言う。

 

その理由については、ハジメもよく分かっている。樹海の迷宮と思われる枯れた大樹の攻略に必要なのは他の迷宮を攻略した証四つ。メルジーネ海底遺跡のものを手にしていない以上、あと二つの証を手にしなければ樹海の攻略は叶わない。

 

 

「まぁこの先、迷宮は攻略できないと思った方がいいけどね」

 

「…………どういう意味だ」

 

「今回の件で確信できただろう?大魔王は迷宮の破壊を企んだ、彼は自らを解放者であることを捨てて、人類殲滅を最優先させることを選んだ。今後は大魔王自身が動くか、或いは君達の攻略前に迷宮の破壊をするだろう」

 

 

グリューエン大火山といい、今回のメルジーネ海底遺跡の破壊を目論んだのは大魔王であり、レオンハルトは彼の命を受けたと言っていた。一枚上手だったレオンハルトの事もあって迷宮も破壊され、神代魔法を手にし損ねた。次は攻略する前に破壊されるかもしれない。それ故に、リヒトは迷宮の攻略を諦めるように言ったのだ。

 

 

「それじゃあ、神代魔法は諦めろってか?」

 

「ハイリヒ王国の、星王エリュシオンの元へ向かうといい。彼は全ての迷宮を攻略し、七つの神代魔法全てを継承している。こういう時、彼は力になるだろう────無論、タダで渡すことはないがね」

 

 

そう言って、リヒトは「時間だ」と声を上げる。指を鳴らすと全員の意識が隔絶する。この白い世界が閉ざされ、彼等の意識が向こうに戻ると同時に、リヒトは告げた。

 

 

「それじゃあ諸君、また逢おう。次は────神の眠る地で」

 

 

─────南雲ハジメ一行────七大迷宮の一つ、メルジーネ海底遺跡攻略完了。

 

 

─────■■■の欠片、回収。残り七────六個。

 

 

◇◆◇

 

 

「────計画は、失敗したね」

 

「再生魔法を会得出来ず、新たに生まれた『祈りの滅皇(セイレーン・アニマ)』は覚醒を目前にして撃滅、最後に仕込んだ英雄の残骸も撃破された。完敗、と言うべきかな」

 

 

世界の影とも呼べる狭間の領域。そこを拠点として居座るダブリス、二人の少年少女は無数に浮かぶ瓦礫の上でそう語らっていた。しかし、目的を果たせなかった彼等の顔には、特に不満の色はない。

 

 

「────敗北は認めよう。完敗は受け入れよう。ダブリスは慎重で器量もある。自らの失敗を認められぬほど脆弱な魔神ではない」

 

「だが、我々は負けてない。私達の敗北は、私達の消滅。それまでは私達は勝ちを求め続け、数多の世界に我等の理想を体現する。その為ならば、此度の失敗。易いもの」

 

それこそが、ダブリスのメンタリティ。

彼等にとって敗北など恐れるものではない。最も恐れるべきは自らの使命たる世界の破滅(人々の救済)を果たせぬこと。ソレ以外は全てダブリスにとっては児戯に等しく、それ以外は些事でしかない。

 

 

「────その通り。此度の時の流れも、一筋の枝の行く先に過ぎません。救済という名の、一つの大願を果たす為の」

 

 

それに同調したのは、ダブリス以外の何者か。姿を現したのは白いドレスのような服装を纏う女性。身に着けられたソレは全て白い布であり、全身にピッタリと張り付いたその姿は色気を感じさせるものであっても、女性の背中に浮かぶ巨大な目玉がソレすらも打ち消している。

 

『千眼司令』アルサリア。

ダブリスへ忠実に尽くす眷属、ダブリスの尖兵たる『滅皇(エルヴィオート)』の人柱であり、彼女は現存する五柱を束ねるブレインでもある。

 

そして最も重要なのは、彼女こそが全てのアンチノミーを統括する『統括機構』であること。群体とも呼べるアンチノミーを支配しきり、ダブリスの代わりに全ての個体を管理、制御している。その立ち位置はダブリスの影でもあり、魔神の願いを果たす腹心でもある。

 

 

「我が神、ダブリスよ。貴方様の児戯の間、終王阿頼耶様がお戻りなられました」

 

「へえ、終王が?」

 

「阿頼耶が戻ったのね。一体何処に隠れてるの?」

 

「────ここぞ、我が神」

 

 

そう言って、狭間の中に一つの影が降り立つ。異様に広げた翼を折りたたみ、人間体に戻った龍神の滅皇────終王阿頼耶は呑気に欠伸を零した。

 

 

「終王阿頼耶、幾つの世界を滅ぼしてきた?」

 

「三十五、どこの世界も絶頂に至るほどの歯ごたえがなかった。だが、人の足掻きは総じて愉快。今まで争い、破滅するとしても尚争いを止められぬ者共もいれば、手を取り合って我を討ち果たさんとする者も少なくはない。この我に傷を付けた者も、数人ほど居たぞ?」

 

 

『始まりの龍』終王阿頼耶。かつて世界を調和する立場でありながら、世界を滅ぼす破壊の権化と化した龍神。その性質は正しく『天災』、理不尽なまでの強さと人間の可能性見たさの悦楽の為に全てを踏み潰し、一掃してきた魔神の尖兵。

 

若々しい青年の姿になった終王は不意に周りの空間、虚無が広がる狭間を見渡して、怪訝そうに眉を上げた。

 

 

「フム、我以外の滅皇はいないか。アルサリア、他の滅皇はどうした?まさか滅んだわけではあるまいて」

 

「────クシャーナ様は数百年掛けて一つの世界の破滅を楽しんでおります。グランニルデ様は摘み食い感覚で世界を滅ぼしながら向かってる様子で、ヴァルアロス様は集合命令を聞いてすらおりません」

 

「フーム、何と我の強い奴等よ。全く困ったものと、そう思わぬか?我が神よ」

 

 

他の滅皇の勝手さに呆れながらも、ダブリスに挑発的に問い掛ける終王。アルサリアが咎めるような視線を向ける中、ダブリスは笑って終王の煽りを聞き流した。

 

 

「別に呼び立てる必要もない。我々の大願を果たすのは当分先、時が来たらで構わない」

 

「だがその時には、この世界(トータス)を蹂躙してもらう。遍く全てを滅ぼし、全てを救うことを約束してもらう」

 

「了解しました。全ては我が神、ダブリスの望むがままに」

 

「ふむ、では当分は動かぬということか。なんとつまらぬ」

 

 

魔神ダブリスの答えを聞き、感情の起伏も見せず答えるアルサリアは虚無の中に姿を消す。終王は瓦礫の上で寝転がり、欠伸を噛み殺して寝る姿勢に入った。気儘な眷属を尻目に、ダブリスは自分達の目論見を打破した少年達を思い浮かべ、嗤う。

 

 

「次に会うのが愉しみだね、南雲ハジメ、黒鉄刃」

 

「その時まで、勝利の余韻に浸っているといい」

 

 

◇◆◇

 

 

それから、数日後。復興を終えたエリセンの町に滞在していたハジメ達であった、遂に決断しなければならないことがあった。それは、ミュウと別れることである。

 

元々、ミュウを連れて旅していたのは母のいるエリセンに連れて帰る事が目的であった。その目的を果たした今、ミュウを連れて旅することは危険でしかない。自分達が、大魔王や魔神と戦う以上。

 

だが、それはハジメをパパと慕うミュウにとっては辛い別れであることには変わりなかった。現にそれを伝えた瞬間、ミュウは悲しそうに涙を堪えて呟いた。

 

 

「………もう、会えないの?」

 

「…………」

 

 

ハジメはすぐに答えられなかった。

自分達が日本に、元いた世界に帰るにはエヒトを倒し、大魔王達魔神連合を打ち倒さなければならない。そうして元の世界に帰れた後、トータスに戻ってこれるかも定かではないのだ。どのタイミングで帰れるか分からない以上、断言することはできない。

 

だが────親友は違った。

 

 

「いや、必ず会えるさ」

 

「刃」

 

「恐れるなよ、ハジメ。俺達は必ず全部やり切る。元の世界に戻って、ミュウ達の所に迎えに行く。それで充分だろ」

 

 

黒鉄刃は、最初からできないと恐れずそう断言した。彼とてハジメの不安や心配は理解できている。だが、それが全てを取れないと言う理由はならないと言わんばかりに覚悟を決めていた。

 

そんな親友の覚悟に満ちた目を見て、ハジメは改めて考え直したように頭を振った。そして、自然に顔を綻ばせて笑みを浮かべる。

 

 

「流石は、俺の親友だな」

 

「当たり前だろ?相棒」

 

 

不敵に笑い、刃は応える。そうして涙を堪えていたミュウの前に膝を付いた彼女の目線に顔を合わせ、涙を指で拭い取って優しく語りかけた。

 

 

「そういうわけだ、ミュウ。俺とパパ達はここから別れるが、この先一生会えないなんてことはねぇ。必ず迎えに来て、お前やレミアさんが望むなら、一緒に俺達の世界に行こうぜ」

 

「………ホント?ママも一緒!?」

 

「あらあら、私もいいのですか?」

 

「ああ、アンタのこともあの人から頼まれてたからな。そもそも、ミュウから母親を引き離すなんて言語道断だしな」

 

 

脳裏に過ぎるはミュウの父でありレミアの夫であるフリントとの約束、家族をよろしく頼むという言葉をハジメは今でも忘れてはいない────無下にしたら化けて出るかも、とかは思ってはいない。ほんの少し、欠片程度にしか。

 

 

「────話は終わったか?」

 

「イクス、ああ。ミュウ達とはこの場で別れる。だがまあ、全てが解決したら迎えに行くさ」

 

「……………相手は魔神連合、世界を滅ぼす厄災の坩堝だ。それでいいんだな?」

 

「もう臆することはねぇよ。俺達の敵になる奴は、倒すだけだ」

 

 

一段落付いたことに気付いたイクスが断りを入れて家の中に入り、ハジメ達に問い掛ける。ハジメ達の言わんとすることが修羅の道であるという確認するが、既に覚悟を決めた彼等には引く理由もなかった。

 

イクスはそれを聞いて仕方ないと肩を竦めながら、付き合うことは当然であったらしい。

 

 

「では、今後はどうする?次の迷宮へと向かうか」

 

「いや………王国に戻ろうと思う。リヒトって奴から聞いたが、今後神代魔法を手に入れる為には、エリュシオンと会うべきだって言われたしな」

 

「そうか、王国か────なら少し事情が変わるな」

 

 

ハジメ達の方針を聞いたイクスはそう言って困った顔を浮かべた。無論、イクスの反応はハジメ達を攻めるようなものではなく、自業自得であることを理解した上でのものだ。

 

 

「ノイン、お前はこの町に残れ。俺はお前達に同行するが、それは王国に入るまでだ。そこからは別れて、俺はエリセンに帰還する」

 

「はい、分かりました。イクス」

 

「?王国には来ないんですか?」

 

「来ないというよりも、来れないが正しい。俺はハイリヒ王国を襲撃した身だ。王国は俺を受け入れないだろうし、話が拗れることに変わりはない」

 

 

魔物の大群による襲撃、教会の刺客に乗じて、イクスは王国内にいた畠山愛子の暗殺未遂とそれを護衛した黒鉄刃の殺害未遂を起こした。新たな魔神となる器の排除に焦ったこともあり、後先を考えずに動いた彼は王国内で指名手配されることになっていた。

 

 

「心配する必要はない。ノインがいれば大抵の敵は何とかなる。それに────エリセンを守護するには充分過ぎる存在も、滞在している」

 

────ォォォォォォン

 

そんな一同の視線を受けながらも、肩を竦めたイクスが不意に視線を向ける。その視線の先、エリセンの町の港に浮かぶ巨大な鯨『星海の王』ヴィーラ=アルプトラが軽く啼いていた。

 

最初は怯えていたエリセンの人々であったが、ヴィーラの特性と性質、フリントに僅かな命を与えた神獣だと知ってからは、彼等も考えを改め、すぐに受け入れる様子を見せた。巷では、英雄フリントと双璧を成す守護獣として扱われるのだとか。

 

 

「『神代の界獣』、だっけか。アイツ、この町に居座ってるけど、何か理由でもあるのか?」

 

「話を聞いて予想できたが、恐らくあのミュウという娘と共鳴してるんだろうな。名という繋がりはああいう神話生物にとっても大きな繋がりとなる。少なくとも、奴がいるのであれば他の魔神も侵略はできないと見るべきだな」

 

 

────漁に出たばかりの海人族達がある程度の魚や野菜を与え、口の中に放り込まれた食材に呑気に鳴き声を上げる鯨の姿に、ハジメも刃も同じ神獣とは思えなかった。

 

 

「────さぁ話は終わりだ。さっさと発つぞ」

 

「ああ、分かってる」

 

 

ミュウ達の別れを終えたハジメ達に、イクスはそう言って出発を促した。潜水艇に全員が乗り込み、エリセンの町から出発していく。そんな彼等の背中をミュウやレミア、エリセンの人々が見送っていく。

 

彼等の旅路に幸あらんことを、そんな彼等の祈りに応えるようにヴィーラが大きな嘶きと共に水飛沫を空高く打ち上げた。

 

 

◇◆◇

 

 

教会総本山、神山。

エヒトを信仰する信徒が集まる巨大な教会とソレが連なる街が広がる、人類有数の大都市の一つ。その大教会の一エリア、担当する枢機卿が管理するその大広間で、彼等は集まっていた。

 

 

聖教教会が誇る最高戦闘機関────聖連隊。魔神連合の脅威により、枢機卿により発足された戦闘部隊。教皇を除けば、他の枢機卿ですら止めることの出来ない権限を秘める部隊であった。

 

 

「────英雄フリント、漸く逝ったか」

 

 

その一人、聖連隊を率いる枢機卿 リヴェルト・エストワールはエリセンの町での報告を聞き終えると同時に、静かに目を伏せた。個人的にも、英雄フリントとは交流があった。

 

そして彼が魔神戦争の合間に姿を晦まし────死後ダブリスの手駒にされたことは、リヴェルトにとっても言葉に出来ないほどの怒りがあった。それ故に、今回の戦いを見届けた部下からの報告はリヴェルトにとっても、軒並みならぬ思いがあった。

 

それ故に、彼が胸に抱いた決断は、簡単に揺らぐものではなかった。

 

 

「────時は来た。漸くだ、諸君」

 

 

枢機卿の言葉に、その場に並ぶ全員が動いた。彼の前に並ぶのは、複数人の男女であった。教会の人間でありにも関わらず神父やシスターの正装ではない彼等の姿は、様々なものであった。

 

 

「我等は神に仕える刃。我等は神の名の下に不条理なる災厄を打ち倒すモノ。だが、我等とて仕える神を選ぶ。幾千の時、人の世を遊戯の如く弄んだ挙句、人を救わず保身に固執する神に、神たる資格はないと思わないか?」

 

 

リヴェルトの言わんとすることは、聖教教会の人間であれば有り得てはいけない発言であった。それは、唯一神たるエヒトへの叛心。教会の人間であれば、絶対に許されない思想である。

 

だが、この場にそれを咎める者はいない。この場に立つ全員がリヴェルトと同じ思想を抱き、彼の望みに傾倒している。何より、唯一神として世界を弄びながら、いざという時に神域に逃げ込んだエヒトという神を認めないという決意があったのだろう。

 

 

「ヴァイセ」

 

「ようやくか、大将。エヒトの狂信者のフリも疲れた」

 

「ディーン」

 

「ガハハッ!絶対神への叛逆!待ちに待ってたもんだぜ!」

 

「フローレンス」

 

「ええ、はい。全ては我等の女神様とリヴェルト枢機卿の望むがままに」

 

「アルナ…………アルナ」

 

「…………ふぁい、寝てないよ。リーダー」

 

 

呼ばれた四人、聖連隊筆頭を務める男女達はリヴェルトの言葉を受けて応えた。ヴァイセと呼ばれた青年は深く着込んだ帽子を持ち上げて肩を竦め、ディーンと呼ばれる男は巨大な義腕を持ち上げながら高揚の声を響かせる。そんな傍らで複数の鎖付きの鉄球を伸ばした大人しい女性が頬に手を添えて微笑み、最後に呼ばれた少女、アルナはコクリコクリと頭を揺らしていたが、リヴェルトの声を受けて平然と答える。

 

 

「星王エリュシオンとの盟約は近い内に果たされる。あの王が教皇との謁見後、我等が動く時が来る。それまで待て」

 

「「「「ハッ、了解」」」」

 

 

リヴェルトは応じた四人が跪くのを見届け、振り向く。暗い影が差す部屋の中、真後ろに立つ神像を見上げたリヴェルトは微かにほくそ笑んだ。

 

 

「────全ては、我等の新たなる神の名の下に」

 

 

◇◆◇

 

 

「────エヒト様、やはり答えてはくれませぬか」

 

 

聖教教会総本山神山の大聖堂にて。

ただ一人、祈りの間で教皇イシュタルは唯一神エヒトへの祈りを捧げていた。だが、かつて聞こえてきたエヒトの声はやはり届くことなく、沈黙しか返ってこない。

 

理由は明白である。

このトータスを蝕む明確な厄災、魔神の存在であった。五年前に起きた第一次魔神戦争、その戦いで使徒を総動員したエヒトは魔神の殲滅を目論み、手痛い反撃を受けた。

 

イシュタルも何が起こったかは詳しく理解できていない。彼が見たのは、五年前の真夜中に起きた────ある出来事。

 

 

────神山に展開された使徒を突如襲った黒い影、激しい怨嗟の如き呪詛は神聖な使徒たちを一方的に取り込み、彼等の力を使って神域にいるエヒトへと干渉した。そして、響き渡ったエヒトの絶叫、戸惑ったイシュタル達の心配を他所に、それ以降エヒトは姿を見せることはなくなった。

 

 

「…………エヒト様は魔神との戦いで手傷を負い、動けぬ状態なのだ。そうに違いない。私はエヒト様の為に手駒を増やし、一刻も早く魔神どもを滅ぼさねば…………」

 

 

エヒトを心酔する狂信者たるイシュタルは知らない。未だに返事を返してこないエヒトは治療の為に返事ができないのではない、彼の神は恐怖しているのだ。自分を殺そうと迫る魔神の脅威に怯え、神域の中に隠れているに過ぎない。

 

エヒトはよく、理解していた────あの影が、『破滅の魔神』が自分を殺そうとするほどの執拗な殺意と憎悪を向ける理由を。

 

 

「だが、奴等は簡単には従わん…………エリュシオン、そうだエリヒドの倅め。かつて我等と同じ敬虔な信徒であった父に反し、我等に、エヒト様に楯突くなど…………」

 

 

そんなイシュタルの敵意は魔神連合から、自分に従わないハイリヒ王国を率いる若き国王に向けられていた。エリュシオンはその姿勢から聖教教会に反意を抱き、魔神戦争終結後は教会の責任を突き付け、彼等の干渉から反発した経緯を持つ。

 

────戦争の原因を引き起こしたという、エリュシオンからの指摘は最もである。しかし、エヒトを絶対視するイシュタルからすれば、エヒトに従うどころか反感を抱くエリュシオンは魔神と同じ罪深いものでしかない。何度、何百回彼を排除して王国を支配下に置こうと考えたか。

 

 

「だが、ハイリヒ王国を滅ぼすのは駄目だ。あの国の戦力は、魔神どもを滅ぼすには必須。必要ならば、エリュシオン諸共を手駒にしたかったが、それが叶わぬなら………いっそのこと────」

 

「────お困りかな、イシュタル教皇」

 

 

その瞬間、ありもしないはずの声が響き渡った。イシュタルが不意に思考から意識を離し、声のする方を振り向く。すると柱の影が一人の男が姿を現した。決して正体を見せようとしない、フードの男が。

 

 

「………何者ですか?貴方は」

 

「さぁ、何者かなど貴方には関係ないだろう?私には名乗る名が多すぎる。ここはそう、『南雲(なぐも)』………いや、その名は不味かった。『始光(しこう)』、とでも」

 

「────衛兵よ。この賊を引っ捕らえよ!」

 

 

イシュタルが険しい声を響かせ、衛兵を呼ぶ。本来ならば大聖堂の仕組みを介して周辺から神殿騎士たちが集まるようになっているはずだが、誰一人して来ない。そんな状況に困惑するイシュタルに、男は肩を竦めた。

 

 

「おっと、誰も来ないよ。困るなぁ教皇。話くらい聞いてくれないと………今の貴方にとっても無視できない話を持ってきたんだ」

 

「何?」

 

「────星王エリュシオン、邪魔なんだろう?」

 

 

不意に、イシュタルの背後に男が移動する。咄嗟に魔法を放とうとしたイシュタルを指で制して、男は静かにそれでいて漬け込むような甘い声で囁く。

 

 

「私もねぇ、彼の事をどうにかしたいんだよねぇ。でもとうにかする機会ってのが見つからなくてね。王剣に護られているだけではなく、彼自身も強いと来た。どうにかしようにも、タイミングがね────そこで、偶然!貴方達の話を耳にした!」

 

「……………」

 

「星王エリュシオンを、ここに呼び出すんだろう?なら、私の計画に手を貸してくれないかね?私はエリュシオンを殺せなくてもいい、無力化できればそれでいい。無論、彼の身柄は貴方の好きにしてくれていい。八つ裂きもいいし、洗脳して、ハイリヒ王国ごと戦力にするのも…………どうだい?悪い話ではないだろう?」

 

思考が揺らぐ。

目の前の男に警戒しなければならないはずなのに、彼の話に耳を傾けようとする自分がいる。いや、男が何かしたわけではない。彼はただ、付け込んでいるに過ぎない。イシュタルの絶対的な、狂信的なまでのエヒトへの信仰を。利用する形で。

 

 

「おいおい、何を迷う必要があるんだい?貴方の大事なエヒト様の為さ。今も動けぬ我等の神の為にも、君の信仰と忠誠心を、知らしめるべきではないかな?」

 

「……………良いだろう。まずは、その話を聞こう」

 

「ふふふ、それでいい。流石は教皇殿────(檜山君とは別の意味で御しやすい、馬鹿で頭の回ってない狂信者。何が神だ、嗤わせる)」

 

 

ほくそ笑んでいた男────ファウストは心の底からイシュタルを見下し、嘲笑っていた。彼にしては感情的なまでの侮蔑と嫌悪。それほどまでにイシュタルが、神に仕える者が嫌いなのだろう。

 

 

(君のような単純な駒、利用しない訳にはいかないよねぇ?これから始まる戦争の火種として、盛大に使い潰してあげるよ。我等の神────もとい、この私の為に、ね?)

 

 

だからこそ、死ぬ最期まで使い潰してやろうとファウストは嗤う。これから起きる、戦争の火種として。

 

 

◇◆◇

 

魔国ガーランド首都ライングレード。その中心に聳え立つ王城『ヴォードベルグ』。その城の前に広がる大広間に、彼等は集まっていた。

 

無数の魔物と、それを従える魔人族。竜の兜を身に纏う兵士達や、ゴーレム等の無機生物の軍勢、白い装備を身に纏う氷の魔王直下の精鋭。それの大群が広間を埋め尽くす中、『ヴォードベルグ』のエントランスにてフリード・バグアーは一礼して、この軍勢を束ねる魔人族の王へと代わった。

 

 

「────集ったか、我が大魔王軍よ」

 

 

静寂のまま並び立つ魔人族達が見上げるは、彼等の王。大魔王アルヴァーン・ライングレイド。人類殲滅を掲げた魔神の一柱である、魔人族の新たなる神。彼は穏やかな声で、その場にいる全員に語り掛けた。

 

 

「この世界が創られて以降、我等魔人族は迫害の歴史を辿ることになった。この時代に至るまで、我が同族が、かつて魔族と呼ばれ、神々の時代を共に生きた我々を、人間族が、神が、どうのようにして裏切ったか。知らぬ者はいるまい」

 

「旧き神を追放し、支配者の座についたエヒトは人間族を優遇し、我等魔人族を排斥した!この南の大地に、不毛たる地に追いやっただけでなく、奴等はかつて共にあった魔人族を不浄として、一方的に殺して回った!何年も、何十年も、何百年も何千年も!!老若男女も問わずだ!!」

 

 

それは、魔人族が忘れることはない怨嗟の記憶。迫害と差別、弾劾と虐殺。何時だって彼等の歴史には、血だけがあった。殺戮があった。悲しみが、絶望があった。

 

それでも彼は、魔神となる前の大魔王は信じていた。人間族と手を取り合える未来があると。

 

 

「そして、我等が神アルヴの支配から逃れて数百年、我等は融和を、人々と手を取り合う未来を選んだ。今まで受けた苦しみと絶望、血塗られた歴史を呑み込んで、より良い未来の為に歩もうとした。────そんな我等に、奴等は何をした!?」

 

 

分かり会えると、共に未来を見れると、信じていた。

何故なら自分達もそうであったからだ。かつて解放者と呼ばれた同胞達は自分達を忌み嫌うことはなかった。だからこそ、人間全てが自分の思うようなものではないと信じられた。

 

────あの、血に染まった亡骸の山と、涙を流して果てた物言わぬ半身の姿を見るまでは。

 

 

「我と、我が妹アクシアが共に作り上げた融和の都市『バベル』を焼き払い、そこに住む魔人族数万人を惨殺した!その屍の山と我が妹の首を見て、我は思い知らされた!

 

 

人とは何処まで愚かで、救い難き存在か!我が半身、我が妹の優しさと皆の想いを踏み握るようなモノと共存など有り得ない!そもそも!今まで奪われ続けた我等が、奴等に妥協すること自体が間違いだったのだ!!」

 

 

その大魔王の怒声に、絶叫に魔人族は共に応じた。彼等とて怒りや恨みを飲み込もうとした。自分達を導く大魔王の言葉なら、自分達の愛した巫女の願いなら、二人の望む世界ならば、と。

 

その果てに、彼等の願いを踏み躙った人間族の憎悪はより強いものとなって凝り固まった。自分達の希望を奪われた大魔王と魔人族の世界には、失望と絶望、報復による復讐しか無かったのだろう。

 

 

「奪わねばならない!我等の笑える未来を!取り返さなければならない!我等の歩むべき世界を!奴等は所詮、不倶戴天の敵!人と魔人族は決して歩み寄れるようなものではなかった!────ならば、滅ぼすしかあるまい!我等の受けた苦しみと惨劇、同じ以上の虐殺を以てしか!我等の喪失は埋められない!!奪われてきた彼等の無念は、晴らすことができないッ!!」

 

 

「父う………魔王様、嬉しそうだぜ」

 

「当たり前だ。自然の摂理だろう────奴等は知らねばならん。自らの罪を、己自身をもってな」

 

 

「キキキキッ!長ったるいが同感ではあるな!そうであろう?ダンテよ」

 

「…………興味ない」

 

 

「…………本気か、大魔王アルヴァーン」

 

「────陛下よ、貴方は」

 

 

特に不満を持たぬ二柱の魔王とは対照的に、フリューゲルとガイアドゥームの反応は違った。兜の中で目を細めたフリューゲルは耐え難い感情を抑え込むように戦斧を握り締め、ガイアドゥームは憐れみや悲しみに近しい声を呑み込んだ。

 

その二柱は、よく分かっていた。己が信じた巫女、魔人族が愛する存在の理想と彼女の夢を。二人で紡いだあの理想を、あの夢を、半身たる大魔王が否定するのか、という疑心があった。

 

 

「我、魔人族の王。大魔王アルヴァーン・ライングレイドが下す────人類を、我等の怨敵を駆逐せよ。この地上から、奴等の痕跡を根絶やしにせよ。子供一人であろうとも、赤子一匹であろうとも、生かさずに殺し尽くすがいい。この大魔王が、ソレを赦す」

 

「大魔王様!大魔王様!」

 

「大魔王アルヴァーン・ライングレイド様!」

 

「宣言を!開戦を!我等に報復の機会を!人間族に我等の受けた全てを与える時を!!」

 

 

狂気に染まったように、魔人族達が呼応する。

奪われてきた者達の怨恨が、憎悪が、彼等を滾らせていく。そんな彼等の声に大魔王は鋭く目を細めながら、両腕を広げる。そして大声を響かせる魔人族の軍勢に、告げた。

 

 

「今宵を以て!我が大魔王アルヴァーンが宣告する!開戦を、二度目の魔神戦争を!未だ存在する人類の全てを焼き払い、殺し尽くし、我等が勝利を以て!この戦争を終わらせようぞ!!」




さぁ原作では四章終盤に近付く内容へと入ってきました。ようやく本作で教会の内情とかにも踏み込んできた気がする。この作品の教会ってエヒトが引きこもったせいで原作よりも影響力がないんですよね。

まぁ戦争の引き金になったくせに(エヒト主導によるバベル虐殺)被害少なかったし、エリュシオンがそれを責めて他国から孤立させたから。

そして、ファウストに上手いこと乗せられそうなイシュタル教皇。当のエヒトがいないから狂信者なのもあって暴走してるんですよね、この人。え?原作から暴走してる?………さ、さぁ?

よりによって人類の守護者でもあるエリュシオンを狙おうとしてるだから、ホントコイツら終わってる。魔人族が本気で戦争仕掛けようとしてるのに、人間族同士で(教会による犯行)内ゲバ起こしてるし最悪だよ。


次章、『第二次魔神戦争編』始まります。大魔王が如何に人類虐殺に本気であるか明確に分かる所になると思いますので、次回もよろしくお願いします!感想やお気に入り、評価など上げてもらえると執筆ペースが上がりますので!それでは!!

清水の今後について

  • 生存その1(生き残るけど戦えない)
  • 生存その2(護衛組の一人として戦う)
  • 死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
  • 意識不明の重体として途中退場
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。