【完結】聖女(俗物)が10日で駆け抜ける世界救済(現場猫案件) 作:sugar 9
「……何を、やっている」
「……?」
傷だらけで、明らかにおかしい様子で倒れ伏すセーラと、それを覗き込む先日セーラを連れ去った聖女の影と同じ剣を手に持った少女。
ミナトに残った一握りの理性がその問いかけを放った。
当然、そんなことを知る由もないノワールは不思議そうな顔をしながらミナト達の方へと向き直る。
「すみません、どなたですか?」
だからこそ、当然、ノワールが放ったその一言はミナト達の理性を容易く焼き切った。
いの一番に駆け出したのはミナトだった。彼女の魔力が具現化したものである紫電がミナトの全身から迸り、地面にヒビを入れながら駆け出した。
仰向けに倒れていたセーラの視界の端に一瞬映ったミナトの瞳には、何の感情も浮かんでいないのにもかかわらず、それが特大の怒りの裏返しのように見えた。矛盾しているとしか言いようがないが、セーラには直感的にそう見えたのだ。
紫電を纏い振り上げられたミナトの大剣が、凄まじい速度で振り下ろされる。
常人ならば反応することすらできずに真っ二つにされるであろうその一撃は、ノワールによって辛うじて阻まれた。エインヘリヤルの特大の負の魔力によって構成された黒い剣を肌身離さず身に着けてきたノワールの身体は、既にかなりの部分が負の魔力によって染め上げられており、半ば魔物のそれに近づきつつある膂力が無ければできない芸当だっただろう。
なお、「これを質に入れればそれなりのお金になるはずです」の意で黒い剣をノワールに渡したエインヘリヤルはそのような事を想定しているはずもない。
「あ、ぶないですね……!」
「何を、やっていると聞いているんだ!!」
「こっちのセリフです!」
流石にいきなり斬りかかられて平静を保てるほどノワールは戦闘経験が豊富ではなく、少々の困惑と多分の怒りと共にミナトを睨みつける。それに対して、ミナトはまるで聞く耳を持たないのか振り下ろした剣に込める力を強める。流石に大隊内においてセーラを除けば最強を誇るミナトの一撃を受け続けられるほどの膂力をノワールは持ち合わせておらず、怒り混じりの声を出しながらミナトの一撃を受け流す。
行き場を失ったミナトの斬撃が地面に直撃し、地面が裂ける。
「聖女様! ご無事ですか!」
「かっ……あっ……まっ……!」
(まず、い、まずいまずいまずい!!)
ミナトがノワールと衝突を起こす中、他の大隊員が弾かれたようにセーラの方へ駆け寄って傷だらけのセーラを助け起こす。
隊員からの回復魔法を受けながら、セーラは隊員に抱きかかえられてその場を離れる。必死に息を整えようとしながら、恐らくこの中で一番現在進行形で焦っているであろうセーラは思考を回す。命の恩人であるノワールに対して恩を仇で返すような真似など、ただでさえ小心者なのに今は魔力もなければ体力もない、贔屓目に言ってカスであるセーラがそんなリスクを見逃せるはずもない。
早く声をかけたいのに、地獄のフルマラソン(引き回しの刑)を経たセーラの肺機能は一向に回復する様子を見せず、どんなに必死に呼吸をして酸素を供給してもまるで足りない、今の10倍はもってこいと言わんばかりに体が空気を要求してくる。
「待っ……あれ……止め、て……」
「ご安心を、あのような輩、我々だけで撃滅してご覧に入れます!」
(ちっっがう!!)
辛うじてプルプル震える指で今なおすさまじい剣戟を繰り返すミナトとノワールを指さしてからからに乾いた喉からかすれた声を出す。しかし、悲しい事にセーラを見た目上はぼろきれのようにされて「アイツ セーラ様 キズツケタ 〇ス」以外のことがほぼ考えられなくなっているため、セーラの思いが通じる事はなかった。
「やめてください! 誤解です!」
一方、いきなりメンチ切られて斬りかかられたノワールはミナトの斬撃を受けて躱し、時に牽制の為に切り返しながら、防戦に徹していた。先程までの挙動からして、セーラ、即ち聖女が彼女たちにとって何よりも大切な存在であることは、ノワールにも分かった。ならば、確かにどうもここまで連れまわす中で木々に体をぶつけたのか知らないが若干負傷させたとはいえ、セーラを助けた自分がこんなことをされる謂れはないだろう。
まさか聖女の大隊の面々がセーラがまともに傷ついている姿を見たことがなく、ノワールが今ブンブン振り回している剣が、セーラを連れ去った宿敵(誤解)と同じ物だとは夢にも思わないノワールは距離を取りながらミナトに呼びかける。
「ほざけ! そんな汚らしい偽物を振り回しておきながら!」
「……は?」
当然セーラを連れ去った者と同じ剣を振り回す少女の言葉などミナトが信じるはずもなく、ミナトの剣から紫電が迸り、ミナトの叫び声と共にミナトが剣を突き出すと紫電がノワールへ向けて放たれた。
だが、偶然にもノワールの逆鱗に触れた。
「偽物、ですか……」
ノワールの黒い剣から負の魔力が黒い瘴気のようになりながら迸り、ノワールが軽く剣を振るだけでミナトの紫電がかき消される。
「チッ……!」
「偽物、ですか……!」
ノワールの語気が徐々に強くなっていく。誰彼構わず救う中で、当然、罵詈雑言を浴びせられた経験はノワールにもあった。余計なお世話だと手をはねのけられることもあったし、ノワールの力を目当てに取り入ってやろうという者も多くいた。勘違いだったとはいえ、黒教会の残党などはその典型だ。
それに対してノワールが怒ることはなかった。人間とはそういうものだと考えていたし、誰彼構わず救うという事はそういう事であると自覚していたし、何よりも、なりふり構わず生きようとするその姿はかつての自分自身と何も変わらないと感じていたからだ。
だが、
徐々に強くなっていくノワールの語気に応じるかのように、ノワールの黒い剣から迸る黒い瘴気が勢いを増していき、やがては黒い炎となって剣にまとわりついた。ノワールが一度剣を振れば、黒い剣はさながら生き物のようにのたうってミナトへと襲い掛かる。
「そうだ、偽物だ。負の魔力の根源でありながら、聖女の形を真似る。それを偽物と呼ばず何と呼ぶ!」
対するミナトも伊達や酔狂で事実上の聖女の大隊のトップにいる訳ではない。彼女の魔力が変質した物である紫電を全身から放ち、黒い炎を払いのける。
ノワールは先ほどまでの困惑は消え失せ、ミナトに対して蔑むような目つきで見据えながら剣を向ける。
「そうですね。救う相手を選び、栄誉名声に酔うのが本物であるのなら、あの方は偽物で大いに結構です!」
「知った風な口を利くな!」
互いの逆鱗をひとしきり撫できり、元から怒り心頭だったミナトと、完全に別件で怒り心頭となったノワールが、互いに殺意をたぎらせながら剣を振る。
最初こそ互角に見えた両者の戦いだったが、徐々に経験の差が如実に出始め、ノワールが受けに回る場面が増え始める。元々負の魔力を意のままに操れるという特異性と、負の魔力に染められたことで半ば魔物のそれと化しつつある身体能力で押せば人間相手であれば苦戦などするはずもないノワールにとって、まともな強敵との戦闘は初めてであり、それが仮にも国内最高戦力の1つである聖女の大隊の隊長が相手となれば、その展開も無理はないと言えた。
「おおぁ!!」
「くっ、ああ!」
それまでの間合いからさらに一歩踏み込み、半ば一回転するような形で体ごと回すような形のミナトの横一文字の斬撃が放たれる。回避が間に合わないと悟ったノワールはとっさに剣でそれを防ぐが、不安定な体勢で防いでしまったため踏ん張る事が出来ず、ミナトはそのまま剣を振り切ることでノワールを吹き飛ばした。吹き飛ばされたノワールは木を数本へし折りながら吹き飛んだ後、木に背中を強かに打ち付けてようやく止まった。
「ぐっう……!」
「はああぁ!!」
「しまっ……!」
ノワールの表情が苦悶に歪むが、そんなことはお構いなしにミナトは飛ぶように駆け、ノワールとの距離を詰め、上段から思いきり剣を振り下ろした。
これまでとは比べ物にならない勢いの紫電を纏ったそれは、反撃を考慮していない、その一撃で終わらせることを前提としたものであり、故に先ほどまでの者とは比べ物にならないほどの一撃であり、
「っはぁ……はぁ……良かっ、た……」
故に、それを防いだのはセーラであった。数分ではあったが、聖女の大隊の面々から受けた回復魔法。それを以て回復させたなけなしの魔力を振り絞り、自分を半ば吹き飛ばすような形でノワールとミナトとの距離を詰めた。当然剣などという有意義なものを生成する暇などあるはずもなく、ただでさえみそっカスの魔力を右手に集中、バリアを形成して防いでみせたのだ。
当然、先ほどまで呼吸困難&魔力切れ&引き回しの刑で贔屓目に言ってカスと化していたセーラがそれを防ぎきることなどできるはずもなく、バリアを一点に集中させ、辛うじてミナトの紫電を左右に流し、防ぐというよりは受け流すような形で凌いだといった方が正しいだろう。当然、受け流せたのは紫電のみであり、ミナトの渾身の斬撃はセーラのミソッカスバリアを容易く引き裂いて手に深々と食い込み、肘の手前まで切り裂いていた。
「セー、ラ……?」
ミナトの目が見開かれ、目の前の光景を見つめることを拒否するかのようにミナトの視界がブレる。セーラが間に挟まって来たことを半ば反射で察知したミナトがとっさに振り下ろす剣を押しとどめたからこそ、この程度で済んだのであり、本来であれば綺麗に真っ二つになったセーラだったものが辺り一面に色々まき散らしながら転がるはずなのだが、そんなことミナトにとってはどうでも良かった。
自分の剣が、一番守りたいものを傷つけた。その事実が、ミナトの思考を完全に止めていた。
(いぃっってええええああああああああ!!!! 死ぬ死ぬ死ぬ無理無理無理もうヤダ帰りたいどこにぃいいいい!!!!)
「この方は私の命の恩人です。たとえ負の魔力に侵されていたとしても、傷つける事は許しません」
思えば、エンデ相手ですらまともに手傷を負ったことのないセーラにとって、これは生まれて初めてといえる大怪我でありそれが右手が肘までぱっかり二つに分かれている(先ほどのバリアに魔力全部使ったため自力回復不可)というのはいささか重傷が過ぎた。内心では七転八倒しながらも表面上は厳格な表情を浮かばせ、聖女然とした雰囲気を漂わせながら、ミナトに向かって語り掛ける。
「ち、が。セーラ、わた、し、は……」
「これくらい大丈夫です。助けに来てくれて、本当にありがとうございます」
普段の聖女の大隊の隊長として凛とした態度でふるまう普段のミナトからは信じられないほど狼狽し、浅い呼吸を繰り返しながらあとずさる。例え自身の数倍はあろうかという巨体を持つ魔物の一撃を受けても手放すことが無かった大剣があっさりと手から零れ落ち、地面に突き刺さった。
セーラはそんなミナトに対していつも通りの花が咲くような笑みを浮かべながら今なお大量の血を流し、だらりと力なく垂れ下がった右腕はそのままに無事な左腕を使ってミナトを抱きしめ、子供をあやすようにミナトの背を叩いた。
ひとしきりミナトが落ち着くまでそうした後、遅れて駆け付けた他の隊員が真っ二つに割れたセーラの右腕を見てこの世の終わりのような表情を浮かべるがそこはすかさずセーラが説明をして事なきを得た。
「あなたも、私が至らぬばかりにすみません。そういえば、名前を聞いていませんでしたね」
「……ノワール、です」
セーラは隊員から応急処置を受けながら、ノワールの方に向き直り、いつも通りの笑みを浮かべながら問いかける。セーラのことを信じられないものでも見るような目で見つめるノワールは、半ば放心状態のままミナトに問われるがままに答える。
「良い名前ですね。ノワールさん、怪我は大丈夫ですか?」
「……いや、あなたの方が」
「これくらいなんてことありません」
ハッと我に返ったノワールの手が少し持ち上がり、治癒魔法を受けているものの今なおバックリ割れて血を垂れ流しているセーラの右腕を指さす。セーラはなるべく見ないようにしていた自分の右手をちらっと薄目で確認した後に張り付けたような聖女スマイルを浮かべて答える。ローブの下では滝のような脂汗が流れているのだが、顔には汗1つ浮かんでいないいつも通りの聖女スマイルである。ここまでくるとなんかもうそういう別の生物である。
「よろしければ、一緒に来てくれませんか。助けていただいたお礼がしたいです」
「え、っと……お願い、します」
そんなセーラからの提案に、ノワールは一瞬ためらうかのような様子を見せるが、セーラの手当てをしていた隊員達の無言の圧力を受けた。ここで断ったらセーラは許すかもしれないが隊員の面々から何をされるのか分かった者では無い事。当面の行くあてがなかったことから、ノワールはゆっくりと頷いた。
「ありがとうございます! それでは、私はこれで――」
本当に嬉しそうな笑顔で、そう言い、聖女は失血やら疲労やらダメージやらでかなりギリギリだったところを辛うじて根性で繋ぎとめていた意識を手放した。
「っ聖女様!?」
その後の蜂の巣を突いた様な騒ぎは、言うまでもない。
―・―・―・―
「でき、ました……」
洞窟の奥、杖に最後の宝石をはめ込み、魔晶核を次元の彼方へ吹き飛ばすための術式を込めた杖の作成が完了したエインヘリヤルは大きく伸びをした。全身が魔力100%で構成されたエインヘリヤルに疲労などという概念は存在しないはずなのだが、それでも精神的な部分では終わらないかもしれないという焦燥があったため、解放感もひとしおだろう。
「連絡、来ませんね……」
緊張の糸が切れたからか、ふと、エインヘリヤルはセーラからの連絡がない事に気が付いた。帰ったら連絡して進捗を確認すると言っていたはずなのだが、エインヘリヤルの手元にある通信用の魔法が込められた水晶は一向にうんともすんとも言わない。
当然、エインヘリヤルやセーラのふざけた規模の強化魔法を用いれば、ここからセーラが住んでいる聖女の大隊の隊舎は、半日ほどあれば余裕を持って到着できる。既に2日は経過しているにもかかわらず一向に連絡は来ない。あれだけ報連相の欠如で痛い目を見ているセーラが自分の連絡を忘れるとはエインヘリヤルにはとても思えない。
「何か、あったのでしょうか……」
いくらセーラがこの世界で最強の存在とはいえ、2日間ぶっ通しで術式を構築する作業をした後にそのまま這う這うの体で帰路につかせたのはまずかっただろうか。
「いえ、いくら疲れているとはいえそのような……」
徐々に、セーラに対する心配が募っていくが、そもそもいくら2日ぶっ通しで術式を構築する作業をしていたとはいえ、エンデを倒す際には1ヶ月以上ワンオペで寝ずの遠征をおこなったことすらあるセーラである。それこそ魔力が底をついて疲労困憊のクソザコ聖女にでもならない限りはそんじょそこらの敵に後れを取るとも思えない。
エインヘリヤルがそんなことを考えていると、先ほどまでセーラのありったけの魔力が込められていた、今や込められた魔力全てが杖に移されたため抜け殻となっている水晶が、エインヘリヤルの視界の端をころころと転がっていった。
割と疲労が募っていたセーラがありったけの魔力を込めてその場を後にした水晶が、転がっていた。
「……おっと!!?」
エインヘリヤルは弾かれたように完成した杖だけを持って弾かれるように洞窟を後にした。
―・―・―・―
「諸君、嘆かわしい事に、かの御子は既に我らとは袂を分かった。愚かしくもかの忌まわしき聖女の軍門に下ったのだ」
ノワールとセーラがその場を後にしたかつての黒教会の拠点にて、アレクシスは各地から寄せ集めたおよそ100人弱の教徒たちを前に厳かな口調でそう告げた。既に伝えられていた一部の教徒は反応しないが、今初めて伝えられた教徒の間に狼狽が伝播する。アレクシスはそれに動じる様子を一切見せずに、続けざまに言葉を紡ぐ。
「だが、これは我々の、黒竜の終焉ではない、始まりなのだ」
「かの御子は聖女の軍門に下った以上、かの偉大なる黒竜エンデの御子であるなどと、万に一つもあるはずもない。にもかかわらず、我々が見まごうほどの黒き神気をあの小娘が纏っていたのは何故か」
「実在するのだ。黒竜の核、魔晶核は、今なお、この世にとどまっておられるのだ! あの小娘は所詮、偶然手に入れた魔晶核からの恩恵を、さも我が物のように振り回していた愚物にすぎん!」
芝居がかったアレクシスの口調は、留まるところを知らず、徐々に勢いを増していく。
「そのようなものをあの汚らわしい大隊風情が見過ごすことなどありえない。故に、候補も搾れるというもの。そして先刻、我々は発見したのだ! 魔晶核の封印されし地を!」
徐々に上がっていく教徒の熱気を煽るかのように、アレクシスは矢継ぎ早に言葉を紡ぎだす。
「場所は忌まわしき聖女と我らが黒竜が戦いを繰り広げた黒竜の顎! 今なお負の魔力が色濃く残る最後の地!」
「もはや言葉は不要! 我々は黒竜を豚女共の封印から解き放ち黒竜の恩恵と、復活を遂げる偉大なる黒竜エンデと共に! 世界を終焉へと導く救世主となるのだ!!」
「ここに、最後の聖戦を宣言する!!」
アレクシスの宣言と共に、教徒が熱に浮かされたような叫び声をあげる。
「開戦は明日! 総員、信仰を捧げよ!!」
その知見が正しいものかどうかなど問題ではない。彼らにとって何よりも必要なのは、燃え上がる薪であり、燃えるのならば何でも良い。それはある種の世界の真理であり、だからこそ、断崖へつながる坂道を狂喜しながら転げ落ちる彼らのような人種も存在しうるのである。
まぁ、その薪は忌まわしき聖女のやらかしとやらかしをごまかそうとして発生したやらかしによって構成された物なのだが、知らない方が幸せになれる場合が多いのも、世界の真理である。