【完結】聖女(俗物)が10日で駆け抜ける世界救済(現場猫案件)   作:sugar 9

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5日目 細部は練ってないけどまぁヨシ!

 少女にとって、あの人と一緒に歩いた旅路は、例え数日間の道のりであったとしても夢のような日々だった。

 

 前を見れば、いつも美しいあの人が歩いている。

 この人の近くにいれば、危険なことは何も無い。

 少女にとっては、それだけでも人生の中で最も特別な時間となりえたのだ。

 整った目鼻立ち、夜をそのまま切り取ったかのような漆黒の髪、夜空に輝く星のような赤い瞳、生まれてこの方神など信じたことのない少女が、いるとしたらこのような姿かたちをしているのだろうと確信するほどには、それは美しかった。

 

「…………」

 

 彼女は、何かを喋るようなことは殆どなかった。ただ、もはや歩けない程に弱り切っていた少女を背負い、行くあてがあるのかないのかもわからない状態で、無人の荒野をただ歩く。

 道中、異様な程に魔物が寄ってきたが、少女を背負う彼女は何事もないようにそれらを剣の一振りで薙ぎ払う。

 

「すごい……」

 

 少女にとって、日常とは死と隣り合わせのものであり、遠出をした際に魔物と出会おうものなら、運が悪かったの一言で人生が終わる存在であった。

 それが、抵抗らしい抵抗すらできずに塵と化していく、少女からしてみれば、夢でも見ているような気分であった。

 

 少女はその短い旅路の中で、幾度となくその女性に問いかけた。何故そんなに強いのか、その剣はどこで手に入れたのか、何故そんなに綺麗なのか、何故助けてくれたのか。結局、彼女がその問いかけに答える事はなかったし、そもそもその旅路を通して、彼女が何かを喋るという事は終ぞなかった。

 けれど、少女に不満はなかった。もちろん、彼女と言葉を交わしたかったというのは紛れもない本心ではあったが、言葉にせずとも優しい笑みが、傷つけないように触れてくれる手が、彼女の優しさを言外に示してくれたからだ。

 

 

「…………」

「あ……町……」

 

 そうして歩き続けて数日のうちに、少女の目に町が映った。少女がいたような、明日生きられるかどうかも分からないような荒んだ町ではなく、しっかりと人の営みを感じることができる町だった。少なくとも、真っ当にお金を稼ぐことさえできれば、生きていけるか分からない、などといった事態にはならないだろう。

 

「あっ…………」

「…………」

 

 すると、彼女は背負っていた少女を降ろした。その意味を理解できない程、少女は鈍感ではなかった。

 理由の分からない救済は、ここまでだという事だ。

 

「い、嫌です、私も連れて行ってください……」

「…………」

 

 少女は彼女に縋りつくが、彼女は悲しそうな顔をしながら首を横に振るばかりであった。

 少女には、彼女についていくための口実は何も無い。そもそも、何故自分が救われたのかもまるでわからないのだ。にもかかわらず、ここまで助けてくれた恩がありながらもっと寄こせとねだり続けられるほど、少女は強くはなかった。

 それでも、それでもなお縋らずにはいられない。それほどまでに少女にとってこの数日間の旅路は、得難いものであったのだ。

 

「……すみません」

「え……」

 

 初めて少女が聞いた彼女の声は、そんな謝意を孕んだ声だった。彼女の美しい容貌にふさわしい、澄んだ声色だった。少女の顔に、初めて彼女の声を聞けたという喜びと、それが拒絶であるという絶望が入り混じる。

 彼女は、自身の黒髪につけていた星座らしき意匠が施された赤い髪飾りを外すと、少女の髪に取り付けた。

 

「きっと、大丈夫です」

「え……っ」

 

 困った様な笑顔を浮かべながら、彼女は少女の髪を撫で、そんな言葉を告げた。少女がその意味を尋ねようとした次の瞬間、強い風が吹き、思わず少女は目を瞑った。

 

 

 次に目を開いたとき、彼女は幻だったかのように姿を消していた。先程まで少女の目と鼻の先にいたというのにもかかわらず、まるで全てが夢だったかのように少女は感じた。

 しかし、少女の髪に付けられた髪飾りと、少女の手に握られたこれまでの旅路で幾度となく彼女によって振るわれた黒い剣が、これまでの旅路が夢ではなかったことを何よりも証明していた。

 

「……っ!」

 

 少女は、自分の腕ほどの長さのその黒い剣を抱きしめた。刃に肌が食い込み、血が流れるのも構わずに強く抱きしめた。そうすると、彼女のことを強く感じられる気がしたから。

 黒い剣の影響か、少女の身体を明らかに痛み以外の何か(負の魔力)が蝕んでいるという感覚があった。しかし、それがより少女に強く彼女を感じさせた。

 

「…………はぁ」

 

 一体いつまでそうしていたのか、気が付けばあれだけ強く抱きしめて生まれたはずの切傷は塞がっており、少女の身体はかつてないほどに生命力に満ちていた。それの由来が何であれ、彼女が与えたものは、間違いなく少女を生かしたのである。

 

「……行かなきゃ」

 

 そう言って、少女はその黒い剣を大切そうに携えながら、町へ続く道を歩き始めた。

 

 彼女と一緒ではない旅路に価値は見いだせないけれど、彼女が救ってくれた命をここで終わらせるのだけは、何があっても許してはいけない気がしたから。

 かつての少女のように、本当は救われたいのに誰からも救われず、救いの手を待っている存在もいるはずなのだから。

 

 

 この後、1年とたたない内に、1人の少女によって、各国は陰ながらに深刻な損害を被る事になる。

 弱者が虐げられることを、少女は決して良しとしなかった。たとえそれが必然なものであったとしても、それがかつて世界の脅威であった黒教会の残党であっても構うことなく少女は弱者を救い続けた。

 

 かの黒竜を彷彿とさせる黒い剣を振るい、ひたすらに弱者を救いながら突き進む。

 

 少女は語る。

 

 かつて、私は剣など振れない弱者であった。明日の生も不確かで、ただ死にながら生きるだけの弱者であった。しかし、私は救われた。救う価値など、爪の先程も無かったにも拘らずだ。ならば私も救おう、虐げられる弱者を、救う価値すら見出されなかった真の弱者を救おう。それこそが、私が彼女に返せる唯一の恩なのだから。

 

 その姿はかの聖女よりも鮮烈であり、救われた者からは敬意を、損害を被った者からは畏怖を込めてこう呼んだ。

 

 黒竜の御子と。

 

 

 

 

 

 

 

 

「知りません、何それ……こわ……」

 

 その後、完全に良心で救っただけであり、その後少女がどうなったかなど知りもしなったエインヘリヤルはこう語った。

 

 

―・―・―・―

 

 時は流れて現在、エインヘリヤルが救った少女、ノワールは、かつては黒教会の聖堂として使われていた小さな廃墟にいた。廃墟とはいっても、使われなくなってからさほど時間がたっていないこともあってか、おどろおどろしさこそあれど内部は清潔に保たれており、既に国の捜査の手が入った後だからか内装などはほぼ全て取り除かれていたため、雨風が凌げれば文句はないノワールにとっては申し分のない拠点だった。

 

「御子様……1つ、お耳に入れたい事が」

「だから、それはやめろと……何ですか?」

 

 やけにかしこまって話しかけてくる男性、かつて行き倒れていたところを救った男に対してノワールは眉をひそめながら問いかける。

 かつて貧民だったとは思えない程、ノワールの容姿は美しく、かつて痛み汚れていた髪や肌には今や傷1つなく、雪のように白い肌とわずかな月明かりを照り返して輝く銀色の髪は首にかかる程度で切りそろえられており、よく手入れがされていることが伺えた。

 ノワールは、その手に持ったかつてエインヘリヤルが使っていた黒い剣とその体を流れる負の魔力で以て助ける相手を選ばずに救ってきた。ほとんどの者はそれ限りで別れる事となったが、一部の者はノワールについていきたいと願い出るものもいた。最初の内は断るつもりだったが、1人よりもより多くの者が救える、という言葉に惹かれ、なし崩し的に彼女を信奉する者達が彼女についていくこととなったのだ。

 

「まだ確かな情報ではありませんが、かの忌まわしき聖女が、何者かによって攫われたとのことです」

「……そうですか」

 

 ノワールは男の言葉を聞き、考えるような仕草を見せたが、正直な所、ノワールにとって聖女とは有り体に言ってしまえばどうでも良い存在だった。助けた者の内のいくらか、かつて黒教会に属していた者が口々にかの聖女をさながら諸悪の根源のように語るため、ノワールは適当にそれに合わせているだけだ。

 

 もちろん、救世の聖女などと声高と語られているのに、ならば何故私を救ってくれなかったのか、と思わないでもない。だが、もし聖女に救われていれば、あの気高く美しいかの人に出会う事はなかった。ならばむしろ、救ってくれなくて感謝すらしている。それがノワールにとっての聖女だった。

 

「……よろしいのですか、聖女が連れ去られた今、かの国は浮足立っているものと考えられます。今こそ、黒竜の御子たるあなた様こそが、真の救世主であることを世に知らしめるべきかと」

 

 男は、さながら激情を抑え込むかのように不自然なまでに落ち着き払った口調で滔々とそう告げる。ノワールは冷たい目線を向けながらも諭すように喋りかける。

 

「履き違えてはいけません。私はあくまで、救われない者を救うだけです。救世主などになるつもりはありません」

「ですが、我らのような脆弱な者の為に立ち上がったあなた様を、彼らはあろうことか聖女の影などとまがい物呼ばわりしているのですよ!?」

「誰がどう呼ぼうが構いません。私は、私のやりたいことをやるだけです」

 

 語気を荒くしながらそうまくしたてる男に対して、ノワールは淡々とそう言ったかと思えば、何事もなかったかのようにその場を後にした。

 

「はぁ……」

 

 聖堂内に用意した自室。かつての黒教会がどういった組織だったのかを教えてくれる痕跡が伺える部屋に用意された簡素なベッド、かつてのノワールからすれば上等すぎるそれに身を投げた。

 

「何で、こうなったんだろう……」

 

 最初は、やりたいことをやれていたと感じる。道行く先にいた誰か、かつての自分と同じようにあとは死ぬのを待つだけの誰かを助ける事が出来ていた。

 しかし、徐々に自分に賛同する者が増えていった。正直、黒竜様なんて信奉していた者達に崇拝されるのはあまり良い気分がするものではないし、ましてや黒竜の御子などと呼ばれるなど、あまり良い気分がするものではなかった。

 

 

 思い返すのは、もう1年ほど前になる自身を救ってくれたエインヘリヤルの事。ノワールは彼女の名前も出自も何も知らない、けれど、ノワールがこれまでに生きてきた人生の中で最も幸せな数日間。ああなりたいと思ったわけではない。けれど、彼女に救われた命で何をすれば良いかを考えた先に今の自分があるのもまた事実だ。

 

 だが、救えば救うほど、分からなくなる。結局のところ、ノワールは明日の生き死にも分からない貧民としての暮らししかしてこなかった。間違えても万物を救おうとするような聖人の思想など持ち合わせていないし、とてもではないが救いたくないような者もいた。黒教会の残党など、その最たるものだった。

 

 しかし、かといって切り捨てることもまたできなかった。それは、救う対象を選ぶという事であり、かつてノワールが憧れた彼女の好意からは著しくかけ離れる行為だからだ。

 

 

 

 

 

「何故、私を救ったんですか……?」

 

 ノワールのその声は、ノワール以外誰もいないその部屋に空しく吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

―・―・―・―

 

「進捗はどうですか……」

「ダメです」

「……はぁ」

 

 一方、そんなエインヘリヤルは、国から遠く離れた山中に存在する洞穴にて、セーラと共に徹夜でのデスマーチに興じていた。

 2人が行っていたのは、別次元へと負の魔力を送り込むための術式を込めた杖の作成である。

 セーラが時間を縫って考えていた爆発寸前の魔晶核への対策は、魔晶核ごと消してしまうという方法である。これならば、魔晶核の爆発を抑え込めるかどうかなどという事は考えなくて良い上に、被害も何事も無ければゼロで済む。まさに理想的な解決法といえるだろう。

 

 しかし、この世界には転移魔法などといった便利な魔法が地味に存在しないことからも分かるように、この世界における魔法は基本的に次元が云々とか概念が云々とかそういった壮大な事は出来ない。唯一の例外が通常の魔力と負の魔力がぶつかった時に対消滅を起こす反応である。この対消滅はタチが悪いことに周りのものまで巻き込んで消え去ってしまう。これに魔晶核を巻き込んでしまおうという作戦である。

 

 当然、そうなれば相当な規模の通常の魔力と負の魔力をぶつける必要がある。しかも、対消滅を起こすのはある程度の勢いで魔力同士がぶつかった時であり、そうでない時にはエインヘリヤルのように負の魔力が正の魔力を徐々に侵食していってしまう。だからこそ人類は負の魔力に長年悩まされ、生まれつき持っていた神気で負の魔力を無意識下ではねのけていたセーラが無双できたのだが、それはまた別の話である。

 

 そんなわけで杖を振ると同時にクソデカ正の魔力弾とクソデカ負の魔力弾を衝突させ、対消滅を起こさせる術式を杖に込めようという話なのである。しかし、そもそも正の魔力の負の魔力の関係自体がここ最近のテレジアの研究やエインヘリヤルの実体験を通じて初めて知ったことであり、どれくらいやれば魔晶核を吹っ飛ばせるのかもエインヘリヤルの目分量であるため、何もかもが手探りの状況である。

 

 当然、そんな状況で進捗など芳しいわけもなく、しかも常時魔力を使いながらあれこれやっている状態のため、セーラは軽い疲労困憊状態にあった。

 

「セーラ、あなたは帰ってください」

「……え?」

 

 流石にそろそろ休憩を入れなければかえって効率が悪いだろうか。セーラがそんなことを思っていた時、エインヘリヤルがそんなことを言い出した。休憩ならまだ分かるが、帰れとはどういう事か、疲れからまともに頭が回らず、頭をかきながら間抜けな声を上げる。

 

「もうそろそろ2日経ちます」

「嘘ですよね!?」

 

 エインヘリヤルからの無慈悲なデッドラインの宣告にセーラが弾かれたように外に出ると、嫌みかと言いたくなるほど眩しい太陽が向こう側の山の間からコンニチワと顔を出していた。エインヘリヤルはミナト達に向けていった。2日ほど借りるだけだと。その場で「まぁ2日もあればやれるでしょう」と考えたエインヘリヤルによるその超適当なデッドラインが来てしまったのである。

 

「……うわぁ」

「わかったら早く出てってください、約束守らなかったら私が殺されます」

「……もう少し作業してから」

「ダメです。約束破ったら私が何されるか分かりません」

「誰のせいだと思ってんですかガバガバ期限締め切りしおってからに!!」

 

 セーラはその場に突っ伏して慟哭した。エインヘリヤルからはスルーされた。

 

 もう少し粘ろうかとも思ったが、これ以上聖女に対して色々重い聖女の大隊を放っておいたら何をしでかすか分からないというのもまた事実。セーラはトボトボと洞窟の出口へと向かう。

 

「あ、セーラ、少し待ってください」

「はい?」

「術式の構築に必要なのでこの結晶に魔力を込めてください。ありったけ」

「鬼!?」

 

 セーラを呼び止めてそんなことを言ってのけるエインヘリヤルに、セーラは食って掛かるが、理屈はわかる。この後、より多く術式の構築に時間がかけられるのはエインヘリヤルだ。そして、当のエインヘリヤルは正の魔力を持たない。正の魔力と負の魔力をぶつける術式なのだから、正の魔力が無ければ始まらない。厳密には術式の構築自体は問題ないが、テストなどを考えれば、正の魔力があったほうが制作速度が上がるのは間違いないだろう。

 

「ささ、グイっと」

「こ、こいつ……!」

 

 エインヘリヤルは魔力を込めるための結晶をセーラの頬にぐりぐりと押し付ける。完全に目が据わっているため、余計怖い。エインヘリヤルにとっては慣れない連日徹夜での作業は、知らず知らずのうちにエインヘリヤルをハイにしていたのだろう。

 

 

 結論から言えば、セーラはその結晶にありったけの魔力を込めた。

 込め終わるや否や、「終わりましたか、終わりましたねでは帰ってくださいハリーハリー」と外に放り出された。

 一瞬戻ろうかとも思ったが、洞窟の方を見れば入り口が崩落していた。恐らくは、彼女が戻ってこれないようにするためだろう。あれを吹っ飛ばすだけの魔力を使うなら帰る際の身体強化などに使う方が有益であり、通信用の魔法が込められた宝石も城に置いてきてしまったから声をかける事も出来ないだろう。

 

「はぁ、帰りましょうか……」

 

 セーラは疲労困憊で体力ヨワヨワの魔力スカスカの過去類を見ないクソザコ聖女となって帰路に就いた。

 

 

 精鋭揃いの聖女の大隊を以てしても追いきれないほどの速度で、まぁまぁの時間をかけてたどり着いた広大な荒野を、セーラはここまで飛んできた方角だけを頼りに歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おっと?」

 

 

 どうやって帰るつもりなのだろうか。知る者は誰もいない。

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