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薄暗い部屋に住人が戻って来た。
そこは部屋と言うよりは、魔女の薬が詰まった陳列棚のような陰気さだったけれど。それでも『彼』が戻るのはこの場所しかなかった。
「約束は取りつけて来た。それほど悪くない条件で決闘できる」
「ご苦労様。何か収穫はあったかしら?」
努めて平坦に振舞うが、出迎えた女は疲れた表情であった。
先の決闘レースを見て、どうにも希望が見いだせないのだ。『彼』が同じ思いを抱いていないのは、単に最初から諦めているに過ぎない。陰気な陳列棚に相応しい消耗品。その処分が多少早まった所で何のことはあろう。
「グエルと意見交換をする話が出た。必要なら情報を交換して来る。でも、そうだな。ファラクトはとっくに時代遅れになっていたって結論くらいかな」
「そんなに世代差があるの?」
「比べるのが馬鹿馬鹿しい程にね」
彼……エラン・ケレスと呼ばれている少年は自嘲気味に吐き捨てた。
他人の名前であり商品番号である強化人士四号という呼称の上に張られるレッテル。その剥がれる日も近いかもしれない。それはそれで構わないのだが、彼にはやりたい事があった。だから時間稼ぎのためにグエルと情報交換もするし、ミオリネの所に居たリューネ・ゾルダークとも話をしてきたのだ。
「天頂方向や後方から攻撃しても、エアリエルは当たり前のように反応する。AIにとって目は前だけに限らない。人間はソレを真似るだけでデータストームになりかけるというのにね。オマケに消耗はまったくなし、レースの最後を見たろ? あんな長丁場の戦いでゴール方向に偶然跳び出した? ありえない」
レースの最終局面で意地の張り合いを行った。
殴り掛かろうと互いに詰め寄り、体当たりを繰り返してゴールを目指した。エアリエルがリードしてゴールの前後でアンテナをへし折っていたが、それを偶然と見るかどうかで話は変わって来る。アンチドートから逃れるために無茶苦茶にブーストして効果圏内から飛び出したのだ。『偶々』ゴール方向に飛び出して居なければ、もしかしたら負けていたかもしれない。
「では『スレッタ』ちゃんは?」
「……? アンチドート状態ではそれなりでしかない。だけど決まりきった反応に対してレスポンスが機械以上だ。あれは相当にシュミレータをやり込んでるな。だから出し抜こうと思ったら、エアリエルと同時に嵌めなきゃ無理だ」
声に少しだけ親しみが感じられたがエランは無視した。
魔女同士で親近感があるのかもしれないが、彼には関係ない。重要なのはスレッタとエアリエルが二人三脚で動いているという事。現時点で訓練した人間の反応速度はAI以上であり、それはエアリエルも変わらないのだろう。だから集中力が途切れそうな部分や人間には存在しない部分をAIが担当し、人間の方が優れた能力を活かせる部分では人間がAIに勝る点を最大限に用意するという訳である。
「性能勝負をするなら勝算なんかカケラも見いだせない。同じコンセプトでファラクトを作り直した方が早いよ」
「そんな……諦めるの?」
「まさか」
自暴自棄になったのかと思われても仕方がないだろう。
それほどまでに性能差は絶望的なのだ。いや、AIに目を向けても居なかったことから、それ以前の問題だろう。だが、エランとしては正面決戦は無意味だと言わざるを得なかった。
ファラクトの大口径ビームライフルはシールドで無効化される。電磁スタンも奇襲する段階で見抜かれ、先にガンビットで撃ち落とされたら意味がない。だから足を止めての戦いは無謀以前の問題だと告げただけである。
「地球寮とグラスレー寮の戦い。あるいはこの間のレース。戦い方次第で評価も変わるさ。ペイル社として評価を何とかしている間に、ファラクトを作り直せと言ってるだけだよ。少なくとも現状ではパーメットを使うだけで死にかねない。そういう契約だとしても、無駄死にはごめんだな」
強化人士四号になった段階で、記憶を消されて消耗品となった。
パーメットが流入するたびに寿命が削れていく。その前の段階でロクでもない人生を送っており、そこから抜け出すための消耗品契約だったのだろう。その事を嫌と言う程に判っているが、だからといって死にたいわけでは無かった。
操縦に不要な部分はAIに任せ、普段はパーメットをAIに引き受けさせ、どうしようもない時に自分が直接介入する。そうするだけで現状よりマシになるとは判っているのだ。四号としても話はそこからだと言いたかった。もちろんペイル社のCEOたちが『やれ』と言えば、無駄死にと知っても戦う必要があるのだが……。
「そうね。まずはそこから改善しましょうか。新型の調整装置を使えば、体の方も多少はマシになるはずよ」
「そんな物が? ……目先の問題も解決できてないのに、よくそんな余裕があったもんだ」
「体調が改善するのは本当よ。私じゃなくて『お母さま』にいただいた技術だから」
「へえ。あんたにもそういう人がいたんだ」
女が用意したのは、謎の液体に満ちたタンク型ベットだった。
体を水溶液に浮かばせて、その薬剤効果に身を任せながら体と精神をリラックスさせるらしい。どう考えてもまともな薬だとは思えなかったが、この技術の試験用に四号は使用されるらしい。GANDフォーマットではなく調整技術の為の犠牲とは、ペイル社の株だけではなく四号の価値も底値らしい。
ただ、強化人士四号が知らないことだがこの技術だけは本物であった。
犠牲はとっくの昔に支払われており、無数の屍の上にデータは取られていたのだ。今回は掛け値なしに四号をまともにする為であり、同時に別のデータの為の礎ではあったのだが。
「ヒョッヒョッヒョ……。この液体はパーメットによって精神の動きを記録する性質があるから、リマコンするのに丁度良い代物でのう。まあ他ならぬお主が安全だと証明したじゃろう。そう心配せんでもええ」
「お母さま……。この技術を完成させるために何人を犠牲にしたのですか?」
「アードラーの爺ならば数えきれんと切り捨てるじゃろうがの。ワシはこの手のデータ収集に余念がない。本当に必要な問いであればデータをやるぞい」
四号が眠りについたところで、老婆が女に声をかけた。
その女、ベルメリア・ウインストンにとって母にも匹敵する親愛なる恩師はカルド・ナボだけだ。それを考えればこの老婆を母と呼ぶのはおかしなことである。そう……ベルメリアの記憶はとっくに書き換えられていたのだ。四号から情報を引き出し、改造するのに必要な記憶調整は既に行われていたと言える。
「新しいガンダムの操縦技術でも、まずは叩き込んでおくかの。アウルム1……この学園ではオウカ・ナギサと呼ばれて居ったか。あのくらいの性能を出せれば文句なしなのじゃが」
「あの娘も強化人士だったのですね……」
老婆……アギラ・セトメ博士はスクールで精神医学を中心に担当していた。
深層心理が人間にどのような影響を与えるかを知り抜いており、ベルメリアを娘として調整したのもその一環だ。その方が裏切り難いし、何よりも相談すれば応えてくれると思いこませやすい。そして四号に色々と喋らせていたのは、消された記憶の中でどんなことに執着しているかを調べるためだったのだ。
「それはそれとして、新しいガンダムなんてそんなに簡単には……」
「この小僧も言っておったじゃろう。同じコンセプトで組み上げる方が早いとな。ある技術は全て使おうて、でっち上げてしまえば良いわ。その上で他社の技術を不要とする完成機を拵えれば良いのじゃ。間に合わなんだなら、
実体実験を繰り返したスクール出身だけあって、アギラには禁忌がない。
ペイル社の新製品として他の会社が持つ技術を盛り込んで新型を作れと平然と口にした。どうせガンダムなど売り物にならないのだし、軍の発注だったらそのくらいのことはするだろう。一度実機を作り上げてから、些末な技術など後から追い付替えれば良いのだという。
「ペイルの慣性制御技術にジェタークの意思拡張型AI、イスルギのテスラドライブ、必要ならばグラスレーのアンチドートも搭載してしまえ。ああ……そうじゃの。グエルとかいう道楽息子との会話で引き出せる情報があるなら全部手に入れて来ればええ。代価なぞ安いじゃ」
「判りました、お母さま」
アギラに洗脳されていたこともあり、ベルメリアはその意見を素直に受け入れた。
こうしてファラクトはお目見えする前から改良が施されて、歪な形で組み上げられることになったのである。
その話を後から聞きつけたニューゲンやカルたちは当然許さないつもりであったが、現状では打開策が無い事、そして新たなモビルスーツの登場が状況を変えたのであった。
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株式会社ガンダムに新しい機体……一見、重装甲の機体が登録された。
当初ソレは大して評判にもならなかったが、何度目めかの決闘中に外部装甲が剥がれたことで、一気に学園中の評判となる。
『なんだ……その中身は』
『悪りぃな。コイツはただのオーバーボディだ。ヴァルシオーネの真骨頂はここからだよ!』
宙を舞う重装甲のマシーンというのウリであるはずだった。
機体を設計したビアン博士はテスラドライブを載せた機体の共同設計者でもある。当然、ヴァルシオーネと呼ばれる機体にも搭載されているのだろう。だから、そこまでは不思議では無かった。しかし、この機体はまだまだ神秘を隠していたのだ。
「中から女の子が出て来た?!」
「か、可愛いですね」
ミオリネやスレッタたちもその話は初耳であった。
いや、オーバーボディまでは聞いていたのだが、まさかこんな趣味丸出しの機体であるなどとは聞いて居なかったのだ。その造形たるや、ビアン博士おそるべしと一部のマニアたちに激震が走ったという。
『アッハッハ。こいつは、というかヴァルシオン・シリーズのコンセプトは『驚愕』だよ。親父のヴァルシオンは見ただけで敵対者が怯えすくむ姿、そしてあたしのヴァルシオーネはメカではあえりえない可憐さ……というわけ』
「え? あの機体……笑ってません?」
「強化人工筋肉ね。まだまだ未完成の代物だと思ってたけど、ビアン博士は完成させたんだわ」
ヴァルシオーネの恐ろしい所は、可愛いだけではなく表情やポーズが自然であることだ。
それは未完成の技術である人工筋肉や人工神経を、ロボットのサイズまで拡張することで無理やり完成させたのである。そして操縦方法はモーション・トレース。以後、この技術は縮小化によって人類に貢献するだろう。
そして、この新しいモビルスーツが話題をさらった事で……ペイル社のCEO達はアギラ博士の方針に納得せざるを得なかったのだ。もう直ぐ決闘があるというのに、コエアリエルやヴァルシオーネに匹敵する性能を出せるのか? と言われたら当然であろう。
『それじゃあ場も温まってきたことだし、決着をつけるよ。クロ……ス……マッシャー!』
『馬鹿な! バリアが破られて? なんて出力!』
ヴァルシオーネが両掌を合わせ、新しい技術を公開した。
パーメットにより二種類のビームを螺旋状に練り合わせ、今まで以上の出力を発揮する新世代のビーム砲である。これまでの汎用ビームバリアでは防ぐことが出来ず、少なくともビーム専用のバリアか大出力のバリアないしI・フィールドが必要になるだろう。もちろん消費するエネルギーはとんでもないのだが、それは皆が知る話でもない。
「新型の調子は良い様だね。そっちはどう?」
「エランさん。エアリエルの改修は終わりました。何時でも行けますよ」
強化人士四号は再びエランという名のレッテルを張って挨拶にやって来た。
心なしか調子も良いようで、氷の貴公子と呼ばれた頃よりも表情が豊かに見える。どうやらペイル社側でも上手くいっているのだろうと伺えたのだ。……表面上は、であるが。
「それは良かった。ボクのガンダム、ファラク・カタクラフト……略してファラクトの準備もようやく出来上がってね。今回は決闘内容についてお願いに来たんだ」
「……騎士を呑む大蛇ってとこ? 砂漠ステージででも戦いたいの?」
エランが予約していた決闘について情報を渡して来た。
事前の取り決めで、彼の機体がコンセプトを発揮できる決闘を受ける代わりに、機体のデータを教えてもらうという約束だった。エランにペイル社への恩はないし、そもそも決闘を受けてもらえる立場では無かったのだ。そのくらいの便宜は必要であろう。
なお、ファラクとは砂漠地方で有名な世界を呑む能力を持つ大蛇であり、地獄の守護者だ。
そしてカタクラフトは重装騎兵の事であり、この両者を結び付けてミオリネはおおよそを把握したのだ。足が遅い相手を一方的に叩き潰す存在であると。
「それだとボクに有利過ぎてそっちが対策するんじゃない? それなら普通のステージや宇宙で構わないよ。距離や障害物の数に言いたいことはあるけどね」
「条件闘争……ね。なんだか本当の決闘染みてきたじゃない」
エランはミオリネの予想に頷いた。重装型の敵を完封する狙撃兵であると告げる。
彼の要望はそれなりに距離を開け、あまり障害物が多過ぎない場所ならば何処でも良いと言う。自信に満ちたその態度は以前には無かったもので、よほどモビルスーツが完成したのだろうと伺えた。
そして騎士時代の決闘とは、互いの戦力と得意技を交えて条件をすり合わせる物だ。
エアリエルとファラクトが互いに己の力を発揮できるステージで戦い合う。久しぶりに気分の良い戦いであると、ミオリネは誤解していた。この学園での決闘は互いのバックボーンを削り合う代理闘争なのだ。スポーツではないというのに。
「スレッタ・マーキュリー。君とエアリエルに僕とアルバァアールヴが挑ませてもらう。ああ、こいつはボクに合わせたAIだよ。もう一人のボクが完成したんだ」
「はい! お互いに悔いのないように頑張りましょうね!」
ペイル社が辿り着いた技術はもう一つ。
繰り返される強化人士たちの洗脳の結果、エラン・ケレスという人格に近い意思拡張AI。アルバァアールヴ……四番目の白い鳥、あるいは妖精がエアリエルに牙を剥いた!
と言う訳で最終話の前編です。
エラン君とベルメリアさんは洗脳されてストレスが消滅しました。
人格洗浄というほどではないですが「希望を叶えてもらってる」と同時に
「些末な問題を忘れている」状態なので、精神面でかなり気楽(?)です。
●今週のメカ
『ヴァルシオーネ』
スパロボOG謹製の女の子型ロボット。
この世界のクロスマッシャーはパーメットのお陰で強化されている。
『ファラク・カタクラフト』
ファラクトを改造し、各社の技術を盛り込んで強引に完成させた機体。
エランとグエルが互いに情報を交換し合った内容なども採用されている。
ファラクとは砂漠地方の伝承にある世界蛇、カタクラフトとは重装騎兵のであるという。
『アルバァアールヴ』
四というアラビア数字と、白い鳥ないしエルフという意味の古語を混ぜたモノ。
意思拡張AIの上後漢で、エアリエルの下位互換。中間と言うにはいささか歪。
洗脳のプロフェッショナルであるアギラ・セトメ博士が完成させた、エランが考えそうなことを
強化人士との協調で代行するAIである。エアリエルと違って能動的ではない。
その代わりに強化人士のしたいこと・して欲しい事をパーメットでAI側が広い、パイロットには影響を与えずに代行する。