水星の魔女OG   作:ノイラーテム

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第十四話

 急接近しながら攻撃を始めるファラクトの内部。

そこでミッションコンプリートの言葉が響いた。ファラクトに与えられた『表向きの役目』は、多面的な進撃ルートを抑えるための機体だ。攻めるにしても守るにしても、何処が戦場になるか分からないのが宇宙だ。それをたった一機の高速マシンで調査し、可能ならば単騎で殲滅。必要ならば狙撃によって拘束し、同じく高機動のザヴォートを援軍として呼び寄せるというコンセプトだという事になっている。

 

『もう逃げ回る必要はない。ここからはボクの為の戦いだ』

 ライフルだけではなく、複数のビーム砲による猛射が最後のアピール・シーンだ。

少なくとも購入者から見て役目が実現可能だと思える戦闘力、その性能を示した。この時点でファラクトを改良した機体と、エラン・ケレスを名乗る少年の役目は終えたのだ。ペイル社が課した任務が達成されたことを告げると同時に、万が一にも見つかってはならないコピーパーツへの対策が始まると告げているのだ。ゆえにエランと名乗る少年に残された時間は少ない。

 

『初めて戦いで勝ちたいと思った! おばあ様の為に……ちがう! 本物の母さんへの記憶を取り戻すために、ボクは勝利を掴む!』

 記憶調整……リマコンによる呪縛がアギラ・セトメ博士の真骨頂だ。

人の心理の中に潜む心の基準を操り、既に何かの要望を持つならば、その刺激をも利用する。自分を保護者や理解者であると刷り込み、馬に与える人参として強化人士四号の消された記憶を戻してやると告げていたのだ。今のエランは無気力な今までとはまるで違っていた。

 

『わわっわっ。……前はともかく、後ろのが面倒くさい。エアリエル、お願い!』

 これまでにない猛射が前後からエアリエルを襲っていた。

ファラクトが持つビームアルケビュースは単発式の狙撃モードから三連射のバーストモードに切り替わり、足に設置したビーム砲も解放されている。それだけではなく、リフレクタービットが後方や天頂方向へと移動しながら、ビームの軌道を変えて来るのがうっとおしかった。正面だけならばシールドビットで防げるのだが……。

 

この問題に対し、スレッタとエアエリルは驚愕の方法で潜り抜ける。

散漫であった後方・天頂側の回避がクリアになり、逆に反撃として隙を見て放つビームライフルの命中精度が落ちたのである。スイスイと後ろや上空からの反射を回避し始め、ビームライフルは突っ込んで来るファラクトへの牽制として放たれるに留まっているのだ。

 

『っ!? まさか、視界を回転させたのか? ありえない。だけど……。ダイレクトコントロール! カウント10!』

 まるで前後が入れ替わったような動きにエランは驚愕した。

エアリエルはカメラとレバーの配線を巧みに入れ替えることで、スレッタが回避に専念できるようにしたのである。どのみち前面はシールドビットがエスカッシャン陣形をとってビームバリアとして防いでいる。こちらの攻撃も圧倒的な速度で避けられてしまうので、今は前面に集中する必要がないと割り切ったのだ!

 

『ぐうっ……エアリエルにぃ、多面攻撃が効かないのは先刻承知! だから……こうする!』

『え、え、え。残像を残した!? 嘘、こんなことも出来るの!? でも、まとめて攻撃すれば一緒だよね……って違う! これは囮だよエアリエル!』

 ファラクトは攻撃の一部を地面に放ち、上がった土煙に隠れた。

盛んに左右に移動して、残像が残る様な複雑な計算で接近していたのだ。これはブラストブースターという、パーメットによりバーニア出力を任意の方向に調整する機能を使った無茶なのだが……AIをオフして詳細な直接操作した影響も少なくない。また足のビーム砲が減ったことでビットを守りではなく、攻撃に使う余裕が出来た。

 

だが、スレッタは良くあるフェイントであると見抜いたのだ。

AIでは騙されてしまう人間の深い読み、そして機械よりも速い神経反応。それを補う最後のパーツこそがスレッタ・マーキュリーであった。こればかりは急増の強化人士では不可能な事だろう。

 

「攻撃態勢を解除した? 何を考えてるんだ水星ちゃんは」

「エランの仕込みだからだよ。問題は俺と同じ所まで読んでるかだな。読めてないならエランの勝ち、読めているならスレッタ・マーキュリーの勝ちだ」

 驚くシャディクにグエルがコメントした。

効率重視のシャディクからすれば、残像程度はドローンで撃ちまくればなんとでもなるし、ファラクトが高機動マシンである以上はその方が勝率が高いと思った。だがグエルには先ほどの……スタンビームを放つコラキを巡る攻防が脳裏に刻まれている。その脅威を重視するかどうかの着目点とカンに関して、グエルの勝負勘はスレッタ以上だろう。

 

『もらった! だから!』

『なんだか良く分からないけど、マズイのは判りました! だから!』

『『これで終わり……』』

 左右に機体を揺らした分だけ強襲が遅れた。

スレッタはその間にエアリエルを立て直し、エランは最終局面に陥れるために最後の罠として逆用する。所詮は残像などカメラを誤魔化す為の小細工……いや、これこそが最後の手段だと思わせる程度のブラフに過ぎないのだから。

 

『だ!』

『です!』

 読まれるための罠。それを挟んで両者が相対した。

ビームアルケビュースをランス代わりに突っ込み、逆手にビームサーベルを。それがエランの攻撃と見せて、コラキによるスタンビームがエアリエルを襲う。これに対してスレッタは、横っ飛びに避けることで離れようとしたのだ。

 

だが、周辺に立ち込める土煙を介してエアリエルにスタンビームが放射される。

ゴロゴロと転がる様に、エアリエルの左半身が動きを止めた。いや、高度と範囲の問題で、下半身もまた動きを止めている様に思われた。

 

「どうして停まったんです? スタンってのは何となく想像できますけど」

「あの土煙というか……地形全体がレゴリスの再利用だからな。おそらく帯電したんだ」

「そうだね。レゴリスをプリントして、その上から着色している。様々な戦場を再現するのに、その方が手っ取り速いからさ」

 首を傾げるロウジにグエルが説明し、細かい部分をシャディクがフォロー。

そこまで行けばロウジにも、後から気が付いたシャディクにも仕組みが理解できた。月で採れる砂状のレゴリスを利用して、要望に面した地形を再現しているのだ。レゴリスそのものが帯電し易いのもあるが、固めて地形にする為の処理をしているのも原因かもしれない。

 

「ということは水星ちゃんの敗北か。ミオリネの花婿も……」

「いや。スレッタ・マーキュリーの勝利だ。先を読めているなら……俺なら攻撃手段だけを残す」

「あっ! エアリエルのライフルが!」

 三人が見ている間に、ファラクトはトドメを刺すべく戻って来た。

だが、それはスレッタも同様である。この距離ではファラクトの装備はビームサーベル以外が使い難い。その一瞬を突いて、『右手だけを残した』エアリエルが攻撃をしたのだ。右半身だけが残されたのではなく、右半身だけは残したのだとグエルは理解した。

 

『ぐ……ううああ。後少しなんだ、動け、動け! 動けボクの体!』

『チャージ完了! 照準調整なんかいらない! 撃って! エアリエル!』

 エアリエルのビームライフルにビットが接続されている。

近距離だが砲撃モードに移行した事で、少々の照準など不要だ。ファラクトの頭部を狙った強烈なビームが周辺を染め上げた。AIをオフしたことでパーメットの流入による苦痛に耐えるエランも、流石にその全てを避けることは出来なかったのである。

 

頭部損傷によりファラクトの敗北が決定。エアリエルの勝利でこの戦いが終わった。

そして機体各部から上がる煙は不具合によるバックファイアとされ、エランとファラクトが速やかに回収された。即座に提出される『エランは無事だが経過を観察する』という文言だけが不自然であったが。

 

 エラン・ケレスと名乗った強化人士四号は最後の瞬間を迎えていた。

AIを用いないパーメット・スコア4を含めた様々なデータ提供を行った事で、記憶再現というボーナスを貰ったおかげか安らかな笑顔をしている。少しだけ奇妙なのは、今まで強化人士を葬って来た機材とは少し違っている事だ。

 

「ボクは焼却処分されると思っていたのだけれど、方針が変わったのかな?」

「いんや? 必ず処分して証拠を残すなとうるさく言われておるわ。じゃがどうせ焼却するならば、おぬしを再利用して悪い事は無かろうて」

 どんなに貢献してもペイル社が逃すはずはない。

アギラ博士は笑ってそう告げた。処理する運命なのは同じなのに、ワザワザ記憶を再現などというひと手間を加えたのには理由がある。再利用するからこそ、その精神調律の一環として骨の髄まで利用しただけの話である。

 

「以前におぬしを漬け込んでいた液体は精神の動きを記録する作用がある。アレの気体版として実験するのよ。その時のデータともリンクしておるし、上手くいけばお主はAIとして蘇るじゃろう。いや、再誕するというべきか」

「そっか。今度こそ本当にあなたが、ボクのおばあ様と言う訳だね」

 強化人士四号がリマコンを乗り越えたことで、精神強度に着目された。

このレベルの記録を残せるのであれば、AIの材料として利用できるだろうとアギラ博士は判断したのである。とはいえAIの材料としてパーメットが作用する気体であり、良くてガス状生命体が精々だろう。まさしく外道の所業と言える。

 

だが、今の落ち着いて満足した四号はその運命を受け入れた。

そう、アギラ博士はこの為にこそ記憶を再現してやったのだ。記録に残るほどの強い精神、そして自らへ親和性を抱かせる為だけに。先ほど、まさしく外道と言ったが訂正しよう、まさに魔女の所業である。

 

「ハッピバースデー♪ トゥ……」

「……ハッピーバースデー」

 静かに燃え尽きる四号にアギラはニタリと笑った。

たかが誕生日の歌ではあるが、歌と言う物は精神を高揚する能力がある。こんな手段があったのか、そんな手段を使って実験してくれた四号に、心からの感謝としてエラン型コンピューターの誕生を祝った。

 

 

『おや、ローズ。御久しい、今度は何の商談で?』

『ペイル社の依頼でテロリストを募集しておりますの。名目上は兵器産業への不満とか』

 その頃、より大きな隠蔽作業が計画されようとしていた。

闇バイトどころか、れっきとしたテロリストの派遣業務である。ローズと呼ばれた仲介者自身が兵器産業にも関わっているのだが、良い面の皮である。

 

『あそこの開発チームを襲って、機体を奪取して欲しいとか。ああ、破壊しても構いませんわ』

『構いませんが、兵器産業への不満と言う事ならば貴女のところはどうなんです?』

『どうぞご自由に。必要ならば地図と警備システムに関しても請け負いますわ』

 ペイル社は他社製品を使って無理やりファラクトの改修を間に合わせた。

その埋め合わせはするとして、ガンダム疑惑があれば倫理委員会に査問されるかもしれない。そこで自分の所の開発機関を襲わせ、証拠隠滅と共に開発期間を稼ぐつもりなのだろう。ジェターク社の最新型拡張型AIはともかく、イスルギのテスラ・ドライブなどはブラックボックスがあるので一朝一夕には行かないからだ。

 

『請け負うって、依頼料を値切るつもりですか? それなら相応の装備も用意してくださいよ。あと、できればベネリットも攻撃したいな~なんちゃって』

『そう言う事ならば各方面からの依頼も同時にお願いしますわ。グラスレーの御曹司からも打診が来てますしね』

 テロリストは値切りの相談に平然と応じた。

世の中にはテロがしたいのでテロに走るというどうしようもない男もいるからだ。テロリストの全てが主義者ばかりではなく、この男……ア-チボルト・グリムズの様に、正真正銘のクズも居るのだ。

 

『ほう……多少、派手に成っても良いので?』

『なんでも今すぐに地球側が革命を起こすのは困るんですってよ。お好きになさってくださいな』

 ローズという仲介人もまた平然と自社工場への襲撃を認めた。

地球方面での技術分散・工場疎開として、テロリストの占拠は十分な理由になるからだ。また、リオンのパーツが調達し易い方が、イスルギから戦力を提供する時にも良い理由になるのだろう。

 

『それは素晴らしい! ようござんしょ。こっちでの教導もそろそろ終わりますしね、可愛い教え子を連れてお伺いしますとも』

『ああ、ガンダムのパイロットを鍛えておられるんでしたか。そちらも楽しみにしておりますわ』

 アーチボルトはテロリストである『フォルドの夜明け』の元に居た。

主義などない彼とフォルドの夜明けとは意見が合わない事も多い。しかしスタイルや利害としてはそうではなく、今回はフォルド側の要請で襲撃やパイロットとしての訓練を施していたのだった。

 

「と、言う訳で! 愉快な遠足の準備を始めますよ」

「はーい、マスター! いっぱいいっぱい殺そうねー」

「マスター・グリムズがそうおっしゃるなら」

 アーチボルトが手を叩くと、二人の少女が応じた。

一人は人を殺せることに喚起しており、アーチボルトの影響が悪い方向に出ていた。もう一方は無表情な顔ながら声のトーンは優れない。

 

「おんやあ? ノレア君は御不満で?」

「宇宙人たちは好きではないですしね。ただ格好はなんとかならなかったんですか? キモイ」

「我が家は貴族の出でしてねえ。金持ちに戻れないまでも、せめてメイドさんが欲しいなあって」

 そこにはエセ貴族と、エセメイドが居た。

グリムズ家が貴族だったのはイギリスがまだある頃どころか、日の沈まない王国だと言われた当時の話だ。既に衰退して久しく、スペーシアンも嫌いだが……金持ち嫌いなノレアが反発しない程度の資産しか持って居なかった。まあ、宵越しの金が入ったらテロの準備に使うので、大好きだと主張するアールグレイの紅茶も、インスタントでしかないのだが。

 

こうして兵器産業への大規模なテロが計画されたという。




 ひとまず第一部の所まで終了、テロは第二部開始時のストーリー調整用になります。
襲われるのはプラント・クエタだけではなく、あちこち一斉になる予定ですが
ひとまずペイル社との対戦とエラン君の顛末で話は終了し、第二部を待ちます。

●今週のメカ
『エラン型拡張型AI.バージョン4』
 四番目と言う意味ではなく、強化人士四号を使ったAI。
なお生まれ変わったというよりは、より四号の反応に近い答えを返す気体である。
この気体の導入によりAIに使うスペースを圧縮、その分の重量をコンピューターの強化に宛ている。

エアリエルのバージョン・スレッタという名前と、ファイブスター物語に登場するガス状生命体シンファイアをモデルとしている。
とはいえやってることはFSSにおけるパーメットとエアリエルみたい存在なので、調べる必要はない。

『レゴリス』
 月の砂には様々な素材が含まれているが、そのままでは何の価値も無い。
そこで別の素材と混ぜて3Dプリントして地形を作っている……と判断しました。
ビームの伝達を阻害するためにレゴリスを使ったら、電磁ビームを伝達してしまい、逆用されたというのは原作と同じです。

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