【完結】聖女(俗物)が10日で駆け抜ける世界救済(現場猫案件) 作:sugar 9
「やはり我らの道を阻むか、忌まわしき聖女の糞共が」
「依存する先を失ったかと思えば今度は怨敵の影に媚び諂う愚物が良く言う」
「愚物はどちらだ。この負の魔力を見てなおあの聖女と同じものとして扱うなど、不敬にもほどがあるぞ」
それぞれの軍の先頭に立つミナトとアレクシスが、剣を交わしながら言葉を交わす。
戦局は、戦力の評価だけで言えば黒教会の残党側に勝てる道理は何一つとしてなかった。元々黒教会が各国へと勢力の根を伸ばしていた時代に持っていた負の魔力に関連した技術の独占という圧倒的なアドバンテージは邪竜エンデをセーラが打倒してからの2年間の研究でほぼ無になってしまっている。
2年前から歩みを止めていた黒教会と、その間も戦闘行為こそ行っておらずとも負の魔力に関連した研究を進め、それに対抗するための技術を推し進めてきた聖女の大隊。ただでさえ圧倒的な戦力差がある両者がぶつかれば、万に一つも黒教会側に勝ちの目はないだろう。
ならば、何故戦局が硬直状態に入っているのか。
それは言うまでもなく、聖女の影、エインヘリヤルの存在が大きい。
エインヘリヤルは黒教会に守られるように人の後方で剣を地面に突き立て、戦局を俯瞰するかのように、何を考えているのか分からない無表情で全体を見渡している。
いくら全盛期の半分程度の力しかなかったとはいえ、セーラを圧倒し、逃げられたとはいえ一度は連れ去って見せた、癪ではあるがセーラに並び、あるいは超えうる圧倒的な存在。
彼女がどう動くかによって戦局はどの方向にも転がりうる。そのため、ミナトをはじめとした指揮官達は未だ後方で動く気配を見せないエインヘリヤルにこそ細心の注意を払いながら戦闘を続けている。それこそ、かつてセーラが魔物に対してそうしたように圧倒的な魔力で薙ぎ払われることも考えなければならない。
「…………」
エインヘリヤルは一言もしゃべることなく、何一つ想定外など起こっていないとばかりに余裕ともとれる無表情のまま動く気配を見せない。
(あばばばばばばばばばばっばあっばあばばっばばあばばば)
だが、言うまでもなく、内心では顔を真っ青にして冷や汗を滝のように流している。
何一つ想定外など起こっていない? 冗談ではない、今この瞬間に起こっていること全てが想定外だ。
もしもこれで聖女の大隊側に犠牲者が出ようものなら、セーラがどうなってしまうか分かったものではない。そもそもこれだけややこしい状況になっているのは全てセーラのせいだし、セーラが一番最初に懇切丁寧説明していればこんなことにならずに済んだ問題なのだが、だからこそそのような最悪の事態が起こった時どうなってしまうのか分からない。
エインヘリヤルは半ばパニックになりながらも考えを巡らせる。
Q:ここから犠牲を出さないようにしつつ、自然な形で邪竜の顎の元へと向かうには?(現在ぶつかっている両勢力は目的の為なら命をマッチ感覚で使い捨てる覚悟ガンギマリ集団であるとする)
無理じゃね? と一瞬思いつつも、エインヘリヤルはとっさに思いついた策を実行に移すべく行動に移し始める。
「不快」
それは、決して叫んだような大声ではないにもかかわらず、その場にいた者全員の耳に余すことなく、届いた。それが魔術的なものなのかどうかは問題ではなく、その戦場にいた者達全員の動きを凍り付かせ、全員の視線をエインヘリヤルに向けるのに十分すぎる物であった。
「退け、私に付き従う者共よ、私は、血に濡れた野蛮な終末は好まない」
(お願いします退いてくださいいやほんとお願いします何でもします靴舐めますから退いてください退いてください退いてください!!)
内心では土下座して何度も何度も地面に頭を叩きつける勢いでお祈りしているのだが、表面上ではそんなこと欠片も表に出さず、なるべく威厳が出るように全身から負の魔力を垂れ流し、何か禍々しいオーラを放ちながら黒教会の面々に言葉を投げかける。
「神が、我々に自ら……! 総員下がれ!」
が、黒教会にとって神の言葉などどのような物事よりも優先されるべきものである。そのため、マクスウェルが、指示を飛ばすだけで、事前に何の準備も行われていないにもかかわらず一糸乱れぬ動きで戦線を下げる。聖女の大隊の一部はそれに対して追撃をかけようとするが、この場で最も警戒するべき存在であるエインヘリヤルが何かしようとしている以上、うかつに動けばどうなるか分からないため、戦線を押し上げる事はしなかった。
(今!!)
そうして、両陣営の間に空白が発生する。エインヘリヤルは何かを言われる前に畳みかけるように歩みを進め、その手に携えた剣を横に振るう。すると、その剣の動きに帯同するかのように、黒い炎が両陣営を分断する壁のように燃え広がった。その長さは優に数㎞はあろうかという長さであり、とてもではないが常人にどうこうできるようなものではなかった。
「なっ!?」
「私は、争いを好まない。滅びは、遍く全てに等しく訪れる救いであるが故に」
適当な言を並べながら、エインヘリヤルは別に必要でも何でもない魔力によって編まれた翼を背中から生やし、羽ばたかせながら舞い上がり、邪竜の顎がある方向へ向けて空中を駆け抜ける。あと1時間もあればすべて終わる、その間、争わせないというだけならば、これで十分であるとエインヘリヤルは考えた。
早い話が、臭いものには蓋をする精神である。セーラと比べると従者となるべく生まれたから比較的真面目だが、それでも彼女のまたセーラの分身であった。
「等しく終末を下賜しよう。邪魔は許さぬ」
「っ待て貴様!」
「っ神よ! どうかお待ちを! 我々にも、どうか滅びを直に目に入れる慈悲を!」
聖女の大隊はともかく、何故か黒教会の面々からも抗議というか懇願する声が上がるが、もはや知らぬ存ぜぬとでも言わんばかりにエインヘリヤルは邪竜の顎へ向けて一直線に飛び去って行く。
「待てと、言っている!」
(ちょっ!?)
だが、それを許さない者がいた。ミナトだ。数日前、されるがままにセーラを連れ去られてしまったミナトが、自身の許されざる失態をそのまま放置するはずもなかった。地面を蹴ると同時に、ミナトの全身から迸る紫電が、さながら巨大な龍のようになりながらミナトを乗せて空高く舞い上がり、凄まじい速度でエインヘリヤルに迫る。
ミナトが現在身にまとっている装備は、急ごしらえでテレジアに作成させたものであり、扱いやすさや術者への危険性を度外視してひたすらに出力を高めさせた術式が刻まれている。本来ならば暴走などの危険があるそれを、ほぼ気合いと根性で制御しながら、ミナトはセーラが連れ去られた時とは比べ物にならない出力を確保していた。
エインヘリヤルは完全に予想外の速度で突っ込んできたミナトに面食らいながらも、引き離すべく速度を上げる。
「まだまだぁ!!」
「……っ」
だが、ミナトはそこからさらに加速した。ミナト自身制御が取れていないのか、軌道が不規則にブレているが、それでもエインヘリヤルはさらに速度を上げるべく負の魔力を放出しようとしたが、その時視界の端に映った邪竜の顎に気を取られ、加速が緩まる。
「もらったぁ!!」
(まずっ……!)
今更そのような隙を見逃すミナトではなかった。一気にエインヘリヤルとの距離を詰め、紫電を纏わせた大剣を大上段から全力で振り下ろす。エインヘリヤルはとっさに黒い剣で以て受け止めるが、ミナト自身もはやほとんど制御できていない速度で以て振り下ろされた一撃はエインヘリヤルにとっても脅威足りうるものであった。
結果、両者はつばぜり合いながら飛行する軌道が徐々に下がっていき、最終的には半ば地面を引きずりまわるような形でしばらくの間暴れまわり、よりにもよって邪竜の顎にエインヘリヤルが叩きつけられる形でようやく止まった。
「はぁ……はぁ……ま、だ、まだ……!」
やはり相当無理をしての加速だったのか、若干動きが重くなったものの、何事もなく立ち上がったエインヘリヤルに対し、ミナトは肩で息をしながら剣を地面に突き立てながら立ち上がり、剣を構える。
対するエインヘリヤルは何事も無かったかのように立ち上がり、一刻も早くこの場からミナトを除けるべく剣を構えるが、その瞬間、視界に入ったある人物と目が合った。
そこでは、セーラとノワールが剣を持って相対しており、両者が信じられないようなものを見る目でミナトとエインヘリヤルを見ていた。
―・―・―・―
時は少し遡る。
(さて……)
エインヘリヤルとの通信を終えたセーラは速急に支度を整えて、邪竜の顎がある荒野へと向かうための道を駆け抜けていた。『何とかしますので! 邪竜の顎で集合しましょう!』という言葉を信じ、エインヘリヤルが持ってくるであろう魔晶核を消し飛ばす術式が込められた杖をいい感じの流れで使うべく、テレジアから受け取った魔晶転換機を背負い、その手に普段から使っている豪奢な意匠が施された杖を手に、セーラは邪竜の顎への道を急いでいた。
「セーラ!!」
森を抜け、邪竜の顎がある荒野へ出た所で、セーラはいきなり声をかけられた。
「やっと、追いつきました……」
「ノワール、さん?」
若干息を切らしながらも、ノワールはまっすぐセーラの目を見据えて、喋り始めた。
「魔晶転換機、私に使わせてもらえませんか……?」
「……はい?」
ノワールからの言葉に、セーラは一瞬何を言っているのか分からず、素っ頓狂な声を上げる。
「えっと……何故ですか?」
「セーラが、自分を犠牲にしようとしているからです」
「…………はい?」
言葉に詰まり、視線を下に向けながら逆に問いかけるセーラに対して、ノワールは間髪入れずに言葉を返す。今度こそ本格的に何を言っているのか分からず、セーラは間抜けな声を上げる。
何を言っているのか分からない。確かにセーラはぱっと見、自己犠牲に見えなくもない行動をとることが多いが、それはそれが一番犠牲が少なくなるだろう行動をとるからであり、はっきり言って自分が命の危機に晒されれば、セーラはいの一番に逃げ出す自信があった。
「えっと……何を言っているのか」
「さっきの病室で、私がいることにセーラは気づきませんでした。隊員の方でも気づくようなお粗末な術式ですら見通せないほど弱っているんですよね?」
「い、いや、流石にあんな所でまで感知魔法を使いませんて……」
「セーラならいつ何時でもそのような警戒は怠らないって、メアさんが言っていました」
「…………」
(メアさん!!!?)
まさかの人物からの支援射撃に、セーラの聖女スマイルが若干引きつる。本当はまだバリバリ魔物討伐&遠征をやっていた時代に「いつだってそういう警戒は絶やさないですよ、皆さんを守るためですから!」としょうもない見栄を張ったセーラの自業自得なのだが、そんなことをセーラが覚えているはずもない。
「そして、言葉に詰まっている時は、決まって1人で無茶をしようとしている時だとも」
「っ何を……」
「言っても聞かないなら、力尽くでも止めます。メアさんや隊員の方々のために、そしてあなた自身のために」
そう言いながら、ノワールは黒い剣を構えた。2人の間に緊張が走る。
「……共倒れになったら、取り返しのつかないことになりますよ」
「そうなる前に終わらせます」
「…………」
(あーーーーーーーーーもう何でこうなるんですかほんとに!!!!)
セーラの頬に一筋汗が垂れる。内心の荒ぶり具合から言えばこれ所では済まないくらいには慌てている。
はっきり言ってしまえば、ここでノワールを制圧することは容易い。いくら半分の力しかないとはいえ、セーラの力はノワールを優に上回る。制圧することも、決して難しい事ではないだろう。
しかし、ノワールの実力は高が知れていてもそれ以外の部分に関しては未知数だ。意識を失わせる、束縛する術式で拘束しておく、そういった手段で制圧したとしても、そこまで時間をかけずに解除し、後から遅れてやってきて、彼女の恩人であるエインヘリヤルとセーラによるぶつかり合いなど見た日には何をしでかすか分かったものではない。
加えて、今セーラが持つ魔晶転換機を使った所で、事態は解決しないだろうことも問題となる。それを説明する手段をセーラが持たないことも。
あの時間停止魔法の繭の中に入っているのが爆発寸前の魔晶核(推定)などとという想定は、流石にメアやテレジアでも出来ない。彼女らにとっては魔晶核は今この状況になっている諸悪の根源であり、まさかその諸悪の根源が自爆寸前(推定)などとは夢にも思わないだろう。
何より、それを馬鹿正直に説明したところで「何で知ってるのか」「じゃあどうする予定だったのか」と説明できないのに質問されるだろう疑問が大量発生する。
そこから始まる混乱を制御しながら事態を収拾に向かわせる自信は、セーラには欠片もなかった。
「わかりました、では、一緒に行きましょう」
「それも、1人で何かしようとしているときの常套句で、決まって置いて行かれると、メアに言われています」
「…………」
そういえばエンデ倒すためにワンオペで3ヶ月遠征出る時にも似たようなこと言った気がするなーと現実逃避するセーラに対して、ノワールが斬りかかる。セーラはとっさに生成した白い剣で以て受け止めるが、背中に大剣を背負っている影響でバランスが崩れる。
「っぐ……」
「……わかりません」
「何が、ですか!」
セーラは受け止めた剣で以て思いっきり押し返す。ノワールは一旦飛び退き、距離を取りながらも負の魔力によって作られた黒い炎をセーラに向けて放つ。
「何故、そんなに全部1人でやろうとするんですか。あなたは私とは違う。多くの方から愛されていてるし、富も名声も溢れるほど持っている。少しはそれらが惜しいとは思わないんですか?」
「思いま、せん!」
蛇のようにうねりながらセーラへと向かう黒い炎をセーラは剣の一振りで薙ぎ払う。普段から浮かべている笑みを消し、真剣な表情でノワールに向けて喋りかける。
「皆に幸せになってほしい、辛い目にあって欲しくない。私が願う事があるとすれば、それだけです」
ノワールはその言葉を聞いて、一瞬目を丸くした後に、その表情を険しくした。
「……何ですか、それ」
「……何がですか?」
明らかに先程までと比べて様子が険しくなっているノワールに対して、内心びくびくしながらもそんなことはおくびにも出さずにセーラは問いかける。ノワールは腰を落とし、前傾姿勢を取る。黒い炎を迸らせながら、地面を蹴り、開いていたセーラとの距離を一気に詰める。
「その皆から愛されているあなたを勘定に入れずに、皆に幸せになってほしいとか、どこまでものを知らないんですか!」
気に入らなかった。誰彼構わず救うという理想はノワールと同じはずなのに、既に持っているものを顧みないその姿勢が、ノワールにはどうしようもなく癪に障った。その幸せを、あの時ノワールが欲しくてほしくて仕方がなかったものをないがしろにされている気がしたから。自分が目指している者は、ひょっとしてそういうものなのかという考えがよぎってしまったから。
ノワールが剣を振るう。だが、すでに目と鼻の先にセーラがいるその瞬間では、明らかにタイミングが遅すぎる。あれでは剣ではなく振った腕の方が当たる結果になるだろう。
ノワールの意図が読めず、セーラの動きが止まったその一瞬が全てを別つ。セーラの右横を潜り抜けるように駆け抜けたセーラはその勢いのまま剣を振るう。
剣は、セーラが背負っていた魔晶転換機を括りつけていたベルトを切り飛ばし、魔晶転換機が宙に舞う。
確かに、戦闘での経験だけで言うのであれば、セーラはノワールを遥かに上回っていた。だが、物を盗ることにおいては、両者の差は歴然であった。
「しまっ……!」
「傷つけてでも止める覚悟がないから、そうなるんです!!」
宙を舞った魔晶転換機の柄を握ったノワールは振り向きざまに手のひらをセーラに向けてかざす。四方八方から負の魔力で構成された鎖が、セーラを縛るべく襲い掛かる。
「こ、のっ……!」
先ほどの炎と同じように白い剣で以て切り払おうとしたものの、蛇のようにうねる鎖はさながら剣を避けるように動き、剣を躱しながらセーラへと襲い掛かる。
「っ……はぁ!」
セーラはわずかに表情を曇らせた後に白い剣に炎を纏わせて切り払う。炎は振られる剣から加速度的に周囲に広がり、鎖が躱す暇もなく焼き尽くした。
「っはぁ……ノワールさん!」
自分で発生させた爆炎を切り払い、そこにいるであろうノワールへ向けて声をかけるセーラ。
爆炎を切り払い、開けた視界の先には、既に遥か彼方に見えるノワールの走る影が見えるだけだった。
身体強化の術式をフル活用しながら凄まじい勢いで走る様は、正に邪竜の顎が見えようものならそこから走り幅跳びよろしく跳躍し、魔晶核へ向けて時間停止魔法を解除させながら魔晶転換機をぶっ刺すと言わんばかりの勢いであった。
その後どうなるかなど、セーラにあんまり考えたくなかった。
「……え」
セーラの顔から血の気が引いていく。もはや反射的に同じく身体強化の術式をフル活用して、ノワールの倍はあろうかという速度でノワールへ向けて走り出す。
「お願いです止まってください!」
「っだったら追いかけるのをやめてください!」
既に視界に入っている邪竜の顎に内心大パニックを起こしながらもグングンとノワールとの距離を詰める。
これまでに経験したことがないほどの全力で以て地面を蹴る。さながら隕石でも落ちたかのようなのような轟音と衝撃、大きく陥没する地面を置き去りに跳ぶというよりは飛んでいると言ってもいいセーラがノワールとの距離を一気に詰める。
「はぁ!!!!」
「くっ……!」
ノワールから魔晶転換機を取り戻すべく剣を振り下ろす。先程までとは比べ物にならないセーラの気迫に、ノワールはとっさに足を止め、黒い剣で以て受け止める。
もはや目と鼻の先となった邪竜の顎を背に、両者が剣をぶつける。あくまでセーラがノワールを傷つけるつもりはないからこそ成り立っている拮抗だが、それでも拮抗状態であることには変わりない。
「何で、そんなに邪魔するんですか! メアさん達と違って、私は一歩間違えればあなたの敵になっていた、あなたにとってどうでもいい人でしょう!」
「どうでも良くなんかありません! あなたにだって、私は……!」
セーラは辛そうな表情を浮かべながら、ノワールに向かってしゃべりかける。それに対してノワールは怒りを孕んだ表情で思いをそのまま、隠すことなく口に出した。
「そうやって助けて助けて、満足ですか!? あなたがいなければ死んでいたような連中を救っておいて、自分がいなくなっても問題ないと!? 随分身勝手な救済ですね!!」
「……っ!」
それは、どう考えても言いがかりであり、セーラが何度も何度も聞いてきた理不尽な罵倒であり、何より、今朝までのノワール自身を全否定する言葉だった。だが、ノワールの口から出たその言葉は紛れもないノワールの本心であり、それだけ救っておきながらまるで自分は誰からも愛されておらず、自分が死んでも何も問題ないとでも言わんばかりの行動をとるセーラの身勝手さに対する苛立ちでもあった。
その言葉は偶然にも、セーラの心を一瞬えぐった。それにより、セーラが力加減を誤り、両者の拮抗が崩れかけた次の瞬間。
邪竜の顎に何者かが激突し、地面が揺れた。
「っ何ですか!?」
セーラはあまりにも唐突なそれに面食らい、腕で顔を覆い土煙から顔を保護する。
「あ…………」
それに対し、ノワールは何かを感じ取ったのか、顔に土煙がかかるのも構わずに呆けた表情で土煙が起こったほうを見ていた。
「はぁ……はぁ……ま、だ、まだ……!」
「っ…………」
土煙が晴れた時、そこにいたのは肩で息をしながら立ち上がり、大剣を構えるミナト。そして、邪竜の顎を崩落させながらも何事もなかったかのように立ち上がり剣を構えるが、セーラとノワールの存在に気付き、一見無表情なものの、荒ぶる内心を表すかのように片目の端が少しつり上がったエインヘリヤルだった。
こうして、崩落する邪竜の顎の中から、怪しく紫色に輝く時間停止魔法に包まれた魔晶核が見守る中、セーラとエインヘリヤルは再び相対することとなった。
((いやどういう状況!!!!!!!?))
エインヘリヤルとセーラの心の内が完全に一致するのも無理からぬ話であろう。