【完結】聖女(俗物)が10日で駆け抜ける世界救済(現場猫案件) 作:sugar 9
禁忌指定術式、言葉を選ばず言えば、何らかの要因でそれ以上の使用や術式の改良は疎か、他者へと情報を受け渡すことすらも禁止される術式である。
禁忌指定を受ける条件は種々様々だが、最も多いのはその術式の要するコストに対するもたらせる被害の甚大さなどだ。極論ではあるが、辛うじて魔法を使えるだけのそこらの一般人が命を代償に払うようなデメリットがあったとしても町1つを吹き飛ばせるような術式が世に広まれば、秩序の崩壊は目と鼻の先だろう。
その反面、禁忌指定を受けるような術式を生み出したという事は、その時代において他とは隔絶した力量を持った魔術師であるという証であり、禁忌指定の術式を生み出した証としてその身に刻まれる赤い竜の爪の刻印は、魔術師にとってはこの上ない名誉の印でもある。名誉だけでなく溢れんばかりの富も齎されるそれは、魔術師にとっては大願の1つともいえた。
揃いも揃って最終的に使用を禁じられるほど危険な術式の探求に明け暮れるというのはどうなのかという見えるかもしれないが、禁忌指定を生み出せる魔術師はほんの一握りであり、そこに至るまでの過程で培われた技術は様々な事に活かされるため、技術の発展に一役買っているもの事実である。また、そういった一握りの天才の存在を把握し管理する事、他国にそういった理外の存在がいるという事を示す意味でも、禁忌指定は機能していた。
しかし、テレジア・アレムガルドにとっては、そんなことはどうでも良かった。
物心ついた時から神童として魔術師としての道を生きてきた。本来であれば一生で1つ、魔術師が禁忌指定を受けることを大願としているにもかかわらず、一般的に魔術学院を卒業する年齢の頃には両手の指では足りない禁忌指定術式を作り上げたテレジアは、まさしく神童と呼ぶにふさわしい存在だろう。
当然、彼女の元には使っても使いきれないほどの富と、少しでも魔法に通ずるものであれば畏敬の念を持って道を譲る名声が齎された。まだ少女といえる年齢の頃に、テレジアはその領域に至っていた。
だが、テレジアは何一つ満たされることなく、魔術の研究に邁進し続けた。
テレジアが魔術の道を追い求める理由はただ1つ、未知を既知にする行為が心地良いから、という、同じ道を征く者にとっては噴飯ものの理由だった。
己の世界に欠けていたピースを埋めていく行為、これは、あまりのも周囲と隔絶した才を持っていたが故に他者とのつながりに意味を見いだせなかった彼女にとっての唯一の娯楽であった。
しかし、彼女による禁忌指定術式が20を超えた頃。行き過ぎた名声や富は畏怖へと変わりつつあり、やがて彼女はこの世に必要のない災厄のような禁忌指定術式を次から次へと生み出すことから「天災」と呼ばれるようになり始めた。彼女からしてみれば、勝手に禁忌指定しておいて何をという話ではあるが、それでも彼女の存在そのものが国にとって利を上回る害になり始めた時、国は秘密裏に彼女を排除する方向へと動き始めた。
反面、テレジアを手中に収める事が出来たならば、それはもはやこの国の、否、この世界の魔術の主導権を握ったと言っても何ら過言ではなく、表では声高にかの天災の排除をと叫んでいたとしても、裏ではどうにかしてテレジアを手中に収めようとするものは後を絶たない。
決まった場所に居を構えると襲撃されるのが当たり前になり始めた頃。テレジアはそんな自身を手中に収めようとする権力者に寄生するような生き方を選び始めた。
研究する場所に貴賤はなく、そこに自身さえあれば研究をつづける事は可能だと考えたからだ。
そうして権力者に取り入って思う存分研究を続け、権力者からの干渉が目立ち始めたら容赦なく手を切る日々。
「テレジアさん、ですね! よろしくお願いします!」
テレジアにとって、セーラはそんな幾度となく乗り換えてきた宿主の1人でしかなかった。落ちこぼれたかつての出世頭のミナト・デア・フォーゲルワイデ。没落した貴族の跡取り娘にして才児でもあったメア・シュナイダー。そんな二人を侍らせながら、破竹の勢いで成果を上げる変わり者の彼女に興味を抱いたのも理由の一つかもしれない。
変化はすぐに訪れた。
テレジアを以てしても、彼女はこの世界から外れた存在だった。底の見えない魔力、千変万化する術式。テレジアが必死に探っても探ってもまだ未知が出てくる。
未知を見つけ、仮定を立て、実証して未知を既知にする。この単純な工程がセーラに関してはまるで当てはまらない。未知を見つけ、それに対する過程を建てようとする間にまた新しい未知が出てくる。
テレジアにとって、セーラは宝の山だった。叶うならば、彼女の身体を身体機能から魔力的なものに至るまで漏れなく解き明かし、ありとあらゆるデータとサンプルを手元に置いておきたい。無論、セーラに人生を文字通り180度変えられた者ばかりである聖女の大隊においてそんなこと許されるはずもないのだが、それでもセーラの近くに常に身を置ける聖女の大隊から離れるという選択肢は、既にテレジアには存在しなかった。
「テレジアさん、外で物資の搬入をしているので手伝ってください」
「私に肉体労働をしろと……?」
「そうです、早くしてください」
人間としてのセーラがテレジアから見てどうかと言われれば、良く分からない。そもそもまともな人付き合いなど生まれてこの方望むことすらなかったテレジアにとって、口先だけでなく正真正銘対等に接することのできるセーラという存在は何もかもが異物と言えた。慣れ親しんだ、という意味で言えば、セーラがテレジアを聖女の大隊に引き入れた際に警戒心を隠そうともしなかったミナトやメアの反応の方がよほど慣れたものであった。
だが、楽しそうに未開の地を歩き、その地の植生や動植物に目を輝かせる彼女の姿には親近感を覚えるものがあったし、生まれて初めて対等に接し、接されることができる彼女と共にそういった日々を送るのは悪くない、と思えた。
だからこそ、邪竜エンデとの戦いを終え、魔物との戦いの為に東奔西走することもなく、聖女の大隊の本部で自室にて書類業務をこなし、時には催事や行事に出席する。そんな、テレジアからしてみれば死んだように生きているも同然の生活を、セーラが当然のように享受し始めた時、テレジアは自分の目を疑った。
事実、問いただしたこともある。
何故こんな退屈極まる生活を当然のように受け入れるんだ。これまでの暮らしとは対極の、予想外も未知も存在しない乾燥した日々だぞと。
セーラは何を聞かれているのか分からない。とでも言わんばかりのきょとんとした表情を浮かべた後に、困った様な苦笑いを浮かべてこういった。
「皆さんと、こうして一緒に生きていられる。それだけで、私は十分幸せです」
セーラは当然のことのようにそう言って見せた。本当に満ち足りたような笑顔でそういって見せた。
テレジアは言葉が出なかった。まるで、あの時探求に目を輝かせていたセーラを、他ならぬセーラ自身に否定された気分だったからだ。
当然、彼女が世間一般で言うところの聖女であるような気味が悪いほどの優しい心の持ち主であることは知っていた。だが、それでもあの時探求に目を輝かせていたセーラもまたセーラの一面であるはずなのだ。それを抑え込んで、こんな生涯を送らせることが本当に彼女の為になるとでも思っているのか。あれだけ多くの物をセーラから受け取り、あまつさえ事実上の魔物の根絶による恒久的な平和などという人類の歴史が始まって以来誰も成し遂げなかった偉業を成し遂げた者に対する仕打ちが、籠の鳥として飼い殺すことだとでも言うのか。
そんな思いを抱えながら、常に傍に誰かがいると言っても過言ではないセーラと偶然2人きりになる機会があったある日。テレジアはセーラに問いかけた。
ここは息苦しい、穏やかな生活なんて耳触りの良い方便で、君にとっては自由なんて1つもない。一緒に出ていかないかと。
セーラは冗談だと思って笑ったが、テレジアにとっては殆ど本気だった。この誘いを断られたら、彼女とはもう縁を切り、権力者に寄生する日々に戻ろうとも考えていた。
だが、今でもテレジアは聖女の大隊の一員としてセーラの傍で、セーラに仕える生活を続けている。否、テレジアは問題ない。今なおセーラの異常な魔力量などをはじめとした神に選ばれたとしか言えない身体のは明かしきれていないし。悲しい事にテレジア自身はテレジアだけあれば魔術の探求は出来る。それこそ四肢をもがれたとしても、彼女が死んだように生きる日々などありえない。
だが、彼女は、セーラはどうなのだろうか。そのことを思えば、テレジアにとってセーラの元を離れる選択肢などありえなかったのだ。
これでセーラがその時幸福の絶頂に居なければ素敵な駆け落ちエンドもあり得たのかもしれないが、デスクワークをしながらクッキーをポリポリかじるセーラはそのことを知る由もない。
―・―・―・―
「テレジア、容体はどうなっている」
「悪くはなっていないが、良くもなっていない。あれ以上魔力を奪われる前にセーラが自力で脱出して見せたんだろうね。良くも悪くもこれまで通りの回復量だ」
「そうか……」
ミナトがテレジアの研究室に入る。普段ならば魔術に関係する宝石やスクロールが所狭しと散らばっているテレジアの研究室だったが、今はそういったものが全て端に乱雑に押しやられ、空いたスペースに置かれた寝台に先ほどミナトと共に帰投したセーラが横たわっていた。
ただでさえボロボロの状態だったセーラはわずかな魔力を振り絞ってミナトとノワールの衝突を防いだ。聖女の影から逃げ出すのに魔力をほとんど使ったのか、ミナトもテレジアも初めて見るほど魔力が枯渇しきっていた。それに加えて、ミナトとノワールの攻撃を同時に受けた際のダメージも残っている。外傷こそそれほど大きくはないものの、体内はミナトの魔力による雷と、ノワールの闇の魔力の奔流の激突の中心にいたため、一部は雷で焼き切れているし、一部は負の魔力によって浸食されかけているという散々な様子だった。
「全力は尽くすが、それは医療班にやらせればいい。それよりも、私の主戦場はあの影をどうするかだ」
「ああ、
テレジアとミナトが視線をセーラから外す。二人の視線の先にあったのは、大きな黒い水晶のようなものが無数にはめ込まれた刃渡り2mはあろうかという大剣だった。
「だが、本当に可能なのか? 負の魔力の侵食を利用して逆に魔晶核を支配下に置くなど」
「計算が正しければ、まぁ正しいんだが、理論上はこの星が丸ごと負の魔力に侵食されたとしてもこの星ごと 支配下に置けるよ。まぁ、魔晶核がどんな化け物だったとしても、暴走させて自滅に追いやるくらいはできるはずさ」
「冗談でも笑えん」
大剣にはめ込まれた無数の黒い水晶は大剣の刀身に刻まれた赤い線で結ばれており、回路のような様相を呈していた。
負の魔力は正の魔力を侵食する性質を持つ。それは、正の魔力を自身の支配下に置く行為であるともいえる。ならば、魔力の支配権を保ちつつ水晶にため込まれた使用者の魔力を負の魔力に染め上げさせ、魔物をはじめとした負の魔力由来のものに干渉することができるはずであるという考えから生まれた物であり、そのアプローチからテレジアの才覚を以て練り上げられたそれは、魔晶核を統治下におけるほどのものとなっていた。
「で、どう使えばいい?」
「魔物なら雑に突き刺せば大剣を通して支配が可能になるが……これを使えるのは恐らくセーラだけだよ?」
「……は?」
「そんな怖い顔しなくても良いじゃないか」
さも当然のことのように言ってのけるテレジアに対して、ミナトは明確に殺意の籠った目つきでテレジアを見据える。テレジアは肩をすくめておどけるような仕草を見せた後に喋り始めた。
「あくまでこれは支配権を獲得するための装置だ。権利を持っていたとしても能力が無ければ支配など出来るはずもない。ここで言う能力というのは魔晶核などという星にも匹敵する魔力量を操作するに足る経験、そして実際に操りうる力量の事だ。人の歴史が始まって以来、そんな能力を持っているのはセーラしかいないと思うよ?」
「っ……はぁ」
ふざけるな、そう口に出しかけた所をミナトはすんでの所で抑え込んだ。セーラに対して不純というよりは危険といえる思想を持っているテレジアは、ミナトと信頼を築くまでにかなりの時間を要したが、それでもその技術力はこの国どころかこの世界を見渡しても数える程度しかいない存在であり、剣を振るう事しかできないミナトがそこに首を突っ込むことは愚かであると感じたためだ。
それに何より、どうせセーラは立ち上がる。立ち上がってしまう。ならば、少しでも生きて帰る可能性を高める事こそが、ミナトの為すべきことである。
「テレジア、言うまでもないが……」
「ああ、まだこれの存在を知っているのは私とメアと、たった今知った君だけだよ」
「ならいい」
言うまでもなく、それを扱う者の魔力という上限があるとはいえ、魔物を意のままに操れるようになる装置など争いの火種にしかならない。あくまでこれは、魔晶核というどうしようもない存在をどうにかするために用意された物である。
「そういえば、メアはどうしているんだい? 根回しを行っているものとばかり思っていたら先ほど隊舎に入るのが見えたんだが……」
「私が連れてきたノワールと話している」
「ああ、あの影によく似た負の魔力を扱えるという。後で時間をもらっても?」
「構わない。が、もう時間の猶予がない。情報収集にしても手短にな」
そう言ってミナトはその場を後にし、魔晶核を本当に撃滅するための任務の準備に取り掛かった。
―・―・―・―
「ふむ、では、その黒いセーラに憧れて人助けの旅をしていたと」
「……何も言わないんですか」
「何故そんなことをする必要がある? 私達は君みたいな女の子をトップに据えてここまで走ってきた集団だ。君のことを尊重こそすれ、軽んじる理由などどこにもないよ」
同じ時刻、聖女の大隊が用意している応接室にて、メアとノワールが豪奢な装飾が施された机を挟んで椅子に座った状態で向かい合っていた。中性的な美貌を持つメアと、黒教会の残党が御子として祭り上げる程度には見目麗しい容姿を持つノワールが向かい合う様は非常に絵になったが、それを見ている者は誰一人としていなかった。
メアは慣れた様子で優し気な笑みを浮かべながらノワールに話しかけるが、ノワールはどこか緊張した様子を隠せずにいた。
ノワールにとって、騙し騙される会話というのは、決して不慣れなものではなかった。彼女が身を売って稼いでいた町において、人間関係というのは利害と結びついて決して離れない物であった。故に、損得の天秤が傾けば今日の親友が明日の敵になることも当たり前。そんな世界だった。ノワールの家族が暮らしていた村は黒教会という一つの信じる物があったためにそのような事はなかったが、結局最後まで黒竜を信じる事が出来なかったノワールにとって、敵か味方かという概念しかない町での暮らしの方が性に合っていた部分はある。
だが、所詮はろくに世の中を知らない小娘が今日を生きるために身につけた知識であり、どうしても限界はある。
「全く、僕には敵意は無いという事を伝えるのにどれだけかかるのやら」
そんなノワールから見ても分かった。目の前の存在は物が違うと。視線が、所作が、全てがこちらの意図や内情をさながら簡単な数ピースのパズルを組み立てるかのように紐解いてくる感覚がある。表面上では親し気に話しかけてくるが、一皮むけばどんな表情をしているのか、ノワールは考えたくもなかった。
「ですが、ミナトのように、あなた達はあの人を敵視している。殺したいほどに」
「ああ、間違いないね君にとっての聖女が私達の聖女を害したんだ。当然だろう?」
ノワールがあえて挑発的な言動をとるが、メアは何を当たり前のことをとでも言わんばかりに眉1つ動かさずににこやかな表情のまま告げる。
「では、何故」
「君を傷つけないのか? 簡単だよ。君はセーラを救った。セーラが君を傷つけるなといった。それで十分だ」
セーラの願いを叶えることが、私達の存在意義だ。メアはそれが当然のことであるかのようにそう言って見せた。ノワールはある種の恐怖を覚えた。それは、かつてノワールがどうしても共にいられなかった黒教会を信じる家族と同じように思えたからであり、にも拘らず嫌悪感を覚えなかったからである。
「君の方こそ、何故殺さなかった? ミナトは君の聖女をこれでもかと愚弄したんだろう?」
「…………」
今度は、メアがノワールに問いかける番だった。先程までの親し気な笑みとは異なる。切れ長の目をほんの少し鋭くし、何かを試すような不敵な笑みを浮かべるメアに対して、ノワールは視線を外し、少し考えるようなそぶりを見せた後、まっすぐメアの目を見据えて言葉を紡ぎだした。
「路傍の石でしかなかった私を救ったあの人のように、誰であろうと救う。そう決めたので」
そこで、初めてメアの表情に変化が起こった。目じりがほんの少し動いた程度の些細な動きではあったが、それまでの機械的に動くメアの表情とは違う、明確な変化であるようにノワールは感じた。
「それは、君の聖女になりたいからかい? それとも、隣に立ちたいからかい?」
「……多分、どちらも違います」
「というと?」
「歩きたいんです。私にとっての光に向かって。どんなに惨めでも、苦しくても、歩きたい道があるという幸せを手放さないために」
それは、ノワールの口から自然と飛び出したものだった。飾らず、嘘もなく、するすると流れ出るように口から出たその言葉は、ことエインヘリヤルが関連する事柄において少しでもエインヘリヤルの信頼に背くようなことをしたくないというノワールの信条の発露だったのだろう。
「……良いだろう」
そんなノワールの様子を見て、メアは一度目を閉じ、しばらく黙った後に立ち上がり、ノワールに手を差し伸べた。
「だが、救われるだけなんてもう真っ平御免だ。一緒に全部救おうじゃないか。私達の聖女も君の聖女も、きっと思いは同じだろうからね」
「セーラーーーー!! どこですかセーラーーーー!!」
そんな
「すぅ……すぅ……」