「名前も顔も知らねぇ、どこにいるかもしれねぇおれの弟か妹どもへ、今日もでんでん読み聞かせ物語の時間だ。両膝を揃えて椅子に座り、両手は膝の上、背筋をまっすぐにして座っていい子で聴けよ」なんて言葉から始まる読み聞かせが放送されるようになってから、もう何年が過ぎたのか――暦を引き算したらおよそ20と出る。長寿番組だ。
一人でやっているというのによくネタが続くものだ。
電伝虫のダイヤルを回せばごそごそと何人かが起きてきた。シャンクスはテンガロンハットの若いやつを手招いて電伝虫のすぐ近くに座らせる。
『今日話すのは……花より○子の続きだ。女の子だったらこういう恋愛系も聴きたいだろ、しらんけど。女の子の声はいつものごとくおれの裏声だ。そこらへんはガマンして聞いてくれ――』
起きてきた連中はみんな架空の国の学園恋愛モノだと分かったとたん二度寝に入り、青年も「ありゃー」と頭を掻いている。今回の話には興味がない様だ。
誰も聴くつもりがないと分かって放送を切った。
弟のルフィが世話になったからと昨晩シャンクスの下へ挨拶に訪れた青年――ポートガス・D・エースに声をかける。
「おまえもでんでん
エースは「そりゃもちろん」と頷いてニッと笑顔を浮かべる。
「おれと同年代でコイツを聴いてない奴なんていねぇだろ」
シャンクスの頭に浮かんだのは娘の顔――ウタも「でんでん読み聞かせ物語」が大好きで、ウタが強請るから放送主を無理矢理船に連れ込んだことがある。ウタはそのとき放送主の脚にしがみついて「あたしがあんたの妹よね!?」と駄々をこねたのだ、懐かしい。放送主からは「妹っつーより姪だわ」と言われて「やだ、妹がいいの!」と泣いたが、そんな姿も可愛かった。
「そうだな。おれは色々と旅をしてきたが、どの島でもエースの世代の子供は物語に夢中だったよ」
「だろ?……ラジオのアニキはきっと世界中を見てきたんだろうな。ドーン島を出てからけっこうあちこち行って経験積んだつもりだけど、そん中で『これ聞いたことあるぞ』『これ知ってるな』ってことがたくさんあった」
放送主を褒められてシャンクスは「そうだろう!」とエースに向かって前のめりになる。
「放送主はおれの兄弟分なんだ。幼い頃から一緒に世界中を冒険した」
「あんたの兄弟分!?」
「ああ! バギーといってな、同じ海賊団で見習い同士切磋琢磨した仲さ。幼い頃から物語を作るのが上手い奴でね、毎日『新しい話を聴かせろ』やら『続きはまだか』やらとねだったものだ」
シャンクスが続きや新作をねだるたびバギーは「うるせぇ」と吐き捨てたものだった。今なら分かるが、物語を作るには時間がかかる。シャンクスからの催促は迷惑だったに違いない。
そんなシャンクスの話にエースは納得顔でうなずく。
「アニキは海賊団育ちか、色々知ってるわけだ。なあ、どんな海賊団だったんだ? あんたを見てる限りピースメインのところだったんだろうとは思うけどよ」
「その通り。船長は誰よりも強く、懐が深く、生き様全てに憧れる男だった。副船長も頭がおかしくなるくらい強くてな、稽古をつけてもらうときに何度も死を覚悟したよ。みんな強くて、愉快で、本当にいい海賊団だったよ……ロジャー海賊団は」
今でも、目を閉じれば昨日のことのように鮮やかに思い出せる。ロジャー船長の豪快な笑顔を、クルーのみんながシャンクスらの頭を撫でる手付きを、おでんの頭を盆にして怒られたことを、あの日々の全てを。
あるとき船長と交わした小さな約束を守り続けているバギーの情の厚さを思い、手のひらで顔を覆う。
「いつもあいつは放送の始めに『弟か妹へ』と言ってるだろう? あれは、船長や船員にガキが生まれたら、おれたちの――おれやバギーの弟か妹になるからたくさん物語を聞かせてやれと、ロジャー船長が言ったんだ」
シャンクス達がオーロジャクソン号を降りてしばらくしてから「でんでん
「バギーに会いに行ってみろ、エース」
船長と同じ笑顔の青年の背中を、シャンクスは叩く勢いで押した。
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東の海で小さい海賊団の船長となり身の丈に合った悪行と善行を重ね、逮捕されては脱獄することを繰り返していたおれの下に現れたのは、背中に白ひげ海賊団を背負った黒髪の男。シャンクスあの野郎フラグ立てるんじゃねぇよ畜生め。
――口うるさい小役人みたいな海軍から逃れシマの海域でぷかぷか浮いていたビッグトップ号にある日、競艇用のモーターボートみたいなのがぐんぐん近づいてきた。
「バギー船長! なんか小さい船が猛スピードでこっちに向かってます! サイズからして船員一人!」
「なぁにぃそりゃヤベェ、一人で海を渡ってる野郎には頭がおかしいヤツしかいねぇって決まってんだ! 鷹の目とかな! てめぇら逃げるぞ!」
「さすがおれたちのバギー船長! 危険回避能力の高さは折り紙付き!」
ぎゃーぎゃー騒ぎながら舵を切りずんどこ逃げたが相手の方が速かった、あっという間に追いつかれて甲板に乗り込まれてしまう。敵意はないぜと両手を頭の横に上げながら、そいつは元気よく名乗った――ポートガス・D・エース。知らない名字だ。
そしてポートガスは笑みを浮かべておれに手を突き出した。あらご丁寧に……恐る恐る手を握り返して名乗ると「シャンクスの言ってたとおりだ」と表情をさらに輝かせる。
こいつの顔に見覚えはないのに、笑顔には見覚えがある。なるほどシャンクスからのプレゼントは時限爆弾ね、オーケー理解。
シャンクスあの野郎今度会ったら目にもの見せてくれる。鼻の下にわさび塗ってスキットルの中にブートジョロキアのエキスまぶしてやる。おれを困らせた罪は重い。
「やっと見つけたぜ。あんた、おれのアニキだろ?」
「人違いです」