【完結】聖女(俗物)が10日で駆け抜ける世界救済(現場猫案件)   作:sugar 9

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3日目 どうしてこんなになるまでほっといたんですか?

 幸せに生きる方法は、考えることをやめて生きる事だ。だが、考えることをやめてしまえばたちまち喰われる世界に生まれてしまった場合にはどうすれば幸せに生きれるのだろうか。

 

 少女、メア・シュナイダーにとって、自室より外側は常に油断ならない場所だった。

 名家に生まれた。その時点で、彼女は世間一般的に見れば、十二分に恵まれているのだろう。少なくとも、生まれてこの方明日食べるものを不安に思いながら眠りについたことはないし、明日が来ることを疑ったこともない。

 

 だが、目の前で堕ちていく拠り所を眺めるのは、果たして幸せと言えるのだろうか。

 

 メアが生まれた家は、それなりに長い歴史があった。その中でも、メアは神童としてもてはやされて育てられた。

 望むものは可能な限り与えられた、厳しいが、金に物を言わせた有意義な教育も受けられた。

 だが、愛されていたかと言われると、確信をもって答える事は出来なかった。どうしてもメアには、自身に寵愛を向ける両親や家の者が、自分を通してその向こうにある富や栄誉に向いているとしか思えなかった。

 

 事実、まだ学園に通うような年で、メアは半ば強引に家督を継ぐことになった。親からは無駄に気取った言い方で家督を与えることを言い渡されたが、その時点で、彼女は家の方針を実質的に取り仕切る立場にいたため、一刻も早く楽をしたいという勝手な親の考えは透けて見えていた。

 

 家長としての仕事は、概ね順調だった。神童ともてはやされて育ったその才は本物であり、国内での権力争いが活発だったことも幸いして、メアが継いだ時には全盛期の5分の1ほどしかなかった領地も、全盛期をやや追い抜くほどにまで大きくなった。

 

 親への感謝もないわけではないが、忙しい日々の合間を縫って会いに行っても、聞かされる話といえばあの家はどうだ、この家はどうだと欠片も興味もない縁談の話ばかり。名家と縁を結ばなくとも今の地位があるのにそれしか方法を知らないのか、少しでも何かやってる実感を得たいのか、

 やることといえば、メアがたった一代どころか数年で築き上げた規模こそ大きいが領地として権力争いで落ち目の貴族から取り上げて間もない故に脆い土地でメアから許された範囲での贅沢三昧。

 自身はただ、機械的に最も良い効率で家を発展させるだけ。そこに達成感らしい達成感は無く、ゆくゆくはメア自身何のためにこんなことをやっているのか分からなくなりつつあった。

 

 

 セーラの存在を知ったのは、そんな時だった。

 

 神話にて人類に救済をもたらしたという聖女の生まれ変わり、そんな少女をリーダーとした新設部隊の設立。隊員はかつての女性の出世頭にして今やすっかり落ちぶれたミナトを筆頭に、様々な所から引き抜いてきた見目だけは良い女性だけの烏合の衆。どこからどう見ても厄介払いかプロパガンダ目的の部隊だった。

 大方、当時落ち目だった教会とつながりの強い者によるものだろう、上手くいくとは思えないが。

 それが、聖女を知った時のメアの感想だった。

 

 だが、聖女部隊、というよりそのリーダーであるセーラは異例の速さで国内での立場を確立させたメア以上の速度で頭角を現した。

 

 最初は偶然の連続か、もしくは箔をつけるための出来レースだと思っていた。しかし、聖女部隊が名を上げ始めた時に起こった魔物の大侵攻。本来ならば町1つを捨て、多くの兵を失って被害を最小限に抑えるはずのそれを聖女部隊のみで、被害らしい被害も出さずに抑え込んだ時に、状況は大きく動いた。権力者達は町を失わずに済んだ喜びよりも先に泡を喰ったような勢いで聖女に取り入ろうとするところから始めた。

 メアがいの一番にコンタクトを取れたのは侵攻があった場所とメアの領土が近かったからという偶然と、国中に広めた情報網で以て聖女部隊の武功をいち早く知ることができたという必然が重なった結果だった。

 

「お初にお目にかかります、シュナイダー様。私はセーラ・アーベライン。故あって聖女部隊の隊長を務めさせていただいております」

「そんなに肩に力を入れなくても構わない。君たちがいなければ僕の領土は魔物の手に落ちていたかもしれないんだ、まずは感謝を言わせてほしい」

 

 権力争いの場にはまず関わったことがないだろう、見目だけは良い普通の少女。

 それが、彼女の後ろに控えているミナトに叩き込まれたであろう付け焼刃の不慣れな所作で頭を下げるセーラに対するメアの印象だった。

 透き通るような翠色の瞳や、絹のような金色の髪。そんな見目麗しい少女が豪奢な装いを纏っていれば、なるほど、偶像として祭り上げるにはもってこいだろう。そう思える程度にはセーラは美しかった。

 

「君達に来てもらったのは他でもない。今回の侵攻を防いでもらった礼がしたくてね。非現実的なものでなければ、可能な限り用意する所存だ。何が欲しいか教えてくれないかい?」

 

 それは、ある種の測りだった。目の前の少女は何で動くのか、何を重りにすれば天秤が傾くのか、単純ではあるが、人の動く動かないの根底に根差す損得の部分を知るための質問だった。

 

「欲しいもの、ですか……」

 

 セーラはきょとんとした表情を浮かべた後にしばし考えこむような仕草を見せた。一瞬ミナトの方へと視線を向けたが、ミナトは何も言わずに首を横に振るだけだった。メアとミナトは互いに数少ない女性で明確な地位を持っている存在であったため、それなりに知己の中ではあった。ミナトが自傷行動に走ってから会う機会はめっきり減ったが、それでも、油断ならない人物である程度のことは伝えられているのだろう。

 

「あっ、では部隊の執務室に使う家具を一通り頂けますでしょうか? 流石に人も増えてきましたし。昔の物ではガタが来てしまっていますので」

 

 その願いは、メアの予想の範囲からは絶妙に外れた、俗物的な、しかし妙にささやかなものだった。

 

「勘弁してくれ、そんな程度で済ませてしまったら私が他の者から叱責を受けてしまうよ」

「では最高級のものをお願いします」

「そういう事じゃなくてだねぇ……」

 

 これは扱いづらい。確かに戦力こそ大したものだが、理知的に考えられない大きすぎる力など災いの種でしかない。

 

「まぁ、色を付けて送らせてもらおう。数日中には届けさせるから待っていてくれ」

「ありがとうございます」

 

 セーラは、花が咲いた様な笑顔で頭を下げた。その笑顔が妙に眩しくて、苦手なタイプだとメアは思った。

 

 

 

 

 

「ぐっ……ああクソ」

 

 それから数年後のある日、メアは町外れの裏路地で壁を背にして座り込んでいた。

 何という事はない。腹事で一手間違えて、そこからずるずるとなし崩し的に様々な他人との関係が悪くなっていき、それが帰り道に刺客に襲われるという結果に至っただけだ。メアは確かに急速に自分の家を発展させたが、それは言ってしまえば一手間違えただけで詰んでしまうような危ない橋も躊躇なく進んできたからこそのスピードであったのだ。

 普段からそれなりに鍛えていたため幸いにも動けなくなるような傷はなくここまで逃げおおせたが、街路に出れば追手にすぐに見つかるだろう。

 

 何よりも、メア自身がここから生き延びてやろうという気力がなかった。

 

 戻ったところで待っているのは何の感慨もない日々である。ならばいっそここで死んだ方が楽なのではないかという思考が先ほどから頭を離れない。

 

「はぁ、疲れた……」

「あの、大丈夫ですか?」

「なんっ!?」

 

 気が付いたら横にいた誰か、セーラに驚いたメアは思いっきり飛び退いた。

 

「せ、セーラ?」

「はい、セーラです。助けに来ました」

「そんな間柄じゃないだろう僕らは」

 

 呆れたような表情でセーラを見るメアに対して、セーラはよくわかっていないのかきょとんとした表情を浮かべるばかりだった。

 

「助けるのに間柄が必要でしょうか?」

「君は違うかもしれないが、人は使えるエネルギーに限界がある。だからこそ、使う先を見極める必要があるのさ」

 

 このまま行くとなし崩し的に助けられそうになる。このお人好しは絶対そういうことをする。そう判断したメアは立ち上がった。

 

「とにかく、もうほっといてくれ。僕はもういいんだ。色々疲れた」

 

 

 

 

「っダメです!!」

「っ!?」

 

 次の瞬間、少なくともメアは絶対に聞いたことのない口調のセーラに外出用の服の袖を捕まれ、メアは引き戻された。

 聞きなれないにも程があるセーラの逼迫した声にメアは思考が完全に停止し、されるがままに引き戻され、セーラに両腕をつかまれ、その場に抑え込まれた。

 

「し、死ぬのはほんとにダメです。ほんとに、ダメなんです」

「……セーラ?」

 

 そこにいたのは、数秒前までそこにいた、圧倒的な力で全てを傲慢に救う聖女などではなかった。死に怯え、命を追われているメアの隣にいるのはどう考えても場違いな普通の少女がいた。絹のような金色の髪も、宝石のような翠色の瞳も、全てがその瞬間だけは輝きを失い、何かに怯え切ったただの少女がそこにいた。

 

「……とにかく、死ぬとか私の目が黒いうちは許しませんので、そのつもりで!」

「あ、ああ」

 

 しかし、それも一瞬の事であり、メアが瞬きをしてみれば、先ほどまでの彼女はどこにもおらず、いつも通りのセーラがそこにいた。メアはセーラに手を引かれるがままに歩き始めた。

 

 

 その瞳は何だ。何が君をそこまでさせたんだ。

 

 

 その一瞬のセーラの表情によってメアの中に芽生えた好奇心は、メアにとって初めての熱を持った感情であり、後にメアが家を飛び出して聖女の大隊に加入するきっかけとなった。

 

 

 

 

 

 

―・―・―・―

 

 何故だ、何故こうなった。

 

 聖女の大隊随一の頭脳などと称されるメアだが、本人としては自身が知恵者である自覚や自負などは一切ない。

 思考を巡らせるのは、観測した要素と要素を結び付け、区切り、全体を俯瞰する。そうすれば自然と解が見えてくる。

 彼女にとって、策とはそういうものだった。

 

 だからこそ、盤外からの一手は彼女にとって致命打となりうる。

 

 

「我が何者か、か……」

 

 それの背中から生えた負の魔力で構成された紫色の翼が羽ばたく。何の防備もしていなければ並の者はそれだけで吹き飛ばされそうなほどの魔力の奔流が聖女の大隊を襲う。

 

 

「愚問。答えるに値しない」

 

 それは、紛れもなく彼女だった。髪は黒く、瞳は赤い。彼女からはおおよそかけ離れた色合い。だが、きっと世界が白黒だったならば、外見上は彼女とそれの間に何の差異もないのだろう。それほどまでに2人の顔だちは瓜二つだった。

 であるにもかかわらず、それが纏う雰囲気は、彼女の物とはまるで真逆だった。

 

「私は、私だ」

 

 思いあがっていた。自分たちは彼女のために戦えるのだと。彼女の力になれるのだと。

 

 彼女がいなければ、今頃路傍の石になっていたかもわからない烏合の衆であるにもかかわらず、煌びやかな称賛を浴びたから、鮮烈な戦場を駆け抜けたから、何かできるかもしれないと勘違いしていたのだ。

 それらは全て、彼女の栄光を間借りしているにも関わらずだ。

 

「宣言しよう。大地を滅し、光を滅し、今より、私は世界を終わらせる」

 

 その思い上がりは、最悪の形で結実することとなった。彼女の腕の中で力なく横たわるセーラと、瓜二つの何かという形で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……正気ですか、セーラ』

「え、何ですかそのリアクション」

 

 夜警の者以外は皆寝静まった聖者の大隊の隊舎。ちょっとした城程度の大きさがあるその建物の最上階の最奥部という、隊員的には警備やセーラを敬ってのそれと思われるゆえに断りにくく、セーラ的にはいちいちアホみたいに長い廊下を歩いて地味に長い階段を降りなければ外に出れないため普通に不便な聖女の寝室。

 魔道具を使えば問題なく通話ができるのでは? という伝言魔法を使った通信が当たり前すぎたために気が付かなかったセーラは、町の外にエインヘリヤルの身を潜ませる際に通信魔法が込められた赤色の宝石を渡しておいたのだ。

 

 無事問題なく起動した宝石経由での通話にて、宝石から聞こえるエインヘリヤルの声には多分の呆れが含まれていた。

 

「そんなにダメですか? 光聖女VS闇聖女 ~光と闇の果てしないバトル~

『もうやめてください、そのサムいB級映画みたいなタイトル聞くだけで頭痛くなってきました。めまいがひどいです。あと吐き気も』

「そんな言います?」

 

 作戦はこうだった。

 既に、セーラ曰くセーラよりもよほど有能である聖女の大隊は魔晶核が時間停止魔法に覆われて今か今かと復活の時を待っていることに気付いている。

 だが、如何に彼女達が有能とは言えども、あの時間停止魔法が元々彼女らの大事な大事なセーラのものであり、エインヘリヤルもろとも負の魔力に染め上げられて解除寸前などとは、セーラが絡めばIQが3になる彼女達に気付けるはずもないのだ。

 

 とどのつまり、タイムリミットの宣言役が必要だ。

 

 セーラはまず無理だろう。そもそも何で知っているんだという話であるし、芋づる式にやらかしに次ぐやらかしがバレて失望され、見放され、物乞いまで堕ちてちょっとお見せできない展開まっしぐらだ。少なくともセーラはそう判断した。

 

 

 だからこそ、おあつらえ向きにバッチリ負の魔力に染まっているエインヘリヤルの出番である。

 

 そう、エインヘリヤルは言うなれば、死に際に魔晶核が覚醒したことによって自身を守る衛兵として、そして何よりやがて己が宿る依り代として作り上げた魔晶核が最後に生み出した最大最強の魔物。魔晶核が持つありったけの負の魔力を死に際にもぎ取った聖女の魔力(約半分)を使って作り上げられた器に注ぎ込むことで生み出された闇の聖女。

 

 彼女は宣言する。私を生み出したこの世界への宣戦として、今より7日後、一撃を以て世界を滅ぼすと。

 

 そうして、一度は終わったかに思えた聖女と仲間達の世界の存亡をかけた最後の戦いが幕を開けるのである! 劇場版とかでありそう。

 

「良いじゃないですか。あなたを自然に登場させつつ、タイムリミットもバッチリ宣言できる完璧な作戦ですよ」

『思いっきり私にヘイト集中するじゃないですか! 素直に自分のやらかしを反省して「私が悪かったです、こちらは私の分身のエインヘリヤルさんです」の1つ言えないんですか!?』

「言える訳ないじゃないですか! あなたミナトさん達をキレさせたらどうなるか知らないんですか! 明日の朝日とかまず拝めませんよ!」

『だったらなおさら何でこんなになるまでほっといたんですか!』

「ごもっともですよ! すみませんねぇダメな聖女で!」

 

 しばらくそんな感じで、言い争っていた2人だったが、そんな不毛な言い争いが続くはずもなく2人はひとしきり言い合った後に気まずい沈黙が流れていたが。

 

『…………あ』

「何ですか、名案でも思い付きましたか?」

『気が変わりました。良いですよ、その作戦で』

「はい?」

 

 

 

『私に、良い考えがあります』

 

 いや不安しかねえよ。

 

 セーラはそう思ったが、なんかこの案が通りそうな雰囲気だったので言わないでおいた。

 

 

 

―・―・―・―

 

 心なしか弾んだ足取りで、その女性は聖女の大隊の本部の廊下を歩いていた。

 薄茶色のウルフカット、切れ長の目、そしてさながら一国の王子であるかのような豪奢な服装から、全体的に男性的な雰囲気を感じさせる彼女はれっきとした女性であり、聖女の大隊の第二席を務める傑物。メア・シュナイダーである。

 ミナト、テレジア、そしてメアの3人が、聖女の大隊においてセーラの次に位の高い3名であり、実質的な隊の指揮はこの3名によって行われることが多い。

 

 彼女が廊下を歩いていると、前方から見慣れた女性が歩いてきた。ミナトだ。

 

「もどったよ、ミナト」

「ああ、おかえりメア。長期間の遠征で疲れているところすまないが―」

「話はテレジアから聞いている。時間はそう多く残されていないんだろう?」

 

 メアが得意げな顔をしながら頭二つは大きいミナトの顔を下から覗き込むような形で見据える。ミナトは少しばつの悪そうな顔をした後に咳ばらいをして喋り始めた。

 

「なら良い。段取りは出来ているな?」

「段取りと言っても、やる事なんてテレジアが有効な手立てを見つけるまでの時間稼ぎだけだ。僕に出来る事なんて、手掛かり探しと、余計な茶々が入らないように場を整えるくらいだ」

「十分だ」

 

 メア自身の主な役割は作戦立案であり、他勢力との交渉なども、メアの領分であった。

 2人は早歩きで会議室に向かい歩きながら会話を進める。

 

「それよりも、調べるなかで気になる情報が出てきた。どうにも、黒教会が水面下で動いているらしい」

「……何?」

 

 黒教会。

 

 世界各国で秘密裏に暗躍している宗教団体であり、魔物による現在の世界の破壊を目的として活動していた。いた、というのも、彼らにとっての神や偶像に近しい存在は当然、その魔物を生み出す邪竜エンデであり、ひいては魔晶核であった。

 当然、その魔晶核がセーラによって打倒されてからというもの、彼らは神を失ったに等しいため、かつては世界全ての国に根を張っていたとされる彼らの活動も下火になり、ここ1年は報告らしい報告すら聞かなくなっていたため自然消滅した、というのがメアの出した結論だった。

 

「まだ残っていたのか」

「まぁ、人はそうそう縋っていたものから離れる事なんて出来ないさ。僕らだって同じだ」

 

 いうまでもなく、聖女の大隊と黒教会は幾度となく衝突してきた。黒教会からしてみれば、魔物を撃滅すべく動いている聖女の大隊、並びにセーラは不倶戴天の敵であり、幾度となくセーラを討つために直接的なものから搦め手に至るまで、ありとあらゆる手段を使ってセーラを陥れようとした。言うまでもなく、大隊員からしても塵1つこの世に残したくない宿敵である。

 不快そうに眉をひそめながら、ミナトは問いかける。

 

「信じる物も失われて、奴らは何をするつもりだ? 魔晶核がまだ残存していることを調べられるほどの力はもうないだろう」

「そこが問題だ。恐らく、彼らは聖女の影と繋がっている」

「何だと!?」

 

 メアの発言に対して、初めてミナトは驚きの声を上げた。

 

 聖女の影。

 

 ここ1年ほど、各地で目撃情報が挙げられている。聖女と瓜二つの姿を持つという謎の存在である。その正体、目的、能力に至るまで何から何までが不明な存在である。目撃情報が上がった場所からわずかではあるものの負の魔力の残滓が検出されたことなどから、関連性を疑ったテレジアの指示の下、ひそかに調査が進められている。しかし、現状明確な被害が出ていない故に脅威と断定し、行動に移すことも難しく、魔晶核に1人で戦いを挑んだ時のように突発的な行動を起こしかねないセーラにもまだ報告されていない。

 

「まさか、紛い物とはいえセーラを次の偶像として祭り上げるつもりか!?」

「僕としても不快極まるが、だとしたら筋が通る。聖女の影が負の魔力を持っているなら、縋るくらいの見境なさはあるさ」

 

 心なしか、2人の歩調が早まっていく。

 

「……わかった、腸が煮えくり返るが受け入れよう。で、隊はいつ動かす?」

「いや、邪竜の顎につけたローテーションを崩したくない。こちらからは最低限の人員を割いて、基本的には国側に動いてもらうことにする。もう騎士団側に届け出は出したから、来月にでも動き出すはずさ」

「だから、お前はそういう話をする時には私かテレジアに話してからにしろと……」

「残念ながら、時間は待ってくれないんだ。ここから依頼するとして書面1つ作るのにいちいち伝言魔法を使って口頭で行うなどアホらしくて僕が耐えられない」

 

 2人がそんな会話を行っていた次の瞬間、

 

 重苦しい音と共に、地面が大きく揺れた。

 

「ぐっ!」

「っ何だ!?」

 

 彼女らがいる聖女の大隊の本拠地はそれなりに大きな建物であり、黒教会の襲撃に備えて堅牢な造りとなっている。たとえ陸竜の群れが通り過ぎたとしても内部、特に彼女らが今いる会議室やそれに近い部分では揺れをかすかに感じる程度だろう。

 

 そこが揺れたという事は、それだけのことがあったという事だ。

 

「ミナト様! メア様!」

 

 2人が外に出て状況を確認するべく来た道を引き返していると、慌てふためいた様子で隊員が駆け寄ってきた。

 

「何があった?」

「聖女様が……聖女様が!!」

 

 隊員はパニックになっているようで、半分泣きながらミナトに縋りついていた。

 

 

 

 

 

 

「つまらん、私であるにもかかわらずこの程度か」

「…………」

 

 外は、惨憺たる様子だった。建物自体の被害は少ない。巨岩でもぶつかった様なクレーターこそできていたが、それ以外に被害らしい被害はない。

 だが、そこで起こっていることは別だ。

 

「セー、ラ……?」

 

 そこには、ボロボロの姿で倒れ伏すセーラと、そんなセーラを見下すセーラによく似た何かが立っていた。顔だちこそセーラと瓜二つだったが、その髪は黒く、瞳は血のように赤い。見間違えるはずもないが、影と呼ばれるのもわかるような気がする。そんな見た目だった。

 セーラの方は、普段から身に着けているローブがボロボロに引き裂かれており、ところどころから血が流れていたが、遠目から見ても息絶えているわけではないようだったが、苦し気に呻いていた。

 

 それは、ミナトにとっても、メアにとっても完全に未知の光景であり、その光景を理解するのに数瞬の時間を要した。

 

「随分遅かったな、もうすぐ終わるぞ」

 

 だからこそ、それがミナト達の方を向き、目の前の光景を何とも思っていないと言外に告げている無表情でそう告げた時に、理性の糸が焼き切れた。

 

 地面が爆ぜる音がした。ミナトが地面を蹴る音だ。

 

 

 次の瞬間には、既にミナトはそれとの間合いを詰め切っており、剣を振りかぶり今まさに振り下ろさんとしていた。

 

 不快な金属音が鳴り響き、それが持つセーラの物によく似た杖と、ミナトの剣がつばぜり合う。

 

「っ……!」

「冷静だな。もう少し喚き散らすものかと思ったが」

「全く、だ!!」

 

 ミナトが剣を振りぬくと同時に、それは大きく跳び下がり間合いを取った。

 

「随分といいタイミングで来てくれたね。影風情にしては上出来だよ」

「……ああ、私の事か」

 

 ミナトとメアは、倒れ伏したセーラを守るように背に控え、メアがそれに向けて話しかけた。表面上は笑っているが、その目は一切笑っていなかった。

 それは何か得心したかのように頷いてメアの方を向いた。 

 

「随分と余裕だな。国程度の囲いで随一の頭脳があれば出し抜けると思っているとでも?」

「まさか。で、何の用かな? 力を見せつけるために来たという訳でもないんだろう?」

 

 メアの問いかけに対してそれは、少し考えこむようなそぶりを見せた後に喋りだした。

 

「……まぁ、それもあるが、もう1つある」

 

 それはそう言い終えたかと思えば、メアにも、ミナトにも一切気づかれることなくメアの背後に移動し、セーラを担ぎ上げた。

 

「なっ!?」

「……何をする気かな?」

「動揺を隠す必要などない。安心しろ、2日程借りるだけだ」

「黒教会の戯言を僕が信じるとでも?」

「……お前たちの信じる信じないは、私にはどうでも良い事だ」

 

 それは背中から黒い翼を生やしたかと思えば、それを羽ばたかせて浮上し始めた。

 

「宣言しよう。今より7日後、魔晶核を開放し、世界を終わらせる」

「……何を言っている?」

「言葉通りの意味だ。ではな」

「っ待て!」

 

 羽ばたき始めたそれに対して、ミナトが弾かれたかのように跳びかかる。しかし、既に時遅く、瞬きした後にはセーラを担いだそれは彼方へと行ってしまっていた。

 

「セーラ!!」

 

 ミナトはセーラを取り戻すべく追いかけ始めた。今から追いかけたところで間に合うはずもないが、メアとしては先ほどまで即座に斬りかからず、メアにそれと話をさせる時間を作っただけで、普段のセーラに対するミナトの様子を知っているメアとしては合格点を上げても良いくらいだった。

 

「……外壁付近の隊員に連絡、もう見えているだろうが聖女の影を追尾しろ。無理に追いつこうとせず、向かった方角を逐一記録しておいてくれれば良い」

『しょ、承知しました』

 

 メアはあくまで落ち着き払った様子で懐から伝言魔法が込められた宝石を取り出して隊員へと指示を飛ばした後、ため息をついた。

 

 

 

「……クソ」

 

 彼女が取引の場では決して発したことがないであろうその声を聴いている者は、そこには居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でメアから黒教会が出てくるんですか聖女の影って何ですかあなたひょっとして裏切ってません? 身も心も結構笑えないところまで落ちてません? ねえどうなんですかねえ!!」

「知りません知りません知りません知りません!!」

 

 一方そのころ、人など誰もいないような僻地に降り立ったセーラがエインヘリヤルの方を引っ掴んで前後にブンブン揺さぶっていたのはまた別の話。

 

 

 

 

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