ありふれた職業で世界最強 新生譚   作:虚無の魔術師

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久々の投稿で遅れました。申し訳ない………。


竜王の原点・覇竜の生まれた日

────数百年前、ある王国にて。

木と水、自然に恵まれたその国は、あらゆる種族を受け入れる平和な国であった。その国を作ったのは、竜人族と呼ばれる気高き種族。その中でも、クラルスというのは竜人族の長────その国を束ねる王の名でもあった。

 

 

「王子!ティア王子!お待ち下さい!」

 

「悪いね────俺は呼び止めたいなら、父上を呼んでくれよ」

 

 

若き王子として名を馳せた黒髪の少年、ティア・クラルスはその若さが目立つ王子であった。常に周りに気を使う優しき王子として振る舞っていた彼だが、ある日を境に億劫な勉強の時間から抜け出すようになった。

 

探し回る従者に短く謝罪を送り、ティアは城の中を駆けて跳んで行く。まず抜け出してから彼が最初に寄るのは、決まりきっていた。

 

 

「ティオー、兄上が遊びに来たぞー」

 

「!兄上!兄上じゃ!」

 

 

ヒョッコリと窓から姿を見せるティアに、部屋の中で本を読んでいた黒髪の幼女が顔を上げて反応を示す。すぐさま駆け寄る幼女に、従者である竜人族の女性が慌てて呼び掛ける。

 

 

「若さま!今姫さまはお勉強の時間ですので………それに、若さまも勉強の時間では…………」

 

「だいじょーぶさ、ヴェンリ。やることは終わらせてあるし、軽く声掛けに来ただけだから問題ないよ」

 

 

黒髪幼女 ティオとその乳母であるヴェンリに、ティアは気さくに語り掛ける。困り顔のヴェンリが何とか納得している間に、幼いティオは兄の纏う着物を引っ張ってせがんでいた。

 

 

「兄上!また外の世界の話について聞きたいのじゃ!」

 

「そうだな…………今は駄目だ。話しちゃうと長くなるし、そうなるとヴェンリやティオを困らせちゃうしな────そんな顔しない。今度はもっと面白い、外の世界では教えられないことも教えてあげるから。父上や母上もまだ教えてくれない、凄いことを」

 

「────本当なのじゃ!?絶対、約束なのじゃ!!」

 

 

明らかに落ち込むティオに、ティアは元気づける為にもそう諭した。明らかに喜ぶ妹に兄は「約束さ」と笑い掛ける。

 

そうして、妹と別れた彼は今度は城を抜けて城下町へと出る。周囲の大人に見つからないように抜け出した彼が目指したのは、町外れの修練場だった。

 

 

「おーい!遊びに来たぞー!」

 

「お!若様が来れられたぞ!」

 

「未来の竜人族の王!城から抜け出すなんてお転婆王子!」

 

「何だぁ?お前等────お転婆王子だなんて言いやがって………まぁ、正論過ぎて反論の余地もないが」

 

 

ティアの登場に湧いたのは、訓練に明け暮れていた若き竜人族の戦士であった。彼等はつき慕うティアの登場に喜びながら、軽く弄り倒す。

 

そうして距離感の近い同期の戦士達と語らい合ったティアは、夕暮れ頃に城に戻る。無論、反省して元の場所に戻るのではなく、彼の目的は他にあった。

 

 

「────父上が入るなって言ってた地下。父上達は何を隠しているんだ?」

 

 

常に父達が入らぬように釘を差していた重たい扉、そこから続く地下の階段へと降りたティアは、父親達の隠す秘密を知りたいとでも言わんばかりに好奇心に駆られて地下へと踏み込む。

 

そんな彼が見たのは────複数の鎖と杭に封じられた箱であった。貼られた御札に刻まれた文字を見たティアは、思わず目を細める。

 

 

「…………『竜人族の罪、ここに封ず』………俺達の、罪?」

 

「────ここに入るなと、私は言ったはずだがな」

 

「ち、父上…………っ」

 

 

禍々しい瘴気を放つ箱に気を取られ、ティアは背後に立つ影に気付かなかった。そこに立つのは、この国の王でありティアとティオの実父であるハルガ・クラルス。穏やかに笑うように見えるその姿からは怒気が立ち昇っていることに気付いたティアは反抗の余地もないと悟り、逃げの一手を取ろうとして────叩きのめされた。

 

 

「いてて……………クソ親父め」

 

「…………ティア。最近よく勉強に手を付けないと聞いている。一体何が不満だ?周りに迷惑をかけて、どうしてそんなことをする?」

 

「勉強なんかしてるより、特訓の方が一番だ。父上の方が、よく分かってるんじゃないの?」

 

 

ボコボコに折檻されたティアが愚痴をこぼす中、ハルガは困ったように眉をひそめながら最近のティアの反抗的な行動を指摘する。当のティアの拗ねたような言葉に、ハルガは困惑を顕にした。

 

その様子に、ティアは更に顔を険しくさせる。不機嫌そうに鼻を鳴らしたティアは、ポツポツと語り出す。

 

 

「最近、忙しいみたいじゃん。ティオが父上と遊びたがってるのに、ずっと仕事の時間で構わなくてさ────『戦争』の準備なんだっけ?」

 

「…………ティア」

 

「まだ子供だって甘く見られてるかもしれないけど、俺だって父さんの子だ!戦う力も、覚悟もできてる!戦争だってやる気はある!それ以上に、俺達にだけ黙って自分達だけで解決しようとするのが、たとえ父上でも気に入らない!!」

 

 

声高らかに宣言したティアの言葉に、ハルガは静かに両目を伏せた。僅か数秒と言えど、決心したように彼はティアの目を真剣に見据える。

 

 

「────我等が戦うのは、神だ」

 

「神?それって、父上の話してた創世の六神じゃなくて」

 

「ああ、創世の六神ではなく、全能の座を簒奪して神に成ったエヒトだ。奴は六神の存在を世界から消し去ろうと躍起になっている。今回の戦争も、我等を葬る事で神の記録を抹消しようとしている」

 

 

父の語った神の名に、ティアは嫌悪感を顕にした。

竜人族にとって、世界の真実は既知の事実である。ティアからすれば、嫌悪感がないはずもない。神の座を奪い、人々を扇動して魔人族や亜人族を迫害する悪神。強ち間違いではないそれが、竜人族達のエヒトへの見解であった。

 

 

「恐らく、世界を巻き込む戦いになる。大勢の犠牲が出るだろう。ティア、お前は王子として、兄としてティオを、民を守るのだ。約束だぞ」

 

「分かってるよ………ところで、父上。あの箱は、何なんだ?我等の、竜人族の罪とは一体…………」

 

 

ハルガの真剣な言葉を受け止めながら、ティアはずっと疑問を持っていた箱の存在に触れる。当のハルガは語るべきか迷っている様子だったが、意を決したように口を開いた。

 

 

「ティア。お前も私の、竜人族の王となり皆を導く者だ。知っておくに越したことはない────あの中には、邪竜の遺した禁忌の魔法がある」

 

「邪竜………禁忌の、魔法?」

 

「かつて竜人族の中に現れた者だ、元々は一族に愛されていた長だったが、家族の死からその性格が変じ────トータスを襲った厄災に与する存在になった。奴の魔法は、死した仲間の力を取り込む魔法。剣帝アリサが討ち倒し、占星術師セプティマが封じたソレは、この世界にあってはならぬ禁忌そのものだ」

 

 

思わず箱を見返す。そんな恐ろしいものが、この中にあるのかという困惑が、彼の意識を深く集中させる。ただほんの少しの興味本位だった。その中にある何かへの僅かな好奇心が────『ソレ』との繋がりを、与えてしまった。

 

 

────、────せ

 

「…………?」

 

「どうした?ティア」

 

「………何でもないよ、父上。声が聞こえた気がしたけど、風の音だったみたい」

 

 

そうして、ティア・クラルスは普通の日常へと戻る。いつものように家族や友人と充実した日は短くはなかったが、長くもなかった。

 

数週間後、彼等の王国は七日間かけて滅びた。多くの竜人族の犠牲と引き換えに、数少ない竜人族だけが生き永らえ、隠れ生き延びた。エヒトの神託により引き起こされた竜人族を絶滅させる戦争────その地獄を経験した、竜人族運命の兄弟は生き延びた。

 

その片割れは名を捨て────人類を滅ぼす厄災の尖兵と成り果てた上で。

 

 

◇◆◇

 

 

そして現在────生き別れた兄弟は再会した。数百年ぶり、互いに死んだと思っていた家族との対面に、本来なら涙を流して喜べたはずだ。しかし、対峙する二人に、喜びの感情は見えなかった。

 

 

「────大きくなったな、ティオ。昔と変わらぬ、母上に似た優しい眼だ」

 

「………兄上は、変わった。穏やかで平和を愛した兄上の眼は────怒りと憎悪しか感じぬのじゃ」

 

「変わったか…………確かに、俺は変わったさ。変わらなければ、ならなかった。一族の族滅が、俺をここまで変えた」

 

 

竜面の兜を上げ、クレイドは静かにそう告げた。無数の竜頭に覆われた巨体から姿を見せた竜人族の男。かつて竜人族に愛された王子であった彼は、今人類の敵たる魔王へとなっていた。

 

 

「ティオ、我が妹よ。単刀直入に言う────我が元に下れ。お前が俺の元に下れば、残った竜人族の者たちも我が旗の下に集うであろう」

 

「…………!」

 

「いくら人間に与するとは言え、同族を滅ぼすのは心苦しくはある。俺とて無駄な犠牲は望まぬ────ティオ、それはお前も同じはずだ」

 

 

それ故の降伏勧告。身内への迷いと優しさはあったとしても、それは微々たるものでしかなく、無慈悲にも等しい冷酷さが大半を占めていた。そんな兄の言葉に、ティオは静かに俯きながらも覚悟を決めるように唇をかみしめた。

 

 

「………妾も、無意味な犠牲は嫌いじゃ。ならばこそ、兄上よ────これは、この戦争は、有意義だと………必要な犠牲と言うのか」

 

「無論だ。ハイリヒ王国は、人類の先鋒とも成りうる最後の砦。逆に言えば、王国を取り除けば後は容易い。鮮血帝率いる新生ヘルシャー帝国、豊穣の女神を擁立する新聖共和国エスティマも脅威にあることに変わりないが、星王率いる王国さえ墜とせるのならば────」

 

「妾が言っているのはそのような話ではないっ!兄上のしていることに、何の意味があるというのじゃ!?これはただの、無意味な虐殺への加担ではないか!!」

 

「無意味?これは正当な報復である────人間族は長い歴史の間、差別と迫害を繰り返してきた罪深い罪業に穢れている。数百、数千、数万の時を経て奴等が齎したのは無数の悲劇と怨嗟に過ぎん。その憎しみを、この俺が背負い正すのだ────全ての人間族に絶望と苦痛を刻み込ませ、滅ぼし尽くす!

 

 

 

そうすることで、俺は失われた同胞達の無念を洗い流そう!この世すべての人間族の屍を積み上げ、同胞達の墓標へとすることでっ!!」

 

 

槍の束を打ち鳴らし、クレイドは憎悪のままにそう宣言した。自らの行いに、間違いなどありはしないと。人間族へ憎悪をぶつけることこそが、かつて滅ぼされた竜人族の無念を晴らすことに繋がると信じ切っているようにしか見えない。

 

狂気にも似た憎悪に燃える兄の姿を、ティオは悲しそうに見つめるしかなかった。そして、静かに────それでいて、兄に聞こえるように語り出す。

 

 

「────我等、己の存する意味を知らず」

 

 

その言葉に、クレイドは驚きにも似た表情を浮かべた。彼自身、その言葉なんであるかを覚えていたのだろう。それは、竜人族の教えであり、国王であった父が二人によく言い聞かせていた言葉であった。

 

 

「───仁 失いし時、我等はただの獣なり。されど」

 

「………理性の剣を振るい続ける限り、我等は竜人である。…………我等の教え、忘れた事は片時もない」

 

「ならばこそ、兄上よ。今一度、その怒りと憎しみを鎮めてたもう…………優しき兄上に、戻って欲しいのじゃ」

 

 

語り続けていたティオの言葉に、応じるように最後の言葉を続けたクレイドは、その言葉の懐かしさを思い出して両目を伏せた。そんな兄にティオは必死に言葉をかけた、昔のように戻れることを信じて。

 

────だが、再び顔を上げた兄の瞳には、濁り切った闇とその中で煌々と燃え続ける憎怨の炎が揺らいでいた。

 

 

「────お前も父のように、俺を否定するか」

 

「………兄、上?」

 

「ティオ。我が愛らしく、そして愚かな妹よ。人間族なんぞに絆され、一族を破滅に導いたあの王の娘。お前は知らぬからそう言えるのだ、人間族というものが如何に救い難く、愚か極まれるか。

 

 

 

かつて、お前の言う兄はあの地獄の中でその真理を知った。そして俺はあの時から、人類を滅ぼす厄災に成ったのだ────!」

 

動揺する妹に、クレイドは────かつてティアだった者は告げる。自らが生き抜いた、数百年前の地獄を。竜人族が滅んだ、あの戦争の悲惨さと人間族への恨みの骨髄を。

 

 

◇◆◇

 

 

数百年前、とある王国が滅ぼされた絶滅戦争。それは七日間以上の期日を掛けて行われた、竜人族への一方的な殲滅作戦であった。神エヒトによる神託を受けた教会が主導となり、人間族が竜人族を滅ぼさんとその牙を剥いた。

 

戦争の最中、ティオや女子供、戦えぬ老人などを主に竜人族の一部は戦争から逃れ、生き延びることができた。その代わり、彼等を逃がすために、若き竜人族はこの戦争に打って出たのだった。

 

 

「────前線はどうなっている?」

 

「陛下率いる竜人族の戦士達が戦っているが、押されているらしい…………一部では、数に圧倒されて蹂躙されていると聞く」

 

「っ!馬鹿な!俺達竜人族には竜化がある!竜化さえしてしまえば、人間族に負けることは────!!」

 

「ない筈だ。だが事実、我等は押されている。理由が何であれ────我等のやるべきことは一つ」

 

 

殆どの大人を率いて防戦に出る父ハルガや避難する老若男女を守り切る為にも、若き竜人族の戦士を率いたティア達は遊撃隊として人間族の猛攻を止めることを選んだ。副官であり友人のリヴァリンと話しながらも戦場に辿り着いたティアは、その地獄を前にした。

 

 

「…………酷い。血と肉の焼ける匂いが、辺り一帯に」

 

「ここは、王国の端部。逃げ遅れた同胞達も、奴等に皆殺しにされたとみるべきか」

 

 

鼻の奥にこびりつくような不快な匂いに顔を顰めるティア。彼等が辿り着いたその場所が王国領内橋の集落が点在していたことを思い出す。それゆえに、匂いの濃さからリヴァリンは生存者はいないと断じた。それほどまでの、血と死の匂いが辺りに充満していた。

 

そして燃えた集落の残骸の近くを、進軍する人間族の軍勢。槍と旗を掲げる彼等はどこかの国の兵士であるらしいが、彼等を主導する騎士達の旗は───教会の、エヒトに仕える者の印であった。

 

ティアはそんな彼等を見据え、ふと息を整える。軽く深呼吸したかと思えば深く息を吸い込み────、

 

 

「────人間達よ!!かつては手を取り合った我等に槍を向けただけではなく、戦えぬ者達すら手に掛けることは!それがお前達人間族の礼儀ならば、我等竜人族もそれ相応の覚悟を示すまで!!

 

 

 

我が名はティア・クラルス!父ハルガに母オルナの血を受け継ぎし戦士!人間族よ、我等に槍を向けたのだ!我等の牙と爪を、その身、魂に刻みつけよう!!」

 

 

高らかと槍を掲げ、若き竜人族の王子はそう宣言する。共に応じる同胞達の気迫も一気に高まり、相対する人間族は僅か少数の竜人族を相手に怯む様子を見せていた。

 

そして始まったのは────あまりにも圧倒的な蹂躙であった。少数と言えど、空を舞う巨影。竜化した竜人族の若者達は、いとも容易く薙ぎ払っていく。

 

鋼鉄のような鱗と刃のように鋭い爪、それらを纏う巨躯。それを率いるティアは巨大の竜の姿ではなく、自らの手足を竜化させる技術によって人間族の兵士達を一掃していく。遂に逃げ出す者まで現れた戦況に、彼等がようやく動き出した。

 

 

「────なんと情けない。仮にもエヒト様の信徒とあろうものが、敵を前に逃げ出すなど。恥を知りなさい」

 

「貴様は、教会の司教か」

 

「竜人族の王子よ、抵抗は無意味です。エヒト様は貴方達の族滅を望まれている。ですが、エヒト様も寛大です。その身、その魂を捧げるのであれば、貴方の命は許されるでしょう」

 

 

逃げ出す兵士達を粛清し、姿を見せたのは教会の神殿騎士達を率いた老人────大司教であった。温厚そうな表情とは裏腹に、恍惚そうに微笑む顔と瞳には正気らしきものを欠片も感じない。生命が惜しければ、エヒトへの信仰を持てと促す大司教に、ティアは吐き捨てた。

 

 

「笑わせるな、狂信者。我等は世界を弄ぶ邪悪なる神を認めはしない。我が一族に、命惜しさに赦しを乞う者など一人はいない。たとえこの戦いで滅びようと────我等が奴に膝をつくことなど、有り得るはずもない!!」

 

「……………なんと愚かしい。所詮は畜生、エヒト様の慈悲深さを理解する脳も持たぬとは。ならば結構、そのくだらぬ誇りと共に駆逐してあげましょう────貴方達の大切な、同胞と共にねぇ!!」

 

ティアの拒絶を受けたその瞬間、大司教の顔が侮蔑と嘲笑に満ちる。老人が手を振った瞬間、兵士の人波が消え始め、騎士達に囲まれた数十人近くの男女が現れる。

 

それは、全滅したと思われていた竜人族の民間人。明らかに痛めつけられた痕跡の目立つ彼等の姿に、殺気立つティア達の戦意が明確に揺らいだ。

 

 

「っ!?皆!」

 

「あれは集落の!確か全滅したと聞いていたが────貴様ら!」

 

「おっと、ティア・クラルス。貴方の竜化はさせませんよ、別にしても構いませんが…………子供を犠牲にしてまで、戦えますかね?竜化しようものなら、手が滑るかもしれませんねぇ」

 

「お前達はぁッ!!」

 

 

そう言って剣を手に取った大司教が、捕らえられた竜人族の子供の顔を切り捨てる。あまりにも無造作に、淡々と剣を振るった大司教と響く子供の悲鳴に、ティアの思考が熱を伴って破裂した。

 

槍を手にし、彼は大司教へと掴みかかる。「ティア!」と叫ぶリヴァリンの制止も間に合わず────突如空から現れた斬撃を、ティアはまともに受けた。

 

 

「が、あ────」

 

「────ティア・クラルス。エヒト様の命により、その命を捧げなさい」

 

 

銀色の天使を思わせる、エヒトの使徒。

彼女による不意打ちを、怒りに駆られたティアは避けられなかった。直撃したティアは血を噴き出して、その場に崩れ落ちる。そんな彼を冷たく見下ろした使徒が大剣を振り上げた、直後。

 

 

「ぉおおおおおおおッ!!」

 

「リヴァ、リン………!待て、皆を、置いて………ッ」

 

「お前が死ねば、竜人族は終わりだ!死にはせん!同胞達は侮るな!」

 

「リヴァリン!ティア様を連れて逃げよ!」

 

「エヒトの使徒め!貴様らの横暴、断じて許さんぞ!!」

 

 

朦朧とするティアの身体が、宙を舞う。竜化したリヴァリンが、その巨躯でティアを抱き抱え、その場から離れていく。そんな彼の背を、仲間達は共に守ることを選んだ。血を失い始めたティアは、そこで意識を失った。

 

 

 

────そんな彼が目覚めたのは、血生臭い悪臭が渦巻く空間だった。薄暗く、微かに光の射す場所。起き上がったティアが痛みに呻いた時、近くに座り込んでいたリヴァリンが口を開いた。

 

 

「起きたか、ティア」

 

「リヴァリン………この、傷は」

 

「何とか塞いだ。安心しろ、ここにいても傷口に影響はない。あまり動かなければな」

 

「…………何時間、寝てたんだ?」

 

「一日だ」

 

 

そんなに、とティアは驚きの息を漏らした。幸いなことに、気絶している間にリヴァリンが包帯と針で傷口を縫合したらしい。安堵したのも束の間、ティアは数日前のことを思い出してリヴァリンへと掴み寄った。

 

 

「リヴァリン!皆は、あいつらはどうした!?何故俺達はここに────むぐっ!?」

 

「静かにしろ────気付かれる」

 

「………気付かれる?」

 

「戦場は既に包囲されている、脱出の余地はない。あいつらは全滅した………人質も、皆殺しにされた。今奴等は生き残った俺達を、草の根掻き分けてまで探し出している」

 

 

口元を抑えられたティアは、不意に遠くから人の話し声が聞こえてくる。どうやら何人かが辺りを走り回っているようだった。全滅した、皆殺しにされたという事実に絶句したティアだったが、不意に彼の脳裏にある疑問が生じる。

 

 

────今、自分達は何処に隠れているのか。その疑問は、ふと目を凝らして周りを見たことで理解した。そして、ティアは思わず吐いた。

 

 

彼等が居たのは、死体の山の中だった。

無数に積み上げられた、同族達の亡骸。悪臭の発生源と、見覚えのある死体の数々に、彼は胃の中のすべてを吐き出した。

 

それでも、彼は死体の中に残り続けた。数時間経っても、兵士たちの数は消えない。最悪なことに、どうやら殺された竜人族の亡骸は全てここに破棄されているらしい。何人も殺された同胞の死体が運ばれている状況にティアは狂いそうになりながらも耐えていたが、限界の時は近かった。

 

 

「…………くそ」

 

寝転がりながらティアは必死に眠ろうと努めた。理由は明白、一日過ぎたことでの空腹感を忘れ去ろうとしたからである。ここに逃げ隠れた彼等には、備蓄用の食料すら残されていなかった。何とか一日分は済ませられたが、その次の日の分はもう残されていない。

 

それでも、仲間達の死体の中で鳴り続ける腹の音に、ティアは自責と屈辱のあまり、涙を流して腹を殴るしかなかった。

 

そんな中、どこかに動いたであろうリヴァリンがティアの元に戻った。

 

 

「ティア、残っていた最後の食料だ。食え」

 

「…………食欲はない。俺はいい」

 

「生き残るんだ、俺達は………陛下や皆の元に帰るためにも、腹は満たしておけ」

 

リヴァリンの説得を受け、ティアはなんとか身体を起こした。リヴァリンから差し出されたそれを手に取ったティアは口を開き、それを咀嚼しようとした時に、気付いた。

 

リヴァリンから渡されたのは、生肉であった。新鮮な肉は血の滴らせており、新鮮さが目に見えて分かる────明らかに、備蓄していた食料であるはずがなかった。

 

 

 

「────待て、リヴァリン。これは何の肉だ?」

 

 

そう聞いたティアは、明らかに肩を震わせたリヴァリンの様子を見て、確信した。これが、備蓄用の食料ではないことを。その正体を、理解したくないと思いながらも問い詰めるティアに、リヴァリンはただ静かに告げた。

 

 

「………食え、ティア」

 

「食料はもう尽きてた、肉なんて残ってなかった。答えろ、リヴァリン。何処からこの肉を用意した」

 

「食え、ティア」

 

「まさかだ、まさかだぞ。────その肉は、ここにある同胞の肉じゃないだろうなッ!?」

 

 

戦友の沈黙は、長く続いた。

それこそが、無言の沈黙こそがティアの疑問への返答に等しかった。リヴァリンはただひたすら、死んだような目で淡々と呟く。

 

 

「安心しろ、他の死体とは違って腐敗していない。外から投げ込まれた、殺されたばかりの死体だ。腐ってないのは、俺が実食済みだ…………だから、食え」

 

「────嫌だ、イヤだぞっ!俺は、俺は食べない!皆の、仲間の死体を食ってまで、生き残るくらいなら!死んだ方がマシだ!」

 

「────食うんだ!ティア!お前は、皆の希望だ!お前こそが、竜人族を導く光なんだ!だからこそ、お前は何があっても、生き残らなければならない!!」

 

 

抵抗するティアに、リヴァリンは力尽くで生肉を呑み込ませた。泣きながら拒否するティアの懇願も虚しく、彼の喉の奥にそれが押し込められた。怒りと絶望のまま涙を流したティアは、生き残る為に死体を喰らうことをその日から始めた。

 

数日の間、投げ込まれた新鮮な死体を食い漁り、彼等は人間族から生き延び続けた。そして、七日目になったその日は死体は一つもなかった。どうやら殆どの竜人族が全滅したらしい、心の底でもう仲間を食らう必要はないことに安堵したティアだったが────彼の前で、リヴァリンが倒れた。

 

 

「っ!?リヴァリン!…………お前、この傷」

 

「……………あの天使から逃げるのに、ヘマをした。傷口を縫合する針や糸は、もう残っていなかったからな。ここまで生きられたのも、運が良いのさ…………二つの意味で、な」

 

 

背中の傷から血が滲み出していた、あの日エヒトの使徒から逃げ出す最中に受けた傷が、止血できなかったらしい。血の匂いが溢れる死体の山だったからこそ、リヴァリンの異変に気付けなかったのだ。

 

必死に傷口を塞ごうとするティアを、リヴァリンが制止する。彼は自らの死ぬ定めを理解した上で、ある頼みを投げ掛けた。

 

 

「俺を、食え────ティア」

 

「……………っ」

 

「最早、俺は死ぬだけだ。せめてお前の生きる糧になれるなら、本望だ。王になるお前を、支えられなかったことだけが、無念だがな」

 

無言で、数十分の躊躇を経て、ティアは槍を手にしてリヴァリンの側に座った。そして、槍の矛先を向けたティアに、リヴァリンは穏やかに笑い掛ける。頼んだ、と無言で告げる副官に────ティアは言葉にならない絶叫と共に、槍を振るった。

 

そして彼は、戦友の亡骸を喰らった。無力感への絶望と後悔と懺悔が入り混じった涙を垂れ流しながら、不条理への疑念と怒りのままに、涙の味しかしない死肉を、喰らい続けた。

 

 

────そして、彼は人の気配の消えた死体の山から這い出た。そこにあったのは、大地に明けられた巨大な穴に無数に捨て去られた同胞たちの死体の山。数千、数万の同胞の死を理解したその瞬間、血に塗れた若き王子の心に、ある感情が芽生えた。

 

 

「何で、俺達が────こんな目に?」

 

 

かつて見た平和な王国の有り様に、ティアの零した疑問。そこから生じたのは、炎────揺らぎ、昂り、燃え盛る憎悪という名の炎。ふと、彼は自らの胸に宿る感情に、声なき意思に突き動かされるように、あの場所に向かった。

 

かつて、今の自分が宿す感情と似たものが感じられた、あの封印の箱が眠る地下へと。

 

 

 

何故、自分がそこに向かっているのか。ティアには分からなかった。だが、確かに自らを突き動かす意思があった。そうして、炎の伝わっていく城の地下へと辿り着いたティアの歩みは、不意に止まった。

 

 

「────ティア!?無事だったか!」

 

「ちち、うえ………」

 

「よくぞ無事だった────ティア、辛いだろうが今は少し時間くれ。私はこの箱の封印をより強固にせねばならない。妻の元へ、戦争を終わらせるにはそれしかない」

 

「封印、するのですか…………その力を」

 

 

傷だらけの父 ハルガはティアの無事を喜びながらも、何かあったと理解した上でハルガは悲しそうな顔をしながらも、ティアをその場に休ませる。しかし、ティアは理解できぬと言わんばかりにハルガの言葉に異を唱えた。

 

 

「父上………リヴァリンは、皆は死にました。奴等、戦えぬ子供を人質に取り、皆殺しに、しました」

 

「………ティア」

 

「その箱に眠る魔法があれば、この戦争に勝てるはず!なのに、何故それを使わなかったのです!?禁忌や罪など、仲間達を犠牲にしてまで守り通すようなものだったのですか!?そうまでして、人間族や世界など、守る価値などありはしないでしょうっ!?」

 

 

憎悪のままに、ティアは恨みの感情を叫んだ。その力を、禁忌の魔法さえあれば、竜人族を滅ぼした奴等への復讐が行えると、過去の因縁や宿命など知ったことか、とティアはその力を利用した報復を掲げてハルガへと掴みかかり────父から平手打ちを受けた。

 

 

「────ッ」

 

「正気を保て、ティア!一時の感情に身を委ねるな!いかなる時も現実から目を背けず、理性と意思を貫き通せと!教えたはずだぞ!」

 

「……………」

 

「………すまん、私も頭に血が上った。だが、ティアよ。少し冷静になるのだ」

 

 

平手打ちを浴びせたハルガは険しい表情を浮かべ、今までにない勢いでティアへと怒鳴り諭した。瞳を揺らしたティアが俯いて膝を付いた姿を見て、ハルガは自らの行いを恥じた。ティアには凛々しく正しく育ってほしいと、厳しく育てた自覚はある。だからこそ、その場にティアを休ませて、封印の術式を刻み込んだ────その瞬間だった。

 

 

────槍が、ハルガの胸を刺し貫いた。

 

 

「ぐ、が────ティ、ア?」

 

「声が、聞こえるんだ………頭に、響いて…………殺せ、って、奴等を殺せって、………怒り続けろって」

 

「ま、さか────…………すま、ぬ」

 

 

血を吐いたハルガは、自らの胸を貫いた槍を見つめて振り向いた。そこには泣きながらも、正気ではない────何かに突き動かされたであろうティアが、うわ言のようにブツブツと呟いていた。そのティアの様子にハルガは箱を睨みながら、絶命した。

 

父の亡骸から槍を引き抜いたティアは、目もくれずに箱の方へと歩み寄る。うわ言のような言葉を繰り返しながら、彼は箱を手にする。

 

 

そして、箱の中身────蠢き続ける心臓を喰らい、ティアは禁忌の魔法を会得すると同時に、世界を滅ぼす憎悪の魔王としての覚醒を遂げた。

 

 

◇◆◇

 

 

「────嘘、じゃ」

 

ティアの告げた真実、戦争を生き延びた彼の歩みを聞いたティオは、耳を疑った。父ハルガは、ティオと別れた後に戦い続ける最期を選んだはずだと信じていた。その父を、大好きなだった兄が殺したなどと、理解したいと思えなかった。

 

 

「兄上が、父上を殺したなど………そんな事っ」

 

「竜人族の誇りとやらの為に、奴は我等を、犠牲になる者達の死を受け入れた。恥ずべき愚行だ、奴は王として、同胞達を見殺しにしたのだ────だからこそ、この手で殺した。奴を殺したことへの罪悪など、欠片も存在しない。むしろ、殺して清々した気分だ」

 

「────ッ!」

 

「この身は憤怒の、憎悪の化身。我が身に宿るモノは、滅ぼされ尽くした同胞達の無念と怨嗟。それ以外の余分は全て棄て去り、純然たる憎悪を紡ぐ者。愚かな妹よ、お前も奴のように理想を唱え、人間族に与するのならば────同じように殺すまで」

 

 

淡々と言い切り、ティアだったモノ────魔王クレイドは一切の躊躇もなく、槍を振り抜いた。鋭い斬撃となった槍の一振りが、抵抗する余地もなかったティオを両断する────ことはなかった。

 

 

────ギィンッ!!

 

「ぐッ!仮にも魔王か、やっぱ重ぇな………!」

 

「ご主人、様…………?」

 

「ティオ。言いたいことは山程あんが、後回しだ。今オレは、無性に腹が立ってんでな」

 

 

魔剣を手にし、前に立ちふさがった刃がクレイドの振るった槍を受け止めていた。しかし、両手で握る魔剣フェンリルは、クレイドの振るう槍に圧倒され、刃は膝をつきそうになりながら目の前の魔王を睨んだ。

 

 

「貴様は剣帝か。悪いが、貴様の相手はあとだ。邪魔をするならば、そこの裏切り者諸共斬り伏せるまでだがな」

 

「…………テメェは、ティオの兄貴じゃねぇのか。妹を、テメェの手で斬るのかよ」

 

「些事だ。この身は最早竜人族には非ず、既に滅びた一族の怨念と憎悪を背負う化身。ティア・クラルスは数百年に死に絶えた、ここに居るのは人間族を滅ぼし尽くす憎悪の魔王だ。我が大義、同胞達の無念を晴らす為ならば、大義を理解せぬ妹を斬ることなど────些事でしかない」

 

「────ッザケんなよ」

 

 

その瞬間、顔を上げた刃の怒気に満ちた表情を見たクレイドは、膂力に任せて槍を押し込む力を込める。それは、魔剣フェンリルを深く押し込み、槍の刃が刃の肩へと食い込み始めていく。後ろで、ティオの悲鳴に等しい叫びが響く中、刃は歯を噛み締める。

 

 

「御大層なこと言いやがって。オレはテメェらの理由なんざ知らねぇし、一々説教クセェこと言う気はねぇよ────けどな、一つだけ言わせろや」

 

 

魔剣フェンリルの柄から片手を離し、槍の刃を握る。驚いたクレイドが力を込めようとしてピタリとも動かないことに驚愕する。そのまま槍を掴み上げた刃は、キッと怒りに染まった瞳を向け、魔剣フェンリルをかなぐり捨てる。

 

同じ怒りを宿す瞳。

しかし、憎悪と怨恨に支配されたクレイドのソレとは違い、刃の瞳には芯とも呼べる光が宿っていた。その怒りは、認めてはならない不条理への怒り。

 

────大切な少女を泣かせた目の前の男へ怒りが、家族を持つはずの者の理不尽に、刃の脳天は突き抜けていく。

 

 

「大の兄貴が!大切な家族を────ティオを泣かせて、傷付けんじゃねェよッ!クソボケがぁッ!!」

 

 

張り裂けんばかりの怒号を張り上げ、刃は掴んだ槍を引き寄せて、開いた拳を握り締め────クレイドの頬へと、深く叩き込む。




クレイドことティアは戦争に参加せずに生き残ってたら、ハジメ達を導く竜人族の若き長になってたんですよね。まぁならなかったんですけど(無慈悲)

クレイドの持つ魔力『絶喰(グラトニア)』は、戦争の最中にティアが仲間の死肉を喰らったことで発現しました。仲間を喰らう絶望と後悔────『彼等の生命を背負って生きる』という覚悟から生じた力です。

原作とは違い、ティオと別れて戦死したハルガは正気を失ったティアに殺された結末になりました。仲間の歯肉を喰っただけだと、ティアはまだ耐えられたかもしれないけど、感情のままに父親を殺したことで、一線を越えたと同時に壊れてしまった訳です。

それが自分自身の意志ならまだしも…………ねぇ?


刃とクレイドが対面した時、ちゃんとシリアスになってたけど、ティオが原作と同じだとギャグになってたと思う。

クレイド「は?ご主人様?え、えっ、ティオ?え、は?え……………は????」(数百年前と見違えるほど変わった妹の痴態に理解が追い付かない兄の姿)

多分困惑し過ぎて戦意喪失するかと思う。それか、自分のせいだと自責のあまり腹切りそう()

次回もお気に入りや感想、評価などお願いします!それでは!!

清水の今後について

  • 生存その1(生き残るけど戦えない)
  • 生存その2(護衛組の一人として戦う)
  • 死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
  • 意識不明の重体として途中退場
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