【完結】聖女(俗物)が10日で駆け抜ける世界救済(現場猫案件)   作:sugar 9

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10日目ー破 どうして

 それに、心は無かった。

 

 何者かによって生み出された、無尽蔵に負の魔力を生成する魔晶核。時代によっては世界を手中に収める秘宝としても語られてきたそれは、伝承として語り継がれてはいても、実際にそれがどういう物なのかという言い伝え、資料などはほとんど残されていなかった。

 ただ、言い伝えられているのはそれこそが魔物を生み出し続けている根源であり、途方もない力を持ち、もし仮にそれを手にすることが出来たのならば、世界すら手に入れる事は容易いだろうと。

 

 そんな魔晶核が一度も見つからなかった理由は至極単純、そもそもそれは秘宝などという姿形を取っていないからだ。

 

 邪竜エンデ。古より伝えられる、数百年に1度人界に舞い降り、災厄を齎すとされている伝説の存在である。

 それは、魔晶核が己を守るために魔晶核の負の魔力出力の10%を用いて常に出力している防御機構であり、厳密にいえば生命ではない。魔晶核を移動させ、世界各地に安全に魔物を産み落とさせるための機械と言ってしまっても過言ではなかった。

 

 たかが10%とは言えども、世界中に掃いて捨てるほど存在する魔物全てを際限なく生み出し続けてなお尽きない魔晶核の魔力の10%とは尋常なものではなく、いざ邪竜が世界を滅ぼそうと動けば、人類の滅亡は免れなかっただろう。

 

 ではなぜ、魔物をバラ撒くという災厄を行い続ける魔晶核がそのような行動に移らないのか。

 答えは単純である。そうするよう命じられていないからである。

 魔晶核を生み出したものはただ、魔晶核に対して世界各地で魔物を生み出し続けることを命じた。その理由は今となっては知る由もないが、魔晶核はその命令を守り続けていた。

 いつ終わるかなど魔晶核にすら知る由もない魔物を生み出し続けるという命令。

 

 

 だが、ある日、その日々に終わりが訪れた。

 

 外敵の襲来。機械的に、エンデが起動する。開いた顎より放たれる負の魔力による極光。エンデが一度それを放つだけで外敵を悉く沈めてきたそれが外敵に寸分たがわず命中した。

 

 倒れない。外敵の衣装に汚れが見られることから何らかの術式によって相殺したものと考えられる。

 

 返す刃で外敵から数百を優に超える光弾の雨がエンデへ向けて叩き込まれる。エンデの翼が焼け爛れ、直撃を受けた爪がへし折れる。

 

 外敵の脅威を再評価。最適化の後、外装を再構築。

 

 魔晶核が反撃に転ずるべく、エンデの再構築を開始する。

 だが、それは聖女の神気によって抑えつけられる。さながら再生しようとする傷口を炎で焼き固められ、再生できないよう固定されたかのように再構築が阻害される。

 

 外敵の脅威を最大に認定、脅威の殲滅を最優先。

 

 魔晶核は外装であるエンデに見切りをつけ、今ここでエンデを使い切る勢いで外敵の殲滅を優先する。エンデの身体に負の魔力がみなぎり、黒い鱗が紫色に光り輝く。エンデの外装が耐えられる魔力量は超過しており、一部の鱗や表皮が焼き切れ始める。

 今度はエンデの全身から無数の光線が放たれ、それぞれが複雑な軌道を描きながらさながら生き物のように外敵に向けて襲い掛かる。

 

 一撃一撃が城1つを吹き飛ばせるであろう光線が、優に数十発、外敵へと一斉に襲い掛かる。

 

 目も眩むような極光と爆発、周囲が何も認識できなくなるような爆煙の中から一条の光線が爆煙を突き破るようにエンデの身体を貫く。先程の外装の再生を阻んだものと同じものなのか、魔晶核と外装の接続が一部阻害されており、エンデの動きが加速度的に鈍重になってゆく。

 

 今からエンデに代わる外装の再構築は不可能。現時点で設定されている出力では外敵の打倒は困難。

 だが、魔晶核は外敵を排除するための解を導き出そうとする。

 

 

 そんな中、魔晶核そのものが光線によって削り飛ばされた。

 

 それは、魔晶核にとって初めての経験。

 

 

 何かが欠けている。かけているならば補充しなければならない。どこから? 分からない。

 

 分からないならば補充を諦め、外敵の殲滅を優先しなければならない。却下、欠落を放置したままでの外敵の打倒は不可能。

 

 埋めなければ。

 

 周囲の魔物へ負の魔力を用いて誘因を行う。受肉体を寄せ集める事で、欠落部分の代替として用いるプランを立案。実行。

 外敵への対処手段として無制限での魔力放射を開始。

 

 埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ埋めなければ。

 

 自身の欠落は、魔晶核に自我のような何かを目覚めさせた。足りないものを求めるというそれは、自我と呼ぶには歪なものであるが、その強烈な目的意識は、自我と呼んで差し支えない何かを魔晶核に齎した。

 例えそれが自壊を招くことになったとしても、厭わない。初めての欲求は、魔晶核にかけられたリミッターを容易く紐解いていった。

 

 

 だが、そこまでだった。

 

 時間が止まる。ありとあらゆる対抗手段が停止する。

 

 時間停止魔法は、内部の存在が意志を持っている場合には効果が薄く、時間経過で敗れる。あるいは、止まった時間の世界を認識することが出来れば、強靭な意思によって突破が可能となっている。だが、聖女の神気が込められたそれは、魔晶核の抵抗をあざ笑うかのように負の魔力の一切を雁字搦めにして見せた。

 

 故に、魔晶核は1年程の間、停止した。

 

 そのまま停止し続けるはずだった魔晶核は、停止する間際に発現した歪な自我によって部分的にではあるが、反抗を可能にした。通常の負の魔力とは比にならないほどの侵食速度。聖女の魔力によって構成された時間停止魔法すらも侵食する暴力的な侵食。本来ならば魔晶核を制御するために魔晶核に刻まれた術式すらも侵食し、本来は不可能なはずの100%の出力を魔物の生成ではなく戦闘用の外装に回すことも可能とした。

 

 だが、外敵、聖女を排除するためにはそれでもまだ十全ではないという結論をはじき出した。倒せるかもしれないが、確実ではない。

 

 何か強力な外的要因。決着を盤石にするであろう何かが必要である。それに、魔晶核そのものが受肉することが出来れば、確実に外敵を排除することが可能である。

 

 

 

 

 そして、その強力な外的要因になりうる格好の存在が、今なお時間停止魔法の檻に閉じ込められていた魔晶核のまさに目の前にいたのであった。

 

 

 

―・―・―・―

 

「ア、アレクシス司教、我々は一体どうすれば……」

「…………」

 

 黒き聖女、彼らにとっての神が飛び去った空、黒き聖女が放った黒い炎の壁によって少ししか見えないそれを、アレクシスは呆然と眺めていた。

 炎の壁の向こう側にはもはや憎き聖女の大隊の気配すら感じない。恐らくだが、黒き聖女に追随するかのように飛んでいった彼女らの幹部格を追いかけたのだろう。

 

 同等の事が、出来ないわけではない。いくらこの黒炎の壁が長く、高かったとしても、それでも全く何もすることができないかと言われればそういう訳ではない。

 

 では、何故彼らが動けないのか。

 

『私は、争いを好まない。滅びは、遍く全てに等しく訪れる救いであるが故に』

『等しく終末を下賜しよう。邪魔は許さぬ』

 

 あの時、彼らは初めて、神からの言葉を頂戴した。

 

 それは、有体に言ってしまえば「邪魔をするな」の一言であった。

 

 恐らくだが、もう少しもしない内に終末が訪れるだろう。それは、アレクシスら黒教会の面々が何よりも待ち望んだ終末だ。そこに何かの不満があるはずもない。

 

 ならば、何故こうも戸惑っているのか、何故こうも胸に穴が空いたかのような虚無感に苛まれるのか。

 

 アレクシス以外の者も気持ちは同じようで、安堵と困惑とがないまぜになったかのような様子で、落ち着きなく黒い炎を眺めていた。

 

 まもなく全てが終わる。

 

 魔晶核が忌まわしき聖女の手によって打倒されたという報せが世界を駆け抜けてもなお諦めなかったどうしようもない者達が、さながら燃え尽きたかのような、かといって達成感もない、そんなうつろな状態になっていた。

 誰かに称えられたかったわけではない。むしろ、世界に滅びを齎す彼らは、それとは対極に位置する存在といってもいいだろう。

 

 ならば、何故こうも胸を掻きむしるような虚無感に苛まれるのか。

 かの黒き神に、お前たちは良くやったとでも言ってもらいたかったのだろうか。それこそまさかだ。この世に滅びを齎す神に感謝こそすれ、信仰を尽くした自分に感謝してほしかったなどと、不敬にも程があるだろう。

 

 自分の中にある欲望、目的を達成したにもかかわらず未だにくすぶり続けるそれを確かめるためにも、アレクシスは声を上げた。

 

「総員、聞け!」

 

「間もなく、世界に救済が齎される! もはや忌まわしき聖女とその糞共が何かをしようとしたところで変わることはない。我々の大願は成就したのだ!」

 

「故にこそ! 我らは再び進路を黒竜の顎へ取る! 救済が齎されるその瞬間をこの眼に収めるために!!」

 

 こうして答えを求めて、黒教会の面々は再び進軍を開始した。

 

 

 ノワールのようにではないにしろ、身体の大なり小なりを負の魔力に侵食されている彼らを惹きつける物が何かなど、彼らには考えが及ぶはずもなかった。

 

 

 

 

 次の瞬間、黒い蛇のような何かが天空から雨あられと降り注ぎ、黒教会の面々を一人残らず食い荒らした。

 

 

 

―・―・―・―

 

「「…………」」

 

 全ての始まりである邪竜の顎にて、両者は相対することとなった。唯ならぬ様子のエインヘリヤルが目に入り、唖然としたまま喋ることが出来なくなっているノワールなど視界に入っていないとでも言わんばかりに、エインヘリヤルとセーラは互いに互いを見つめ合っている。

 

 両者それぞれ衣服の下では滝のように脂汗が噴き出しているのだが、表面上は欠片もそのようなそぶりは見せず、図らずも出会ってしまった宿命の2人!とでも言わんばかりに鋭い目つきでにらみ合っている。

 

「セーラ、離れてください!」

 

 ミナトがエインヘリヤルをセーラに近づけさせまいと起き上がり、エインヘリヤルへ向けて斬りかかる。

 

 それを受け止めたのは、白い剣をとっさに錬成したセーラだった。セーラはミナトの剣を受け止めながらもエインヘリヤルを見据える。エインヘリヤルもそれにこたえるかのように、何の感慨も抱いていないかのような冷徹な瞳でセーラを見据える。

 

 否、良く見ればプルプルとセーラにしか分からないようなレベルで首を細かく横に振っている。

 

「ミナトはノワールを頼みます。恐らくですが、あれがノワールの言っていた、ノワールにとっての聖女です」

「っ、ですが、それ以前にあれはセーラを……!」

 

 ミナトはセーラに対して半ば睨みつけるように、食って掛かる。おそらくこのままセーラがGOサインを出せば秒でエインヘリヤルに突貫するのだろう。だが、今のセーラとエインヘリヤルにそんな余裕はない。

 

「けれど、ノワールを救いました。なら、何故このような事をするのか話をさせてください」

「っ、セーラ、貴方はどこまで……!」

 

 ミナトはセーラを信じられないようなものを見るような目で見つめる。ミナトからすれば、エインヘリヤルはセーラを傷つけ攫い、あまつさえその魔力の全てを奪いかけた宿敵である。交渉の余地などあるはずもない。

 だが、救いようなどなかったはずのミナトを救ったのも、またセーラだ。ならば、ここでセーラの邪魔をすることは、それこそセーラの願いを踏みにじることになる。

 

「ミナトは、ノワールが魔晶転換機を使うのを止めてください。あれは、私にしか使えません」

「っ……承知しました。どうかご無事で」

「もちろんです」

 

 ミナトは一瞬唇を噛む。どこまで行っても戦力外扱いされる自分が我慢ならなかったが、それでも、彼女のやりたいことをかなえる事こそが自分のやるべきことだと信じるからこそ、ミナトは自身の本能を即座にねじ伏せて未だ唖然としたまま動かないノワールへと向かっていった。

 

「……ようやっと、会えましたね」

「どこまでも邪魔をする。良いだろう。世界を終わらせる前に、終わらせてやる」

 

 セーラは白い剣を、エインヘリヤルは黒い剣を携え、一息で互いの間合いが詰められる。

 互いの剣がぶつかり合い、互いの顔が迫る。

 

「どういうことですか……どういうことですか!!」

「私が聞きたいくらいですよ!」

 

 激しい剣戟を繰り広げるセーラとエインヘリヤルは、半ば互いの顔がぶつかり合う距離まで肉薄する。そして、2人にしか聞こえないような小声で喋り始めた。

 

「と、とりあえず色々報告だけお願いします」

「かくかくしかじかうまうま」

「なるほど、何でそうなるんですか!?」

 

 小声でエインヘリヤルのここまでの経緯を聞き終えたセーラは頭を抱えたが、こうして互いにぶつかり合い、唯一の目撃者であるミナトにも話し合いをする旨を伝える事が出来た。後は先日作った術式を使ってキュボっと魔晶核を消し飛ばせばひとまず全部終わる。

 

 ミナトがただ茫然と立ち尽くすノワールを抑える中、セーラとエインヘリヤルは高速で剣戟を繰り返す。純白の極光と夜を切り取った様な闇が複雑な軌跡を描きながらぶつかり合うその姿は絵画の一種と言われても納得できるような美しさがあった。

 

「っていうか黒教会の人らどうしたんですか!? ここにいないってことがもう不安でしかないんですけど!?」

「彼らには黒い炎の壁とにらめっこしてもらう事にしました。この先の戦いにはついてきません」

「か、壁立てたくらいでどうにかなるんですか?」

「さっさと終わらせれば良い話です! やりますよセーラ!」

「っそれもそうですね、やりましょう!」

 

 ひとしきり話し終わったセーラとエインヘリヤルが互いに距離を取り、邪竜の顎を間に挟む形で相対する。

 

「どこまでも目障りな、何故そうも抗う?」

「世界を滅ぼすと言われて、はいそうですかと引き下がるわけにもいきません」

「貴様らがどう思うかなど聞いていない」

 

 2人がしゃべり終わると同時に、エインヘリヤルが杖を持ち換えて術式を発動する。それに応じて、セーラも同じく杖をかざして術式を発動するふりをする。

 

 2人をそれぞれ別の魔法陣がドームのように包み込み、セーラとエインヘリヤルの前に、さもたった今錬成しましたとでも言いたげな様子で直径3mはあろうかという巨大な魔力の球体が、エインヘリヤルにも同じく負の魔力で形成された球体が出現する。

 

 

 セーラとエインヘリヤルが互いにしかわからないくらい小さく頷いた後、同じタイミングで魔力の球体を放とうとした次の瞬間。

 

「ま、待ってください!」

 

 2人がその声が確かに耳に入ったが、既に術式は発動しており、セーラとエインヘリヤルにはもはやどうすることもできない。巨大な光と闇の球体が勢いよく放たれた。

 

 轟音をまき散らしながらすさまじい速度で直進する2つの球体は、ちょうど邪竜の顎の上で重なるように衝突ーーーー

 

 

 

 

 することはなく、何の前触れもなく魔晶核を包んでいた時間停止魔法の繭から飛び出してきた黒い蛇のような何かに2つまとめて飲み込まれた。

 

 

 

 

「「え゛」」

 

 

 

 しばらく咀嚼するかのように動いていた蛇はそれを飲み込んだかと思えば、蛇の頭のように見えたそれが数千の細い蛇に枝分かれし、各地へと飛散していった。

 

「っ!!」

「あ……」

 

 まず真っ先にそれらが向かっていったのはエインヘリヤルとノワールだった。さながら数百数千と襲い掛かるそれをいなしながら、エインヘリヤルはノワールをかばうような立ち位置で、それらを切り払い続けた。

 

 

「セーラ! これは一体!?」

「わかりま、せん!」

 

 それはセーラとミナトの元へも向かっていったが、エインヘリヤルはノワールの元へと向かうそれと比べると大した量ではなく、ミナトでも問題なく切り払えた。とはいえ、ミナトとて聖女の大隊ではセーラに次ぐ戦力であるため、通常の隊員ではどうなるかはあまり考えたくないだろう。

 

 

 永遠に続くと思われたその黒い雨は、意外にも1分と経たずに止んだ。

 

 しかし、それをキーにしたかのように魔晶核を包んでいた時間停止魔法がまばゆい光を放ちながら砕け散った。

 

「っ!!」

 

 とっさにセーラが再び時間停止魔法をかけようとするが、何かの妨害が働き、瞬時に破壊される。

 そして、比喩のつもりだった時間停止魔法の繭から魔晶核の外装である邪竜エンデーーーー

 

 

 

 

 ではなく、頭が鹿の角が生えた獅子で胴体が山羊、竜の翼を生やし、尾が蛇となったキメラが、「どうも!皆さんご存じ魔晶核です!!」と言わんばかりに当然のような態度で舞い上がり、さながら空中を駆け抜けるように飛び回り、咆哮を上げた。

 

 魔晶核がその体から湧き上がる無尽蔵の負の魔力を全て己の外装を構成することに費やした正真正銘の120%。邪竜エンデすらブレス1つで消し飛ばす完全体である。

 

 

((どうしてええええええええええええ!!!?))

 

 

 

 セーラとエインヘリヤルの心の声が重なったのも無理からぬ話である。何あれ。

 

 

 

―・―・―・―

 

「ミナト! いないとは思いますが、周辺に人がいないかの確認をお願いします!」

「っセーラ、あれは、一体」

 

 突如邪竜の顎から飛び出してきた邪竜エンデとは似ても似つかない、だが明らかに邪竜エンデよりも強大であると分かる化け物を前に呆然としていたミナトは、近寄ってきたセーラに声をかけられ、ようやくハッと我に返った。

 

「恐らく、魔晶核が完全な復活を遂げた姿です。正直、守りながら戦う余裕はありません。連れてきた隊員の方の安否確認をお願いします!」

「っですが、いくらセーラでも聖女の影とあれを同時に相手取るのは」

「そちらはもう解決しました!急いで!」

 

 そういうセーラの声はかつてないほど切羽詰まっていた。邪竜エンデの征伐に1人で向かう遠征の前にも、ここまで切羽詰まったセーラは見たことが無かった。

 

 

 

「っセーラ!!」

「っ!?」

 

 それでも、我慢の限界だった。そんなことをしている暇はないというのに。目の前で起こっていることがそれだけの緊急事態なのだと分かっているのに。ミナトはセーラの両肩を掴み、ミナトの方を向かせた。ミナトの視界に、セーラの面食らったような顔が広がる。

 

「ええ、分かっています。私では、貴女の盾すら務まらないことも、きっとここに残って戦おうとしたとしても、少しももたずに命を落とすことも、それをセーラが何よりも恐れていることも」

 

 ミナトは、血を吐くかのようにそれらを喋る。聖女を、セーラを守るための部隊を守るための大隊の長であるにも関わらず、一度として守れたことがない自分のことを棚に上げて、自分でも吐き気がするほど醜悪な言葉を語る。

 

 

「けど、忘れないでください。貴女に救われて、貴女を支えたいという人が大勢いて、貴女と同じ恐怖を持っているということを」

 

 

 

「……忘れませんよ、死ぬのは、嫌ですから!」

 

 

 そう言って花のような笑みを浮かべるセーラはかつて1人で蹲り、疲れ切っていたあの少女と、きっと同じものだった。

 

「……わかりました、どうか、ご無事で」

「勿論です!」

 

 元気そうに言うセーラの声を背に、ミナトは大隊員の安否を確認するべく走り出した。

 

 

 

 

 

「…………ノワールさんは?」

 

 そこまで行き、ようやくミナトが抑えているはずのノワールと魔晶転換機がない事に気が付いたセーラが慌てて辺りを見回すと、

 

 

「やっと、会えました…………」

「…………」

 

 何というか、運命の再会を果たした2人的な感じで、ノワールとエインヘリヤルが向かい合っていた。2人とも非常に見目麗しいため、近くに刃渡り2mあるごっつい魔晶転換機が無ければそういうロマンスのワンシーンのようであった。

 今にも泣き出しそうなノワールに対して、エインヘリヤルは相変わらずの冷徹な印象を与える無表情を貫いていた。

 

 否、セーラから見れば恐らく彼女が身にまとっているセーラが纏っているローブをそのまま黒くしたようなローブの下では滝のような汗をかいているだろうし、証拠に目線では必死にセーラの方をチラチラとみて助けを求めている。

 

「ノワールさん、念願の再会かもしれませんが、時間がありません。魔晶転換機を渡してください」

「っセーラ……彼女は」

 

 セーラがノワールに声をかける。ノワールは一瞬名残惜しそうにエインヘリヤルから視線を外し、セーラの方を見る。その声には、疑問の色が多分に含まれていた。先程までどつき合っていたセーラとエインヘリヤルが何事もなかったかのような態度になっているのだからそれは当然だろう。

 だからこそ、セーラはエインヘリヤルが何か言う前に口を開いた。

 

「彼女は、エインヘリヤル――――」

 

 

 

 

「魔晶核が生命を持ったことで発生した、死の欲動(デストルドー)が具現化した存在です」

「え」

 

 そして、この期に及んで出まかせをぶっ放した。これ以上専門用語を増やすな。

 

「死の欲動……?」

「はい、先ほど剣を交わし、言葉を交わした中で確信しました」

 

 何をですか!! と内心で叫び、視線で必死に訴えるエインヘリヤルを尻目に、セーラは滔々と出鱈目を語りだす。が、非常に腹立たしい事に数々の式典などで鍛え上げられたその語り、否、騙りは異様に様になっていた。

 

「死の欲動、本来なら生命が忌避するべき死を求める動きの事です。2年前、私が魔晶核にとどめを刺した際、すんでの所で私の目を逃れ、生き延びた魔晶核が初めて抱いた生きたいという衝動。それに相反する形で生まれ、にも拘らず、生存には不要だからと廃された魔晶核とは対極の性質を持つ存在。それが彼女です」

 

 感心すら覚えるほど、セーラは口からすらすらと出まかせを放っていく。これもまた、聖女としてドロドロした腹の探り合いをする中で身に着けた技術である。捨ててしまえそんなもの。

 

「では、私を助けてくれたのは……」

「彼女は無意識の内に魔晶核を滅ぼした私を真似たのです。それこそが彼女の持つ唯一の欲求なのですから」

「……そう、なんですか?」

 

 

「……………………はい」

 

 

 がっつり間をおいて、エインヘリヤルはゆっくりと頷いた。

 

『なるほど、それでセーラが傷1つなく逃げ出せた訳だ』

「メア?」

『そうだよ、メアだよ。全く、君はいつもいつも無茶ばかりするね?』

 

 すると、確認したい事は確認したとでも言いたげに、ノワールの首に付けられたチョーカーにはめ込まれた宝石が仄かに輝き、伝言魔法を介したメアの声が発せられた。

 

『帰ってきた君を見て、テレジアが不思議がっていたんだ。()()()()()()()()()()()()()()()とね。君自身、不自然なくらい聖女の影に触れていないと思っていたから僕もそこは疑問だったけど、これですっきりしたよ』

「メア、それで何のために連絡を……」

『周辺の村落には既に隊員を送ってある。思う存分暴れてもいいよ。それだけだ』

「っ、ありがとうございます!」

 

 セーラはこちらの様子はメアには見えないのにも関わらず、頭を下げた。それくらいの懸念事項ではあったし、何よりも出まかせが通りそうな雰囲気がここまでろくなことが無かったセーラのテンションをハイにしていた。

 

「では、行ってきます!」

 

 そう言いながら、セーラは魔晶転換機を手に飛び立ち、暴れまわる魔晶核の元へと飛んで行った。

 

「……メア、ひょっとして私にセーラを追いかけさせたのって」

『伝言役にちょうどいいと思ったからだけど?』

「…………」

『おいおい冷静に考えてくれ。もし本当に彼女、エインヘリヤルが邪悪な存在だったら君が何しでかすかわからないだろう? 流石に僕も恩人との死闘が控えている確率が高い場所に送るほど冷酷ではないよ?』

 

 当然、そこには出鱈目で魔晶核の出涸らし設定が追加されたエインヘリヤルと、昨日会ったばかりの他人にかなり理不尽なパシりにされたノワールが残された。

 

「……すみません」

「……」

 

 エインヘリヤルもさっさとこの場を後にしたかったが、流石に今のノワールをほったらかしに出来るはずもなく、先ほどまでの冷酷さは欠片もない様子で頭を下げた。

 

「……1つ、聞かせてもらっても良いですか?」

「何でもどうぞ」

 

 せめてそれが誠意だと言わんばかりに、エインヘリヤルはまっすぐノワールを見据える。ノワールはその視線から逃れるように少し俯きながら、問いかける。

 

 

 

「あの日、何故私を助けたんですか?」

 

 それは、ノワールが生まれ変わったあの日の理由。

 

「……誰かが倒れていたから。そうしないといけないと、思ったからです」

 

 エインヘリヤルにとって、彼女がいつ助けた存在なのかは分からない。旅路の中で多くの人を救ってきた。餞別に剣を送った人も、何人かいる。

 生まれた場所が場所だから、偶然悪人を多く救う事はあったかもしれないが、それでも救ってきた。理由など大したことはなく、置いていきたくないと感じたからに過ぎない。

 

「……そうですか」

 

 そんなことをわざわざエインヘリヤルが言うはずもないが、多分自分は特別でも何でもないのだろう。そう思ったノワールは肩の荷が下りたような笑顔を浮かべた。

 誰彼構わず救う。そんなこと、それこそ聖女でもなければ耐えられるはずがないのだから。

 

 

「それだけです、ありがとうございます」

「……いえ、こちらこそありがとうございます」

「?」

 

 ノワールが頭を下げる。それに対して、エインヘリヤルも頭を下げた。ノワールが頭を上げて不思議そうな顔をすると、そこには無表情ながらどこか照れ臭そうにするエインヘリヤルがいた。

 

「何故救うのか、ずっとわかりませんでしたけれど、貴女を見て、救ってよかったと思えました。ありがとうございます」

 

 それでは。と、それだけ言い残して、エインヘリヤルは飛び去った。

 

「…………」

 

 残されたノワールを見る者はいない。厳密には、メアとの通信は未だにつながっているのだが、流石にそこで声を出すほどメアは無粋ではなかった。

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました!」

「浸りすぎ!!!!」

「すみません!」

 

 エインヘリヤルとノワールが言葉を交わしていた間。まぁまぁな間1人で魔晶核の相手をしていたセーラの元へエインヘリヤルが合流した。ただでさえセーラはエンデを倒した時の半分程度の実力しかない上に今の魔晶核は全力全開の120%。そこそこボコられるのも必然と言えるだろう。

 

 

「では、行きますよセーラ!」

「良くそこから仕切ろうって思えますね!?」

 

 そう言いながら、エインヘリヤルは魔晶核との距離を詰めるべく突貫した。セーラも文句を言いながらもそれに付き従って魔晶核へと向かっていく。

 

「……セーラ」

「何ですか?」

 

 

 

 

 

「誰かを助けるって、良い事なんですね」

「……まぁ、はい」

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