はろにゅ番外編つづり   作:充椎十四

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》マキシタさん


降灰・後

 わざわざ火山灰吹き荒れる島に上りたがるような奇特な者はおらず、公平かつ公正なるじゃんけんで買い出し人員が決まった。ローはじゃんけんに勝ったというのに「補充する薬の質の確認は医師の目で行うべきでは」という意見により上陸班に振り分けられ――ハートの海賊団はキャプテン相手でも忖度しない組織であることが証明された。

 

 鼻と口をバンダナで覆い、フードを深く被ってウィンタースポーツ用のゴーグル(ミラータイプ)を着用したハートのクルーらはどこからどう見ても不審者だった。むろん島民も漏れなく不審な集団なのだが、慣れぬ道でキョロキョロと頭を動かしているハートのクルーは挙動も怪しい。

 とはいえ好きで不審者をしているわけでなし、さっさと必要なものを買ってさっさと船に戻ろうとクルーらは買い物メモを手に三々五々に散った。ローとペンギンも大股で薬屋の看板を探す。

 

「キャプテン、あれじゃないか?」

「――あれだな」

 

 港の広場から三方へ伸びる通りの一つを歩いて十分ほど、道具屋筋の外れにひときわ大きな店があった。他の建物と比べて古びているが作りが立派だ。

 ドアを引いて中へ入れば、直に店内という間取りではなかった。二畳ほどの小部屋を一つおいてからの店内らしい。これまでいくつもの夏島に上陸してきたが、夏島でこの構造の建物に入るのは初めてだ――ここらはよく火山灰が降るのかもしれない。

 フードを下ろし、バンダナを外してから互いの肩を叩いて灰を落として――くしゃみした。バンダナを外すのが早かった。

 

「こりゃっ……ひでぇ……」

「べーっくし! えくしっ! うーっ鼻が痛ぇ! 胸焼けもする!」

「盛大だなペンギッごほっ!」

 

 しばらく土間でゴホゴホゲホゲホと咳き込んで、落ち着いてからようやっともう一つの扉をくぐり店内に入る。屋内の採光は最低限に絞られているが目が慣れれば十分明るく、何列も並ぶ棚の中もはっきり見える。処方箋らしき紙袋が放り込まれたキャスター付きのバスケット棚が半端な位置で通路を塞いでいる以外は整然とした店内だ。

 木の匂いに消毒薬の匂いと生薬の匂いが混ざった甘い香りが漂う。どこか懐かしい雰囲気に二人の気が緩んだ。

 

 ローたちが息を整えているところ、一段上がった店の奥から店主らしきしわくちゃの女が顔を出す。上品ではないが下卑てもいない、独特の雰囲気の老婆だ。

 

「いらっしゃい。えらい咳き込んどったね」

「ここの店主か。ああ、火山灰でな……薬を買いに来た、ゴホッ、んだ」

「まだ咳しとるやないの。入り口の横、そこ、痰壺(たんつぼ)置いとるさかいにソレ使たらええわ」

「痰壺……これか、ばあさん」

「ソレやソレ」

 

 店主が指差す先にあったのは小さな壺だ。痰壺など初めて見たが使い方はなんとなく分かる。ペンギンが胃のあたりを撫でながら痰を吐けば店主は「ソルトアンドビネガー味」と呟き、ローが痰を吐けば「うすしお味」と呟いた。ローは顔をしかめ、ペンギンの顔はしわくちゃになった。

 

「ばあさん、アンタ品がないって言われるだろ……」

「持ちネタや」

「クソみたいな持ちネタだな。捨ててしまえ」

「ポテチ食えなくなりそう」

 

 二人の文句は笑い飛ばされた。

 

「さ、そんで、何がほしいん?」

 

 補充や買い替えの一覧を渡せば、店主は迷うことなく棚の間を歩いて新しいものをヒョイヒョイとカウンターに並べていく。ローたちが船乗りだと分かっているのだろう、持ちネタの品のなさはともかくとして店主としての質は良いようだ。

 一般的でない薬品もすぐ奥から出してきたところを見るに医者も客にしているに違いない。

 

「たくさん買うてくれて。海上病院とかやったはるん? ここらへんの島の人ちゃうやろ」

「病院はやってねぇ。……が、おれは医者だしクルーも全員ある程度の医療知識がある」

「全員。そりゃええこっちゃ。船の上で病気したら大儀やさかい、知識があって悪いこと一つもあらへん」

 

 船乗りの病と呼ばれる壊血病の原因はビタミンC不足、脚気の原因はビタミンB不足。知っていれば防げるが、知らなければ「呪いだ」「風土病だ」と右往左往するばかりになる。

 店主は「知識は力や」と独り言のように呟くと、また風のような足取りで薬をカウンターに並べていく。

 

 ローが確認を終えた薬をペンギンが背負子に詰め、そろそろ精算だろうと財布を取り出したときだ。

 

「あとは睡眠薬と……ちょい、(あん)ちゃん。ちょいと顔こっちに寄越し」

「顔がどうし、痛ぇ!」

 

 店主に短いあごひげを引っ張られ、ローは低いカウンターに両腕を突っ張った。

 

「あんたな、よー寝られてへんやろ。せやさけそんな隈ができるんや」

「ひげがいてぇ……」

「医者の不養生、紺屋の白袴。自覚あれへんとは言わさへんえ。ちょい待っとき、よー眠れる薬煎じたるさかい。あ、煎じとるあいだ奥覗いたらあかんえ、風で薬が散ってまうさかいな」

 

 ローの返事も聞かず障子戸をピシャリと閉じて奥にこもってしまった店主に、買い物途中で放置されたローとペンギンの二人は顔を見合わせた。仕方なく上がり框に腰掛ける。奥の間は店内より明るいようで障子戸に店主の影が映っている。

 

「あ、見て見て船長。これって鶴の恩返しの風景じゃないすか?」

「ああ、言われてみりゃそれっぽいな。引き戸に貼ってあるのは紙か――だから向こう側がうっすら分かる、と」

「ははあ。北の海(ノースブルー)では考えられない建具っすねぇ……」

 

 薬研で生薬をゴリゴリと粉にする音、金属製の道具が擦れ合ったり重い物が鍋敷きに置かれたりという物音を聴いていれば飽きないもので、十分以上待ったはずだがあっという間に時間が過ぎていた。障子戸を開けた店主は湯呑を二つ乗せた盆を持っている。

 

「寝が足りてる兄ちゃんは白湯で、寝が足りてない兄ちゃんはこっちや」

「なんて薬だ?」

柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)っちゅう漢方薬や。悩みがあって寝られん元気な子向き」

「サイコか竜骨ボレイ刀?」

「そ。一発で名前覚えた子は初めてやわ、耳がええからやろね」

 

 外科も内科も診るローだが漢方は専門外だ。「ほぉ」と感嘆ともとれる声を漏らして、先ずは匂いを嗅ぐ。少しエグみを感じるのは慣れない素材のものだからだろうか。

 一気に飲み干す――少し甘いけれど苦くエグい。毒ではないが常飲したくはない味だ。ペンギンの白湯を奪って口直しする。

 

 カウンターに膨らんだ薬袋が乗せられる。

 

「これが散剤。一回一包、食事前に飲んでな。しばらく飲んでみて合わんなー思ったら辞めたらええさかい」

「礼を言う。いくらだ?」

「いらんいらん。いっぱい買うてくれたオマケやさかい気にせんで」

「そうか」

 

 残る薬――麻酔などもヒョイヒョイとカウンターに追加され、ペンギンの背負子だけでは足りずローと二人で分けることになった。ガラス瓶ばかりで重い。二人がその作業をしている間に店主は薬品名と金額を唱えながらそろばんを弾き、三百万ベリーがローの財布を飛び立った。

 

 幅広の肩紐が肩に沈み込むほどの重さに顔をしかめ、ゴーグルをつけてバンダナで鼻と口を覆う。フードは土間で被ればいい。

 

「またのお越しをォ」

「ああ……。ばあさん、ここはいつも灰が降ってるのか?」

「いつもとはちゃうね。だいたい一年の三分の一くらいやろか」

「それっていつもって言うんじゃ?」

 

 現地の人にとっては「いつも」ではないのかもしれないが、外部から来たローたちには理解できない感覚だ。一年の三分の一の日数で降灰があるなら「ほぼ毎日降っているようなもの」と言っていいだろう。

 

「灰が降ってない時期は?」

「降らんのは……山神さんの機嫌がいいと噴火せんさかい、新年迎えたあたりかね。あとはまちまち」

「新年だな。ではそのあたりにまた来よう」

「ほうか。でもマ無理して来んでええさかいにな、安全運航、安全運航」

 

 それから何度か縁があり、薬屋への道も迷わず歩けるようになった。降灰が酷い日もマシな日もあり、この日はマシな日だ。土間で灰を落として扉をくぐったのはローとウタの二人。

 

「邪魔するぜ」

「こんにちはー」

「いらっしゃい。……あらまーえらいべっぴんさん連れてきよってに。うちは若い子向きの店とちゃうえ」

「若者向きの物を薬屋へ探しに来るわけがあるか。薬を買いに来たんだよ、薬を」

 

 カウンターの向こうで座椅子に腰掛けていた店主は「よっこいしょ」と膝に手をおいて立ち上がる。

 

「今回も柴胡加竜骨牡蛎湯やね?」

「ああ。よそでも買って飲むんだが、やはりばあさんのが一番効く。なんか混ぜてるのか?」

「せやろ、よー効くやろ。特別に眠剤混ぜとるさかいな」

「おい」

「嘘や」

 

 人を食ったような態度にローがため息を吐くと同時、ウタがケラケラと軽やかな笑い声を上げる。

 

「おばあちゃん面白い人だね! この人ってばホラ、態度はでかいし人相も悪いからさ。おちょくれる人に会うのなんて久しぶりだよ」

「せやなぁ、兄ちゃん目つき悪いさかい絡みづらいわなぁ……顔怖いし。せめて目の下の隈が減りゃ多少、もしかしたら、たぶん、モテるやろ。きっと」

「おいババア」

「ほな私ゃ奥行くけど覗きなや。散剤やさかい少しの風で散ってまう」

「おいババア!」

 

 ピシャンと障子戸が閉められ、店主が「山寺の和尚さんが鞠をつきたし鞠はなし」と童謡を歌いながら右へ左へと歩いている影が障子戸に映る。棚を開閉する音、乾燥した何かがこすれ合う音、薬包紙を皿に乗せたのだろう微かな音。上り框に座ってそれを聴く二人は自然と目を閉じている。

 今日は歌いたい気分なのか、「山寺の和尚さん」の次には「桜咲く国」を歌い始める。

 

「桜って言えば、サクラ王国のみんな元気にしてるかな?」

「くれはの婆さんがそう簡単に死ぬか? 心配いらねぇよ。婆さんが死なない限りあそこに病人はいねぇ」

「たしかに!」

 

 サクラ繋がりでそんな話をしていた二人に、障子戸の向こうから声がかかった。

 

「あんたたちサクラ王国行ったことあるんか。どんなとこやった?」

「サクラ王国は……冬島だからと〜っても寒い! こっちは灰が降ってるけどサクラ王国は雪が降ってるんだよ。足元が見えないくらい深く積もってて、あ、氷の柱の上で暮らしてる人もいるよ」

「はあ、足元見えへんの。そこまで積もる前にブロアーかけたり頭陀袋ん詰めて捨てたりしたらええやろに、ああ、それでも足れへんのやね? 量が多いんやろなぁ……そんなとこで住むとか考えられへんわ」

「まあ、だいたいそんな感じ」

 

 雪を知らない人にどう説明したものか、ウタは説明を放棄した。

 

「火山灰も、雪も、ほんま迷惑なこっちゃ。いくらでも降ってきよるさかい」

「うん。風に乗ってビシバシ顔に当たるから痛いよね」

「そ。軽うて小そうてもな、逆風に乗って襲ってきよるから痛いんや。人生と一緒」

 

 年寄りの癖なのか、話が壮大になってきた。火山灰から人生論の話題に飛ぶとは。賢明なローとウタは黙って店主の話を拝聴する姿勢を取った。

 

「なんも風が吹いてない時に灰が当たっても痛いことないようにや。辛いこと一つもない時には、ちっこい痛みの二つや三つなんて痛くも痒くもないもんや」

 

 薬研で生薬を磨り潰すゴリゴリという音が止まる。

 

「せやけど、気が滅入っとる時に当たる灰の粒は、痛い」

 

 店主の老いた声が土壁に染みていく。

 

「最後の藁一本がラクダを殺すぅ言うやろ。――昨日の疲れを明日に残したらあかん。苦しいのを我慢して背負(しょい)過ぎたらあかん」

 

 障子戸に映る影が、天秤を重そうに運んでドスンと床に置いた。

 

「昨日は昨日やさかい、もうどないしようもあらへん。大事なんは次どうするかや……マ、知っとるやろけどね。年寄りの要らん世話やさかい気にせんで」

 

 船に戻る直前、肩を叩いて灰を落とす。

 小さい悲しみの粒が足元に転がって、海に流されていった。




希望は重く大きいから箱に残り、絶望は小さく軽いから風に乗る。逆風が強ければ強いほど絶望は痛く苛む、という話かもしれない。

蛇足(ついったー)

たいぎい(大儀い):近畿や中国地方では現役(のはず)の方言。大変とかそういう意。
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