ありふれた職業で世界最強 新生譚   作:虚無の魔術師

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意外な援軍

時は、数分前の戦場に遡る。

大魔王直属の精鋭『王域』二位、『紅血皇女』アンリエスタとの激戦を繰り広げていくハジメ達。三人と一匹を合わせた数の差で有利だと思われていたが、どれだけ攻撃を与えてもアンリエスタには対して届かなかった。

 

 

「────あら?エルゥァルガンドゥが墜ちましたわね」

 

 

全身が跡形もなくなったはずなのに、少女の形が声を発し続ける。パサリと傘が落ちたのは、それを手にする腕すらも無くなったことを意味する。しかしそれでも、吸血鬼の姫は削り取られた顔の半分でほくそ笑んだ。

 

 

「残念ですわね、大魔王様の力によって王国を消し飛ばせば、戦争もあっさりと終わると思ったのに…………まあそれはそれで、私がやりたいようにやれるからいいけれど」

 

「………テメェ、まだ生きてんのかよ。ユエと同じくらい不死身じゃねぇか」

 

「お姉様をまた呼び捨てに…………でも、お姉様と同じように扱われるのは少々気分が良いですわね。そうですわ、私は不死身。でも、お姉様のソレとは原理が違いますのよ?」

 

 

不意に、世界に変化が生じる。

周囲から何かが集まるような音が、液体を吸い込むような異音と共に────辺りから赤い血が地面を伝い、アンリエスタの元へと集っていく。

 

 

「────私は、吸血鬼。血を吸い、血を取り込み、血を喰らう。血液に宿る魔力を、記憶を、生命を蒐集する。だからこそ、私は死なないし誰にも負けないの────多くの生命が死ぬ、この戦場では」

 

 

無数に集う、戦いの痕跡。

流れる血と血は地面を濡らし、その血がアンリエスタの元へと吸われていく。先天的に真祖としての素養を得たことで膨大な魔力と魔法の才覚を得たユエとは違い、後天的に覚醒したアンリエスタは吸血鬼を超える真祖へと覚醒した。

 

敵味方問わず、彼女のいる戦場で流れる血潮は、全て彼女の源となる。だからこそ、ハジメ達の放つ攻撃の数々を諸に受けても、彼女は死ぬことすらない。文字通り、この戦場で血の流れる限り。

 

そして一方で、ハジメも目の前の相手に意識を向けていられる余裕はなかった。

 

 

(…………香織の気配が消えて数分が経った。何らかの結界に閉じ込められたのか?分からねぇが、嫌な予感がする────正直、コイツの相手をしてる場合じゃねぇが………かと言って、無視していけるような相手でもない)

 

「────あらら、余所見の余裕があって?」

 

 

そんなハジメの思考が僅かに逸れた瞬間を、アンリエスタは逃さなかった。スカートの下から噴き出す、凄まじい血の津波。いや血液の奔流に紛れた血の魔物が、一斉にハジメへと殺到する。物量に任せた物量、咄嗟に『メツェライ』による弾丸の雨嵐を撒き散らすハジメだったが、アンリエスタは余程ハジメが気に入らなかったのか、放たれる質量攻撃は比ではなかった。

 

 

「一番強くて厄介なヤツから殺す、戦いの定石ではなくて?」

 

「ハジメ!」

 

「ハジメさんっ!」

 

【────!】

 

 

全方位から溢れる血が、魔物が、ハジメの全てを食らいつくさんと迫り来る。ユエやシア、グアンも止めようとするが、アンリエスタの放つ血の魔物がそれを阻止する。オルガンを展開しようとするハジメだが、それよりも早く魔物が喰らいつこうとした────その時だった。

 

 

 

『────「ブルーシェイド」』

 

突如、空から振り注ぐ青い結晶の塊。大質量を伴う結晶体は、その勢いに任せて迫りくる血の津波を押し潰して堰き止めた。そして、呆気にとられたハジメの前に、ソレは降り立った。

 

足元で蠢く血の魔物を踏み潰し、スッと立ち上がったのは青い結晶で全身を構成されたゴーレム。他の魔物とは、そこいらの魔人族よりも強い魔力を秘めたそのゴーレムをハジメを一瞥し、声を発した。

 

 

『久しぶりだな、魔王様の認めた錬成師』

 

「お前は…………ッ!」

 

『エレメンタス改め、レフトス。魔王ガイアドゥーム様に仕える魔人将だ』

 

 

魔王ガイアドゥームに従う、直属の魔人将。かつては対峙していなかったが、あの時の戦いの記憶からハジメは思わず目を疑った。かつて自分が見た時、『エレメンタス』と名乗ったゴーレムは三体の頭を有した巨大なゴーレムだったはず。

 

咄嗟にメツェライを右腕で持ち、空いた左手にドンナーを構える。しかし引き金を引くより前に、レフトスが鋭い指先をハジメの前に突き立てた。

 

静かに睨み合う両者────先に構えを解いたのは、レフトスの方であった。

 

 

『案ずるな、私はお前達に危害を加えるために来たのではない。我が主からの命でこの場に来たに過ぎない』

 

「ガイアドゥームが?…………お前に何を命じたってんだ?」

 

『南雲ハジメ一行を阻む障害を留めよ、と。故にこの場に馳せ参じた────王域二位は、私が預かろう』

 

 

その言葉に、ハジメは今度こそ耳を疑った。

だが、すぐに飲み込んだ。魔王は確かに大魔王に与する勢力だが、彼等はあくまでも協力関係であることが多いと聞く。忠誠心のあるガイアドゥームでも、自らの意思で動くことはある。今回も、そうなのだろうか。

 

だが、この状況下での魔王からの援軍は助かるものであった。

 

 

「ハジメ、任せるべき」

 

「…………いいのか?お前の妹なんだろ、また会えるか分からないぞ」

 

「アンリエスタなら、そう簡単には死なないはず。それより、香りの気配が消えたのも、嫌な予感がする」

 

「…………俺もだ」

 

 

戦いの最中、ハジメが飛ばしたドローンは八重樫達の気配を感知できなかった。途中までは感知できていたが、ある塔に入ってから世界そのものから気配が遮断されたように感じられなくなった。香織もその結界の中に突入したのか、魔力の反応も感じられない。

 

ハジメ自身、よく理解していた。今回の戦争、大魔王側が仕掛けたものではあるが、他の魔神が動かない道理もない。ダブリスやファウストも、この機を利用して何か企むはずだ。

 

だからこそ、ハジメはレフトスを信用することにした。たとえ信用できなくとも、せめて利用するつもりは明確である。

 

 

「なら、この場は任せる。魔王には礼を伝えとけ」

 

『南雲ハジメ』

 

 

不意に、レフトスが背を向けたハジメを呼ぶ。なんだよ、と鬱陶しそうに振り向いたハジメに、レフトスは淡々とした口調とは裏腹に────ある種の感情を秘めたうえで、零した。

 

 

『強くなった。魔王様もお喜びなるだろう。だが、まだ足りぬ。更に精進せよ────我が主も、それを望んでいる』

 

「…………望むところだ、そう言っとけ」

 

 

そう言って、ハジメたちはその場を離れる。ユエは心配そうに血の繋がらぬ妹を案じながら、シアは「ありがとうございますー!レフトスさーん!」と手を振って、グアンも同じように尻尾を振って元気そうに離れていく。

 

その様子を見守っていた所で「────もうよろしいです?」底冷えするような殺気に満ちた声が、響き渡る。

 

 

「────大魔王様に仕える魔王の子飼い風情が、一体何のつもりです?大魔王様の命を受けた私の邪魔をすることがどういうことか、理解したおつもりで?」

 

『理解したうえでの行いだ。それこそ、勘違いするな。我等の主は魔王ガイアドゥーム様ただ御一人。我等の主は、魔王様であって大魔王ではない』

 

「……………偉そうに御託吐いてくれましてどうも。貴方の言いたいことはある程度理解できましたわ────岩石生命体風情が、今この場で八つ裂きにして欲しいということですわよね?」

 

『貴様の足止めは、私で充分ということだ』

 

 

吸血鬼の姫、真祖亜種に至った『紅血皇女』の影が蠢く。彼女の怒りと殺意に呼応するかのように、ヒル等の吸血魔物が一気に金切り声を響かせ始める。

 

レフトスは殺気立つ血の軍勢を従える皇女を前に、静かに両腕の結晶化した剛腕を構える。深くは語らず、「来い」とだけ口にした途端に、魔王の眷属と大魔王直属の真祖がぶつかり合った。

 

 

◇◆◇

 

少し離れた戦場で、刃は不意にその魔力の起こりを感知した。白崎香織の扱うであろう、星体魔法の発動。しかし何処で発動したかまるで掴めない、この世界ではない何処かで行われたような違和感。

 

その残滓の起こりを、刃は最後の一撃のように思えてしまった。

 

 

「っ!今のは!」

 

「余所見をしている暇はあるか!剣帝!」

 

「仲間をッ!気にしてんだ!余所見じゃねぇよッ!!」

 

 

その最中、刃の思考を許さぬのは相対する王域の一人、『魔剣士』ルクシオン。滑り込むように放たれた大剣による重たい斬撃を刃は難なく防ぎ切る。

 

しかし、放たれた黒い大剣の一撃は刃の振るう大剣フェンリルを紙細工のように破砕する。魔剣フェンリルの強度は、ほかの魔剣にも負けない硬さであるはずだが、ルクシオンの放つ魔剣によって全てが砕かれていく。

 

 

「我が魔剣ダインスレイヴは最強の矛!ありとあらゆる物質を噛み砕き、削り潰す究極の刃!大魔王様が、逆神たるアルヴを討ち倒す際に振るわれた神殺しの魔剣!侮るなッ!」

 

 

かつて大魔王が神殺しを成した、魔剣ダインスレイヴ。神話時代からの遺物でありながら、大魔王となる前のアルヴァーンが魔人族最強と呼ばれる至った剣技に比例する圧倒的なる最強の矛。ルクシオンの振るうダインスレイヴの一撃は、刃が振るう魔剣を悉く破砕していった。

 

 

(コイツ自身の剣技は勝てねぇレベルじゃねぇが────あの魔剣がヤベェ。何だよアレ、下手に再現できるようなモンでもねぇし、俺の作る魔剣じゃ簡単にブッ壊される────何より)

 

「タイマンもしやがらねぇとか、マジでウゼェなテメェ!!」

 

「────貴方相手に単身で勝てると思い上がる気はない。それに、今回は大魔王様からの指令。大魔王様の目的を果たす為に、必要なことをするまで」

 

 

ルクシオンとの戦いの最中、刃に猛攻を繰り出してくるのは魔戦騎たちであった。放たれる魔力の数々を掻い潜りながら、ずっと距離を詰めてくるルクシオンと斬り結ぶ。途中、生成した魔剣を射出して魔戦騎を薙ぎ払うが、ルクシオン達の引き連れる数万の魔戦騎の数は減る様子を見せない。

 

それは、エゼルの方も同じであった。ソーナやシノ、ティオを相手する魔獣エゼルは魔戦騎を従えながら物量戦で彼女達の連携を乱していく。そもそも連携すらさせないという意思すら見え透いている。

 

このままでは、一人ずつ消耗させられてやられる。そう判断した刃は、どう現状を突破するか迷った。自分が多少無理をすれば、突破は容易い────しかしそれでは、ソーナ達を悲しませる。迷った果てに、数秒の躊躇を経て、刃は決断した。

 

 

(あの魔剣を、受け止める────僅かに逸れた奴を意識を飛ばして、そこからアイツらを助けに行く。それしかねぇ、ソーナ達を泣かせたくはねぇが、アイツらが傷付くのはもっと御免だ。奴がもっと大きく振り被ったその瞬間、を────?)

 

 

刹那、彼の視界に、白いものが通り過ぎた。

思わず足を止めた刃の前に落ちたのは、白い粉粒。その変化に立ち尽くした刃に、ルクシオンも同じようにそれに気付き、空を見上げる。刃は手に落ちたそれが何なのか、すぐに理解した。

 

 

「…………雪?」

 

「────ッ、まさか!?」

 

 

「────『大寒波(スノーウェイブ)』」

 

 

一早く勘付いた二人が飛び退く。ルクシオンの指令も受けずに群れる魔戦騎達を余所に、暗く染まった空から『冬』が墜ちた。異常なまでの低気圧の冷気と、氷結の大波が全てを呑み込んだ。あらゆる物体を停止させる冷気が、数万に至る魔戦騎を氷像へと作り替える。それは、周囲一帯に伴うほどの範囲攻撃であった。

 

 

「っ!そんな、大魔王様から与えらた魔戦騎がッ!」

 

「さ、寒ぅううッ!こんなの凍っちゃうわよ!水ごと私も凍らされちゃう!」

 

「………ソーナ、安心して。みんな凍ってないわ」

 

「これほどの数の魔戦騎が………いとも容易く」

 

『この魔力────あらら、まさか神山からここまで来るなんてねぇ』

 

 

凍りついた世界の中で、二人の王域と刃は何が起こったのかを、誰がしたのかを理解した。辺りに振り始めた猛烈な吹雪から歩み出る影を前に、ルクシオンは動揺しながらも敵意を崩さなかった。

 

 

「…………一体、何のつもりですか」

 

「────」

 

「貴女が我等の援護に来たのではないことは分かっています。ですが、貴女は今、自分が何をしようとしているのか、分かっているのですか!?魔王フリューゲル様ッ!!」

 

 

素顔すらも覆い隠すような鋼鉄の兜と毛皮と装甲を重ね合わせた雪国の鎧を纏う氷の魔王 フリューゲルに、ルクシオンは叫んだ。どうやって現れたのか、という疑問ではなく、何のつもりかという追求。ルクシオンの言葉に、僅かに視線を向けたフリューゲルは淡々と言葉を紡いだ。

 

 

「私は、大魔王の命に従ったまでの話」

 

「…………は?」

 

「神山の結界を破壊後、好きにやれと大魔王は命じた。私は奴の言う通り、好きに動かせてもらった。その男、剣帝は私が決着をつけると決めているのでな────獲物を横取りされる前に、釘を差しに来た」

 

 

要するに、大魔王の命令には反していないとフリューゲルは冷淡に告げた。大魔王アルヴァーンが、フリューゲルの意志を尊重したのだ。ならばフリューゲルが黒鉄刃を庇うのも、あくまでもそれを尊重した大魔王の命令の範疇である。

 

だが、絶句するルクシオンは納得していない。詭弁だ、屁理屈だ、と叫びそうになった魔剣士だが、極めて冷静な理性が感情的に動こうとする意思を押し留める。

 

立ち尽くす魔剣士を尻目に、フリューゲルの意識はかつて相対した青年へと向けられていた。絶対零度に等しい眼差しを向けられてもなお、刃は狼狽えずに視線を受け止める。

 

 

「────久しいな、黒鉄刃」

 

「────おうよ、魔王………いや、フリューゲル。テメェが俺達を庇うなんて、どういう風の吹き回しだ?」

 

「勘違いするな。貴様を助けた訳ではない、私の倒すべき宿敵を、他の者に渡す気は無かっただけだ」

 

 

フン、と無愛想にそっぽを向く魔王相手に刃は呆れる。これが初対面の時であれば、もっと言いようはあったが、魔王の素顔を知る刃からすれば言わんとする言葉は一つ…………。

 

 

(これが相棒の言ってたツンデレ属性かぁ、相棒にも自慢してぇけど…………本人から顔のことバラすなって言われてるしな)

 

「────黒鉄刃。決闘の場は預ける、安心して心残りを取り払ってくるがいい」

 

「………分かるのか」

 

「戦いに集中しきれぬ様子から、見て分かる。その心残りを清算してからではなくては、私も倒し甲斐がない。本気かつ全力の貴様を打ち倒さねば、何の意味はない」

 

 

静かに互いを見据える氷の魔王と剣帝。黒鉄刃はフリューゲルの言葉を飲み込んだ上で、無言で頭を下げた。言葉がなくとも、互いの意思は理解し合えていた。

 

 

「黒鉄刃────もし王国を守らんとするならば、急ぎ王都に向かうがいい」

 

「なに?」

 

「魔人族の兵器エルヴァルガンドゥは墜ちた。だが、他の魔王は止まらない。死の魔王(ダンテ)は兎も角、この機をクレイドが逃すはずもない。此度の期に、王国を血の海に染め上げるやもしれん。かつて連合軍を殺し尽くしたように」

 

 

その場を離れようとした刃達に、フリューゲルは静かに告げた。僅かながらの忠告。その言葉に反応した刃ではなく、彼の仲間の一人────魔王となった竜人族の兄を持つ、妹の方であった。

 

 

「────兄上ッ!!」

 

「ティオ!?」

 

 

突如、ティオ・クラルスが竜化する。圧倒的な巨体を誇る黒竜となった彼女は突然の事に驚くソーナ達を余所に、そのまま勢いよく飛び立っていく。

 

 

「ティオ……!もう、どうしたの!?いきなり、あんなことするタイプじゃないのに………っ!」

 

「────まさか、お兄さんの事が気になるんじゃ………」

 

「………あれ?そう言えば、ジンは何処?」

 

 

少女達の懸念とは裏腹に、刃は短く息をついた。今の彼は黒竜となったティオの尻尾に捕まっていた。もし平静であれば一波乱になったかもしれないが、今のティオには刃の存在すら意識する暇もなかったらしい。周囲の声が聞こえないくらい、彼女にとって生き別れた兄の変心は受け入れ難いのだろう。

 

 

「────ティオ!お前に、お前だけには背負わせねぇぞッ!!」

 

 

それを理解した上で、刃は寄り添うことを決意する。彼女がどんな選択をしようとも、ティオ・クラルスの意思を尊重すると、それまでは絶対に彼女を見捨てないと。

 

 

◇◆◇

 

 

「────一体、どうなってやがる」

 

「やあ、久々だねぇ。南雲ハジメ───ウルの町以来での再会だ」

 

 

アンリエスタの戦いから逃れたハジメが香織の気配を追って結界を破ったその時、彼はその光景を目の当たりにした。あまりにも一方的に、圧倒されていくクラスメイトたち。

 

────そして、黒い液体に全身を蝕まれて目の光を失った香織。そんな彼女の首を掴む、女神を思わせる美しい女性の姿を。此方を見るや否や向けられる女神の姿と、その神々しさからかけ離れた悪意に満ちた笑みを見て、南雲ハジメは確信した。

 

 

「…………ファウスト」

 

「おやおや?酷い奴だなぁ、君は。私よりも気にしてあげるべき相手がいるんじゃないかい?あー、えー、と…………これ、ほら、これ。なんて言うんだっけ?」

 

「────香織」

 

 

自らを呼ぶ低い声に、ファウストは心の底からバカにするように首を傾げた。大事な相手を忘れていると言いながら、その名前を思い出せないという明らかな悪意に満ちた態度でファウストは手を動かす。ファウストの側に持ち上げられた白崎香織が、その顔を向ける。全身をファウストの魔神の力に汚染された彼女は口から血を流しながら穏やかな顔であった。

 

 

「ほらー、分かってるのにさぁ…………ああ、彼女のこと?殺したよ、私がね。最も致命傷を与えたのは、そこの檜山君だけど、どうでもいい話さ。私が聞きたいのは、そんなことじゃない」

 

 

不意に、立ち尽くす南雲ハジメの隣に、黒衣の道化師の姿が映る。無論、女神の姿をしたファウストはその場から離れていない。影から生成した、魔神の虚像が南雲ハジメに語り掛ける。

 

 

「────南雲ハジメ、今君はどんな気持ちだい?奈落に落とされ、自らの無力に絶望してそこから這い上がって得た力はさぞ圧倒的で、君の心に優越感を齎したろう。でも、君だって分かってたんじゃないかい?

 

 

 

────君のその力は、あくまでも自分が生き残る為の力であり、誰かを救える力ではないと」

 

 

 

「自らの生き方は、自らの有様に反映される。他人を救うことを諦めるような君に、どうして大切な人だけを救えるよ?この世界は、理はいつだって理不尽なんだぜ?自分に都合の良い生き方が貫き通せるなんて、随分とまぁ傲慢な考えだねぇ」

 

「…………」

 

「そんなんだから────親友も死なせるような下手を打つ。所詮君は、世界を知った気でいる井の中の蛙。蛙がどれだけイキろうと、英雄にはなれないのにさ。君は所詮、周りを死なせるだけの無力なガキなんだよ。ほら、香織ちゃんも言ってるよ────『たすけてー、手遅れだけどたすけてー、愛しのハジメくーん』…………ってさぁ」

 

 

ケラケラと笑いながら、ファウストは死体を弄ぶ。香織の全身を抱き締めるようにして、彼女の喉や頬を押して、人形のようにパクパクと口を開けて────彼女と同じ声音で棒読みのセリフを語る。

 

親友を徹底的に弄ぶファウストのやり方に、皆の反応はほぼ同じだ。雫や雨音はあまりの悪辣さに怒りを隠しきれず、光輝は怒りを覚える以上に見たこともない狂気と悪意を前に理解できないものを見るような目を向けるしかなかった。

 

 

(…………さぁ、どうする?ここまで言われて冷静ではいられないだろう?激昂して我を失うか?頭に血が上って逆上するか?それとも、ただ敵を殺すだけの殺戮マシーンになるか?どっちにしても、私にとっては好都合────さぁ、さぁ!どうする!南雲ハジメッ!!)

 

 

そして、それすらもファウストの手の内である。白崎香織に狙いを定め、彼女を死に追いやったのも、全てはこの布石の為。南雲ハジメの感情をかき乱す為だけの犠牲。黒い道化師の影が、ただ立ち尽くすハジメに手を伸ばし────、

 

 

 

「…………それが、テメェの言いたいことか?」

 

 

爆裂音が、道化師の影を吹き飛ばした。火を吹いたドンナーの弾丸が炸裂し、影を形もなく液体状に崩す。当のファウストはそんなハジメの様子をニヤニヤと見ていたが、不意に「おや?」と声を漏らす。自らの手を見おろしたファウストは、肩を竦めた。

 

 

「…………ふぅん、駄目かぁ。思いの外ブチギレてるかと思ったけど、君にとって彼女はその程度の価値なのかな?」

 

「抜かせよ、怒らせるのが目当てなら目論見は叶ってるぞ。このままテメェらを消し炭に変えてやるから喜べよ」

 

「……………成程、ねぇ。煮え滾る程の激しい怒りのあまり、却って冷静になっちゃったか。いや、大魔王の一件を口に出したのは不味かったかな?やっぱり狙うなら────」

 

 

怒らせようとしていたファウストだが、宛が外れたようである。怒り極まって冷静に振る舞うハジメの殺意を受けても、考え事に暮れる余裕があるらしい。何を考えているかは定かではない、その意図を理解するのはファウストの近くにいる恵里とアルマのみである。

 

そんなファウストに、ハジメがドンナーの銃口を向ける。それを見たファウストは小馬鹿にするように軽く笑った。彼は自らの手の内にある少女の亡骸を見せびらかすように手を伸ばす。

 

 

「おいおい、君の大切な香織ちゃんが見えないのかな?バラバラに八つ裂きにして元に戻せなくすることも────あれ?」

 

 

「…………香織」

 

「香織さん!酷い………息してませんよ!?」

 

「────あぁ、空間転移か。いいよ、ソレはもう必要ない。価値がないことが判明したし、好きにしたまえ」

 

 

不意にその手が空振ったファウストは、ハジメの背後に降り立ったユエとシアの存在を認知する。彼女の手に抱かれた香織を見て、空間魔法を利用されたことを見抜いたファウストだったが、動揺すらしない。本来の目的を果たせなかった時点で、白崎香織に執着する必要性はなくなった。

 

 

「良いだろう、君のことを少し甘く見ていた────私が直接、君を測るとしよう」

 

「───ブッ殺す」

 

「殺せるかな?君ごときが、このファウストを」

 

 

指を鳴らしたファウストは、背後に展開する巨大な花弁状の火器ユニット『ディヴァイン・ウェポン』を操る。女神の姿を借りた魔神ファウストは純然たる殺意を向けられても、不敵な笑みを崩さない。

 

ドンナーから放たれる雷鳴の如き砲火が、戦いの引き金を引いた。

 

 

◇◆◇

 

 

そして、結界の外の激戦────魔王クレイドとハヤテ団長との戦いにようやく変化が見られる。互いに死闘と呼ぶには激しすぎる剣戟を繰り広げてから数十分、ようやく相手が膝を付いた。

 

 

「────余程疲れが溜まって来たようだな、魔王」

 

 

地に膝を付いた魔王クレイドに、ハヤテは平然と肩を回しながら両手のブレードを軽く振るう。人間離れした膂力と再生能力によってどんな相手も薙ぎ払ってきたクレイドにとっては、ここまで相手に圧倒された経験は少ない。

 

それもそのはず、イガル・ハヤテは純人間の中では最強クラスに位置する戦闘能力の持ち主である。エリュシオンと同じくして、世界に生まれ落ちた特異点。武器を使う純粋な闘争で勝てる者は居ないとされるほど、イガル・ハヤテは規格外であった。

 

 

有無を言わさず、ハヤテは魔王にトドメを刺さんとブレードを振るう。音速の一撃は風のようにあらゆる物を、魔王クレイドの首ごと斬り捨てることも可能だった。

 

────突如、その場に現れた『死』が無ければ。

 

 

【ォォォォォ────】

 

「っ!これは………っ!?」

 

 

その空間に、ソレが到来する。周囲の影という影から、広がる闇。黒い闇を帯びた領域が、魔王クレイドを囲うようにして展開される。あと数秒で首元に届き得たブレードも、伸びてきた『死』の闇によって防がれる。

 

舌打ちをしたハヤテは、咄嗟に空中を蹴って、近くの瓦礫へと降り立つ。闇に触れられた剣の刀身がボロボロになって砕け散る。周囲を見渡すと戦闘で生じた瓦礫や残骸も、同じように灰になって呑まれていく。

 

 

「剣が朽ちる………いや、物質を死なせる『死の力』か」

 

 

話に聴いていた、ある魔王の権能。生きとし生けるもの、万物を文字通り万物を『死なせる』死の息吹。有機に宿る生命に平等な死を刻み、無機たる物質すらも滅ぼす絶対の理。

 

世界を創生した旧き神が創り出した、『死』という名の神の律。飛び去ってその場を離れたハヤテは、その力に近寄ることを避けた。その力を振るう者まで、相手をする必要はなかった体を

 

 

「────邪魔、かな?クレイド」

 

「………この魔力、やはり貴様か。ダンテ」

 

 

暗い、冥い闇の中から、一つの影が浮かび出す。色の抜け落ちた灰色のような外套に身を纏う、穏やかさ以上の無機質な冷たさを纏う少年。

 

その者こそ、四魔王が一人────『冥獄死葬』魔王ダンテ・インフェルノ。かつて吸血鬼の真祖であった少女を負かしたというのに、迷宮の地下深くに封印したとされる謎めいた魔王。

 

彼はクレイドの前に現れるや否や、突如欠伸を噛み殺した。

 

 

「ふわぁ〜、随分と苦戦してるじゃない。ボクが出る間もなく終わると思ってたのに、お陰でフリード君に起こされて来る羽目になったよ」

 

「…………ならば何故今更来る。貴様が王国を攻めるのを代わるとでも?」

 

「そんなことしたらすぐ終わっちゃうよ────ボクが来たのは、フリード君から…………大魔王からの物を渡しに来てね」

 

 

そう言いながら死の魔王は何かを取り出した。掌に転がるソレを見た魔王クレイドは、その目を見開いて驚きを顕にした。

 

 

「…………『邪竜の遺骨』────大魔王も本気というわけか」

 

「フリューゲルやガイアドゥームは望まないけどね。ボクや君と同じく、大魔王は人間族の絶滅を望んでいる。それが当人の意思かは定かではないけど、ボク────我の知る由ではないな」

 

 

神話の時代、竜人族の中に現れた一族の罪。竜人族の秘する禁忌を生み出した張本人であり、一族がその存在を恐れるほどの厄災となったモノ。その『遺骨』を目の当たりにしたクレイドは、静かに嗤った。

 

かつては一族を縛る呪縛として嫌悪したこともあった。だが、今やその呪縛が作った禁忌の力をクレイドは利用している。そしてこの時も、その厄災の力を手に入れんとしているのだ。

 

 

「クレイド────ティア・クラルス」

 

「……………」

 

「ソレを呑めば、君はもう後戻りは出来ないよ。同族である竜人族から決して許容されることはない。正真正銘、本物の怪物に成り果てる────人類の敵たる魔王に成る覚悟は、君にあるかい?」

 

 

『遺骨』を受け取った魔王に、同じ魔王は厳かに問い掛ける。今のままであれば、どんな道であろうと引き返す機会はある。後戻りできる猶予は残されている。だが、その遺骨の力を使えば、クレイドはもう二度と一族からは受け入れられない。世界を滅ぼす厄災として、破壊の限りを尽くすまでは止まらない。

 

故にダンテは魔王として────■として魔王クレイドに、竜人族の青年に問うた。その覚悟を、真なる厄災となる意思があるのか。

 

 

「我が意志は、あの日を以て決まっている」

 

 

────魔王クレイド、ティア・クラルスは断言した。

『遺骨』を握り締め、空に掲げた魔王は激しい怒りと憎しみを顕にする。あの時と同じように────何千、何万の同胞の亡骸の中で、その死骸の山の前で誓った時の怨嗟を。

 

 

「人間族に、呪いあれ────奴等の未来に、絶望あれ!我等の全てを奪った上で、平穏を謳歌し続ける人間どもに────我等竜人族の怒りと怨嗟をォッ!!」

 

 

揺るぎない決意と共に、ティア・クラルスはその『遺骨』を呑み込んだ。喉を鳴らし、腹の中へと収める。その瞬間、邪竜の遺骨はその効力を発揮した。

 

 

「ォ、お────」

 

クレイドが、苦しみ出す。喉を押さえ、膝を付いて蹲る。その全身から溢れ出す魔力はあまりにも異常に歪んでいる。そして、変異したのは魔力だけではなく、その肉体であった。

 

 

「ォォオぉォォおおおおオオオオオッッッ!!!!」】

 

 

そして、怒号にも等しい雄叫びと共に溢れ出す魔力から無数の顎が伸びる。複数を上回る数百、数千の龍が、螺旋を描き、一塊の肉塊となって顕現した。

 

魔王ダンテは、その光景に静かに一息つく。数千の龍の首を纏う肉塊、そのコアである魔王を見据えたまま、彼は語り出す。

 

 

「────我が同胞たる魔王、君の覚悟と意志に敬意を示す」

 

 

僅かにも揺るがぬ憎しみと怨恨。クレイドを突き動かす恨みという名の動力源、そして果てることを許さぬ使命感を見越したダンテは、同情を禁じ得なかった。

 

 

「神は人を、世界を見放した────ならば、後は滅び行くだけか」

 

 

魔王ダンテは、ある神を思い浮かべた上でそう零した。世界の支配者として偽ったエヒトはいの一番に人と世界を見捨てた。エヒトに盲信して、その存在を忘れられた旧神たちは世界の記憶から消えた。

 

これこそが、神の望みなのかもしれないとダンテは嗤った。他の旧神はそうでなくとも、全てに絶望して眠りに就いた神を知るダンテだからこその判断であった。彼自身も期待も可能性も抱いていないのか、欠伸と共に────影に消えた。

 

 

王国を滅ぼす真なる驚異の到来と同時に────そして。

 

 

「────兄上ッ!!」

 

「………………ティオ」

 

その時、空を裂いて黒竜がその場に降り立つ。竜化を解き、近くの足場に降り立った竜人族の若き姫を見た無数の龍塊が停止した。殺気立つ龍の頭が下がる中で、首の隙間から魔王クレイドは────実の妹である、ティオ・クラルスと初めて再会した。

 

 

数百年も昔、ある王国の終焉以来の────兄弟の再会。しかし、今その兄弟の間には大きな亀裂と溝があった。




ようやく話をまとめられた気がします。色々と補足させていただきます。

今回、王域の戦いに関しては魔王(ガイアドゥームとフリューゲル)の援軍によって中断されました。まあ王域側が生物相手には最強のアンリエスタと数万の魔戦騎を率いた上で戦うルクシオンとエゼルだったので、相手が悪いというか………そもそも相手が足止めした上で確実に狩るという本気戦術なので。

因みにガイアドゥームとフリューゲルがハジメや刃達に手を貸したのは、大魔王のやり方に本気で反発したから。まぁ元々は大魔王の人良さに惚れ込んで、戦争自体もアクシアの仇討ちでやってたのに、当の大魔王が望んで虐殺を決行したらねぇ?

ファウストに関しては………今回語ることはなしで(語り過ぎるとネタバレになる)


そして、エルヴァルガンドゥを失った大魔王たちにとっての新たな切り札が、魔王クレイドです。『邪竜の遺骨』とか言うろくでもないもの取り込んでパワーアップしました。さしずめ、擬似的な竜化(ヒュドラみたいな多頭竜)です。


次回は魔王クレイドとの戦い────彼の原点である過去に触れる話になっていきます!お気に入りや感想、評価などよろしくお願い致します!それでは!!

清水の今後について

  • 生存その1(生き残るけど戦えない)
  • 生存その2(護衛組の一人として戦う)
  • 死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
  • 意識不明の重体として途中退場
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