ありふれた職業で世界最強 新生譚   作:虚無の魔術師

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憎悪の弩、竜の子達

「くそ!魔獣の数が多いな!」

 

「そら連中の拠点でもあるしな!この戦艦を落とされないように、守りも硬いだろうぜっ!」

 

「────喋るよりも手を動かすッ!」

 

 

エルヴァルガンドゥの方舟内部。

通路を突き進むパーティーに迫り来る魔獣。オーガのような物や狼など、あらゆる魔獣を前に戦斧士である相川昇は斧を振るって敵を薙ぎ払い、玉井淳史は曲刀を振るい、迫り来る魔獣を斬り伏せる。

 

そんな二人の軽口に、迫り来る狼の魔獣を投げナイフで仕留めた優花が気を抜くなと叱咤する。そうして空から迫るコウモリ型の魔獣なども撃墜しながら、パーティー全体をまとめ上げる。魔法を放ちながら進む彼等だが、増え続ける魔獣の群れに少しずつ追い込まれていく。

 

 

「だが、二人の言う通りだな。流石に数が多くなってきた」

 

「なら俺に任せてくれ────『黒操』」

 

 

そんな咲夜の不安に応えたのは、清水であった。彼は手元に魔法陣を構築すると、黒い魔力の塊を周囲へと飛ばす。魔力を纏う複数の塊が何体かの魔獣へと直撃する。特に怪我もなかった魔獣達だが、その瞳が妖しく光ったかと思えば────近くの魔獣を攻撃し始めた。

 

オーガなど、強い魔獣を優先的に操ったことで他の魔獣の群れを蹴散らさせて同士討ちに陥らせる。混乱した戦場を、咲夜達は駆け抜けて行く。

 

 

「よくやってくれたな、幸利………今のは?」

 

「ああ、闇魔法で魔物を操ったのを応用した魔法なんだ。自由に操るには一体だけしか出来ないけど、簡単な命令なら何体かは操れるさ」

 

「へぇ!流石は清水くん!闇術師!闇系魔法のエキスパート!」

 

「へ、へへ………そ、そうかな………」

 

 

一部の女子や男子が盛り上がって褒め称えるのを、恥ずかしながらも嬉しそうな清水。当初は裏切った自覚もあってか距離を取っていたが、次第に打ち解けてきた友人の様子に、咲夜も嬉しそうである。

 

そうして歩みを進めると、遂に魔獣たちが居なくなる。どうやら今しがたで防衛用の魔獣達は出し尽くしたと見るべきか。通路も少しずつ変わってきた所で、彼等は開けた空間へと躍り出る。

 

 

「見つけたぞ────これが動力炉」

 

 

エルヴァルガンドゥの方舟中央部。

十本の柱に捧げられるように浮かぶ、巨大な球体状の魔力炉。無数のケーブルに連結されたソレは今も禍々しく内部で魔力を増幅させ続けていた。これこそが、紛れもなく炉心。エルヴァルガンドゥの方舟もとい、メギドの心臓部。

 

 

「でけぇな。………なぁ、皆。どうして連中、ここに魔獣を配置して置かなかったんだ?大事なら尚の事、事前に配置していた方がいいだろ?」

 

『────魔力炉の膨大な魔力を浴びた魔獣が、正常では居られないからだ』

 

そんなある種の疑問に応えたのは咲夜たちではなく、魔人族の声であった。身構える一同であるが、咲夜はそれが隠れている者の声ではなく、通信のようなものだと理解して皆を落ち着かせる。その間にも、魔人族────艦長ガレオンの怒声は響き渡っていた。

 

 

『だから展開した魔獣だと言うのに………こんな人間族の子供に突破されるなど────腹立たしいにも程があるッ!この炉心は大魔王様から直々に拝謁した、人類を滅ぼす一手だと言うのにッ!この重責!この使命が如何程に崇高なものか、貴様等に理解できるか!?』

 

「…………なんか言ってるけど」

 

「無視だ、無視。────今は炉心の無力化を最優先しよう」

 

 

八つ当たり気味に当たり散らす声に、咲夜は無視するように促した。気を悪くする理由も謂れもないし、何よりこうしている間にもハイリヒ王国側も追い込まれていくのには変わりない。炉心の前に立った咲夜は皆に数歩下がるように促す。

 

 

「乱暴なやり方だが────炉心を破壊させてもらう」

 

 

告げた咲夜が両手を合わせ、掌を左右に向ける。同時に浮かび上がる、白と青が特徴的な神秘に溢れた魔法陣と赤と黒が目立つ禍々しい魔法陣。

 

光属性の魔法とは違う異端であり、他世界の神秘とも呼べる『神聖法術』とあらゆる魔導の一端たる『真黒魔術(アカシックレコード)』。二つの異端たる魔法を扱う咲夜、彼は右手と左手で同時発動した魔法を別々に展開した。

 

 

「二重展開・魔力複合────あらゆる魔を喰らい尽くせ!『神魔融合法令術・アーカーシャ・ドレイク』ッ!!」

 

 

赤と青、白と黒、二つの魔力が混じり合い、一つの巨大な蛇へと変わる。魔力炉に溢れる膨大な魔力だけを喰らい尽くすアーカーシャの蛇。咲夜の生み出した魔術の霊体が魔力炉に喰らいつかんとした瞬間────蛇の開いた顎が、消し飛ばされた。

 

 

「ッ!皆!!」

 

 

何が起きたのか察した咲夜が呼びかけたその瞬間、魔力炉から勢いよく魔力の雨が振り注ぐ。攻撃に気付いた全員がすぐさま咲夜の下へと駆け寄り、集まった仲間を彼はその場に張り巡らせた結界で守り切る。

 

 

「委員長!今のは!?」

 

「………俺のミスだな。何故奴等が魔力炉に魔獣を配置しなかったのか。何故ここまで手薄なのかを疑うべきだった」

 

 

驚く一同を余所に、巨大な魔力炉に変化が生じる。周囲を囲むように展開した装置が音を立てて分離して、魔力炉を囲むように伸びていた十本の柱が浮かび上がり、分離した装甲板が魔力炉を覆い始める。無数のケーブルが暴れながら外れていき、浮遊して魔力炉が内部の魔力を煌めかせる。

 

 

【■■■■■■────ッッ!!!】

 

「魔力炉そのものが────自律稼働する防衛システムということか………ッ!!」

 

 

その魔力炉の名は、『掃滅穹体 クロァーバル』。

【戦乱の魔神】こと大魔王アルヴァーンが造り出した眷属にして生ける魔力炉。『報復』と『怨恨』の名を冠するその魔力炉は、エルヴァルガンドゥの心臓にして『神罰術式砲メギド』そのもの。

 

殺されてきた魔人族の憎悪を司る炉心が、その怨嗟を振り撒かんと咲夜達に牙を剥く。

 

 

◇◆◇

 

 

そして、ハイリヒ王国の西側────配置された結界装置前の広場にて。魔王クレイドの配下にして彼の子である『竜王の子(ドラコ)』の四人と、天之河光輝達クラスメイトが激戦を繰り広げていた。

 

 

『「暴虐」のルールーぅー、暴れちゃうー!ズガーン!ドガーン!グシャグシャーンっ!!』

 

「くそっ!逃げろ!逃げろぉ!瓦礫が飛んでくるぞ!!」

 

 

その中でも、最も目立つのは巨体を誇る竜へと変化した『竜王の子』の一人、ルールー。マイペースでおっとりとしており、あまりにも敵意なんてものが見られない姿から一変して、変化した彼女の姿は、正しくも厄災そのもの。

 

ベヒーモスを上回る十数メートルの巨竜。異様に伸びた鋭い牙と全身に生えた鱗は竜そのものであれど、聞こえてくるゆったりとした少女の声で戦意を削がれる。

 

されど、巨竜はその身に任せてただひたすらに暴れ回る。その厄介さは凄まじい。ただ動くだけで巨体を振り回されれば、飛び散る瓦礫を避けるので精一杯になってしまう。

 

 

「このデカブツめ!喰らいやがれっ!!」

 

『うわぁ〜、いったぁ────────くなぁ〜いっ!!ズガーンッ!!』

 

「わああああっっ!!?」

 

 

その巨体ゆえに大半のクラスメイト達からの反撃を受けるが、魔法等の弾幕を浴びてもルールーは大して反応を示さない。それどころかお返しと言わんばかりに振り回す剛腕の衝撃波によって全員が薙ぎ払われていく。ルールーの様子から見ても本気ですらない、遊び感覚でしかないが、その態度そのものがその場にいる全員の精神を折りにきていた。

 

正しく、その暴れようは『暴虐』そのもの。息をするように破壊の限りを尽くす竜の姿は、破壊の化身と呼んでも遜色はない。

 

 

「────うおおおおおおおおおッ!!!」

 

 

その中で唯一諦めず挑みかかるのは、坂上龍太郎。拳士であり近接に特化した彼は動き回る巨竜の腹に滑り込み、すぐさま鋭い拳の一撃を叩き込む。岩をも砕く彼の拳は巨竜の鱗にヒビを入れるが、それだけに終わる。

 

 

『効っかないよぉ〜。ルールーは皆の中で一番丈夫だからねぇ〜!』

 

「がッ!?くそぉ────!!」

 

 

ルールーの巨体に圧倒されていく龍太郎。それでも立ち上がって挑むが、面白がっているのかルールーは敢えて攻撃を受けさせて反撃して龍太郎を打ちのめしていく。そんな最中、吹き飛んだ龍太郎へ近づこうとするルールーに矢の雨が振り注いだ。

 

驚いて仰け反る巨竜ルールー、倒れる龍太郎の前に一人の青年が降り立つ。援護射撃に徹していた弓使い、白雪剣城である。彼はダメージを受けても立ち上がる龍太郎を一瞥し、告げる。

 

 

「────苦戦してるな、坂上」

 

「っ!白雪か!悪いけど、下がっててくれ!前線は俺が何とかする!」

 

「奴の鱗もぶち抜けないだろ────俺も出るから、合わせろ」

 

「無茶だ白雪!お前弓使いだろ!?近接でやるなんて────」

 

「ついでだ。弓が一芸ではないことを教えてやるさ」

 

 

そう言って、剣城は駆け抜ける。手始めに空中に矢を飛ばした剣城は飛ばした矢を即座に撃ち落とし、軌道を変化させて巨竜の頭へと直撃させる。『痛ぁ〜!』と悲鳴を上げた竜は即座に尻尾を振るって薙ぎ払う。しかし、剣城は飛び上がって回避したかと思えば、竜の身体に着地し、至近距離で弓矢の連撃を叩き込む。

 

 

『だからぁ〜、痛くないよぉー!ルールーの鱗はすごーく硬いもん!傷なんてつかないよ〜!』

 

「────だろうな。ここまでとは」

 

「お、お前………そんなに強かったのかよ!?それなら、攻略に付き合ってくれりゃあ!!」

 

「目的の相違だ。俺はお前達のように元の世界への帰還も、英雄的行為に必要性を感じてはいない────俺の居場所は、ここだけだ」

 

 

寡黙かつ淡々と話す剣城、巨竜と渡り合うその強さは訓練によって成されたものだけではないことは龍太郎にも目に見えていた。恐らく彼が攻略の手伝いをしていれば、魔人族との戦いでの犠牲も出なかったと身勝手にも、無自覚に叫ぼうとした龍太郎は、今も戦うクラスメイト達を見つめる剣城の姿を見て、呑み込んだ。

 

そして、勝手を言おうとした自分の拳を地面に叩きつけ、彼は隣に立つ剣城へと頭を下げる。

 

 

「…………悪かった。お前も、色々あるんだな」

 

「元より、他者からの理解などは求めてない。が、理解してくれたことには感謝する。…………それより、まだ動けるな?」

 

「ああ、キツイがまだまだやれるぜ。ハヤテ団長にしごかれた時の方がまだ死ぬかと思ったくらいだ」

 

「僥倖だな。身体強化を整え、奴の腹を狙え────抉る点は俺が作ろう」

 

 

白雪剣城の強さとその内面を改めて知った龍太郎は今度は彼を信じ、「応ッ!」と告げる。そして、剣城は再びルールーへと番えた矢を放つ。魔力強化された矢の一発一発を、的確に巨竜に打ち込むが、彼女は狼狽えすらしない。

 

 

『あはは〜、どんなに攻撃してもぉー、ルールーには効かないもーん。ルールーの鱗は誰よりも硬いもんねぇ〜』

 

「そうだろう。恐らく誰にも破られなかった────だからこそ、唯一の弱点を知らない」

 

 

放たれる一射にルールーは軽く反撃を繰り出すが、俊敏な動きを見せる剣城には当たらない。それどころか淡々と一撃を同じ腹の鱗へと叩き込み続けていく。『神眼』という、卓越した戦闘能力と超越した五感を有する彼の眼は、屈強な巨竜の弱点を見据えていた。

 

そして、ついに鱗にヒビが入り始める。異変に巨竜が気付くよりも早く、坂上龍太郎が飛び込む。敢えて一発を目元に叩き込み、一瞬視界を遮らせた剣城は淡々と宣言した。

 

 

「どれだけ頑強でも、一点集中であれば鱗にもヒビが入る。巨体が自慢のあまり、苦戦しなかったのが難点だったな?」

 

 

そして、一発。深く腰を据えて打ち込まれた拳は、ルールーの巨体に深く突き刺さった。竜の腹、鱗を破ったその拳撃に巨竜は大きく呻き倒れ込む────砂煙の中から、おっとりとした声と共に少女が這い上がる。

 

 

「うぅーん、痛ぁーいっ!ルールー、初めて痛い思いしたぁ〜!もう怒ったもぉーんっ!!」

 

「………効いた、って思っていいのか?」

 

「怒らせただけ、みたいだな。………気を付けろ、わざわざ生身に戻ったんだ。何かある」

 

ぷんぷんと尻尾を振って怒ったように振る舞うルールーの様子は可愛らしいが、警戒を怠らない二人。そんな二人にルールーは無作為に腕を────部分だけ竜化したような剛腕を振るう。その剛腕は、先程の巨竜の時と同じ────それ以上の威力を見せた。

 

 

「っ!?腕だけ竜化も出来るのかよッ!?」

 

「その分威力も集約されてるな…………気を抜くなよ、坂上」

 

部分竜化してみせたルールーを前に戦慄しながらも龍太郎と剣城は向き直る。そして、巨体から身軽になった竜人族の少女との激戦が始まった。

 

 

◇◆◇

 

そして、ルールーと同じく、クラスメイト達の大半を相手取る竜が、ここに一人。

 

 

『────ギャハハハッ!!どォしたぁ!?高い所にいる奴にゃあ、手も足も出ねぇってかァ!?』

 

 

上空から襲いかかる突風と羽根の嵐。それを起こすはワイバーンと呼ぶべき飛竜 『竜王の子』の一人グラート。翼をはためかせ、暴風を巻き起こす飛竜の目撃に、反撃の余地もない。

 

 

「『斬舞────花吹雪』っ!」

 

『効くかよぉ!そんなモン────!』

 

 

両手の扇子を振るい、花弁の刃を解き放つ雨音。振り注ぎ舞う花弁は、飛竜の翼撃によって起こされた暴風にまとめて薙ぎ払われる。それどころか暴風は勢いに任せ、雨音を吹き飛ばした。

 

 

「う、あぁ────ッ!?」

 

『ハッハァ!残念だったな、思ったよりも怖そうな嬢ちゃん!嬢ちゃんも中々腕はいいさ!唯一悪かったのは、オレとの相性が致命的ってことさ!』

 

 

巻き起こす風は自身を守る防壁でもあり、相手を切り裂くカマイタチにもなる。竜種の中でも翼竜、もといワイバーンは数多いが、グラートのソレは比にならず。竜化した四、五メートルの巨体とその肉体に匹敵する一対の翼。魔力のみならず、ただの羽撃きで暴風を起こす飛竜────『烈風』の名の通り、空を支配する竜としての強さは明確にあった。

 

 

しかし、苦戦を強いられる雨音。屈することなく飛竜へと挑むのは、彼女一人だけではなかった。

 

 

「居合抜刀────なんてね」

 

一人の少女が、飛竜の巻き起こす風を指で払う。すると、どういうことか、無音の一刀が暴風を両断する。武器すら持たぬ生身の少女にしては異様な威力。それをたった一人で起こした、ウェーブのかかった黒髪の目立つクラスメイトは雨音の元に寄る。

 

 

「雨音っち。無事?一人で挑むのは得策じゃないよ」

 

「…………ありがとうございます。亜家坂(あかさか)さん」

 

流美(るみ)でいいよ。同じクラスメイトなんだし、仲良くしよーよ」

 

 

亜家坂流美(あかさかるみ)、ギャルっぽい立ち振る舞いをする彼女は雨音たちのクラスメイトであり、付き合いの少ない面子だった。それもそのはず、彼女は剣城を筆頭した一部のクラスメイト達の集まり────元の世界への帰還に消極的な派閥の一人だからだ。

 

そんな彼女の天職は本来であれば攻略に有効なものであり、剣城と同じく明確に実力がある一人でもあった。

 

 

「亜家………流美さん。『切断』の射程は、グラートにまで届きますか?」

 

「うーん………流石に無理かな。いくらアタシの『切断』が強力でも、空高くのヤツにまでは届かないかなー。仮に届いても、鱗を切れるかはまだ分からないのよねー」

 

 

流美の天職、それは『切断者』。

指や手足、全身────至っては所有する武器そのものに異常なまでの切断力を付与する強力なスキル。今の彼女の全身は、普通の刃物よりも切れ味がいい。

 

そのスキルの異様さから、一部クラスメイトの間に流れた噂もあり孤立しかけたことで、彼女は自然と剣城達『消極派』の一員となった。当の彼女は特に気にしてはないようだが。

 

 

「────流美さん。どうにか彼に『切断』を当ててください…………当てる機会は、私が作ります」

 

「マジ?流石に雨音っちに無理させるのは…………いや、今の雨音っちには、野暮だったみたいね。オーケー任せて、空飛ぶドラゴンなんて斬り落としてあげるわ」

 

『おいおい!オレを斬り落とすだってぇ!?面白れぇ!是非とも落としてみろよぉッ!!』

 

 

律儀に黙って話を聞いていたらしいグラートが愉快そうに笑い、翼を羽撃かせる。巻き起こる暴風の中、扇子を振るう雨音は一撃必殺である流美の『切断』を当てさせる隙を作る為に動く。

 

 

◇◆◇

 

その一方、もう一つの戦場では────。

 

 

「足が、取られる………ッ!」

 

「うぇ〜!こういう泥とか苦手だよ〜!助けてえりりん〜!」

 

「私に言われても困るよぉ………」

 

黒い泥が戦場を支配する。

床自体を飲み込むように浮かぶ黒い泥は彼等の動きを大幅に制限している。そして何より、彼等の相手する竜は他の相手よりも厄介であった。

 

 

「────ッ!」

 

 

クラスメイト達と共に周りを警戒していた雫は、不意に迫るものを斬り捨てる。居合の構えで抜き放った黒刀『月光』が斬ったのは、泥でできた触手だった。ズルリと泥に沈む触手の残骸を尻目に、雫は苦々しそうに唇を噛む。

 

 

「………まだ手を出してこない」

 

「くそ!こんな状態で嫌がらせばっかり!何が目的なんだよ!?」

 

「────勿論、アンタらを殺すことよ」

 

 

ズルッ、と黒い泥がせり上がる。泥を纏って姿を見せたのは、小柄な竜人族の少女 ラヴィエ。顔だけを水面から覗かせるように現れた少女に、雫達は迎撃の姿勢に入るが────ラヴィエは守衛から触手を出しながら目を細める。

 

 

「アンタらってさ、戦いの中で必要なのって何か分かる?最低限生き残って、全力を出さずに相手を簡単に仕留める方法」

 

「……………相手に全力を出して、弱らせる」

 

「そ、剣士のアンタは分かってるみたいじゃない。戦いってのはね、慎重な方がいいの。慎重で臆病で、卑怯なヤツが勝って生き残るの。だから私はアンタ達を簡単には襲わない。全員弱らせて、時間をかけて殺すわ」

 

 

卑怯者、自らをそう嘲笑うラヴィエは狡猾であり用心深い。自らから排出した『黒泥』の領域で相手から行動の大半を制限した上で、相手を疲弊させ続けて、弱り切ったものから的確に屠る。

 

その気になれば『黒泥』と竜の力で容易に倒せるとしても、彼女の用心深さは異常である。

 

 

「────にしても、何か匂うわね」

 

 

不意にラヴィエが声を上げ始める。警戒しながら『月光』を握る雫は戯言だと切り捨てようとしたが、ラヴィエは淡々と話し始める。唐突に、ラヴィエは指を指した────雫達と一緒にいた、恵里を。

 

 

「そこの眼鏡のアンタよ」

 

「っ、私に………何か、用………?」

 

「───腐臭がするわ。私が知ってるクソみたいな人間たちとは違うけど、周りの連中とは違う…………私の泥と同じ、汚れ切った濁ったものがね」

 

「汚れ、濁ったって………何を、言ってるの………?」

 

 

突然の事に戸惑う恵里は、首を振って否定する。弱気ながらもそんなことはないと否定を示した彼女を、ラヴィエは疑りに満ちた侮蔑の目を向ける。

 

 

「ふーん、知らないフリでもする気?別にいいけど、私アンタみたいな人間気に入らないのよね。そんなモン隠してるのか知らないけど、気分悪いの。とっとと本性見せたらどう?」

 

「……………っ」

 

「どうして誤魔化すって気?ま、私興味ないから別にいいけど。大切なお仲間を騙すようなことして、どんなに汚い腹の中なのかしらね。私でも気味悪い────反吐が出るわ」

 

 

一方的に吐き捨てられ、恵里は言葉も返せずに俯いた。そんなラヴィエに、全員が怒りを顕にする。何故わざわざ恵里にそんなことを言うのか。一部の者が疑念に満ちた目を向けようとしていたその瞬間、雫が動くよりも先に────彼女の親友が動いた。

 

 

「────エリリンに酷いこと言わないでっ!!」

 

「………鈴?」

 

「エリリンに隠してることがある!?そんなこと知らなくても、エリリンは、恵里は私の親友なの!馬鹿にして、泣かせるなんて絶対許さないんだからッ!!」

 

「…………先に言われちゃったけど、鈴の言う通りよ」

 

 

本気で憤慨した鈴の言葉に、ラヴィエの言葉に乗せられそうになっていた空気が払拭される。不敵に笑った雫は前を向き、ラヴィエを睨む。その様子に更に俯く恵里の姿に気付かず、彼女達は明確な怒りをラヴィエに向けた。

 

 

「私達の大切な仲間を馬鹿にしたこと────絶対に許さないわよ、ラヴィエ」

 

「……………それがアンタらの答えならいいんじゃない?好きにしたら?────にしても、頭に血が上って現実が見えてないんじゃない?」

 

 

不意に彼女の周囲の泥が湧き上がる。無数の泥が触手を形成したかと思えば、雫たちを囲み始める。しかし、ラヴィエの狙いは殲滅ですらない。

 

 

「アンタらの勝利条件は、急いで私を倒すこと。早くしないとルールーやグラート、ルイナがお仲間を殺して私の援護に来るわよ?」

 

「…………ッ」

 

「最も、アンタらがそれまで耐え切れたらの話だけど。安心して、弱りきったヤツから1人ずつ引きずり込んで────殺してあげるから」

 

◇◆◇

 

そして、最後の戦場────最後の一人『竜王の子(ドラコ)』の戦いの場にて。

 

 

「ふぅん、中々やるじゃない」

 

「…………ッ!」

 

 

光の粒子を物質化させたであろう爪を纏うルイナの猛攻を、何とか凌ぎ切った光輝。一方的に攻めても押し切れない勇者の実力に負けず嫌いのルイナも認めざるを得ない。

 

だが、光輝も攻めきれずにいたのは他ならぬ覚悟ができていなかったからである。オルクス大迷宮での魔人将達の戦いを経て、ハヤテからも厳しく詰められたその事実は、仲間達の危険、王国の皆が危険である現状であってようやく飲み込めた。

 

 

殺す事を当たり前に、選択肢に入れたくはない。だが、それでも戦わなければならない。皆の為にも自分が戦わないわけにはいかやちのだ。そう決意を改める光輝を尻目に、ルイナは光で構成された尻尾を振るって周りを見渡す。

 

 

「はぁ、全くラヴィエ達ったら雑魚相手に何時間かけてんだか、ダメな妹達ね…………ここは長女らしくさっさと手を貸してあげないといかないね」

 

「…………皆に手を出させはしない。まだ俺が相手だ」

 

「────いいわ、丁度遊びは終わり。これからは本気で相手してあげる。言い訳なんて許さず、一瞬でね────『■■■』」

 

 

理解不能な言葉を口走ったルイナ。その瞬間、少女の背中に光の粒子が収束する。変化した光が構築したのは、一対の光の翼。純粋な光で構成されたその翼をはためかせたその瞬間────光輝のいた場所を光が一掃した。

 

 

「っ!?なんて破壊力!こんなのが周りに撃たれたら皆────!」

 

「余所見の余裕なんてあるの?舐められたもんね!!」

 

 

少しでも周りから引き離そうと駆け出す光輝に、ルイナの放つ光の雨が振り注ぐ。あらゆる物を破壊し尽くす爆撃の雨嵐。彼女の操る光はあらゆる防御を貫通し、あるゆる生物を駆逐する。『殲光』の二つ名は正しくその名の通り、全てを滅ぼすと言っても過言ではない彼女の光の力から由来したものであった。

 

 

(これ以上、逃げには徹していられない!なら、やるしかない!)

 

「────『限界突破』!」

 

「時限式の身体強化!でもそれがアタシに通じると、本気で思ってるワケ!?」

 

 

ある程度距離を取ったと判断した光輝は限界突破による身体強化を発動してから、ルイナへと肉薄する。聖剣を両手に握り一直線に斬り込む光輝の一撃を光の翼で防ぎ、光の雨を解き放つルイナ。しかし、光輝も押し返されるだけではない。

 

 

「『天翔閃・嵐』ッ!!」

 

放たれる光の斬撃と同時に、吹き荒れる不可視の風刃。斬撃と共に前方に撃ち出された嵐はルイナの弾幕を相殺し、打ち消す。その爆風から突っ込んだ光輝はそのままルイナの光の翼の片方を斬り捨てる。

 

 

「っ!?嘘!人間なんかに────ッ!」

 

 

手痛い不意討ちを受けたルイナだが、流石に動揺のまま追い込まれることはない。そのまま追撃しようとした光輝の握る聖剣を光の尻尾で縛り上げる。動きを制限された彼を蹴り飛ばし、地面に組み伏せる。至近距離で放つ光の弾幕を避けた光輝は翼で崩御していくルイナへと連撃を叩き込む。

 

 

「降伏するんだ!君だって、こんな事をする必要はない!虐殺なんかに手を貸す理由はない!」

 

「理由?理由ならあるわ!私が竜王の子だから!お父様の娘だから!それにね、アンタは知らないようだから教えてあげるわ────強い者は!何をしても赦されるのッ!!」

 

「違う!強いなら、強さは誰かを守るためにあるものだ!自分の為に、自分だけの為に使うものじゃない!困ってる人達を救うために、力はあるものなんだ!!君の力だって、その為のものじゃないのかっ!!?」

 

「────ッ!……………何処までも戯言を!うざいわよ、アンタ!!」

 

 

言い争う二人、真剣に問い詰める光輝に対してルイナは苛立ちを隠せずにいた。彼の言葉に、何か障るものがあったのか。不愉快そうに口元を歪めた彼女は光の翼をそのまま振るい叩き斬ろうとして、光輝の聖剣と一閃を交わす。

 

居合のように過ぎ去った二人、最初にダメージを受けたのは光輝だった。防ぎきれなかったのか肩の鎧が斬り飛ばされ、軽く皮膚が裂ける。膝を付いた彼に、ルイナは勝利を確信した。

 

 

「偉そうに、アタシに傷を付けられないのがアンタの限界────」

 

 

直後、パキンとルイナの仮面が割れる。縦に裂けた仮面がカランコロンと地面に転がった。光輝の一撃は、確かに届いていた。ほんの一瞬、殺すことを躊躇した彼の一振りはルイナの仮面だけを斬り捨てるに留まった。

 

即座に反撃に出ようとした光輝は政権を握って立ち上がって────目の前の少女の姿を見て、絶句する。

 

 

「竜人族………じゃない?」

 

「っ!?アタシの顔を────!」

 

「まさか、君は…………人間、じゃないか」

 

 

角の生えた仮面を被っていて気付かなったが、こうして直視してすぐに彼女の正体を悟れた。他の三人はハーフだからか竜の特徴が露出していたが、ルイナだけはその特徴が見られない。装飾具で着飾っていただけで、彼女だけは紛れもなく────純粋な人間族であった。

 

竜人族であると思っていた光輝は、目の前の少女が同じ人間であることに動揺していた。竜人族だから人間ではないという誤解ではない。何故人間族である彼女が同族を平気で滅ぼそうとするのか、分からなかったからだ。

 

そんな光輝の困惑、人間だと口走った声を聞いたルイナは怒りを顕にして吼えた。否定というも、拒絶したいと言わんばかりに。

 

 

「────人間族じゃないッ!アタシはルイナ!『殲光』のルイナ!偉大なる『竜王の子(ドラコ)』の一人にして、魔王クレイド(お父様)の娘!下等で低俗な人間族なんかと一緒にするなッ!!」

 

「………違う!君は人間だ!俺や皆と同じ、人間なんだ!同じ人間同士で殺し合いをする必要はないんだ!自分を偽る必要なんて!」

 

「黙れッ!黙れ黙れ黙れ!お父様は、言ってくれたもん!私が人間じゃないって!お父様の憎い人間族とは違うって!!ラヴィエやグラート、ルールーと違って竜化できなくても大切な娘だって!言ってくれたッ!!!」

 

 

光輝は動揺するルイナの姿を見て、説得すれば戦いをやめてくれると思ったのかもしれない。しかし未だ失敗の経験が少なく、自覚がまだできていない彼にはそれが地雷であることは分からなかった。

 

今のルイナは自らのアイデンティティを否定されかかって、狼狽している。それは事実だ。しかしそれが攻撃性に変わる可能性を、光輝は理解していない。発狂したルイナが周りを破壊し尽くす選択肢は、人間の正しさだけを信じさせられてきた光輝には分からないものだった。

 

彼女が爆発しかけたその瞬間────近くの壁が爆散した。今のは誰の攻撃でもない。戦闘に入っていた他の一同も、心当たりのない攻撃へ一気に振り向く。咄嗟に顔を向けた光輝は爆散した壁から吹き飛んできた物に気付き、声を上げた。

 

 

「────メルドさんッ!?」

 

「ぐ、ゥ…………光輝、お前達!?馬鹿な、待機命令だったはず────」

 

 

王国の防衛にあたっていたメルド副団長。鎧の一部を破壊され、重体となったメルドが瓦礫の中からよろけるようにして立ち上がる。余程の攻撃を受けたのか、全身が傷だらけであり、立つのもやっとの怪我であった。

 

何故ここにいるのか、と驚いたメルドを余所に光輝達はメルドに駆け寄ろうとする。一体何があったのか、何がどうなったのか、聞こうとした彼等は────、

 

 

 

「────随分と、手こずっているな。我が子達」

 

 

────濃厚な殺気に、当てられた。

不意に向けられる殺気は、蛇に睨まれた蛙────のものですらない。無数の蛇が全身を喰らい尽くさんとせんばかりの、狂気に等しい殺意の塊。下手すれば、殺気だけで殺されると錯覚しそうな感覚を醸し出す厳格な声が、彼等の全身に震えを生じさせる。

 

その声に動きを止めたのは、相手も────『竜王の子(ドラコ)』達も同じだった。

 

 

「お、お父様…………ッ!?」

 

「お父様………じゃあ、まさかアイツが────!!」

 

 

発狂し、暴走しかけたルイナが異常に怯えて反応を示す。そのルイナの発言を聞いて、光輝は嫌な予感を想起させた。砂煙の中、カツカツとゆっくりとした歩みが聞こえる中、声は淡々と響く。

 

 

「────異世界から来た勇者達か、我が子達が苦戦を強いられるのも頷ける。ならばこそ、魔王として、竜王として名乗らせてもらおう」

 

 

現れたのは、一人の男。

漆黒と言うよりも黒曜の目立つ重厚感のある鎧をその身に纏い、数メートルに匹敵する薙刀を思わせる大槍を片手で握る男。背中で結う黒髪と、濁り煮え滾る金色の瞳が特徴的なその男は槍を地面に突き立て、光輝達を見下ろして告げた。

 

 

「我が名は魔王クレイド。『激龍怒轟』たる名を冠す、四魔王が一人であり、『覇竜軍』を統べるモノ────そして、人間族をこの世から一人残らず根絶、滅ぼし尽くす竜王である」

 

 

明確な憎悪と殺意を身に宿す、文字通り厄災たる魔王。

人類虐殺を最優先に望む、王国が魔神と同じく最も危険視する存在。対話も説得も通じない、最悪クラスの脅威が、彼等の前に現れたのだった。




魔王クレイドに最も近しい存在たち、『竜王の子(ドラコ)』達との戦闘。思ったよりも善戦できてると思った所で現れる魔王。うーん、光輝達も思ったより運のない………。

ルイナ戦にて光輝は割と悪いとこが出まくってるというか。相手が自分達と違うと思い込んで戦ってたけど、同じ人間だと分かって説得してるんですけど………多分、原作でも同じこと言いそうよなぁって。原作最初や中盤の光輝への負の信頼が強過ぎる。

そして、待ちに待った魔王の一人、ティオの兄でもある魔王クレイドの登場。死ぬほど光輝たちと相性の悪い、凝り固まった復讐者ですので…………。


お気に入りや感想、高評価なども是非ともよろしくお願いします!次回もお楽しみくださいませ!それでは!!

清水の今後について

  • 生存その1(生き残るけど戦えない)
  • 生存その2(護衛組の一人として戦う)
  • 死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
  • 意識不明の重体として途中退場
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