水星の魔女OG   作:ノイラーテム

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第一部分
プロローグ


 

●裁けぬ悪を何とする

 地球のとある工業エリア、研究棟のある場所でちょっとした変化が起きた。

 真夜中にウウ~とサイレンが鳴り、カンカンカンとサーチライトが暗闇を照らしていく。

『ハア……ハア……ハア……』

 少し離れた場所にある車の中で、高性能の収音マイクが少女らしき吐息を拾っていた。

 ナイトビジョンを使うとカーナビにしか見えない場所に、走り抜ける少女の姿が映し出される。

「マラソンで一時間三十分を余裕で切れそうなペースか。それにあの歩幅、明らかに薬を投与されてるぜ。コース取りも悪かねえ、あいつ逃げ切れるかな?」

 車の中で別の少女らしき声がぶっきらぼうに声を上げた。

乱暴な言葉で荒々しいトーンだが、その見立ては優れたものだった。もしかしたら彼女自身が運動面で優れており、それゆえに推測が容易かったのかもしれないが……。

 

「無理だな。地域住民からの援護も始まったようだが、射撃が手慣れておる。おそらくはこんな『狩り』を何度も行っておるのだろうて。権限が及ぶギリギリの所まで遊ぶ気だろう」

 ハンドルを握る男はまるで獅子のような男であった。

男はその厳つい外見にも関わらず、牽制射撃の距離が一定である事を指摘した。本来ならば少しずつ近づいて行くべきだし、逃げる少女が思わぬ足取りをすれば離れるものなのだ。それにも関わらず一定という事は、何度も同じ状況が繰り返されたのだと思われる。

 

「何とか出来ねえのかよ親父? いつもの調子はどうした」

「正攻法では無理だな。こちらにも義理がある。だが……」

 二人は親子なのだろう。逃げる少女を助けたいという娘の逃亡に父親は答えることにした。

だがその方法は尋常ではない。車を走り出させて少女の方へ向かうというところまでは娘の要望通りだ。だがしかし、そこから先が男の酔狂さを示していた。

 

「お、親父! どういう料簡だ! あいつの邪魔をすんのか!?」

「黙って見ておれ!」

 なんと、車を少女を救うために向かわせるのではなく、少女を阻むために最終ラインへ!

そして自らはドアを開け、射撃が継続させられているにも関わらず、外へと飛び出して仁王立ちになった!!

 

「裁けぬ悪を何とする!」

「そ、そんなの知らない! 私はみんなの希望なの! 『外』へ行って、助けを呼ぶの!」

 ここまで走り通したにも関わらず、逃げていた少女は声を上げた。

呼吸困難になりそうな状態にもかかわらず、大声で自らの正義……非道な目に合っていると主張。そして片時も速度を落とさずに走り続けていた。

 

そして僅かに軌道修正。車の低い部分へと目掛けて跳躍したのである。

 

「その意気や良し! お主の命、このビアン・ゾルダークが預かった!!」

 ビアン・ゾルダーク博士はこの工業エリアにある会社に招かれた技術顧問であった。

それゆえに介入するには正当な理由と、バクチを打つに値する価値が必要だったのだ。それを少女は示した。虐待されているという情報を提示、そして『脱走犯を捕まえに来た』という態で割り込んだビアンと車を利用して、ライフルによる狙撃から逃げ切ったのである。

 

「聞こえるか、ローズ。お前の伝手でフィリオ・プレスティ博士につなぎを取ってもらいたい」

『聞こえておりましてよ。構いませんけれど、どのような御商談でしょう?』

 ビアン博士は車載電話にしか見えない衛星通信を立ち上げるとエージェントに連絡を入れた。

ローズと呼ばれたエージェントは嫣然と笑って続きを促し、どのような内容の会談を行うのか、そして自らにどのような利益がもたらされるのかを尋ねた。それは彼女が商人である以上は当然のことなのだから。

 

「彼の研究実現に力を貸そう。代わりに彼が抑えている『テスラ・ドライブ』を得るのだ。さすれば……」

『その成果物は『当社』で生産していただけるのですね? 承知いたしました。他に何かご入用なモノはございますか?』

 ローズは何処かの会社の重役か何かなのかもしれない。

ビアン博士が強力なマシーンを作ると知って、その技術を報酬として会談のセッティングを請け負った。そして更なる成果を得る為、あるいはビアンの関心を得るために追加の受注を狙う。

 

「そうだな。数年後で良い、アスティカシア高等専門学園の学籍を幾らか頼みたい。『スクール』の連中を送り込む。ああ、アードラー・コッホ博士にはこちらで話を付けておくとも」

『なるほど、広告塔を用意するという事ですわね? まっとうな戸籍込みで用意しておきますわ」

 ビアン博士は車の向こう側で治療を受けている少女にチラリと視線を送った。

彼はまっとうな技術顧問であって、裏で行われていた人体実験には関わってはいない。しかし彼ほどの男であれば知る事は難しくなかった。そして、その研究者と話を付けることもだ。正攻法では難しい交渉でも、相手を知り己をしれば決して不可能ではなかった。

 

「親父。どうする気だい? あの外道に手を貸すってのか?」

「彼女たち『スクール』のメンバーが本当に学生と成っても問題はあるまい? 年齢も能力も相応しい。それに……」

 娘の質問にビアン博士は厳めしい顔で答えた。

博士が語る『スクール』とは娘が言う様に外道なる研究者によって牛耳られた白亜の塔である。ビアン博士はまず少女の待遇をまっとうにするところから始め、正統なる理由を用意し、外道共に研究成果をさらなる目的のために投資させることにしたのだ。研究とは実践データと、次なる目標があってこそなのだから。

 

「天の裁きを待っては居れぬ! もはや地球圏には明確なる希望が必要なのだ!! 彼女たちこそが地球の希望と成る! リューネよ、お前にも手伝ってもらうぞ!」

 こうして数年の時間と、数多くの天才たちを巻き込んだ計画が始まるのであった。

 

●狡兎死して走狗烹らる

 ある年のインキュベーションパーティーに置いて、1つの発表が行われた。

そのマシーンは最初から大手企業によるスポンサードが、主要工場工業建設分の50%の比率であると示されていた。要するにスケールメリットによる量産の為に、共同出資者を募るという形式である。

 

『この度は我が社のRフレームを元に共同開発で設計した『リオン』の発表をさせていただきます。この機体は高度な空間認識システムと飛行ユニットを一体化したテスラ・ドライブを中核としており……』

「工業の鉄人イスルギにしては微妙な機体だが……。シャディク、お前はどう見る?」

 グラスレー社CEOであるサリウス・ゼネリは隣にいる青年に声を掛けた。

己の見立てでは自社製品に全く及ぶ所のない微妙な製品である。しかし新規参入のモビルスーツ開発はともかく、インフラを始めとしたビジネス全体ではイスルギ重工は御三家の上を行く大企業である。その鉄人が満を持して投入した新製品が、この程度の性能というのは不信に思って当然の事だ。

 

「浮遊を前提にして高度な制御が行われているという事は、被弾してからの能力復元率も高いでしょう。また四肢を完全にペイルロードとして設計し、構造的にも生産・整備が簡略化された設計です。要するに……戦争用の機体ですね」

「……平地に乱でも起こしたいのか? ウチは良い、だが他はどう出るかな」

 サリウスの養子であるシャディク・ゼネリは能力以外の要素を冷静に分析した。

能力が低いのではなく、低く抑えて他を高めているという評価だ。リオンの諸元はともかく、追加ユニットを見れば海中用のシーリオンや陸戦用のランドリオンに改修可能など、密閉性の高い構造で場所を選ばぬプラットフォームと化していた。これは完全に量産体制を見込んだ設計であり、世界中で量産されれば何処ででも部品が調達可能という事になる。仮に百機の内半数が破壊されても、翌日に八十機が復帰するのでは戦う方としてはたまったものではないだろう。

 

「同じように空戦を前提としたペイル社は青い顔をしているでしょうね。その点でジェターク社はどうでしょう? あそこは高価で高性能な重モビルス-ツが得……」

 同じ御三家でもそれぞれに得意分野が違っている。

スタンダードな能力に様々な兵装運用で補うグラスレー社。高出力な大型ブースターでの飛行を可能とするペイル社、そして重装甲大出力による精鋭を売りにしているジェターク社では反応が違うのも当然のことであった。

 

「む。ヴィムの奴が質問を行うようだ。ここは御高説を聞かせてもらう事にしよう」

「そうしましょう。……少し席を外します」

 ゼネリの親子が話している途中で、モニターの端に討論の要望が出た。

そのサインは今はなしていた御三家のジェターク社の物である。サリウスが興味深そうに見守ろうというのも当然であろう。しかしシャディクとしては思う所があるのか、席を外して極秘の通信端末を懐から取り出した。

 

『コスト重視で性能度外視ならば確かにイニシャルコストは良いでしょうな。しかし実際の戦いではそうも行かない。精鋭による強行突破で各都市が荒らされ、守備隊だけが復活しても意味がないでしょう。モビルスーツに機体が託されているのは、都市に住む人々を守る為なのですから。これでは安物買いの銭失いになりかねない』

『当然ですな。その疑問にお答えいたしましょう』

 ジェターク社のCEOであるヴィムが直接質問に出る。

これではその辺りの技術者では貫目が足りず、急遽、イスルギのCEOであるイスルギ・レンジが変わって立つことになった。打撃力も防御力も足りないリオンでどう対策するのか? その辺りを聞かされている筈のレンジであれば堪えられるはずであろう。

 

『当社でもその辺りを懸念してRⅡフレームの新規開発に余念がありません。これはテスラドライブを進化させ、防御フィールド構築を行えるテスラ・ドットアレイを前提としております。しかし開発には難航しておりまして……そこは皆様の機体に対し、胸を借りる所存であります』

(やはり裏で根回し済みか。確かにあの機体とジェタークのディランザは相性が良い。……だが『今』戦争が起きてもらっては困るんだ)

 シャディクはこの流れを読んでいた。

正確にはヴィム・ジェタークが聞かされた内容よりも先、イスルギ重工が戦争を望んでいるという未来まで読み切って居たのだ。その上でシャディクの計画としては『今』戦争を起こされるのは困る。もう少し時間を稼いで、彼がグラスレー社を……それ以上を掴んでおく必要があった。

 

「聞こえますか、ローズ先輩。イスルギ・レンジのスケジュールをお尋ねしたいのですが?」

『あら、スケジュールだけで十分ですか? 何でしたらエルピス事件の実行犯に伝手がありますけど?』

 シャディクはエージェントと連絡を取り、イスルギ重工に打撃を与えることにした。

その内容を伏せていたのだが、ローズと名乗るエージェントは凶悪事件を起こしたテロリストを用意すると先手を打って来た。

 

「そこまで先輩の手は借りれませんよ。高くつきそうだ。もし手が空いてるならば他の戦場に投入しておいてください、その方が次の機会があった時にアリバイ工作になるでしょう?」

『あらあら、警戒されてしまいましたわね。では……貴方が別名義で抑えているイスルギ重工の株でよろしくてよ? ああ、もちろん財務手段としてはそれ相応で金策をお返ししますわ』

 シャディクは即座にテロリストの供与を断った。

話に出たエルピス事件が大騒ぎになったこともあるが、ついでに色々と問題を起こしそうだったからだ。そして手段というモノは複数ある方が商談を行い易い。何もかも頼り切りの場合は吹っ掛けられるが、複数あれば安い方を使えると提示できるからである。だからこそローズも、報酬としてイスルギ重工の株を要求するが、別口の資金源は返すと告げたのである。

 

「怖い人だ軒を借りて母屋を乗っ取る気ですか?」

『ふふふ。別ルートからの要望でアスティカシアに人を送り込まねばなりませんの。しかし今の状況で本社はそこまで投資しそうにありませんので』

 そこでシャディクは通信を打ち切った。

彼としてはイスルギ重工の再編で時間稼ぎが出来れば十分だからだ。戦争がよろしくないなど知って居るし、兵器の売れ行きを考えれば戦争は起きた方と良いのも知っている。その上で自分自身の目的のために、今は戦争が起きて欲しくなというだけなのだから。

 

やがてイスルギ重工CEOであるイスルギ・レンジがテロリストによって襲撃されるという事件が起きた。それはアスティカシア学園の地球寮に大規模な支援が入る前であったという。

 




 ネタの考察だけやって書かないのもどうかと思ったので、前々から考えていたことをお試しで。

●用語
『スクール』
脳科学を中心に人体実験を繰り返していた研究機関。
宇宙・地球を通して最先端の科学者や様々なスポンサーが関わって居た部位ラックな組織。
当然ながら、それがあった工業地帯も非常にブラックである。

『テスラ・ドライブ』
高度な空間認識装置を用い、浮遊状態を前提に飛行しながら戦闘を行う装置。
その認識能力ゆえにダメージを受けてもリカバリーが容易い。
またこの装置ごとの量産を行う事、それも大企業が担う事で、機体コストを大幅に下げている。

『リオン』
リオン・コスモリオン・ランドリオン・シーリオン。その全てが同一のRフレームを元に改装可能。
大量に手に入れれば初期コストも維持コストも非常に効率が良く、個人の戦闘力よりも戦争を行うための機体である。
ただし戦闘力を犠牲にしている為、発展型のRⅡフレームを開発中。
テスラ・ドットアレイは認識した特定空間に防御フィールドを展開して
いわゆるピンポイントバリアを使った防御強化や攻撃が可能になるというモノである。
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