【完結】聖女(俗物)が10日で駆け抜ける世界救済(現場猫案件)   作:sugar 9

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4日目 誰も報告をしていないのである。

 

 喉が渇いた。

 

 空腹は耐えられる。

 いや、別にずっと耐えられるという訳ではないし、普通に栄養が足りなければ人は死ぬのだが、少なくとも飢えは綿で首を絞められるような感じというか、デフォルトで栄養失調な体調がより悪くなるだけのため、そこまで恐れはない。死に至るまでに猶予があるのも良い。

 

 だが、水が無くなるのだけはどうしても耐えられない。飢えよりもはるかに素早く体を蝕み、気が付いた時には死が目と鼻の先まで迫ってくる。

 何よりも、飢えの時とは比べ物にならない程本能が警鐘を鳴らしてくる。そんな状態になっている時点でどうしようもない状況になっていることなど明らかだというのに、そんなことお構いなしに本能は警鐘をけたたましく鳴らし続ける。何もできない状況でその警鐘を聞き続けるのは、こたえるものがある。

 

「…………」

 

 その時もそうだった、元々そこまで裕福な家庭の生まれではなかった。いや、普通に貧乏な家の生まれだったとは思う。少なくとも、まともに男女の区別が体に出始めた頃には私が身売りをしなければならない程度には、貧乏だった。だが、何もかも失って足やら手やらが欠けた状態で、物乞いになって死んでいく人が当たり前なこの辺では、十二分に恵まれたほうだ。

 

『大丈夫よ、きっと黒竜様が良いようにしてくださるわ』

 

 それは、お母さんの決まり文句だった。

 

 黒い竜様が現れて、今の世界を燃やし尽くして、新しい世界へと連れて行ってくれる。

 それは、きっと素敵なおとぎ話なのだろう。

 実際、友達も、その家族もみんな信じていた。

 

 けれど、私はどうしてもそれを信じることができなかった。

 そんなに都合の良い救いがあるなら、それをもたらしてくれる存在がいるなら、何故私たちは今こんなに救いようがない状態になっているのかと思わずにはいられなかった。

 

 だからだろう、あの日、黒竜様が倒されたと世界中に知れ渡ったあの日、お母さんも友達もその家族も、皆がお祈りに使う黒い炎に身を投じる中、私だけはどうしても怖くて炎に身を投げることができなかった。

 そうして、天涯孤独の身となった私は、その日その日で小金を稼ぎながら、行く当てもなくさまよい歩いて今に至る。

 1人でも、何とか生きれる程度には自信はあったけど、この辺りの人達は殆どが黒い炎に身を投げてしまい、辛うじて維持できていた治安が崩壊し、お金を稼ぐどころではなくなっていた。

 そうなってしまっては、力のない私に生きる術などあるはずもなく、かといって死ぬ勇気も出ずに泥を啜りながら生きる道を選んで、結果としてこうして、かつての家だった場所でただ死ぬのを待つだけとなった。

 

 体中から水が出尽くしたのか、喉が張り付くような感覚がして、息がまともに出来なくなる。

 頭が急に重くなって、周りが雪山になったかのように体が急激に冷えていく。

 あぁ、やっと終わるのか。体の奥の方から広がる鈍い痛みと、まともに考えられない頭で、いやに落ち着いた様子でそんなことを考える。

 

「…………」

 

 そんな私を、あの人が覗き込んでいた。

 

 未だに、黒竜様は信じられないけれど、もしこの世界に神様がいたらこんな感じなのだろう。

 

 星空を吸い込んだような黒い髪、宝石のような赤い瞳。

 

 私はきっと、あの人に会うために生まれてきたんだと思う。

 

 

 

―・―・―・―

 

「……本っっ当に心当たりはないんですね」

「はい……」

 

 人の寄り付かない活火山。その中腹にある洞穴にて、セーラとエインヘリヤルは身を隠していた。正座をするエインヘリヤルをセーラは見下ろしながら、腕を組んで問いただす。

 

「そもそも、聞いてなかった私が悪いですけど、1年もほっつき歩いている間何してたんですか?」

「それは……ふらふらと、行く当てもなくさまよい歩いてました?」

「何で疑問形なんですか」

 

 セーラは呆れるかのようなため息をついた後にエインヘリヤルと向き合いながら、考えるようなそぶりを見せる。

 

「何かあるでしょう、何で1年間もほっつき歩いてたんですか」

「本当なんですセーラ。本当にぼーっと行く当てもなくさまよい歩いていたら1年経ってたんですってば」

「……本当ですね?」

「ほ、本当です」

 

 じっと睨みつけるセーラに対し、エインヘリヤルは壊れたおもちゃのように激しく頷く。

 しばらくそうして見つめ合っていた2人だったが、セーラがため息をついたことを合図に2人の視線が一旦離れた。

 

「……まぁ、わかりました。では、何故メアの口から黒教会なんて言葉が出てきたのか心当たりはありますか? 聖女の影というワードは、ぶらぶら歩いていたあなたを見て誰かがそう呼んでも不思議ではありませんが、そちらは流石に見過ごせません」

 

 先ほどまでの、怒りながらもどこか冗談の気配もあった口調とは異なり、今度のセーラの声は真剣そのものだった。それもそのはず、魔物を、ひいては魔晶核を信仰する黒教会は、当然魔物を撃滅したセーラとは浅からぬ因縁があり、セーラはともかくとして隊員が命の危険にさらされたことも一度や二度ではない。

 

「そちらに関しても、正直何のことやら。確かに、道中おどろおどろしい廃村で何人か行き倒れを助けこそしましたが、とてもそのような邪悪なものに属しているとは」

「……ちなみにその村にこのような紋章はありませんでしたか?」

 

 そう言って、セーラは地面にねじれた線のみで構成された歪な紋章を描く。魔晶核の破壊(仮)によって各地で殲滅された黒教会から最近発見された、自身が黒教会の信者であることを示すための隠し文字のようなものだ。

 

「……ありましたね」

「ありましたか」

「ありましたね」

「多分それですねぇ!!!!」

 

 セーラはその場に突っ伏した。

 

「……ダメでしたか?」

「ダ……メというわけではないんですけど……ないんですけど!」

 

 流石に損得勘定で人助けをダメだと言えるほどセーラは割り切れてはいないが、それはそれとしてせっかくの因縁を断てるチャンスだったことにも変わりはない。

 

「……で、その助けた方々はどうしたんですか?」

「特に何も、治療をして、空腹の場合は食料を与えてあとは手近な町まで連れていき、あとはそのまま……」

「……~~~~っ!!」

 

 セーラは飲み込んだ、色々と言いたいことをまとめて飲み込んだ。これに関しては、エインヘリヤルのことを責める気は全くなかった。エインヘリヤルが持っているのはエインヘリヤルとして彼女が生まれた時点でのセーラの知識のみだ。それ以降にセーラが知ったものに関してはエインヘリヤルは知りようがない。たとえセーラが同じ環境に置かれていたとしても同じことをすると考えられたからだ。

 

「ふぅ、落ち着きました」

「セーラ、ストレスを飲み込んだことを落ち着いたというのはあまり良い事では」

「ちょーーっと黙ってて貰えませんかねぇ!!!!」

 

 セーラは、そういった後に頭を抱えた。

 

「どうすんですかこれ……もう2日空けるって言っちゃいましたよ」

「……信じましょう、ミナト達のことを」

「あなたシリアス顔すれば何言っても許されると思ってません?」

「そのような事は決して」

 

 妙にキメ顔でそんなことを言うエインヘリヤルに対して、セーラはようやっと本当に落ち着いたのかゆっくりとため息をついた。

 

「……起こってしまったことは仕方ありません。とにかく、この2日が勝負です。術式の作成と、作戦の準備を進めましょう」

「はい、セーラ」

 

 そう言い終わった後、2人はそれぞれの作業を始めた。

 

「……エインヘリヤル」

「何ですか?」

 

 

「……絶対成功させましょうね。劇場版光聖女VS闇聖女 2人は聖女でマックスHURT

「……仕返ししてます?」

 

 

 

 

 

 

 

 

―・―・―・―

 

「……進捗はどうだ」

「おいおい、寝ろと言っただろう。決行するときに先陣切るのは君なんだからな」

「寝れるわけがないだろう……」

 

 聖女の大隊の拠点に備えられたテレジア専用の研究室に、目元に色濃い隈を作ったミナトが入ってきた。セーラに本当の意味で忠誠を誓って以降、セーラの傍に仕えるにふさわしくあるようにと初めて自分の見目にも気を使うようになったミナトとしては珍しい事だった。テレジアもまた目元に色濃い隈を作っているが、自分のことなど棚に上げてあきれた様子でミナトに話しかける。ミナトはどこか苛立ったかのような口調で返す。

 昨日の一件にて、ミナトは魔力と体力の限りセーラを連れ去った聖女の影を追いかけ続けたが、当然、弱っているとはいえセーラを倒して連れ去って見せたような者相手に追いつけるはずもなく、魔力も体力も尽きた体を無理やり引きずって帰投した。

 テレジアの役割が研究開発であるように、メアの役割が交渉であるように、ミナトの役割は戦場にて先頭に立ち、セーラの剣となり盾となる事である。そんな彼女に今できる仕事は、はっきり言ってしまえば存在しない。英気を養う事こそが、最も重要な仕事といえるだろう。

 それでも休めなかったことから、ミナトにとって昨日の一件がどれだけ腹に据えかねたことなのかがわかるだろう。

 

 もちろん、テレジアとてミナトの気持ちが分からないわけではない。セーラの真似事をした何かが負の魔力を纏い、ましてや黒教会の手先となってセーラを拉致したなどと、よくもまぁそこまで癪に障ることができたものだと感心すら覚えるほどである。

 

「調査の方はどうだ」

「ああ、やっぱりあれは負の魔力を持っている。残存量と、セーラを打倒した出力からして、黒教会の奴らのように物にまとわせる形で使っているとは考えにくい。魔晶核や魔物と同じように、そもそも負の魔力を持って生まれたと考えた方が納得は行く」

「……それは本当に人間なのか?」

「まぁ、十中八九違うだろうね。かと言って、候補らしい候補も挙げられない。正直情報不足としか言いようがない」

「そうか……」

 

 テレジアがそういうしかないのならば、どうしようもないという事だろう。ミナトはそう思って納得することにした。

 

「だが、正直あれが黒教会に従っているとも思えないのもまた事実だね。もしあんなのを手駒にしたなら、まず真っ先に邪竜の顎に行くだろう。黒教会の残党なら、あそこに何かがあってもなくても聖地だ何だと言って奪いたがるに決まっている」

「じゃあなおさらあれは何なんだ」

 

 ミナトは片手で頭を抑える。そもそもの情報が少なすぎる。相手はセーラを打倒できる存在である上に、戦闘を見ていた者からの情報も、あまりにも両者の動きが速くてろくに目視できなかったというものばかり。本音を言えば今すぐにでも隊を構成して打って出たいが、相手の天井どころか手札もろくに見えない以上、打って出る訳にもいかないだろう。

 

「いないと思ったら、こんなところにいたんだね……2人とも酷い隈」

「メアか、どうだった」

 

 2人が言葉もなく黙って、それぞれの作業に戻る中、研究室に入ってきたのはメアだった。余所行き用の豪奢な装飾が施された軍服を纏っていることからも分かるように、昨日の騒動を国側に説明してきた帰りであった。

 

「別に、そこまで難局という訳でもないよ。僕達は元々能力だけはある厄介者弾かれ者鼻つまみ者の集まりだ。聖女を奪われた今の僕たちは言うなれば聖女という飼い主をさらわれた狂犬のようなものだ。好き好んで噛みつかれに行く酔狂な輩なんて、今のこの国では生き残れない」

 

 聖女が救った途端、正しくあることが求められるようになったこの国ではね。

 

 そう言って、メアは手ごろな椅子に腰かけて2人を見据えた。

 

「当たり前だが、あと6日というあれが提示したカウントダウンは国民には伝えないことになった。正誤すら分からない情報なんてどうしようもないからね」

 

 メアは足を組みながら滔々と語る。

 

「で、ここからが問題だ。伝えない以上、大規模に国側の部隊を動かすのは難しい。何せ事が急を要しすぎている。確実に終わらせる方法が見つからない限りは僕たちが動くしかない」

「……そうか」

「何、今国の中枢にいるのは聖女の勝ち馬に乗り慣れている連中が大半だ、邪魔が入らないと思えばそう悪い話でもない」

 

 足を組みなおしたメアが、続けて喋る。

 

「聖女の影の情報も集めてみたが、こちらに関しては成果らしい成果はないね。辛うじてそれらしい情報が、辺境の町でとらえられた黒教会の残党らしき者が語った黒竜様の御子という言葉くらいだ」

「……エンデの子供?」

「とはいえ、これも確度の高い情報ではない。せいぜいが拠り所を失っておかしくなった狂信者の戯言止まり。それこそ、あの影が魔晶核の生まれ変わりなどでもなければあり得ないことだ」

「……いや、あるかもしれない」

 

 テレジアが何かを思いついたかのようにそのあたりを歩き始めた。

 

「仮説に過ぎないが」

 

 テレジアはそう前置きをしたうえで話し始めた。

 

「負の魔力には正の魔力を侵食する効果がある。さながら正の魔力を食らうかのように。だからこそ、負の魔力は通常の魔法に対して特攻ともいえる効果を持っており、それを物質にまとわせる技術の独占に成功していた黒教会は規模の小ささに対して大きすぎる影響力を持てていた」

 

 テレジアは手元に、負の魔力が纏わされた結晶を

 テレジアは聞かせる気があるのかないのか分からない早口でまくし立てる。

 

「恐らくだが、セーラと戦った際に、セーラの魔力を負の魔力で以て侵食したんだ。そしてそれをむしり取りながら戦い、それでもなおセーラに勝てないと察した時、死を装って自分自身である魔晶核を覆い隠し、そして端末を用意した。自身の復活に備えた尖兵とでも言うべき存在を、あいつが知る限り最も強い存在を写し取ってね」

 

 

「セーラの魔力が半減したことの理由にもなる。魔力を根元から負の魔力に侵食され、それをそのままむしり取られたんだ。正常に魔力を回復できなくなっていてもおかしくはない」

 

 ひとしきり喋り切ったのか、テレジアは今考えていることをまとめるためかその辺にあった書類の束を引っ掴み、凄まじい勢いでそこにメモを取り始めた。こうなってしまうとテレジアがセーラ以外にはまともに会話に応じなくなるのは、ミナトとメアの間では共通認識だった。

 メアは1つため息をついた後に、肩をすくめてミナトの方を向いた。

 

「どうする? 僕達置いてかれちゃったけど」

「テレジアがこうなったという事は9割方当たりなのだろう。根回しの方は任せる」

「了解」

 

 1人の世界へ旅立ってしまったテレジアを残し、メアとミナトは研究室を後にした。

 

「……けど、それだと何故わざわざエンデはセーラを連れ去ったんだろう?」

「何?」

「理論の分野は専門外だから分からないが、現状だとエンデのあの宣戦布告の意味が分からない。今もなお魔晶核は邪竜の顎で時間停止の繭に閉じこもっている」

 

 2人はしばらくの間考えながら廊下を歩いていたが、ふとミナトが思いつくとともに驚愕の声を上げる。

 

「……まさか、セーラの魔力を全て奪い取るつもりか!」

「っあれは勝利宣言ってことか、流石に笑えないね……っ!」

 

 魔力を半分奪い取る事が出来たという事は、もう半分も奪い取ることが可能であるという事。そうした先に生まれるのは、完全に負の魔力に染まり切ったセーラによく似た何かである。当然、打倒できる存在などいるはずもない。それに魔晶核が乗り移ってしまえば、世界など容易く崩壊させられるだろう。

 ミナトの声に対して、メアが焦りの声を上げたことがそれの確実性が高いという事の証明でもあるだろう。

 

「私は今すぐ出せる部隊を連れて奴が消えた方角へ向かう。残りは任せた!」

「ああ、頼んだよ」

「言われるまでもない!」

 

 そう言い残して、ミナトはすさまじい速度で走りだした。結果として、メアが1人、廊下に残される形になる。

 

「ふー……」

 

 ミナトにあとは任せると言われたが、メアがここに来た時点で、メアは聖女の大隊が独立して好きに動けるよう根回しを終えていた。

 とどのつまり、今のメアにはやることが無かった。

 深いため息を1つついた後に、廊下の壁へ背を預け、その場に座り込んだ。

 

「セーラ……僕たちはそんなに頼りないのかい?」

 

 やることが無いと、下手に賢しいばかりに、余計なことを考えてしまう。

 何故僕たちに教えてくれなかったのか。

 何故君は僕に助けて欲しいと言ってくれなかったのか。

 何故君は誰かを助けるばかりで助けられようとしないのか。

 

「……ダメだ、考えるな」

 

 まるで自分に言い聞かせるかのように、メアは首を横に振って立ち上がった。

 

 

 

 

 とてもではないが、その聖女様、自分のやらかしをごまかすために東奔西走してるよとは言えない雰囲気である。

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