【完結】聖女(俗物)が10日で駆け抜ける世界救済(現場猫案件) 作:sugar 9
思えば、転生なんていうものを経験しても、根っこの部分は何一つ変わっていなかったのかもしれない。
セーラは時折、そう考える事がある。
生まれはなんてことはない普通の家だった。今思えば、貧富の差が激しいこの世界において、かなり恵まれた地位にいたのだが、当時のセーラはそんなこと知る由もなく、生まれ変わったことに対する喜びを噛みしめて生きていた。
この世界には、魔術があった。おとぎ話の中の存在だったそれに、セーラは胸を躍らせた。具体的には魔術に関するものを何でも貪欲に吸収するようになった。
転機となったのは、生まれ育った小さな町が魔物に襲われた日。無我夢中で放った魔法によって魔物の大軍を殲滅したあの日。
目撃者がいたわけではなく、ただ状況的にセーラ以外がやったとは思えないから、町中の人がセーラを町を救った英雄として祭り上げるようになった。
セーラとしては、悪い気分ではなかった。二度目の生を受けても魔法を除けば特に変化のない生活を送っていたセーラにとって、多くの人に褒め称えられるというのは初めての事であり、人並みの承認欲求を持つセーラにとって、それはきっと心地良い事であった。
心地よい事がもっと欲しくなるのは自然な事であり、セーラは才能が任せるままに人助けをし始めた。
魔物の退治から、町の清掃、変な時には祭事の際の彩。セーラは言われるがままに望まれたことを望まれたようにこなした。
そんなことをしている間にも驚異的な才で以て成長を続けていたセーラの魔術は、それらを全て可能にするほどに、セーラという存在を高みへと押し上げていた。
やれないことはない。けれど、やらないことはあった。
それは、人殺し。
セーラは恐らく、この世界で唯一「死」を知っている。全てに平等に、無慈悲に訪れる終わり。人間は死に特別な意味を見出すが、セーラからしてみれば、その瞬間まで知りようがないものに対して何故そこまで理想を抱けるのか不思議で仕方なかった。
「死」は終わりだ。上等な意味などなく、ただ蝋燭の火が消えるように、傾けた器からやがて水が全て零れ落ちるように、法則に従い、機械的に訪れるだけの終わり。
だが、それは恐ろしい。途方もなく恐ろしい。もはや転生前の記憶など自身の名前すら思い出せないというのに、あの暗く冷たいどこかと、身体の奥から広がってくる鈍い痛み、何もかも本当に終わりなのだという実感だけは何をしても忘れる事は出来ない。
自分がその目に合うのは言語道断。他人がそんな目に合うのも真っ平御免だ。魔物の命を奪う事も、人ほどでは無いにしても憂鬱だった。
本当のことを言ってしまえば、死などこの世から消し去ってしまいたいと思う。だが、仮に不死の術を作ったとしたらどうなるだろうか。まず、公表など出来るはずもない。全ての人類を一斉に不老不死にでもしない限り、「永遠の命」の奪い合いだ。そして目も当てられない惨状がセーラを中心に巻き起こるのだろう。それでは本末転倒にも程がある。
自分と、限られた親しい者にだけ不死にする? それも難しいだろう。それこそ、不死の秘密を求めた者によって死ぬより辛い目にあわされる危険が増す。
ならば、いっそ自分だけ不死になる? ある意味これが一番怖いのかもしれない。1人で1000年生きるという事は、1人で1000年分の死別を受け止めなければならないという事なのだから。
結局、人が人である以上、死は必要なのだと思う。死を誰よりも恐れながらも、セーラはそう納得することにした。
だからこそ、町に下卑た賊がやってきた時にもセーラは誰1人殺すことはなかった。それが出来てしまう事がある意味セーラの最大の不幸なのかもしれないが、そうしてセーラは罪人すら決して見捨てることがない、まさしく聖女の生まれ変わりであるとして、都に召されることとなった。
それからの日々は、まさしく激動の日々だった。当初は、「あんな片田舎で持ち上げられていただけの田舎娘など」と、誰もが蔑視していた中、セーラは適当にあてがわれた女性の団員を率いて町へ繰り出した。生まれて初めての外の景色に胸を躍らせる中で、セーラはいつもの事だからと都の人々の願いを聞いては、1つ1つかなえていった。
そうする中で、まずはミナトを救った。当初は死んだように生きているも同然だったミナトは、まさしく物語の中から飛び出した聖女であったセーラの傍で騎士として生きる道を見つけた。
メアを救い、民を生かす機械でしかなかったメアにとって初めての好機の的として、生きる理由となった。
テレジアと出会い、生まれてこの方ともに歩ける者など誰もいなかったテレジアにとって初めての友となった。
では、彼女達との出会いを通して、セーラは何か変われたのだろうか。そう問いかけられた時に、セーラとしては恐らく答えに窮するだろう。
何故なら、ここに至るまで、セーラは一度として自分で何かを決めたことがない。目の前で起こったことに対応して、救いたいと思ったものを救う。将来的に何がしたいかとか、そのために何をしなければならないとか、セーラは一度も考えたことはない。ただ、今この瞬間、助けたいものを助ける。ミナトが加わり、メアが加わり、テレジアが加わり、聖女部隊と呼ばれていたものが聖女の大隊となり、事実上の国の最高戦力となってもなお、その姿勢は変わることはなかった。
目の前で困っている人がいたら、出来る限り助けたい。その気持ちは、今も昔も変わらない。だが、やることが大きくなるにつれてしがらみが増えるのもまた、今も昔も変わらない。聖女部隊から聖女の大隊へと名前が変わり、その名声が高まるにつれ、各地から都合の良すぎる救済を求める声が後を絶たなくなり始めた。
当然、セーラは神様でも何でもない上に、知恵が回るわけでもない。基本的に彼女が1人で解決できるのは彼女の圧倒的な暴力でぶん殴って解決できる問題のみ。ミナトやメア、テレジアという類稀なる能力を持った仲間を持ってからは出来る事も増えたが、それでもすべては救えない。
――何故もっと早く来てくれなかったのか。
――あの村は助けたのに、何故私達の村は助けてくれなかったのか。
助けに入った地でそういったことを言われるのも、決して珍しい事ではなかった。送った救援が紙一重で間に合わなかった時などは、生き残った民から罵詈雑言を叩きつけられることもあった。当然、そんなことを言う者は少数派ではあるが、激しい後ろ向きの意見が目立つのは世の常だ。
それらの声を、セーラは決まって一番前で受け続けた。何も決められず、目標も持たず、ただ困っている人を助けたくて、誰かが喜んでいる顔が見たくて、感謝されたくて、受動的に動き続ける。聖女と呼ぶには俗物にも程がある自分にとって、果たすことができる数少ない責任だからだ。
そして、そうして流されるがままに歩む中で、彼女達と敵対する者も少なからず出てきた。無償の救済をバラ撒くセーラ達の行為は、穿った見方をすれば救済の安売りであり、救済の価値を著しく下落させるものだ。ならば、その救済を売って来たもの、特に教会勢力にとって、セーラ達はもはや災害と言って相違なかった。
妨害は多種多様に及んだ。悪評の流布、任務の妨害、あるいは直接的な刺客。ミナトやメア、テレジアがいなければ、恐らくは今のようにはいかなかっただろうことはセーラにも容易に予測できた。
挙句の果てに、彼らは彼らにとって不倶戴天の敵である黒教会にまで話を持ち掛けるようになった。魔物にとっての大敵であるセーラは、黒教会にとっても忌むべき存在であり、教会勢力と黒教会が部分的にとはいえ手を組み、偽の任務で遠征を行っていたセーラ達を襲撃するという異例の事態が起こった。
バカみたいな話だ。感謝されたくて聖女になったのに、それが回りまわって自分を殺しにかかる暴徒の群れと化したのだから。
1人ならば容易く全員を制圧することができただろう。だが、遠征で疲労がたまっていた他の隊員を守りながらの戦いはセーラを以てしても容易いものではなく、その敵が知性を持った人間であり、尚且つ目の前の憎き敵を倒すためならば死すら厭わないと熱狂する死徒の群れを相手にするのは、セーラとしても初めての経験であり恐怖そのものであった。
腕が捥げようが走り続け、足が捥げようが這って進み1人でも道連れにしようとあがき続ける。傷つき、疲労した隊員を巻き込まないようにしつつ、それらを退けるのは困難を極めた。
このままでは、守り切れない。焦りが心を蝕み、焦りから唇が震える。
そうして、無我夢中で振り切った光の剣から、ぐちゃり、と、何かを切りつぶしたような感触が伝わってきた。
空になった思考で、ほとんど反射でそちらの方を向けば、そこには教会の教徒の頭が、何かにとりつかれたような笑顔のまま胴から離れて地面を転がっていた。その笑顔は、まるでお前が殺したとセーラに訴えているかのようだった。
それは、生まれて初めて、人を殺した感触だった。
すんでの所で1人の死者も出すことなくその襲撃をしのぎ切った後、セーラは初めて任務を中断し帰還。
そこで、セーラの心は一度死んだ。そもそもセーラ以外の隊員はこれまでに少なからずそういったものを手にかけているというのに、セーラはたった一度自分で手にかけてしまったというだけで心をズタズタに引き裂かれてしまった。
もううんざりだ。沢山だ。
そうしてセーラは、少しでも自分が力を振るわなくて済むように、魔物が生み出される諸悪の根源。邪竜エンデの討伐という初めての目標を持つのだった。
―・―・―・―
「……っはぁ!」
なんだか自分のテンションに合わないすんごい重い夢を見ていた気がするセーラが汗だくになって跳ね起きると、そこはある意味見慣れた聖女の大隊の隊舎にある医務室のベッドの上だった。
自分の身体を見てみれば、バッサリいかれた右腕やミナトの紫電によって焼かれた部分に包帯がまかれているものの、若干痛むだけで問題なく動く。自分の体内に意識を向けてみれば魔力もほとんど回復しきっていた。
「はぁ……」
久しぶりの充足感、よしんば襲撃されたとしても、先日のような事態になっても自分1人で対応できる。その安心感はセーラにとって非常に久しぶりに感じる物であった。
「……ん?」
ここで、セーラの胸に1つの疑問がよぎる。
待って、こんなに回復してるって、私どんだけ寝てたの?
「セーラ! 目が覚めたんだね!」
彼女が跳ね起きたことを察してか、メアが病室に駆け込んできた。その目には涙が浮かんでおり、セーラの左手をつかみ、まるでその温かさを確認するかのように頬に寄せた。メアのべらぼうな顔面偏差値の高さも相まって、見慣れているはずのセーラですら少し胸の鼓動が激しくなってしまった。
「メア、私が帰ってきてから何日経過していますか!?」
メアが頬に寄せていた左手でそのままメアの頬をつかみ、かなり激しく問い詰める。
「ふ、2日、だよ?」
「~~~~っ!!」
即ち、カウントダウンまであと1日、エインヘリヤルの言葉を信じるのならば、もはやいつ魔晶核にかけた時間停止魔法が解けて、そのままの勢いでッパーン!ってなってもおかしくない状態である。
「行かない、と……!」
「ま、待てセーラ!」
ベッドから飛び降りて走り出そうとするセーラを、メアが呼び止める。流石に無視するわけにもいかずセーラはメアの方を振り返る。
「……っ」
メアは一瞬言いよどんだ。今から言う事は、セーラを戦場へと追いやる言葉である。当然、メアはセーラが戦う事なんで臨んでいない。文字通り命を懸けてミナトとノワールの衝突を止めて、メアやミナトでも見たことがないほどに傷ついたセーラにこれ以上戦えという事は、包み隠さず言えば苦痛であった。
「重っ……っこれを」
「これは……?」
メアは壁に立てかけられていた刃渡り2mにもなる大剣を重そうに引きずりながら引っ張り、セーラに手渡した。視界の端には入っていたがごっつい大剣をセーラは若干困惑気味に受け取る。
「テレジアが作ったものだ。
「なるほど……」
(ええええ何かすごいの来たーーーー!!?)
表面上は興味深そうにしげしげと魔晶転換機を眺めているセーラだったが、内心ではかなり驚き散らかしていた。具体的には、死にかけてまで正の魔力と負の魔力をぶつけた際の対消滅で魔晶核を消し飛ばせばいいんじゃね? とかいう脳筋戦法しか思いつかず、挙句の果てにはそのための準備で文字通り死にかけた自分の苦労は何だったのかとか。などと思ったが、10割自業自得なため、何も言えねぇ。
(いや、でもこれ使ってもって話ですよね……)
とはいえ、まさか時間停止魔法に包まれた魔晶核が爆発寸前であることなどテレジアやメアが知る由もない。
「正直、どうしたものか悩んでいましたが、これで行けそうです。本当に、ありがとうございます」
「僕じゃなくてテレジアに言ってやってくれ。君が連れ去られてからずっと寝てないんだ」
そんな内心などおくびにも出さず、凛とした顔つきのまま、セーラはメアに微笑みかける。それに対してメアもまた、平静を装いながら苦笑いを浮かべ、セーラの肩に手を置く。セーラが連れ去られてから一睡も出来ていないのは、メアもまた同じなのだが、死にかけで半ば意識を失いながら眠りにつき、目覚めたと思ったら再び命を懸けた戦いに赴くセーラに比べれば、この程度苦にすらならないからだ。
「では、行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」
それだけ言い残し、セーラはその場を後にした。
メアはしばらくの間何をするでもなくそこに佇んでいたが、セーラの足音が完全に聞こえなくなってから言葉を紡ぎだした。
「……ノワール、頼めるかい?」
メアがそういうと、メアの右斜め後ろの虚空からまるで出来の悪いカット編集のように唐突にノワールが現れた。先程までは、光に干渉する術式を用いて、メアの傍に潜んでいたのだ。
だが、セーラはそれに気づく素振りすら見せなかった。当然ではあるが、このようなミナトやテレジアでも容易に気づける子供騙し未満の術式だった。
「……じゃあ、セーラは」
「ああ、君に気付いている素振りすらなかった。恐らく、未だに満身創痍に近い。こういう時、セーラは決まって自分1人で事に当たろうとする」
「あとはさっき伝えた通りだ。君の救世主と、僕達の救世主。その両方を救えるのは、君しかいない」
―・―・―・―
早足で自室へとやってきたセーラはエインヘリヤルとの通信に用いていた水晶を手に取ると即座にエインヘリヤルに向けて通信をかけた。
『セーラ! 無事ですか!』
「ぶっ〇す」
『本当にすみません!』
開幕セーラ自身転生してから初めて言い放つ罵倒だが、エインヘリヤルも自分がやらかしたという自覚はあったのか、平謝りから入った。
「いやほんと、気づかなかった私もアホですけど良くもまぁやってくれましたねぇ……いやほんと嘗てないほど死を感じましたよ」
『すみません……まさかセーラが後先考えず深夜テンションで魔力をありったけぶっこむとは思わず……』
「私のせいと!!?」
『そもそも全部あなたのせいですよ!!』
「それ今関係ないですよねぇ!!?」
その後もやいのやいの言い合っていた2人だが、ひとしきり言い合ったとに2人そろってため息をついた。こんなアホらしい言い争いに時間を使えるほど、今は余裕と呼べるものがまるでなかったからだ。
「とはいえ、ぶっ〇すのは後です。もう明日です。さっさと集まって始めます。 術式はもう完成してますよね」
『当たり前です。当たり前なんですけど……』
「え、やめてくださいその想定外の事態が起こってる口調」
『その、セーラを探している間にセーラの言っていた黒教会の残党と出くわしまして。祭られてます、今。このままそっちに行くと彼らが何をしでかすか……』
「…………はぁ!?」
―・―・―・―
あの黒竜の御子を騙った愚か者への認識を改めなければならないだろう。
アレクシスは、ノワールに対してそんなことすら思っていた。
黒竜の顎、今なお負の魔力が色濃く残る、黒教会にとっての最後の聖地。恐らく、ノワールが黒竜からの恩恵を受け取ったであろう場所。そこにアレクシスたちが歩を進める中で、彼らはそれと出くわした。
その見た目は確かに彼らにとって不倶戴天の敵である聖女と瓜二つの容貌を持っていた。
だが、その中身はまるで違う。溢れんばかりの無尽蔵な負の魔力。かの黒竜を彷彿とさせる夜を切り取った様な黒髪と、血のように赤い瞳。こちらを塵芥とも思っていないような圧倒的上位存在としての存在感。
アレクシスは確信した。あれは黒竜の御子などでは断じてない。あれこそが黒竜の生まれ変わりであり。黒竜そのものなのだと。
ノワールは彼女に愚かしくもかの忌まわしき聖女と同じ無償の救済の理想を垣間見たらしいが、実物を目にしたアレクシスからしてみれば、ノワールのあまりの無知蒙昧さに笑いすらこみ上げるほどだった。
これほどの絶対的な存在からしてみれば、目の前の命が1つ消えようが生きようが認識すら難しいだろう。ノワールを救ったのも、黒き剣を授けたのも、完全なる気まぐれでしかない。何をどう間違えたらこのような絶対的な破滅から聖女の救済を導き出せるのか、アレクシスは黒き神の御前でなければ笑い転げていたことだろう。
――あなたこそが、黒竜様。あなたこそがこの世に破滅をもたらす黒き神! どうか、どうかあなたが齎す破滅の一助を我々にも、いえ、それすら不遜! 貴方様を、否、貴方様が齎す破滅を、どうか我々にも拝謁させて頂きたい!
そういうアレクシスに対して、まるで彼らの言葉を聞くかのように佇んでいた黒き神は何も言うことなく、彼らに背を向けて歩き始めた。
だが、アレクシスの、教徒達の狂喜が止むことはない。そうだ、それでよい。神の前に、人間風情が自身を信奉しているか否かなど問題にすらならない。それどころか、認知することすら難しいだろう。それでもなお、自分たちの言葉を耳に入れてくださり、その上で歩き始めた。
つまり、好きにしろという事だ。
この神についていけば、この世に齎される滅びを、最上級の席で目に入れることができるのだ。
(我らの苦難の道、我らに齎される試練の数々は、今この瞬間の為にあったのだ!)
思えば、あの忌まわしき聖女が魔晶核を討滅して見せたという、今となっては鼻で笑うしかない報せが世に知れ渡ってから、彼らの道は苦難に満ち溢れていた。この世にもはや黒竜は存在しない、滅びは齎されないのだという事実に耐えられず、黒き聖なる炎に身を投げ、黒竜と末路をせめて共にしようとする同胞も多くいた。影に潜みこそすれ、世界各地で滅びを世に齎すべく動いていた黒教会の勢力は目に見えて衰え、もはやまともな活動は望むべくもない状態になっていた。
そういう意味では、戦う力も衰え、泥を啜りながら生きる事になり、それでもなお滅びを諦めなかったアレクシス達の方がむしろ異端とすら言えただろう。
だが、それらの苦難は大きな蕾となり、今まさに花開いたのだ。
アレクシス達は、今まさに幸福の絶頂にいた。
(……どうしましょうか、これ)
邪竜の顎への道である獣道で歩を進めながら、エインヘリヤルは、そんな荒ぶる黒教会の残党を背に、悩んでいた。必死にセーラを探す中で偶然出くわした決死隊のかくやというヤバい覚悟をみなぎらせた黒教会の教徒達。はっきり言ってしまえば、セーラと同じく極端に人殺しを嫌うエインヘリヤルをしても「ヤる、か……?」と思わせる程度には現状は最悪だ。
このまま邪竜の顎へ向かえば、彼らが何をしでかすか分かった者ではない。それこそ、腹にダイナマイトを巻き付けて時間停止魔法を解きかけている魔晶核に突貫してボッカーーン、時間停止魔法パリーーン、世界アボーーンとなることも容易に予想できる。
元々の計画では、劇場版光聖女VS闇聖女 2人は聖女でMAXHURTを行う中でなんかいい感じに共闘を行う流れになった2人がいい感じに光と闇の魔力をぶつけて対消滅を発生させ、魔晶核をいい感じに消し飛ばすというフワフワ計画だったのだが、フワフワ計画においてイレギュラーは致命的な要因になりかねない。
意識を消し飛ばしてしばらく眠らせようにも、彼らの実力は完全に未知数。意識を刈り取ろうとした結果変に反抗されて蜘蛛の子を散らすように逃げられる。意識を刈り取って適当に閉じ込めといたがすぐに復帰して即脱出→邪竜の顎に突貫してアボーン、なんてことになったら目も当てられない。
(邪竜の顎付近で、やる、くらいでしょうか……)
邪竜の顎付近でいろいろやりながらもギリギリ探知できる範囲で可能な限り全員まとめて意識を吹き飛ばす。現状、誰も殺さないという条件付きで、1人で出来る事はそれくらいだった。
そんなことを考えながら歩いていると、気が付けば獣道の終わりが見えた。あそこを抜ければ、邪竜の顎が存在する、セーラとエンデの戦いによって出来上がっただだっ広い荒野が広がる。早めに決断しなければ、エインヘリヤルがそんなことを思いながら獣道を抜ける。
「やはり、読み通りか。分かっていたが、メアの先見も凄まじい」
(えっ)
そこには、本気で戦闘のみを行う際に纏う重武装の鎧を身にまとったミナトを先頭に、聖女の大隊の主力部隊、延べ1000人弱が陣を構えていた。聖女の大隊が用意できる最大戦力であり、テレジアが作り上げた最新の装備によって身を包んだ。文字通り国すら容易に陥落させることが可能な戦力である。
「貴様を邪竜の顎へは行かせない。セーラが全てを終わらせるまで、付き合ってもらおうか」
「汚らしい聖女の家畜共が。黒き神を前に、不遜にもほどがあるぞ」
(えっ)
ミナトの言葉に対して答えたのはアレクシスだった。エインヘリヤルが弁明を言う暇もないほどの見事な即答であった。思わずエインヘリヤルがアレクシスに視線を向けるが、アレクシスがそれに気づく様子はない。
「アレクシスか。生きていたのかと思えば今度は偽の聖女に尻尾を振るとは、堕落もここまでくると見事だな」
「ほざけ、神の前にひれ伏さないのならば消えろ」
「そういう訳にはいかない。総員! 状況を開始せよ!」
ミナトの勇ましい声と共に聖女の大隊の隊員が身構え、歩みを進め始める。
「総員! 家畜共を神に近づけさせるな! 信仰を捧げよ!」
それに応じるかのようにアレクシスが声を上げると同時に、黒教会の残党三百名弱がさながら一つの生物のように動き出し、エインヘリヤルを聖女の大隊から守ろうとするかのように陣を形成し始める。
戦端が開かれ、両者が侵攻を始める。
(何でええええええええええええええええええ!!!?)
エインヘリヤルの渾身の絶叫(内心)が届くものなど、誰もいない。