『終わりの始まりは突然に』 作:のーとりあす
◆◇◆
俺の名前は
ただの凡人、どこにでもいる、何の変哲もないニートだ。
俺は今、困っている。
とても、とっても、困ってるんだ。
助けて欲しい。
いや助けてくれ。
金はないけど、感謝はするから。
だから助けてくれないだろうか、誰か。
視界の端で、何かが動いた。
「──ひっ」
情けない声が出た。
ドス
何かの倒れる音がした。
何が倒れたのか、気になったライトは音のした方を見た。
すると、そこには──。
「……う゛……あ゛……」
倒れていたのは人だった。
いや、人だったもの、だ。
それを人だとだと思ってはいけない。
それは人の形をした──死体だ。
動く死体。
すなわち──ゾンビである。
「……なんで、なんでこんなことに」
ライトは平凡な青年である。
平凡な家庭に生まれて、平凡に育った。
平凡な日本人である。
そうやって平凡に生きて、平凡に死ぬはずだった。
なのに、突如として、ヘイボンだった日常は──非日常となった。
「……だず、げで……らいど……」
◆◇◆
始まりは朝だった。
ライトは寝ぼけ眼のまま起き上がった。
昨日は友達と夜遅くまでゲームをしていたから寝不足なのだ。
「あぁ~楽しかった~!」
それを思い出して、ライトは体を伸ばしながら呟いた。
昨日はFPSをしていて、そこそこ活躍できた。
「んーやっぱりゲームはいいな! 俺の生きがいだ」
ライトはゲームが好きだった。
ゲームは良い。
ライトはそこそこ容量が良く、ゲームが得意だ。
それでいて負けず嫌いなため、ゲームに関係することなら努力ができた。
別に、プロになれるわけではない。
ただ真面目に遊ぶタイプの人間であるというだけだ。
他の友達よりも活躍し、友達に褒められるのは嬉しい。
ゲームで他者に勝つことを何よりの楽しみにしている。
「はぁ……一生ゲームだけしていたい……」
そう思うも、それが無理だということは理解している。
人は生まれた以上働かなければいけない。
遊んでばかりではいられない。
働かないと。
働かないと。
働かないと。
「あ、俺ニートだった! ……あはは」
笑えない冗談だ。
空笑いすら憚られる。
働かなきゃいけないと、わかってはいるのだ。
育ててもらった恩を返さないなんて恥知らずもいいところだ。
「はぁ……」
罪悪感が胸を満たす。
いつものことだ。
そうやって『自分はわかってる』、って、『自覚がない奴よりマシなんだ』って思ってないとやってられないからだ。
ようは『保身』である。
「……くっだらねぇ」
バッカみてぇ。
阿保らしい。
わかってるなら、働けばいいのに。
「はぁ……」
また溜息を吐く。
わかってても体は言うことを聞かない。
いいや違う。
俺はただ──。
「──ねぇ、もうご飯できてるんだけど」
「……!」
突然声がかかった。
驚いて咄嗟に振り向けば、そこには──妹がいた。
「聞いてんの? ご・は・ん!! はやく降りてこいクソニート」
そう言って、妹は行った。
相変わらず口の悪い妹である。
が、これもいつものことだ。
というか反論する余地もない事実である。
「………」
時計を見れば時間は七時半。
妹は中学生だからもうすぐ学校を出る時間だろう。
妹の通う中学は家から二十分ほどかかるからだ。
それなのにわざわざ声をかけてくれる。
それが優しさなのか。
憂さ晴らしの類なのか、ライトにはわからない。
「……ま、優しさだと思っておいた方が精神衛生上都合がいいよな」
ライトはそう考えながら、妹の言う通り階段を下りて行った。
ライトの住む家は一戸建ての実家だった。
◆◇◆
「もーご飯冷めちゃったわよ。レンジでチンする?」
下に降りてリビングに入るとマミーがお弁当を作っていた。
マミーってミイラのことじゃないよ。
ママのことね。
え? お前母親の事ママって呼んでるのかって?
おう、悪かったな。
俺は生まれてこの方ずっと母親のことはママって呼んでるんだ。
むしろそれ以外の言い方じゃ違和感あるし、多分マミーも傷つく。
だからマミーなのだ。ママという原型は崩さず、ちょーっとだけ言いやすくする。うん。無駄な抵抗だな。むしろ余計変だ。うるせー。家庭の事情なんだよ。関係ないだろ。
と、マミーが作ってるのは妹のお弁当だろう。
マミーは……。
言いにくいな。
母さんでいっか。
母さんは俺に気づくとそう言った。
「しなくていいよ」
「えーでも冷たいよ? チンした方がおいしいって」
「いいの。いつも言ってるでしょ。俺は冷たい方が好きなの。猫舌だし」
「絶対あったかい方がおいしいのに。もったいないわね」
「ちゃんとおいしく食べるよ。だからノー問題。で、朝ごはんなに?」
「卵焼きとベーコン、あとお米炊いたから適当に食べちゃって」
「あいあい」
ライトは返事をして、キッチンに入り、お椀を取り出して米をついだ。
やっぱり日本人は米だよなーと考えながら。
ついでに箸を取って、卵焼きとベーコンがよそわれた皿を持ちつつダイニングテーブルへと座った。
「いただきまーす。……むぐむぐ。ごくん。……ん! うまい!」
「あらそ。それはよかった」
「うーん、やっぱり母の味が一番だねぇ」
「そりゃそーでしょ。私、料理上手だから」
「うんうん! 天才だねーいつもありがたくいただいてます~」
「ん、それじゃ、ママもう仕事出掛けるから。お弁当、美咲に忘れないように言っといて、洗濯物、昼過ぎには入れてね」
「あいあーい、いってらっしゃーい」
「いってきまーす」
そう言って、母さんは出ていった。
部屋には俺一人、ファザー……父さんはもう仕事に出かけたのだろう。
忙しい限りだ。可哀そうに。
働きづめで、副業までして、俺と妹を養ってくれている。
なのに妹は父さんに厳しいし、俺も言うほどなにかしてやってもない。
父さんはあんまり文句を言わないし、仕事の辛みとかを愚痴ってもくれない。
時々酔っぱらって怒鳴ることもあるけど、次の日にはケロっとしてるから、多分覚えてもいないし、本気で怒ってるわけでもないのだろうとわかる。
「……働くべき、だよなぁ」
ああ、いけない。
飯がまずくなる。
いや、美味しいわ。
やっぱ卵焼きは最高だぜ。
ベーコンとご飯も合うんだよなぁ……。
「まいう~」
「……なに馬鹿言ってんの」
世界一美味しい朝ごはんに舌鼓を打っていると、妹が制服を着て降りてきた。
うん。贔屓目抜きに似合っている。
彼氏はまだいないみたいだけど、いづれできるだろうな。
自慢の妹だ。
「お弁当、そこあるから。忘れないようにね」
「ん。」
会話はそれだけ。
妹とは普段からそれほど話すことなどない。
家族なんてそんなものだろ。
「……兄さんはさ、なんで働かないの」
「……ん?」
いつもなら何も言わずに出ていくのに。
今日の妹は話しかけてきた。
妹らしくない。
なんで働かないの、か。
そうだなぁ。
「んーー---なんでだろ。いや、たぶん……面倒くさいから、かな?」
「は? 何それ、バカじゃん」
「うん、俺ってバカだったみたい」
「……良い大学入れたのに。お母さん、あんなに喜んでたのに。たった一年で中退して、ウチに引きこもって、勉強してまた大学行くのかと思ったら、恥ずかしげもなくゲームばっかりして……何考えてんの?」
うー---ん。
我が妹、恐るべし。
ライトの心に大ダメージである。
妹よ。そんなことを思っていたのか。
確かに、そう言われれば恥さらしかもしれない。
いや、ニートというだけで恥さらしなんだけど。
勉強してないどころかバイトしてないどころか、反省もしてないとか、ちょっと人としてどうなんだと俺でも思う。
俺ってバカでクズだったんだなぁ。
「……な、何も考えてない、です?」
「……きも。家族に迷惑かけないでよ。お母さんもお父さんも何にも言わないけど、自分でわかってるんでしょ。なんでやらないわけ」
「……ごめん」
「……ばっかみたい」
妹は失望と蔑みを込めた目でライトを見た。
当然の仕打ちだ。
両親があまりに優しいから、妹はかわりに言ってくれてるのだ。
そうさ、両親も、妹も、優しすぎる。
そんな家族に迷惑を掛けている。
俺は馬鹿で、屑で、どうしようもない愚か者だ。
「じゃ、行ってくるから」
「ん、いってらっしゃい」
「ん」
ガチャン、リビングの扉が音を立てて閉まった。
少し間を開けて玄関の扉の開く音が聞こえた。
そうして、リビングの窓から妹が自転車に乗って家を出ていくところが見えた。
「……はぁ」
それを確認して、ライトは溜息を吐く。
本日、三度目だろうか。
「なんで働かないんだろう」
自分でもわからなかった。
ただ、なんとなく。
働きたくないから。
働かなくても生きていられるから、働かない。
多分、それだけだ。
「甘えすぎかな、甘えすぎだな……死にたいなぁ」
つい、独りになって心の声が漏れた。
家族には言えない──本音だった。
ライトはずっと、独りになるといつも、そう思ってしまうのだ。
「生きる理由とか、ないんだけど……働きたくない……迷惑かけたくない……なら、死ぬしかない、よな……?」
働かざるもの食うべからず。
働きたくないなんて死んだほうがいい屑の妄言だ。
それが正しいと思う。
働きたくないのに生きたいなんて、そんな贅沢で自分勝手な考えをライトはしていない。
ライトは死にたいと思っている。
いいや、自分は死ぬべきだと思っていた。
「……んー、どうすれば……変に死んでも不気味だし迷惑だよな……?」
そう、それが問題なのだ。
死に場所がない。
死に時がないのだ。
「何かいい方法ないかな~」
ライトは別に鬱ではない。
別に、ネガティブな感情で死にたいわけではないのだ。
むしろ明るく死にたがっていた。
死にたいのは──怠いから。
ただ、ただ、面倒くさい。
生きるという意味不明なほど労力の要る行動をするより、死んだほうがいろいろと都合がいい。効率がいい。
それだけの理由だった。
怠いという感情がネガティブかどうかは人によると思うが、ライトからすればただ楽をしたいという気持ちがあるだけだった。
それはゲームと一緒だ。
効率厨で負けず嫌いなライトは無意味というものが嫌いだ。
いいや、それは正しくないかもしれない。
ライトは無意味というよりも──へ──。
ガチャン
思考はその音で中断された。
ライトは食器を片付ける手を止め、考えた。
(……妹が返ってきたのかな?)
なにか忘れ物、あ。
そして気づいた。
すぐ横に妹のお弁当があったことに。
「えー、あいつあんなこと言ってお弁当忘れたのかよ……気まずっ…………ははっ」
つい、笑ってしまった。
──妹らしい。
それがどうにもおかしくて、頬が上がってしまう。
ちょっと暗くなりかけていた気持ちが明るくなった。
少しだけ、気分がよくあった。
「んじゃ、持ってってやりますかねぇ~」
ライトは弁当をもって玄関に向かった。
喧嘩というほど喧嘩でもなかったけど、あんな啖呵を切っていたのに、いつも通りドジなところのある妹をからかってやろうと。
兄妹で険悪なのはよくないからな。
ちょっと笑わせてくれたお礼だ。
そうして、ユウはリビングの扉を開けた。
するとそこには俯いた妹がいた。
「おっ、忘れ物か~? なーんて、これだろ? ほらよ、あんな啖呵切ってたのにお前ってばほんとドジな」
「………」
「ん? なんだ、恥ずかしいか? そんなに俯いちゃてまぁ。お前がドジなことなんていつものことだろ? 今更恥ずかしがることかよ」
「………」
「……あー兄ちゃんな……働くのは無理だけど、なにか困ったことがあれば言えよな。これでもお兄ちゃんだからな、ほら、だから恥ずかしくても必要だったら頼ってくれよな、って……はやく受け取ってくれない?」
「………」
「……妹?」
ライトは、その時、謎の悪寒を覚えた。
しかし、ライトは気にせずにいつまでも黙ってお弁当を受け取らない妹の顔を覗き込んだ。
そこには……
──顔がなかった。
「……は?」
「……ヴあ」
「──わっ?!」
妹、のような、ナニカが、ライトに寄りかかってきた。
なんだ、こいつ!?
「お、お前、どうしたんだよ!?」
「ヴぉに、ぃじゃッ」
「はっ?? はぁぁぁっ????」
気が動転していた。
わけがわからなかった。
夢? 夢か、これ?
ナニカには顔がなく、まるで噛み千切られたみたいに顔の皮がはがれ、肉が抉れていた。
あまりに不気味、あまりに奇怪。
吐き気を催す、おぞましい姿。
「なに、が……」
「ゔ……あ゛……あ゛ァァァ」
「わっバカっやめろッ」
ナニカがライトに嚙みつこうとしてくる。
何かはわからない、わからない、が。
(噛まれたら、やばい)
そんな予感がした。
だが、
「んあっ、なんで、こんなっ」
「ア゛あああああ」
力が強かった。
まるで身体のリミッターが外れているかのような怪力。
男で体格もいいライトに対して女であり小柄な妹の身体。
なのに、ライトはナニカの頭を押さえつけ抵抗するも押されていた。
「うそ、だろっなんだって、急にッ!」
「ヴヴヴヴゥ」
「おい! お前、なんなんだ! お前、誰なんだよ!」
「ヴ……? うがぁ……あ゛ヴぁし……?」
「……お前、意識があるのか?」
意識がある。
妹のようなナニカはライトの言葉に反応した。
それは、きっと希望ではなく。
「だヴげで……おでぃじゃ……」
「………」
「だヴ………うあ゛………」
「──ッ」
ライトは、全身全霊で妹を突き飛ばした。
そうして、キッチンへと向かい──包丁を取った。
それを、妹に向けて構える。
「………妹、なんだな」
「あ゛」
「………大丈夫。大丈夫だよ。苦しくない。大丈夫。だ、い、丈夫っ」
──涙が、出た。
なんでだろう。
大丈夫だ。
ちゃんと、できる。
大丈夫だ。
妹は、妹だ。
だから──。
「今、兄ちゃんが──殺してやる」
「ぃあ゛、に゛ぃだ、な゛ぁ゛で」
「だいじょうぶっ痛くないよ………もう、苦しまなくていいから………──だからッ」
ライトは、妹の心臓を貫いた。
ライトは、無駄に心臓を貫く方法を、そんな無駄な知識を持っていた。
ただ、包丁を横に向けて。
肋骨に引っかからないように。
一撃に殺せるように。
ミスらないように。
真っ直ぐに、丁寧に。
優しく、ただ慈悲を込めて。
「う゛」
「………痛い、よな」
「………」
「…………あ、おれ、なにしてんだ」
「……………」
「あれ……? あれ、おれ、なんで」
「…………………」
「なんでおれ、美咲を……なんで美咲が死んでるんだ」
「………………………」
「痛い、か? 苦しいか……? 死ぬって、苦しい、よな……怖いよな……」
「………………………………」
死ねば、いい?
どうやったら楽に死ねるんだろう?
何考えてたんだ、オレは。
死んだほうがいい?
これをみて、お前はそう言えるのか?
こんな、こんな……っ。
なんで、妹はこんな……。
妹は、美咲はっ、幸せになるべき人間だった!
オレみたいなのとは違う、まっとうな人間だ。
すげぇ優しいやつなんだよ、
そりゃ、口も悪いし、ドジだし、父さんに対する敬意とかないけど、でもそんなことで、そんなの茶目っ気だ、
それが、なんで、死んで、
──死ぬのは、オレだけでいいのに、なんでっ
「……ぉにーちゃ」
「あ」
「………………」
「……な、なんだ? 」
「っ、っ!っっっ」
「……大丈夫。聞いてるよ、ゆっくり、ゆっくりで……いいから」
「………………ありがとう」
「………………あぁ……ちょっと眠るだけだ。最近文化祭とかで忙しかったんだろ? ……ちょっとくらい学校さぼっても大丈夫さ。父さんと母さんには、言わないでおくからさ。大丈夫、だい、じょうぶっ………ちゃんと、起こしてやるから……──ゆっくりおやすみ」
「……っ……──────」
妹は、涙を流して、たぶん、きっと──笑って、目を閉じた。
妹の身体から力が抜けた。
力の抜けた肉が、ドン、と床に倒れた。
「───」
そうして、気づいた。
(──あ)
自分の手が──血で塗れていることに。
(……おれ、人殺しだ)
心が、どっと、重くなった。
包丁を取り落とした。
からん
金属音が響いた。
母さんが、ベーコンを切った包丁は、妹の血で塗れていた。
◆◇◆
なんでこんなん書いたんだよ笑。笑うな。