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余談ですけど、今のクライスはミレディに師事したこともあってメチャクチャ温和になってますけど、昔は別人みたいにヤバイ奴だったんですよね。
どんくらいかと言うと、苛烈も苛烈なタイプ。まだ全盛期だった教会勢力にも真正面から喧嘩売るし、自分達を捨て駒にしようとした司教を生きたまま焼いて斬り殺すとかするくらいのことしてたし。
…………人は変わるものなんすね(すっとぼけ)
ハジメや刃達が試練を受けていた日から翌日の早朝。日の光が昇り始めたばかりの日光が廊下のカーテンから漏れ出す中、一人の青年が廊下を歩いていた。
「────」
異世界からの来訪者が集められた建物の中、男子寮と呼ぶべき建物の大浴場。その近くにある手洗い場の水場でその青年────白雪剣城は冷水で顔を洗っていた。冷たい水の方が、眠気も綺麗に消し去ることが出来る。何より、よく見る悪夢を洗い流せる気がしたからだ。
底冷えするような寒さを噛み締めながら、彼は不意に鏡を見た。そこに映るのは、水に濡れた白髪が垂れ下がった青年の姿。銀にも思える、いつもの彼の蒼眼とは違う、真っ白く光る瞳。
「………………チッ」
舌打ちを零した剣城は、鏡を殴ろうとした自分の手を止め、行き場のない拳を下ろす。鏡に見えた自らの顔────それを見て幻視した誰かへの苛立ちを秘めた剣城は、洗面台のタオルの上に置いたコンタクトを目に嵌めた。
その瞳は、いつもの彼と変わらない深い蒼色。しかし苦々しく、忌々しいと言わんばかりに歪められたその顔立ちは、彼の苦悩と何者かへの明確な憎悪があった。
「忌まわしい…………世界を渡っても尚、俺の心を蝕むか」
『────どれだけ反発しようとも、お前は尊き■■の血を継ぐ者だ。その血から、義務から、使命からは逃れられんぞ』
「黙れ────怪物め。俺は、白雪剣城だ。■■なんかではない、貴様の血など…………穢れた化け物の血など、流れてはいない」
胸の内に溢れる憎悪を抑え、彼は濡れた髪を整える。鏡を見ると、いつもこうだ。自分の顔が、あの男に似た顔が忌々しく思う。だからこそ、彼は過去の事を思い出さぬように、頭に思い浮かべぬように別の事に頭を回していた。
「………そうだ。くだらんことに頭を回すな、白雪剣城。お前には守るべきことが、使命があるはずだ」
彼が気に掛ける、友人たちの存在。剣城にとっては、それこそが何よりも重要なことである。それこそ、彼が戦うことを多少なりとも受け入れてる理由でもあった。
そうしてタオルで髪の水気を取った剣城は自室に帰る前に、少し離れた部屋を通り過ぎる。不意に扉の前で歩みを止めた彼は覚悟を決めたように、ノックをした。
「なぁ、冬弥………俺だ、少し話がしたい」
「────」
「………………冬弥?」
個人的に関係が深い友人である少年、魔人族による襲撃から精神的に落ち込んで引き篭もった冬弥。特にメルドを慕っていたことでその死に耐えかねていたのは、彼が一番であった。最初は剣城もソッとしておくべきと思っていたが、数日も閉じ籠もる様子は心配でしかない。
────だが、ノックをして声をかけても、部屋から反応が全くしなかった。それどころか呼吸すら誰かがいる気配すら感じない。嫌な予感が、喉の奥でつっかえていた。
「────すまない、冬弥。入るぞ」
扉に向けてそう言うのは、何事もないことに期待してのことだった。ただ友人が熟睡しているだけだと、彼は信じて扉を開ける他なかった。
だが、扉を開けた空間に部屋の主はいない。それどころかは綺麗に畳まれた部屋は、生活の痕跡すら残っていない。不意に、冷たい空気が肌を伝う。明け放たれた窓から、風が入り込んでいたのだ。
「…………なんだ、これ」
そんな彼が見つけたのは、机の上に置かれた手紙だった。複数枚あるそれは分けて書かれたものらしい。1枚、もう1枚を見通した剣城の顔は、一気に蒼白を通り越していた。
◇◆◇
朝になり始めた頃、光輝達はハヤテの猛特訓を受けている最中であった。なお、光輝は既に最初に挑んで盛大に返り討ちにあって休んでいる。今は雫や龍太郎がハヤテの猛攻を受けている。
そんな彼等にとって、いつもと変わらぬ────いや、いつもより激しめな特訓の中、その場に新しい面子が加わっていたのだった。
「────咲夜、本当に訓練を受けるのか?まだ怪我人だろう?」
「傷は既に完治してる、ヒナ団長からはある程度動いてもいいと許可は受けてるさ。…………動かないよりは、この方が薬でいい」
失った左目を眼帯で覆った委員長、岸上咲夜。魔神の眷属との戦いで失われた左目は、どうやっても戻らない。それが医療のスペシャリストであるヒナの結論であり、咲夜もそのことは重々承知であった。
だからこそ、彼は立ち止まることも休むことなく、左眼がなくても慣れる道を選んだ。それ以上に、咲夜自身己の力の本質を理解する必要があった。
「雫、龍太郎。一先ず終わりだ、今の間に休んどけ」
「はぁ………っ、やっとね…………大丈夫かしら?龍太郎」
「ゼェ……ッ、ゼェ………ッ!なん………ッ、とかッ!」
数分、数十分とは言え休むことなく攻め続けることを徹底されていた雫と龍太郎が息を付いて休憩する。龍太郎に至っては近接職というのもあってか、思ったよりもボコボコにされていたが。
「休憩がてらだ。岸上、お前が使ったという例の力をやってみろ」
「はい────■■」
その場で休むことにした光輝たちの前で、ハヤテに言われた咲夜は魔神の眷属との戦いで行使した力を発現させる。その瞬間、噴き出した黒と白の力が、彼の姿を染め上げた。
「ほう、魔力の質そのものが変化したな。お前が使い慣れてるのは、聖属性と闇属性の魔法だったはずだが…………その状態は何時までも持つ?」
「…………使ってみた限り、一時間近くは使えると思います。魔法とかを連発した時は負担も大きいですけど、それでも半時間は持つかと」
「まぁ、上々か。…………折角の強化形態も、十分近くしか使えん奴もいるしな」
魔力そのものが変質し、特別な効果を得たことに見抜いたハヤテは面白そうに眉を動かす。その上で一時間はそのままでも出来るという咲夜の言葉を聞いたハヤテが露骨に告げる。
当の光輝は思うところがあるのか、苦々しく「うぐっ」と呻く。敢えてダメージを与えたハヤテは落ち込む光輝を無視して、そのまま咲夜に語り掛ける。
「咲夜────コレに魔力を込めろ」
「?これは…………」
「シュトライゼの奴が作った、魔力観測機の改良型だ。元々は魔力量や適正魔法を調べる為のもんだが、こういう風に性質が分からん魔法も確かめられるってワケだ」
『用法用量くらい守ってくれないかな??』と困った顔をする
彼が手渡した球体状のアーティファクト、観測機を受け取った咲夜は言われるがまま掌から流れていく魔力を込める。彼の流した魔力が観測機に満たされたその瞬間────咲夜の手の中で、観測機が音もなく落ちた。
「……………え?」
「壊れ、いや………分解してる?」
「あん?可笑しいな、魔法の性質を正確に判断するモンだ。神代魔法クラスでも精密に判別するはずだが…………いや、これは」
咲夜の手の中にある、バラバラに分解された観測機を受け取ったハヤテがジッと観察する。目を細めた彼は、すぐに肩を震わせ、笑い出した。
「────ダッ、ハハハハッ!!オイ、咲夜!お前力ァ中々ヤベーモンじゃねぇかよ!」
「ハヤテ団長!?何か分かったんですか!?」
「っていうか、良いんですか?俺、今ので観測機壊してしまったんですけど…………」
「まぁな────あと咲夜、そんくらい気にすんな。後でシュトライゼに言って直させるだけだしな」
『は??????』と脳内で困惑するシュトライゼの幻影を無視するハヤテ。どうせ使い走りでもすりゃいいだろ、と楽観的な彼はその場で怪訝そうな少年たちに、岸上咲夜の異能の真意を伝えようとした。
「咲夜、お前のその力は────」
「────は、ハヤテ団長ッ!!」
その瞬間、訓練所に一人の青年が立ち入る。白雪剣城、その人の様子を目にした咲夜や光輝達は、いつも冷静沈着に徹するタイプの彼とは思えないレベルに狼狽したであろう彼の様子に、息を呑んだ。
話を遮られることには不満を顕にするハヤテも、剣城の様子があまりにも普通ではないことに気付いたのだろう。一気に表情を引き締めた上で、問い詰める。
「どうした、剣城。何事だ」
「っ、冬弥の………様子を、見に行ったんですが、部屋居なくてッ……………王国を、出ていったみたいで………ッ!」
「確かか?…………────エリュシオンと少し話す。修行は止めだ、各々好きにしろ」
剣城の発言に、驚くクラスメイト達を尻目に、ハヤテは剣城の持っていた手紙を一通り見ると、冗談ではないと確信した上でその場を離れていく。青い顔で息を整える剣城に、クラスメイト達が駆け寄る。
「剣城、今の話は本当なのかい?」
「光輝…………皆か。ああ、この手紙が、冬弥の部屋に残されていたんだ」
震える手で手紙を受け取った咲夜は、その中を見た。二つの手紙には長文の謝罪が記されていた。一つは、エリュシオン達ハイリヒ王国へ裏切りにも等しい逃避をするという宣言と謝罪。そしてもう一つには、クラスメイト達への謝罪の言葉と仲良くしていた剣城や流美達『帰還消極派』の皆に対する個人的な言葉────出来ることなら、一緒に逃げて欲しいと綴っていた。
その理由は、手紙の中にも描かれていた。
先の戦争で、メルドを含めた多くの人が犠牲になった。その中にクラスメイトも数人居た。冬弥はその事に、自分が犠牲になる可能性に耐え切れなかったと、死にたくないと自らの思いの丈を文書に明かしていた。
『────本当にごめん。でも、ボクは死にたくないんだ。ようやく掴めたボクの人生を、無下にしたくない。本当に、ごめん』
「…………これは間違いないな、冬弥は本当に王国を離れたのか」
「國木……っ、王国の皆を見捨てるなんて…………!何考えているんだ…………!」
「アンタねぇ、光輝────もうちょっと彼の事も考えなさいよ」
最後の一文、皆への言葉を読み終えた咲夜はその覚悟が嘘偽りではないと実感した上で、冬弥は自らの意思で王国を発ったことを実感する他ない。その傍らで、光輝は冬弥の逃避を『裏切り』として素直に受け止めていた。悔しそうに冬弥が逃げた事が理解できないと言わんばかりの幼馴染に、流石の雫も苦言を呈した。
本来ならば、剣城はその発言に怒りを顕にしたかもしれない。しかし、今の彼はソレが頭に入らないほど動揺していた。
「咲夜………俺は、どうすればいい………?」
「………剣城」
「嗚呼、俺は今冷静じゃない………冷静であろうとしてる。けど、頭が真っ白になって、俺は…………すまない」
動揺を抑えきれない剣城は、震えた声で委員長である咲夜に縋っていた。咲夜から見ても、剣城は冬弥や流美達と非常に付き合いが長かった。友人の失踪に、不安になるのも当然だろう。
「今は、俺達にできることをしよう」
「出来ること?」
「クラスメイトの誰か、冬弥の行き先に心当たりがあるかもしれない。手分けして聞いてみてもいいはずだ」
────少なくとも、今の自分達にはそれ以外できそうにもない。そんな弱音を飲み込み、咲夜は皆と共に聞き込みを始めることにした。
◇◆◇
そして、咲夜の提案するように聞き込みを始めた一同。別れて行動することにした彼等は、咲夜と雫は別々に、光輝に龍太郎、剣城の三人で其々聞き込みをすることになった。
その際、龍太郎は咲夜から言われた言葉を思い出す。
『龍太郎、悪いが剣城の事を気に掛けてやってくれ。多分、気が滅入っているかもしれないから。いつも以上に不安定かもしれない』
『それはいいんだけどよ、何で俺なんだ?別に言うのは光輝でも……………』
『────アイツにそういう気遣いができると思うか?』
酷い言われようだが、否定はできなかった。
龍太郎も長い付き合いでよく分かっていることだが、光輝はどこか世間知らずというか────自分に都合の良い解釈をすることが多い。言い方を変えると、彼は挫折を知らない────『弱さ』を自覚していない。
そういう一面が悪く作用してしまうことは、龍太郎もよく理解していた。現にそれのせいで、光輝は大きな問題を招いている。ハジメが奈落に落ちた時も、自分に都合のいい解釈をしたことで香織を精神的に落ち込ませ、刃が王国を発つ理由ともなり────一時期、咲夜とも衝突する羽目になった。
雫も龍太郎も、その悪癖に関しては何度も咎めているが光輝は未だに無自覚である。本人としては、間違っているという認識すらないのだろう。それはきっと、幼い頃から積み重ねてきた大人達の教え方と本人の才能が、悪い意味で合致してしまった────挫折をしてこなかったことが問題だったのだ。
「────何をしてるんだ、二人とも」
「あ、バカ」
「うわ」
「アぁン?」
真剣に頭を悩ませていた龍太郎を余所に、不意に光輝が通りすがりの二人組に声をかける。二人組を見た剣城が不味いと声を上げたのも束の間、二人組も気付いたらしく反応を示す。
────南雲ハジメと黒鉄刃。二人は声を掛けてきたのが光輝だと知るや否や、露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「南雲に黒鉄!人の顔を見て、何だその顔と声は!失礼だろ!」
「いやまぁ、休んでる時に面倒な奴と会ったら誰だってそんな声出るわ」
「おうおうテメェ!人様見つけて偉そうに説教かァ?随分とお暇なんだなぁ勇者サマはよ!!」
「喧嘩腰でやんなよ相棒。ほらさっさと離れるぞ、ご都合解釈が移る」
噛み付く刃を引き留め、そのまま離れようとするハジメ。面倒事に関わる気はないと言わんばかりの露骨過ぎる態度に光輝もやはり食い下がるが、すぐに目的を思い出したのか、彼等に聞くことにした。
「そうだ、南雲に黒鉄。俺達國木を探しているんだが、何か知らないか?」
「國木?……………あぁ、あのチビか────っデェッ!?」
光輝の問いかけに、そのクラスメイトの事を思い出したハジメだったが、あまりの言い方に隣にいた親友からスネを蹴られた。チビというのは、その少年────國木冬弥が他の生徒の中でも小柄なタイプだからである。だがそれでもクラスから見ただけであり、ほぼ中学生クラスの畑山愛子に比べれば、まだ大きい方ではある。
剣城達から事情を聴き終えた刃とハジメは「心当たりはない」と頭を下げた。彼等は王の剣相手の試練を受けているのもあって、あまり明確に外部の情報を得られていないのもあった。だが、刃の方が不意に何かに勘付いたらしい。
「もしそれが本当なら、冬弥は『エフェルス』に行ったんじゃねぇのか?」
「どうしてそう思う?」
「戦争から離れたいって思うなら、魔人族のいる南方面より反対に行くだろ。確か昨日の夜中、商会のキャラバンがエフェルス方面に向かったはずだぜ。王国を離れるとしたら、徒歩じゃなくて移動手段を使うだろ」
「……………成程、確かに理に適っている」
エフェルス、そこはフューレンと同じ商業都市でありその町一体の地名である。北側よりの西の方角にあるその町は森林地帯などが多く、水産に特化したウルの町とは対象的に木材などの自然由来の材料の輸入や輸出に特化している場所でもあった。
立地的にも、冬弥が向かう先としては充分有り得る。そこならば、魔人族に襲われる可能性も極めて少ないからだろう。
「そうだ。南雲に黒鉄、折角だ。國木を探すのに協りょ────んグッ!?」
「光輝、二人の邪魔をするな────すまない、二人とも。確か今は修行中と聞いた。俺達の事は気にせず、集中してくれ」
「そうするつもりだが…………いいのか?」
「ああ、気にしないでくれ。邪魔したな、それでは」
唐突に二人に助力を求めようとする光輝だったが、その口を閉ざした剣城が拘束するように締め上げながらも、それを諫める。口は悪いながらも心配そうな刃が聞き返すが、剣城は問題ないとキッパリと言い切った。そうして二人と別れてから、窒息しそうになるまで口を塞いでいた光輝から両手を離した。
「ぶはッ────何をするんだ!?剣城!」
「此方の台詞だ。あの二人の邪魔をする気か?二人はエリュシオン陛下が見込んだ最高戦力だ、二人の戦力増加の機会だというのに、手間を増やすな」
南雲ハジメと黒鉄刃の二人が、エリュシオンから与えられた試練を受けている最中というのは、他の皆も既知の事実である。常に合理性を優先する剣城からすれば、あの二人の邪魔をする理由はない。それどころか、足を引っ張ることこそ控えるべきと考えているのだろう。
「クラスメイトが消えたんだぞ?二人にとって無関係じゃないはずだ。それに、出来る限り大勢で探した方が早いだろ?」
「相手の都合を考えろと言っている。あの二人が魔神連合打倒の鍵だと、陛下は考えている。俺達にとっても希望に変わりない。お前はその足まで引っ張るつもりか?」
「…………南雲や黒鉄が、希望だと本気で思ってるのか?」
「逆に言うと、何故あの二人をそこまで露悪的に見る?あの二人は魔王と対峙し、生き延びている。着々と、魔王すらも打倒する力を得ているんだろう────魔王に手も足も出なかった、俺やお前と違ってな」
厳しい言い分を受け、光輝は苦々しくも黙る他ない。彼にとって、魔王に手も足も出なかったのは事実であるのだ。さっさと離れるぞ、と背を向ける剣城を見ていた龍太郎は、どこか違和感を感じていた。前々から、感じていた違和感、それが言語化できそうな感じである。
(剣城の奴、刃の事を避けてるのか…………?)
◇◆◇
それから数十分後、別れていた雫と咲夜も合流して情報共有を始めた。二人が得た内容は、冬弥の行き先には関係無さそうだが、無視できない話であった。
「雫と話を纏めた所だが、無関係とは言い難い話が分かった。前に起きた噂、覚えてるか?」
「噂?何だそれ」
「────國木冬弥が犯罪者の子という噂だ。それのせいで、冬弥は一時期周りを拒絶していただろう」
それは、ハジメが奈落に落ちてから、咲夜が他のクラスメイト共に愛子と行動を共にしてからの話────王国に、ある一つの噂が流れた。
それは、國木冬弥に関する悪評。彼の親が犯罪者であったこと、だからこそ彼は『盗賊』の天職を有していたという、唐突過ぎる噂だった。
当初、王国は気にも留めなかった。それどころかエリュシオンは公的にそれを否定し、ハヤテは「真実かも定かではないことを当然のように垂れ流すな」として噂した騎士も強制したレベルで、王国側は徹底的にその噂の内容を否定した。
だが、クラスメイト達は違った。全員がそうではなかったが、少なくとも幾人かは冬弥に疑いの目を向けていた。音も葉もない噂、近付けば盗まれるなどといった囁きを受け続けた冬弥は周りと距離を取るようになっていた。唯一、それを気にしなかった剣城『帰還消極派』に加わるようになったのも、それが大きな理由である。
その時期は攻略に専念していたこともあって、光輝達も積極的には関われなかった。それがあって、冬弥も光輝への疑心があったのかもしれない。だが問題は、誰がその噂を流したのかであった。
「私達が聞き込みをしたら、噂を流したのが誰か分かったわ」
「本当なのかい、雫────誰がそんな悪評を周りに吹き込んだんだ?」
「────檜山だ。少なくとも、檜山以外に言い出した者は居ない」
その事を咲夜達に伝えたのは、他でもない中野や斎藤であった。檜山の裏切りや近藤の死に気を病み、引き籠っていた二人だが、檜山がファウストの手下として前から利用されていたことを思い出し、もしかしてその噂も関係してるのではないかと思ったのだろう。
……………自分達が積極的に噂を流したことの負い目というより、自分達は裏切ってないという保身もあったのだろう。だが少なくともソレは、有意義な証明であった。
「檜山が噂を流したのなら、納得できる話だが…………少し疑問がある」
「疑問って、何が疑問なんだ?」
「そんな悪評を流すなんて檜山が自主的にできるはずもない。恐らく、その時期から暗躍していたファウストの指示だろう────ならば何故、ファウストはそんな噂を流す必要がある?」
咲夜にとっての疑問、ファウストが何故わざわざ噂を流してまで冬弥を追い詰めようとしたのか。そこまで遠回しなことをする理由は、きっと一つしかないだろう。
「────ファウストは、冬弥を孤立させようとしていた?」
「だが、それが叶わなかった。当の冬弥は剣城や流美達と交流を深めた結果、ファウストは手出しを諦めた。もしくは途中で興味を失って別の者に────恵里に接触したか」
「だとしても、何で冬弥なんだ?冬弥を孤立させて、味方に引き入れる理由なんてあるのか?」
「それは、まだ分からないな。少なくとも俺達が知らないで、ファウストが知ってる強みが冬弥にあるのか」
「────お前等、ここに居たのか」
情報共有の間に語り合う一同の元に、ハヤテが現れる。一瞬にして、彼等の居場所を探し回っていたのだろう。まぁいい、と肩を竦めた全員の顔を見た上で、「冬弥の件に関して伝える」と口を開く。
「結論から言う────俺達は國木冬弥の捜索に、王国から人員は出さん」
その発言に、剣城は凍り付くように硬直した。そしてすぐに表情を真っ青に曇らせる。動揺を顕にする青年を支える龍太郎と雫、そんな彼を見た光輝は思わずハヤテに噛み付いた。
「どういうことですか!?ハヤテ団長、國木を連れ戻さないと、見捨てるって言うんですか!?」
「厳密に言うなら、放任だ。我々ハイリヒ王国は戦争を終えてからまだ一週間も経っていない。この期間の間、貴重な王国の人員を割く余裕はない。それが俺達の見解だ」
「エリュシオン陛下は、そう結論を決められたと?」
「本人の意思を尊重する、とエリュシオンの答えだ────あくまでも本人の意思決定に添う。もし王国の外で野垂れ死のうと、王国は一切の責任追及と処置はしない。それが俺達、王の剣の答えだがな」
あまりにも厳しく、それでいて冷淡な答えである。野垂れ死のうが知ったことではない、そう発言したハヤテに食い下がろうとした光輝だったが、ギロリと一瞥したハヤテが吐き捨てる。
「奴がそれを望んだ。本望だろうが────王国に居るならまだしも、王国を好き好んで離れた奴まで守る余裕は俺達にゃねぇよ」
「だから、だからって!そんな言い方はないでしょう!?」
「俺達にゃ守るモンが多すぎる────身勝手なガキのお守りまでする気はねぇんだよ。改めて聞くが、二度も言わせる気か?」
正義感溢れる光輝だったが、ハヤテの言い分には押し黙るしかなかった。しかし全員の顔を冷たく見つめたハヤテは、はぁと深い溜息を漏らす。
「確か、エフェルス方面の可能性が高いって話だったか」
「だ、団長?」
「エフェルス方面の方でも、妙な報告があってな。いくつか集落からの人が出てこなくなってるって話だ。エフェルス方面のギルドの連中から調査を依頼したいって話も来てたし、丁度いいか」
唐突の発言に、光輝は困惑したように問い掛ける。だが咲夜や雫はいの一番にハヤテが何を言わんとしてるのか理解してきたようだ。そんな彼等を余所に、ハヤテは淡々と告げた。
「岸上咲夜────コイツらを連れて、エフェルス方面を調査してこい。期限は二日くれてやる、その間にそのクソガキも連れてくりゃ話は通しておいてやる」
「────ハヤテ団長っ!」
ギルドからの要請、というよりはまだ問題は起きてない。エフェルス方面で起きてる異常の報告の調査として、彼等を赴かせるつもりらしい。その過程で、冬弥を見つけたら自分達で説得して連れ戻すかしてこい、と。
「そうそう、お前等だけを単独で出すワケにもいかねぇが、俺達王国も人員を出せねぇのも事実だ。…………そういうワケだし、お前等を見とく奴を出す────おい、滅却師。さっさと出てこい」
ハヤテが虚空に向かって呼びかけると、近くの建物の屋根から一人の男が降り立つ。黒衣を身に纏う男、滅却師イクスであった。
「…………随分手荒いことだな」
「御託抜かすな。王国襲撃の罪を赦した挙句、王国に入れてやったんだ。仕事の一つも貰えるくらい有り難く思え」
「…………元より、今は何もやることもない。お望み通り、務めは果たそう」
王国を襲撃し、暗殺未遂を起こしたことで指名手配にされていたイクスだったが、当の刃や愛子が気にしていないこともあり、エリュシオンはイクスの指名手配を取り下げた。だからこそ、彼やノインも王国にいることが許されている。
喜び勇む一同、その一人であった光輝にハヤテは不意に口を開く。彼の口から出たのは、助言であった。
「光輝────気張れよ」
「?何ですか、いきなり」
「國木冬弥だ。アイツをただの『盗賊』と侮るな。俺達から見ても未知数、少なくともアイツはお前等の誰よりも強い能力を秘めてる────南雲ハジメや刃に近いレベルでな」
ハヤテからの忠告を受けた光輝だったが、明らかに戸惑い気味であった。彼はそれに呆れるどころか、仕方あるまいと肩を竦めた。言って分からぬのなら、確かめればいい。
イガル・ハヤテがそう忠告するレベルの『未知数』があることを、彼等は後に思い知ることになる。
相変わらずいつもの調子の光輝、まぁこれでもまだマシな方…………これでマシってどんだけだよ(原作参照)
咲夜と剣城は同じ指揮官タイプだけど、割と細かいところが違います。咲夜が理路整然としながらも情を汲んだ上で諭すタイプで、剣城が正論で切り捨てるタイプ。
正直下手に話すとネタバレになりそうですし、今回はここまでにしておきます。お気に入りや高評価、感想などもよろしくお願いします!
清水の今後について
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生存その1(生き残るけど戦えない)
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生存その2(護衛組の一人として戦う)
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死亡(無慈悲に死ぬ。全員曇る)
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意識不明の重体として途中退場