新学期が始まって最初の授業は、闇の魔術に対する防衛術だ。なんでもこの授業は曰くつきの授業らしく、毎年担当教授が変わるそうだ。実際去年の先生も辞めて、今年はまた別の先生が授業を行うことになっている。俺はランディと今年新しく就任した先生のことを話していた。
「新しい先生って確か昨日の歓迎パーティにいたあのお爺さんだよな。大丈夫なのかな?」
「うーん、去年のディライト先生みたいなことにはならないと良いけど」
去年のこの科目では、バーバラ・ディライトという女性が担当教授をしていた。顔に目立つ傷があるが、比較的穏やかな先生ではあった。ただ……過去のトラウマだか何だかで、極度の閉所恐怖症を患っており、授業中はずっと窓やら扉やらを開けっぱなしにしなければならなかった。特に冬の時期は本当に寒くて仕方なかったのでどの寮・学年からも文句の声が上がったのだが、ある出来事以降はそんな声も上がらなくなった。
ある日のことだ。悪戯好きな二年生のハッフルパフ生とレイブンクロー生のコンビが、ディライト先生を軽い悪戯のつもりで狭い道具部屋に閉じ込めたのだ。もちろん二人もすぐに解放するつもりだったのだろうが、突然閉じ込められて恐怖が限界に達したディライト先生は発狂し、無差別に死の呪いを乱射し始めたのだ。幸い騒ぎに気がついたフリットウィック先生がすぐに彼女を拘束して事態を治めてくれたので、犠牲になった生徒はいなかった(流れ弾で蜘蛛やネズミが数匹犠牲になったが)。その後、ディライト先生をどこかに閉じ込めたり、授業中に窓や扉を閉めようと言う者は一人もいなくなった。
そして結局、学期末には、ディライト先生は聖マンゴ魔法疾患病院に再入院することになったそうだ。
「聞いた話だと、あのディライトは元々聖マンゴに入院していて、リハビリで教師をやってたらしいよ。ダンブルドア校長ももう少し人選を考えてほしいよね」
「毎年教師が変わっちゃうみたいだし、教えられる人も限られてきちゃうんじゃないか? まぁ、俺達からすれば堪ったもんじゃないけど」
そんなことを言いながら、俺達は教室に入った。去年とは部屋のレイアウトが色々と変わっており、あちこちに呪文練習用の鎧が置かれている。席に着いてしばらく経つと、ツカツカという足音と共に扉が開いた。穏やかそうな表情をした好好爺という雰囲気で教室に入ると、前の黒板まで歩みを進める。その老人は、黒板に自分の名前を書くと、ハキハキとした口調で自己紹介を始めた。
「おはよう、スリザリン二年生の諸君。闇の魔術に対する防衛術の授業にようこそ。小生はチェット・ブリアンだ。よろしく」
ブリアン先生は一息吐いて、周囲を見回すと再度口を開いた。
「君達にとっては、辛く思い出したくもないことかもしれないが、数年前まで……ここイギリスでは闇の魔法使い達が暗躍し、暴虐の限りを尽くしていた。それにより、多くの者が犠牲になった。戦争が終わったのは良いことだ。だが、戦争を忘れるべきではない。小生は、君達が闇の魔法使い相手でも生き残るための手段を教えていくつもりだ。君達のような若者が、小生のような年寄りよりも先に死ぬなど、あってはならないことだからな」
前置きを話し終えると、ブリアン先生は早速授業の内容を話し始めた。
「早速だが、今日学ぶ呪文は、レヴィオーソ。浮遊呪文を教えていこうと思う」
授業のテーマがずっと初歩的なものに、あちこちのテーブルから困惑の声が上がる。レヴィオーソは、物体浮遊呪文であるヴィンガーディアム・レヴィオーサよりも簡易な浮遊呪文だ。物を浮かせて自在に操るヴィンガーディアム・レヴィオーサと違い、このレヴィオーソはただ物を上に浮かせるだけだ。去年の妖精の呪文学でも、たった一回の授業で終わったはずだ。
トラバースが、ハッと鼻で笑った。
「ただの浮遊呪文なんかが役に立つんですか?」
「レヴィオーソ」
次の瞬間、トラバースの身体は座ったまま宙に浮かび身動きが取れなくなる。ブリアン先生の方に目を向けると、いつの間に出したのか手には杖があり、トラバースを浮かしていた。ブリアン先生は静かに尋ねる。
「敵は丸腰も同然だ。この状態で身を守れるか、トラバース? 服を浮かせているから動きにくいだろう」
ブリアン先生が杖を振ると、トラバースの身体はそのまま椅子の上に落ちた。そんな彼に周囲からクスクス笑いが起きる。トラバースは笑った奴を睨みつけている。
「勿論、高度な呪文も使いこなせれば君達の助けになるだろう。だが、突然闇の魔法使いなどに襲われて、果たして君達はすぐにその呪文を発動させられるかな? 呪文を一言も間違えずに正しい杖捌きで使えると胸を張って言えるかな?」
そう言われると、確かに難しいだろう。突然のことが起こると、人間判断を見誤るものだ。俺も呪文をド忘れするかもだし、咄嗟に身体を動かせないかもしれない。
「そのような時は、シンプルなものの方が有効だったりするんだ。特にこの浮遊呪文は、実際に小生の命を何度も救ってくれた呪文だ。使いこなせれば、あのトロールでさえも倒すことが出来るだろう」
あちこちから失笑が起きた。俺もそれはあまりにも誇張された表現だと思う。トロールは、呪文が効きにくい上に力も強い。警備用などに訓練されていない滅茶苦茶頭の悪いトロールならあり得るかもしれないが、そんなトロールと野生で出くわす事態はそうそうないだろう。
そういう訳で、俺達はレヴィオーソを練習することになった。最初は羽などの軽いものだったが、鍋や呪文練習用の鎧など、大きくて重めなもので練習していく。夏季休暇明けということもあって、呪文を忘れている者も多かったようで、授業が終わる頃に最後の呪文練習用の鎧で練習しているのは俺を含めて半分くらいしかいなかった。
そんな様子に、ブリアン先生も溜息を吐いた。
「まぁ、君達は遊びたい盛りだから遊ぶことを否定はしないが、これくらいの基礎呪文は使いこなせなくては困るぞ」
次回は、このレヴィオーソを決闘でどのように活用するのかも教えていくと締めると、ブリアン先生は授業を終えた。
最初はどうなるかと思ったけど、今年の防衛術の授業は結構面白そうだな。そう思いながら、俺達は次の授業の教室へ向かった。
ーーーーーーーーーー
授業が終わり、生徒がいなくなった防衛術の教室で、ブリアンが後片付けをしていると、白く長い髭を生やした老人が入って来た。老人は朗らかにブリアンに呼びかけた。
「やぁ、チェット。最初の授業はどうじゃったかのぅ?」
「ん? アルバスか。まぁ、無難に教えられたと思うよ。それにしても、ホグワーツの教師の打診が来た時は驚いたぞ」
ブリアンは、校長であるアルバス・ダンブルドアと親しげに会話し始めた。実はこの二人はホグワーツ時代の同級生で、古くからの知り合いであった。ダンブルドアは生徒用の椅子に腰掛けた。ギシッという音が鳴る。
「儂の知る中で防衛術を教えられる者も少なくなってきたからな。隠居の身だというのに申し訳ないとは思っとるよ」
「よく言うわい。久しぶりにアメリカからイギリスに帰ってきた時に見計らったかのように打診してきおった癖に」
ブリアンは、元々はアメリカの魔法省で闇祓いとして働いていた。引退後は、隠居生活を楽しんでいたのだが、今年から故郷であるイギリスに戻って来た。その際にダンブルドアから闇の魔術に対する防衛術の教師の打診を受けたのである。
「……今まで教師などしたことがなかったからな。小生が学生だった頃のやり方を参考にさせてもらった」
「……へキャット先生か。懐かしいのぅ。儂も一時期この授業の担当を受け持ったことがあったが、その時は儂も彼女のやり方を取り入れさせてもらった」
二人の脳裏にはホグワーツ生だった頃の思い出が蘇った。卒業から何十年も経ち、その分色々なことがあった。二人とも歳を取ったものだ。そんな時、ガヤガヤという音が外から聞こえてきた。それを聞いてダンブルドアは椅子から立ち上がると、そろそろ教室を出ることにした。
「それじゃあ、儂もそろそろ行くとしよう。確か次は……」
「ハッフルパフの五年生だな。学期末にOWLがあるから試験対策メインになる」
「そうか、邪魔したの」
「またな、アルバス」
ダンブルドアは手を軽く振って応えると、そのまま扉を開けて出て行き、代わりにハッフルパフの生徒達が教室に入って来た。
ブリアンは、そんなハッフルパフ生達に向かって朗らかに笑った。
「やぁ、闇の魔術に対する防衛術の授業にようこそ」
ディライト先生は元不死鳥の騎士団員で、死喰い人と戦った際に怪我を負い、狭い洞穴に数日閉じ込められたことがありました。そのせいで、極度の閉所恐怖症を患ってしまった感じです。彼女の元ネタは、某おもちゃ工場のホラゲーに登場する顔面崩壊教師です。