「早く行こうぜ、アル!」
「随分嬉しそうだな」
「当たり前だろ! 今日からやっと箒が使えるんだぜ!」
翌週、ようやく飛行訓練の授業が始まった。一年生はまだ箒の持ち込みを禁止されているため、この授業を待ち望んでいた生徒は多い。ランディもその一人だ。俺はそんなにだが。箒って安定しないし、あんまり好きじゃないんだよな。
朝食を手早く食べ終えてから校庭に向かった。校庭には芝が生い茂っており、仮に箒から落ちても衝撃を和らげてくれそうだ。
俺達が着いた頃にはもう既に何人かの生徒が箒を選んでいた。俺とランディも急いで箒を選んだ。箒を選んでいる時、俺達のことを遠巻きからジッと見つめている生徒数人が見えた。見たところスリザリンやグリフィンドールの上級生のようだった。何か観察をしているようだった。
「なぁ、さっきから遠巻きに見ているあいつら何なんだ?」
「ん? 知らないのか? あれはスリザリンやグリフィンドールのクィディッチチームのメンバーだよ。多分スカウトじゃないかな?」
この箒の飛行訓練は一年生限定の授業だ。なので、クィディッチの素質を見るにはこの飛行訓練の授業はうってつけなのである。クィディッチチームに入れるのは二年生からなのですぐにチームに入れる訳ではないが、一年生の段階から有望な新人を見付けておこうということなのだろう。
そのせいか今日のランディは偉く張り切っている。
「僕さ、クィディッチが大好きなんだ。だからスリザリンのクィディッチチームに入りたいって思ってる」
「そうなんだ。なら今日の授業でチームの人にアピールしないとね」
「ああ! 頑張るよ!」
その時、俺達の話を聞いていたモートンが話に入ってきた。
「と言っても、今日の授業じゃそこまで箒を飛ばせんと思うぞ」
「モートン、それはどうして?」
ランディが尋ねると、モートンは近くのグリフィンドール生達を指で示す。
「この授業はグリフィンドールと合同だからな」
「ああ、そういうことか」
俺は納得した。俺達スリザリンと違って、グリフィンドールはマグル生まれの生徒も多い。マグル生まれは箒に乗ったことがない。当然、授業では箒に乗ったことも無い初心者に合わせてやることになるだろう。
ランディもそれに気付いたようで、一気に興醒めした表情を浮かべた。
「うへぇ、マジか。僕らの殆どは箒に慣れてるってのに。ますますこの授業でグリフィンドールと合同なのが恨めしいよ」
だが、一方のモートンは平然としていた。
「しかしまぁ、これはある意味ではチャンスではないか?」
「え? 何がだよ、モートン?」
モートンは得意げに笑った。
「我らの格の差を奴らに見せ付ける良き機会だということだ」
しかし、ランディも俺も呆れたように首を横に振る。
「今日初めて箒に乗る奴に粋がっても嬉しくないな」
「俺も同感だね」
「ふはは、真面目だな。お前達は」
俺達三人でそんな会話をしていると、短く揃えた白髪に鷹のような鋭い目をした女性が姿を現した。この授業のコーチを務めるマダム・フーチだ。
「何をボヤボヤしているのですか! 早く箒を地面に置き、箒の側に立ちなさい。さあ、早く!」
マダム・フーチの怒鳴り声に驚いた生徒達は慌てて箒を芝生の上に置くと、箒の側に立った。全員が箒の側に立ったのを確認すると、マダム・フーチは箒の持ち方と乗り方について指導を始めた。モートンの言う通り、基礎的な所から始めるようだ。
箒に初めて乗るグリフィンドールのマグル生まれの生徒達は何度も注意されていた。と言っても、スリザリンにも持ち方が悪い生徒は何人か注意されていた。俺も持ち方が悪いらしく、注意されてしまった。そして、いよいよ宙に浮かぶ練習に移った。
「さぁ、私が笛を吹いたら地面を蹴って浮上してください。二メートルまでですよ。それ以上上がってはいけません。良いですね?」
ピーーッと鋭い笛の音が響き、俺達は箒に乗って飛び上がった。グリフィンドール生の何人かはおっかなびっくりで飛び上がっている。そして、高度二メートルくらいまでゆっくり飛んでいると、下のマダム・フーチが注意をする。
「飛ぶ際には箒の柄をしっかり握っているのですよ。でないと落下して死にます」
おい。人が飛んでいる時にさらっと怖いこと言わないでくれ。マダム・フーチの言葉を聞いて、顔を青ざめた状態で箒を握る生徒が数人いた。二メートル程度の高さなら落ちたところで死にはしないが、間違いなくトラウマになるだろう。
そんなこんなで飛行訓練の授業を終えて、後片付けの時間になった。ランディやモートンは物足りなさそうな顔をしていたが。
俺も授業で使った箒を片付けて寮に帰ろうとした時、帰り道の地面の上に水色の何かが落ちているのが見えた。近付いて見てみると、それはハンカチだった。
「ハンカチか。誰かの落とし物か……?」
ハンカチを拾ってよく見てみると、刺繍が入っていた。刺繍にはミア・ベイカーとあった。
「……ミアのか。仕方ない……」
刺繍されているということは大切なものみたいだし、ミアとは寮が別々になってから一度も話したことがなかった。だから話のキッカケにも丁度良い。そう考えると、俺はグリフィンドールの寮の方向に向かって駆け出した。
「おー-い! ちょっと待ってくれ!」
幸いミアにはすぐに会うことが出来た。ミアと一緒にいた黒髪の少女、エレノア・ワードはスリザリン生の俺が来たので露骨に顔を顰めている。ミアはどこかそっけない様子で尋ねた。
「……私に何か用ですか? バクスター」
入学したばかりの頃は名前で呼んでいたのに今では苗字読みだった。それに少しショックを受ける。少したじろぎつつも、俺はハンカチを渡した。
「……これ、ベイカーのだろ? 校庭に落ちてたぞ」
俺に言われてミアもハンカチを落としたことに気が付いたのか、俺の手からひったくるようにハンカチを受け取った。
「確かに私のです。ありがとうございます。それじゃあ私は急いでるので」
そう言ってミアは取り付く島もなく寮に向かって歩いて行ってしまった。それを見たエレノアも慌てて追いかける。
何だよ、それ。折角友達になったのに、組み分け前まで仲良くやってたのに俺がスリザリンに入っただけでこれかよ。魔法薬学の授業とかでもあまり目とか合わせてくれなかったけど、個別に会ったら普通に会話出来ると思ってたのに。
正直、裏切られた思いだった。
陰鬱な気分のまま寮の部屋に戻ると、ランディが嬉しそうに近付いて来た。
「あ! やっと来た! なぁ、アル! 聞いてくれよ!」
「……どうしたんだ?」
「僕さ、スリザリンのクィディッチチームからスカウトされたんだ! まだチームには入れないけど来年ぜひチームに入ってくれってさ!」
いつもだったら、ランディの嬉しい報告にも素直に喜ぶことが出来ただろうが、今の俺はそんな気分ではなかった。ランディもそんな俺の様子に気付いたのか不思議そうに尋ねた。
「どうしたんだよ、アル? もしかして自分にスカウトが来なくてむくれてるのか? そんな顔すんなって。来年になったらチームのオーディションとかやってるしそれで挑めば……」
「いや、そうじゃないんだ……」
「それじゃあ、何だよ?」
ランディに尋ねられ、俺はさっきの出来事を話した。ランディは何も言わずに聞いてくれた。
「なるほどな……ホグワーツ特急で仲良くなった子がグリフィンドールに入って、自分はスリザリンに入って、それで前みたいに仲良くなれなくなったと……」
「……まぁ、そんなとこだ」
俺が頷くと、ランディは溜息を吐いた。
「あのな、アル。スリザリンに入った以上はこうなるもんだよ。何せスリザリンは嫌われ者の寮だからな。ある意味仕方ないっちゃ仕方ない」
「………」
「別にその子だけがアルの友達じゃないだろ。僕やモートン、スリザリン寮の仲間もいる。別に良いじゃないか。友達の一人や二人いなくても別の友達を作ればさ」
「……そうかもな。ありがとう」
「ああ、気にしないで。それでスリザリンのクィディッチチームはさ……」
それからランディの話に相槌を打ちながら、クィディッチチームの話を再開させた。いつの間にかミア、いやベイカーのことは頭の片隅に追いやられていた。