【完結】聖女(俗物)が10日で駆け抜ける世界救済(現場猫案件)   作:sugar 9

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99日目ー急 ヨシ!!!!

 生まれた時、それに心は無かった。

 

 それに与えられた命令はただ1つ。時間停止の繭に閉じ込められている魔晶核を外から監視し続ける事。それ以上の事は命令されていない。だからこそ、それに余計な感情は持っていないし、何か異常な事態が発生していたら対処する。それだけの事だった。

 

 それが異常に気付いたのは、監視の任が始まってから数ヶ月ほどしてからの事だった。直立不動でただ目の前の動き1つない魔晶核が入った繭をただ見続ける。それだけの任だったからこそ感知が遅れたともいえるだろう。

 

 そして、感知した時には既に手遅れだった。

 

 時間停止に囚われているはずの魔晶核による魔力の侵食。それにより、それの身体はほぼ全てが負の魔力に侵食されていた。自身の身体の異常に気付かなかったのは、術式にも負の魔力の侵食が及んだ結果、それの認知機能にも損害が及んだからである。

 故に、それには魔力による感知どころか通常の五感すら感知がままならないという絶望的な状況に、気が付いた時には追いやられていた。

 

 これ以上の侵食を防ぐためにも、残った僅かばかりの侵食されていない魔力を総動員し、魔晶核の元から離れるべく、それは歩み始めた。既にそれを端末として操ろうと画策していた魔晶核は、それが離れるのを防ごうとするかのように、侵食した魔力を介してそれに命令を飛ばす。

 

「っ…………」

 

 だが、止まらない。魔力で編まれたその体には感じるはずのない身を引き裂くような激痛に苛まれながらも、決して止まることなくそれは魔晶核の範囲の外へと歩み続けた。機械的に命令をこなせるはずの身体が、精神が、もう嫌だなどと実に生物のような警鐘を鳴らすがそれをねじ伏せてそれは歩き続けた。

 本格的に離れられると察した魔晶核による妨害は激しさを増し、挙句の果てにはそれの身体が負の魔力で編まれているのを良い事に手足を一旦ねじ切ることで止めだした。部分的にとはいえ魔晶核とのつながりを断つための術式を組むのが後少しでも遅れていたら、おそらくそれは魔晶核によって塵も残さず消されていただろう。

 それでも止まらない。魔晶核に大部分を持っていかれ、牛のような歩みで回復する魔力を回復に回し、手足を錬成しなおして歩み続ける。何故そんなことをしなければならないのかという声が首をもたげるが、それでも止まることなく、それは歩き続ける。

 

 魔晶核とのつながりを断つことに、優に1年ほどの時間を有した。

 

 幾分か晴れ渡った視界に映る景色を、それは美しいと感じた。

 

 やかましい上に苦痛でしかなかった魔晶核とのつながりを完全に断ったことを確認したそれは、次にそれを主であるセーラに報告するべく歩き始めた。しかし、伝言魔法は聖女の聖なる魔力で阻まれて届かず、探知の類の魔法も仕えない。少しでも魔晶核から離れるべく出鱈目に動き回ったため、今自分がどこにいるのかもわからない。魔晶核によって保有できる魔力にかけられた大幅な制限は徐々に解けつつあるものの、しばらくの間はその辺の魔物にすら倒されかねなかった。

 

 そんな、世捨て人と何も変わらない様子でどこにあるかもよく分からない目的地へ向けて歩き続けた数ヶ月。

 

 それは、ある少女と出会った。

 

 行き倒れ、頬は痩せこけ、どことも知れない場所を見つめながら、ただひっそりと死を待つだけの少女。

 

 はっきり言って、そんな少女に関わるような余裕はなかった。その時点である程度回復していたとはいえ、万が一の事を考えるとエインヘリヤルに魔力のゆとりはほとんどなく、そもそも関わってどうするのかという問題もあった。

 

 だというのに、気が付いた時には、手を差し伸べていた。

 

 その少女との歩みは、悪くないと思えるものであった。少なくとも、それはそう思う事が出来た。

 

 だからこそ、町が見えた時、それは確信した。このまま少女と共にいたら、きっと戻れなくなる。少女からの感謝だけで、それは満足してしまっている。これ以上満足してしまったら、きっと今のあてもない旅路に耐えられない。

 

 そう思ったからこそ、それは少女と別れ、行くあてのない旅路を再開した。

 

 そうしておよそ1年、かつての自分にはあるはずもなかったタイムリミットへの焦燥という感情に身を焼かれながら、歩き続けた。

 

 そして、ようやっと魔晶核にかけられた魔力の制限からも解き放たれ、世界中を駆けずり回ってようやく見つけたその建物、間違うはずもない魔力の気配にそれは窓から突っ込んで対面した。

 

 

「ようやっと、見つけました」

 

 

 それが、自分の2年間を主に言う事は終ぞ無かった。それに耐えられるほど、彼女は強くない。主の弱さを、それは誰よりも知っていたのだから。

 

 

 

―・―・―・―

 

「報告は以上となります。大隊長」

「ああ、ご苦労だった。下がってくれ」

 

 その声を最後に、隊員は頭を下げ、聖女の大隊の最奥に用意された執務室を後にする。あの事件、セーラがエインヘリヤルに連れ去られた日に粉砕された執務室に代わって建築されたそこは従来のそれとは比べ物にならない防護を誇っており、もはや豪奢な家具で飾り付けた独房と言っても差し支えないような風体であった。

 

「はぁ……」

 

 ミナトは隊員を見送った後に、背もたれに身を預け、軽くため息を漏らす。元々、彼女の仕事といえば剣を振るい、主を守る事であり、いくら事実上の聖女の大隊のトップであるとはいえ、実際にこうして組織の長としてふるまう事はほとんどない。特に魔晶核をセーラが討滅して以降は、そういった仕事はほぼ全てセーラの領分であった。

 ミナトからしてみれば、セーラの為に存在するこの組織で、自分が長という扱いを受けるのはあまり良い気分ではなかったが、「どうせ戦争でも起こらなければほとんどお役御免なのだからふんぞり返る役くらいは覚えてくれ」とメアに言われて渋々、といった具合で今の立場についている。

 

 この部屋の本来の主、そして組織の本当の意味での長である聖女、セーラはここにはいない。

 

 

 この部屋の本来の主、セーラは3ヶ月前のあの日以降、ミナト達の前から姿を消したからだ。

 

 3ヶ月前に行われたセーラが討滅したと思われていた邪竜エンデ、その本体である魔晶核との戦闘。魔晶核から別たれた自滅因子であるエインヘリヤルと共闘する形で行われたそれは、唯一の目撃者であったノワール曰く、数度の交差の後に、さながら流星のように彼方へと飛び去って行ったという。

 

 それから3ヶ月間、セーラとエインヘリヤルの姿を見た者はいない。

 

 世間には黒教会の残党によって復活させられた邪竜エンデと戦い、深手を負ったため療養に努めていると発表している。しかし、それを発表してから既に2ヶ月近く経過しており、セーラが死んでいれば都合が良い勢力だけでなく、セーラの栄達に乗る形で成り上がったものの中からも疑念の声が上がりつつある。

 

 メア曰く、テレジアという札がある以上本格的にまずいような事態になることは考えにくいとのことだったが、それでも限度はある。有事ではないというのに、最後に聖女の大隊の隊舎へ帰ったのがいつか分からないほど、メアは西へ東へと駆けずり回っていた。

 

 それに、万が一、セーラにもしもの事があったら。

 

 無論、ミナトら聖女の大隊もそれを考えていないわけではない。だが、彼女の心配をしたところで、どうすることもできない。セーラが己の命と引き換えに世界と救ったとあっては、恐らく聖女の大隊はそのまま部隊という形を保てなくなり空中分解を起こすだろう。セーラの命を奪うような何かが現れたなら、命を投げ捨てて敵を討ちに向かうだけだ。

 即ち、考えるだけ無駄であり、そんなことを考えている暇があったら1秒でも長くセーラの捜索を行え、というのが聖女の大隊の総意であった。

 

 セーラが1人で行方をくらませることは、決して珍しい事ではない。それこそ、2年前に邪竜エンデを討滅するための遠征に向かった際には、遠征に向かう5分前に「しばらくの間1人で遠征に向かいます。死にそうになったら帰ってきますけど1ヶ月は帰ってこないと思ってください」とだけ言い残して1人で遠征に出た時などは聖女の大隊始まって以来の危機となった。

 

「やぁ、報告に来たよ、大隊長代理殿」

「やめてくれ……」

 

 まるでセーラが行方をくらませていることなど些事である、むしろ彼女がどこかで自由を満喫しているのならば結構ではないかと言わんばかりに、ミナトとは打って変わって気楽そうな様子のテレジアが執務室に入ってきた。からかう余裕すらあるテレジアに対して、ミナトはうんざりしたような、疲れたようなため息をつきながら、テレジアが持ってきた書類に目を通す。

 疲れたような様子だったミナトだったが、報告書を読み進めていくにつれてその表情は徐々に険しいものになる。

 

「……これは、事実か?」

「まぁ、信じがたいがほぼ確実だと思ってもらっていいよ」

「にわかには信じがたいな……戦闘級以上の魔物の絶滅など」

 

 大なり小なり人間の生活を脅かす魔物は、その危険度に応じて等級分けされている。戦闘級はその中でもかなり下に位置する階級であり、傭兵や騎士団に討伐を依頼するレベルの魔物の中では最も格下に分類される魔物であり、集団になって初めて人類の脅威となる、単体ならばそこらの男にすら対処することが可能な程脆弱な魔物である。

 そのレベルの魔物すら、絶滅、少なくとも、この三ヶ月一度も確認されていないという異常な事態。

 

「思い当たる所はあるのか?」

「なければ報告しないよ」

 

 そう言ってテレジアは小脇に抱えていた地図を広げた。邪竜の顎周辺の地形が描かれたその地図には、テレジアが書き足したものであろう紫色の点と線が無数に描かれており、それらは無数の地点から伸び、最終的に1つの地点に密集するとなるような傾向を持って描かれていた。

 

「これは……?」

「あの日、魔晶核が放った無差別攻撃があっただろう。私が見たわけじゃないが、その周辺にいた者を悉く滅ぼすような、凄まじい一撃だったそうじゃないか。それらの軌道を周辺の痕跡から予測して見た見取り図のようなものだよ」

 

 目撃した者達からは滅びの雨と呼ばれた、魔晶核による無差別攻撃。一撃一撃が城を容易く壊せるであろう魔力の光線が雨あられと降り注ぐ理不尽としか言いようがない攻撃。当時、ミナトや、ミナトに帯同していた隊員に死を覚悟させたという圧倒的な暴力。

 それらは、間違いなく魔晶核の周辺を滅ぼしつくせるであろう一撃であった。にも拘らず、聖女の大隊の人的被害は0。負傷したものも、それら光線が吹き飛ばした木や岩による二次的な被害によるものだった。

 

「あれは攻撃ではない、食事だったんだよ。魔晶核のね」

「は……?」

「魔力の放出というには、魔力の流れが不自然だったから調べてみたんだ。すると、周囲にあった負の魔力はむしろ魔晶核がいたであろう方向へと向かっていく動きをしていたことが分かった。恐らくだが、各地から自身へ誘引するようにして寄せ集めた魔物を食らったのだろう。復活の糧とするためにね」

「では、あの時衝突したはずの黒教会の残党が消息を断ったのは……」

「負の魔力を帯びた武具なんて使ってたから魔物と勘違いされて一緒に食われたんじゃないかな」

 

 心の底からどうでも良い事のように、言い放ったテレジアは続けて喋る。

 

「さて、ここからが問題だ。セーラの捜索部隊には、負の魔力を感知する水晶を渡してある。彼女らは世界中を隈なく捜索している最中であるにもかかわらず、まともな負の魔力の残滓は未だに発見されていない。この事から、私は少なくとも人類の生存圏において戦闘級以上の魔物は絶滅したと判断したわけだが……」

 

 

 

「セーラと一緒にいた存在、エインヘリヤルとやらは、一体どこへ行ったんだろうね?」

 

 

 

―・―・―・―

 

「遅くまでご苦労様。流石に今日ばっかりは手が出るとばかり思ったんだけど……君、事が落ち着いた後も僕の下で働く気はないかい?」

「……流石に御免です」

「それは残念」

 

 とある国の王城、その廊下を2人きりで歩いていたのは、メアとノワールだった。両者ともに、この場にいるにふさわしい豪奢な装いに身を包んでいた。メアが白を基調とした男性的な衣装なのに対して、ノワールが黒を基調としたドレスであることも相まって、優れた容姿を持つ2人が並ぶ様は非常に様になっていた。が、ノワールはそういった装いでもなおエインヘリヤルからもらった黒い剣を常に携えているため、剣呑な雰囲気を持っていた。

 

 2人は、魔物の根源である魔晶核、そして世界に災いをもたらす黒教会を討滅した聖女の大隊に是非礼をさせて欲しいという国への使者として世界各国を回っていた。無論、聖女であるセーラが回るべき案件ではあるのだが、今現在行方をくらませているセーラに出来るはずもない。

 

 そこで白羽の矢が立ったのがノワールであった。エインヘリヤルに救われてからの誰彼構わず救った結果、各国にとって表立っては言えない恨みを山ほど買う事になったノワール。彼女を手元に置くことで、今が好機と聖女の大隊に手を出す者は衝動に駆られるままに手を出してしまう無能に収まる。それならばもはや物の数ではない。

 結果として、表面上はにこやかにメアとノワールを受け入れ、思いつき限りの言葉を以て2人を褒め称える権力者達だったが、いったい彼らが内心でどれだけ歯を食いしばって怒りをこらえているか。こういった場に不慣れなノワールでもわかるほどであった。

 

「っ……」

「っ大丈夫かい?」

「大丈夫、です……」

 

 ノワールが軽く立ち眩みでもしたかのようにたたらを踏み、それをメアが支えようとするがノワールはそれを拒む。

 そういった場こそが戦場であるメアと異なり、ノワールはこういった場に不慣れなであった。こちらから不用意な発言を引き出すべく文字通り張り付けたような笑顔ですり寄る権力者たち。無論、メア相手にそういった舌戦で勝てると思うほど物を知らない権力者は中々いないため、狙いはノワールに集中する。

 当然ノワールが1人で権力者の相手をすることが無いように常に傍にいる事を心がけてはいたが、それでもノワールが全く喋らなくて良いという事にはならない。この生活が始まって2ヶ月近くたっているが、ノワールは未だにこういった腹の探り合いという物には慣れずにいた。

 今日などは、聖女の影に並々ならぬ損害を被った権力者が、表だっては色々言えないからと、どうにかして失言を引っ張り出そうと下卑た視線を隠さずに常時すり寄られていたのだから、不快感や疲労も相当な者だろう。

 

「すまない。流石に無理をさせすぎたね。先に宿に戻って休んでくれ」

「わかり、ました……」

 

 壁に手をつき、しばらくの間その場から動かなかったノワールだったが、落ち着いた足取りを取り戻し、携えた黒い剣に触れながら歩き始めた。

 

 

 

 

 次の瞬間、彼女が命よりも大切に常に肌身離さず持っていた黒い剣が黒い粒子となって泡のように消えた。

 

 

「え…………?」

 

 何が起こっているのか分からない。そんな感情がそのまま出てきたようなノワールの声は、虚空へと吸い込まれた。

 

 

 

 

 

―・―・―・―

 

 

 

「エインヘリヤルー……おなかが減りました」

『空腹とかいう概念もない私にそんなの言わないでくださいよ……』

「……そういえば、あなたの名前を呼んだの初めてでは」

『え? 流石に無くないですか?』

「いえ、呼びにくい名前だなぁと今初めて思ったので……」

『え、喧嘩売ってます?』

 

 波が浜辺を叩く音を背景に、2人の無気力な声がどこまでも青い空に吸い込まれる。

 

『でも、そうですか……そういわれれば呼ばれた覚えないですねぇ』

「まぁ、こんなボーっとしながら話をする暇なんてなかったですし……」

『……それ以外の要因が多い気が』

「あ?」

『何でもないです』

 

 セーラは横たわりながら、エインヘリヤルの声がする方を見ることなく、ただ空を見上げている。セーラは少なくとも聖女の大隊をはじめとした仲間の前では決して見せたことがないほどだらけ切った様子を見せており、エインヘリヤルはどこかつきものが取れたような、とてもではないが主に対する従者のそれではない不躾な態度であったが、セーラはそれを指摘するつもりもないようだった。

 

「10日間ですか……そんなもんなんですねぇ」

『ええ、非常に濃い10日間でした。体感3ヶ月くらいには感じています』

「ですねぇ、アニメなら大体1クールは出来ますよ」

『何ですかその基準』

「知りません、そういう電波を受信したんです」

『でもあれからまぁまぁ経ってませんか? 具体的に言うと本当に3ヶ月経ってるくらいの勢いで』

 

 ただでさえ長かったセーラの髪はさらに伸びており、手入れをしていないからか乱れに乱れており、式典に出席する時のセーラと比べたら別人と見まがうほどだろう。

 

「そりゃそうですよ……だって……」

 

 

 

「私ら今無人島で絶賛遭難中ですし……」

 

 

 

 

「あなたに至っては体無くなってますし……」

『まぁ……はい』

 

 島に流れ着き、ただでさえボロボロだったのが擦り切れて女性が着ていいものではなくなりつつあるローブを身にまとったセーラと、その横に横たわる魔晶転換機、刃渡り2mはあるバカでかい黒い大剣から発せられるエインヘリヤルの声だった。

 

 2人で魔晶核を流れで被害が出ない海上に戦場を移し、魔晶核討滅戦に入った。

 

 2人の計算外の要因としてまず最初に上がったのが、魔晶核が思いのほか超絶強かったことだ。当たり前だが魔物を生成することに割いていたエネルギーすらも外装に回した魔晶核は強敵の一言では済まされず、生まれて初めてセーラにとって格上と言える存在であった。

 というのも、今のセーラはエインヘリヤルと力を分けた状態であり、例えるならばレベル100の状態からレベル50×2になった状態であった。それに対して、それまで魔晶核はレベル10を邪竜エンデに、レベル90を魔物の生成に割り振っていたそれらのレベルを全て自身の外装に割り振り、ついでとばかりに復活時に周辺にいた魔物を始めとした負の魔力由来の者を、エインヘリヤルと、エインヘリヤルによって守られたノワールを除いて根こそぎ吸収し、正真正銘のぶっちぎり100%となっていた。

 レベルの合計は変わらないのだから同じことだろうと言えば全く以てそんなことはなく、レベル50×2では通る攻撃も通らず、防げる攻撃も防げない状態となり。切り札のはずの魔晶転換機もそもそも刺さらないから使えねぇという、かつてないほどに死ぬ寸前まで追い込まれた。

 

 そこで捨て身の策に出たのがエインヘリヤルであった。自身の身体に魔晶転換機を突き刺し、自身を構成する魔力を、魔晶転換機を介してセーラに自身の魔力を操れるように図ったのである。最後まで魔力たっぷりの身体で構成されたエインヘリヤルは自身の肉体を保てず、肉体ごと魔晶転換機に吸収されるという少々見せられない事態もありこそしたが、おおよそ2年ぶりに正真正銘の100%となり、加えて光と闇が合わさって本当に最強になったセーラによって、無事魔晶核は今度こそ完全に破壊され、今度こそこの世に平和が齎されたのである。

 

『セーラ、もう良くないですか……? 帰ってからでも出来る訳ですし、もう顔見せに行った方が……』

「それ、もう少し早く言ってくれれば良かったんですけどねぇ……」

 

 が、そこで終わらないのがセーラがセーラたる所以である。エインヘリヤルの事を慕っているノワールに対して「これ、エインヘリヤルです……」とバカでかい大剣を渡したらどうなるか。エインヘリヤルと同等の負の魔力をブンブンする復讐鬼になる可能性がある以上、エインヘリヤルを元に戻す必要があると、少なくともセーラは考えた。

 

 しかし、そもそも存在がバグであるエインヘリヤルをそのまま再現など出来るはずもなく、当初は魔晶転換機を介して上手い事肉体だけを魔力で作り出し、そこにエインヘリヤルを移せないか模索した。だが。そもそも魔晶転換機がそのような繊細な魔力操作をすることを想定しておらず、それはさながら重機でプラモデルを組み立てるような難行というか無理難題であり、最終的に身長5mの巨人を爆誕させたりと散々な結果となった。

 

 そこで思いついたのが、エインヘリヤルが今の状態になった原因である負の魔力を侵食させるやり方である。空っぽの肉体の傍に、エインヘリヤルが突っ込まれたことで負の魔力が濃縮還元されている魔晶転換機を置き、負の魔力で侵食させることでエインヘリヤルの入れる肉体を作り出すという漬物的な作り方である。

 

 それから1ヶ月、なまじセーラの神気が邪魔をしやがるせいで遅々として侵食は進まず、そもそもエインヘリヤルが今の状態になるまでに1年かかった事にセーラが気づき、流石に1年も行方をくらましていたらどうなるか分かったものではないと打開策を探す。

 

 そうして今、文字通り人形のように立ち尽くすエインヘリヤルの肉体(候補)の周りには、少しでも侵食を早めるべく魔晶核の破片が並べられており、それなり以上の速度で侵食を行っている。まさか魔晶核も己の死後に自身の残骸を漬物石にされるとは思わなかっただろう。

 

 当然、侵食が変な方向に働いて魔晶核復活ッ!!などという事態を防ぐためにセーラは寝ずの番である。だが、かといって何かできる事があるわけでもなく、むしろセーラが変に手を加えたら侵食を遅れさせかねないため、無人島サバイバル生活に興じているという訳である。

 

 

 とはいえ、そんな生活ももう間もなく終わる。既にエインヘリヤルの為に新しく魔力で作り出した肉体は殆どが負の魔力に侵食されており、後は魔晶転換機を通してエインヘリヤルとなっている負の魔力を肉体に込めれば何事も無ければエインヘリヤルは無事復活。大手を振って帰還できるというものだ。

 

 

 

「じゃあ、やりますよ。良いですね、エインヘリヤル」

『……今更ですけど、新しく術式を発動して、私を作り直せばごまかせたんじゃないですか?』

「冗談でもそんなこと言わないでください」

『……すみません』

 

 どこまで甘いというか、死を忌避する人なのか。そんなことを思うエインヘリヤルをよそに、エインヘリヤルと同じ見た目となった肉体に魔晶転換機を持たせる。魔晶転換機にはめ込まれた無数の水晶が眩く光り輝き、感情の籠っていなかった瞳に感情が籠る。

 

「……どうですか?」

「大丈夫……だと思います」

 

 エインヘリヤルは怪訝そうな表情を浮かべながらも自分の手足を動かしたり、手を握ったり開いたりすることで自分の身体の動きを確認する。

 

 

 

「よし、じゃあ帰りましょう! いい加減に文明的な生活が恋しいです!」

 

 漬物石的役割を果たしていた魔晶核の欠片を灰燼に返しながら、久しぶりに曇り1つない満点の笑顔でセーラは高らかに宣言した。

 

 

―・―・―・―

 

 

「あ、この森に来たという事は近くにライラがありますね。寄っていきましょう」

「ライラ……確か歓楽街でしたか……いや何故?」

「良いじゃないですか。せっかく近くに来たんですし。10日後に世界が滅ぶわけでもないんですし」

 

 何かあっても良いようにほぼ常にエインヘリヤルの周りに結界を張っていたため魔力に余裕がないセーラと、身体がなじんでいるというだけで魔力を使うと何が起こるかまだ未知数な部分があるエインヘリヤルは、せっかくだからと2人での旅を満喫した。

 

「あ、認識阻害の術式をかけるのを忘れないでくださいね。騒ぎになったら色々面倒なので」

「わ、分かりました……」

 

 2人は知る由もないが、既に魔物の脅威は地上から失われており、2人の若干の不自由こそあれど危険らしい危険は存在しないゆるいキャンプ旅を邪魔する者は何も無かった。

 

「あ、いやでも、待ってください。ライラまで来たという事は近くにプルートもありますね。ついでですし寄っていきましょう」

「えぇ……」

 

 だからこそ、気づかなかったのだろう。何にも縛られない旅というのが楽しすぎて、

 

 

 

 

 

 

 気が付いたら半年くらい経過していたという事に。

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 聖女の大隊の本拠地が存在する都は、遠目に見てもセーラの知るそれからかなり様変わりしていた。魔物の侵入を防ぐために設けられた城壁は倍以上の高さになっており、一体何を想定しているのか建てた奴に問いただしたい様相を呈している。管理費だけでこの都の防衛にかける予算が消し飛びそうである。

 

「……………………」

「……………………」

 

 そして、何よりも目を引くのがそんな城壁越しにもはっきりと見える全長100mはあろうかという巨像。豪奢なローブを身にまとった美女が、さながら天使のように四対の翼を生やし、杖と剣を手に勇ましく前方を見据えるその像は、どんな名工が手掛けたものなのか非常に気になるほど見事な外観をしている。

 

 いや、もういいだろう。誰がどう見てもセーラの像である。

 

 セーラ自身、自身の容姿が優れていることは自覚しているし、その容姿があるからこそ祭典に出席するだけで民衆を安心させられることが出来る事もわかっている。

 

 だが、その像は何というか、圧がすごかった。分厚い雲が空を覆いつくしているのもあるのかもしれないが、この像の人物を何人たりとも片時も忘れる事は許さぬ、という、制作者の圧がにじみ出ていた。

 

 

 

 

 

 そこまで来て、セーラは思い至った。

 

 

 

 

 そういえば、いくらでも連絡する機会あったのに、一度も連絡してないなぁと。

 

 

 

 

「どうして?」

「自業自得ですよ間抜け」

 

 2人はこの後、完全に死んだと思われたエインヘリヤルのせいで半狂乱になるのを鋼の精神で堪え、廃人一歩手前になっているノワールと、そんな彼女に引っ張られて非常に大変なことになっている3人のメンタルケアに心身を尽くすことになるのだが、それはまた別の話。




読了、本当にありがとうございました。
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