「もうクリスマスですか……早いものですね……」
クリスマス休暇が始まって数日が経った頃、グリフィンドールの寮監ミネルバ・マクゴナガル先生がポツリとそう呟いた。職員室の窓の向こうには雪が降っているのが見える。クリスマスとは本来、家族や友人と楽しい時を過ごすものだ。だが、マクゴナガル先生の心には冷たい風が吹き荒れていた。
「そういえば……あの人はクリスマスになるといつも子供のようにはしゃいでいましたね……」
実は、マクゴナガル先生には夫がいた。名はエルフィンストーン・ウルクァート。子供っぽい所もあったが、非常に聡明で尊敬出来る人物だった。しかし、その夫はもうこの世にいない。
彼は今年、亡くなった。毒触手草に噛まれたのだ。あまりにも突然の別れにマクゴナガル先生は激しく動揺し、他の教師陣には随分と迷惑をかけてしまった。
今までは数多くの業務が悲しみを忘れさせてくれていたが、休暇に入って余裕が出来たことで、マクゴナガル先生の脳裏には色々な思い出が過ぎっていく。その思い出はどれを取っても大切なもので、思い出すたびに胸が締め付けられるような感覚がした。溜息を吐くと同時に、視界が滲む。
そんな時、扉からノックの音が聞こえてきた。慌てて目元を拭い、マクゴナガル先生は返事をした。
「どうぞ」
返事をすると、扉が開き、二人の人物が入ってきた。
「やっぱりここにいましたか」
「ポモーナ……それに、フィリウスも」
薬草学の教師であり、ハッフルパフの寮監ポモーナ・スプラウト先生と呪文学の教師であり、レイブンクローの寮監フィリウス・フリットウィック先生だ。二人の手にはお菓子の箱やら紅茶の入った瓶が見える。
二人ともマクゴナガル先生とは世代が近いこともあって、仲が良い。
「……どうかされたんですか、二人とも?」
「いや、何……折角のクリスマスですからな。ささやかながら我々だけでクリスマスを楽しみませんか?」
「しかし、生徒達の様子も見に行かないといけませんし……」
「それはクィリナスにお願いしておきましたよ」
クィリナス・クィレル、マグル学の教師を務める男である。彼もクリスマス休暇中はホグワーツに残っていたため、生徒の監督をお願いしたのだ。フリットウィック先生は呼び寄せ呪文で戸棚のカップを呼び寄せると、それをスプラウト先生に手渡した。
「まぁまぁ、一日くらい羽目を外しても誰も文句を言いませんよ。ささ、どうぞ」
スプラウト先生が渋るマクゴナガル先生に紅茶をカップに入れて手渡した。マクゴナガル先生は渋々ながらも紅茶に口を付ける。
「美味しい……」
流石は薬草学の教師、茶葉も一流である。心が温かくなる味だ。
「それに、いつもの
「恒例行事ならセブルスもいれば良かったのですが、まぁいない以上は仕方ありません」
スプラウト先生とフリットウィック先生は箱からお菓子を取り出した。
「さて、入学から数ヶ月が経って、優秀な生徒達が頭角を表してきましたわね」
スプラウト先生はビスケットを齧りながら、そう呟いた。その言葉が恒例行事の合図でもある。
この恒例行事、実はちょっとした寮監同士の生徒自慢なのだ。そして、他寮の生徒を評価する場でもある。自寮の生徒ならともかく、他寮の生徒は基本的に自分が担当する教科でないと関わる機会は無い。なので、他の先生視点からの生徒自慢は意外と今後の参考になることも多い。
ハッフルパフ、レイブンクロー、グリフィンドール、そしてスリザリンの生徒自慢と評価(もっとも、スリザリン生は評価だけだが)が三人の間で行き交い始める。
「ハッフルパフは今年も素直な子が多いという印象ですね。しかし、突出した子は少ないかもしれませんね……」
「というより、去年が濃すぎましたからな。去年だと、ペニー・ヘイウッドに、キアラ・ロボスカ、ニンファドーラ・トンクス、そしてミスティ・ハドソン……」
フリットウィック先生が面白そうに指折り数えながら、特徴的な生徒の名前を挙げていく。マクゴナガル先生も言葉を続ける。
「特にミスティ・ハドソンは面白い生徒でしたね。しかも、今年はクィディッチチームにも入ったとか」
「ええ、ハッフルパフにはスカイ・パーキンもいますし、今年のクィディッチ杯はハッフルパフが頂きますよ」
「望むところです。今年はグリフィンドールにも優秀な選手が入りましたからね。簡単には勝ちを譲りませんよ」
そんな風にマクゴナガル先生とスプラウト先生が火花を散らしていると、横からフリットウィック先生が入ってきた。
「まぁまぁ、二人とも! そう熱くならずに! 今は今年入学した生徒達の話をしているんですから。レイブンクローは、今年も個性的かつ優秀な者達が入学しました。エマニュエル・ロー、キャンディス・ガフ、ガニー・シャフィク、それからイスカーチェリ・マッケイ辺りが特に優秀ですかな」
フリットウィック先生が話の軌道を戻し、自分の寮生達の自慢を始めた。
「確かにこの四名は目に見えて成績優秀な生徒達ですね」
「そうですね、もしかしたら主席も狙えちゃうかもしれませんよ」
「ええ、将来が今から楽しみです。ただ……ミス・マッケイはどうも私のことが好きではないようで、何故か態度もどこか冷たいんですよね……」
寂しそうにそう言うフリットウィック先生に対して、マクゴナガル先生とスプラウト先生は困ったように顔を見合わせた。思い当たる理由があったからだ。
イスカーチェリ・マッケイは学年一の読書家だ。入学してから、図書室に入り浸って色々な本を読み耽っているのを何度か見かけている。フィルチと同じくらい偏屈で有名なマダム・ピンスと仲良く会話しているのを見た時は驚いたものだ。
そんな本をこよなく愛する彼女が、本を足場にしているフリットウィック先生をどう思うか、正直想像に難くない。取り敢えず、難しい年頃だから仕方ないということにしておいた。
「次にグリフィンドールですが、そうですね、ミア・ベイカーやルーサー・ヒッチェンズ、ジェイク・モンドとかですかね」
「確かにこの三人は中々優秀ですね。特にジェイク・モンドは呪文学でも卒なくこなしていましたよ」
「ただ……少々自信過剰というか、視野が狭い所が心配ですね。そこが抑えられれば、きっと良い学生になるでしょう」
「ええ、そこは私も注意してはいるのですが、中々難しい所です」
マクゴナガル先生が挙げた生徒達も、スプラウト先生やフリットウィック先生も同じ評価らしく、うんうん頷いている。そして、最後にスリザリン生の番になった。
「次はスリザリンですが……」
「うーむ、寮監のセブルスがいませんからな……」
「そうですね、それじゃあ去年と同様に、私達でそれぞれ印象に残った生徒を挙げましょう」
三人はもう一人の寮監の顔を思い浮かべつつ、生徒の名前を挙げていく。スリザリンの寮監セブルス・スネイプ先生は他三人の寮監とは必要最低限にしか付き合わない。勿論、こういった恒例行事にも参加したことはない。
彼自身が人と関わるタイプでなかったり、スリザリンが四寮の中で孤立していることもあるのだろうが、年齢差も大きく関係しているのだろう。何せ、スネイプ先生以外の寮監達は彼が学生だった頃も教鞭を振るっていた者達である。そんな親子ほどに歳の離れた者達の集まりに参加するのはやはり精神的にキツいのだろう。他三人もそれは分かっているので、参加しなくても仕方ないと考えている。
「まず、私から。変身術の観点から見ると、アビゲイル・ガーネットは非常に成績優秀ですね」
マクゴナガル先生がある女子生徒の名前を挙げた。少し自信家な所があるが、子供らしいと言えばそうだろう。その生徒は他二人の覚えも良かったようで、納得するように頷いた。
「ああ、アビゲイル・ガーネットですか! 確かに彼女は優秀ですな! では、私はセオドア・ローネンを推しますよ!」
「えっと……セオドア・ローネンですか?」
スプラウト先生が首を傾げた。彼女にとって、あまり印象的な生徒ではなかったようだ。フリットウィック先生は熱弁した。
「いやぁ、彼は中々面白いですよ。以前、物体浮遊呪文の授業をした後、次の授業では全員がマスターしてたことがありましてな」
「へぇ、それは凄いですね」
マクゴナガル先生は思わず感心した。物体浮遊呪文は、呪文の中でも基礎中の基礎と言える呪文の一つだが、未熟な一年生にとってはコツを掴むのが難しい呪文だ。現に唱えるのに苦労している学生も一定数いる。それを二回目の授業で全員マスターするとは大したものである。スプラウト先生は尋ねた。
「えっと、全員にセオドア・ローネンが教えたってことですか?」
「そうなんです! どうやって教えたのか気になって聞いてみたら、どうやら即席のミニゲームを作って寮内で流行らせたそうなんですよ」
「ミニゲーム……ですか?」
「ええ、ルールを聞いたら中々面白かったですよ。高さを制限した状態で羽を使った追いかけっこのようなもので、色々細かいルールもありますが、そのミニゲームが流行ったおかげで簡単にマスターしたそうです」
「それは凄いですね!」
スプラウト先生も感心した。フリットウィック先生もうんうんと頷いていた。
「まぁ、血筋も関係しているのかもしれませんね。どうも彼の先祖はホグワーツの呪文学の教師をされていたそうですから」
「まぁ、そうだったんですか? でも、ローネンという名前は聞いたことがありませんが」
「ははは、アルバスがまだ学生だった頃に教鞭を振るっていたそうですからね。今から百年以上は前ですよ」
「「そんなに昔ですか!?」」
二人は思わず驚きの声を上げた。何せ、彼女達が学生だった頃には既にダンブルドア校長は教師として活躍していた。そんな彼が学生だった頃の姿なんて想像が出来なかった。
マクゴナガル先生、フリットウィック先生は名前を挙げたので、次はスプラウト先生の番である。スプラウト先生は一人の生徒の顔が頭に浮かんだ。
「私は、アルフレッド・バクスターが特に印象に残っていますね。薬草学の成績も優秀な他、ハッフルパフ生のユーイン・エメラインとも仲良くしているようなので」
その生徒の名前が挙がった瞬間、マクゴナガル先生はピクリと反応した。
「アルフレッド・バクスターですか? 確か彼は……」
「ミア・ベイカーと親しくしている子ですね。実に不思議な生徒です。スリザリン生にしては珍しく社交的で、他の寮の生徒とも仲良く交流出来ていますし」
「そういえば、イスカーチェリ・マッケイとも会話しているのを何度か見かけたことがありますね。そうか、あの子でしたか」
以前ミア・ベイカーが寮内で嫌がらせを受けていたことがあった。当時は夫が急死して、色々慌しかったこともあって、マクゴナガル先生は気付いてあげられなかった。そんな彼女を助けてくれたのが例のアルフレッド・バクスターである。後でこっそり彼にお礼を言ったものだ。
「彼のような生徒が今後増えて、他寮との交流を深められれば良いのですが。スリザリンは他寮より閉鎖的ですから」
「そういえば、昔いましたね、彼と同じようにマグル生まれの者と仲の良かったスリザリン生が。確か……アンドロメダ・ブラックでしたっけ? 中々素敵な恋愛譚を残していきました」
フリットウィック先生は懐かしそうに、そう呟いた。スプラウト先生も嬉しそうに目を細める。この歳になると、若者達の初々しい恋愛が眩しく思えるものだ。
「ええ、今の姓はトンクスですが。二人の娘が去年ホグワーツに入学した時は驚きましたよ。……出来ればもう少し母親のようにお淑やかでいて欲しかったですけどね」
ドジで悪戯好きな生徒のことを思い出して、思わず苦笑する一同。再び今年の新入生達の話に戻った。
「彼もいずれはそうなるんですかね? 彼の場合はミア・ベイカーとかですか? もしも、そうなったら中々ロマンチックですよ」
「うーん……どうでしょう。こればかりは本人次第ですからね」
「まぁ、まだ七年もありますからね。楽しみではありますが、気ままに待ちましょう。案外、良い友達のままという可能性もありますし」
マクゴナガル先生がそう結論付けて、席を立つ。お開きの合図だ。随分と話し込んでしまったものだ。もう二時間半は経っている。
先程は落ち込んでいた気分も、今ではすっかり回復している。恒例行事と称して集まったのも、夫を亡くして傷心のマクゴナガル先生を気遣ってのことなのだろう。二人の心遣いに胸が熱くなる。
「二人とも、今年は色々ありましたが、フォローありがとうございました」
頭を下げてお礼を伝えるマクゴナガル先生にフリットウィック先生もスプラウト先生も気にしないように言った。
「いえいえ、ミネルバ。困った時はお互い様ですよ」
「そうですよ。あなたは一人ではないんですから」
「二人とも……」
「さて、話し過ぎましたな。早く片付けて生徒達の様子を見に行きましょう」
「「はい!」」
三人は後片付けを手早く終わらせると、職員室を後にした。
実はマクゴナガル先生の夫が亡くなったのって、丁度1985年だったみたいです。もう少し昔かと思ってました……生徒の前では夫を亡くした悲しみを出さないようにしていました。
この話は比較的早く出来たのですが、前話がすごい難産でした。お待たせして本当に申し訳ない……