「なッ!ぐッ!もォオオオオオオオ────!!!」
狂気に染まった檜山が、ひたすらに暴れ回りながらハジメへと襲い掛かる。異様に膨れ上がった触手の腕と灼熱を帯びる業火を纏い、彼は忌まわしい敵を倒さんと殺意を振りまいた。
「煩わしいんだよ」
その殺意を、檜山の憎悪をハジメは切って捨てた。背後に跳んで回避を続ける彼は、少なくとも距離を取っていた。周りの皆を、ユエ達を巻き込まない距離にまで誘導を続けていたのだ。
そんなハジメを、檜山は追随する。足元の地面を溶かすほどの溶熱を纏いながら、彼は突き進む。殺す為に、全てを手に入れる為に、その理由すら頭にない状態でも。
「一分だ」
「…………あ?」
「お前なんざに構ってる暇はない。香織を治すのにも、手間がかかる。だから一分でお前の相手をしてやるよ」
「────ッ!!てめぇええええッ!!舐めてんじゃねぇよォオオオオオオオ!!!」
不意に香織の方を見てから告げたハジメの言葉を、檜山は舐められたと直感的に察した。腕の形を成していた複数の触手を分離させ、鋭い槍のようにして解き放つ。
触れてしまえば、魔神の因子に蝕まれる濃厚な魔神の力の塊。迫り来る触手を、ハジメは冷静な動きでドンナーを構え、一本ずつ撃ち抜いていった。それどころか、迎撃と言わんばかりに数発の弾丸を檜山の肩へと叩き込む。
「クソ!クソクソクソクソグゾォ!!焼き殺じてやるぅッ!!」
肉を抉り抜くような激痛に悶えながらも、檜山は槍を手にハジメへと走り出す。その全身が更に凄まじい熱量を伴う。かつて対峙した、魔人将ラーヴァの持つ溶熱の力。本来ならば全てを焼き尽くすほどの灼熱の業火を纏うその力は南雲ハジメを苦戦させ、追い込んだものであった。
「────それがどうした」
しかし、ハジメはそれを理解した上で檜山の顔を掴み、地面に叩き付けた。ファウストから与えられた力は強力だが、当の檜山はその力に追い付いていない。自身の顔を圧迫するハジメの握力に、そして彼の腕が自身を掴めていることに、檜山は更に困惑した。
「なん、で………!?俺は、この力を、ファウストから、力を手に入れた、のに…………ッ!?」
「その力の持ち主を殺したのは俺だぞ。一度戦った相手、ましてや苦戦させられた奴への対策なんざしてるに決まってるだろ。…………それに、前提が違うんだよ」
檜山の頭を掴むハジメの義手は、耐熱処理を施している。少なくとも、熔岩に浸かっても数分は耐えられるほどに。ラーヴァとの戦いにより焼かれた義手は耐久力を上げるため、そして炎熱系の敵との戦いの為に耐熱性を備えさせていた。
「お前のソレは、ファウストから与えられただけの力だろ。使い方もロクに分かってない。ただ無闇やたらに振るうだけの異能なんざ、アイツの────ラーヴァの足元にも及ばねぇ」
鋭い蹴りを放つハジメの目は、最早檜山を見ていなかった。
その力の持ち主であるラーヴァ、かつてハジメが戦い、死闘を繰り広げた魔人将の方が遥かに力を使いこなしていた。少なくとも敵とはいえ、魔物を食ってまで高めた彼の強さと力を、ハジメは本気で認めていた。
だからこそ、その力に振り回されて無様を晒す目の前の男への苛立ちが無いわけではない。それ以上に、軽蔑や哀れみのほうが強いが。
「なん、デ………!何で、だ!?何で、ダよ………!?何デ俺が、こんな目に遭う…………ッ!?」
「お前がファウストの甘言に乗ったからだろ────って言いたいが、どうせお前の言いたいことはそういうことじゃないんだろうな」
「お゛まぇだ………ッ!なぐ、も!南雲ォ!おばぇさえ、お前さえいなきゃあ────ッ!!」
呆れたように一息つくハジメに、檜山は恨みの全てを吐き出すように吠え続ける。理性を失い、ただ怨嗟や呪詛を吐くだけしか出来ない檜山の姿は、かつての面影すら感じさせないほど変わり果てていた。
「あの時、お前に奈落に落とされたことは…………正直感謝してる。少なくともそのお陰で、ユエやグアン、シアに会えた。香織や刃を、あいつらを守る力を手に入れられた。ただまぁ、恨みがないと言えば嘘だが…………正直、お前のことは昔も今も心底どうでもいいんだか」
「ごろじてやるッ、殺してやるッ!!死ね、死ねなぐもォ!!」
「檜山、敢えて言ってやる────お前がこうなったのは、お前のせいだ。クラスメイトすらも裏切って、切り捨て、香織の心すらも踏み躙ったお前に同情の余地はねぇよ。そこまで堕ちる道は、お前の生き方が決めたことだ」
好意を秘めた香織への想いを諦めながらも、その苛立ちをハジメにぶつけ続けて。調子に乗って傷付けて、自分の立場が危なくなることは極力恐れて。甘言に乗せられるがままに殺そうとしたにも関わらず、その罪悪からすらも逃げた。
しまいには、その罪を突き付け────救いの手を伸ばした星王の猶予からも、彼は逃げた。都合の良い、耳障りの良いだけに縋り続け、檜山大介は堕ちる所まで堕ちていって、こうしてファウストに使い潰されたのだ。
たとえ、利用されて唆されただけにしても、その罪から逃げるべきではなかった。少なくとも、檜山大介は立ち止まれた。やり直す機会は与えられていた。彼にだって、普通に生きる道に戻れる選択はあった────それからも、中途半端に罪の重さに怯えた檜山大介は、やり直す機会を投げ棄てた。
それこそが、檜山大介の罪だったのだ。正しく在るには身勝手で、悪を貫く覚悟すらもない。『中途半端』、ファウストが示したように、彼はどうしようもないほど弱く、愚かで、臆病なだけだった。
だからといって、許されるはずもない。ハジメは最早呪うことしかできない檜山から手を離した。生かして返すには、彼は大切な者を傷付けすぎた。だからこそ、残酷かつ無慈悲な処断をハジメは選んだ。
「じゃあな、檜山────もう二度と俺達の前に現れるなよ」
凄まじい蹴りが、檜山を塔の外へと吹き飛ばす。悲鳴も絶叫も響かせる余裕もなく、檜山大介は叫びながら半壊状態の城下町へと墜落した。最早檜山に見向きもせずにいたハジメだが、不意に振り向く。
「どうやら私たちが来る前に────」
「────収束したようだな」
「アンタら………スピリアスさんに、ヒナさんか」
「君は、南雲ハジメか。その姿、陛下の仰られたように風貌は変わっているが…………成程、あの迷宮を攻略したともなれば、魂も苛烈に変化するものだな」
その場に現れた二人の女性、ハイリヒ王国最強戦力────『執行官』スピリアスに『聖姫』ヒナ。奈落から生還したハジメの変化を改めて前にしたスピリアスは半ば納得したように頷いているが、その隣でヒナは険しい顔でハジメを睨んでいる。
それもそのはず、オルクス大迷宮で片腕と片目を欠損したというハジメの状態を聞いた時にはすぐにでも治療すべきだと、そのまま活動していたハジメを連れ戻そうとしていたのがヒナであるのだ。教えを受けていた香織から『医療関連に於いては一番怒らせちゃいけない人』というお墨付きを受けている以上、ハジメとしても下手に刺激したくはないので兎に角無視することに徹していた。
「丁度良かった、力を貸してくれるか。ついさっきファウストとやり合ったんだが、その時に香織が致命傷を受けちまった。一応ユエが延命してくれてるが、治癒に関してはアンタらの方が得意だろ」
「っ!白崎さんが────それを早く言ってください。スピア、魂魄の固定化を。私は治療を始めます」
「ヒナ、その名で呼ぶのは………はぁ、全く」
借りを作るのは癪だが、大切な人の死の間際にプライドで四の五の言う暇はない。ハジメが香織の治療を頼むと、ヒナは即座に香織に寄り添い、彼女の怪我の状態を見るや否やスピリアスを呼んだ。
当のスピアはヒナの呼び方に不服を顕にしていたが、抗議する暇もないと判断するや否や、即座に何らかの処置を始めた。
「ヒナ、さん………香織は………」
「傷の状態はまだ幸いですが、体内の至る所が破壊されています。恐らく、魔神の力による侵蝕を受けた影響でしょう。────心配はいりません。『聖姫』の名に於いて、彼女は必ず生かします」
不安そうに心配する雫に、ヒナは確固たる意志を以て断言した。死んでさえいなければ、たとえ死んだとしても医療騎士団に治せないものはない。そんな決意と共にヒナは他の治癒師と共に治癒の準備を始める。
「南雲ハジメ、よくぞ戻った。王国の為に戦ったことへの礼、改めて言わせてもらおう」
「勘違いしないでほしいが、俺は香織や八重樫、菊菜達を助けに動いただけだ。王国の味方になったわけじゃない」
「…………陛下への不遜ではないとして、聞き逃そう。だが南雲ハジメ。此度の戦争、何者が起こしたものか理解しているか?」
ハジメと語らうスピリアスは、発言の一つを聞き流した上でハジメに問い掛ける。その答えは、愚問であった。
「ああ、大魔王だろ。ここまで本格的にやるってことは、まだ終わらねぇのか?」
「奴等の最終兵器、そして魔王をも退けた。恐らく魔人族にはこれ以上の戦力はない…………奴本人が、動かなければな」
「─────奴とは、俺のことかな?」
呼吸が、世界が、止まった。
ハジメはその声を知っていた、その魔力を、その気配を。空間を支配する存在が、すぐ隣にいることに思考が回らない。息を飲んだハジメは、本能で動いていた。
「大魔王────ッ」
「『
ドンナーを引き抜くハジメだったが、銃口から砲火を撃ち出す前に、スピリアスがハジメのコートの裾を掴み、背後へと投げ飛ばす。そのまま引き抜いたサーベルの刀身を手袋で握り、スライドさせる。刀身を覆うように浮かぶ赤い文字の刻印に包まれたサーベルを地面に突き立て、スピリアスは固有魔法を行使した。
瞬間、その存在────アルヴァーンの足元から全身へと、赤い刻印が走る。大魔王は自らの全身を縛るその力を目にして、「ほう」と面白そうに笑った。
「これは『魂魄魔法』を、星王の魔法で作り変えたものか。法やルールを魂に課して、反した者に罰則を与える異能。素晴らしいが────人の法に、大魔王は縛られない」
スピリアスの刻印、『魂魄』の力は大魔王アルヴァーンには通じなかった。彼女自身は厳しそうに顔を歪め、「やはりか」と不承不承に納得した。何故ここにいるのか、そんな疑問を抱く必要性すらない。魔人、大魔王であるという一点のみで十分なのだ。
「これが、大魔王………っ!?」
「私達が倒さなきゃいけない、魔神連合の一角………!」
「魔力の質量、そのものが違う………文字通り、神のそれです………ッ!」
光輝や雫、雨音は突如現れた大魔王の存在感に圧倒されていた。マトモに立てるのも彼等や一部の実力者のみ。それ以外のクラスメイトは認識した瞬間、あまりにも膨大な魔力に当てられて気を失った。その大魔王本人は彼等のことなど目にも留めず、南雲ハジメへ振り向いた。
「やあやあ、南雲ハジメ。あそこから生き延びた挙句、レオンハルトを退けて、再生魔法を手に入れたようだ。少し俺も考えが甘かったことを自覚させられたなぁ」
「抜かせよ、大魔王。だからこそ、俺に神代魔法を渡さないように神山を消し飛ばしたんだろ。あそこに神代魔法が隠されていたからこそ」
「当たり前だろう?刺客を放っても駄目なら、直接破壊する以外にない────これで全ての神代魔法を揃えることは不可能となったが、念には念を入れておこうと考えたのさ」
「だから直接潰しに来た訳か────俺がテメェへの対策してねぇとでも思ってたのかよ」
「離れろ!」と全員に叫んだハジメは拳大の感応石を『宝物庫』から取り出す。そのハジメの一言に気づいたスピリアスが刻印による操作で結界を張り巡らせた。彼女の行動に感謝したハジメは感応石に光を込め────空から光が降り注ぐ。
それは、エルヴァルガンドゥの方舟から放たれたメギドと同じ、圧倒的な極光の塊。明確に違うのは、メギドが無から創り出した魔力を増幅して引き出した威力なのに対し、ハジメの放つソレは既に存在する太陽の光を極限まで増幅させた極光なのだった。
対軍用に発案したものを、対魔王用に改良した太陽光収束レーザー砲 『ヒュペリオン』。試作段階である為、一発で焼き切れてしまうが、この段階で切り札を使い惜しむ理由はなかった。当たれば大魔王さえ無事では済まないその極光は────紫色のバリアによって遮られた。
「成程、空の光を収束させた破壊兵器か。面白い発想をするな────確かにあれならば君でもメギドと同じ威力を引き出せる」
「ッ!分かっていたが、あの時はまだ全力じゃねぇよな!」
「当たり前さ。俺のバリア────『絶対防御』は俺の魔力を変換し、バリアを形成する。理論上は世界そのものを焼き尽くす一撃だろうと防ぎ切る────さて、手は出し尽くしたろう?ならば今度は、此方の番だ」
バリアによって『ヒュペリオン』を完全に防御し切ったアルヴァーンはその両手に魔力を収束させる。左手と右手の掌に浮かぶ小さな魔力の球体は、一気に増幅していき、遂には両手から二つの極光が空へと伸びた。天高く届く閃光は、すぐに何処かへと放たれる。その光の一筋が向かう先を見たハジメは、咄嗟に大魔王へ問い詰める。
「今のは………ッ!テメェ、一体何しやがった!」
「残された二つの迷宮、ハルツィナ樹海と氷雪洞窟。その二つも破壊した。これでもう君達も人間族も神代魔法を会得できない────そして君達も殺しておけば、万事解決というわけだ」
自信に満ちた言葉に、ハジメも動揺を隠せない。虚勢を疑うのも無理はないが、先の魔力量からして大迷宮を消し飛ばすのも不可能ではない。何より、目の前の存在がその可能性を現実の物にする信憑性を示していた。大魔王アルヴァーンが指を鳴らすと、半壊した塔の周囲から無数の魔戦騎が現れる。
「陛下、神山から集めた魔戦騎十万。その内半数ですが、用意完了しました」
「ご苦労、フリード。………さて、数を以て皆殺しといこうか。それとも俺一人で殲滅か。好きな方を選ぶといい、その逆を選んであげよう」
穏やかに、それ以上に冷酷かつ残忍に大魔王はその場の全員に、死ぬことを求めた。それこそ、絶対宣告。神に匹敵する力を有する大魔王の圧倒的な死の証明が告げられるその直前に、空から複数の影が降り注いだ。
「────陛下ッ!」
「これは…………王剣の一人、『神の創造者』の末裔のモノか。成程、これが王国の切り札というわけか」
降り注いだソレは、二足歩行の機械兵である。
五、六メートル近くのその鉄騎は特殊な機構と魔力で動いているらしく、その場に現れた数十体だけでも魔戦騎の大半を屠れる戦闘能力は有していた。
「────大魔王アルヴァーン、ここはオレの王国。オレの守るべき国だ」
そして、王国の完成させた魔導兵器と共に国を導く王も姿を見せた。槍とも呼べる杖を手にした金髪の若き青年、彼はハジメ達の前へと降り立ち、堂々と杖を鳴らした。
「これ以上の勝手は────星王が赦さない。たとえ大魔王、貴方であろうとも」
ハイリヒ王国の若き星王エリュシオン。彼は背後にいるハジメ達を守らんと大魔王と対峙した。二人の王が、その場で睨み合った。
◇◆◇
そして、ある戦場ではまだ苛烈な戦いが続いていた。
「中々、手を焼かせてくれるな。剣帝」
「ったりめぇだ。テメェをブチのめすとティオに誓ったんでな」
竜化の力を手に入れた刃とティオ、その二人が相手する魔王クレイド。百、千の竜の頭を生やす異形とかした魔王との戦いは一切の油断を許さない熾烈な激戦となっていた。
だが、状況が変わったのは明白だった。
「────お父様!」
攻勢に出ようとした刃を、凄まじい烈光が阻止する。降り立った、4人の少女と青年たち。クレイド直属の『
「ルイナ、お前達…………撤退しろと言った私の言葉を忘れたか?」
「いやよぉ、お父様、撤退はしたけど。事態が変わったから報告しに来たんだぜ」
「事態が変わった?」
「王国が切り札を出してきやがった。前線を押し上げていた魔人将や魔戦騎が一気に教え返されてよ。ついでに、此方にも来てるぜ」
「切り札…………『神の創造者』の兵器か。厄介な」
魔王クレイドにとって、ソレはあまりにも相性が悪い。敵を殺し、仲間の命と共にその命を取り込んで強くなる力は無機物に対して、命を持たぬ敵に対しては効果が薄い。何より、『神の創造者』は古代文明の技術を使った兵器を作る。かつて神の肉体とも呼べる躯体を作った一族の兵器は並大抵の戦力では相手にならない。
「────撤退する。覇竜軍全てに撤退の命を送れ」
「いいの?お父様、大魔王様になんか言われたら………」
「責任はオレが取る。これ以上戦力を消耗することは避けねばならん」
極めて大人しく冷静なラヴィエの疑問に、クレイドは静かに応じた。その瞬間、クレイドは無数の竜の首を一気に引き寄せ、自らの肉体に戻す。連戦に連戦を重ねた影響で、クレイドの負担も激しかった。竜王は槍を手にし、刃とティオを睨んだ。
「『剣帝』黒鉄刃、そしてティオよ。此度の場は預ける────次こそは貴様らを我が手で殺し、人間族の絶滅の鐘を鳴らそう」
「此方のセリフだ。テメェこそ、ティオに頭下げて謝る覚悟しとけ。次こそ、テメェをブッ潰す」
「────さらば、忌まわしき人間どもの守護者よ」
そうして、クレイドは自らの子供たちを引き連れて離れていった。その姿が消えたのを認識した瞬間、刃は力なく背中から倒れ込んだ。
「ご主人様っ!」
「平気だ…………あぁ、クソっ。土壇場で無理し過ぎたか。クソダリぃ…………」
しかし彼が地面に倒れることはなく、ティオがそんな刃を受け止める。本人の意識はあるが、肉体の負荷が尋常ではなかった。無理もない、過度な魔力消費と再生、竜化を何度も使用したのだ。消耗した魔力の量とその負担は絶大であり、常に多くの魔力を使っている刃でも限界に等しい状態である。
「………すまねぇ、ティオ」
「良いのじゃ。ご主人様もさっき言ってたじゃろう、『次は』と。それに、ご主人様がこうして戦ってくれたたけでも、嬉しい限りなのじゃから」
穏やかに微笑むティオに刃は「お前がそれでいいなら」と不承不承と自らを納得させようとしていた。しかしやはり、何か気になったのか怪訝そうに、困ったように疑問を吐露した。
「んで、気になったんだが………」
「む?何かあったかの?」
「────何で俺は膝枕されてんだ?」
自然な形で膝枕をされていることに、やはり困惑は隠せない刃。彼の疑問に一瞬反応が遅れたティオだったが、特に言い淀むことなく素直に語った。
「ご主人様も動けないのじゃろう?ならば頑張った相手にはこうするとよく聞く。特に、好意のある相手にすることがオススメと、な」
「いや好きならいいんだけども………っていうか一体どうやって膝枕なんて知ったんだ?この世界にそんなもん無かったろ?」
「うむ、香織から聞いてのう。ハジメ殿に同じことをしたいが機会が見つからないと嘆いておった」
「…………仲が良さそうで何よりだ」
別にそこまで気にすることでもないか、と刃は素直に膝枕を受け入れることにした。そうしているティオは不意に刃の顔を覗き込みながら、呟いた。
「ご主人様」
「何だよ」
「────妾はご主人様に、ジンに出会えて幸せじゃよ」
「……………………おう」
真っ向からの好意を示す言葉に、刃はぶっきらぼうに応じて顔を逸らした。照れているのか、或いは────やはり純粋な好意にまだ慣れてないのか。そんな主の姿に、ティオは笑みを緩ませながらこの一時を噛み締めるように味わった。
◇◆◇
「ひっ………ひゅーッ、ふッ………ぐ、ぶェ」
城下町の残骸の中で、複数の触手が蠢く。
瓦礫に張り付いた人だったモノが、微かな息を繰り返しながら、内側からの力で再生していく。次第に人の形を取り戻したソレは、手だったもので地面をかきむしる。
「こ、ろ……しゅ………ころし、て……やる────な、ぐも…………ォ」
檜山大介は、辛うじて生きていた。
ハジメからの攻撃を受けても死なないのは、ファウストが与えた魔神の因子によるもの。通常の魔物を上回るほどの超再生。ほんの少しすれば、檜山大介の身体は破砕する前のものに戻っていた。
「ころ、してやる………何度だって、チャンスを見て………そうだ、ファウスト…………俺に、もっと力を…………そしたら、南雲を殺して…………いや、南雲の連れてる、女を使えば………」
血走った目と、口の端から涎を垂らした檜山は狂ったように笑いながら、よろけながら歩き出す。どうやら彼は、未だにハジメへの殺意を忘れていないらしい。それどころか、人質を使ってでも殺そうとするのは、自分の愚かさを理解したくないという精神の逃避によるものか。
だが、檜山の悪運は既に尽きていた。
そして彼は、すぐにでも自らの結末に絶望することになる。
「………────え?」
不意に、檜山が足を止める。
彼の視界の先、光のないはずの闇の中で光点が浮かぶ。一つではなく、二つ、三つ四つと────闇を覆い尽くすカーテンのように、無数の光点が檜山を一斉に凝視した。その闇から姿を見せる光点の正体を、檜山は記憶の片隅にあった情報から吐露した。
「アンチ、のみー?」
ある魔神の眷属、端末とされる魔物群。
人類を滅ぼす無機の敵、何故アンチノミーが、魔神連合の尖兵の一つがここにいるのか檜山には理解する余地もない。
理解するより前に、アンチノミーの大群が闇から一斉に飛び出していく。それらの大群は、檜山大介へと殺到していく。キチキチと足元を響かせ、無数の群体が一人の獲物を覆い尽くしていく。
「ひぎっ!?や、やめろ!来るな!殺すぞ、殺すぞテメェらぁ!!」
怯えながら、檜山は周囲の瓦礫を投げつけ、ひたすらに威嚇する。近くに落ちていた槍を握り締め、檜山は必死に怒声を響かせていくが、自分を囲んでいくアンチノミーの大群に────狂いかけていた心が、大きく揺らいでいく。
それでも、生き残る為に悲鳴に等しい叫びを上げて、必死に近付くアンチノミー達を牽制する。そうして槍を振るおうとした檜山は────遂に、ソレを目にした。
────目の前に立つ、二人の人影。
まだ幼さの残った少年と少女。長髪に短髪、青に赤、相反する二つの要素を取り入れた二人の子供が顔を上げ、笑う。だが、檜山は歯を震わせることすら忘れるほどに、恐怖していた。
目の前に立つ、圧倒的な質量の存在感。今まで感じたことのない恐怖と、明らかに異物感ともなる全身のおぞけ。心身共に、本能が悲鳴を上げる中────何とか保っていた檜山の心は、完全に砕け散った。
「や、やだ────イヤだ、たすけ────」
『────安心して、私達が助けてあげる』
『怖がらないで、僕達が導いてあげる』
【【────全てを、私達に委ねて】】
恐怖と絶望のあまり、泣きじゃくる檜山に二人は受け入れるように笑った。しかしそれが救いではないことは、檜山が誰よりも理解していた。
絶望する檜山に、アンチノミーの群体が迫る。『
◇◆◇
そして、壊れゆく王国の中で二人の王は睨み合いを続けていた。星王エリュシオンはその存在を見上げ、大魔王アルヴァーンはその存在を冷たく見下ろす。
「────伝聞だけだが、貴方の存在はよく知っている。大魔王アルヴァーン」
「そういう俺こそ、お前ことはよく知っているぞ。真の解放者の後継者。君こそが彼等の意思と信念を貫くものであると」
(………貴方?エリュシオン王は、大魔王の事を知ってるのか)
ハジメは二人の会話に、エリュシオンの言い方に違和感を感じた。だが、既知の仲とも呼べないような感覚。エリュシオンだけが一方的に知っており、大魔王は初めて対面したような口ぶりである。
そんなハジメの疑問を知ってか知らずか、エリュシオンは静かに語り始めた。
「貴方は、オレにとって憧れだった」
「…………」
「貴方が遺した地下遺跡で、オレは解放者の意思を知った。貴方の残したメッセージを元に、オレ達は全ての迷宮を踏破した。貴方の刻んだ壁画に描かれた────他種族が笑い合える平和な国の景色に、オレは心から憧れた。だからこそ、貴方のような国を作りたいと、貴方のような王になりたいと思わされた」
星王エリュシオンは、懐かしそうに語り始める。意外な事実である、エリュシオンが解放者の事を知ったのも、迷宮を知る要因になったのも、全て大魔王が残した記録が一因であったのだ。
他の解放者たちからも語られた、最も慈愛深き解放者。王となって国を導こうとした彼の姿に、まだ若き王子は憧れと共に志す道を選んだのだ。
だからこそ、エリュシオンにとって、今の大魔王の行いは理解し難かった。
「────何故、貴方がこんなことをする?」
「…………」
「かつて最も慈悲深く、誰よりも人間と魔人族の平和を望んだ慈愛深き解放者。そして、オレが解放者の意思を継ぐ一因となった、解放者の記録を世界に遺した貴方が、何故人間を滅ぼそうとする?」
7人の解放者と共に神と戦い、彼等と別れてから数千年もの間妹と共に魔人族を調停した優しき王。その平和の理念に、二人の魔王すらも感銘を受けた。数千年の間、大魔王はその意思や願いを忘れたこともなかったはずだ。
────なのに、今アルヴァーンは人間族を滅ぼそうとしている。かつて他の解放者たちと誓った、人と魔人族の笑い合える世界を望んだ張本人が。
「人間族が如何に救い難く、愚かなのか理解したからだ。傷つけ合い、争い合い、奪い合い────憎しみだけを生み出す存在であると。
「だからこそ、他の魔神と手を組むのか」
「手段を選んだだけに過ぎない。解放者全てが揃っても、奴は殺せなかった。ならば超常なるものを使ってでも、神を殺すまで。」
それが大魔王の主張である、今までエヒト神の恩恵にあやかってきた人間は味方する価値もない。むしろ同罪であるからこそ、神に力を貸さぬように滅ぼす、と。八つ当たりであると横暴であるというのは、誰もが理解していた。星王エリュシオンも、それが大魔王の本心ではない、建前であると察していた。
だからこそ、一人の解放者として解放者の総意を以て、語り掛けることにした。
「貴方がそうでも、他の解放者は違う」
「何?」
「一月前、ミレディ・ライセンと会ってきた。彼女から貴方に伝えて欲しいと、伝言も預かっている」
その瞬間、冷酷な雰囲気を貫いていた大魔王の表情が揺らぐ。しかし大魔王の動揺は、次の言葉を聞いて明らかに大きくなった。
「────私達の希望は今この時成った、と」
「…………希望だと?その男が?この世界のことも欠片も憂いておらぬ、外からの人間が。我等の、解放者が数千年かけて求めた希望だと言うのか」
「貴方にとって、彼こそ待ち侘びた希望の筈だ。神を殺す意志を秘めた強き者、我等の願いを果たす者だ。何故それを認めない?彼等の事を、もう一度だけ信じられないのか?」
静かに大魔王は疑問を吐露し、星王は確固たる意志を以て応える。
その目が、南雲ハジメを見据える。その瞳が理解しがたい嫌悪と軽蔑を顕にしていた。有り得るはずもない、世界を救う希望が、世界を救う意思を欠片も持たぬ者であると、大魔王アルヴァーンはハジメ達を睨み付けていたかと思えば、自らの両手を見下ろした。
「今まで手を払い続け、我等から奪い続けてきた人間どもを、今度こそ信じろだと?馬鹿馬鹿しい、我等は最早数千年以上の時を待ち続けてきた。常に我等が譲歩してきたのだ、人と魔人族が手を取り合える平和な世界が来ることを。俺は、信じ続けてきた」
解放者たちと別れ、数千年間人と魔人族の融和を掲げ続けてきた大魔王。その試みの全てを、人間たちに────扇動したエヒトによって邪魔されてきた。
無意味に殺されていった同胞達の犠牲を背負い、アルヴァーンはいずれ来る本当に平和な世界を夢見て、かつて仲間達に誓った夢を叶えるために邁進し続けた。
その夢の先で、無数の悲劇と絶望によって大魔王の心は摩耗し、憎しみを背負う魔神が生まれた。
「だからこそ理解した────俺は間違っていたと。数千年の時の間、血を流してきたのは我等だけだ。どれほどの時代を超えても、人は何一つ変わりなどしなかった!自らを弄ぶ愚かな神に盲信し、互いを呪い滅ぼしあい、我等の築き上げた平和の象徴を踏み躙った人間どもに、我等が歩み寄る必要などなかったのだ!!」
「………アルヴァーン、お前は」
「オスカー・オルクス!ミレディ・ライセン!ナイズ・グリューエン!メイル・メルジーネ!ラウス・バーン!リューティリス・ハルツィナ!ヴァンドゥル・シュネー!そして、我が妹アクシア!皆の犠牲を、世界をより良くしたいという願いを、人間どもが顧みたことはあったか!?否!奴等が、彼等の願いを、理想に一時でも耳を傾けたことなどなかった!!それどころか、彼等を神の敵として世界から追いやった!!」
情動のままに、大魔王は全てへの怨嗟を吠える。いつだって世界の為に戦ってきた7人、彼等の顔を、姿を、声を、片時も忘れたことはない。旅路の中で語った彼の理想を、誰も笑わず、信じて、応援してくれた。
なのに、そんな大切な仲間たちを、人間は拒絶し、排斥した。そして自分の理想の夢を踏み躙った、同胞達の亡骸と妹の涙と共に。
その時から、彼は、大魔王アルヴァーンは人間そのものを見限ったのだ。
「数十年前、バベルの惨劇から!解放者アル────くだらぬ理想に同胞も妹も犠牲を負わせた愚かな魔族は死んだのだ!今ここにいるのは、人を裁き滅ぼす魔族の王!闘争を司る魔人族の神たるこの俺が、貴様ら人間どもを粛清し、この世界に悠久の平和を齎す!それこそが俺の、大魔王の使命なのだッ!!」
「……………………、そうか」
その言葉に疑いようはない。明らかに大魔王自身の心からの発言であると、誰もが理解した────だからこそエリュシオンは静かに見据える。その瞳を、悲しそうに伏せた星王はようやく悟った。
「解放者としての貴方は────もうそこにはいないのか」
「言ったろう。奴は死んだ、とな」
目の前にいるのは、憧れた王ではなく、その残骸であるナニカだという事実。諦観を受け止める星王に、大魔王はかつての自分自身ごと冷たく切り捨てた。解放者である自分は、南雲ハジメとの対話以前に、あの惨劇の時から双子の片割れと共に死んだのだ、と。
「ならば、オレも覚悟を決めよう。貴方は────貴様は王国の、人類の、世界の敵だ」
「それでこそだ、星王。ここでお前諸共王国を滅ぼせば、後は人間どもを皆殺すことで消化試合になろう」
「────いいや、大魔王。貴様は戦わない、戦う訳にはいかないはずだ」
ほう?と大魔王は不敵に笑う。恐らくエリュシオンの言葉がただの挑発か根拠を伴う発言か興味が湧いたのだろう。しかし、彼の余裕の笑みは次の瞬間に消え去った。
「────貴様の『器』は、何時まで持つ?」
「………」
「貴様が魔神への羽化を拒んでいることは知っている。下手なダメージは貴様自身の肉体の破壊を意味する。貴様が魔神になれば、自らの制御することは出来ない────同胞の為、魔人族の為に魔神の力を封じているのではないのか?」
大魔王の黒衣の隙間から無数の気配が覗く、アレこそが戦乱の魔神としての力。大魔王の装束はその魔神の力を封じることで、魔神の羽化を抑制する拘束具でもあったのだ。それはエリュシオンの言う通り、大魔王は魔神に覚醒することを拒んでいる証明でもある。
「それに、我等が殺し合えば他の魔神が喜ぶだけだ」
「………ダブリスに、ファウスト、ソロモンか」
「やはり、もう一柱増えていたか。魔神連合が拮抗しているのは、互いの戦力を温存した上で勝ち残る為の戦略だろう。オレと貴様が殺し合えば、弱った方を生き残った魔神が殺し、残った
大前提として、魔神連合は仲良し小好しの集団ではない。世界を滅ぼすのが存在意義の魔神にとって、柔軟な思考を持つものであっても世界の破滅を他に任せる者はいない。それ故に、彼等はエヒト神を滅ぼすまでの協定として連合を組むことにした。
だからこそ、彼等は自らが世界を滅ぼす機会を逃さない。勝手に争い合う大魔王と人間族を見れば、他の魔神が勝ち残ったものを潰して終わらせる筈だ。
「────良いだろう。此度の戦争、お前達の勝利で飲み込んでやろう」
「…………」
「だが忘れるな────人の本質が奴等を、『
ほんの一瞬、大魔王ではないナニカが覗き込み、魔人族の王はその場にある魔戦騎とフリードを引き連れ、闇に呑まれる。空間魔法の転移で、全ての敵が消えていく。
それは、戦争の終焉を意味する。魔人族による殲滅作戦を阻止した、人類の、ハイリヒ王国の勝利を意味していた。しかし、誰もその勝利を喜ぶ暇はなかった。
「────スピリアス」
「………エル」
「皆に伝えろ、戦争は終わった。怪我人と重傷者の治療を最優先に、騎士団には捜索を急がせろ」
「…………了解した。陛下」
立ち尽くす星王は振り向くこともなく、スピリアスに淡々と告げた。その命令に応じたスピリアスはアーティファクトによる通信で他の騎士団に連絡して終戦の処理を整える。
そんな中、エリュシオンはただその場に立ち尽くしていた。槍を手にした彼は何も言うことなく、大魔王のいた場所を見つめている。碧色の左目と星の刻印が宿る右目は、何処かを見ていた。
原作よりも酷い目に遭う檜山(残当と言えば残当だけども)
原作との相違では魔物に食われるところが、魔神ダブリスの端末アンチノミーに生きたまま解体されるとこに変わりました。ただでさえ魔神の力を与えられて超再生を使えたせいで、地獄を見たでしょうね。
そして、エリュシオンとアルヴァーンの関係性ですが、どちれも初対面ですが、エリュシオンにとって大魔王────かつての解放者アルは憧れな存在だったのが語られます。
しかし当の大魔王は解放者であることを辞め、魔人族の為だけに生きることを選び、人間族を皆殺しにしなければならないと半ば壊れてます。エリュシオンにとっては憧れの存在と殺し合わなければならないので、思ったよりもメンタルが揺らいでます。
エリュシオンへの曇らせが半端ないな…………尚、エリュシオンのストレスの種がまた増える模様(ヒント、兎)
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清水の今後について
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生存その1(生き残るけど戦えない)
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生存その2(護衛組の一人として戦う)
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死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
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意識不明の重体として途中退場