●三つ巴の戦い
グラスレー寮の一角ではいつものように通信が行われていた。
私室とは言わないがオペレーション・ルームでもないのに社内最高会議である。
「……と、思っている筈でしょうね」
「なるほど。全ては手の平の中か。ではどうする?」
前後の経緯と地球寮の対策についてシャディク・ゼネリはモニターへと語った。
その向こう側では養父であるサリウス・ゼネリが頷き、その対処をつまらなさそうに確認した。企業単体としてはイスルギ重工の方が上だが、モビルスーツ製造能力そのものとベネリット・グループ全体の規模ではこちらの方が上なのだ。今更何が起きても大きなことはあるまいというのもあった。
「ここは決闘ゲームに興じておきますよ。ダーティな手札を使えるからと言って、常に使う必要はありませんからね。正攻法でも勝てますし、そもそもあそこの技術で無茶してまで欲しいのはテスラドライブ……正確には空間認識機能だけです」
「それもそうだ。効果的に使う時の為にも今は学生らしくしておくことだな」
シャディクは用意できる妨害工作や罠などの手段を封印すると説明した。
言われてみれば8機の組み立てが終わるかどうか怪しい地球寮側と、完全に自分の機体を把握しているグラスレー寮側では熟練度が違う。仮にイスルギから送り込まれて来た数人が完熟訓練を終えていたとしても……正面から打撃戦を挑む限り重量比で勝るこちらの優位は堅い。そしてモビルスーツ技術自体を重視するグラスレー社だからこそ、無理して手に入れるべきものは少ないとも言えるだろう。
なおテスラドライブの根幹を為す空間認識機能だけは別格である。
認識させているのが基本状態である為、移動に掛かるエネルギーや、バランスをコントロールするための燃料噴射を瞬時に計算できるからだ。話に聞く上位技術のテスラ・ドットアレイも、その延長上でバリアー機能を持たせていると思われる。
「すまない。私が『痕』を探られて居なければ……」
「それは良い。オレの為に行動してくれたわけだし、最終的に認可したのもオレだ。それに不利になるほどでもなく、相手の目的を知れたのも大きかったかな」
サリウスとの通信が終わった所でザビーナ・ファルディンが頭を下げた。
しかしシャディクは笑って手を翳す。イスルギ重工の目的が宣伝であり次世代機までの時間稼ぎであるならば、『今は』戦争が起きて欲しくないシャディクにとっては好都合だったのが大きかった。その上で勝っても負けても似たような結果になるのであれば、もはや勝負よりも流れのコントロールの方が重要であろう。
「判った。ここは決闘の中で役目を果たそう、何でも言ってくれ。……しかし斜線陣か、古臭い手を使う」
「そうしてもらえるとありがたいな。斜線陣は目的が判り易く近代戦に導入し易いからね。素人でも己の役目をこなすだけで役目が果たせるから、同数ならば悪くはないかな」
謝罪の儀式が終われば作戦タイム。ここでシャディクは両手を構えた。
左手は広げて『パー』の状態で前に突き出し、右手は拳を固めて『グー』の状態で引いている。要するに防御を固めた左側で受け止めている間に、攻撃に専念する右側で一気にラッシュを掛ける算段だ。左側は防御するだけだし、何だったら長距離砲を持っておけば良い。右側はとにかく火力重視で指示された場所へ突っ込むだけなので作戦がシンプルであった。それでいてカウンター一辺倒ではなく、自分からも攻撃できるので攻撃型の陣形と言えるだろう。
「相手の動きが判ってるわけだし、そこを利用するって訳ね!」
「いや。それじゃあ面白くない。ただ弱点を潰し合うだけなら老人たちで十分だろ? オレたちがするべきなのはオレたちの為の未来を作る事だ。そして今回の戦いで三つの勢力に分かれているという事を利用する」
ニヤリと笑うレネ・コスタの言葉にシャディクは首を振った。
そもそも『古い仕事』には意味があるのだ。いまどき陣形と言うモノは陳腐ではあるが、そこに効果があるからこそ王道として受け継がれているのである。宇宙での宙間戦闘ならまだしもコロニーでの平面戦闘では十分に効果があると言えるだろう。
「三つの? 一つは私たちとして……二つ目がイスルギ重工で、もう一つは地球寮……かな?」
「いいや。オレ達と老人たちと、その他さ。イスルギもうちの老人たちもまあ過去の遺物と言って差し支えないかな。だからこの戦いは、最初から戦いのターゲットは決まっている」
おっかなビックリ指を折るイリーシャ・プネリにシャディクは笑顔を向けた。
シャディクにとっては『流れ』を作り出すための戦いであり、宣伝するのはリオンというマシーンではない。自分達がどこまでやれるかという手腕を見せるためであって、将来の浮動票であるその他大勢を今の内から取り込むための過程に過ぎなかった。
「ザビーナ。さっき言った『何でもする』という言葉に偽りはないな? プライドはどうだい?」
「シャディク。私は嘘を口にした覚えがない。お前のために、いかなる労力も惜しむまい。プライド? そんな物は投げ捨ててしまえ。此処に居る者は、みな同じことを思っている」
「そうよ!」
真摯なシャディクの眼にサビーナは即答した。
裏も表も許容する彼女にとって、何でもするという前言はまさしく手段を問わないモノである。暗殺であろうと枕営業(?)であろうと、やれと言われたらレネとは違って冷徹にやり切るだろう。
「そっか。じゃあカメラの向こう側にいる視聴者のみんなに、もう少しだけドキドキしてもらおうかな」
シャディクが考えたその方法は実に正攻法であった。
ただし斜線陣と同じくらいに古い時代のモノだ。まさしく決闘があった時代の正々堂々とした戦いぶりである。
●
戦いの序盤、それは地球寮にとって作戦通りの結果ではあった。
しかし内容からすればどうだろうか? 防御陣地に対しての攻撃は、想像していたよりもアナクロであったのだ。当初の予想では中・長距離に合わせた武装による集中攻撃が行われると思っていたのだが……。
「げっ。ビームが弾かれたあ!?」
「……なんか空間が揺らいでる。何、アレ?」
地球寮側の前衛三機はランドリオン仕様のリオンが二機、そしてデミトレーナー。
追加装甲に大型シールドで本体を守りつつ、大型のプラズマ・レールガンで敵集団からの砲戦に応じる筈だったのだ。それに対して、やって来た敵は僅か三機のみ、しかも攻撃してくるのは一機のみだった。
「また揺らいで……」
「俺が抑える! アイビス、チュチュ、二人とも下がれ!!」
画面の不調ではないと訴えるアイビス・ダグラスにアラド・バランガが叫んだ。
敵が突っ込んできており、その攻撃を何としても防がねばならない。ならば装甲の厚いランドリオンに乗っており、アイビスよりも操縦時間が長い自分が担当するべきだと判断したのである。
「任せた! ここは下がるよ
「今は地上でしょ! その名前は関係ないし!」
チュチュのデミトレーナーが先に下がり、アイビスのランドリオンが続く。
ブースターを吹かせて急発進するデミトレーナよりも、半浮遊の状態でスティック・ムーバーと呼ばれる高速用靭帯で移動するランドリオンの方が早く体勢を整えた。そこでもう一度大型砲を放つのだが……。
「ザビーナ様!」
「問題ない。消耗率は?」
「23%で冷却中。まだいけます!」
突っ込んできているのはビームランスとバックラーを構えるハインドリー。
その両脇を庇う様に、大型シールドとランタンシールドを装備した防御用のハインドリーがサポートに回って居る。全てを攻撃と速力に回して切り込むザビーナ機に対し、残り二機は大型シールドに仕込まれた機能を使って彼女を守るのが役目であった。
「60%を越えたらメイジーとイリーシャと交代して機関を冷却しろ! それまでは任せる」
「「はい!」」
ここでグラスレー寮側は腕利一人に序盤を任せる構えを取って居た。
相手がし消耗戦重視の機体に乗って居るのである。馬鹿正直に付き合うのではなく、腕前の差を活かして突き付ける戦法に出たのだ。またこれならば、地球寮側の情報をスパイを使って得たなどとは言われないのも大きいだろう。
「かーっ! 今の打ち込みでシールドに穴が開いちまった! もう保たねえぞ!」
「アラド! もう少しだけ何とかして。今限界時間と効果範囲を計算してるから」
千切れたシールドでその辺を殴りつけ、スマートにするアラド。
そこへ中間地点で管制しているラトゥーニ・スゥボータの電子線仕様のリオンから通信が入った。
「ラトゥーニ、知ってるの!?」
「アイビスさん! あれは
I・フィールドとは格子模様状に対ビーム用粒子を並べた疑似装甲である。
疑似装甲がふっ飛ばされつつ斥力を発生することでビームに対するバリアとなっているのだ。ただし色々と問題があり、普通にモビルスーツで行っても斥力が発生する程は並べられない。無理に行うと電力が不足してしまうので、専用の装備を使ったとしても、防御一辺倒になってしまうのだ。ここではその欠点を無視した上で、二機をただの盾持ち(+ジェネレータ担当)として使っていたのである。
(防護力を担保する意味で効果範囲は90度から120度コーンの筈。問題は残りのメンバーは何処? 本来はモビルアーマーに搭載する機能を無理やりモビルスーツ二機に収めてるから継続時間は短いはず。だから後方に予備機が居るとして……)
ラトゥーニはその明晰な頭脳で複数の演算を同時に行っていた。
二機の盾持ち機から円錐状に防御フィールドが展開し、その重なる範囲がザビーナ機である。ゆえに彼女の機体は万全で、狙うだけならば盾持ちを潰した方が早い。だからこそ大型の盾に仕込んでいるのだろう。そして重要なのは、相手が単騎を僚機でカバーするパンツァーカイルで押し出してきているという事であった。
あの三機に加えて最低でも一機の交代用が居るとする。
その機体を後方警戒機に当てるとして、残りの機体は何をしているのだろうか? もちろんこのまま延々と騎士道ゲームをやられたら困るのはこちらの方だ。しかし今の状況を故意に作り出した相手である。相応の戦略があると思われた。ではここでラトゥーニが考えねばならない選択肢は何だろう?
「チュチュさん! アイビスさん! アラドの攻撃に合わせて一点集中で障壁を破壊して状況を替えます。タイミングはこちらで調整しますので、合わせてください!」
「……っんなプログラム、いつ用意したんだよ。ま、判ったよ」
「任せて。何とかやってみる!」
ラトゥーニからの通信で二機に簡単なプログラムが送られてきた。
それはボロボロになりながら頑張ってるアラド機の射撃タイミングだ。複数の射撃の内、大型砲の影響が残っている時間帯を示している。おそらくはその時間帯中に当てれば、斥力を越えてI・フィールドを破砕できるのだろう。
(目論見が後方で待機して居る機体が援護に回るはず。消耗前に出ざるを得なかったのならば、予定を変えて残りの機体も動かざる得ない……。何処にいるの?)
I・フィールドが破砕されてしまえば敵前衛の動きは固定化される。
あんなモノを出して来たのは驚きだが、実戦でそのまま対処してしまえばこちらの宣伝自体は続行できるはずだった。少なくとも四機が倒せるならばそれで良いし、それを放置すまいと飛び出して来れば、こちらの遊撃隊がそれを食い止めてしまべあ良いのである。状況を動かしたこちらが有利なまま戦いを続けられるだろう。
結論からすればラトゥーニは考え過ぎていた。
敵は情報戦でこちらのやりたいことを推測し、場面を広く取って有利に立とうとしていると考えてしまったのだ。しかし相手が目の前の状況しか知らないという仮定で、消耗戦用のリオンに対し『攻城戦』を挑んでいると言う単純な作戦から目を反らせていたのである。
「こいつが最後の一撃だ! 後は任せたぜラト!」
「カウント省略! 全力射撃を掛けてください!」
アラド機が大型砲を放つと同時に敵の反撃で擱座。
ラトゥーニはそれに前後して残り二機に指示を出していた。タイミングを合わせた攻撃はザビーナ機の周囲kで一点に火力を阻止でおり、音も無く見えない障壁が粉砕されていく。再構築しようにも過負荷を受けた機関は停止してしまったのだろう。何発かのビームバルカンが敵機を穿った。
「ば、バリアーが!?」
「I・フィールド破砕したの!? 予定より後ろ早いけど急いでそっちに……」
「っち! 逆だ! メイジーとイリーシャはその場で待機! 我らは全速後退して合流する。今度はこちらが時間を稼ぐ番だ!」
機関に負担が掛かった所で後退する予定だったグラスレーが我が戦術を此処で変更した。
攻め込んでいたザビーナ機を含めた三機が交代。抑えに回って居た二機を含めた五機で陣形を展開する。そして防御態勢を整えたところで……彼女たちの後方から、強烈な光が放たれたのである。
そう、姿を見せない三機は、チャージ式のビーム砲を共同で放ったのであった。
という訳で多人数による地味な戦いです。
コロニー内を使ってド派手な戦いがしたい地球寮(イスルギ側)。
対して相手の宣伝要素を潰しつつ、格好良く戦うグラスレー側。
進歩した技術を使う前者と、枯れた技術を使う後者の戦いです。