ありふれた職業で世界最強 新生譚   作:虚無の魔術師

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果て無き憎悪

「お前達が相対するのは────積み重なる、同胞達の怨嗟と憎悪────我が元に集う幾千、幾万に至る復讐の意志だ」

 

 

異様な圧力、瞳に宿る憎悪を剥き出しにした魔王クレイドの様子に、クラスメイト達は息を呑む。明らかに雰囲気が変わったことは明白だった。半身を抉られても尚揺るがぬ魔王の戦意は、正しく、狂気に等しかった。

 

 

「光輝………早くトドメを刺すぞ」

 

「………剣城、だけど」

 

「奴が何かをするのは明白だ!実際に動く前に倒さなければならない!奴は危険だ────出来ないなら、俺がやるぞ」

 

「……………分かった。俺がやるから、大丈夫だ」

 

 

冷酷ながらも魔王という脅威の排除を優先する剣城に、光輝は苦々しくも応じる。もう既に瀕死の相手にトドメを刺すのはどうかという疑念以上に、クラスメイトに人殺しをさせるわけにはいかないという思慮もあった。

 

そうして、血を噴いて立ち尽くす魔王へと歩み寄る。聖剣の刀身に光を収束させた光輝は構えを取りながら────不意に、近くで見たその顔に既視感を覚えた。

 

 

(…………やっぱり、何か見覚えのある気がする。初対面なのに違いはないのに、この人の顔を何処かで見た気が…………いや、この人じゃなくて────)

 

「────ティオさん?」

 

「ッ!?何故貴様が妹の名を────!」

 

「え、妹────ティオさんがっ!?」

 

 

光輝の呟きに反応を示した魔王クレイドに、迷宮攻略に参戦していた雫たちも動揺を顕にする。あのティオを妹と呼ぶことは、目の前の魔王がティオの実兄という事実に、全員の意識が削がれた。

 

クラスメイト達の動揺に、流石に警戒していた剣城も意識を向けざるを得ない。僅かに意識を逸らしてしまったからこそ、人並み外れた視界と反応速度を誇る剣城ですら気付くのに遅れた。

 

 

「────────魔王様ッ!」

 

「っ!新手か!!」

 

 

突如、空から飛来する黒鷲に乗った魔人族。凄まじい勢いで迫る魔人族に、剣城は咄嗟に背中から抜き取った魔力矢を三本番え、一気に撃ち放つ。空を引き裂くように放たれた矢は鋭い槍となり、黒鷲を抉り抜く。しかし、絶命瞬間の黒鷲が放った毒針が光輝に目掛けて放たれる。

 

 

「────避けろ光輝!当たると石化するぞ!」

 

「っ!」

 

 

空から振り注ぐ針の効果を『神眼』で看破した剣城が叫び、光輝が即座に飛び退く。黒鷲、コートリスはそのまま落下していき、飛び降りた魔人族の男がクレイドの元へと駆け寄っていった。

 

 

「魔王様っ!なんというお姿に………!」

 

「………ミハイルの部隊の者か」

 

「魔王様、申し上げます。覇竜軍直属、黒鷲部隊は『執行官』相手に返り討ちとなりました。ミハイル様は魔王様の元へ集えと命令を送った後に────」

 

「────案ずるな。分かっている…………同胞の死は、我が理解している」

 

 

死に体ながらも、まだ気力を見せる魔王クレイド。その気迫に光輝や剣城すらも出方を伺うしかない。そんな最中、魔王の側に歩み寄っていた魔人族の男が膝を付き、告げた。

 

 

「…………魔王様。どうか、我が身を貴方様の糧と」

 

「自分が何を言っているのか、理解しているのか」

 

「理解しています。貴方ならば、我等の願いを果たして下さると。その為ならば安い命────家族の安寧の為にも、どうか」

 

 

並々ならぬ決意と覚悟を秘めた言葉。無粋であると理解した魔王クレイドは静かに目を伏せ、目の前の配下の目を見据える。その手に握る槍を掴み直し、静かに口を開いた。

 

 

「名は、何と言う」

 

「シャラルと申します………どうか我が命、お喰らい下さいませ」

 

「────良かろう、我は貴様を忘れはせぬ。亡き同胞の一人として、貴様の怒りと憎しみを背負おう────その命と、共に」

 

 

────直後に起きた光景は信じられないものだった。

魔王クレイドは凄まじい勢いで構えた槍を振り抜き、空間を切り裂くほどの勢いで振り放つ。細く鋭い刃先が空間ごと切り裂いたのは光輝たちではなく────彼の前にいた、魔人族の男であった。

 

 

「────なッ!?」

 

「同士討ち………!?自分を助けに来た、仲間を!?」

 

 

愕然、いや、完全に混乱に陥るのは無理もなかった。しかし光輝や剣城、雫達は何が目的かすぐに悟ってしまった────最悪なことに。

 

胴体から切り裂かれた魔人族の男は、一瞬で絶命した。恐らく一瞬の苦痛も感じずに。それが魔王にとっての慈悲、同胞への優しさであることは確かだった。血を噴き出す割れた肉塊を前に、魔王クレイドは槍を地面に突き立て、口を開ける。

 

 

────ブチブチブチッ、という裂けるような音が響く。見ると魔王クレイドの美形とも呼ぶべき顔が歪み始めていく。裂けるように開いた口から鋭い歯が剥き出しになっていき、異形の口形へと様変わりしたかと思えば────その口で、死体に喰らいついた。

 

 

ガブ………、グジュリ………ブチィ………ゴキュッ!

 

 

凄惨な光景が、目の前に広がる。竜人族の魔王は屍を喰い漁っていた、自らの配下の死体を。肉を喰い千切り、骨を噛み砕き、血を啜る。血を散らすその光景は、あまりにも恐怖を超えた光景だった。

 

「ぅ、あ………ぁ」

 

「────ぅ、ぶッ。うええええええッ」

 

「死体を食って…………傷が、再生していく………!?」

 

 

心臓を呑み込み、死骸を喰らい尽くさんとする魔王の欠損した肉体が一気に再生を始めていく。阻止しなければ、そう思う剣城や雫もマトモに動けない。彼等はまだ子供であり、学生だ────多少戦闘に慣れていても、こんな相手に対応できる余裕があるはずない。

 

 

「仲間を、自分に従う人を………傷を治すためだけに殺したっていうのか!?」

 

「────改めて、名乗ろう。人間族に味方する、異世界の勇者よ」

 

 

残らず死体を平らげた魔王は、ゆっくりと頭を上げる。半壊した鎧を剥ぎ捨てながら、クレイドは淡々と言葉を紡いだ。

 

 

「我は魔王クレイド。誇り高き竜人族の生き残りであり────世界を支配した邪神エヒト、旧き神々からエヒトへと鞍替えした貴様ら人間どもを、殺し尽くす者。

 

 

我が大魔王より与えられた魔力により発現した力────『絶喰(グラトニア)』。この戦場に血肉がある限り、俺はその生命を喰らい、戦い続けられる。何度だろうと」

 

 

捕食行動を取ろうと、あくまで腹を満たすにしか留まらない。しかし魔王クレイドの魔力、『絶喰(グラトニア)』は捕食による回復を可能とする。それが死体の広がる戦場であれば、魔王はその死体を喰らい、何度も戦うことができる。

 

 

「そして、『絶喰』の魔力は我が一族の禁忌たる魔法の力によって────人類を殺し尽くす極悪の力と化す。かつて人類が使い、厄災の一つを生み出すに至った禁忌の呪法を」

 

「っ!?まだあるのか!?」

 

「死した同胞達よ。我が元に集まりし、その力を─────『サクリファイス・レギオン』」

 

 

その瞬間、魔王の形が変貌する。生命の器たる肉体が異様に膨れ上がり、一気に変貌を始めていった。一つの器に宿るはずの生命の数が溢れるように増殖を始め、一塊のエネルギー体として確立する。無数の生命を具現させるように膨らみ始めていた肉体は圧縮されていき、魔王の体を明確に変化させた。

 

 

「………これが、魔王」

 

「そうだ、勇者。オレこそが魔王────貴様等人間族を滅ぼす存在である」

 

 

立ち上がった魔王クレイドの姿は、異形のそれに変貌していた。全長は人を上回る巨体へと様変わりするには留まらず、背中から伸びた腕も二本生えており、それに次ぐように新たに竜の頭が伸びた首が複数生えている。半分竜化したような異形の姿を前に、誰もが圧倒されていた。

 

覚醒、いや力の一端を見せた魔王はその場に絶望となって顕現したのだった。

 

 

◇◆◇

 

そして、エルヴァルガンドゥの方舟内部にて。

炉心を破壊し、メギドによる虐殺を阻止しに来た咲夜達一行。彼等を待ち受けていたのは術式砲の炉心そのものであり、生きる魔力炉────『掃滅穹体 クロァーバル』であった。

 

 

【■■■■■──────ッ!!】

 

「くそ………!守るので手一杯だな………っ!」

 

 

巨大な魔力炉、クロァーバルは触手と呼ぶには機械的な触腕の先から無数の魔力を解き放つ。十本の触腕の先から放たれる魔力砲は規格外と言わざるを得ず、正しく破壊の嵐と呼んでよかった。

 

それは、攻めに来たはずの咲夜達も守りに徹しながらいなしきれないほど。最大防御法術『聖王の法域』ですらも、完全には防ぎ切れない。かと言って、時間をかけている余裕はない。僅かに思案した咲夜は、後ろにいる優花たちに語り掛ける。

 

 

「────俺が一瞬、奴の攻撃を止める。その間、皆にはあの触腕を止めて欲しい。俺は魔力炉そのものを破壊する」

 

 

咲夜のその言葉に、全員は何かを言うでもなく静かに頷いた。彼等には、確固たる意志が、覚悟があった。だからこそ、咲夜の決意に不服を漏らすものはいない。無言の感謝を向けた咲夜はその手の内に魔力を、術式を組み上げる。

 

 

「守護聖霊────『ガルダ』!」

 

 

法域を展開しながら、咲夜は右手から聖霊を召喚する。輝かしい光を貫いて飛び立ったのは、真紅の炎鳥。神秘的なオーラと光に包まれた生物さを持たぬ無機物のような鳥はクロァーバルの放つ高密度のレーザーを浴びながらも────構わず突貫していく。

 

咲夜の有する天聖術式による秘儀の一つ、『聖霊召喚』。様々な特性を有する特殊な霊体を召喚と同時に使役する術。その術式は他の式神を操る魔法や力の中でも最も秀でたものであった。

 

クロァーバルに激突し、神聖を纏う炎を放つガルダ。それを目にしながら咲夜は再度術式を構築し、聖霊召喚を再発動する。今度は単体ではなく、群体型の聖霊を。

 

 

「守護聖霊────『ワルキューレ』!」

 

 

光の魔法陣と共に、ソレらはいざ戦わんと前に出た優花達の前に並び立つ。神秘的な光と鎧を身に纏う女性騎士のような霊体。盾と様々な武器を手にする聖霊ワルキューレは守りに特化した群体型の霊体。十数体もいるそのワルキューレは攻撃に出た優花達を守る盾であり、隙あらば苛烈に責め立てる矛でもある。

 

 

「すげぇ!この数の式神を召喚するなんて、流石委員長!」

 

「っ!けど複数の聖霊の同時展開なんて、負担が大き過ぎるんじゃ…………っ!」

 

 

感銘の声を上げるクラスメイト達を余所に、優花や清水は咲夜の心配を顕にしていた。その理由は明白、聖霊の同時使役は負担が大きいのだ。聖霊は普通の魔物や式神を超える戦闘力を秘めるかわり、たださえ召喚自体に魔力を消費する。ハジメの時のように、アーティファクトに術式を内包する────半永久的に顕現できるように出来る場合もあるが、今この状況下でそんな手段は取れない。

 

そして、単体でも強力な『ガルダ』と守りと陣形に特化した『ワルキューレ』の同時展開────それによる咲夜への魔力の負担は尋常ではない。

 

 

「……………ッ」

 

(やはり………長時間は難しいな。俺自身の魔力が尽きる前に、短期決戦で決める!!)

 

 

僅かに膝を付いた咲夜は口の中から溢れそうになった血を唾と一緒に吐き捨て、誤魔化すように口元を拭った。普通の後衛職よりも魔力効率のいいスキルを有していても、咲夜の負担は大きかった。

 

だからこそ、咲夜は短期決戦に躍り出た───魔力が尽きる前に、最短で終わらせる為に。

 

 

「多重魔法展開『ツイン・ドライブ』────レゲメント・クリスターっ!」

 

 

咲夜が発動したのは、二つの魔法の同時展開と擬似固定。自らの両腕にそれぞれの力、天聖術式の生なる力と真黒魔術(アカシックレコード)の負なる力────相反させる魔力を複合させた咲夜の大技の一つでもある。

 

中でも、今咲夜が行使した魔法────『レゲメント・クラスター』は戦闘向きではない魔法。それでも尚、彼が使うことを選んだのは、クロァーバルに対して最も有効であったからだ。

 

 

【────────ッ!!?】

 

『っ!?クロァーバルの魔力炉に干渉────いや、掌握しようというのか!?』

 

 

その力の真価は、あらゆる魔力のコントロール。正と負の力による究極の魔と呼ぶべきその力は魔力炉そのものであるクロァーバルには明確な手であった。

 

 

(あれだけの魔力を秘めた炉心であるなら!魔力そのものをコントロールしてしまえば、制圧は容易い!下手に破壊すれば魔力の暴発は有り得る!ならこれ以外に手は────)

 

 

咲夜の判断は、間違いではなかった。

人並み外れた魔力と勇者にも負けないカリスマ、そして戦況を見据える卓越した戦術眼────彼が『賢者』として、光輝に匹敵したリーダー格と扱われるのも当然である。

 

クロァーバルに放たれた術式が、魔力炉の掌握を始めたその瞬間────彼は、渦巻く声を聴いた。

 

◇◆◇

 

惨劇が、あった。

 

『何故だ………!?何故私達が、殺されなければならないッ!?』

 

『────君達が、魔人族だからだよ』

 

『この世界に在りながら、エヒト様を信じぬ異端の種族。魔人族を絶滅させることこそが、我等人類の宿願なのだよ。だからこそ、君達を殺す。これ以上の理由はあるまい?』

 

『ッ………!貴様らは悪だ!この報いは、我が同胞たちが────ッ!!』

 

『悪?違うね、君達の存在が悪だ。そして、報いなどない────正義は、神の名の下に赦されるからだ。永劫に、ね』

 

悲劇が、あった。

 

『………大魔王様』

 

『分かってる。これは、変えなければならない事実だ。だからこそ、俺はこれを受け止めるしかない』

 

『…………貴方達と別れてから、もう数百年が経ちます。俺とアクシアは国を作って魔人族を導いています。いつでも、手を取り合える為に』

 

『でも、どれだけやっても…………彼等は手を取り合ってくれない。彼等はいつも、同胞達を傷つけ、悲しませる。今日もまた、子供達が殺されてた…………もう、数えられる人数が』

 

『────ミレディお姉ちゃん、オスカーお兄ちゃん。皆に、会いたい』

 

 

そして、決定的な破滅が────あった。

 

 

『………あくしあ』

 

『大魔王様っ…………それはっ、アクシア様………』

 

『────フリード。俺達は、間違ってたんだ』

 

『…………陛下?』

 

『間違ってた────人間と魔人族は、最初から分かり合えなかった。どれだけ努力しても、どれだけ頑張っても、彼等は俺達の手を払い除け、そして今日────俺達の作った理想郷を焼き払った。この地獄を作ったのは、他ならぬ俺なんだ』

 

『俺は、彼等の憎しみを背負った。数千年、数万に至る刻の憎悪と怨嗟と共に────人類を滅ぼそう。それこそが、「オレ」の答えだ』

 

 

────『赦さない』『赦しはしない』『憎い』『アイツらが憎い』『息子を殺された』『母さんを八つ裂きにされた』『生きたまま娘を燃やされた』『エヒト様と言って』『殺された』『奪われた』『報復を』『復讐を』『我等』『の怨恨』『を晴らせ』『同じような』『虐殺を』『我等と同じ』『痛みと苦しみ』『絶望を』『憎め』『恨め』『呪え』『怒れ』『憎め』『憎め』────

 

 

◇◆◇

 

「あ、あああああッ──────!!?」

 

「っ!?咲夜!?」

 

 

頭を抱えて、咲夜が仰け反る。

悲鳴に等しい絶叫を上げた彼は、未だ鳴り響く無数の怨嗟の声に耐え切れなかったのだ。魔力炉をコントロールしようとした際に流れ込んだ無数の情念に、彼の意識は覆い潰されそうになっていた。

 

 

『は、ははははは────ッ!人間如きが、クロァーバルを掌握しようなどと!思い上がったな!!これはただの魔力炉ではない!大魔王様がそのお力を分けて造られた眷属、同胞達の怨嗟と憎悪そのものであるのだッ!!』

 

『無意味に、理不尽に殺された同胞達!彼等の怨恨を大魔王様は背負い、この炉として作られた!平和を願い、憎しみを呑んだ大魔王様やアクシア様の手を払い除け────アクシア様を殺した愚かな人間どもを殺し尽くす為に!!』

 

 

憎悪に支配された艦長ガレオンの酔い痴れたような怒号が響く。クロァーバルはその言葉に、その激情に呼応するかのように形を変えていく。複数の触腕で呼応するかのようにコアを囲みながら、一点集中型のレーザーの放射体制。身構えた一同はその狙いが自分達ではないことを理解した。

 

 

「────委員長ッ!」

 

 

クロァーバルからの反撃を受け、精神的に揺らいでいる咲夜。頭を抱えていた彼は仲間達からの声を聞き、即座に『法域』を展開する。最大防御とも呼べる結界だが、今の彼にとっては悪手だった。

 

式神の多重展開、同時使役────至っては『レゲメント・クラスター』による大量の魔力を消耗した咲夜の魔力は限界に等しく、展開した法域はその防御力を発揮できない。

 

 

バリバリバリン────ッ!!

 

「ぐ、ぅう…………っ!?」

 

「咲夜!逃げて────!」

 

 

展開した法域、神聖なる結界にヒビが入り始める。優花達が叫ぶが、それは叶わない。既に結界を展開する体勢に入った咲夜は、精神的な負担もあってマトモに動けない。だからと言って、これ以上はジリ貧────結果は目に見えていた。

 

それでも、諦められる理由はなかった。

 

 

「負け、られるか………!」

 

【■■■■────ッ!!】

 

「帰らなきゃいけないんだ、皆と一緒に!俺達の世界へ、皆を連れて帰らなきゃ────ッ!!」

 

 

────そして、薄氷の砕け散る音が響き渡る。砕け散った半透明の光の障壁。聖王の法域、彼の絶対防御が砕かれ────凄まじい魔力の光が振り注ぐ。

 

それは、無防備な咲夜の全身を貫きながら吹き飛ばす。全員が、悲鳴を上げる。優花や淳史が咄嗟に駆け寄り、倒れ込んだ咲夜の元へと向かい────絶句した。

 

手足を掠り、脇腹を────左目を抉られた咲夜は大量の血を流している。血の池に沈んだ彼には呼吸もなく────心臓も、動いていなかった。

 

 

◇◆◇

 

そして、王国西部の塔にて。

 

「────この程度か、人間ども」

 

 

本来の力を発揮した魔王クレイドの実力は、あまりにも圧倒的であった。どれだけの魔法を浴びせても立ち上がり、それどころか与えた傷は即座に再生し、重傷を浴びせればその傷から竜の頭部が生え出していく。

 

全力の光輝が出せる『覇潰』からの『神威』。最大火力の攻撃すらも、魔王には致命にすら至らなかった。

 

 

「ならばこれで殺す。既に機会は与えた、それを捨てたのは貴様らだ。この世界の人間と同じように、一人残らず殺し尽くしてやろう」

 

「何で、そこまで人を憎むんだッ!?」

 

「……………ほう?」

 

ガキリ、と魔王クレイドが歯を噛み砕く。ギロリと向けられた一瞥は、普通の敵意を上回るほどの殺気が込められていた。その気迫に気圧されながらも理解できないと言わんばかりに光輝は叫ぶ。

 

 

「罪のない人達や自分の仲間を、ましてや女性や子供まで殺して!そうまでしてどうしてこの世界の人達を憎むんだ!?王国の人達が、人間が貴方に何をしたっていうんだ!?」

 

「────故郷を焼かれ、滅ぼされた」

 

 

光輝の正義感に満ちた弾劾に、魔王クレイドは平然とそう返した。その言葉に、叫んだ光輝すらも驚愕のあまり言葉が出なかった。そんな彼を尻目に、竜人族の生き残りたるクレイドはゆっくりと語り出した。

 

 

「数百年も前だ。世界一美しく、平和を享受していたとされる我が王国は一夜にして火の海に陥った。神であるエヒトの神託を理由に、手を取り合っていたはずの人間どもは我等に牙を剥き、一人残らず殺していった────戦えぬ女子供も犯され、嬲られ、殺された」

 

静かに語る魔王クレイドの声に、怒りが宿り始める。あの時の光景を、鮮明に覚えているのだろう。激しい憎悪に駆られる衝動を抑え込み、魔王クレイドは冷静に続けた。

 

 

「俺も竜人族の長の子として、仲間達と共に戦った。だが数の差には勝てず、一人一人殺されていった。七日も掛けて焼かれた王国の中、奴等は竜人族を絶滅させんと徹底的に生き残りを探し出し、引き摺り出して殺して回った────同胞の屍の山に隠れた俺が、どうやって七日も生き残ってきたか…………分かるか?」

 

「…………まさか」

 

「死体を、食ったのさ。同族達の、同胞達の亡骸を、必死に食らった!死体の中に隠れ、何十人もの死肉を食らった!その中には女子供や俺の知る者────共に戦っていた戦友もいた!同胞達を喰らってまで生きねばならない理由が、屈辱が、絶望が!貴様らに分かるか!?」

 

 

それこそが、魔王の魔力『絶喰』の生まれた理由。同胞の死肉を喰らい貪り、その生命を取り込んでまで生き永らえた竜王。仲間の亡骸を食らわねばならぬ屈辱と絶望は激しい憤怒と憎悪となり、故郷を滅ぼした神と人間への異常なまでの恨みとなって覚醒した。

 

 

「あの時から、滅びた王国────同胞達の屍の前で、俺は誓った!人間どもを一人残らず殺し尽くす、と!我等を裏切り、切り捨て、滅ぼした奴等を一人たりとて赦しはせんと!我等を滅ぼしておきながら、平和を享受しようとする人間どもに思い知らせる為だ!──────貴様ら人間に、希望などありはしないと!我が憤怒、我が憎悪を以て!同族達の恨みと怨嗟を、貴様らの絶滅で知らしめようとなぁ!!」

 

 

冷淡な魔王としての側面とは違う、激情に支配された竜王の姿。何百年も怒りと憎しみを秘めて生き続けてきた復讐者のソレは、彼等が見て知ってきた者とは明らかに違う。平和に生きてきた彼等とは無縁であるはずの、凄まじいほどの憎悪の塊────それは、彼等の戦意を揺らがせるには十分であった。

 

 

「………勝てる、わけない」

 

「っ!?何言ってるんだ!皆の力を合わせれば────!」

 

「無理に決まってるだろ!?あんなのが、あんなのに勝てるわけないだろ!?数百年も前からずっと俺達を憎んで、恨んできた相手だぞ!?俺達の全力も通じないのに、どうやって勝つっていうんだよ!?」

 

 

遂に弱音を漏らした近藤の絶叫は、光輝への怒りもなくただ絶望に染まっていた。最初から勝てると思い上がったのが間違いだったと。これだけの憎悪を宿す相手に、どうして自分達が勝てるのか。そう零す近藤の叫びに、クラスメイトの大半も同じであるらしい。誰もが戦意を失い絶望してる状況に、剣城や雫は唇を噛み締めていた。

 

 

「────陛下、私の死に場所はここのようです」

 

「………メルドさん?」

 

 

不意に、そう呟いたのは瀕死であったはずのメルドであった。彼は止血された身体のまま立ち上がり、クラスメイト達の前へと歩み出る。その状態でよろよろと歩くメルドを止めようとした光輝は、逆にメルドに肩を掴まれた。

 

 

「光輝、お前達は生きろ。あの魔王は俺が相手をする」

 

「っ!無茶です!ならせめて俺も一緒に────!」

 

「────頼む」

 

必死に止めようとした光輝だが、メルドの真剣な眼差しを受けてそれ以上の言葉が出なかった。優しそうに笑い、その頭を撫でたメルドは剣を手にして魔王クレイドの前へと向き直った。

 

 

「アーティファクトの自爆は通じんぞ。既にカトレアの生命を取り込んだ俺には全て理解できている」

 

「確かに、それならばお見通しだろう────だが、これは貴様を知らぬはずだ!」

 

 

魔力を解き放ち、そのまま斬りかかるメルド。魔王クレイドはその魔力の変化を限界突破によるものとして、冷たく見据えた。そのまま斬り捨てんと槍を叩きつけんとしたその瞬間────メルドの放つ斬撃が、魔王クレイドの胴を裂いた。

 

 

(限界突破の類ではない………!?この身体強化は────!)

 

「………どういうことだ?先程までの魔力を超えている、身体もだ。数倍の変化と言えるものではない────何をした?」

 

「私ではない………これは、我が王から拝謁したお力。僅かながらの、奇跡の御力だ」

 

 

警戒を顕にする魔王クレイドに、メルドは静かにそう告げる。想起されるのは、かつての記憶────オルクス大迷宮での魔人族の襲撃を経て帰還したあの時。ハヤテから叱責を受けた後、エリュシオンと対面していたメルドは自らのミスを謝罪していた。

 

 

『────申し訳ありません、陛下。此の度の失敗は弁明の余地もありません。どうのような罰でも受け入れます』

 

『いや、お前のミスではない。魔人族が動くのは予見していたが、対応の遅れたオレのミスだ。お前に非はない』

 

『……………陛下。申し上げる形になりますが、頼みがあります。どうか貴方様の御力────「改変」の一端をお借りしたく』

 

メルドが申し立てたのは、星王エリュシオンの最も概念魔法の力を使いたいということである。それが何を意味するのか、何を目的としているのか、深く問う必要は無かった。

 

 

『我が魔法、概念魔法の力を使うということは…………覚悟の上か?』

 

『はい、本来であればあそこまで死ぬ覚悟でした。今度死ぬのならば、せめて陛下の御役に立ってからと決めておりますので』

 

『…………分かった。俺の魔法をお前に与えよう』

 

『感謝致します、陛下』

 

 

そして、エリュシオンから与えられた魔法を、王国騎士団副団長メルド・ロギンスは解き放った。限界突破を上回る光のオーラに包まれたメルドは大剣を手に、魔王クレイドへと斬り結ぶ。その一撃は重く鋭く、再生を繰り返す魔王の肉体に裂傷を与えていく。

 

 

「大魔王が言っていたな。星王エリュシオンは唯一大迷宮全てを攻略した男────『神殺し』には至らなかったが、奴は確かに七つの神代魔法を会得し、概念魔法を発現したと。理を書き換えるその力…………星王が貴様に与えていたというか」

 

 

大魔王が警戒し、魔神連合すら脅威と断じた星王の力の一端。ハイリヒ王国が人類の最高戦力と扱われる理由が、星王が会得した七つの神代魔法と概念魔法にある。その未知数さと理に至るとされる異能には、流石の魔王も油断は出来ない。

 

だが、今のメルドの力は絶対的ではない。そう確信する理由が、魔王クレイドにはあった。

 

 

「その魔力とその力、概念魔法によるものと言えど限度がある。無から有を作り出すことはたとえ全能であっても不可能────貴様、自らの生命力を変換しているな?」

 

「…………ッ」

 

「俺を殺す為だけに力を出せば、今の貴様には耐えられん。その魔法こそが、貴様を殺す一手となる。自らの意思で、死へと向かうか」

 

「────元より覚悟の上!俺の生命は、あの時迷宮で終わるはずだった!それをこの場で果たせるのであれば、悔いなどはないッ!!」

 

「人間よ、人の騎士よ。貴様の覚悟に敬意を示す────ならば、王国騎士団副団長メルド・ロギンスよ。俺は貴様の死力を尽くした全てを喰らい尽くそう」

 

 

そう告げ、魔王クレイドが槍に魔力を込める。禍々しく唸る魔力の渦が槍の矛先に収束していく。対するメルドは全身のオーラを一層強めていき、全ての光を刀身へと込めていく。

 

文字通りこの一撃に全てを込めるつもりだ、そう察した光輝は叫びながらメルドを止めようと駆け寄る。それを止めたのは他でもない、皆の援護に徹していた冒険者アルマであった。

 

 

「っ、アルマさん!?何で────」

 

「漢が意地見せて守ろうとしてんだ。君達が前に出たら、彼の覚悟はどうなるのさ」

 

「………感謝する、名も知らない冒険者。────光輝、お前達」

 

メルドの覚悟を理解してか、彼等を静止するアルマに礼を述べたメルドは不意に振り向く。その全身からヒビが入るように、光が溢れる。自らの生命力全てを剣の刀身に込めたメルドは穏やかに、彼等へと語り掛けた。

 

 

「ありがとう。お前達と過ごした日々は、良き思い出だった」

 

「メルド、さん」

 

「────どうかお前達が、故郷に帰れることを願う………さらばだ」

 

「ッ!メルドさぁぁぁぁぁぁんっ!!!」

 

 

悲鳴に近しい皆の叫びと共に、魔王クレイドの放つ魔力の嵐とメルドの放つ斬撃が衝突した。強大な閃光の衝突が、更なる爆発を引き起こし、砂煙を引き起こす。放たれる衝撃波に身構えた一同が顔を上げ、目を見開く。

 

 

「…………メルド、さん」

 

 

彼等が師事し、導いてくれた大人。メルド・ロギンスは大剣を手にしたまま立ち尽くしていた。その姿に生気はなく、まるで色を失ったかのように抜け落ちたその亡骸を前に、光輝は隣にいたアルマへと縋るように目を向ける。

 

 

「…………駄目だ。治癒も蘇生も効かないよ」

 

「っ」

 

「普通の傷で倒れたなら、治癒で治せる。けど、彼は自らの命を出し尽くした。彼の生命は、もうあそこに欠片も残っていない」

 

「そんな…………」

 

 

皆が、敬愛するメルドの死に心動かされる。大半の者が涙を流し、雫や雨音も辛そうに俯き、剣城は行き場のない感情を呑み込もうとしていた。光輝も静かに涙を流していた、その時────声が、聞こえた。

 

 

「なん、で」

 

「エリリン?どうし────」

 

「─────認めよう、メルド・ロギンス」

 

 

信じられないものを見たかのような恵里の掠れた声に親友の鈴も同じく、言葉を詰まらせた。視界の先、砂煙の向こうで、肉塊が蠢いていた。大きく割れた肉塊の切断面が膨れ上がり、竜王はその姿を元に戻すには留まらず、更に変貌させていく。

 

 

「貴様は素晴らしい騎士であった。人間なんぞには惜しいくらいに──────だが、残念だったな。数百、数千の命を喰らい取り込んだ俺には、貴様の生命は届かない。貴様の敗因は、人の形に留まったことだ」

 

 

無数の生命が形となったような塊が、魔王クレイドが冷たく見下ろす。メルドの命を懸けた一撃、光輝の全力の神威を遥かに上回る攻撃ですら、魔王には届かなかった。より一層、深い絶望が、彼等の前に立ち塞がる。

 

 

「貴様らを守る騎士も死んだ────一人残らず、鏖殺だ」

 

「ッ!させるか────ッ!!?」

 

 

槍を掲げ、魔王クレイドが歩み寄る。文字通り虐殺を開始しようとする魔王に、光輝は身を以て阻止しようと政権を構えて立ち上がる。『覇潰』を纏おうとしたその瞬間、全身から溢れる銀色のオーラは一瞬にして霧散した。

 

既に、竜王の子との戦いも含めて光輝は数十分の限界突破を行使していた。その結果の負担が、今の彼にのしかかったのだ。必死に再発動しようとするが、硬直した全身がそれを許さない。

 

誰もが絶望し、諦めに類するのも無理はなかった。一歩ずつの歩みに、皆が目を伏せ、死に怯える。恐れ、叫ぶこともできないのは、目の前に迫る圧倒的な威圧感と行動すら許さぬ憎悪の矛先。

 

 

しかし、その直後───────魔王の歩みが、不意に止まった。

 

 

 

「────肝心の魔王が姿を消したってんで手当たり次第に探してみたら、ここに居やがったとはな。わざわざテメェの手で結界を破ろうとは、随分とせっかちな野郎だな」

 

 

その声には、誰もが聞き覚えがあった。

普通ならば慌てて気を引き締めることだが、今の光輝達は心の底から安堵したかのようにその声のする方へと目を向けた。

 

大広間の天蓋、屋上を照らすガラス窓に寄り添った人影が、静かに降り立つ。自らの全身から解き放たれる剣気と戦意を誤魔化す素振りも見せず、平然と地面に着地する騎士を前に、魔王クレイドは今までのものとは思えない────より鋭く純粋に研ぎ澄まされた殺意を漏らしながら、身構えた。

 

 

「『神速剣』────或いは『星砕き』。人類最強の騎士が出てきたか」

 

「おうよ、木っ端魔王。ここが誰の国で、誰の教え子に手ェ出す気だ?」

 

 

王国騎士団団長 イガル・ハヤテ。

かつて星王と共に世界を駆け抜け、今や彼の導く王国騎士を率いる長であるその男は、魔神連合にとって星王エリュシオンと同じくらい警戒すべき存在。『王国最強』とされる三名の内の一人、彼らがそこまで恐れられる理由は一つ。

 

 

七つの神代魔法を継承し、概念魔法を発現させたエリュシオンと共に、『神すらも殺せる』とされる存在であるからだ。




魔王クレイドの能力について、解説を。

魔王クレイドの持つ魔力、『絶喰(グラトニア)』は捕食の際に魂や生命、能力を取り込むものです。なので魔王クレイドは死体を喰えば喰うほどその力を増していきます。

そして、竜人族が秘匿してきた禁忌の魔法────『サクリファイス・レギオン』の能力は自らの魔力を分け与え、仲間達を強化する代わりに死んだ仲間の命や魔力、力を取り込む禁忌の力となります。

割と他の魔王と比べると能力自体が攻撃性に特化してないのは、クレイド本人が武闘派の竜人族であるのもあります。なので本気は出しても全力ではない。まだ竜化もしてないし()


そして、別行動していた咲夜の方も割とピンチな状況。ていうかほぼ瀕死やないかいと思うでしょう、ほぼ瀕死だし欠損してるんですよね。まぁ咲夜一人の欠損で済んでるのは最善ではあります(下手したら皆重傷か死んでた)


お気に入りや感想、評価などもよろしくお願いします!次回もお楽しみくださいませ、それでは!

清水の今後について

  • 生存その1(生き残るけど戦えない)
  • 生存その2(護衛組の一人として戦う)
  • 死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
  • 意識不明の重体として途中退場
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