それからしばらく経ち、時間が経つのは早いもので、ホグワーツに入学してから既にひと月が経過した。最初は慣れないことが多かった一年生達もようやく学校生活に慣れてきた。
俺は魔法薬学と薬草学の授業で出た小テストやレポートで優秀な成績を取ったことで見事ヒッポグリフクラブの加入が認められた。ミスティやペニー、リズは自分のことのように喜んでくれた。
ヒッポグリフのメンバーに挨拶を済ませて寮に帰る途中、ベイカーとすれ違ったが、もう俺達は会話どころか挨拶すらしなくなっていた。入学の時は仲良くなったのになと一人苦笑する。
そんな俺とベイカーの関係が少し変わったのはある休日の出来事がキッカケだった。
その日、俺は一人図書室で勉強していた。来週に提出する変身術の課題レポートがあったからだ。朝からレポートを書き上げており、ようやくまとめに入ることが出来た。これなら今日中に終わらせることが出来るだろう。
余裕が出来た俺は図書室にある魔法生物についての本を読むことにした。良いのがないかなぁとあちこちの棚を物色していると、リズが勧めていた本があった。折角なので、読んでみることにした。
自分の席に戻ると、隣の席にベイカーが座っていた。この時間になると、入室する生徒の数も多くなる。丁度空いていた席がそこしかなかったのだろう。ベイカーは俺に気づくと露骨に嫌そうな顔をするものの、動こうとしない。
ベイカーの席には数冊の教科書を開いていた。前から気になっていたのだが、ベイカーはどこか元気が無い様子だった。入学したばかりの頃は楽しそうにしてたのに。ホームシックにでもなったのだろうか?
「……お前、最近元気がないみたいだけど何かあったのか?」
「………………」
「なぁ、聞こえて……」
「……うるさいです。放っておいてください」
ベイカーから冷たく突っぱねられてしまった。その言い方にカチンと来たものの、お望み通り放っておくことにした。体調が悪くなれば勝手に医務室に行くだろうし。
それからしばらく時間が経ち、俺は本を読みながら変身術のレポートを仕上げた。本を読みながらでなかったらもっと早く終わっていただろうが、まぁ後悔はしていない。レポートが終わったので心置きなく読書に没頭出来る。
そして、また時間が経ち、俺は132ページのケルピーの生態についてのページを読み耽っていると、隣からカリカリカリという音が聞こえた。ふと隣を見ると、ベイカーはレポートを書いている最中だった。書いている内容や机にある教科書から察するに魔法薬学のレポートのようだ。そういえば、このレポートも来週末までだっけか。とっくに出したやつだから忘れてたわ。
そんなことを思っていると、ベイカーの書くレポートに間違いがあるのが分かった。しかも、かなり重要な部分にだ。そのまま提出すれば間違いなくスネイプ先生から色々嫌味を言われるだろう。
だから、放っておけば良いのについ口を出してしまった。
「なぁ、そこ……間違えてる。材料が違うぞ」
「………………」
「間違えたまま出したらスネイプ先生に色々言われるよ」
「…………さい」
「何だって?」
「うるさいんです! だから放っておいてください! スリザリン生のあなたに色々言われたくないんです!」
カチンッ
「……は? 何だよ、それ。ちょっとした親切心で教えたのにその態度か? ありがとうの一つも言えないのかよ。ったく! 傲慢なグリフィンドール生はこれだから……」
「なっ! それを言うならあなた達スリザリン生だって! ちょっと間違えたからって頼んでもないのに偉そうに……」
「んだと……」
「何ですか!?」
「シーーーッ! 図書室では静かに! 喧嘩をするのなら二人とも出て行ってください!」
俺とベイカーは司書のマダム・ピンスに怒られ、あっという間に図書室から追い出されてしまった。まだ読みかけだった本も取り上げられて読めずじまいになってしまった。ベイカーは俺を睨んで言った。
「あなたのせいで追い出されたじゃないですか……」
「それはこっちの台詞だ。そもそもベイカーが急に怒鳴ったのが原因だろうが」
「あなたが色々言ってくるのが悪いんじゃないですか! レポートは来週末提出だったのに……」
「俺だって本を読みかけだったんだ。お互い様だろ」
また喧嘩が勃発して俺とベイカーはしばらく睨み合うが、ほぼ同時に溜息を吐く。もう起きてしまったことは仕方ない。
気を取り直して俺はある場所へ行くことにした。この間、ミスティから教えて貰い、何度か通っている場所だ。折角だしあそこで癒されるとするか。未だに自分を睨むベイカーに言った。
「俺はこれから魔法生物の餌やりに行くけど、どうする? お前も来るか?」
「な、何であなたと……」
「あっそ。それなら良いよ。怖いんじゃ仕方ないし」
「こ、怖くありません! 良いですよ、一緒に行きますよ!」
結構負けず嫌いなんだな。それにしても、ちょっとした挑発に簡単に乗るなんて流石グリフィンドール生だ。
魔法生物保護区。ホグワーツの敷地内にある魔法生物達のための小さな保護区だ。入口には一人の先客がいた。俺は先客に気がつくと、声を掛ける。
「ミスティ!」
ミスティは振り返って俺達に気付くと、優しげに微笑んだ。
「あら? アルじゃない。あなたも来たの?」
「はい、ちょっとした気分転換に」
「そうなの、コルト達も喜ぶわ。……あら? そっちの子は?」
ミスティは俺の後ろのベイカーに気付いて尋ねる。俺はベイカーに自己紹介するように促すが、当人から反応がない。何故か呆けたようにポーッとしている。仕方ないので俺が代わりに紹介した。
「えっと、ミスティ。この子はミア・ベイカー、俺と同じ一年生です。ベイカー、彼女は……」
「ミスティ・ハドソン……ですよね?」
「ええ、そうよ」
「あれ? ベイカー、知ってるのか?」
俺が尋ねると、ベイカーは思わず叫んだ。
「知ってるって……有名人じゃない!」
ベイカーが言うにはミスティはホグワーツに隠された呪われた部屋を探す呪い破りとして活躍しているらしい。去年も呪われた部屋の一つを破ったらしい。
ベイカーの興奮混じりの説明にミスティは困ったような笑みを浮かべる。
「うーん……全部成り行きなんだけどね。あたしはただ行方不明になった兄さんを探しているだけだし……」
「でもどうしてバクスターと知り合いなんですか?」
「彼とあたしは同じヒッポグリフクラブのメンバーなのよ。だから、魔法生物のこととかで話が合ってね」
俺がヒッポグリフクラブに入ったことにベイカーは目を丸くして驚いていた。ミスティは手元にあった笛を吹く。すると、音に釣られてニフラー、ナール、ディリコールがやって来た。どれも魔法生物の中では比較的大人しい生物達だ。
「それじゃあ、私はスパイクに餌をあげるから、あなた達はコルトとエリオットをお願いね」
「うん、分かったよ」
ここの保護区に住む生物達にはそれぞれ名前が付けられている。ニフラーにはコルト、ナールにはスパイク、そしてディリコールにはエリオットだ。ナールのスパイクは非常に警戒心が強いため、未だミスティ以外には心を開かない。なので、俺とベイカーはコルトとエリオットを担当する。餌の袋をミスティから受け取ると、餌やりを始めた。
ベイカーは餌をエリオットに投げようとするが、変な所に暴投してしまった。しかし、エリオットはパッと姿を消したかと思うと、餌が飛んだ所まで移動してパクッと餌を飲み込んでしまった。その光景にベイカーは唖然とした。
「い、今エリオットが瞬間移動して……」
「ん? ああ、ディリコールは姿を消して別の場所に移動することが出来るんだよ」
「へぇ……凄いですね」
「な? 魔法生物って面白いだろ?」
「はい!」
ベイカーは嬉しそうに笑った。しばらくすると微笑ましそうに見る俺に気付いたのかプイッとそっぽを向く。そんなベイカーに苦笑いしながら俺はコルトに餌をやる。コルトは俺から餌を受け取ると美味しそうに頬張っている。可愛いなぁと癒されていると、俺はすっかり忘れていた。ニフラーの性質に。
コルトは俺のローブのポケットに頭を突っ込むとゴソゴソと物色し始めた。そして、シックル銀貨二枚をまんまとせしめると、一目散に自分の巣に走って行ってしまった。その間、僅か十秒足らずだった。
「あっ! 待て!」
気付いて捕まえようとした頃にはもう遅く、コルトの姿は見えなくなっていた。やられた……この保護区の中じゃあいつの巣がどこにあるか分からないしな……
こればかりは自分のお金の管理が悪かったと諦める他なかった。幸い盗られたのがシックル銀貨だったのでまだ諦めがついた。これがもしもガリオン金貨なら諦めきれなかっただろう。
ベイカーは心配そうな様子で尋ねてきた。
「あの……大丈夫ですか?」
「大丈夫……」
「でも何でコルトはシックル銀貨を盗んだんですか?」
「ニフラーは普段は温厚なんだけどな。キラキラ光るものが大好きな習性があるんだ。だから光りものを見付けると自分のものにしてしまう」
「そうなんですね……」
「ああ、あいつらの光りもの好きは相当だぞ。それこそニフラーの習性を利用して財宝を探す人もいるくらいだ」
その時、ベイカーはおかしそうに笑った。
「本当にあなたって魔法生物が大好きなんですね」
「そりゃあな。こいつらのことを知っていくのって凄い面白いんだぞ。それに本だけじゃなくて実際に見たり触ったりすると色々なことが分かる。ホグワーツに入学して良かったって心から思ってるよ。第一志望のハッフルパフには入れなかったのは少し残念だけどな」
俺がそう言うと、ベイカーはさっきまでと一転して表情を曇らせた。
「あれ? どうしたんだ?」
「私は……ホグワーツに入ったことを後悔してます」
「……え?」
ベイカーは自分が入学してからのことを話し始めた。
次回はミア視点になります。