【完結】聖女(俗物)が10日で駆け抜ける世界救済(現場猫案件) 作:sugar 9
既に、その竜に残された力が幾ばくもないことは誰の目から見ても明らかだった。
その身を包む鈍く黒色に輝く鱗は既にその多くがひび割れ、砕け、ところどころが剥がれ落ちていた。翼に至っては片方が根元から失われており、世界を恐怖に陥れた邪竜というその威容はもはや失われていると言えるだろう。
しかし、それでもその邪竜は眼前にて傷1つない姿で佇む少女を睨みつけ、それが己の存在意義であるとでも言わんばかりに咆哮する。邪竜の住処である荒野にて、並の者ならばそれを聞くだけで恐怖のあまり生きることを諦めるであろう咆哮が響き渡る。
だが、邪竜と相対するその少女はそれに対して眉1つ動かすことはない。
たった1人で邪竜と相対するよりも、城でドレスを着て佇む姿の方が似合うであろうその美貌と、薄暗い夜明け前においてもわずかな光を照り返して美しく輝く金色の髪。煤で汚れた雪のように白い肌は、しかし傷らしい傷は見受けられず、彼女が身にまとっている白を基調に金の装飾が施された美しいローブも汚れてこそいるがほつれ1つ見られない。相対する邪竜と比べれば、多少の苦戦こそあったとしてもその戦いが一方的なものであることが伺えた。
「これで、終わりっ!!」
鈴を転がすような、それでいて勇ましさも感じさせる声とともに、少女の手に携えられた豪奢な装飾が施された杖から眩い光がほとばしり、一筋の光線となって邪竜の胸を貫いた。無敵の防御を誇った邪竜の鱗はいともたやすく貫かれ、邪竜の胸に人間一人が通り抜けられそうな程度の穴が空く。
邪竜は天を仰ぎ、咆哮とは異なる痛々しい叫び声をあげ、力なく地面に倒れ伏した。
「……はぁ」
少女はしばらくの間、決して油断することなく倒れ伏した邪竜に対して杖を構えていたが、邪竜の眼から光が消えていくことを確認すると、ようやく力を抜いて杖を下し、その場に座り込んだ。
恐らくだが、ここから邪竜が復活することはない。多分そう、きっとそう。少女はそう判断した。
「疲れたぁ……」
少女、セーラ・アーベラインは宝石のような翠色の瞳に疲労の色をにじませてため息をついた。先程までの凛とした佇まいは無く、どちらかというと日々の激務に疲れ切った労働戦士のそれであった。
聖女、セーラ・アーベラインは転生者である。
恵まれた容姿、卓越した才能、その他もろもろの運命力を持ちながら転生者特有の俗物の性根を持って生まれた彼女は生まれ持ったその力を思う存分にブンブン振り回した。時には騎士団の鼻つまみ者であった女騎士を救い、時には没落しかかっていた令嬢を救い、時には稀代の天災と言われ世間から廃された魔女を救い続けた。性別に偏りがある気がしないでもないが、その間にその他大勢を救い続けているため全体的な統計を見ればフィフティフィフティになるはずである。
が、そんな1人で振り回すには過ぎたものをちやほやされたいという俗の極みな欲望の赴くままに振り回し続ければどうなるのか。大いなる力には大いなる責任が伴うとは誰が言った言葉だったか。気が付けば彼女は、国どころか世界を救った救世の聖女として祭り上げられるようになったが、そのちやほやの100倍の責任を背負いこむ羽目になった。
そこからは、もうちやほやがどうだの言っていられないブラックな日々が始まった。来る日も来る日も(セーラ主観では)取るに足らないザコをプチプチして回る日々。感謝されることは良いのだが、割とバカにできない割合で罵詈雑言を浴びせられることもある。何故もっと早く助けてくれなかったのかとか、私はこんなに苦しい暮らしをしているのにそんな良い暮らしをするとはとか、例え世界線レベルで変わってもヤバいクレーマーというのは変わらずいるものである。
1つの悪意は99の善意を帳消しにする。
セーラは思う、しんどい、もうちやほやとかいいから休みが欲しいと。
セーラは決断した。
これだけ人間が魔物に被害受けてるんだから魔王の1人や2人いてそいつ倒せば解決するだろ。解決してくれと。
その執念の末に見つけ出したのが、今セーラの目の前で躯と化したドラゴン、邪竜エンデである。両端に†をつけたくなる名前をしているが、その正体は
このトカゲさえやっちまえば、少なくとも魔物の被害から人々を守るために東へ西へ休みなく飛び回る日々からはおさらばできるはず。
セーラはそう判断し、必死の思いで邪竜を探しだした。当然、実質ラスボスのため万が一にも仲間を巻き込まないために探索から討伐まで全部ワンオペである。
「これで、やっと……」
全身が暖かくなるような達成感に浸りながら、目の前に倒れ伏している邪竜を改めて見据える。流石に諸悪の根源なだけのことはあり、彼女がこれまで相対してきた魔物の中でも最大級の難敵であった。
今は輝きを失っているが眼光だけで人を殺せそうな巨大な眼。一本一本が巨漢の兵士に持たせる剣に流用できそうな爪牙。どんな魔物ですら容易に消し飛ばしてきた彼女の魔法をもってしてもかなり持ちこたえて見せた鱗。今なおなんか光り輝いている体内の魔晶核っぽい部分。
「……ん?」
今なおなんか光り輝いている体内の魔晶核っぽい部分。
「待て待て」
セーラが大慌てで魔法で以て邪竜の身体を切り開く、生前の耐久度が嘘のようにスッパリ切り開かれた邪竜の腹部にあったのは、「自分!! 2秒後に爆発いかせていただきやす!!」と言わんばかりにビカビカ輝く魔晶核であった。
「待て待て待て待て!」
セーラのスペックだけは無駄に恵まれた頭脳が高速で思考を回す。改めて魔晶核を観察すると、先ほどの光線で部分的に消し飛ばされている。恐らくは欠けてもなお魔物を生成し続けようとした結果、暴走を起こしているのだろう。その結果どうなるのかはあまり考えたくない。
防御魔法で魔晶核を覆って爆発を抑え込むという手段も考えたが、何せ相手は世界各地に無尽蔵に魔物を生成し続けた化け物ジェネレーターである。如何にセーラがチート転生者とはいえぶっつけ本番で爆発を抑え込めるか分からず、ミスれば少なくとも周囲が地図から消滅するレベルの爆発が起こりかねない賭けに出れるほどセーラは強心臓ではない。
正攻法ではリスクが高いならば、取れる手段は数少なくなってくる。
その中でも比較的確実性が高く、尚且つ失敗してもある程度は被害が抑えられそうな方法。
「なんとか、なれっ!!」
杖を振りかざすと、魔晶核がセーラの魔法によって包まれる。
それは、時間停止魔法。意志を持った相手には時間経過や強靭な精神力などで突破されてしまうが、それ以外なら外部から干渉を受けない限りほぼ無制限に止められる術式である。これで、魔晶核を爆発する寸前で止め続ければ、ひとまず爆発することはなくなる。
そして、流石にその爆発しかけの核弾頭のようなものを放置するわけにもいかないため爆発の周囲の地面を隆起させ、さながらマトリョーシカのように何重にも覆い隠す。
幸いここにはセーラ以外誰にもいない、臭い物には蓋をするに限るのだ。
気が付けば、爆発しかけの魔晶核を覆い隠す形で、小高い山のようなものが出来ていた。これであとは見張りでも置いておけば、知らないうちに大爆発する、といった危険はなくなっただろう。ゆくゆくは処理する必要が出てくるだろうが、それはその時の自分に任せればいい。
「…………ヨシ!!!!」
故に、セーラは一旦問題をおいておくことにした。目についた問題にいちいち気を揉んでいると秒で精神が病むと言うのはこの過酷な魔物絶滅道中で得た学びだ。
それよりもまずは休みである。何もしなくてよくなる、という事は流石にないだろうが、少なくともこんな戦場に身を置くことが常とはならなくなるだろう。早い話がぬくぬく快適な文化的な生活である。何と甘美な響きだろうか。
もう3ヶ月連続野宿生活とか、実力的に自分以外の味方連れてくと多分死ぬからワンオペで寝ずの番をしながらの魔界探検とかもしなくてよくなるのである。
そう考えれば、全身を蝕むこのとんでもない疲労など片腹がポンポンペインである。セーラは弾む足取りもそのままに帰路に就いた。
―・―・―・―
「ええ、ではそのように。お疲れさまでした」
「は、はい! お先に失礼いたします。聖女様!」
緊張している様子の隊員が自身の書斎から出ていくのを確認した後、セーラは少し姿勢を崩して深く椅子に腰かけ、思いきり伸びをした。疲労感で比べれば言うまでもないが、魔物をプチプチしていた時代には使わなかった筋肉を使っているため全身からパキパキと心地よい音が伝わってくる。
(あーー、今日も今日とていい感じに働いた)
人間が1日にできる限界の仕事量が100だったとして、一番忙しかった時期が1000で、大体50くらいの日々。
それが、今の彼女、セーラ・アーベラインの日常である。
爆発しかけの魔晶核を臭いものに蓋をする的解決策で封じ込めて早2年、未だに仕事は少なくない量舞い込んでくるが、それでもゆとりのある生活を送っていた。魔晶核を封じるために自分の魔力を分割して分身として召喚する『
『
エインヘリヤルには「何かあったらすぐ連絡するように」と指示を飛ばしており、何の連絡もないという事は特に問題ないという事だろう。
(あぁ、幸せだなぁ)
既にこの生活が始まってから2年以上たつが、それでも噛み締めたり無いこの幸せ。自分以外誰もいない書斎であるのを良いことに口角をフニャフニャにしてニヤけるセーラ。転生して美少女になっていなければ完全に終わっていた絵面である。
そんな彼女のにやけ面を横面から殴り飛ばすように、書斎の窓ガラスを割って何かが飛び込んできた。
「なんっ……!?」
あまりの勢いにセーラは書斎の椅子からふっ飛ばされ、地面にへたり込む形になる。
飛び込んできた勢いで照明が破壊され、セーラの部屋が暗闇に包まれる。ヒト型の何かを確認する間もなく防御魔法を展開するセーラに対して、それはゆっくりとした動きで立ち上がった。
「ようやっと、見つけました」
その声が聞こえるころには、セーラも暗さに順応してきたのか、月明かりに照らされたそれを目視できるようになる。
そこにいたのは、何て言うか、丁度セーラが闇落ちしたらこんな感じになりそうだなぁという見た目の、セーラの髪を黒くして瞳を赤くした感じの美少女だった。顔だちはまさにセーラとうり二つであり、髪と瞳の色、あとは着ているものを除けば、両者に違いらしい違いはほぼ無いと言えるだろう。
セーラと、それは、しばし言葉もなく相対する。
主従が始めて相対するときの、へたりこむ
「ひょっとして……エインへリヤル、ですか?」
「いかにも、私は貴方の分身です。セーラ」
不安げな表情を浮かべるセーラに対して、あくまでそれ、エインヘリヤルは従者という立場を取ろうとしている。エインヘリヤルはしばし目を伏せた後、どこかかしこまったような様子でセーラに話しかける。
「良いですか、落ち着いて聞いてください。間もなく時間停止魔法が解け、魔晶核の暴走反応が再活性状態となります」
「……はい?」
セーラはエインヘリヤルの言った言葉が今一つ飲み込めない半分、内容の理解を本能のレベルで拒否している半分で、普段の聖女ムーブをしているときには決して出さない間抜けな声を出す。
「暴走……というと?」
「文字通りです。セーラが魔晶核に仕掛けた時間停止魔法を、魔晶核から放たれる負の魔力が徐々に侵食し、間もなく時間停止魔法が解かれる状態となっております」
「……具体的にどれくらいですか?」
「約10日後です」
「もっと早く言ってくださいよ!」
そこまで言ってようやく事態が飲み込めたのか、セーラは部下には決して使わない若干激しめの口調でまくしたてる。
「言いましたよね!? 何か変化あったら連絡するようにって!」
「それなのですが、できなかったのです。セーラ」
「はい!?」
エインヘリヤルは沈痛な面持ちを保ったまま喋りだす。
「魔晶核の魔力は予想以上に強大だったようで、監視のために魔晶核の付近にいた私も気づかぬ内に負の魔力に侵食されていました。聖女としての神気で負の魔力を無意識下で弾くセーラに、負の魔力に侵食された私の伝言魔法は届かなかったのです」
「えっ……大、丈夫なんですか?」
「問題ありません。確かに私の身体を構成するセーラの魔力は既に大部分が負の魔力に染まっておりますが、セーラの為にある私の心までは失っておりません」
早い話が、マジで闇落ちしていたのである。サラッと語られた重めの事実に対して、セーラは事情を鑑みずに詰めるような真似をしてしまったことに罪悪感を覚え、俯いた。
「そう、ですか。大変だったんですね。すみません……」
「いえ、セーラが気に病む必要はありません」
「いや待ってください。それにしたっていくら何でも遅すぎませんか? ずっと見張ってたならもっと早い段階で気づけますよね?」
「…………」
顔を上げたセーラがエインヘリヤルの方を見ると、そこには露骨に顔を反らしたエインヘリヤルの姿が。
「……漏れ出ていた魔晶核の魔力に染められ、伝言魔法も使えないと気づいて退避したときにですね」
「はい」
「確かに異常事態ですけど、侵食速度的にすぐにどうこうという話でもなさそうだったので、少しくらい好きなことをしても良いかなーと思いまして」
「はい」
「少々寄り道をしていたら今日到着となりました」
「……どのくらいですか?」
「…………1年ほど」
「バカーーーー!!」
セーラは勢いよくその場に突っ伏した。
―・―・―・―
時間停止魔法解除までの予測日数 10日
今日から記録を書いておくことにします。1分1秒が惜しい現状ですが、落ち着いて整理する時間が欲しいためです。
先程、
ちなみに、当のエインヘリヤルには私の部下に見つかっていらない混乱を避けるためにいったん私がいる街の外に出てもらいました。冷静に考えれば普通に全部私のせいなので申し訳なさも無くはないですがこれくらいすることは許されるはずです。
まず、頼もしいを通り越して多分私より有能な方々で構成されている大隊員の方々を直接使うのは難しいでしょう。彼女たちは私に若干怖いくらいの信頼を寄せてきてくれてはいますが、流石に『諸悪の根源である邪竜なんですけど実は倒しきれなくて心臓部を爆発する寸前で留めておいたんです! ただ留めてた魔法がキャパくてあと10日ほどで解けて再び大爆発起こすみたいです! テヘペロ!』とかいったら流石にどうなるか余り考えたくないです。エインヘリヤルのこと何も悪く言えませんね私。
次に、私自身の力です。エインヘリヤルに分割していた私の力を元に戻すべく魔法を解除しようとしたのですが、これも無理でした。原因は言うまでもなく、エインヘリヤルが身も心もバッチリ邪竜産の負の魔力に染まっていたからです。光と闇が合わさっても対消滅起こすだけでした。ははは、笑えねえ。なーにが私の心は染められておりませんですか、身も心もバッチリ堕ちてるじゃないですか。
一応、時間をかければどうにか出来ないこともなさそうですが、全力が戻ってもどうこうできるという確信がない以上、他の方法も模索した上で取り組んだ方が良いですね。すぐやるべきことがない時にコツコツ進める感じで良いでしょう。
私の実力は時間停止魔法を使って魔晶核の暴発を食い止めた時のおよそ半分となっており、時間停止魔法をかけなおしても上手くいくとは思えません。まぁ仮に全力を出せたとしても現状で時間停止魔法が侵食されてしまっている以上、何らかの耐性が付いているとみるべきでしょう。
他にも、魔晶核をどうこうする解決策は無くはないですが、確実に、と言えるものはありません。ミスったら世界が終わりかねない以上安直に試すのは怖い所です。
現状覚えておくべきことはこんなところでしょうか。落ち着くために書いたんですが思ったより現状が糞過ぎて辛くなってきました。ちょっと吐いてきます。
落ち着きました。途中隊員の方に見つかって死ぬほど焦りましたがどうにか事なきを得ました。
何にせよ、これまであらゆる事態を純粋な暴力で解決してきた私から純粋な暴力が奪われた現状、私はうんちなので1人で事態を収拾に向かわせるのはほぼ不可能です。明日はどうにかして上手い事私の部下の皆さんを自然な形であと10日で世界滅亡の危機にいい感じに立ち向かう方向にもっていけるように動きましょう。
今日は夜も遅いですしこんなところでしょうか。睡眠は諦めてどうやって自然な感じで部下の方に世界が滅亡に向かってると気づかせるか考えながらエインヘリヤルに割いた魔力を取り戻すための術式の構築に当てましょう。この感じ懐かしいですね。
時間停止魔法解除までの予測日数 9日
部下の皆さんが何やら沈痛な面持ちで私のやらかしをなんか全部邪竜のせいにして報告してきました。
なんで?