「ぐ、ぉおおお────ッ!!?」
刃からの拳を受けたクレイドが、吹き飛んだ。予想外の一撃だったのか、クレイドは無防備で受けてしまったのだろう。そんな魔王の消えた先を見た刃は、鼻で笑いながら肩を押さえる。
「ハッ、見たかクソ野郎。一発………叩き込んでやったぜ」
「ご主人様!また怪我をして、何でそこまで無茶をするのじゃ!?」
「無茶は無茶でも、アレが精一杯だった。魔王相手に無傷で一撃入れるなんて舐めた考えはしねぇよ。それに────後先なんて考えてなかった」
大神の力によって傷口を再生させていく刃は、身を案じるティオの注意を受け止める。しかし、魔王相手にあれしか無かったと語る刃はバツが悪そうに呟く。正直な話、自分を無下に扱った訳ではなかった────あの瞬間、ティオに槍が振るわれそうなその瞬間、考えるよりも先に身体が早く動いただけに過ぎなかったのだ。
「そう言えば、ご主人様…………一体どうしてここに居るのじゃ?」
「いや、最初からっていうかお前が飛んでった時から。尻尾に引っ付いてて、兄妹の再会かなって思って隠れてたんだけど」
「なんと!?乙女の尻尾はでりけーとなんじゃぞ!?具体的には何処らへんじゃ!?まさか尻のあたりとは言わんじゃろうな!?」
「乙女の尻尾ってなんだよ!?っていうか尻のあたりって何処らへんだよ!?付け根のあたりってこと────いや、ごめん!今のは俺が悪かった!!」
よよよ、と照れ出してたティオだったが、刃の言葉を聞き始めたことで羞恥心が増したのか蒸気が出るほど顔が真っ赤に茹で上がり口を噤む。慌てた刃がデリカシーが無さすぎたと取り繕う所で────、百の竜が噴き出した。
「…………剣帝、黒鉄刃。今の一撃は俺の慢心、貴様の覚悟あってのもの。甘んじて呑み込もう」
「呑み込むだけで終わり、じゃなさそうだな」
「然り、我は竜王。この戦い、王国を滅ぼすまで我が止まることはない。無論、貴様はそれを認めぬのであろう?」
「ったりめぇだろ、元よりテメェはブン殴ってぶっ潰すってのは決まってんだ!!」
「良かろう。望む通り相手をしてやる…………百の竜、我が取り込みし、同胞達の憎悪を以て────我が『
槍をかざしたクレイドを覆い尽くすように、無数の竜の首が包んでいく。クレイドが邪竜の遺骨を取り込んだことで、発現させた異能の派生。死した仲間の力を取り込む『サクリファイス・レギオン』、その力を竜として具現化させたクレイドは地球上の神話に語られるヒドラを上回る多頭の竜の肉塊となって顕現した。
「ティオ。少し休んどけ」
「………ご主人様?何を────」
「心配すんな。お前の兄貴は、俺がブッ潰して連れ戻してやる!!」
そう語り掛け、刃はその場から飛び出していく。数百の竜の首が、それに呼応するように一斉に襲い掛かる。迫り来る竜の顎を刃は掻い潜っていく。
それは、全ての面を支配する圧倒的な質量であった。数メートルを超える竜の頭部と数十メートルの首、それが百もの数存在している。魔剣フェンリルによる魔力を込めた一撃を叩き込んだが、首を斬り落とすまでには時間がかかる。何より、百の首を相手にそんな余裕は無かった。
「────無意味なことだ。剣帝、いくら貴様が無尽蔵の剣を振るおうと、数では我が力も同じ」
「っ!この首、他の奴の力を────っ!?」
「この一時で我が力の本質を見抜いたか、やはり剣帝。人類の希望は侮れぬ、今ここで全力で潰すのが先決か」
竜の顎から解き放たれる魔力の嵐。炎、水、氷、風、雷などの属性のブレスとも呼べる息吹に、刃はその僅かな魔力の淀みからクレイドの持つ禁忌の力の本質を見切った。その事にクレイドは静かに賞賛した────それ故にこの場で完璧に潰し、完璧に殺すと決意した。
無数の弾幕を潜り抜け、あと少し────百竜の中心に潜む魔王へと肉薄する。魔剣フェンリルに魔力を込め、最大の一撃を叩き込まんとした刃の眼前に────開かれた顎から覗く、幻魔の瞳が妖しく輝く。
(この目、不味────ッ)
「目の良さと反射神経の鋭さ、卓越したセンスを持ち得た者だからこそ、避けられない」
その瞳が、かつて対峙した魔人将ルドガーの『夢幻の眼』。眼光を直視した相手を夢に誘い、幻を見せる魔眼。刃は周囲に展開された複数の顎から覗く魔眼を直視するよりも早く目を閉ざした。
その一瞬の隙を狙い、複数の顎が待ち構えていたと言わんばかりに刃へと喰らいつく。尋常ではない咬合力を有する顎を、何とかフェンリルによって受け止める刃。持てる力で顎を押し上げ、急いで離脱する。
「終わりだ────剣帝」
────その離脱先に、待ち構えていた竜の顎。一つではなく、十を超える頭が覆い尽くすように全方位から刃を囲む。判断を違えた、舌打ちをした刃が喰らい尽くされることはなかった。
突如、飛来した巨影が他の竜頭を押し退け、刃を抱き抱えて飛び上がっていく。
『────ご主人様よ!無事か!?』
「何ともねぇ!むしろ助かったぜ、ティオ!」
『……………』
「ティオ?」
『………ご主人様、どうかこの場は妾に預からせてくれぬか?兄上は────魔王は、妾がどうにかする』
此方を見向きもしない黒竜の、ティオの言葉に刃はその本心を理解した。彼女は、死ぬつもりだ。自らの命を捧げてまで、兄の凶行を止めようという決意が言外に滲み出ていた。しかしそれは、黒鉄刃にとって許せる話ではなかった。
「────ふッざけんなよ!ティオ!オレが、お前をわざわざ死にに行かせる真似させるか!」
『これは、妾達のすべきことなのじゃ………このままにしておけば、兄上は世界に傷痕を残す。ならば、家族の始末は家族に付けさせてほしいのじゃ』
「ティオ、オレは────!」
「────我を余所に、話し合う暇があるとでも思ったか」
直後、空を飛翔する黒竜に、複数の竜頭が顎を開く。開かれた口から放たれるのは焔の息吹ではなく、凄まじい高音の超音波であった。だが、その超音波は直撃した刃はおろか、ティオに大ダメージを与えていた。
『グ、アアアアアぁぁぁッ!!?』
「っ、ティオ………ッ!」
「オレが、同胞達と敵対した時の事を考えてないと思っていたのか。竜化に対して有効な手段も、既に講じてある」
普通の生物よりも圧倒的に優れた肉体である竜。その竜へと姿を変えられる竜人族は、種族単位でも無類の強さを誇っていた。だが、弱点が存在しないわけではない。完全に竜と同じ存在になるのではなく、竜人族は竜人族という種に過ぎない。
クレイドが利用したのは、竜人族が竜化しても変化しない部分、聴覚への攻撃である。たとえどれだけ屈強な肉体であろうとも、音による攻撃からは逃れようもない。
「終わりだ、クラルスの娘よ。竜人族らしく、華々しく散るがいい」
「ティオ!しっかりしろ!おい!」
竜化が強制的に解除されたティオが、空に落ちる。受け止めた刃だったが、安易に移動できない。無数の顎が覆い尽くさんと全方位から牙を剥き出しに迫っていた。
「ご主人、様…………お願いじゃ、妾を、置いて………たもう…………」
「────ふざけんなッつってんだ!!もう、沢山なんだよ!誰かが傷付くのも、悲しむのも!そういうヤツを、助けられないのも!!オレが強くなったのは、オレの大切を守り通す為だ!!」
竜化出来ないティオが縋るように、刃に逃げるように零した。その言葉に、刃の押し留めていた感情の波が一気に爆発する。もう二度と、あの時と同じことは起こさせない。自分の無力のせいで、大切な仲間を死なせるのはもう二度と嫌だった。
(もう二度と!何も出来ずに、失うのは沢山だ!何があって、どんなことがあっても、守るんだ!!オレが────ぁッ!!!)
喰らい尽くさんと迫る数十の竜の顎を前に、刃はティオを抱き締める。その瞬間、彼の身体に魔力の線が走ったのは、誰にも知覚されることはなく、呑み込まれた。
「────妹よ、せめて母上と父上の元で安らぐがいい」
押し潰されたであろう、絡み合う竜首の塊の前で、クレイドはティオを殺した確信を噛み締める。静かに祈りを捧げた彼は割り切るように背を向け、その場から離れようとした────瞬間だった。
ズパァンッ!!と凄まじい音を響かせて、竜の頭が吹き飛んでいく。圧倒的な切れ味によって切断された断面の残骸に、クレイドは戸惑いながら竜の顎から逃れて飛び上がった影を見て、動揺する。
「────何だ、その姿は」
宙に飛来する、巨竜。だが、それは明らかに竜化したティオですらなかった。その大きさは人間よりも圧倒的であれど、黒竜と比べると一回りは小柄に見られる。全身を覆う鱗は黒に近しい銀色。口元を覆い隠すような鋭利な刃物を連想させる角牙が左右に展開され、両翼に剣の刃を思わせる翼竜。
『ギュォォオオオオン─────ッ!!!』
翼竜から、金属音に似た唸り声が響く。その竜の咆哮を聞いた途端、クレイドは意識するよりも早く竜首を差し向けていた。迫り来る顎を前に、翼竜が翼をはためかせて飛翔する。
その翼刃によって、あらゆる竜の首が斬り落とされていく。眼前にある全てが、紙切れのように悉く破斬されていく。近くの足場に迫った瞬間、銀竜の姿が小さくなっていき────ティオを抱き抱えていた刃が、地面に転がる。
「いってェ………!クソ、何だ………今の」
「ご主人様………さっきの姿は」
「分かんねぇ。急に、視界が…………あれ、確かさっき、オレの身体が………変わってた、よな?」
「────有り得ん」
戸惑うティオや刃と同じく、絶句するクレイドも動揺を露わにしていた。明確に、取り乱すほどに。
「人間が、竜化したというのか!?有り得ん!人間が、竜化を使えるなど!あるはずがない!貴様は、純粋な人間!この世界とは違い、異世界の人間が、竜人族のみ扱える力を、なぜ使えるというのだ!?」
クレイドは、刃の身に起きた変化を『竜化』のソレだと判断した。だからこそ、有り得ないという感情が彼の心中を支配する。しかし、すぐにクレイドの思考は冷静さを保っていく。戦場では、どんな予想外も飲み込めねば負けるのみ。彼は数百年の間、それを何度も経験してきたからこそ、容易く疑問や混乱を飲み込めた。
「人間が、剣帝が竜化を使えるとは予想外。その上で叩き潰すまで────だが、やり合う前に、少しだけ聞いておきたいことがある。ティオ」
「な、何じゃ。兄上よ」
再び戦意を取り戻したクレイドだったが、すぐに攻撃は行わずにティオに語り掛ける。一度は本気で殺し合いかけたとはいえ、兄の言葉にティオは全身を強張らせながらも反応を示す。
「その男、黒鉄刃とはどういう関係性だ?」
「む?ご主人様のことかの?」
「…………ご主人様?」
「止めろティオ!お前の兄貴誤解してるって!俺が殺されるお前を奴隷扱いしてるクズみたいになってる!」
どうやらクレイドの方はご主人様という言い方がそこまで気になってはいないらしい。いや、戦いに明け暮れていた為に、それ以上の知識を持ってないだけであった。ティオの口を抑え、必死に宥める刃へとクレイドは問い掛ける。
「………貴様はティオの、いも………その女の何だ?」
「………オレの守るべき大切なヤツだ。色々と、世話になってるしな」
「………………そうか」
僅かほんの一瞬、静かに目を伏せたクレイドの瞳に様々な感情があるように見えた。刃は詳しく分からなかったが、クレイドが確かに安堵していることだけは、理解できた。
「ならば話し合いは終わりだ。魔王として、貴様達の生きる痕跡全てを喰らい尽くしてやろう」
「っ!そんなことはさせぬ!兄上よ、妾が力ずくで止めてみせるぞ!」
「────俺達が、だろ!」
槍を携え、戦意を漲らせる兄を前にティオは立ち上がり、同じように覚悟を見せる。そんな彼女の隣に立った刃が決まっていると言わんばかりに断言すると、ティオは呆気にとられながらも嬉しそうに頬を緩めた。
そして、二人は魔王を相手に立ち向かう。百の、千の竜の首を操る竜王を前にしても、刃とティオは隣に立つ存在を信じて戦うのだった。
◇◆◇
一方で、王国の戦場で起こる一つの戦いに起きた変化に気付いた者がいた。王国の結界装置を保護する塔、そこで光輝たちを誘い込み暗躍していたファウスト。今は女神の肉体を利用していた魔神は不意に顔を上げ、不敵に笑った。
「────黒鉄刃が、竜化の力も会得したか」
何処かを見つめる女神の周囲に、弾丸と砲火の雨嵐が炸裂する。対峙する南雲ハジメが引き出した、全火力────持ちうるあらゆる武装を総動員してもなお、ファウストは余所見をする余裕が明確にあった。
「素晴らしい、やはりあの力は本物のようだ。神の力を取り込み、適応することはある」
「………刃の、『剣帝』の力のことか」
「────ああ、今はそういう名前にしてるんだったか」
不意に、ファウストの言葉に反応を示したハジメは攻撃の手を緩めない。確信に満ちたような問いを零しながらも、両手の二丁拳銃から魔弾を撃ち続け、クロスビットからも炸裂スラッグ弾を叩き込む。ナパーム弾など、最大火力の連撃を叩き込んでも、ファウストの────女神の神体には傷一つ付かなかった。
それこそが、トータスとは違う異世界────アステロイドの女神の性質であった。彼女達神々に、死という概念は外来的要因以外に存在しない。人間の文明にある技術、武器では女神に傷を与えることすら出来ない。
彼等神々が死ぬのは、神殺しの特性を秘めた力によって肉体と魂共々破壊される。或いは、女神アストレアのように────侵食された魔の力によって、魂だけを破砕されることのみ。
それ故に、弱った魂だけを殺して肉体を奪ったファウストはあまりにも最適解であったのだ。魂を破砕された女神の神体に寄生し、その身体の力を有効活用し続けている。最悪の尊厳破壊であり、ファウストにとっては本来の目的たる魔神としての新生を果たす為の間の、最高のスペアであった。
爆炎の中から、紅茶を啜るような余裕さを持って現れたファウストは話の続きと言わんばかりに、語り出していく。
「実を言うとね、一番最初、君達がこの世界に来たその瞬間────私が一番最初に器にしたかったのは、彼なんだよ」
「────何だと?」
「だってそうだろう?無尽蔵の魔力、無限に剣を生成できる能力、神の力を取り込んでも自壊するどころか適応する肉体!何より────いやはや、あれだけの素養を持つ器は、数千年、数万年────数多の世界を渡ったとしても見つからない!私のボディにするには相応しい、いや余りある最高品じゃあないかっ!!」
その瞬間、更に火力と攻撃の手数が増していく。親友への明確な害意を前に、南雲ハジメは怒りよりも鋭く増していく殺意を以てファウストを焼き尽くさんと猛攻を繰り出す。
「だが、止めたよ。彼は私の器に最適だったんだが、流石に割に合わない。いくら最高の器だとしても────『彼女』を怒らせるのは御免だ」
「…………彼女?」
「────おや?その様子だと知らない感じかな?それもそうか、『彼女』ったらこの戦争自体に積極的に参加してないし。動くとしたら─────おっと、多弁は銀、沈黙は金とか言ったけ。これ以上ペラペラと喋ったら、私の方が殺されそうだ」
意味深な発言に、ハジメ以外の全員も戸惑った。全く知らない、未知の存在を示すファウスト。いや、ファウストの言い分や態度からして、何かおかしい。まるで、知らないこと自体に驚いてるような────ハジメ達が『彼女』を知っていると思っていたように聞こえてならない。
だが、別の見方に驚いているハジメとは違い、光輝や雫たちはファウストの彼女への態度が強く印象に残っていた。肩を竦めるファウストの瞳に僅かに写ったのは、明確な警戒と微かな恐怖。それほどまでに、ファウストは『彼女』なる存在の怒りを買うことを避けているのが明白だった。
「さぁ、南雲ハジメ。さっきからジリ貧じゃあないか。それが君の持ちうる全力なのかい?それでは私どころか、
「…………ッ」
「もっと見せてくれよ、君の力の全てを。もっと教えてくれよ、君が出し得る100%の全力を。私は君に、期待してるんだ。早く期待させてくれないと────君を本気にさせる為に、手段を講じる必要がある」
そう言ってファウストはハジメの後ろを見やった。心臓を貫かれた香織を介抱するユエと二人を守ろうとするシアを。本気を見せないのなら、二人に危害を加えるとファウストは言外に告げたのだ。怒りが、脳髄を駆け抜けるが、それでも南雲ハジメは冷静に努めた。
(挑発だ、乗せられるな。確かに、俺の力ではヤツは殺せない。殺せるとしたら────コレ以外にない)
ハジメは不意に隠すようにして、ズボンの後ろにあるポケットの中に手を伸ばす。指先が触れたのは、一つの弾丸であった。それは戦争が始まり、分かれる直前のイクスから渡された────魔弾。
その効力を、ハジメは知らない。だがイクスがそれを渡した意を、ハジメは理解していた。これは、ファウストへの切り札だ。ファウスト自身を殺すものではなく、無敵の神の肉体に寄生する魔神への有効打。それさえ分かれば、あとはやりようもある。
【────!────!】
「そうだな、グアン。見せてやるぞ、俺達の全力って奴を」
光の粒子が舞うと共に、魔力の消費を抑えて大人しくしていた機械の蛇のような聖霊が具象化される。守護聖霊グアン、ハジメにとってユエと同じ唯一の存在。自らに寄り添う守護聖霊の鳴き声に応じたハジメは不敵な笑みと共にファウストへ銃口を向けた。
「ほう、それは式神かな?既に死んだ賢者の力で召喚できる特異な精霊────しかし今更、そんなものが出てきて何ができる?」
指を鳴らしたファウストは、恐れる様子どころか明らかに嘲笑を浮かべていた。直後、彼の創り出した外付けの武装ユニット ディヴァイン・ウェポンが回転して、砲口から巨大なビーム砲を放射する。明らかに、尋常ではない魔力の放射に全員の顔に緊張が走る。何故ならばその火力は桁外れであり、それを前にしてもハジメは防御はおろか回避すらしようとしなかったからだ。
危ないと、誰もが目を閉じたその瞬間────ハジメに擦り寄っていた聖霊グアンが、砲身のような口を向け────光を呑み込んだ。
「「「「え」」」」
「…………ん?」
一同と共に、ファウストも唖然としていた。明らかに、尋常ではない魔力の放射であった。防ぐことも叶わない、できたとしても数秒で焼き切るほどの魔力の放射を、グアンは全て呑み込んだ。
けぷっ、と可愛らしい音を響かせたグアンだが、不意にその身を震わせる。管のような全身のラインを発光させていったかと思えば────その口から、数倍に増加した魔力砲を解き放った。
「は、はァァァあああああああ────ッ!!!?」
愕然としたファウストが、数倍にまで膨張した魔力の光に呑まれる。当のグアンはハジメの身体に巻き付きながら、満足そうにプフーッと魔力の残滓を漏らしていた。しかし、やはりファウストの有する女神の身体は無傷であったが、彼の興味が明確にハジメたちに向けられていた。
「…………成程。その聖霊は、あらゆるエネルギーを変換、増幅させる器官を有しているのか。その上で、あらゆるエネルギーを吸収する、と────そんな面白い生物がいるとはね、俄然興味が湧いてきた。なぁ、南雲ハジメ。白崎香織ならいくらでも蘇生してあげるから、その子を私にくれないか?」
「ブチ殺すぞ、ミノムシ野郎。テメェを殺すことは確定してたが、その身体から引き摺り出した後で生まれたことを後悔させてから消してやるよ」
「…………どうやら荒業になるねぇ。私の好みでは無いんだが、仕方あるまい────君が神殺しに足るか、君が何を使って女神を殺せるのか、私自身で定めようじゃないか」
両手を広げ、女神を纏う悪意が不気味に笑う。その背後で、キュルル!と回転した花弁が咲き誇る。内蔵された回路が組み変わり、あらゆる武装を展開しながら一気にその砲火を解き放った────その瞬間、ディヴァイン・ウェポンの動きが停止した。
「南雲に、ファウストを殺す手段があるんなら…………俺達が足止めをすれば…………っ!南雲、このデカブツは俺達が!」
「遠藤か…………一先ず、任せといてやるよ!」
「ホントお前って変わったよな………!任されたよ────佐竹ッ!」
「────任せろやぁぁあああああああッッ!!!」
圧倒的な巨体の花を、鋼鉄のワイヤーで縛り上げ、その場に固定させる遠藤。更に動きを止めるために周囲の柱に巻き付けた糸によって、攻撃を繰り出そうとするディヴァイン・ウェポンは身動ぎすら許されない。その花の中心に────『ファランクス』の鎧を纏う佐竹広大が着地した。
「死ねや!この鉄屑がァッ!!!」
怒号を響かせ、佐竹広大は手にした槍砲を突き立てる。砲口の部分に押し込んだ矛先を更にねじ込み、引き金を繰り返し押し込む。爆音を響かせて、激槍の内部で火薬装置が炸裂し、本来城塞すらも撃ち抜く破城砲の爆撃が、直接ディヴァイン・ウェポンを破壊し尽くす。
それこそが致命的な一撃だったのか、ディヴァイン・ウェポンは今度こそ力を失ったように機能停止する。それを見たファウストは露骨に肩を竦めて笑った。
「あーあー、折角私の造った傑作を。まぁいいや、どうせ改良品を造ればいいだけの話だしね」
「余所見ばっか、してんじゃねぇよ」
「余所見をさせる、君が悪いだろう?」
左右から放たれるクロスビットの放射も、迫り来るハジメの双銃の弾幕も、ファウストはただそよ風のように薙ぐ。影から生えてくる魔獣の群れを、風爪によって削ぎ払うハジメの姿を見つめ、ファウストは嘲笑と共に全て防ぎ切る。
その隙に、ハジメはドンナーにイクスの魔弾を装填する。その銃口をファウストへと定めた。当の女神────の身体を操る魔神は此方に見向きもしない。チャンスは、明白だった。
────一発の火花が、ドンナーから走る。放たれた弾丸は一直線に、無数の弾幕の中でファウストへと、女神の神体へと吸い寄せられるように届く────その直前に、亜空間が覆い尽くす。
「っ!?」
「やれやれ、私が気付かないと思ったかい?わざわざ装填して撃ってくる弾なんて、危ないに決まってるじゃないか」
恐らく空間魔法の簡易版であろう。飛ばされた弾丸はファウストの背後にある残骸へと着弾した。ファウストは、ハジメが魔弾を差し替えた時点で警戒していたのだろう。
「私を殺す為の魔弾、見た感じ一発限りだったようだけど…………当てが外れたね」
「いや────そうでもねぇさ」
嘲笑うファウストに、不敵に笑ったハジメはドンナーの一発を叩き込む。その弾丸をほんの一瞬警戒したファウストは静かに口元を緩めた。
何の変哲もない、ただの弾丸だった。いや、厳密には他の弾丸とは違う、魔力による防護を貫通するに特化した弾丸。その数発が、ファウストの防壁を突き破る。
(無駄だ、たとえ防壁を破っても、この神体を傷付ける武器は存在しない。君の弾丸は、私には届かな────)
「……………あれ?」
割れた防壁を突き抜け、弾丸がファウストの神体へと命中する。傷もない、ダメージもない。本来であれば彼にとって無害な弾丸である筈だ────しかし、胸に空いた穴に残る弾丸は、さっきまでの弾丸ではなく、残骸に飛ばした筈の魔弾であった。
「本来なら、お前自身に魔弾を直接撃ち込まなきゃならなかった。弾丸の速度と威力で、体内で直接魔弾の効果を発揮させるにはそれしかなかった」
「…………成程、空間転移によって魔弾と弾丸の位置を入れ替えたのか」
「だが、香織がお前の神体に穴を空けた。だから俺は、お前の予想を掻い潜るだけで良かった。後は、イクスの魔弾が出番だ」
女神アストレアの神体に空いた穴を見たその時から、ハジメはそれを利用することを選んだ。ただ魔弾を当てることは不可能だと、ファウストの考えを上回る選択を決断した。
わざと逸らされることで魔弾と次の作戦への警戒を解かせて。空間転移により、弾丸そのものの位置を変えた。それによって、ファウストの穴に入った弾丸を魔弾にすることを可能とした。
しかし、ファウストは狼狽えることもなく、不気味なほどの満面の笑みを浮かべた。
「────それが、どうしたというのかな?」
「…………!」
「私を、魔神を殺す魔弾?それだけで私を殺せると思うなど、少々私を侮り過ぎているのではないかな?私がどれだけの魔神の因子を取り込んでいると思う!?」
その瞬間、女神の神体を中心として無数の影が這う。女神の姿すらも覆い尽くすほどの闇。それら全てが、意志を持つように蠢き出す。ファウストの取り込んだ魔神の力の数々、それが一つの存在であるかのように顕現する。
その光景は、あまりにも異様かつ根源的恐怖を抱かせるものであった。光輝たちは勿論のこと、極めて冷静な雫や雨音、剣城すらも全身の震えを止められない。表情を崩さないハジメも冷や汗を感じながら、静かに立ち尽くしていた。
圧倒的質量と力を伴うファウスト。数百、数千に至る魔神の力を前に、魔神殺しの魔弾も本来であれば一つの力を消し去って打ち消されるだろう────だが、事態はファウストの予想を更に上回った。
「────ゔっ?」
直後、光が溢れる。女神の神体から増した聖光、神の力が、魔神の因子を消し飛ばしていった。
「『グガギャギぎギギぎャガッっ!!!!?!!?』」
そして、数千の魔神の力の塊から苦悶の声が響き渡る。破裂と爆散、内側から放たれる光によって因子が消滅を繰り返し、その破壊がファウストの持つ全てのストックにダメージを与えていく。
「『な、何だ………ッ!?何が、起きてッ────神体が、勝手に力を!馬鹿な!因子が────ッ』」
「────その魔弾は、魔神の力を殺すものではない」
「『い、イク、す…………ッ!!』」
その空間に、ファウストと因縁ある男が降り立った。
「その魔弾には、カイネル・マテリアと呼ばれる特殊な鉱石を使用している。その鉱石は、髪の力を増幅させる特殊な効力を秘めている────アステロイドでは、その鉱石を使い最大限に増加させた神の力で魔神を滅ぼす戦術が使われる予定だった。オレ相手では油断をせぬ以上、ハジメに渡したのは最適だったようだな」
(不味い……!因子の三割が、消された!?このままでは、全て奪われ────クソ!死した女神の身体が、ここで牙を剥くとはッ!)
「そのままでは、お前の取り込んだ魔神の力も消え去るぞ。我が主の神体に拘るか、貴様が長い時をかけて集めた力を全て失うか。好きな方を選べ、外道」
「『お、おの゛────れぇエッ』」
爆散し続ける黒い闇が一斉に膨れ上がり、そして弾け飛ぶ。無数の怨念に満ちた悲鳴と共に、爆散していった闇が辺り一帯に散らばる。ハジメは周囲に迫るソレを、ユエやシア、香織に当たらないように撃ち落とし、それを見た雨音や雫、剣城が全員に呼びかけ、何とか回避しきった。
辺りに散らばる黒い泥が、微かに蠢く。分離しても尚、それは濃厚な魔神の力の源泉。まともに触れればどうなるのか、彼等は目の当たりにしていたからこそ近寄ることはない。
魔神の力の残滓が溢れる中、神々しい女神の神体がその場に崩れ落ちる。しかし倒れ込もうとしたその瞬間、イクスがその身体を受け止めた。
「南雲ハジメ、良くやった。これでファウストは力の大半を失った」
「礼なら香織に言ってやってくれ。その女神の体を壊さずに無力化できたのも、香織のお陰だ」
「────そうだな、二人とも感謝する」
「────ふふふ、油断、したよ。折角の器を失うなんてねぇ」
意識のない香織を見つめ、イクスが目を伏せた所で、不気味な声が響き渡る。辺りに散らばった魔神の残滓が、意志を持った肉片のように蠢き、一つに結合していく。その残滓が群れをなしていき、一人の男が現れた。
『混沌の魔神』ファウスト、その本来の姿がようやく露わとなった。白髪の交じった黒髪が特徴的な、壮年の男性。顔や腕などを魔神の影で帯びたその男は薄ら笑いを浮かべながら、肩を竦める。
「百近くの魔神の因子を失ってしまった。オマケに
「ちょっと、先生大丈夫?あの女神様の体って、必要だったんじゃないの?」
「アレはスペアさ。本来の器さえ手に入れば、必要のない予備────器には目を付けている以上、アレがなくても構わない」
「お二人とも、世間話のところ悪いがこの状況。どう打破されるおつもりです?このままでは────」
「アルマさんの言う通りだ!このままじゃあ、香織を俺の物にするどころか南雲に殺されちまうだろ!?なぁ、ファウスト!どうにかしてくれよ!アンタのせいだろ!?」
「…………とのことです」
心配そうに声をかける恵里に、気さくに応えるファウスト。呑気な二人の様子に、神経質そうに苛立つ檜山が怒鳴り、近くにいたアルマは鬱陶しそうに両耳を塞ぐ。
当のファウストは檜山の態度に「あー、うん」と露骨に顔を顰め、少し考え込む。ファウストにとっても、この状況は少し不味かった。だからこそ、彼はアッサリと一つの決断をした。
「しょうがない、私の力を少し与えた捨て駒を用意しよう」
「捨て、駒………?」
「私の回収した力の一部を与え、無理矢理眷属化させる。そうすれば彼等の足止めをして、撤退するのに充分な時間を稼げる」
かつて、清水にやったように無理矢理眷属化させるというもの。前の時の清水は外付けであった為に中途半端な結果に終わったが、今度は違う。ファウストは魔神の因子が結合した蠢く腕に針を具現化させる。その針から相手の体内に因子を流し込み、ほぼ完全に後戻りできない眷属へと変える。それだけの力の眷属ならば、足止めにも最適だった。
「問題は、素体を誰にするかなんだよねぇ。捨て駒にする素体も、どこの誰が最適か………この場の誰にできるか。選べるような状況でもないし」
「っ!誰でもいいだろ!?天之河でも八重樫でも、アンタの力で周り引っ張ってくれば────」
「何言ってるんだい、檜山君。わざわざ連れてこなくても────捨て駒に相応しいモルモットなんて、私のすぐ近くにいるじゃないか」
誰でもいい、クラスメイトすらも利用してでも言葉を逃れようとした檜山は、ファウストの言い方に初めて言葉を失った。魔神である彼の目は、檜山を静かに見つめていた。「………は?」と彼が困惑したその瞬間────魔神の腕が、檜山の腹を貫いた。
「あ、がッ…………え、ぇ?」
「何を勘違いしたのかね、私が君を助けるとでも本気で思っていたのかい?最初から君に目を付けていたのは、魔神の力にある程度耐え得る素養があったからに過ぎない。正直滑稽だったよ、星王の救いから拒否して私の甘言を聞き入れるんだから。利用されて使い潰されることが、目に見えて分かるだろうに」
「ファ、うス────」
結合した因子の渦巻く腕を引き抜くと、檜山は激痛のあまりその場に崩れ落ちた。心の底から呆れたように告げるファウストの言葉には、無関心と冷徹さしか感じられない。縋るように、掴みかかるように手を伸ばした檜山だったが、突如その身体が膨れ上がっていく。
「あぎッ、ぐばっ、ギィいいいいいいいいイイイイイッッ!!!?」
「檜山ぁ!!」
「自らに従う者を切り捨てるか、ファウスト」
「前提が違うよ、イクス。彼は私に従ってすらいない。彼はただ私の誘いに乗って、甘い蜜だけを啜ろうとした羽虫さ。他人を蹴落とし、踏み躙ってでも手に入れたい者の為に生きる者こそ、私が応援するものであって────彼のように、自らの手を汚すことを恐れながら、気に入らない相手を始末したいと願い、責任や罪を背負うことなく自分の願いを叶えたいなどと考える者に、私が力を尽くしてあげると思うかい?」
全身が膨らみ、張り裂けていく。破裂し、壊れていく肉体に悶え苦しむ檜山の絶叫は凄まじかった。彼の友人である中野や斎藤が必死に呼び掛けるが、肉体を蝕む魔神の力に檜山は発狂して意識すら向ける余裕もない。
仲間を切り捨てるのか、と厳しい目を向けるイクスにファウストはそれ以上に冷たい目で檜山を一瞥した。彼からすれば、中途半端な檜山のあり方は軽蔑の対象だったのだろう。だからこそ、恵里やアルマのように大切に扱うのではなく、使い潰すためだけに連れていたに過ぎなかった。
魔神の因子によって肉体が変質し始める檜山に、ファウストは耳元で囁いた。
「白崎香織を手に入れたいんだろ?だったら君自身の力で物にするといい。南雲ハジメを含めた………まぁ、その他も全部処分しといてくれ。もし皆殺しに出来たら、考えてやらなくもないよ?」
「ご、ゴろス────な、ぐも!南雲ォ、殺してぇ、やるぅ!!」
都合の良い言葉だけを囁く魔神の声は、檜山にとってあまりにも耳障りが良かっただろう。目を剥いた彼の負の情念は、目の前に建つ隻眼の青年へと向けられる。
怨嗟を吠えるように起き上がった檜山の姿は、紛れもなく人の姿を止めていた。異様に巨大化した右腕は複数の触手が絡み合った手のように変化しているが、何よりの変化は彼の全身と胴体。辺りのものを溶かすほどの灼熱を放出する、獄炎のコア。
「その力、まさか────」
「君がウルの町で殺した、灼焰と熔熱の力を秘める魔人族、個体名ラーヴァの異能さ。あの戦いでサンプルは手に入れたからね、檜山君に合ったのはこの力くらいさ。
どうせロクに相手にならないだろうが、時間くらいは稼いでくれよ?」
「なッ、ぐッ、もォオオオオオオオッ!!!」
魔神の影に覆われてファウストは恵里とアルマを連れ、姿を消し去る。その直後に、完全に魔神の眷属と成り果てた檜山大介が憎悪のままに飛び出した。全ての因縁の相手である────南雲ハジメへと。
最終決戦とかそういうのは始まりません(無情)
理由というか、何でそんな言い切るのかっていうのはファウストが明言してます。
ファウスト「どうせロクに相手にもならない」
完全に捨て駒扱いの挙句負ける前提です。まぁ檜山がどんな運命を辿っても現時点のハジメに勝てる道理はないんですけども。まぁそもそも恵里やアルマのように何かを捨てる覚悟もない中途半端な道を選んだのが、檜山がこうなる運命を決めてたんですが。
正直な話、檜山はこの後も酷い目に会います(最早決定事項)
本編序盤でも語られた、刃が可能とした竜化。本来ならば不可能だったその力を可能としたのは、刃本人の力の本質です。ファウストが一番欲しがってたというだけあって、その力は半端ないです。
次回かその次の話くらいで今回の章は終わりを迎えます!次回もお楽しみくださいませ!それでは!!
清水の今後について
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生存その1(生き残るけど戦えない)
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生存その2(護衛組の一人として戦う)
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死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
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意識不明の重体として途中退場