メラクから振り返り、ランサーがその手に炎を灯した松明のような黒槍を出現させ構える
「ー獣臭さが消えたな」
が、すぐにその構えを解き槍を突き立て彼方を見据える
「……そういえば、これは戦争であったな。陣営は余だけでは無い」
槍を虚空に消し、メラクに向き直る
鬱陶しげに目を細めながら頭を押さえ、メラクを置いてランサーが歩み行く
「退くぞ。これ以上の戦闘は無意味…何より今は、余の頭痛が酷すぎて狂乱が抑えきれぬ」
「お、おい⁉︎待ってくれー」
這って追いつこうとしたメラクをランサーが見下ろす
「……貴様、歩けぬのか。早く言え」
パチン、とランサーが指を鳴らす
その場に突如地響きと共に2頭の黒馬に引かれた黄金細工の戦車ーチャリオットが現れる
呆けるメラクの首根っこを雑に掴み上げ、チャリオットに放ったランサーは自身も飛び乗る
「念話で目的地を示せ。さっさと行くぞ」
「わ、わかった」
言われるままに念話でシン・シティ内のセーフハウスのイメージを送るとランサーは鞭で黒馬を促し、チャリオットを走らせた
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「兵隊たちがやられた…⁉︎ バカな‼︎」
駅舎の中から双眼鏡で崩壊し、炎を上げる列車を見ながらやたら派手なアクセサリーを身につけた中年の男が呻く
『我が同胞は、我が嵐の闇に還った…』
その背後に控えた大柄な人影が呟く
その人影は、辛うじて人と認識できる異形だった
古の海賊のようなボロボロのコートを纏い、海賊帽を深く被った顔は西洋の騎士が被る兜の残骸で隠され、覗く顔は影のような闇が渦巻き、人魂のような蒼い光が輝いている
片腕は大砲を備えた義手になり、コートの隙間から覗く胴体は騎士の甲冑に覆われ、砕けた隙間から闇が霧のように漏れ出している
ジャラリ、とコートや鎧に這う鎖や蛇、狼などの猛獣を加工したアクセサリーを鳴らしながら異形は体を震わせる
『ー足りぬ。まだ足りぬ。腹が満ちぬ。
「ならばまだまだ兵隊を展開しろ、ライダー‼︎ まだ魂が足りないなら、根こそぎ奪い尽くせばいい‼︎」
異形のサーヴァント・ライダーに怒鳴りつけ、マスターである男ーダイス・グラットンフューラーは苛立たしげにタバコに火を点ける
ダイスは金融界にその名を轟かせる資産家だった
もとより恵まれた才能と家柄を存分に活かし、その名を知らぬものがいないほどの頂点にまでのし上がり、一生をかけても無くならないだけの富を手に入れた
だが、その渇きは満たされなかった
まだ欲しい、まだ足りない
そう渇望したダイスは自身の古い家系の遺した遺産の中から魔術の存在ーそして、万能の願望器を手に入れる「聖杯戦争」の存在を認知した
これだ‼︎と思った
そう思うが早いか、ダイスは端金を掴ませた魔術に精通したものから魔術の術を乞うた
古い自身の血筋を目覚めさせ、なけなしの魔術刻印とやらも手に入れ、ついにここまで辿り着いた
(負けてなるものか…‼︎私は勝って当然の、上位者なのだ‼︎)
傲慢なるその思考は焦っていた
召喚したサーヴァント・ライダーは自身とよく似た「飢え」に支配された怪物。その維持のための魔力はダイスのもの程度では足りるはずがない
だから列車を襲って魂を刈り取る算段に出た
だが結果は、ライダーの宝具でもある兵隊を失った赤字
ダイスの心は焦燥に満ちていた
「ー」
故に気づけなかった
ーその頭上に、黒スーツの襲撃者が飛びついてきていたことに
ーガァン!!!
派手な発砲音にダイスは腰を抜かし、辛うじてその弾丸を回避する
脳天を貫くように放たれた弾丸の主は、片脚を振り上げそのまま落下
這う這うの体で避けたダイスがいた駅舎の床が大きくひしゃげる
「ひ、ひィィイッ!?」
現れた黒スーツの人物は中肉中背の女だった
黒スーツから覗く赤いシャツ
ポニーテールが揺れるその顔の真ん中、鼻の頭には深い横一文字の傷跡が刻まれている
ダイスを見下ろす飴色の目が鋭く細められ、黒手袋に握られたレバーアクションライフルがダイスの顔に向けられる
「マスターだな?」
「だ、だったらなんだと言うんだ⁉︎」
ハッとしたダイスは女を睨む
「銃…そうか、貴様はアーチャーのサーヴァントだな⁉︎」
ダイスの言葉に女ー
「ー死ね」
瞬間、眼前に迫った
『奪う…喰らう…犯す…まだ、足りぬ…‼︎』
ジャラリと重々しい音と共に鎖付き錨を手元に引き戻しながらライダーがダイスの前に立ち塞がる
「ち、サーヴァントか」
「よくやったぞライダー‼︎その女を殺せぇ‼︎」
ダイスの命令に応じるかのようにライダーが周囲に魔力を撒き散らす
ライダーの足元から滲みながら広がった影からゴポリ、ゴポリとあぶくが浮かび上がり形を変える
首無しの騎士、影の海賊、狼、蝙蝠、首無し馬が引く戦車と異形の眷属が闇から現れ出でる
『奪い尽くせ……貪り尽くせ!!!』
ライダーの号令に従い異形たちが
「ナーヴ・アクティヴ、レイズ・トリプル」
騎士の振り下ろす剣が目前に迫る中、
懐に潜り込んだ
ライフルから手を離した右拳が握り込まれ、再びの詠唱
「マッスル・オーバーアクティヴ、レイズ・フィフス」
バチッと派手な音と微かに肉の焦げるような音と共に
「なっ!?」
『………』
女の細腕の一撃。サーヴァントが呼び出した眷属とはいえ、蚊が刺すほどにも満たないはずの一撃が幻想の存在を打ち砕く様にダイスは硬直し、ライダーはただ黙って見据える
振り返ることもなく脚で落としていたライフルを蹴り上げ、引いた右腕で背中越しにライフルを掴み、そのまま引き金を引く
ライフルから放たれた鉛玉が後方から迫る海賊の胸を貫き、返す刀で体を大きく回転させながら右足を高く振り上げる
バチッ‼︎
異音、微かな異臭、鈍い打撃音
無慈悲な鉄槌のごとく振り下ろされた踵が海賊の頭部を丸ごと砕き、存在ごと霧散させる
ーグァァァアァァァァウゥゥ!!!
左右から迫り来る狼とコウモリを一瞥すると
甲高い「音」が響き渡る
瞬間、狼とコウモリが硬直し、怯えたようにうずくまる
「おい…どうした、お前⁉︎」
ダイスが怒声を上げる
それに耳を貸すことなく
「…大した敵ではない。ライダーもそのマスターも」
そう吐き捨てながらライフルを一丁投げ捨て、残るもう一丁に次弾を装填しながら迫る
(聞いてねぇ…‼︎サーヴァントはともかく、魔術師ってこんな、こんな化け物なのかよォッ!?!?)
内心泣き言を漏らす彼は運が悪かった
一定以上に魔術の世界に身を置いた身なら「
富豪から成り上がったばかりの魔術師に冷然とライフルの銃口を突きつけるこの女性はそれほどまでに強く、「狂った」存在として知られているのだ
『強き魂……潤沢な魔力……』
微動だにしなかったライダーがゆらりと振り返り、自身を無視してマスターに迫る女を、揺れる炎の目で見据える
『欲しい…奪いたい…壊したい…我々の渇きを、潤しうるお前を‼︎』
ライダーから溢れ出す魔力に
『我等は嵐、我等は呪い、我等は飢餓そのもの…‼︎』
『故に食らう、故に犯す、故に奪う、故に壊す‼︎』
ライダーから溢れ出す影が魔力と共に編み込まれ、その地面へと浸透、駅舎を大きく揺るがし始める
「宝具だと…⁉︎」
宝具ー人類史に名を刻む英霊が行使する最大の権能
万夫不当の英霊の生き様、伝説そのものであり神秘の具現
それは「真名」を明かしうる大きなリスクに見合う強大な力の発露でもあった。それこそ、ものによっては必殺たりうる「業」
ち、と舌打ちをした
へたり込むダイスを鎖付き錨で引き寄せたライダーの足元
駅舎の床面が、「波打つ」
ーヴォォォォオォォォォオォォォォオォォォン!!!!
鯨の咆哮のような、木材が軋むような音が響く
黒い波が大地から噴き出すと共に駅舎が粉砕され、瓦礫が盛大に吹き飛ばされた
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「あ、ああ…‼︎お父様…‼︎」
朦朧とした意識から回復した
その様子をセイバーはただ無表情に見据え、告げる
「マスターよ。貴様の願いはなんだ?」
セイバーの方を向き、燕はヒッと声を上げる
無理もない。他でもないそのセイバーが父を葬った存在なのだから
元より聖杯戦争で召喚される英霊たちは一種の使い魔であると同時に人類史に残る英傑。その中には、非道なる伝説を残す反英雄もまた存在する
そもそも生きた時代が違えば価値観も違う
燕の故郷の国もかつては無礼を働いたものを身分の高いものが斬り捨てることなど当たり前だったのだから、殺されても文句など言う資格はない
荒い息が燕の口から溢れる
たしかに、目の前に立つセイバーは恐ろしかった
あのお父様を虫でも潰すように簡単に殺してみせた怪物
いつ自分に刃が向くかわからない
だが、それ以上に
父が死んだこと、死んでくれたことで安堵している自分がいることが一番怖かった
「ー肩の力を抜け、マスター」
セイバーが腰に挿した剣を抜き、床に置くとそこから離れて
「
セイバーは手を広げ、丸腰であることを示す
「マスターが、もし復讐を願うなら甘んじて受けよう。だが、違う願いがあるのならば正直に偽らずに答えよ」
「ー
俯きがちだった顔を持ち上げる
真剣な顔付きのセイバーは燕をぶたなかった
少しでも気に入らないことがあると「生意気だ」と殴ってきた
「わた、私、は……」
自分でもびっくりした
求められなければ言葉なんか出なかったのに
「私、は……もう、やめたい…魔術師、なんて辞めたい…‼︎」
ぽろぽろと頬を涙が伝い、力が抜けてへたり込む
「嫌だった…ずっと嫌だった…素質とか、才能があるからって…怖いことやキツい訓練ばかり、泣き言には暴力、口答えにも暴力…家族として見られたことなんて、うちではなかった……‼︎」
郷間家の一人娘として生まれた燕
生まれながら魔力の保有量や魔術回路の質が高い彼女を、郷間の家は重宝し、大切に「磨き上げた」
人として、でなく。もちろん「魔術師」として
「魔術師」には向かないほど優しかったから「道具」として
彼女に自由も、「彼女自身」も与えられなかった
「もう、嫌。魔術師も、
幼子のように泣きじゃくる燕の言葉を聞き、セイバーが立ち上がる
ゆっくりと歩み寄り、自分の前でセイバーが手を振り上げるのを感じる
ー殴られる、
燕が目を瞑る
が、痛みの代わりにその肩に温かな重さが加わり、大きな手が優しく燕の頭を撫でた
「ハッハッハ‼︎ 良き願いだ。そなたがマスターで良かった」
燕の肩に上着を着せたセイバーは豪快に笑いながら燕の頭を撫で、しゃがみ込んで目線を合わせながら告げた
「……え」
「只人として、
どこか哀しげな顔でセイバーは告げ、剣を側に突き立て膝に手を置き頭を下げる
「このセイバー、今生の命をそなたに預けよう。そなたの剣としてこの聖杯戦争、勝ち取ってくれよう。
セイバーが燕に手を伸ばす
「よろしく頼む。マスター」
セイバーの真っ直ぐな言い分を受け止め、燕はおずおずとその手を取る
セイバーに助け起こされながら燕は今一度口を開く
「……燕、
「……ツバメ、か。良き名だ。よろしく頼む」
突き立てた剣を腰に戻し、セイバーが顎に手を当て思案する
「さて、戦争に勝つにはまず情報が足りんな。ツバメ、魔力は回せるか?」
「は、はい……」
セイバーの望みに合わせて燕が魔力を経路を通じて渡す
「上出来だ。
セイバーが厳格な声で「名」を呼ぶ
「は、ここに」
同時に、まるでサーヴァントが姿を隠す際に使う霊体化を解くように空間が揺らぎ、セイバーの隣に中国風の軽装甲冑を纏う男が現れる
腰に斧を装備した男は跪いたままでセイバーを見上げる
「
「久方ぶりだな、
「承知致しました」
セイバーの命を受けた
「今のは…⁉︎」
「あれは
あっけらかんとセイバーが告げる
「
さて、とセイバーが身を翻す
「ツバメ、早速だがそなたにも任を任せたい」
「わ、私に…ですか…?」
「
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
シン・シティの外れ
海に面した北東部の港、その倉庫の一つに
倉庫の中は灯りが灯っており、静かな機械の駆動音が響いていた
倉庫内の作業台にはマネキンのような人形が何体も並び、一心不乱に作業を続けている
作り上げているのはレバーアクションライフル
淡々と作業を続ける人形群を監督するコートを羽織る痩躯の男に声をかける
「アーチャー、ストックの製作は順調か?」
ブツブツと独り言を繰り返していた痩躯の男ーアーチャーが肩を震わせながら振り返る
「あ、ああ、マスターか…だ、大丈夫、だ…順調に、量産できている…」
アーチャーが人形たちが完成させたレバーアクションライフルを一つ取り出し見せる
ここで生産が続けられているライフル
厳密にはその「がいね」がアーチャーの宝具そのものである
西部開拓の時代、多くの人々の手に渡り
保安官やならずもの、果てはネイティブ・アメリカンですら手にした
軍用の人気は民間用よりも伸びなかったとはいえ、各地の戦争・戦乱で多くが使われ、多くの命を奪った銃
“西部を征服した銃”
「
「誰でも扱え」「量産ができ」その逸話から軽微ながらも「神秘」への特効を持つ宝具
「つ、使い心地は…どうだ…?」
アーチャー、真名ウィリアム・ワート・ウィンチェスターはか細い声で
「マ、マスター…体の、ほ、方は…大丈夫、か…?」
問いかけを聞いた
「わ、私は…アーチャーだが、と、特殊なサーヴァントだから…」
本来のサーヴァントとマスターならば、超常の力を持つサーヴァントが前線で戦い、マスターは基本その後方支援にあたるもの
人理に刻まれた伝説を持つ英霊たち
その力は例え幻霊に近くとも規格外のものであり、純粋な英霊ならば最早その力は並の兵器を上回るものとなる
「……余計な心配はするな。ワタシの体などどうでもいい」
「顕現する聖杯はお前にくれてやる。ワタシは、ただ聖杯に集るハエを殺すだけだ。ワタシにとって聖杯は誘蛾灯以上の意味は無い」
それだけ吐き捨て、
その背を見送り、アーチャーはどこか哀しみを浮かべた目を見せた
倉庫から出た
「ーか、ぁあ゛ッ……‼︎」
脂汗を流し、獣のような呻きを漏らしながら体を折り曲げ、壁に背を預けてうずくまる
激痛、激痛、激痛、激痛、激痛
全身を駆け回る痛みの連鎖に体を抱きながら丸くなる
飛びかける意識を研ぎ澄まし、治癒魔術を詠唱する
幾分か痛みが和らぎ、荒い息を吐き出す
彼女はある目的のために魔術回路に精通した魔術医師を探し出し、自らの体に魔術回路を無理やり作って動かしている
開くはずがなかった回路を動かし、瞬間的ながら神経や筋繊維が焼き切れるレベルの高圧電流を体に何度も流したその
「はぁ、はぁ…ッ‼︎ クソッ…‼︎」
ふらふらと
筋肉も神経もズタズタにし、自身の寿命を大幅に削っても、彼女にはやらねばならぬことがあった
「まだ、動ける…まだ、殺せる…‼︎」
魔術師を、魔術の徒を殺す
1人でも多く、根絶やしにする
聖杯にかけるまでもない、そんな神秘に託す気もない願い
それだけが、彼女の全てであり、生きる意味だった
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
メラクのセーフハウス内
「……質素、殺風景…まぁ仕方があるまい」
その一階のリビング内を歩き回りながらランサーはぼやいた
甲冑を纏う戦装束から黄金の薔薇が各所に刺繍された絹製のトガに変えていたランサーは嘆息しながらもパチン、と黒手袋を纏う指を鳴らしどこからか取り出した赤黒い天蓋を天井に投げ垂らし、まるで自分の縄張りを示すようにソファの一角を囲むとドカッと腰を下ろした
はぁ、と再び憂鬱げにため息を漏らすと額を押さえながらどこからか取り出した金のコップに満ちた果実水を一口含み、目を閉じる
マスターであるメラクは送り届けた後簡易の工房化を施して自室で気絶するように眠ってしまった
英霊召喚やゴーレム操作に魔術を使った故の疲労だろう
退屈ではあるが、頭痛が治らない今動きようがないのも事実だ
(……そちらが眠るなら、余もしばしー)
ランサーが目を薄ら開く
激しい頭痛に苛まれる代わりに研ぎ澄まされた第六感のようなものが、何やら騒いだのを感じたからだ
「ち、血の気の早い者もいたものだ」
メラクのセーフハウス前
簡易的ながら張り巡らされた結界の目前に佇んでいたのは、中世ヨーロッパの貴族のようなコートを纏う男ーキャスターだった
「ー言伝もなく訪問とは、礼儀のなっていないサーヴァントだな」
その隣から霊体化を解除しながらランサーが現れる
黒金のドレス状の戦装束に着替えたランサーはその手に黒き槍を呼び出し、キャスターに突きつける
「いやはや、申し訳ない。アポイントを取ろうにも、流石のボクでもここの電話番号はわからない。大目に見てほしいね」
飄々と告げるキャスターをランサーが睨む
「御託はいらぬ。死合うならばさっさと始めるぞ」
「とんでもない、死合うなんてボクは望んじゃいないさ」
キャスターはからからと笑い、姿勢を正して一礼してみせる
「改めて、ボクはキャスター。真名はサン=ジェルマン」
「キミたちランサー陣営と、同盟を結びたくて訪れたのさ」