「────兄上、エリュシオン陛下の容態はどうですか?」
「何とか治療は終えました。しかし、身体に受けた呪詛の解呪には時間が掛かります。万全を期しても、数日は休むべきでしょう」
そして、ハイリヒ王国。
事態を把握した王国の中核は混乱に包まれていた。なんせエリュシオンと友好的な関係である聖連隊のシスターが瀕死のエリュシオンと護衛二人を連れて戻ってきたのだから。
ヒナ率いる医療騎士団の集中治療もあって、エリュシオンの重体は何とか治すに至った。しかし、治せたのはあくまでも明確な重傷のみ。全身の砕かれた骨や破壊された内臓は自然治癒で補うしかなく、何より身体に残る呪詛の解呪には時間を要する。
そして、王座の間にて欠けた玉座の前で彼等は集まっていた。エリュシオン直属の王剣メンバー六名と、エリュシオンの代理として動く王女リリアーナ。
緊急時に用意された円卓に集まる一同に、椅子に腰掛けて足を持ち上げたハヤテが苛立たしそうに口を開く。
「そんで?今やるべきことは分かってんだろ?」
「ああ、まずは箝口令を出す。国内が混乱に陥る前に統制し、帝国やアンカジ王国との連携を強め────」
「────違ェよ」
あくまでも王国自体の情勢の維持する姿勢を取るべきと提案した執行官スピリアス。ハヤテはそんな彼女の言い分をハッキリと否定した。周囲の視線が集まるのを無視しながら、ハヤテは隣に座るシュトライゼを見やる。
「シュトライゼ。お前の言ってた兵器、実用までどのくらいだ?」
「………明日にならば全て動かせる。まぁ、急ピッチでやればね」
「チッ、まあしゃあねぇか。早朝にでも俺の騎士団やシュトライゼの機甲兵団を使えば、神山くらい一日で落とせるだろ」
「ハヤテ、お前まさか────」
「────教会の奴等を皆殺しにすんだよ。此方の王様やられて、黙って見逃す気か?舐めた奴等全員斬り殺して、イシュタルを引き摺り出して殺す以外ねぇだろ」
円卓に脚を掛けたハヤテの怒気に満ちた言葉は、それ以外有り得ないというものであった。動かせる戦力を動員して速攻で神山を、教会を壊滅させる。一勢力を滅ぼすことが最優先だと、ハヤテは語っていた。
「ハヤテ!この状況で何をふざけたことを言ってる!?」
「スピリアス嬢ちゃん、悪いが俺もハヤテと同じ言い分だぜ」
「ゴルバルトさん………!」
「王国に、陛下に牙剥いた奴等を放置しときゃあ、ハイリヒ王国の威権に関わりますぜ。あのクソどもと同じ考えの奴等が現れる前に、早めに叩き潰すのが第一かと」
「そのやり方が苛烈ではなりません。族滅レベルの報告を引き起こせば、他国との関係に軋轢を生む形になります」
「────陛下を傷付けられて!穏便に済ますのが配下の務めか!?金輪際そのような事が起こらねぇように駆除するのが、俺達の使命だろッ!!」
王剣メンバーが割れる程の言い分。まずはエリュシオンが動けるようになるまで国内を纏め上げ、他国との連携を取って境界を追い詰めようというスピリアスやセノ達『穏健派』、自分達のトップに舐めた真似をした教会を殲滅するのが第一を掲げるハヤテやゴルバルトの『過激派』。
言い争いながらも、王国やエリュシオンの事を考える彼等の様子に、ヒナやシュトライゼは口を挟むつもりはなかった。二人が意識を向けたのは、この場にいるただ一人。
「────どうします?姫、シュトライゼ。望むならば、私が全員黙らせますよ」
「止め給えよ、君がそうしては今度こそ王国を動かせなくなる。…………ここは妹君に穏便に解決してもらおうじゃないか」
「え、私ですか?」
「大丈夫。もし困ったことがあれば私達がサポートするし、第一君の方がこういう話のまとめ方は得意だしね。私達、あんまり上手くないし」
基本的に荒事で解決するタイプとそもそも引きこもりタイプだからね、とシュトライゼは困ったように笑いながらリリアーナに場の鎮圧を任せた。当のリリアーナは軽く背を押されて困惑していたが、覚悟を決めたように────一言。
「────皆様、静粛に」
「「「「ッ」」」」
「お兄様の事を考え、意見を出すのは分かります。けれど、このように先行して衝突し合うのは愚の骨頂です。ハヤテ団長やゴルバルトさんの考えも理解できますが、まずは王国全体の掌握と他国との連携が最優先でしょう」
凛としたリリアーナの指示に、それまで言い争っていた全員が沈黙した。その場の全員が、リリアーナの言葉に耳を傾け、納得したように頷いたのだ。そんな中で、不承不承といった様子のハヤテが口を開く。
「………言っとくが、俺は別に後先考えてない訳じゃねぇぞ。イシュタル、あのクソジジイが何もしねぇ訳がねぇ。今頃周辺から戦力を集めて俺達への攻撃の準備をしてるに違いない」
「分かっています。その為にも、シュトライゼ様や皆様のお力で最低限かつ最高戦力の用意をお願いします。彼等が動き出す直前を、狙いましょう」
ものの数分で、混乱しかけていた状況を纏め上げたリリアーナの手腕に感嘆するシュトライゼにヒナ。エリュシオンからも次期後継者として認められているだけではない。身内以上にその才能とセンスに違いはない。
そうしていた最中、突如落ち着き始めた玉座の間の扉が開け放たれた。慌てた様子で兵士の一人が、駆け込んできたのだ。
「────陛下!エリュシオン陛下は居られますか!?」
「何だ貴様!今緊急の会議をしている!立ち入りは禁じているはずだぞ!」
「ゴルバルトさん、構いません…………兄上は今休まれてます。何かあったのですか?」
玉座の間に駆け込んできた兵士を、ゴルバルトが鋭い怒声で一喝する。そんなゴルバルトを諌めたリリアーナはただならぬ様子を察し、話を聞くことにした。酷く狼狽したように息をついた兵士は、何とか言葉を吐き出す。
「郊外の、警備隊から緊急事態を報せる連絡が!アーティファクトは、『黒』です!」
「っ!その内容は!?」
ハイリヒ王国の領内、他国との領域の境目に配置した警備隊には複数の連絡用アーティファクトの運用を義務付けている。連絡用アーティファクトはその色によって事態の重要度を示しており、『黒』は最重要連絡────国家存亡に関わる事態の表明でもある。
「────魔人族の軍勢が侵攻してきています!二つの大軍です!一つは神山の方へ、もう一つは────ここ、ハイリヒ王国へ!」
「っ!魔人族の軍勢、率いる者は!?」
「………髑髏と死神の紋様、頭の無い竜の紋様────魔王ダンテと魔王クレイド!二体の魔王が率いる大軍勢です!」
◇◆◇
「…………うぅー」
「愛ちゃん先生、いつにもまして大変そうだねー」
「まぁ知らない所で女神扱いされて国家すら出来たと思えば、悩みたくもなるだろ」
緩かな山の山頂で野宿していた咲夜達。彼等が案ずるのは護衛対象であり自分達の先生でもある畑山愛子その人。成人女性とは思えぬ幼い見た目をした彼女は今頭を抱えて項垂れている。
無理もない、なんせ自分が知らぬところで一勢力を揺るがす存在となってしまっていたのだ。前々から豊穣の女神という名に振り回されてる気がするのは、仕方のない話か。
「…………」
「あれ、委員長今日は静かだね」
「先生の事で前に大笑いしちゃったから、申し訳なく思ってるのかも」
(いやどうだろ。割と咲夜って図太いフシあるし)
そんな愛子の様子を黙って見守っていた咲夜を、優花や妙子たちが気に掛けていたが、一緒にいた清水は内心でそう確信したように考えていた。清水の考えも間違いではなく、咲夜本人もやり過ぎたと思っているが、愛子の呼び名に関しては自分に非がないと割り切ってるフシもあったのだ。
そうしている最中、突如咲夜が反応を示した。腰に備えたポーチで何か動いたらしく、すぐさまポーチの中に手を伸ばす。
「ん、連絡か」
「連絡って、そのアーティファクト?」
「まあな、王国にいる雨音や剣城とも連携がしたいしな。相手は…………リリィか。こんな時間に掛けてくるとは、珍しいな………………なんだその顔は」
「ねぇ委員長。リリィって、リリアーナちゃんのこと?」
「…………………今のは忘れてくれ」
連絡用のアーティファクトを片手に、その相手に驚いた咲夜は全員のキョトンとした視線に戸惑う。やっとこさ口を開いた奈々の疑問を受けて怪訝そうだった咲夜は「あ」と漏らした後、目を逸らしてそう呟いた。
次の瞬間、乙女達(男子も含めた)が声を上げた。
「えーっ!?委員長って、リリアーナ姫とそんな関係になってたの!?」
「そう言えば王国に事態の報告として手紙を送るって言ってたけど!もしかしてアレも、リリアーナちゃん宛てに送ってたとか!?」
「じょ、女子と文通くらい………特に異常な話では無いだろう………?」
「同学年の学生ならまだ分かるけど、相手お姫様だぞ!?何時から、何時から関係があったんだ!?」
「待て!皆、誤解してる!まるで交際関係に至っているような言い方はやめるんだ!俺は普通に仲良くしているだけだ!!健全な!関係であるつもりだっ!!」
思春期真っ盛りな彼等からすれば、同級生────特に自分達よりも大人びている咲夜の
興味はあるにしても、そこまで食い気味ではない園部や清水が何とか止めようとするが、妙に食いつきのいい彼等は止まる様子もなく咲夜に詰め寄っていた。落ち込んでたのも一瞬、様子に気付いた愛子が止めなければずっとこのままであったろう。
何とか一息つけた咲夜がアーティファクトを耳に嵌め込み、連絡を始めた。
「ああ、俺だ。久しいなリリィ、何かあったか?────何?エリュシオン陛下が!?」
「ど、どうしました?岸上くん!エリュシオン陛下に何かあったんですか?」
「…………陛下が重体らしい。神山での会談で、教会側に嵌められて襲われたと」
その事実に、その場の全員が息を呑む。そしてすぐに混乱したように騒ぎ始めた。無理もない、彼等からすれば理解に追いつかない話だ。エリュシオンが教会とは敵対的とは言え、魔神連合と共に戦う人類勢力の一つである。その一つが、味方であるはずのハイリヒ王国に牙を剥くような暴挙を、理解できるはずが無かった。
「それだけじゃない。今ハイリヒ王国に魔人族の軍勢が攻め込んでいると……………ちょっと待て────それは本当か?分かった、確認してみる」
リリアーナからの連絡の続きに目を細めた咲夜が、突然キャンプから飛び出し、見渡しのいい山頂へと向かう。慌てて追い掛けた愛子たちを余所に、咲夜は双眼鏡を手にして────ソレを確認した。
「────なんだ、アレは」
◇◆◇
神山・教会総本山たる大聖堂にて。
「────おのれッ!リヴェルトめ!」
教皇イシュタルは怒りのままに、頭を掻きむしっていた。その怒りの矛先は、教会に尽くしていたはずの枢機卿の離反。彼の手により、教会所属の人間、市民を含めた者が半数以上も寝返った。怒り、怒り、怒り狂い────イシュタルは狂ったような目で、神像を見上げる。
「ええ、分かっていますとも。エヒト様────貴方様に逆らう者は全て滅ぼします。貴方以外の神を信ずるリヴェルト達裏切り者も、エヒト様に歯向かうエリュシオンも、何もかも」
それもこれもファウストのせいだと、イシュタルは忌々しく、憎々しく吐き捨てる。協力を持ち掛けたはずのファウストは、いつの間にか姿を眩ましていた。奴も必ずこの手で滅ぼす、そう決意しながらイシュタルは不敵に、狂気的に笑みを含ませる。
────まだ終わってはいない。たった今、世界各地から教会勢力全ての戦力を呼び寄せている。全て集まってから、ハイリヒ王国にエスティマ共和国も攻め滅ぼせばいい。イシュタルにとって、最早世界を救うことなど、魔神との戦いなど、頭に無かった。
──────だからこそ、突如現れた部下からの報告に、理解が追いつかなかった。
「イシュタル様!大変です!魔人族の、魔王の襲撃です!!」
「……………は?」
「魔王ガイアドゥームと魔王フリューゲル!二体の魔王による大軍勢が、神山に!攻め込んで来ています!!」
◇◆◇
「────この時を、我等は望んでいたな。フリューゲルよ」
「ああ、そうだな…………ガイアドゥーム」
「何だ?」
「─────彼女は、これを望んだと思うか?」
「…………それは」
「分かっている。だが、私は彼女の友だ。私が大魔王に従うのは────アクシアの頼みがあったのものだ」
「………ウム、そうだな」
「だからこそ、この日を待ち望んだ。────アクシアの理想を踏み躙り、冒涜した教会、その主犯たるイシュタル。奴等を滅ぼす、この時を」
「分かっているとも、フリューゲル────我等は我等の、為すべきことを」
◇◆◇
その日、教会総本山の神山にて。
大動乱に満ち溢れ、イシュタルの指示により世界中から集められた騎士達が集まり、神敵の殲滅の為の用意をしていた。彼等がその異変に気付いたのは、すぐであった。
「………おい、雪が降ってきたぞ」
「雪?何を言っている。今はまだそんな季節じゃ────いや、雪だと?」
周辺の警備をしていた騎士達は、突如振り始めた雪に戸惑っていた。最近の天候的にも雪が降るような季節ではない。そして、彼等は知っていた。それ以外で────雪が降る理由となるものを。
「ま、まさか!魔王フリューゲルが、動いたってのか!?」
「それ以外無いだろ!て、敵襲!敵襲だぁ!!」
慌てて動いた警備中の騎士の呼び掛けもあり、すぐに集められた神殿騎士達が動く。統率の取れた一団はすぐさま神山の外へと構え出し、魔人族の襲撃に対抗せんと陣形を取る。
そんな彼等の前に────冬が、吹雪と共に、魔王の軍勢が姿を現した。
「き、来たぞ!全員構え────ぎゃああッ!?」
「ぎゃははははッ!どうしたぁ!?教会の神殿騎士ってのは、この程度かぁ!?」
「ケントゥリオ。逸るのは止しなさい、我々はあくまでも先陣。後々の為にも余力を残せ、と魔王の命令です」
最初に先陣を切ったのは、フリューゲル直下【氷帝の矛】の軍団長であるケントゥリオであった。大柄な体躯を有する魔人族の大男が振り回す鎖付きの鉄球の騎士の大半が薙ぎ払われ、一方的に蹴散らされていく。
久々の戦場に興奮を隠せないケントゥリオを諫めるのは、第一軍団長のサルヴァトーレ。いつものような慇懃無礼さを隠さず、落ち着いた様子で肉薄しようとする騎士達を排除していく。
そして、戦いを行うのはフリューゲルの軍勢だけではなく、他にも暴れ回るものは他にも存在していた。
「ま、魔法が効かない!コイツら、何なんだ!?」
「岩石生命体………!まさか魔王ガイアドゥームすらも動いてるというのか!?」
『────随分と、遅い判断だな?』
無数に迫る無機物の鉱物生命体に、新たな魔王の存在を感じ取った騎士達の前に姿を見せたのは、青い結晶に身を包んだ一体のゴーレムであった。そのゴーレムは結晶を膨張させた巨腕を振るい、その場にいた騎士達を叩き潰す。
『恨みはない。だが、この戦いは魔人族の、魔王様が望む弔いでもある。悪いが加減はしないぞ』
『ぎゃーははははッ!!戦いは好きだぜ!人間を灼き殺しても文句は言われねぇーし!戦いの中なら殺しても問題ねぇーからなぁ!!』
「………ねぇー、ライトス。自分の兄貴くらいちゃんと止めてよねー。あっしはごめんよ?」
『久々に自立できたのに、余計な事を考えさせないで欲しいですね』
ガイアドゥーム直下の魔人将も戦場に参戦する。独立した三体のゴーレム『エレメンタス』に結晶体を操る『マテリア』の猛攻もあり、教会側の戦力は圧倒されていく。
「前線は押せているな」
「はい姉様…………ただやはり神山に展開された魔力障壁は簡単に突破できませんね」
「…………頃合いか────総員撤退!指定した地点まで撤退せよ!!」
突如、軍勢を率いるフリューゲルはそう宣言した。配下達はソレには反すること無く、ただ従って動いた。その行為に戸惑ったのは相手の方である。
「て、撤退した………?」
「馬鹿な………魔人族の奴等、優勢だったのに何でわざわざ」
「ちょっと待て────なんか揺れてないか?」
優勢だったにも関わらず敢えて退く魔人族に、勝ち誇る余裕もなく不安に苛まれる彼等。混乱する神殿騎士達であったが、すぐにその異変に気付いた。何か大きな地鳴りのようなものが響いてきている気がする、何処か遠くから。
それからすぐに、彼等の前にソレが落ちてきた。凄まじい轟音を響かせ、魔力障壁に弾かれながら、地面に落ちてきたのは何かの残骸だった。
「これは!教会に集まるはずだった海戦用の戦艦!?」
「そんな馬鹿な!海までどこまで距離が空いてると思ってるんだ!それに戦艦がどうやって飛んでくる────と」
「おい、見ろよ」
ズゥン────ズゥン、と。
地鳴りと共に現れたソレに、全員が呆然と立ち尽くす。武器を持っていたものは思わずその武器を落とし、魔法を詠唱していた者は詠唱を忘れてしまうほどに、全ての者が恐怖のままに、ソレを見上げていた。
「アレが、魔王────?」
ソレは、全長を優に百メートルも超えていた。全身を岩石や鉱石、砂等の無機物で構成されている巨体。人型を保っているが、その圧倒的な体躯から見ても、巨神と呼んで過言はないレベルの果てしなさ。天地を揺るがす無機の王、大地を統べる魔王の真価。
「────ある程度払い除けた。後は任せるぞ、ガイアドゥーム」
【─────ああ、任されたぞ。フリューゲルよ】
そして、魔王ガイアドゥームはその巨体を以てゆっくりと歩き始めた。地面を、大地を踏み抜き、神山へと歩み寄る。ゆっくりとした動作で、確かな動きで教会へと近付いてきていた。
「く、来るなぁああああっ!!!」
恐慌に駆られた騎士の放った魔法に相次ぎ、無数の魔法の弾幕がガイアドゥームの巨体へと放たれる。爆撃のような嵐の中でゆっくりと伸びた巨腕が、敵を払い除ける。羽虫を払うような動作で、騎士達の大半が薙ぎ払われた。
抵抗する騎士や司教たちの魔法や攻撃を無視して、魔王ガイアドゥームは遂に神山の魔力障壁の前へと立ち塞がる。鋭い爪を有する剛腕を伸ばし、障壁に爪を突き立てる。そして、凄まじい力を以て────引き裂いた。
「そんな!障壁がっ!?」
「う、嘘だ!この障壁が破られたことなんて、今まで起きたこともないのに!!?」
【目的は果たした────これより撤退する】
完全に破壊された魔力障壁に狼狽える騎士達の前で、突如ガイアドゥームの巨体が地面に沈んでいく。魔力『融合』による大地との同化。それにより、数百メートルを超える巨神は、一瞬にして姿を消し去った。
「き、消えた………?」
「何でだよ………障壁を破ったのは、教会を潰すためじゃないのか…………?」
「何なんだよアイツら………一体、何がしたいんだよ………!?」
◇◆◇
「────全ての人間を、滅ぼすのさ。我等の平穏を否定する、敵を」
大魔王アルヴァーンは玉座の上で、淡々と零した。
その大魔王の顔には、かつて抱いた迷いや躊躇なく、無関心に等しい冷酷さが秘められている。そんな傍らで膝を付いていたフリードは思う所がある自分を抑え込み、自らの主へと報告した。
「大魔王様。魔王ガイアドゥーム、魔王フリューゲル両名により、神山の結界は解除されました。今ならば、直撃は可能です」
「────ガレオンに通達せよ。攻撃を開始せよ、と」
◇◆◇
咲夜達が見たのは、神山を襲う魔王軍でもなく、障壁を破った巨神ではなかった。彼等が目の当たりにしたソレは、突如として姿を見せた。
南の大地に近しい山脈の一帯が、音を立てて崩れ去っていく。山々の崩壊が起きたのは偶然ではない。内から這い出るように姿を見せたものによって、崩れていったのだ。
「────巨大な、船………?」
ソレは、船のように見えた艦であった。
平面上に伸びた造形を浮かべたソレは紛うことなき、戦艦のソレ。しかし空に浮かぶソレは海に浮かぶものではなく、左右に展開した五対の魔力の羽から見ても空を飛ぶためのものであることは目に見えて明白だった。
────エルヴァルガンドゥの方舟。
それこそが、その戦艦を示す名であった。かつては南の大地で発掘された神代の遺物であり、巫女アクシアを主導として実用化できるように調整されてきた代物である────無論、人類との和平を示す為のものとして。
だが、そのアクシアが殺された今、融和を示すはずの方舟は兵器として再調整された。地上から全ての人間を殺し尽くすための兵器として。
「────艦長、フリード将軍から発射許可が出ました」
「この時を、待ち侘びていただろう。同志諸君」
艦橋内にて、魔力制御盤を操作する魔人族の言葉に、一人の魔人族の男が答えた。その男こそ、このエルヴァルガンドゥの方舟の艦長を任される、ガレオン。
かつて
「数百年、数千年。我々は常に奪われてきた。迫害と差別の歴史、それでも尚我々は耐えてきた。耐えてこれたのは、我々を導く王と女神がいたからだ────そんな女神すらも、奴等は奪い去った」
「………艦長」
「これこそ、鎮魂である。我々の同胞、無意味に、理不尽に、絶望的に殺されてきた魔人族達の無念を晴らす為に。我々は立ち上がった、大魔王様は動かれた。この兵器────エルヴァルガンドゥがもたらす光が、メギドがもたらす破滅の光こそが、我等の答えである」
酔いしれるように、歌うようにガレオンは語る。
艦長の指示を受けていた魔人族の手により、戦艦の内部は大きく稼働していく。巨大な炉心が禍々しい魔力を秘めながら、不気味な音を響かせていく。悲鳴のような、呪いのような声に似た音を響かせて。
「炉心起動、魔動力ブースター最大点火」
「威力増大機構『シャームラ』による魔力振動増大、想定値を超えました!」
「『メギド』魔力収束を開始────照準、神山へ固定」
カタパルトと呼ばれるであろう部分に、巨大な砲身が構えられる。砲身は縦に、横へと割れ、四つの砲身へと切り替わる。その砲口の中心に膨大な、絶望的なまでの魔力が収束していく。見る者が見れば、卒倒しかねない程の質量を秘める魔力の塊が。
そして、準備完了の声と共にガレオンは目の前の装置に繋がる端末を掴む。それはケーブルで接続された起動スイッチである。この戦争を終わらせる────魔人族が勝つためではなく、人間を殺し尽くすための兵器を解き放つ為の。大魔王が創り上げた殺意の引き金を引くための。
その兵器のスイッチを、ガレオンは迷うことなく引いた。あの日から消えることのない、憎しみのままに。
「人間共よ!噛み締めろ、これこそが!我等魔人族の、全てを奪われてきた者達の怒りと怨嗟だ!!
『神罰術式砲メギド』!!撃てぇいッ!!!」
そして、巨大な戦艦から────『憎悪』が解き放たれた。
◇◆◇
エルヴァルガンドゥの方舟、その主力兵器たる弩から放たれたのは、一筋の魔力であった。その色は鮮やかであり、不気味なまでにらんらんと輝きを発する、禍々しい魔力である。
ソレは直線上に神山へと放たれる。直撃する直前に突如として軌道を変えた光は空高くへと伸びていき────直後、無数の雨となって、神山に振り注いだ。
「な、なんだアレ────」
そうして、理解が追いつかなくなり立ち尽くしていた兵士が、その光の一つに呑まれた。その瞬間、人々は遂に恐慌状態に陥った。人を襲う魔力の光が、無数に振り注いでいることに気付いてたからだ。
「に、逃げろぉ!!あの光に触れ────」
「いやぁああああ!来ないで────」
「パパ!ママ!どこぉ!?」
「誰か!誰か助けてぇええええ!!」
その光は、人を狙っていた。
人だけを、生命の反応を示すものを、優先的に狙っていた。神山の麓にいる民間人、逃げ惑う彼等を禍々しい閃光は一人ずつ呑み込んでいった。泣き叫ぶ幼児を、子供を庇う母親を、家から出れない病人も、老人も、全て平等に、無意味に光は襲い続ける。
「ぎゃあああッ────」
「だ、ダメだ!家に隠れても逃れられない!」
「げ、下水道だ!そこに隠れれば光は────」
何より恐ろしいのは、その魔力の光は人々を狙って動く為に、屋内や障害物を潜り抜けて来るのだ。生命の反応を探知して、それらに襲い掛かる。家と家の隙間に隠れた者もすぐに見つけ出し、地下に隠れようとした者も、同じように光に呑み込んだ。
「し、司教殿!光が、光が神山を、人々を呑み込んでいきます!!」
「な、なんだこれは………地獄か………っ!?」
「いいや、これは悪夢です!!こんなの、現実であっていいはすがない!」
人々よりも、戦える者達の方も悲惨であった。
『聖絶』などの光魔法の障壁を展開して抗おうとするが、光はそれすらも嘲笑うかのように、背後や真横、真上から襲い掛かる。人々を守ろうと抵抗していた騎士達の大半が光に呑まれ、遂に逃げ出す者もいたが、その者すらも光に呑まれた。
「────う゛ッ!?ぐう゛う゛う゛う゛ッッ!!?」
「さ、咲夜くん!?何があったんですか!?」
「悲鳴が、叫びが、聞こえてくる………ッ!あの光が………酷い!こんなの、戦いではない────虐殺、だっ!」
遠くから、魔力感知でそれを感じ取った咲夜は、頭痛と吐き気によって崩れ落ちた。彼は、その光が何をしているのか分かった。分かってしまった。故に襲い掛かる無数の思念を感じ取ったのだ。喉の奥まで出かけた胃液を無理やり飲み込み、ガンガンと痛む頭を抑えながら、咲夜は怯えた声で叫んだ。決して理性のあるものがしてはならない、狂気の行為であると。
────そして、その異変は王国で観測されていた。王城内部シュトライゼ直属の開発機関が管理する作戦司令本部にて。
「────高濃度の魔力を観測!次元震動、空間湾曲も確認!あの魔力の集合体、神山そのもので特異点レベルの魔力が蠢いています!!」
「神山、生体反応が消失していっています!十、百、千、万────それ以上の生体反応が、消滅していってます!!」
「これが大魔王の────魔神の力」
観測された光景、神山に住む人々を襲う光の奔流に、誰もが言葉を失う。観測手達の悲鳴に似た絶望の声の中で、リリアーナは立ち尽くしていた。自分達が戦う敵、戦わねばならない敵の圧倒的な存在感を、肌に感じて。
「イシュタル様!お逃げ下さい!光が、光が全てを呑み込んでいきます!既に半数以上が呑まれました!どうか、避難を!」
「────何処へ逃げる。あの光は、それすらも追ってくる」
自らを案じる司教の言葉に、イシュタルは諦めたようにそう零した。我先にと逃げ出す司教たちを放っておいて、イシュタルは呆然と、顔を上げた。エヒトの神像────そして、その神像の背後から、通路を抜けて来たであろう光の奔流。
「この────化け物め」
最後に悪態に似た恨み言を吐き捨て、イシュタルは光に呑まれた。光に呑まれた中でイシュタルは悶え苦しむように蠢き、数分後にはピタリと静止した。教会を主導したエヒトの狂信者の死により、無数の光は神山を襲うのをやめ、上空に収束していく。
そして────巨大な光が神山を全体を呑み込み────音もなく、消え去った。
「────神山、消失しました」
「消失、だと?馬鹿な………神山そのものが消えたというのか」
「生体反応ゼロ。何の反応も────え?嘘………こんな、こんな事って…………」
「何が起きている!状況報告ッ!」
「し、神山に生体反応増大!こ、これは…………『魔戦騎』です!」
神山があったその場所は、巨大な黒い結晶の山へと変貌していた。神山や大聖堂、その街並み、本来神山のなかにあった迷宮すらも消滅させて現れた結晶体。その一部が次々と割れていき、そこから────無数の兵士が、生み出されていく。
黒い魔力と結晶の体躯を持つ、戦乱の魔神の端末。頭部をバックリと開き、中から単眼を覗かせながら、彼等は啼いた。憎む敵を滅ぼしたことを喜ぶように、戦いが始まることを楽しむかのように。
「神山が、消えた………?」
「違う────神山にいる全ての人間が、魂すらも、魔力に変えられたんだ。生きたまま、戦乱の魔神の眷属へと作り変えられた。──────一体誰が、あんなおぞましい兵器を………ッ!!」
激しい頭痛と吐き気を抑えながら、直感的に、本能的に理解した咲夜は険しい顔で恐怖を飲み込んだ。あんな兵器を使わせてはならない。彼の瞳には、その確固たる決意以外に無かった。
「神山、消滅しました…………艦長、これは」
「────素晴らしい」
「か、艦長?何を───」
「分からないか。これは鎮魂である。全てを奪われてきた我等の同胞の弔いである!あの光こそ!我等魔人族の復讐の光!奴等の存在を、魂すらも大魔王様の眷属として再利用する!それこそが我等の復讐!彼等の償いであると!大魔王様の言わんとすることである!!」
その光景に戦慄していた魔人族の声も聞こえないのか、ガレオン艦長は声高らかにそう叫んだ。その瞳は爛々と輝いており、何か不穏なものに取り憑かれているような、狂気しか感じられない。
「────目標ぉ!ハイリヒ王国!エルヴァルガンドゥ発進せよ!」
「か、艦長!?」
「この戦争!我等の勝利で終わらせる為に、あの光で全ての人間を浄化するのだ!鎮魂を!今まで奪われてきた、殺されてきた同胞たちの弔いのため、今こそ全ての人間族の死を!奴等の浄化をぉ!!」
狂乱し、『戦争の狂気』に支配されたガレオン率いるエルヴァルガンドゥの方舟は空高くで動き出していた。次なる目標たる王国を、また同じように光で呑み込まんと。
その一方で、彼等は知る由もなかった────地上で戦っていた同胞すら、その兵器の威力に唖然としていたことに。
「これを、大魔王様が………あの方が命じたというのか?」
「…………ガイアドゥーム」
「フリューゲル」
「ふざけるな、ふざけるなよ、大魔王………私達が忠を尽くしたいと望んだのは、平和を掴み取ろうとしたお前達兄妹だ。そのお前が!私達に平和を説いて、手を取り合うことを教えた貴方が!こんな虐殺を、心から望んだというのかッ!!?」
消失した神山の前で、何も知らなかった二柱の魔王は、主の変心を改めて確信した。そして魔王フリューゲルは抑えようのない怒りのままに、叫んでいた。かつて自分達を導き、人間族と手を取り合うことを望んだはずの大魔王がもたらした凶行は、二柱の魔王にある決断をさせるには充分であった。
第二次魔神戦争、開戦です。もう全ての魔王が動いてる時点で大魔王も本気なんですよね。そこからのエルヴァルガンドゥもといメギドによる神山の虐殺劇。
描写的に一瞬で消えてると思うけど、あの光って結局は人間を魔力結晶に強制変換してるので、普通に痛覚は残ってます。全身が魔力に変換され完全に結晶化するまで自我も痛覚も感情も、残ってます。
確実に敵だけを(一匹残らず見つけ出して一人ずつ)殺して、戦力を増やすことに特化した戦争のためだけの兵器。皆が絶句するのも無理はないと思う。
ハジメが原作で使っていたヒュペリオンクラスの兵器ですらこの世界には無いし、こんな悪辣かつ殺意剥き出しの兵器なんて同族ですらドン引くと思う。
因みに軽くメギドの性能についてまとめます。
神罰術式砲『メギド』
大魔王が自らの魔力により生み出した巨大な術式。魔法により生み出した魔力のレーザーを放つ。魔力のレーザーは対象地帯で分散し、無数の光となって生命反応のある者を優先して襲う。逃げる者も隠れる者も無条件に襲い、濃い魔力粒子の中で対象を魔力へと分解、再変換して辺り一帯の地形を消失させて巨大な魔結晶に再構築させる。その際、魔結晶からは魔戦騎が生成される。
魔王フリューゲルや魔王ガイアドゥームの様子がおかしいですが、まあかつての和平を志す大魔王に忠誠を尽くしていた二人を思えば無理もない。次回からも戦争編は苛烈になりますので、よろしくお願い致します。
感想やお気に入り、評価などもご期待してますのでよろしくお願いします!それでは!!
清水の今後について
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生存その1(生き残るけど戦えない)
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生存その2(護衛組の一人として戦う)
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死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
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意識不明の重体として途中退場